ボクはゆっくりと深呼吸する。
胸の内に満たされる冷たい夜気が、ボクの心を冷ましてくれる。
そう、どんなに熱くこの体が滾り喜ぼうとも、心は研ぎ澄まされたように冷たくしておかなくてはいけない。
狩りとは、そういうものなのだから
夜の町は静かだ。
あんなにも溢れていた人の活気も
心を弾ませるような熱も無い。
ふと、頭の片隅に昼間出会った人々の顔が浮かぶ
笑って果物を安くしてくれたおじさん
可愛いね、と笑ってくれた躍り子の少女
嗚呼、今は忘れるべきだ。
「そうだよね。」そうだとも。
心の中のもう1人の自分が、そう言ってくれる
夜とは切り離された世界だ。そこに立つ自分は今は忘れなければならない。
この手が血に染まるその時に、温かな想い出は いらない。
これはビジネス。受けた理由は単純。
お金と、そして少しの欲望。
あの人達と居る時は、少しも感じない心の情動
うごめく醜いキモチを満たすために。
「馬鹿みたいだよね」そんなことないとも。
自嘲気味につぶやく声に、もう一人の自分は律義に答えてくれる。ちょっとうるさくて、黙っていてほしいかもしれない。
なんでも、その人が生きていることは町にとってはよくないことらしい。神殿じゃ片を付けられないことだから、裏から手を廻さなくちゃならないってことらしい。
これが終わればお金を貰って町とはおさらば。
特に感慨はない。
どこにでもある、醜いお話。
あしたになれば、皆忘れる。
ボクも、彼も、事実も。
「世界って便利だよねー。ボクはホントそう思うよ」
つぶやきに答えは無い。いつの間にかもう1人の自分は消えていたようだ。
そろそろ動きだすべきだ、そう思い、路地裏から音も無く飛び出す。駆けていく動きに迷いはない。
地理も、目標の顔も、どうすればいいかも、すべて分かっている。本能が教えてくれる。一切合財を。
さぁ、踊ろう。 舞うように 美しく 愉しく 残虐に
目前に見える月明かりに鈍く照らされる大きな建物
大きな門扉の前にはこれを見よといわんばかりに飾り立てられた鎧を着込み、大きな槍と盾を構えた見張りが二人。
「待て貴様ッ!何を・・・」
喉から漏れ出た叫びが最後まで続くことはなかった。
今しがた叫んだ男の喉は真一文字に斬り裂かれ、既に息絶えている。そこにあるのは噴水のように喉から血を噴き上げるオブジェ。
仲間の惨状に呆然とするもう一人の背に素早く駆けのぼり、首を折る。
みしりと嫌な音がして、男は動かなくなった。
「こっちは運がよければ死なないんじゃない?知らないけど」
さぁ、ゆっくりと向かおう。狩りはまだまだこれから。
魂が愉悦に震える。
嗚呼!嗚呼!嗚呼!なんて儚いのか、美しいのかこの世界は。
命の燃え尽きる瞬間に立ちあうことは極上の悦楽だ。
それが自分のもたらしたものならばなおのこと。
ちくりと胸が痛んだが、そんなものは気のせいだろう。そうだろう?「そうだよ」
建物の見取り図は覚えている。
目標の部屋まで迷いなく進むボクの前に、ひとつの影が立ちはだかった。
「これ以上の狼藉は許さんぞ。覚悟は出来ているな?」
男は自然な所作ですらりと腰にさした刀を抜き放つ。
侍。東方より来る流浪の剣客。
どうやらずいぶんと使えるらしいけど。ちょっとワクワクしちゃうね
「やめる気ないってさ、わかってると思うんだ」
酷薄な笑みが口元に浮かぶ。まぁ、仮面で相手は見えないんだろうけど。
「ならば死ね」
始まりは一瞬。
抜き放つ瞬間を視認すら出来ない超速の一撃を、腰から抜き放った2本の業物の短剣で防ぐ。勘がいいって助かるよね。
「ほう、防ぐか。これは面白い」
男もボクと似たり寄ったりの笑みを浮かべると、地を蹴り肉薄する。
夜の闇の中で、無数の剣戟の火花と音が静かに戦いのリズムを奏でる。
袈裟斬りからひるがえし、防がれると見るやありえないことに途中で払う軌道に刃を操る。
かろうじて宙を翻り、凶刃から逃れ着地する。
ふと鈍い痛みを感じてみれば、右腕に深い斬撃の痕。結構ばっくりいってる。すごい痛い!。泣きそうっ。
あー、実力、見誤ったかもなぁ・・・・・。
今更後悔しても遅い。ここを切り抜けるしか手段ないんだし、前向きに検討してみるべき。とか言ってる暇もない。
数瞬の間に恐るべき速度で繰り出される斬撃と刺突の雨をかいくぐる。一瞬の死の舞踏。綱渡りってこういうことかも。
それでも少しずつ、一撃一撃がかする度に出血と痛みと疲労で意識が鈍くかすむ。
気付けば、ボクは動けなくなっていて、見下ろされていたりするわけ。何これ、ここで死ぬの?仮面だって割れてるし。ああもう、お気に入りだったのにさー。
「さぁ、観念するがいい。なかなかの獲物だったが、残念だったな。」
にじり寄ってくる男の輪郭が歪む。何かわけのわからない事を言ってるけど、よく聞こえない。
ねぇ、ちょっと何する気?
