鏡爺と花人形その4
「おハナ、おハナじゃないか~!お~い!わしじゃ!鏡爺じゃ!」
「鏡爺、行っちゃダメだ!」
鬼太郎の静止も構わず、思わぬ再会に鏡爺は手を振り駆け寄って行く。
「あれが鏡爺か。親父殿、これは一体どう言うことなんじゃ?」
「いろいろ深い事情があってのう…」
事の成り行きを知らない砂かけ婆が目玉親父に問いかける。同様に敵の二人も鏡爺の真意がわからず不思議がっていた。
「ねえ、あの爺さん、何嬉しそうにしてるの?」
「…わからん」
「約束を守ってくれるなんて、ぬらりひょん、お前本当はいいやつじゃったんだな~」
「雲外鏡…やれ!」
冷酷な命令が下される。その合図で雲外鏡は鏡爺を踏みつけようとした。振り下ろされる巨大な足。それはあと1メートルの所でぎりぎり鼻先をかすった程度だったが、衝撃で鏡爺は尻餅をついた。
「お、おい…いきなり何をするんじゃー!」
「鏡爺、こっちだ!」
何が起こったかわからない鏡爺を、一反木綿に乗った鬼太郎が手を掴んで救い出す。
「おい、戻してくれ。あそこにはおハナが、おハナがいたんじゃー!」
「ダメです。今は行っちゃいけない!」
会話をしてる二人に突如突然雲外鏡が掴みかかってきた。迫り来る二本の腕を一反木綿は空中旋回でひらりとかわす。このままでは危険だ、そう判断した鬼太郎は大声をあげた。
「ここは危ない!みんな逃げるんだ!」
二人を乗せた一反木綿が飛び去るのを見ると、下にいた仲間達も一斉に避難を始めた。
「逃げ出しおったか。では、高みの見物といくか。雲外鏡、わしらをあの山の上に降ろせ。その後は…好き勝手に暴れてこい」
雲外鏡は手に乗った三人を近くの山の中腹に置くと、再び視線を皆の方へ向けた。そして地響きのような咆哮をあげると手当たり次第に攻撃を始めた。
その巨体に似合わぬ軽やかな動きで皆を追いかける。まず目に入ったのは宙を飛びひと塊になっていた五人のドール達。雲外鏡はそこを睨むと目から怪しい光りを発射した。
「!! 何?」
「ですぅ~!」
辺りに響く凄まじい爆音。誰にも直撃はしなかったものの、光線を浴びた地面から巨大な爆煙が立ち起こる。
そこに一番近い位置を飛んでいた金糸雀がもろに爆風を浴びた。その激しい風圧に自分をコントーロール出来ず、近くの木に叩きつけられる。
「あ痛たたたーっ。はっ?」
金糸雀が上を向くと雲外鏡が間近に迫っていた。
「これはピンチなのかしらーっ!!!」
「カナ、こっちだ!」
いつの間にかそこに来ていたねずみ男が金糸雀を抱えると、一目散に森へ向かう。
「ねずちゃん…ぐすん…ありがとう」
「話は後だ。俺達だけでもどこか安全な場所へ行くぞ」
ねずみ男は死角になる場所を求め森の深いところへ潜り込んだ。
次に雲外鏡の目に入ったのは共に逃げていた砂かけ婆と子鳴き爺。二人の姿を確認するや今度はその大きな口から激しい炎を吹き出した。
「これはいかん!」
逃げ切れないと判断した砂かけ婆は手より砂竜巻を発射、向かう炎を何とか食い止め、子鳴き爺はその場で石化し高温に耐えた。しかし炎の勢いは更に増し、二人の防御も崩れそうになる。
「ぬりかべ~!」
「おおっ!ぬりかべ。済まぬ」
地面よりぬりかべが現れ二人を炎から守る。だが、吹き荒れる紅蓮の暴風はぬりかべすらもあおりまくった。
「ぬ…り…か…べ……もう…ダメ…」
「うわ~!」
ついに限界を超え、守っていた二人共々ぬりかべは一気に吹き飛ばされた。
攻撃対象を失ってもなお雲外鏡は暴れ続けた。目から光線、口からは炎、巨大な四肢を駆使してこの世界全体を縦横無尽に駆逐する。そのあまりの破壊力にぬらりひょんは笑いが止らない。
