ノヅチの巻
「へへへ、初仕事としちゃこんなとこかね」
「これが上手くいったらカナ達は大金持ちかしら!」
この二人、ねずみ男と金糸雀。今までも数々の騒動を引き起こしてきた訳であるが、はてさて今回は一体どんな怪しげな事を企んでいるのやら……
深夜の広い空き地。二人はその真ん中に居た。
「人間共が頭を悩ませる問題。…そう廃棄物の処分だ。そこにオレは目を付けた訳さ」
「ねず男(ねずお)の着眼点には感心したかしら。もっとも、ここまで我慢してあげたカナの辛抱強さがあったからこそ、かしら? えっへん」
「おい、ねず男ってなんだよ?」
「カナがあだ名で呼ぶってことは、カナが気に入ったってことかしら。感謝するかしら!」
「嬉しいような、嬉しくないような…。ま、オレがネズオならさしずめカナはジャイ○ンだな。けけけ」
「それはスネ○かしら……」
呆れる金糸雀は遠くから機械の唸りが近づいてくることに気が付いた。それは何台もの大型トラックだった。暗闇にヘッドライトが目に眩しい。
「おっ、お客さんがおいでなすったようだぜ」
二人の前に3台のトラックが一糸乱れず並んで止まる。更にその後から黒塗りの高級車が現れ、二人をトラックとの間に挟むように止まった。
ガチャ。高級車から全身黒のスーツにサングラスの風体の男が降りてくると、間髪入れずにねずみ男がすりよった。
「へっへっへ! お待ちしておりやしたぜ。では早速お約束の代金の方をば……」
「ええい寄るな臭い! 金は成功してからだ。先払いは出来ん」
「ちぇっ……まあいいか。ちゃっちゃと終わらせて代金を貰えばいいだけだしな。よし、やるぞカナ」
「ほい来たかしら!」
金糸雀はピチカートを呼びだし、ピチカートがその場でくるくるまわると、空中に古びた壺が出現した。
すぐに重力に引かれ落ち始める壺を、ねずみ男がすかさず受け止める。
「まったく便利な能力だな。……ん?」
ねずみ男は、虚空から突然現れた壺に驚く黒いスーツの男に気付く。
「ひひひ、これで少しは我々が人知を超越した存在である事が分かっていただけたかね?」
男は少し顔を逸らしてサングラスをかけ直した。
「こちらの積み荷も降ろし終わったぞ」
トラックに積まれてあった大量のドラム缶が空き地の一画に置かれた。
「それにしても、この積み荷は一体何なのかしら? ドクロとプロペラみたいなマークが危ない雰囲気を醸し出してるかしら……」
「ほんじゃま始めるとするか。この壺はナ、ある伝説の怪物が封印されてるのだ」
「怪物……」
顔に汗をにじます男。そしてねずみ男は壺の蓋に手を掛けた。
「出でよ、ノヅチ!!」
蓋を外すと辺りに暗雲が立ち込め、壺の中から大量の煙りが凄い勢いで噴き出した!
