鏡爺と花人形その5
雲外鏡の猛威は続く。木や草、立ち並んでいた家々、吹き荒れる風が世界のあらゆるものを破壊して巻き上げる。
「く~っ。雲外鏡のやつ、一体何を始めたんじゃ!」
陽動作戦を終え合流した目玉親父達は突然の出来事に対処出来ないでいた。
あれだけの巨体である、遠めにて雲外鏡に何か変化が起こったのはわかった。その後に起こった今の状態。目玉親父、猫娘、一反木綿、翠星石、雛苺は巨木の陰に身を寄せ合い巻き上げられまいと必死で抵抗していた。
しかし暴風はさらに勢いを増す。安全地帯だった巨木もばきばきという音と共についに根が浮き上がってきた。
「このままじゃ時間の問題よ。一反木綿!私達を乗せて飛び立てない?」
「無理言うんじゃなかよ。まとめて飛ばされてお陀仏よ」
「猫娘、気持ちはわかるが…風が止むのを待つしかあるまい。鬼太郎…」
遠くの山を見、目玉親父がこの場にいない息子を心配する。
「この風、速く止みやがれですぅ!…きゃ──────!」
長い髪とスカートが仇になったか、端にいた翠星石が風にあおられ宙に舞い上げられた。猫娘が助けようと手を伸ばしたがそれも届かず、上へ上へと巻き上げられる。
「翠星石!」
「こりゃいけんばい!」
一反木綿が危険を省みず飛び立とうとしたその時、一つの影が横をさっと通り過ぎた。その影は一瞬にして翠星石の所まで飛び上がると彼女の手をぐっと掴んだ。
「おじじ!」
影の正体は子泣き爺だった。彼は翠星石を引き寄せると包むように抱きかかえ、そのまま石化した。超重量と化した子泣き爺はそこで落下、見事翠星石を救い出した。
「もう大丈夫じゃ。この程度の風なぞわしはびくともせんわい」
「おじじ…怖かったですぅ」
子泣き爺は風にあおられる事なくその場にしゃがみこむ。余程恐ろしかったのだろう、翠星石はその腕の中で泣きじゃくった。
その様子に皆が安堵したのも束の間、遂に風を遮っていた木が引き抜かれた。隠れる場所がなくなり身を伏せ堪えようとするものの他の皆は一斉に吹き飛ばされそうになる。
「ぬりかべ!」
すると突然後ろの地面が盛り上がり、そこからぬりかべが現れた。ぬりかべは膝を付いて皆をガード、勢い衰えぬ風を背中に浴びたがその頑丈な体はそれに耐え忍んだ。
「おお、みんな大丈夫か?」
「砂かけ!お主も無事じゃったんじゃな」
そこに砂かけ婆も現れ皆と一緒なってぬりかべの前、風下に隠れた。
「暫らく気絶しておったがな。ぬりかべ、もう少し頑張ってくれい。親父殿、鬼太郎は?蒼星石もおらん様じゃが」
「二人はあの山じゃ。『照魔鏡』を奪いに行ったんじゃが状況が掴めぬ」
「やはり風が収まるのを待つしかないようじゃの…」
そのまま皆姿勢を低くして風に耐えていたところ、風上の方から叫び声が近づいてきた。
「うわわわわーっ!助けて~!」
「かしらー!」
「あっ、ねずみ男と金糸雀なのー!」
ゴミくずの様に飛ばされてきた二人は宙をもがく様に手を伸ばし、ぬりかべの端に掴まった。風にあおられ鯉のぼりの様な状態になりつつもその手を離さぬようとに必死で堪える。
「そう言えばお前らもいたんじゃな。忘れとったわい」
「どうせどこかに隠れてたんでしょ」
あせる二人をよそに目玉親父と猫娘は普通に会話を始めた。だが悠長な事は言ってられないねずみ男は皆に必死に頼み込む。
「お、おい。このままじゃまた飛ばされちまう。助けてくれよ!」
「さて…どうする親父殿?」
「…仕方あるまい」