「がはははは!これだ、この力、圧倒的じゃないか。雲外鏡さえいれば鬼太郎はおろかベアードやチーさえも恐るるに足らん。一気に世界をわが手に入れてやる」
その頃、一反木綿に連れられた鬼太郎達は少し離れた山陰に隠れ攻撃の機会を窺っていた。
「ああ~あいつ等。わしの世界をこんな風に…」
「鏡爺、今の所とるべき手段がありません。何か方法はありませんか?」
「そう言われても…、むっ、あれは…?」
鏡爺が遠くを見て何かを気付く。その視線の先にはちかちかと細かい光りが出ていて、そこには先程山に降りたぬらりひょんが立っていた。
「わかった!あれは『照魔鏡』じゃ!ぬらりひょんの奴め、あいつは『照魔鏡』で雲外鏡を操っているのじゃ!」
その確信した言い方に目玉親父が問いかけた。
「『照魔鏡』、お主が開放した鏡の事か?」
「ああ、『照魔鏡』が操る魔とは雲外鏡の事じゃったんじゃ」
「では『照魔鏡』を奴から奪いさえすればあの化け物を止める事が出来るのじゃな」
「推測でしかないがおそらく…」
「貴方達…ここにいたのね」
上方から声がした。はっとしてそこを見上げる四人。先程の攻撃で仲間とはぐれここまで来ていた真紅がいた。
「真紅、他の皆は?」
「…わからない。見ての通りあの状態だもの」
その視線の先には無残に破壊された大地があった。それを見た鬼太郎は反撃を決意、一反木綿の上に乗った。
「真紅、僕達はこれからぬらりひょんの所に行く。君は鏡爺と一緒にここに隠れているんだ」
「何か策があるのね。私に出来ることはないの?囮くらいならなれるわ」
「しかし、それは危険すぎる!」
と、そこまで会話が進んだ所で真紅が後ろから迫る殺気に気付いた。無数の黒羽が背後から襲ってくる!真紅はひらり、と言う感じでそれをかわすと振り向いて羽の出先を睨みつけた。
「水銀燈!」
「見~つけた。あらあら、みんなでかくれんぼ?私もまぜてちょうだ~い」
「おハナー!」
勝ち誇った顔で水銀燈が現れる。彼女は真紅を追ってここまで来ていたのだ。そしてその姿を見た鏡爺は騒ぎ立てた。
「鬼太郎、残念だけど一緒には戦えないみたいね。ここは私が何とかするから貴方は行きなさい!」
「わかった、真紅、後は任せたぞ」
一瞬躊躇はしたものの、真紅の言葉を聞いて鬼太郎はその場から飛び立った。水銀燈はそんな事には興味がないとばかり一瞥すると、目前の真紅に向かって行く。
「鬼太郎ったら、あんな化け物相手に一体何をするつもり?ま、どうでもいいけど」
「水銀燈、貴方はこんなやり方で、そこまでしてローザミスティカを集めたいの?」
「当たり前じゃない。私はアリスになるのよ。アリスになってお父様に抱きしめてもらうの!手段なんか選ばない!!」
「私達は姉妹よ。争って何になると言うの?お父様はきっとそんな事は望んでないはずだわ」
「言いたい事はそれだけ?貴方の詭弁なんて関係ないの。私が勝てばそれでいいのよ!」
向かい合う二人の主張が真っ向ぶつかり合う。一方、下では鏡爺が相変わらず必死で訴えかけていた。
「おハナー、わしじゃ、覚えとらんのか?」
「この爺さん、さっきから何よ。馴れ馴れしいわね」
突き刺すような冷たい視線、水銀燈は数本の羽を威嚇発射した。足下をかすめた羽を見て鏡爺は腰を抜かす。
「ひいっ!…おハナ~」
「水銀燈!止めなさい!そのお爺さんは…」
「邪魔よ爺さん。貴方に用はないから何処へでも逃げたらいいわ」
それでも鏡爺はその場を動かなかった。突き放されてもなお食い下がる。
「おハナ!聞いてくれ!わしは…」
「…いいかげん目障りね」
水銀燈が遂にしびれを切らした。
グサッ!