と、同時に駆け出すねずみ男。走りながら男に向かって叫んだ。
「おい、お前さん達も離れた方が身の為だぞ」
それを聞いた男もねずみ男の逃げる方へ走りだした。トラックと高級車も避難を始めた。
壺から出現したのは、全長数十メートルの巨大な口だけの蛇のような怪物、ノヅチだった。
ノヅチはまず「ふはーっ」と息を吐くと、今度はもの凄い勢いでドラム缶の山を吸い込み始めた。
「ま、まさかこんな事が現実に…!?」
スーツの男は眼前の光景に唖然とするばかりである。一方のねずみ男はふんぞり返って呑気に鼻くそをほじくる。
並べてあったドラム缶は、ものの十数秒でノヅチが吸い尽くしてしまった。ノヅチは全てを飲み込むとその動き止めた。まるで満腹感を味わうかのように。
「綺麗さっぱり無くなったぜ。案外速かったな……ん? おい、ぼーっとしてんじゃねえよ」
呆気に取られるスーツの男にビビビッとビンタをかますねずみ男。
「あ痛! …む、終わったか」
「そう言う事! そんじゃ約束の料金を支払ってもらおうか」
「確かに例の物は消滅したのだろうな?」
スーツの男はまだ信じられないといった様子を見せる。ねずみ男は更にたたみかけた。
「間違い無く消えたさ。あんたも見ただろ? グズグズしてるとノヅチがまた動き出すぜ」
ようやく男も納得したようで、懐から小切手を取り出し、ねずみ男に手渡した。そこに記された金額にねずみ男は興奮を隠せない。
「おひょー! すんげえ大金!! おい見ろよカナ、これ全部俺達の金なんだぜ? ……あれ?」
話している相手の筈の金糸雀が居ない。ねずみ男は慌てて周囲を見渡すが、スーツの男以外に誰も居ない。
「あれ? おいカナ、どこ行ったんだよ!?」
慌てるねずみ男にスーツの男が言った。
「お前のツレの子供なら、『かしら~』とか言いながらドラム缶と一緒に吸い込まれてたぞ」
「なぁにいぃ!?」
「……嘘だろ!? おいっカナー!! おわっ!?」
ねずみ男は何かにつまづいて転んだ。と、同時にガシャン!という割れる音が響く。
「ってて…、何だよこんなとこに……ってうげ!?」
ノヅチを封印していた壺の残骸がそこにはあった。
「あわわ……やっちまった…!」
その場から静かに去ろうとするねずみ男にスーツの男が気づく。
「おい、どこに行く? あの化け物はどうなるんだ?」
「なははは……あんたらもノヅチか目を覚ます前にとんずらした方が身の為だぜ……毎度ありーー!!」
そう言い残すとねずみ男は一目散にその場から逃げ去って行った。スーツの男がねずみ男を呼び止めようとしたのとノヅチが活動を再開したのとは、ほとんど同時だった。
ノヅチは再び周囲のあらゆるモノというモノを猛烈な勢いで吸い込み始めた。少し離れた場所に止めてあったトラックも次々吸い込んでゆく。命からがら脱出した運転手たちが逃げ惑っているのが見えた。
ノヅチは吸い込むモノが無くなったと判断したのか、その場から移動を開始する。
「あれが町に現れたら……」
スーツの男はそう呟くと、そこから立ち去った。
ノヅチはゆっくりと、しかし確実に町に向けて進んでいた。
鬼太郎の家。
今日も相変わらずの賑やかさである。
「鬼太郎、紅茶のおかわりを淹れて頂戴」
「すぐに淹れるよ」
「きたろー! おんぶしてーなのー」
「重いよ雛苺……うわっ、茶葉をこぼしてしまった」
「何をグズグズしているの鬼太郎!」
「はいはい……あぁ、僕のノンビリした生活はどこへ行ってしまったのか……」
鬼太郎はぼやくが、そう言う時に限ってトラブルが舞い込んで来るものだ。
「鬼太郎ー!! 助けてくれよぉ!!」
鬼太郎家に駆け込んで来たねずみ男が開口一番鬼太郎に泣きつく。
「一体どうしたと言うんじゃねずみ男よ。ただ事では無さそうじゃが」
目玉親父が息を切らすねずみ男をなだめつつ聞く。
「あ、ああ……実はカナが……」
そこまで言いかけて口が止まる。ここまでのいきさつを喋れば、ノヅチの封印を解いた事もバレてしまう。いや、このままノヅチが暴れ続けたら、真っ先に疑われるのは自分だろうが。