それを見かねた砂かけ婆がすっくと立ち上がり、両手を広げその場に巨大な竜巻を起こした。それによって風は遮断され中は無風状態に変化、横からの風に耐えていた二人は状況に対処出来ずそのまま地面に落下した。
「いてっ!」
「あ痛たたた…かしら」
「ほら、早くこっちに来んかい。これも長くはもたんぞ」
砂かけ婆が話しかける。二人はあわててぬりかべの前に移動した。
「くっ…、蒼星石、大丈夫かい?」
「ええ、何とか」
未だ山から動けない二人もまた飛ばされないように必死に身を屈めていた。鬼太郎はちゃんちゃんこを広げ、その霊力を使い蒼星石と身をくるみながら風をやり過ごす。
暫らくすると風の勢いが弱まってきた。先程までは風圧のため数メートル先も見られなかったが少しずつ視界も晴れてくる。そして遂に止んだ。
目の前には見るも無残な光景が広がっていた。木が覆い茂っていた森も、清流だった川もとうに消えうせ、山はその形を露にし、ただ地面を剥き出しにした台地と大きな岩だけが残る荒れ果てた死の世界。
そしてその中心には雲外鏡がいた。雲外鏡は腹を押さえ、ふうーっと大きく息を吐き出すと山の二人に話しかけた。
《おや、お前らまだいたのか。この世界にはもう何も残っちゃいないぜ》
「雲外鏡、お前何てことを!」
《そう怒りなさんな。こんなんじゃ腹の足しにもなんねえし、他に食いに行くからよ》
怒りの目で見つめる鬼太郎をよそに、雲外鏡は上を向きそのまま宙へ飛び上がった。その姿はあっと言う間に空の彼方へ消えていく。
「鬼太郎さん、あいつ何処に行くんでしょう」
「他に食いに行くって言ってたぞ。…まさか!」
二人は顔を見合わせた。今までの事から推測すると奴は何も無くなったこの世界を捨て、別のフィールドを食べに外に向かったのではないのか。だとしたら…
「このまま放っておくと他のフィールドが食われるんじゃ…」
「それじゃあ君達は、アリスゲームはどうなるんだ?いや、それだけじゃない。僕達の世界にもどんな影響があるか…」
鬼太郎は雲外鏡が飛び去った空をただ呆然と見上げていた。
(やっと収まったようね…)
岩陰に隠れ風をやり過ごした真紅は安堵のため息をついた。しかし状況が全く掴めない。この世界はどうなってしまったんだろうか?仲間は無事なのだろうか?不安に苛まれる。
「休み時間は終わりよ!」
「!!」
またも黒羽が飛んできた!真紅は前転でこれをかわすと空中で身構える水銀燈に向かって叫ぶ。
「待ちなさい!一体全体これは何?貴方達、このフィールドで何をしたの?」
「さあ?知らないわよ。これからいなくなる貴方には関係ない事よ。とっととジャンクになりなさい!」
「まだ…続ける…つもりなの…?」
再び無数の黒羽が迫り来る。なおも執拗な攻撃を受け、真紅も仕方なく反撃を開始した。
「あっ!いた!鬼太郎────!」
雲外鏡が去ってすぐ後、鬼太郎の頭上で猫娘の声が響く。一反木綿に乗り迎えに来たのだ。山の中腹で佇む二人を見つけると一反木綿は近くに降り立った。地面に降りた猫娘の肩には目玉親父も一緒にいた。
「父さん、無事だったんですね。ここにいないみんなは?」
「ふむ、真紅と鏡爺だけはちょっとわからんが他は全員無事じゃよ。それよりこれは一体どうした事じゃ?」
「実は…」
鬼太郎は事の成り行きを説明した。もはや自分達だけの話では済まない、世界全体の危機かもしれないのだ。
「それは…困った事になったのう。おや、あれは何じゃ?」
話を聞き終わったちょうどその時、目玉親父が宙を降下してくる何かを発見した。巨大な頭を持つ人型の物体。見間違うはずもない、それはこの世界から出て行ったはずのあの妖怪だ。
「雲外鏡!」
ドーン!