「ぐっ!」
飛び散る鮮血、左腕に黒羽が突き刺さった。鏡爺は苦痛にゆがんだ顔を見せ、腕を押さえひざまずいた。驚いた真紅が横に降りたち心配そうに気遣う。
「鏡爺!しっかりして」
「年寄りは縁側で孫と日向ぼっこでもしてりゃいいのよ。痛い目見ずに済んだのに」
「貴方、自分が何をやったかわかっているの」
真紅は怒りに満ちた顔で再び飛び上がり、空中で身構えた。
「あら、爺さんをやった事がそんなに気に入らなかったの?いじめるだけにしようかと思っていたけど、いいわ、貴方だけは私がジャンクにしてあげる!」
水銀燈も両翼を広げ戦闘体制をとる。バチバチとぶつかり合う視線。二人の激突が始まった!
ぬらりひょんの元めがけ、鬼太郎は一直線に向かっていた。山を越え台地を見下ろしついに宿敵が射程圏内に入る。
「ぬらりひょん!」
「来たな鬼太郎!」
ぬらりひょんもそれに気付く。飛び続け距離がどんどん縮まり後数十メートル、という所で、突然目の前に光線が走った!
「うわっ!」
あわてて一反木綿が急停止し何とか傷を負わずに済んだ。いつのまにか雲外鏡が戻って来ていたのだ。
「鬼太郎。主が『照魔鏡』を狙ってくる事など予測の範疇。だがこの雲外鏡をはたして突破出来るかな?」
ぬらりひょんが合図すると雲外鏡は光線を放ち始めた。一反木綿はそれを巧みに切り抜けるものの、激しい攻撃にとても先へは進めない。飛び道具に気を取られていると、今度は巨大な手が襲いかかってきた。
鬼太郎が髪の毛針で応戦するもののまったく効果はなく、バランスを崩しながらもかろうじてこれをかわしきる。
「鬼太郎、このままじゃもたんばい!」
鬼太郎は考えた。一反木綿の言う通りこの状況には打つ手がない。『照魔鏡』を奪おうにもがっちりガードされている上、多様な攻撃に逃げるのが精一杯だ。
かといって雲外鏡を相手するにもちゃんちゃんこでは相手が大きすぎ、下駄や毛針のような飛び道具でも微々たるダメージしか与えられないだう。切り札の指鉄砲も期待が持てない。
(そうなると…中か)
鬼太郎は過去、幾多の妖怪を体内より倒してきた。たとえ内部で消化やバラバラにされたとしても生命力のある彼は復活できたし、無防備なのでかえって攻めやすかったりするのである。
「一反木綿、僕を出来るだけあいつの顔、口の近くで降ろしてくれないか」
「鬼太郎、お前まさか…」
息子の考えを父は一瞬で理解した
「ええ、このままじゃ皆やられてしまいます。父さんはこのまま残っていてください」
「いたしかたない。十分気をつけるんだぞ」
鬼太郎は父を降ろすと飛び降りる体制をとった。一反木綿が攻撃の隙間を見計らい一気に飛び込む。クレーターの様な巨大な顔面が目前に迫ってきた!火炎は先程放ったばかり、今なら進入可能だ。
「ここだ!でぃや──────!」
鬼太郎は一気に大ジャンプ、その口めがけ一気に飛び込んだ。しかし…
バチッ!
突然、体を走る痛み。思わぬ衝撃に鬼太郎は意識を失った。雲外鏡が口より体の半分はあろうかと言う長い舌を出し、潜り込もうとする侵入者を一気に吹き飛ばしたのである。「鬼太郎ー!」目玉親父の叫びが響き渡る。
ぬらりひょんは声高に笑う。
「がははは!それも想定済み!伊達に今まで負け続けたわけではないわ!」
「…でも、それって自慢になりませんよね」
「余計な事を言うな」ゴッ!
