節分のある日・・・

節分のある日・・・


「はぁ……今年もまたこの季節が来たのか……」
 彼は憂鬱だった。常人を遥かに上回る巨体に筋骨隆々の赤い肌、頭頂部には立派な角を生やし、泣く子も黙るような強面の男。
 しかし、大きな岩に腰掛けた男は、その見た目とはかけ離れた溜め息をつく。それは彼を実際よりも小さく見せた。
「どうしたの?」
 男は不意の呼びかけに驚く。慌てて辺りを見回すが何もない。憂鬱の余りの幻聴だろうか。再び顔を下に向ける。
 彼の視界に一人の少女が立っていた。あどけない、幼い顔立ちの女の子が無垢な瞳で男の顔を覗き込んでいるのだ。
 思ってもなかった事態に、どうしていいか分かからなくなってしまった。そんな男に再び少女が問いかける。
「どうして悲しい顔をしてるの?」
 そう言われた男は慌てて顔を引き締めようとしたが、焦りからか力が入って妙な顔つきになってしまった。バツが悪くなった男は頭をかく。
「お嬢ちゃん、オレの事が怖くないのかい?」
 今更言うのも随分間抜けな話だとは思ったのだが。
 ピンクのドレスに頭には大きなリボンを着けた人形のような少女。いや、よくよく見ると本当に人形のようだ。少なくともヒトではない。
「うんとね、はじめは少し怖かったの」
 彼女はそう言う。つまりはちっとも怖くないと宣告されたようなものだ。
「やっぱり怖くないのか……いや、そんな事よりもお嬢ちゃんはオレに何か用かい?」

「えと……おじさんがずっとここに座ってたから、気になったのよね」
「そうか……心配してくれてありがとう。どうして落ち込んでるかって、そりゃあ節分だからね……」
 彼、いや鬼は情けないとは思いつつ、素直に心境を少女に話した。
「せつぶん? せつぶんてなぁに?」
 これは鬼にも意外な答えだった。この少女は節分を知らないと言う。ついついネガティブな考えが口をつく。
「あ~、いっそのことお嬢ちゃんみたいにみんな節分の事を知らなければいいのになぁ」
「うゆ、お嬢ちゃんじゃなくて雛苺なのよ。ねぇ、せつぶんてイヤなこと?」
 純粋な好奇心で訊ねてくる雛苺に、えもいわれぬ安心感を覚えた鬼は、節分という、この場合は彼にとって重要な行事の方を丁寧に解説してやった。
「鬼さんかわいそうなの……」
 同情されているという嫌な気持ちにはならなかった。本当に悲しでくれているのが伝わってくるからだろう。
「気の荒い仲間は年に一度の晴れ舞台だなんて息巻いているがね。オレは嫌で仕方ないんだよ」
「鬼太郎に言ってやめさせるなの! 鬼さんいじめるのダメって!」
 鬼の話を聞いた雛苺は節分が許せないと言った様子である。そして鬼太郎の名前が出たことに鬼も少し驚いた。
「へぇ、雛苺ちゃんはあの鬼太郎の知り合いなのか」
「ヒナは鬼太郎のお家に住んでるなの」
「そりゃあ凄い。鬼太郎こそは妖怪のスターだよ。オレ達は影みたいなものさ」
 鬼は苦笑しながら言った。

「せ、せつぶんをお休み出来ないなの…?」
 雛苺はなんとかして鬼を止めたいようだ。その気持ちが鬼には嬉しかったが、とは言えそうも行かない。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。オレ達がいないと節分も始まらないんだよ。結局、鬼が鬼でいられるのは人間達の観念があるからなのさ」
「かんねん?」
「そう。妖怪だけ、片方だけでは存在は出来ないんだよ。何故なら妖怪ってのは人が生み出した観念だからね」
 雛苺は鬼の話に首を傾げながら聞き入る。
「うゆ……真紅も似たような事言ってたような気がするの……」
 小難しい顔をする雛苺に気がついた鬼は、おもむろに立ち上がった。
「雛苺ちゃんには難しかったかな。どれ……そろそろ出陣するかね……」
「あっ、ちょっと待ってなの…!」
 雛苺は立ち上がった鬼を制して、首から下げた小さなおもちゃの鞄から何かを取り出した。
「これあげるの。うにゅ~ってなって、とっても甘いのよ」
 雛苺の差し出した白くて丸いそれを、真っ赤で大きな手のひらで受け取る鬼。
「大福……かな? ありがとう、いただきます」
 鬼は大福を一口で頬張った。それを見て雛苺は目を丸くした。
「すごいの、おっきいお口なの!」
「はは、鬼だからね。…おっと、苺大福だったのか、こりゃ一本取られたなぁ。……ごちそうさま」
 鬼は不器用に微笑むと歩きだした。その後ろ姿にはさっきまでの萎縮は感じられなかった。それを見送る雛苺。
「…帰ってきたら、またお話ししましょうなの」
 振り返らずに手だけ振って応える鬼。そして雛苺の視界から徐々に遠ざかってゆくのだった。
     ー終ー
最終更新:2008年02月06日 04:09
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