着地のショックでまたも地震が世界を襲う。山にいた一同はその衝撃で吹き飛ばされ、斜面を次々に転げ落ちた。その勢いは凄まじく、山の麓まで一気に運ばれる。
「くっ…、みんな大丈夫か?」
全身を打った痛みからなかなか回復出来ない中、鬼太郎が声をあげた。幸いにも致命傷を負った者はいないようだった。
「雲外鏡の奴…、出て行ったんじゃなかったのか」
「しっ!鬼太郎、様子を見てみよう」
目玉親父が鬼太郎を諭す。少しすると着地の衝撃で舞い上がった砂埃が収まってきた。その中で再び姿を現した雲外鏡は目をぱちくりさせながら周りを見回していた。
《…あれ?おかしいな。なんで出られないんだ》
その表情は狐につままれたようだった。そのまま雲外鏡はどすん、どすんと地響きを立てながら2,3歩歩くとまた上を見上げた。
《ま、いいか。もう一回行ってみよう》
「待て!」
鬼太郎がいてもたってもいられなくなり大声で叫んだ。「?」その声に気付き、雲外鏡が視線を下に向ける。
「雲外鏡!君はここを出て他のフィールドもこのようにするつもりなのか?」
《またお前か、鏡の中の世界は俺の大好物なんだ。食わなくても生きてはいけるけどな》
「だったら止めるんだ。nのフィールドが消えたら外の世界にも影響が出るかもしれないんだぞ」
人や妖怪、ドール達、意識を持つ者の精神世界で構成されるnのフィールド。それが次々破壊される。その先に待つものとは…
《嫌だね。何をしようが俺の勝手だ。お前の指図なんか受けねえよ》
「なにっ。そんな事はさせないぞ!」
いきり立った鬼太郎が今にも飛び掛らんばかりに睨みつける。
《いちいちうるさいなあ。もうお前、消えろよ》
次の瞬間、雲外鏡は鬼太郎に向かい目より光線を放った。「うわー!」その凄まじい威力に周りにいた一同共々鬼太郎も吹き飛ばされる。
《あばよ。次に会ったら殺すぜ》
衝撃で誰も立ち上がれないのを確認すると、雲外鏡は薄ら笑いを浮かべながら再び空へ飛びたった。
「父さん…みんな、ごめんなさい。あいつには正直、歯が立ちません」
全身をかける痛覚。あまりの力の差を実感した鬼太郎は悔しさのあまり倒れたまま涙を流した。一足先に回復した目玉親父がそこにかけより言葉をかける。
「鬼太郎、一旦他の仲間達と合流しよう。みんなで話し合えば何か打開策が見つかるかもしれん」
「はい…父さん」
それと時を同じくして2体のドールはなおも戦い続けていた。
「ふふふ…いつまで逃げてるつもり?鬼太郎も他の子も今日は助けに来てくれないようね」
バッタの大群のような無数の黒羽が一斉に向かってくる。それをかろうじて防御する真紅。反撃に転じたいのは山々だが世界の異変、仲間達の安否と気がかりが多過ぎてとても戦いに集中できる状態ではない。
「水銀燈、ここは一旦矛を収めて様子を見てみない?何か大変な事が起こっている気がするの」
「嫌よ。お互い一対一、どっちがアリスに相応しいか、今日こそはっきりさせるのよ!」
懸命の説得も空しく、水銀燈の攻撃はなおも続く。
猛攻を切り抜ける中、真紅の目にある物体が飛び込んできた。それは少し先の山の向こうの空の上、地面に降下してくる巨大な妖怪だと確認できた。
(あれは、………雲外鏡!)