朱の盆は頭を小突かれた。
「鬼太郎…、無事でいてくれ」
遥か遠くに飛ばされた鬼太郎を追って、目玉親父達は敗走した。
「何ムキになっているのよ。今日の貴方いつにも増しておかしいんじゃない」
「貴方だけは…絶対…許さない」
花弁と黒羽。真紅と水銀燈は飛び道具で互いを撃ち合っていた。しかしほとんどの攻撃はかわされ、それが間に合わない時は防御壁で守られる。既に幾度となく戦っているので相手の戦法はあらかた読めるのだ。すぐに膠着状態におちいった。
「水銀燈、貴方、鏡爺がどんな思いで貴方に呼びかけたのかわからないの」
「また爺さんの話?もう聞き飽きたわ!」
攻撃をしつつも真紅は話を続ける。その目は若干涙ぐんでいた。
「どうしてあんな事したの?お爺さんは貴方のために長い間尽くして、貴方を庇って封印されたのよ。長い間閉じ込められて元に戻ってもなお、貴方の事を思っているの!」
今だ当時の記憶のない水銀燈は、言ってる意味が理解できず顔をしかめた。
「本当に何よ。あの爺さんが私を思って、それが何だって言うの?今は私は一人でいいの。私に必要なのはお父様だけ。ドールも人間も妖怪も、みんないなくなってしまえばいいわ!」
「みんないなくなれって………貴方はそこまで愚かなの?以前の貴方はそんな子じゃなかったのに!」
鏡爺の話を聞いた後だったからか、真紅はつい昔の話を口に出してしまった。
「前の…私?」
その言葉で水銀燈の表情は厳しさを増し、怒りに体が打ち震える。何も出来ない自分をさらけ出したあの時。ジャンクと言われたあの屈辱。それは思い出したくもない彼女の心の傷だった。
「真紅、貴方はまた私をバカにするのね。そうよ、貴方は最初会った時からずうっと私を見下していた。本当にいやな女。私の前からいなくなれ!」
その両翼はいつのまにか龍に変化しており、交互に真紅を襲い始めた。荒れ狂う二頭の龍に真紅は防戦一方となる。
「くっ…、水銀燈…」
「どうしたの?戦いの最中に余計な事ばかり言ってるからよ!」
「鬼太郎ー!しっかりしとくれー」
森の中で大の字になっている鬼太郎を見て目玉親父が泣き叫ぶ。落ちた時木がクッションになったらしく幸いにも外傷は見られない。だがダメージは相当の様で、目を覚ますまで時間を要した。
「父さん…ここは…?うっ!」
先程強打された箇所だろうか、鬼太郎は苦しそうに胸を押さえた。
すると、森の奥からガサガサと音がして猫娘と雛苺が姿を見せた。猫娘は急いで駆け寄り心配そうに鬼太郎を見つめる。
「えっ…鬼太郎!大丈夫?」
「おお、お前達も無事じゃったんじゃな」
「うん、猫娘と逃げていたら、鬼太郎がぴゅーんと飛んでくのが見えたのー!」
さらに今度は反対側より、別の気配が近づいてきた。
「やっぱりここですぅ~」
「!! 鬼太郎さん!」
今度は翠星石と蒼星石。二人も同様にこの場にたどり着いたのだ。蒼星石も苦しそうな鬼太郎を気遣う。
「となると、行方がわからんのは子泣き、砂かけ、ぬりかべか…。あいつら、さっき派手に吹き飛ばされておったからなあ…」
目玉親父は腕を組み考え込んでしまった。心配なのはやまやまだが雲外鏡が近くまで来ている。今は探しに行く余裕はない。
「ちょっとチビ目玉、真紅を忘れてはいませんか?」
「真紅はこの山の向こう、鏡爺と一緒にいる。ただ、今は水銀燈と戦っているはず。少し心配だけど、今はあの子を信じよう」
痛む胸を押さえ鬼太郎が答えた。
「鬼太郎さん、無理しちゃだめです」
「ありがとう蒼星石。でもこのままじゃ皆やられてしまう。ここにいるメンバーで何か打開策を考えないと」
「このメンバーか。ふ~む、雲外鏡相手に勝ち目があるとは思えんし、やはり『照魔鏡』かのう…」