押し黙るねずみ男に真紅が切り出す。
「金糸雀がどうしたと言うの? ……ねずみ男、まさか貴方、金糸雀に何か良からぬ事をしようとして……」
「バカ言うな、カナはノヅチに……うぷ!」
ねずみ男は慌てて口を押さえる。もちろんそれを聞き逃す鬼太郎では無い。
「おいねずみ男、今ノヅチと言ったな? お前まさかノヅチの封印を解いたじゃないだろうな……」
鬼太郎の指摘に観念したねずみ男は縮こまった。それを見て鬼太郎は考え込む。
「やはり……とんでもない事をしてくれたな、ねずみ男。しかも金糸雀が吸い込まれてしうとは……」
「まずい事になったのう。ノヅチは厄介じゃぞ」
一方、真紅と雛苺は話が読めない。
「ねぇねぇ、ノヅチってなぁに?」
「私にも話が見えて来ないのだわ。結局金糸雀はどうなってしまったの?」
二人の質問に目玉親父が答える。
「ふむ、二人が知らぬのも無理は無い。ノヅチとは神話の時代から存在していた怪物じゃ。奴は想像を絶する大飯食らいで、ありとあらゆる物を吸い込んでしまうのじゃ」
「とっても食いしん坊のよーかいなのね」
「それに金糸雀が食べられてしまったというわけね。……助ける方法は無いの?」
ようやく事態を把握出来た真紅は、その深刻さにも気が付いたようだ。真紅の問いに鬼太郎が答える。
「ノヅチはかなり厄介な相手なんだ。僕らだけじゃ始末に負えないよ。父さん、みんなを集めて作戦会議を開きましょう」
「よし、砂掛けの部屋に集合じゃ!」
砂掛け婆の部屋。
ちゃぶ台を鬼太郎親子、ねこ娘、ねずみ男、砂掛け婆、子泣き爺と薔薇乙女の面々が各々のマスターの横に座り囲む。
「まーた金糸雀とねずみ男です。一体何度騒動を起こせば気が済むですか!」
翠星石がねずみ男を睨みながら口火を切る。
「まあまあ、君もあまり人の事は言えないと思うんだけど……」
「う……うるさいですぅ!」
蒼星石の突っ込みに顔を赤くさせる翠星石。砂掛け婆が二人を制する。
「落ち着け、今はそんな事よりも金糸雀を助ける事とノヅチを封印する方法を考えるのが先じゃろう!」
子泣き爺も続く。
「以前ノヅチが暴れた時には、鬼太郎が自らノヅチの体内に入り、封印の地まで操ったのじゃったな」
「自らノヅチの中に? 鬼太郎はどうなったの……?」
子泣きの話に真紅が心配そうな表情で返す。
「うーむ……脱出するのに七年掛かったような、掛からなかったような……」
「な、七年…!?」
真紅は目を丸くして絶句した。それを見て鬼太郎は真紅の肩にポンと手を乗せる。
「大丈夫。金糸雀だけは僕が絶対に助け出してみせる!」
「でも……鬼太郎は……? 鬼太郎は七年も出て来られないのでしょう? そんな事……」
「僕も反対です! 危険過ぎますよ!」
真紅に続いて蒼星石も反対の意志を示した。つられて他のドール達も続いた。
「ヒナ……鬼太郎居なくなっちゃうのイヤなの……」
「そ、そうですぅ! そもそも今回の事は金糸雀とコイツの自業自得ですよ! コイツが飲み込まれればいいのですぅ!」
翠星石はねずみ男を睨み付ける。不意の視線に思わず肩をすくめるねずみ男。
「俺がノヅチに飲み込まれた所で何も出来ないぜ、残念だけどな……。それに……」
「それに何ですか? まだ何かあるですか!?」
「その……あれだ。もしカナを助け出せたとしてもだな……数万年はお友達になれないかも知れないぜ?」
「は……??」
皆、ねずみ男が何を言っているのか、理解出来ない。
「金糸雀を助け出せても友達になれんとはどういう意味じゃ?」
目玉親父がねずみ男に問う。
「つまりだな……むむ……始めから話した方が良さそうだな」
そう言うとねずみ男は一度立ち上がって壁際まで行くと、腕を組みどっかとあぐらをかいた。
「このご時世、ゴミってのはいくら捨て場所があっても足りねえ。そこで俺は考えた。これはビジネスのチャンスだってな」
「それでノヅチを利用した、という訳じゃな」
「へへへ、そう言う事!」
「失敗したくせに偉そうにするな! ですぅ!」
