第一話 憂「マンガノート」
春四月。ある日の朝!通学路!!
憂 「お姉ちゃん、急がないと遅刻しちゃうよー?」タッタッタ
唯 「待って待って。憂、走るの早いよー」ポテチテポテチテ
憂 「だって、お姉ちゃんがなかなか起きてくれないから・・・」
唯 「それなら待っててくれなくっても、先に行ってても良かったのにー」
? (・・・ん?あの二人・・・)
憂 「それは嫌」
唯 「えー、何で何でー??」
? (一人はうちのクラスの・・・確か平沢・・・憂だっけ。もう一人の子は、お姉さんかな・・・?)
憂 「だってお姉ちゃん、放っておいたら絶対に二度寝しちゃうんだもの」
唯 「うう・・・そんなことないのに。キチンと起きるのに。信用ないなぁ・・・」
憂 「あとね・・・それだけじゃなくってね・・・」
唯 「??」
憂 「・・・朝は学校に着くまで、お姉ちゃんと一緒にいたかったんだもん」
唯 「う、憂ー」ジーン
憂 「えへへっ」パァーッ
? (・・・・・あ)
憂 「さ、ほら。急ご急ご。本当に遅刻しちゃう!」
唯 「はわわっ。やばいやばい。こうしちゃおれん!さぁ、行くのだ憂ー!」タッタカター
憂 「あ、ずるい!お姉ちゃん、待ってよー!」タッタッタ
? (あ、行っちゃった・・・)
? 「・・・」
A子 「どしたの、純。あらぬ方向をじっと見つめたりして」
純 「あ、ううん。なんでもない」
B子 「あれ?あそこ走ってるの、平沢さんじゃない?同じクラスの・・・」
A子 「どれ・・・て、本当だ。なに、純。平沢さんに見とれちゃってたわけ?」
純 「うん、まぁ。実は」
A子 「えーー!なにそれ。きもっ」
純 「なんでさ!」
B子 「まぁまぁ。でもどうしたの?平沢さんと純って、親しかったかしら?」
純 「ううん、話したことも無いよ。だけど、さっき。さっきさ・・・」
純 (さっきの平沢さん。すごい、良い笑顔だったから・・・つい引き込まれちゃって)
A子・B子 「・・・?」
純 「あ、それより二人とも!私たちも急がないと!学校、遅れちゃう!」
A子 「もう、誰のせいだと思ってるのよ!純がモタモタ支度してるから・・・」
純 「ごめんごめん。だって髪、きまらなかったんだもん。さ、ほら!ダッシュダッシュ!」
B子 「・・・もうっ」
純 「へへっ」タッタッタ
純 (平沢・・・平沢、憂・・・か)
中学校!一年の教室!!
ざわざわざわ・・・
始業前の喧騒。
始まったばかりの一日の、活力に満ちた笑い声が教室中にあふれている。
中学生になって、もう数週間。
クラスのみんなはそれぞれに仲良しを見つけて、教室のあちこちで大小さまざまの輪を作って話に花を咲かせている。
そんな中、私は喧騒の狭間に埋没したかのように一人、ただ黙って授業の始まりを待っていた。
憂 「暇だなぁ・・・」
辺りを包む喧騒も私には人事。勝手に耳に飛び込んでくる笑い声を、右から左に受け流す。
一人でいるのは苦痛じゃない。むしろ、大勢で群れて愚にもつかない話題に合わせて笑っているほうがよっぽどの拷問だ。
家で家事に追われている時の自分がもっとも”生きている”と実感できるあたり、無駄に苦労性なのかもしれないな。
憂 (そんな時には・・・)
私は鞄の中から一冊のノートを取り出した。
私が学校に持ち込んでいる、勉強とは関係のない唯一のもの。
それがこの「マンガノート」だ。
パラパラと新しいページを開く。
憂 「へへ・・・」
まっさらなページの上をシャープペンの軌跡が走る。見る見る間に無味乾燥なページの中に生まれた、新しい世界が顔をのぞかせる。
私が作る、私のためだけの世界。
私の紡いだ、マンガの世界・・・
憂 「・・・と、できた♪」
うん、満足。
改めて自分で描いたばかりのマンガ・・・というより、イラストをまじまじと眺めて自画自賛。
憂 「今日も上手に描けちゃった」
ノートの中では、世界で一番大好きな女の子が、私に向かって微笑みかけてくれている。
自分で描いた絵であることも忘れ、その子の笑顔に思わずはにかんでしまう私だった。
憂 「えへへへ・・・」
と、一人悦に入っている、そんな時。
? 「ね、何してるの?」
まさに不意を突くといった言葉がぴったりのタイミングで。
? 「ね、ね。何してるの?」
憂 「・・・え!?」ギクッ
いつの間に近づいてきたのか、一人の女の子が私の机の前に立っていた。
? 「なにしてるの、一人で。ていうかあんた、いっつも一人だよね?」
憂 「えっと・・・その・・・あなたは確か・・・鈴木さん?」
急に声をかけられた私は、あわててマンガノートを閉じた。
純 「うん、鈴木。
鈴木純。同じクラスになって結構たつんだから、名前くらいパッと出してよー」アハアハ
憂 「ご、ごめんなさい・・・」
純 「いや・・・そんなマジで謝られても・・・」
憂 「あ、うん。ごめんなさい・・・」
純 「・・・えっと。なんか、こっちこそごめん」
憂 「ううん・・・」
純 「・・・」
憂 「・・・」
純 「あー・・・えーと・・・」
憂 (なんだろう、この人。気まずいよー・・・用事がないなら、そっとしておいてくれないかなぁ・・・)
純 「で・・・さ。一人でいっつも、なにやってるの?」
憂 「なにって・・・別に・・・」
純 「ん・・・?それ、ノート??」
やばっ!見つかっちゃった!?