目玉親父は一同を見渡し、策を考えた。ぬらりひょんがいるのは山の中腹、後ろから攻めるのは難しい上回り込む最中に見つかる危険もある。
そして前には雲外鏡だ。光線と炎という飛び道具があり、それを抜けたとしても手と舌で攻撃してくる。こっちの攻撃はほとんど効かず動きも決してにぶくはない。
対して自軍は妖怪とドールそれぞれ三体。ドールは空を飛べるが一反木綿ほどの速さはなく囮としては危険だ。特殊能力はあるが攻撃はまず効かないだろう。万一誰か行けたとしてもぬらりひょんと朱の盆相手では分が悪い。
そこには鬼太郎が行くしかない。とするといかに撹乱するか…
「よし!考えがまとまった。皆の衆、危険じゃがこの作戦でいってくれぬか」
「…なるほど。わかりました。みんな、やってくれるね?」
鬼太郎の呼びかけに一致団結の声が上がった。
「…そう言えば他にも誰かいたような気がするんですが…?」
「うゆー?ヒナわかんない」
「ぐ……」
「ほらほら、このまま握りつぶしてあげるわ」
遂に真紅が捕まった。水銀燈の背中より伸びてきた二枚の翼に万力のような力で締め上げられる。
「いいザマね…すぐには終わらせないわ。たっぷりと苦しみなさい」
体がみしみしと音をたてる。このままではいずれジャンクになるだろう。彼女は力をふりしぼり、人工精霊ホーリエを呼び出した。
「ホーリエ、お願い!」
一瞬の流星の如く走ったホーリエは水銀燈の懐へ飛び込む。勝利を確信していた水銀燈は思わぬ伏兵に翼を戻して身をかわした。その様子を見ていた真紅はダッシュで急接近し、勢いそのままにパンチを放った!
「あ─────っ!」
直撃を受けた水銀燈は地面に急降下し、そのまま大の字に叩きつけられた。
彼女が真紅に殴られるのは二回目、かつて真紅の右手を折り、それが復活した直後にやられて以来になる。またしてもこんな屈辱を…水銀燈はゆっくり起き上がり殴られた頬を手で拭うと、上にいる真紅をぐぐっと睨みつけた
「また…私を…殴ったわねぇ」
「それがどうしたと言うの。私にその資格があるかはわからないけど、お爺さんの心の痛みはこんな物では無かったはずだわ」
と、真紅が言い終わるや否や、水銀燈が無数の黒羽を放った。今度はこっちの油断をつかれた真紅はかわす事が出来ずに手で顔を覆いバリアでガードする。攻撃の衝撃がなくなり、バリアを解いて手を下げると、目前に水銀燈が迫っていた!
「!!」
「真紅ー!」
ガッ!頬に走る痛み。今度は水銀燈のパンチが炸裂した。その衝撃で体が吹っ飛び、真紅も地面に叩きつけられた。先程とは真逆の展開に、真紅は呆然としつつ頭上を見上げる。
「ど~お?殴られると痛いでしょう。悔しいでしょう。何回でもやり返したくなるくらいにね!」
次に水銀燈は急降下し、再び真紅を殴りにかかった。真紅は襲ってくる右拳を左手で防御し、再び右ストレートで逆襲、が、寸での所でそれもかわされる。
二人は一瞬動きを止めた後、激しい殴り合いを始めた。相手を殺さんばかりの凄まじい形相で、遮二無二顔面を狙いあう。途中、それぞれ何発かクリーンヒットを決めたものの、相手を吹っ飛ばすまでには至らない。
二人に普段の冷静さはなく、互いが互いの目を見据え、感情のままに打ち合っていた。
時間が経つとリーチに劣る真紅がやや劣勢になってきた。不利を感じた真紅は、一瞬の隙を突き相手の胴に組み付く。そしてそのまま押し倒し、水銀燈の上に覆いかぶさるや顔や髪の毛をかきむしった。
だが水銀燈も負けてはいない。真紅の押さえ込みの力が弱まった頃を見計らい、体を回転させ上を取りかえすと頭を押さえつけ手を振り上げる。
「その顔、ズタズタにしてあげるわ!」