ズゥゥゥゥン…
雲外鏡が地面に降りたと思われる場所から噴煙の様な砂埃が立ち上がり爆音が響き渡る。その衝撃は地震となってこの大地全てを揺り動かした。
幸いにも二人は宙にいたため直接的な影響は受けなかったものの、攻撃のリズムを崩された水銀燈が苛立った目で爆心地を睨みつける。
「あの化け物、まだ暴れているの?ぬらりひょんの奴調子に乗りすぎよ!」
「!!」
その直後真紅は突然、がくっと自分の力が抜けるのを感じた。驚き、左手の指輪を急ぎ確認する。戦闘中、ミーディアムの力を受けて輝く薔薇の指輪だが、その光りは今にも消えそうな弱々しいものへと化していた。
(鬼太郎、また何かあったのね)
今更ながらローゼンメイデンは指輪を介しミーディアムより力を貰う。真紅は鬼太郎の身の異変を感じた。実は少し前にも同じ事があった。世界を覆う嵐の前、ちょうど水銀燈の龍の攻撃を受けていた時だ。あの時も一時的に力の供給が止り、結果捕らえられた。
十分な力を受けられないと戦闘は苦しい。異変を知ってか知らずか、気を取り直した水銀燈がまたも真紅に視線を向ける。その目は獲物を狙う鷹のようだった。
「まあいいわ。お楽しみはこれからよ」
「鬼太郎、あれ!」
一旦木綿に運ばれながら仲間の元へ帰る途中、猫娘が突如ある方向を指差した。皆一斉にその先に視線を向ける。そこにはあったのは荒れた大地にうつ伏せのまま動かない見知った者の姿。鏡爺が倒れていた。
「鏡爺!」
驚いた鬼太郎はさっと一反木綿より飛び降りたかと思うと、すぐさま駆け寄り鏡爺の上体を抱き起こした。「はぁ…、はぁ…」鏡爺の息は乱れており、意識は朦朧とした感じで、自分を抱えているのが者か誰かさえもわからない様だった。
「鏡爺、しっかりしてください!それにその手、怪我をしているじゃないですか」
「お主は鬼太郎か…?『照魔鏡』はどうなった?雲外鏡の奴は?」
「すみません、ぬらりひょんと取り合いになった時に『照魔鏡』は割れてしまいました。鏡の拘束が解かれ雲外鏡が自由になりフィールドをこんな風に… 」
「そうか、やはり雲外鏡…、奴がこの世界を荒らしたんじゃな?…ここはわしの世界、そしてわし自身でもある。ここまで壊されてはさすがに体に響いたわい…」
その言葉に押し黙る一同。鏡爺は更に話を続けた。
「ところで雲外鏡はその後どうしてる?奴はまだここに、この世界にいるのか?」
「雲外鏡は…、さっき出て行こうとしたみたいですけど失敗したような事を言ってました。もう一回やってみるとも…」
「そうか… 足止めはうまくいったか… あの化け物なら突破されるかもと思ったが…」
苦しそうながらも安堵の表情を浮かべた鏡爺。目玉親父が鬼太郎の頭よりぴょこんと飛び出し問いかけた。
「お主、一体何をしたんじゃ!」
「何者も出られんよう世界の出口を閉じたんじゃよ。今現在、蟻の子一匹ここから出る事は出来ぬ」
その言葉を聞いてはっとする一同。それが事実なら先程の雲外鏡の行動も合点がいく。
しかしそのせいで仲間達は想定外のダメージを負ってしまった。蒼星石が今にも飛び掛らんばかりに鏡爺に詰め寄った。
「なぜそんな事を?あいつが出て行けばここは安全になったはずです。鬼太郎さんだって余計な怪我をしなくて済んだのに!」
「蒼星石、落ち着きなさい!でも、説明はしてくれるんでしょうね」
蒼星石の両肩を掴みそれをたしなめる猫娘。だが彼女の目にも同様に怒りの色があふれている。それを見て状況を察したのか、鏡爺は申しわけなさそうに答えた。