純 「あはは。平沢さんってまじめだね。朝から勉強してるの?」
憂 「あ、これは・・・」
純 「予習?復習?平沢さん、勉強できそうだもんね。ちょっと見せてー」ヒョイッ
憂 「あっ、ちょっ!」
純 「ふひひ、すぐ返すって。どれどれー、えっと・・・あれ?」
憂 「~~~~///」
純 「これって・・・」
憂 「///」
純 「・・・マンガ?」
憂 「か、返して!」
純 「えー、良いじゃん。ちょっと見せてよ。どれどれ~」
憂 (馬鹿にされる・・・)
純 「ふむふむ・・・ほほー・・・」
憂 (中学生にもなってマンガなんか描いてるって、きっと馬鹿にされる・・・!)
純 「・・・はぁーっ。・・・はい。返すね」
憂 「・・・」
純 「平沢さんさぁ・・・」
憂 ビクッ
純 「絵、上手いねぇ!」
憂 「・・・え?」
純 「うん、絵!」
憂 「・・・」
純 「なに、漫画家でも目指してるの?」
憂 「えっと、あの・・・」
純 「私、絵とかそういうのサッパリ駄目だから、上手い人って尊敬しちゃうんだよなぁ。きっと美術の成績も良いんだろうね!」
憂 「・・・」
純 「ちなみにさ。私の小学校のころの歴代通信簿。美術の欄を並べたら、なんとアヒルのパレードが始まっちゃうわけよ」
憂 「・・・??」
純 「2 2 2 2・・・ってね。あはははっ」
憂 ポカーン
純 「あははは・・・は・・・。外しちゃった?面白く・・・なかった??」
憂 「う、ううん」
純 「そう?よかった!」
キーンコーンカーンコーン♪
純 「おっと、予鈴!そんじゃね、平沢さん」
憂 「う、うん」
純 「あ。マンガ、また見せてね!」タッタッタ
憂 「・・・」
憂 (マンガ、馬鹿にされなかったな・・・だけど・・・)
憂 (”あの事”だけは、絶対ばれないようにしなくっちゃ)
放課後!
憂 「さて、帰ろ・・・今日はスーパーによって、夕食の材料買って帰らなきゃ・・・と」
純 「ひーらーさーわーさんっ」
憂 「うわっ、また!」
純 「またってなに、またってー・・・傷ついちゃうなぁ」
憂 「ご、ごめんね、鈴木さん。で、何か用?」
純 「うん、もしよかったらさ、一緒に帰ろうよ。帰り、途中まで一緒だよね?」
憂 「えっ」
純 「えっ」
憂 「あ、突然だったからびっくりしちゃって・・・」
純 「突然って、大げさだな。クラスメイトなんだし、一緒に帰るくらいするでしょ?」
憂 「そうかも知れないけど・・・」
憂 (友達でもないのに、一緒に帰るのが普通?)
純 「あ、都合悪かった?用事あったりとか・・・」
憂 「あ、うん。これからお買い物して帰らなくちゃならなくって」
純 「じゃあ、私も付き合うよ!」
憂 「そんな、一緒に来てもつまらないよ?それに、悪い・・・」
純 「悪くないって!そうと決まれば、ほら!早く行こ行こ♪」グイッ
憂 「あ、ちょっと、引っ張らないで!ちょっとーっ」
憂 (もう、なんなのこの人!)