狂気の笑いを浮かべた水銀燈の爪が襲い掛かってきた。真紅は首を傾けてそれを交わし、バランスの崩れた水銀燈を回転させて再び上になる。そしてやはり相手の顔めがけ掴みかかるものの、水銀燈も下から手を伸ばし互いの顔面を掴み合う形になった。
「今日こそジャンクに、バラバラにしてやる!」
「絶対…負けない!」
身動きの出来なくなった二人は尚も相手の目を見つめ、それぞれの怒りをぶつけあう。度重なる格闘で真紅のボンネットも水銀燈のヘッドドレスもとうにずり落ち、その麗しい衣服は泥と草にまみれていた。
その戦いは華麗な武器戦闘であるアリスゲームのそれではなく、人形同士の泥臭いキャットファイトと化していった。
雲外鏡は鬼太郎を探していた。無論、トドメをさすためである。
「油断するなよ雲外鏡。何をしてくるかわからん奴だからな」
今まで何度も鬼太郎を追い込みながらもその都度逆転を許してきた。今度こそ…という思いからかぬらりひょんも相当慎重になっていた。
すると雲外鏡の目の前の森に突然、猫娘が現れた。彼女は挑発するかの様な招きの仕草を見せると、ささっと森の奥に引っ込んだ。
「……?」
その行動の真意がわからず雲外鏡が動けないでいると猫娘は別の場所に出現、同様にして消える。これが二度三度続いた。
「雲外鏡、そいつは囮だ!鬼太郎も近くにいるぞ!周り一面燃やしてしまえ!」
業を煮やしたぬらりひょんが叫んだ。猫娘がいた一帯に巨大な炎が放たれる。彼女がいかに素早かろうとこの津波のような火炎からは逃れる事は出来ないだろう。万事休す、しかし、炎が森を包む直前、苺の蔦が森の中より立ち上がる。
「きゅーん、猫娘の一本釣りなのー」
その場所より遥か遠く、雛苺が叫んだ。立ち上がった苺の蔦には猫娘がしがみつき、一瞬で雛苺の場所まで引き上げられた。
「鬼太郎、後は任せたわよ…」
無事着地した猫娘は雛苺を抱え、追撃されないようさらに遠くに逃げ出した。
その出来事にあっけにとられた雲外鏡の足下から突然、緑の柱が立ち上がった。それはわずかばかり雲外鏡の方へ傾きつつも頭上を越え上へ上へと伸びていった。
そして続けざまその横にも同様な柱が立ち上がり、それが五本六本と増加しまるで行く手を阻む壁の様に立ちふさがった。
「ほれ、白タオル、ちゃんと移動するですよ」
翠星石が一反木綿に乗り高速移動、連続で世界樹を生やしていたのである。
「?えーい忌々しい!雲外鏡、一気になぎ払え!」
命令で雲外鏡が手を一振りすると世界樹の列は枯れ草の様にへし折られた。
「やはりあっという間じゃったな…」
一反木綿の上、一緒に乗っていた目玉親父が呟いた。
「頼みましたよ二人とも…」
翠星石が空を見上げる。
その様子を見ていたぬらりひょんは注意深く辺りを見渡した。先程の動きはおそらく陽動、攻撃の主力は鬼太郎であるはず。だが移動手段である一反木綿はまだ下にいる。山の麓には何も変化はない。予測不能な展開に緊張が走る。
「ぬらりひょん様、あ、あれー!」
突然、朱の盆が上を見て何かを指し示た。頭上から何かが落ちてきている。目を凝らしてよく見ると、それは空中より自分に向かってくる鬼太郎だった!
「ぬらりひょん、覚悟しろ!」
「ききっ、鬼太郎!」
ぬらりひょんは理解した。先程伸びた世界樹は雲外鏡の上を越え、鬼太郎を直接ここに運ぶためのものだったのだ。おそらく最初の一本目の先に捕まりこの上で飛び降りたのだろう。
空中からの奇襲に成功した鬼太郎はあらかじめ脱いであったちゃんちゃんこを投げつけた。
「まだ甘いわ!何度も同じ手はくわんと言ったろう!」
自分を覆おうとするちゃんちゃんこ。だがぬらりひょんは懐よりピンポン玉の様な物体を取り出し、投げつけた。ちゃんちゃんこの中で爆発が起こる。それは小型爆弾だった。
ピカッ!ドカーン!