「ま、どうせなら世の為人の為になる事をしようと思ってよ。とある捨て場所に困ってたモノを処分してやろうと思った訳さ」
だんだん場に居る皆の顔が呆れ顔に変わってゆく。鬼太郎が溜め息をつく。
「……あまり聞きたくない気もするけど、ノヅチに何を吸い込ませたんだ……?」
「あぁ……放射性廃棄物なんだ……。防○省が処分に困っててよ。心優しい俺サマが汚れ役を引き受けてやったというわけよ」
「何が心優しいです!? これは何ですかぁ!?」
言うが早いか、翠星石はねずみ男の懐から紙切れを抜き取った。それはねずみ男が黒スーツの男から受け取った小切手だった。
「こ、これは……見、見た事も無い金額です……うひ、うひひ……」
「こらこら! 欲に目が眩んでるよ、翠星石!」
蒼星石の突っ込みに我に返る翠星石。ヨダレが垂れかけている事に気付き慌てて口をゴシゴシこする。
「はっ、危うく翠星石まで金に釣られる所だったですぅ。……それで、その放射性ナントカの何がマズいのですか?」
「強い放射能に晒されれば、生きとし生けるものはその天寿を全うする事が出来んじゃろう。勿論わしら妖怪には問題ないが、間接的に他の生き物と接触する事を考えると、やはりマズいのう……」
目玉親父は真紅と蒼星石の方を見る。
「お主らはどう考える? そもそも金糸雀は放射能に耐えられるじゃろうか?」
まず蒼星石が答える。
「正直分かりません……。いくらお父様でもこんな状況を予測はしてなかっただろうし……。仮に廃棄物がプルトニウム239だったら半減期は二万四千年……」
その後を言い辛そうにする蒼星石に代わって真紅が続く。
「金糸雀にはnのフィールドで数万年大人しくしてもらうか、若しくはコンクリート詰めになって海の底に沈んでもらうしかないのだわ」
「なっ……」
顎が外れんばかりに唖然とする翠星石。真紅は落ち着いた調子で翠星石に語りかける。
「それは金糸雀が汚染されていた時の話。そう簡単に放射能が漏れる事などありはしないわ。……もっとも……」
一旦言葉を止めた真紅はねずみ男を睨みつける。
「例えそうなっても金糸雀を一人にはさせないのだわ」
全員の視線が突き刺さり、ねずみ男は肩をすくめて縮こまる。
「それよりも、どうやって金糸雀を助け出してノヅチを止めるかを考えよう。こうしてる間にも人々に危険が迫ってるんだ」
鬼太郎が場の空気を引き締めた。取り敢えず四面楚歌から解放されたねずみ男は胸を撫で下ろすのだった。
「ねね、ヒナ思いついたの。お菓子いっぱ~い食べたらノヅチさんお腹いっぱいになると思うの」
如何にも雛苺らしい微笑ましい作戦である。彼女を足の上に座らせるねこ娘はあやしながら、
「そぉーねぇー。あの小切手を全部使えば上手く行くかもねー?」
後半に至っては完全にねずみ男を睨みつけており、ねずみ男は脂汗を垂らしながら目を泳がせる。
「奴の胃袋はまさに異次元空間じゃからな。ほっときゃいくらでも食い続けるぞ……」
「異次元……。そうだわ」
砂掛け婆の言葉に真紅が何かを閃く。全員が真紅へ期待の眼差しを向けた。
「ノヅチの胃袋が異次元空間だと言うのなら、そこへノヅチの心の領海が繋がっている可能性があるのではないかしら?」
「……そうか!」
双子の庭師も顔を見合わせる。訳が分からない他の面々。鬼太郎が尋ねる。
「一体どういう事なんだい? 何か良い方法でも……?」
「その通り! あるですよ、全てを解決出来るウルトラC(古)が!」
自信満々で翠星石が答える。その迫力に鬼太郎も押され気味だ。
「そ、その方法とは?」
「つまりですね、“ノヅチは鬼太郎の夢を見るか?”って事です」
「僕が説明します」
翠星石の抽象的で要領を得ない表現に怪訝な顔をする一同を見て、蒼星石が替わって話し始める。
「僕と翠星石はノヅチの胃袋が異次元だと聞いて閃いたんです。鬼太郎さんはノヅチの体内に入った後はどうするんですか?」
「そうだな、まずは金糸雀を脱出させて、次にノヅチの頭に移動して奴を操り封印の地まで行き、眠らせるんだ」