「また迷惑をかけたのか… それはすまなかった。これ以上お主達を巻き込むわけにはいかないようじゃな」
鏡爺は鬼太郎の手の中からゆっくり離れると、片手をつきふらふらとした足取りでなんとか立ち上った。そして彼が前に手をかざすと直径1メートル程の黒い穴がその目前に現れた。
「ここに出口を空けておく。ここを通ればわしの鏡よりお主達の世界に戻れるはずじゃ。仲間を集めてここから出ていってくれまいか」
言い終わると鏡爺は糸の切れた凧のようにその場にへたり込んだ。一同は唖然として暫らくその穴を見つめていたが、気を取り直した目玉親父が再び問いただした。
「わし達が、ここから出るのか?」
「ああそうじゃ、この穴はどんな奴も通る事が出来る。雲外鏡ですら穴に触れれば外には出られるのじゃ。早く!奴に見つかる前に!」
「しかし、わし達が出て行って、その後どうするんじゃ?」
少し沈黙した後、鏡爺は覚悟を決めた様に目をゆっくりと閉じた。
「この世界を……… 雲外鏡ごと消滅させる」
───その場の全員が目を見張った。
「雲外鏡は確かに強い。その生命力も桁外れじゃろう。じゃがここから出られんところをみると、世界を一気に消滅させればあ奴も一緒に滅ぼす事が出来るはずじゃ」
「そんな事が出来るのか?しかし鏡爺、ここを失ってお主は一体どうするんじゃ?」
「なあに、また新しい世界を造るさ。その暁には是非遊びに来てくれ。また一緒に茶を飲もう」
皆を見渡して満面の笑みを見せる鏡爺。その様子に誰もが黙りこくっていたが、ただ一人先程より下を向いていた蒼星石が急に顔を上げたかと思うと鏡爺に言葉をたたきつけた。
「嘘です!自分のフィールドを失って本人が無事なわけないじゃないですか!現に今、貴方自身がとても弱っています。このフィールドで貴方は、雲外鏡と心中するつもりなんだ!」
「!!」
「そんな…鏡爺、貴方が犠牲になる必要はない!」
鬼太郎が立ち上がり拳を握り締めた。鏡爺は一瞬さびしそうな笑顔を見せたものの、手を振り上げ荒れた大地を指し示すと目を見開き力強く言い放つ。
「ばれておったか。そうじゃ、わしも死ぬじゃろう。それでもなおやらねばならぬ!この世界を見てみろ、奴を外に出そうものなら他の世界でも同じ事が繰り替えされるのじゃぞ!」
単なる好好爺だった妖怪からみなぎる迫力。その言葉に秘められた強い決意。鬼太郎は一瞬気おされて後ずさりした。
「だからお前さん達は逃げてくれ… わしが『照魔鏡』さえ開放したりせんならばこんな事にはならなかったんじゃ」
「鏡爺、本当にそれでいいんですか?」
「これしか方法がないんじゃ。…それと一つだけ、わしの頼みを聞いてくれんか?」
「頼み…ですか?」
鏡爺は顔を上げ、遠い目で空を見つめた。
「ここを出る時におハナ…、水銀燈…じゃったかな?あの娘も連れ出してくれんか。今はおそらくあの赤いお嬢ちゃんとやりあっていると思うんじゃが… おねがいじゃ!」
皆言葉を失う。この妖怪は死を目前にしてなお自分の事より水銀燈の身を案じているのだ。
「そりゃあわし達だって余計な犠牲は出したくないが、あの水銀燈が素直に言う事を聞くかどうか…」
と、目玉親父。しかし、鏡爺は訴え続けた。
「あの娘とお主達にどのような確執があったかわしは知らぬ。ここから連れ去られた後、どう変わったのかもな… じゃが、眠り続けたままとは言えわしは長い間一緒にいたんじゃ!」
「……………………」
「目覚めた後、あの娘は泣き叫んで父親を求めていた。わしは力になりたかった。何も出来なかったがな。せめて、無事にここから帰してやりたいんじゃ!」
