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庭師、走る!その3

庭師、走る! パート3


 彼女達の眼前に現れたのは、何とも奇妙な空間だった。25メートルプール程の広さ、天井は地下とは思えない位高く、10メートル近くはあろうか。
 壁や天井は岩肌がむき出しになっていて、そしてその中心には古びた小屋が建てらており、その空間の奇妙さを際立たせていた。
 岩肌に生えた苔が光を放っていて、人工精霊の光が無くても十分に明るい。
「小屋の地下にまた小屋…? 勿体付けるにも程が……」
 眉をヒクつかせる水銀燈を蒼星石が遮る。
「しっ…、中から声が聞こえる……。あの窓から中が覗けそうだな……」
 背伸びして何とか届く高さの窓に二人並んで中を覗く。
「……あっ!」
 蒼星石が思わず声を漏らす。何しろ目の前にあったのが翠星石と子泣き爺の後頭部だったのだ。
 気配を感じたのか、翠星石が振り返る。窓を見るが、これと言って何も見当たらなかった。
 その様子を見た子泣き爺も窓の方を見た。
「はて……、何かあるのか?」
「今、蒼星石の声が聞こえたような……気がしたですが……。いえ、きっと気のせいです。ここに蒼星石が居るはずないですぅ」
 そう言って視線を前方に戻す翠星石。
「そんな事より、最初のレースが始まるですよ!」
「おお、そうじゃった!」
 窓の外では水銀燈と口を押さえた蒼星石が、冷や汗を垂らしながらしゃがみ込んでいた。
(危なかった……。でもレースって……やっぱりギャンブルだったのか……。競馬?…は、こんな狭い所じゃ無理か……)
 再び窓を覗き込む二人。その目に飛び込んで来たのは……。
   ……蛙!? 蛙がレースをしている!?

 翠星石達の眼前で、数匹の蛙が速さを競っていたのだ。
 しかも、驚く事にその蛙達は途中で脇に逸れることもなく、一目散にゴールを目指しているのである。
(うすうすギャンブルだろうとは予想してたけど、まさか蛙のレースだったとは……。翠星石もお爺さんもギャンブルに嵌りやすそうだもんなぁ……)
(何よこれ……。馬鹿じゃないの? 期待して損したってカンジ)
 中の者に聞こえない程度の音量で感想を漏らす二人。更に中の様子を伺う。
 客は翠星石と子泣き爺の他に三人程、そして支配人らしき恰幅の良い人物が、レースの行方を克明に実況していた。
「さあ、最終コーナーを抜けてトップはケロケログンソー! このまま逃げ切れるか!?」
「いっけーですぅ! 逃げ切れーですぅ!!」
「いいぞ! その調子じゃー!!」
「やったですぅ! また勝っちまったですぅ!!」
「うひゃひゃー! こりゃたまらんのー!!」
 どうやら二人の賭けた蛙が勝ったようだ。抱き合って喜ぶ翠星石と子泣き爺。
 少し前までは想像もつかなかった光景だ。蒼星石は人をここまで変えるギャンブルの魔性に寒気さえ感じてしまうのだった。
「やったなぁー! 子泣きの! 俺は負けちまったよ」
「何か奢ってくれよ、ハハハ」
「いやー、翠ちゃんも羨ましいねー! 可愛いだけじゃないんだなぁ!」
「誉めたって何も出てこないですよー? ま、能ある鷹はなんとやらですぅ。ひっひっひ!」
 周りの客達が二人の勝利を祝福しているのだが、それを見ている蒼星石と水銀燈はどうにも気分が悪い。
(なぁにあいつら? 自分が負けて悔しくないとか笑えるんだけどぉ)
(どう見てもサクラ……だよなぁ……)

 蒼星石が思うように、彼等は自分の勝敗を殆ど省みる事もなく、翠星石達を誉めちぎることに全力を傾けているように見えた。
 その印象を裏付けるかのように、彼等の会話は次のレースにいくら賭けるか、という内容に誘導され始めた。
「当然、次のレースにも賭けるんだろ?」
「これが次のレースの配当だぜ。見てくれ、こいつは配当の割にかなり手堅いんだ」
「ふーむ、わしは穴狙いで行きたいと思うんじゃが……」
 渋る子泣き爺を更に後押ししようとたたみかけようとする。
「絶対にこいつがいいって! 確実過ぎて有り金全部賭けてもいいぐらいだ。よーし、なんなら俺もこいつに有り金全部賭けてやる! な、これなら安心だろ?」
「よーし、おれだって!」
 滅茶苦茶な論理に次々と周りが同調していく。そしてついに翠星石も口を開いた。
「その勝負…乗ったです。全財産…賭けてやるですぅ!!」
「な、なんじゃと!? 正気か!?」
 さすがに酔いの回った子泣き爺もその言葉は聞き逃せなかったようだ。
「翠星石はみんなの心意気に打たれたのですぅ! ここは勝負所ですよ、おじじ!」
 翠星石の説得に子泣き爺は暫し考え込むが、やがて決意を顔にみなぎらせ床を叩いた。
「やってやるわい! 一世一代の大勝負じゃ!」
「さーすがおじじですぅ! まぁ、負ける事なんてあり得ないですがね!」
 ノリノリの二人だが、負けない勝負などあり得ない。
 そもそも二人が冷静だったなら、全員が同じ対象に賭けていたら賭けにならないという、当たり前の事実に気づいていたかもしれない。
 その様子を冷静に見つめる蒼星石は、二人を止めようかと悩んだが、自分の服装を思い出して躊躇してしまった。
 ふと、横に居たはずの水銀燈がいなくなっている事に気づいた。
最終更新:2009年02月12日 02:00
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