真紅と猫
その日は昼下がりから雨が降り始めた。
横丁から少し外れた廃寺の軒先で、真紅は雨宿りをしていた。
「全く、いきなり降って来るから、髪が濡れてしまったのだわ…」
独り言を口にしながら、おもむろにハンカチで髪を拭く真紅。
拭き終わると、改めて自分の居る場所を認識する事になった。
荒れ果てた境内、しとしとと降り続ける雨、塀の向こうには卒都婆が顔を出している。
気付けばまだ夕方という時間でもないのに、薄暗い。
真紅はこういった雰囲気が余り得意では無かった。
「雛苺でも一緒に連れて来ればよかったかしら」
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、それでは散歩の理由が本末転倒だと思った。
一人での静かな時間を楽しむなら、むしろ今は理想的な状況なのではないのか?
ふと、本堂の中に目をやると、昼下がりとは思えない暗さで、本尊が存在すら確認出来ない。
荒廃しきった本堂の様子と相まって、いい知れぬ恐怖を煽る。
今の真紅には、とてもこの雰囲気を楽しむ余裕は、ありそうに無い。
真紅の孤独感と不安感が、頂点に達しようとしていたその時、不意に物音が耳を襲った。
「ひ…」思わず声が漏れる。
しかし、そこは沈着冷静な真紅の事。すぐに顔を引き締め、背筋を伸ばして思案を巡らせる。
傍目には、無理して体裁を整えようとしているように見えない事も無いが。
カサッ
再び音が聞こえた。やはり雨とは別の音のようである。
どうやら縁の下から聞こえて来るららしい事が理解出来た。
真紅は、縁の下を覗くかどうか迷った。縁の下は殊更暗いに違いないのだ。
決断するまでにどれ程の時間がかかっただろう。
いや、実際には5分も経過していないかも知れないが。
それでも、普段の真紅の判断力から見れば、決して早いと言えないだろう。
さて、いざ実行に移す段である。
縁の下を覗く為には、当然地面まで降りる必要がある。
階段を下りきった所で、真紅は、なるべく濡れないようにする為には、
地面に降りてすぐに縁の下に潜らなければならない事に気が付いた。
だが、意を決した真紅は、迷わず縁の下をくぐった。
思った通り視界は最悪だった。永遠とも思える闇に吸い込まれる様な錯覚を覚える。
「誰か居るの?」
問い掛けると言うより、どちらかと言うと自らを奮い立たせているように聞こえた。
冷静に考えれば、返事がある方が恐ろしい筈なのだ。
果たして闇の中から、問いに対する答えは返って来なかった。
多少安心を得た所で、段々と暗闇に慣れて来た目で、周囲を見渡す真紅。
小さな影が揺らいだ様に見えた。
思い切って蠢く影に近づく真紅。少なくとも大きさに関してだけ言えば、恐怖を感じる事は無かったからだ。
そして、影に対する視界のギリギリの距離まで近寄った所で、真紅は固まった。
「ミャー」
最終更新:2007年09月04日 00:12