平沢家行きつけのスーパー!
純 「え、買い物って晩御飯の材料だったの?」
憂 「そうだよ」
純 「私てっきり、マンガとかさ。それ関係の買い物だとばかり思っちゃってた・・・」
純 「画材とか、資料とか、あとよく分からないけど色々ー・・・」
憂 「・・・だから一緒に来てもつまらないって言ったのに」
純 「つまらなくはないよ?」
憂 「・・・え」
純 「目的が何であれ、友達と一緒のお買い物って楽しいじゃん♪」
憂 「え・・・友達・・・」
純 「ん?」
憂 「あ、ううん。なんでもない・・・」
憂 (今日はじめてまともにじゃべったばかりなのに、友達だなんて・・・)
純 「ね、お夕飯はいっつも平沢さんが作ってるの?」
憂 「・・・ううん。でも家、お母さんが仕事でいないことが多いから。私が作ることも多いかな」
純 「ふーん。大変だね」
憂 「ううん。お料理、好きだから」
純 「そっかぁ・・・」
憂 「・・・」
純 「ね、今日は何を作るの?」
憂 「ハンバーグ。ほうれん草のソテーを添えて」
純 「良いね。ハンバーグ、好きなの?」
憂 「お姉ちゃんが好物なの」
純 「ふーん。お姉さん孝行だね。仲、いいんだ?」
憂 「・・・うん」
純 「そっかそっか」
憂 「・・・」
純 「・・・」
憂 「・・・さて、必要なものはそろったし。レジに行こうか」
買い物を済ませて、帰宅路!!
唯 「うーいー!」トテチテトテチテ
憂 「あ、お姉ちゃん!」
純 (あ、けさ平沢さんと一緒にいた人・・・やっぱりお姉さんだったんだ・・・)
唯 「追いついたー。ういっしゅ、憂ー」
憂 「ういっしゅ。お姉ちゃんもいま帰りなんだね」
唯 「そだよ。お買い物してきてくれたの?誘ってくれたら、私もお手伝いしたのにー」
憂 「そんなこと言って。ついでにアイスも買い物籠に入れちゃうつもりだったんでしょ??」
唯 「さすが鋭いっ。お見通しでしたか」
憂 「えへへ。・・・あと、それにね。今日は鈴木さんも一緒だったから・・・」
純 「こんばんわっ」
唯 「おお、はじめて見る顔っ。憂のお友達?」
憂 「えっと・・・」
純 「はいっ。平沢さんと同じクラスで、鈴木純っていいます。はじめまして!」
憂 「・・・」
唯 「ご丁寧にー。憂の不肖の姉の唯です。いつも妹がお世話になってます」
純 「いつもというか、まともに話したのって今日が初めてなんですけれど。ね?」
憂 「う、うん・・・」
唯 「じゃあ友達になりたてってわけだね」
純 「なりたてのホっヤホヤです!」
唯 「あははっ。じゃあ、これからもうちの憂をよろしくねー」
純 「こちらこそっ」
憂 (なんなの、私そっちのけで勝手なことを)
・・・
・・・
純 「それじゃ私、こっちだから」
憂 「うん。それじゃ・・・」
純 「また明日ねっ!憂のお姉さんも、失礼します!」
憂 「う、うん」
唯 「まったねー」
純 「へへっ」タッタッタッ
憂 「・・・」
唯 「明るくって、面白い子だね」
憂 「そ、そうだね(変な子だったなぁ・・・)」
唯 「えっへっへ。安心安心♪」
憂 「・・・安心?」
唯 「うん。えっとね。憂、気を悪くしないでね?」
憂 「なぁに・・・?」
唯 「あのね、憂ってさ。家とかにあまり、お友達連れてきたことって無かったでしょ?」
憂 「・・・」
唯 「お休みの日とかも、友達と遊びに行くことそんなに無かったし。だからね、ちょっとだけ。私、心配してたんだ」
憂 「・・・心配って、なにを?」
唯 「・・・うん。憂、私にかかりっきりで、お友達を作る時間、無かったんじゃないのかなって」
憂 「そんな、そんなことないよ・・・」
唯 「だよね。鈴木さんって素敵なお友達、できたもんね。だからね、私は安心したの。安心安心♪」
憂 「・・・うん」
最終更新:2011年09月15日 20:50