純「ど、どうしたんだろう…。動かなくなった…」
梓「ううう…。憂…唯先輩…」
和は突然静かになったかと思うと、唯の亡骸の前で座り込んだまま動かなくなった。
梓と純は固唾を飲んでその挙動に注視した。
和「……」
和「梓ちゃん」
梓は突然呼ばれて、びくっと身体を震わせた。
和「私がやったの?」
梓は言葉を探した。
和「私がやったのね?」
梓は憎しみを込めた眼差しを和に向けて叫んだ。
梓「ひ、人殺しィィィィ!!!」
和はそれを聞いて、立ち上がった。
純「ひっ?!」
梓「ひぃっ!こ、来ないで!」
和は深呼吸をしてから、舌を噛んだ。
切れた舌がゴムのように和の喉に巻き込まれ、気道を塞ぐ。
和「う…げ…」
和は喉を押さえながら膝をついた。
和「が…がは……」
二分かそこらの後、和は崩れ去り、事切れた。
これが後に桜高の伝説にして禁忌となる、
第六二代生徒会長
真鍋和の最後の一日のあらましである。
時は流れ、五年後。
さわ子はあの事件によってその監督責任を問われ、職の任を解かれてしまった。
高校時代の友人のツテを頼って、
さわ子はライブハウスのスタッフをしながら、時折ステージにも立って、生計を立てていた。
地獄から抜け出した鬼。
そうさわ子のパフォーマンスはそう形容されたが、当のさわ子をそれを一笑に伏す。
さわ子「地獄?そんなもの、現実の前じゃ昼下がりのティータイムみたいなもんよ」
さわ子「時に現実は、どんな残酷な想像よりも人を苦しめるのよ」
ジャニス「はいはい。またその話?」
さわ子「……ねえ、悪いけど、今日ははや上がりさせてもらっていい?」
ジャニス「ああ、あの子に会うんだっけ?」
さわ子「そうよ」
ジャニス「わかったわ。いってきなよ…」
さわ子「ありがとう……」
―さわ子は桜高の近くにあるファミレスに入っていった。
店員「いらっしゃいませ」
さわ子「あ、待ち合わせをしてるんですけど」
店員「かしこまりました。どうぞご自由にお探し下さい」
店内の様子は入口から一望できたが、さわ子はその相手を見つけられなかった。
しかし、先程のメールでは、もう先に着いているはずだ。
さわ子がキョロキョロとしていると、背の高い女性がさわ子を呼んだ。
澪「あ、先生!こっちです!」
さわ子は澪に呼ばれるまま、席に座った。
澪「お久しぶりです」
さわ子「随分変わったわね澪ちゃん。全然気づかなかったわ」
さわ子は僅かに脱色された澪のショートカットを見ながら言った。
澪「先生はお変わりないようで安心しました」
さわ子「この年になると、お変わりないようにするので精一杯よ。
それと私はもう先生じゃないんだから、その呼び方は…」
澪「わかりました、山中先生」
そう言って澪は笑った。
見た目こそ大きく変わったが、
その笑顔にはあの頃の澪の面影が残っており、それがさわ子を安心させた。
さわ子「元気そうで良かったわ。
澪ちゃんは繊細だから……あれからしばらく塞ぎこんでたって聞いたし」
今日、五年ぶりに会う事を持ちかけたのは、澪の方からだった。
学校側が何の説明もなくさわ子を生徒達から切り離したため、
さわ子は一体何を聞かれるのか…もしかしたら詰め寄られるのかもしれないと、内心怯えていた。
が、目の前の澪にその様子はなく、さわ子はほっとすると同時に、
ならばなぜ自分を呼んだのかと疑問に思った。
澪「……髪」
さわ子「え?」
澪は言葉を選ぶように慎重に話始めた。
澪「ごく最近なんです。髪型を変えたのは。ちょっと前までは、ずっと部屋に籠りっきりで…」
さわ子「……」
澪「私は、一生髪を切るつもりはありませんでした。
律が…子供の頃誉めてくれたから。あとムギも…」
さわ子「…」
澪「でも、いつまでもそれにすがってちゃダメだとわかったんです。
私が塞ぎこんでたら、みんなも喜ばない。
前だけ見て生きるのが、私達の取り柄だったし」
澪「だからまず髪型を変えて…自分を変えなきゃって思ったんです」
さわ子「…」
澪「実を言うと、引きこもってる間、体型だけは変わったんですよ。
もうブヨブヨで。それだけは昔に戻るように努力しましたけど」
澪はまた笑った。
澪「…先生。あの時先生は…」
さわ子「ごめんなさい。私は教師だったのに、なにもできなかったわね…」
澪「いえ、それは私も同じです。そうじゃなくて…」
澪「あの時、先生は見ていたはずなんです。
和があんな風になった瞬間…原因を。教卓から。それを聞きたいんです」
さわ子「見てたわ。…確かに見てた。でも…」
澪「でも?」
さわ子「あれが原因なのは間違いないんだけど…
私にはどうも腑に落ちないのよ。五年経った今でも」
澪「先生、教えて下さい。何があったんですか?それを知らないままじゃ、
私はずっとあの日のあの教室でうずくまったままなんです。お願いします」
さわ子は澪に押し負けて、あの日教卓から見ていた事を話し始めた。
最終更新:2011年12月29日 01:41