それは魂を削るような叫びであった。皆、目にうっすら涙を浮かべ黙って聞いていたものの、目玉親父が何とか切り出した。
「お主の気持ちは良くわかった。鬼太郎、鏡爺はここまで覚悟しておる。どうじゃ、やってみんか?」
鬼太郎はどう答えるのか、皆の視線が集中する。しかし鬼太郎は悔しそうに唇を噛み、涙目でこれを突っ撥ねた。
「わかっています。でも誰かを犠牲にしてなんて…」
雲外鏡の持つ驚異的な強さ。こちらが圧倒的に不利なのはわかっている。しかし鏡爺に全てを負わせ、自分達だけ安全な場所に逃げるという手段はどうしても納得できない。鬼太郎は訴える。
「鏡爺、もう少し考えましょう。何かまだ手があるかもしれない」
「鬼太郎、やってくれんのか?お前さんがそう言っても、おそらく打つ手はないぞ」
「でも、貴方がやっと水銀燈に会えたというのに、このまま見殺しにするしかないなんて…」
鬼太郎の思いはとてもうれしかった。しかし今は非常事態、鏡爺は静かに語りかける。
「いいか、雲外鏡は間違いなくわしを狙ってくる。奴がここから抜け出るにはわしが結界を解くか、わしを殺してここを自然消滅させるしか手はないからじゃ。奴がそれを知らんわけがない。奴もわしも同じ鏡妖怪なのだからな」
「雲外鏡と貴方が…同じ…?」
「そうだ、わしらは同族、鏡一族なのじゃ」
「鏡…一族」
その言葉を聞いた途端、鬼太郎の頭に何かがひっかかった。鏡一族…、鏡妖怪…、鏡…
「そうだ!この手があった!」
突然、鬼太郎が声を張り上げた。あまりの大声に皆一斉にひっくり返る。
「鬼太郎、一体どうしたんじゃ」
「父さん、いい手が浮かびました!これなら雲外鏡に勝てます!」
普段わりと冷静な鬼太郎がこれほど興奮するのは珍しい。皆は次の言葉を待った。
「塩を使うんです」
「塩?」
「では父さん、鏡爺と一緒にここで待っていてください」
「うむ、お前達も十分気をつけてな」
ここは山の中、そこにぽっかりと開いていた洞窟に親父と鏡爺を置いて、鬼太郎たちは飛び立っていった。
「親父殿。本当にそんなこと出来るんじゃろうか?」
「心配するな、あいつはやると言ったら必ずやりとげる男じゃ。お前さんはわしと共にここで待っていればいい」
「信頼しているんじゃな。本当にいい息子さんじゃ。出来ればわしも家族を持ってみたかった…」
少し寂しそうに鏡爺は答えた。おそらく心の中はあのドールの事でいっぱいなのだろう。目玉親父はかける言葉がなかった。
「どれ、ちょっと表の様子でも見てみるとしようかの」
気を取り直した鏡爺が、様子を窺いに洞窟の外に顔を出す。
「危ないんじゃないのか。今、雲外鏡に見つかりでもしたら全て水の泡じゃぞ」
「なあに、図体が違う。先に見かる事はないじゃろう。あいつは遠くからでも目立つからな…。すぐに逃げ込めば見つかりは…あっ!」
「ん?どうした鏡爺」
鏡爺が突然口ごもる。つられて目玉親父もその方向に視線を向けた。
「あれは!」
二人の目の前を二体のドールが横切った。一体が逃げ、一体が追う。逃げているのは真紅、追っているのは…水銀燈!周りを気にする余裕すらないのか、ドール達はそのまま通り過ぎて行った。
「あの二人、まだやっておったのか!」
二人を確認した後、目玉親父はあせってすぐさま横を見る。案の定、鏡爺は我を忘れ、洞窟から飛び出していた。
「おハナ──────!」
「おい!鏡爺。行っちゃいかん!」
弱リ果てた体にもかかわらず、鏡爺はドールの去った方へ走っていった。
最終更新:2008年06月25日 01:00