「うわっ!」
ちゃんちゃんこは飛ばされ、爆風にあおられ鬼太郎もバランスを崩す。
「今だ、朱の盆!鬼太郎を取り押さえろ!」
もう少しで地上、という所で怯んだ鬼太郎に朱の盆が掴みかかった。捕らえてしまえば後は雲外鏡で止めをさせる。しかし安心したのも束の間、第二の伏兵が現れた。
「行け!、蒼星石」
「だ───────っ!」
鬼太郎の背中に隠れ、蒼星石も一緒に来ていたのだ。彼女は鬼太郎の頭上を越え朱の盆の頭で踏み切ると、奥にいるぬらりひょんの腕目掛け庭師の鋏を突きつけた。
「痛っ、俺を踏み台にした!?」
「なんと!」
完全に不意を疲れたぬらりひょんは鋏の一撃をあび、『照魔鏡』はその手から零れ落ちた。それが地面に落ちる直前、蒼星石は鏡を掴んで鬼太郎に向かって投げつけた。
「鬼太郎さん、お願いします」
鬼太郎は鏡を取ろうとしたが朱の盆に邪魔され一歩出遅れた。ぬらりひょんも蒼星石を突き飛ばし再び鏡を取ろうと手を伸ばす。鏡の落下地点、二人が交錯した。
だが、互いの手が邪魔をして結局二人とも掴む事が出来ず、無常にも『照魔鏡』は地面に落下した。
ぱりん
小さな音を立て鏡が割れた。そして、中から黒い煙が現れすーっと消えてく。
「あああ…『照魔鏡』が…。わしの夢が…」
ぬらりひょんはがっくりとうなだれ、その場にへたりこんだ。
「鬼太郎さん…」
「ごめん、掴みきれなかった」
この事態を想定していなかった二人は割れた鏡を呆然と見つめていた。すると…
「!!」
突然、空気が変わった。得体の知れない邪悪な気配がこの一帯を包み込んでいる!
《ははははは、遂に、本当に開放されたぞ!》
世界全体を包み込むような大きな声が響き渡る。二人が振り返ると、そこには目を輝かせ嬉々とした表情の雲外鏡がいた。
「雲外鏡!」
《おお、『照魔鏡』を壊したのはお前達か。礼を言うぞ。これで何の束縛もなくなった》
「なにっ!」
《俺は魂を封じ込められていたため『照魔鏡』の命令に逆らう事が出来なかった。だがもう恐れるものは何も無い。これからは自由だ! 》
雲外鏡は次にぬらりひょんに顔を向けた。自分を見て不気味に笑うその顔にぬらりひょんはすくみ上がった。
《おい主》
「!!はい!」
《世話になったな》
ペシン!ぬらりひょんは塵でも掃われるようにふき飛ばされた。
「あ~れ~」
「ぬらりひょん様~」情けない声を出して朱の盆が後を追いかける。
その二人が視界から消えると、雲外鏡はこんな事には興味は無い、とばかりに辺りを見渡した。
その様子を鬼太郎が注意深く見つめる。攻撃はしてこないものの自我を持ったこいつは何を考えているのかわからない。しかし、とても悪い予感がする。
「雲外鏡、お前これから何するつもりだ!」
《? 何をしようが俺は自由さ。とりあえずこの世界でもいただくとするかな》
「この世界を…?」
言葉の意味がわからず、鬼太郎はあっけにとられた。それをよそに雲外鏡は口を開け、深呼吸でもするかの様に大きく息を吸い込んだ 。
突然、辺り一帯を竜巻の様な暴風が襲う。その激しさに鬼太郎は立つ事が出来ず、蒼星石を抱きかかえながら地面にしゃがみこむ。
「鬼太郎さん、これはいったい…?」
「!! 見ろ!」
周りの草、そして大きな木までもが次々と根こそぎ空へと巻き上げられていた。宙に浮いたそれらの物は皆雲外鏡の口の中へ入っていった。それはまるでブラックホールが何でも引き込むが如く、この世界全ての物を飲み込もうとしている様であった。
「あいつは…フィールドそのものを食うのか…」
動く事もままならず、鬼太郎はただその様子を見続けていた。
その脅威はこのフィールド全土に及んだ。真紅と水銀燈も戦いを一時中断し、吹き飛ばされないように岩陰に身を隠す。
「くっ…何なの、この風は?」
「ぬらりひょんめ…、何をやったというの?」
二人はまだ、状況の変化を知らない。
最終更新:2007年12月22日 14:17