鬼太郎の話を聞いた蒼星石と翠星石は顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「それを聞いて確信しました。ノヅチの体内がこの世界と隔てられた、異なる空間なのならば……」
「眠っているノヅチの夢の世界と繋がっている可能性が高いと言う訳ですぅ」
二人の作戦が読めた一同は、あっと言う声を上げた。若干名理解出来ていない者もいるようだが。
「うゆ……良く分かんないの……」
「ひっく、小難しい話は疲れるのぉ」
取り敢えず若干名は置いて話は進む。
「なるほど。封印し眠らせたノヅチの夢の扉を開き、そこから鬼太郎を救出しようと言う訳じゃな」
要点を目玉親父が纏め、蒼星石がそれに頷く。しかしねこ娘は表情が晴れない。
「ね、もしも……もしもよ? ノヅチが何も夢を見て無かったら……」
「それは……」
翠星石は言葉を濁す。口では確信を得たと言っていた蒼星石も答える事は出来なかった。
「大丈夫。きっと上手く行くさ」
沈む空気を破り鬼太郎が皆を勇気付ける。しかし、それが真紅には辛かった。何よりその身を呈してリスクを背負うのは、鬼太郎自身なのだから。
「じゃ……行くよ」
立ち上がった鬼太郎が言った。そして、それを合図に皆も立ち上がり一気に慌ただしくなる。
「ノヅチの所へは僕一人で行く。みんなは封印の地で待っててくれ」
「いや、俺も一緒に行くぜ。カナを助けなきゃいけないからな」
ねずみ男はいつになく真剣な目つきである。それを見た目玉親父は頷く。
「ふむ、どっちみち外からのサポートも必要じゃろう」
「分かりました。僕とねずみ男、それと一反もめんでチームを組んで……」
不意に袖を引かれる鬼太郎。それは真紅の手だった。真紅はやや不安を含んだ瞳で鬼太郎を見つめていた。
「私も……一緒に行くわ。鬼太郎だけを危険な目には遭わせられないもの」
鬼太郎は一瞬驚く表情を見せ、次に微笑みを浮かべ答えた。
「大丈夫だよ。真紅にはみんなと一緒に封印の地で待ってて欲しいんだ」
「でも……」
そこまで言いかけたところで鬼太郎が真紅の肩に手を置いた。思わず真紅は頬を赤くしてしまった。
「あ……うん……」
「僕が寝坊したら、起こしてくれるかい?」
「し、仕様がないわね。その時は叩いてでも起こしてあげるのだわ」
「はは、それは怖いな」
鬼太郎と真紅は、既に二人きりとなっていた部屋で笑った。
未明ー某県県境上空。
満月が未だ輝きを保ち、空を閃く白い影を浮かび上がらせていた。
「いやー、俺とお前で戦場へ赴くってのも久々だぁね。ビビビッと来るねぇ」
「おいどんのこつば忘れんじゃなかね!」
「へへへ、わりーわりー」
「二人共お喋りはそこまでだ。妖気アンテナの反応が強くなってきたぞ」
妖気アンテナを反りを立たせた鬼太郎が二人のお喋りを制した。
鬼太郎が睨みを利かせる眼下には森林が広がり、月明かりに照らされる。人里からは遠く、目につく人工物といえば県道と高圧電線の鉄塔くらいのものだ。
幸いノヅチは出現から現在地点まで森林を分け入って進む形だったために、目に見える形で人々に影響しているようには見えなかった。
もっとも、このままノヅチを野放しにすれば、いずれは都市部に突き当たるのは必至なだけに、時間の問題である。
そして鬼太郎の視界が満月に照らされたノヅチの姿を捉えた。ノヅチはその巨体を蛇とも尺取り虫ともつかない動きで木々をなぎ倒し前進していた。
「見つけたぞ! 一反もめん、急降下してノヅチの前に下ろしてくれ!」
「了解したばい、鬼太郎どん!」
「お、おい!ノヅチの前ってそりゃ自殺行為だぜ!」
鬼太郎の指示にねずみ男が青ざめるが、すかさず一反もめんが突っ込みをいれる。
「おめえを降ろした所で何の役にも立たんばい。おいどんの上で大人しくしときんしゃい」
そう言う間にもみるみる高度は下がって行く。
「ひえええーーー!!」
深夜の森に情けない悲鳴がこだまする。と、同時に影が二つに分かれた。鬼太郎が
飛び出したのだ。
