ほんの一瞬の戦いの話をしよう。
とある戦場の森の中。さほど深くない森の中、月明かりが木々の間から差し込んでいた。
傭兵の少年は本隊から外れ、挟撃の下準備として陽動を仕掛けるために木々の間を駆け巡っていた。
コート姿の剣士はこの先に悪鬼羅刹の根城があると感じ、自身の目的を果たすために森を走っていた。というか迷っていた。
両者はかなりの速度で森の中を進んでおり、あまり周囲に気を配るような移動方法ではなかった。
そのため、かなり接近してしまいお互いに気が付き、そして戦いが始まった。
お互い、木々を挟みながら並走するような形で移動しながら探り合いを始めた。
片方はあまりにも薄く、人ではないような、無形の気配を持つ男であった。
片方はあまりにも不吉で、溢れる死の匂いを引き連れた男であった。
互いに、現在想定している敵を連想させるような気配を感じ取ってしまった。
瞬時に準備した槍を右手に傭兵が走る。腰に刺した剣を抜いた剣士が迎え撃つ。
木々の間から飛び出した両者の姿を月明かりが照らし出し、交錯した。
一手、傭兵が視線と足さばきのフェイントを入れた後、牽制の意を込めて槍による突きを浅く上下に分け二回行う。
それを牽制と見た剣士が軽く剣で弾き逸らした後、そのまま刃を傭兵の胸元に滑らせる。
二手、左手で短剣を抜き相手の刃を受け流し、肘と膝によるの角度を調整し相手に行動をあえて読ませ、槍の柄による打撃を見舞う。
相手の目論みを無視し、打撃を頬に掠めながら一気に懐まで接近し逆袈裟に斬りつけ、そのまま追撃を可能にするよう浅く踏み込む。
三手、剣を槍の柄頭で受け、受けた反動で身体を時計回りに一回転させ撓らせた槍で左方から横薙ぎに振るう。
一旦踏み込んだ足を下手に戻すことはせず、槍を剣の腹で受け、その反動を利用し後退し距離を大きく離しながら、同時に剣を縦に大きく振り下ろす。
四手、振りかぶられた剣を紙一重の感覚で回避し、引いた相手の態勢を崩す為に体捌きによるフェイントを加えながら踏み込み、短剣で胸元に突きを繰り出す。
突きだされた短剣を剣で捌き、踏み込んできた相手に対し逆に距離を詰め短剣とは逆方向から滑らかに斬撃を放つ。
五手、切り返してきた刃を右手の槍の柄で逸らし、短剣を袈裟に切り下す。
振り下ろされた短剣を剣の鍔で受け止め、そのまま流れるように、しかし瞬時に剣を左方に振り払う。
傭兵が最後の一撃を後方転回し大きく距離を離す。剣士は傭兵の動きに合わせるかの如く巧妙な足さばきで距離を空ける。
ほんの一瞬、刃と刃が交差した一瞬の探り合い。
両者共に闘いを続ける益が無いと判断し、さらにお互いそれを感覚で理解したのか同時にこの場から離脱した。
味方ではなかったが、完全な敵でもないとお互いの刃が語っていた。
偶発的な遭遇戦であり、互いの早とちりであったこの出会いは十秒にも満たない間であった。
コート姿の男に対し、敵ではないと直感で判断した傭兵は後にこう語る。
「十個くらいフェイント入れたんだけど、全く引っかからなかった凄い人居たよ。攻勢に回ってなければ僕、死んでたんじゃないかな。勝てる気がしないや。」
傭兵に対し、ただの人間だと視た剣士は後にこう語る。
「バケモノが居やがったな。攻勢に回れるタイミングが見当たらない上、距離の取りかたが絶妙だったな。二度と戦いたくねぇな。」
そして両者はこう語る。
「互いに、本気は出せなかったんだけど」
最終更新:2012年03月07日 00:54