急降下する一反もめんから飛び降りた鬼太郎は、空中で一回転してノヅチの前方、およそ100メートルにある県道に着地した。
その県道は浅い角度でノヅチの進行予想路とバッティングしていて、ノヅチを迎え撃つには絶好の条件である。
「さあ来い……!」
さすがの鬼太郎とて、緊張が隠せない状況に、顔からは脂汗がにじむ。
上空からは、ノヅチはその巨体故に非常にゆっくりと前進しているように見えたが、実際に相対するとかなりのスピードである事が実感出来た。
鬼太郎はゆっくりと後ずさりを始めると、徐々にそれを速め、視線はノヅチから切らずに背を向けて走り出した。
一方のノヅチは、あっという間に県道まで出ると、有るのかどうかは謎だが生物の本能からか、障害物の無い県道に沿って進行方向を変えてきた。
轟音と共に鬼太郎を追いかける形となったノヅチに、鬼太郎は相対速度を合わせた。上空の二人も固唾を飲んでその様子を見守る。
「鬼太郎どんは何でさっさとノヅチの口ん中ば飛び込まんとね?」
「それはな、ノヅチの胃袋の異次元空間は、奴の食事中にしか開かねえのさ。だから鬼太郎は奴に自分を吸い込ませようとしてるのさ」
一反もめんのもっともな疑問に、ねずみ男がもっともらしい顔で答える。
「おめえが偉そうに言うんじゃなかばい!」
満月の空にきりもみで舞う白い影と、情けない悲鳴がこだまする……。
「ひぃえええぇぇーーー……!!」
話は戻って鬼太郎に。
鬼太郎はまず髪の毛針でノヅチを牽制するが、分厚い皮膚に阻まれてか、ノヅチが意に介する様子はない。
「くっ、やはりだめか! それじゃこれはどうだ!」
鬼太郎は体を捻りながジャンプすると、両足のリモコン下駄を目一杯力強く蹴り出す。
二つの下駄は一度地面スレスレを滑空した後、軌道を修正してノヅチの閉じた口の上下に命中した。
ドスンという音を立てて命中した下駄は、反動でノヅチから離れると、着地する寸前の鬼太郎の足に収まった。
下駄の着地音を響かせる鬼太郎だがノヅチには特段の変化も認められない。想像以上の鈍感さに呆れてしまった。
こうなると鬼太郎に残された手段は多くはない。指鉄砲や体内電流といった大技である。思わず愚痴が口をつく。
「ううむ、ノヅチの好物でも用意すれば良かったかな……」
とはいえ、ノヅチに好物があるのかどうかはまったくもって不明なのではあるが。
いずれにせよ残された手段の一つである、指鉄砲には効果に些かの不安が出てくる。ノヅチには打撃が有効ではないように思われるからだ。
となると、残された攻撃は電流攻撃しか思い当たらなかった。
「あ! 鬼太郎の奴、ノヅチに向かって突進し始めやがったぞ!?」
「鬼太郎どん、危なか!」
ねずみ男と一反もめんがヒヤヒヤするのも無理はない。それ程に鬼太郎とノヅチ大きさには圧倒的な差があるのだ。
「やああぁーーー!!」
掛け声一発。鬼太郎はノヅチめがけて飛んだ!
ガシッ!!
鬼太郎はノヅチの表皮の僅かな凹凸に、ヤモリの如く四つん這いにしがみついた。
「体内電流ぅーー!!」
閃光とともに鬼太郎の全身から高圧電流がほとばしり、ノヅチへと注がれる。
これには流石のノヅチもたまらない。前進を止めたかと思うといきなり体を震わせ、大きくその体躯をのけ反らせた。
その反動に鬼太郎はたまらず前方に放り出されてしまうが、空中で体勢を立て直し、何とか着地した。
と、思うも束の間、ノヅチも振り上げた頭を再び振り下ろし地面に叩きつける。轟音と共に土煙が吹き上がる。
そしてついにその大口を開くと、猛烈な力強さで周囲のあらゆるモノを吸い込み始めた。鬼太郎の顔に笑みが浮ぶ。
「この時を待っていたんだ! 行くぞ!!」
再び鬼太郎はノヅチ目掛け飛ぶ。ノヅチの吸引力もあってぐんぐん加速し、瞬く間にノヅチの口の中へと消えて行った。
上空では一反もめんとねずみ男がその様子に固唾を飲む。現状では彼等には見守るしか選択肢はない。
「鬼太郎よぉ……俺は信じてるぜ……」
ねずみ男が呟く……。
最終更新:2008年06月15日 22:46