冗談じゃないよ。
ボクしてないこといっぱいあるんだからさ。
ここで死ぬとか予定にないんだよ。
だって、×××君に見せたい服とかさ、そういうのあるんだよ?
ここで居なくなるとかありえないわけ。
だからさ
「お前が、観念しなって」
唸るようにつぶやくと、ボクは全身をばねのように捩り起き上がる。
ごく間近まで近寄っていた男は急に活力を取り戻したボクにあわてて刀に手をかけるけど遅い。間合いの内側にもうボクはいる。
油断大敵っていうんだよ。さっさと殺しておけばよかったのにね
獰猛に笑ってボクは仮面の隙間から男の首筋に牙を突きたてた。
遠慮なく噛みちぎり、咀嚼して、吐きだした。「不味っ」
男のくぐもった絶叫が響き渡る。そりゃぁ痛いでしょう。ハグしてあげたんだから許してほしい。
男の首は結構抉れていて、頭がまだ繋がってるのが不思議なくらいだった。わーおグロテスク。
痛みでもう動けないであろう男を蹴り倒すと、ボクは馬乗りになて、左手一本で短剣を構える。気軽に振り下ろせばそれで男はハイさよなら。まぁほっておいても死ぬかもだけど。
「ねぇ、聞きたいんだけど」自分でわかる。
今ボク、すごく酷い顔。
「今、どんな気分?」
男は答えることが出来なかった。その喉が音のようなものを出す前に、男の眉間には鈍く輝く鋼色の刃が突き立ってたのだから。
「あー、もう、さいあく」
むせ返るような血の匂いの中、ボクはゆらりと立ちあがる。
のんびりしてると今の騒ぎをかけつけた人たちがきちゃうから、急がないとね。
仕事は迅速に、正確に。
迷いなく駆けて、目的の部屋の前までやってくる。天井裏とかから降りたってやろうと思ったけど、腕が痛くてそれどころじゃないから雰囲気を出すのはカットで。
左腕を軽くひらめかせると、鉄製かな、扉はあっさりと真っ二つになった。
「誰だ貴様は!?あのサムライは何をやっている!?」
あー、ことここに来てその余裕?もうちょっと現実見てほしいなぁ。
「死んだけど?ああ、通路の隅っこにどけておいたから」
男は絶句している。まぁ、そりゃそうかもしれない。
自分の命が切れかかっている時に、平然としてられるやつはまともじゃない。よっぽど肝が据わっているか、ただの馬鹿のどっちかだ。ああ、ボクって後者なのかな。今ピンチじゃん。
高そうな調度品。床にはいかにも高そうな何かの動物の毛皮っぽいカーペット。高そうだけど下品な天蓋付きのベッド。大きな窓と、そこに続くバルコニー。ああ、ここ3階なんだっけ?
ベッドに座る男はこれまた成金全開の趣味の悪さ。主にパジャマ。
どう趣味が悪いかは語りたくないので割愛。
ああ、はげだってことは言っておこうかな。
男はやがて真っ青な顔を怒りで赤く染めて、どなり散らしだした。あ、暗いのに顔色とかって意外とわかるんだね。へー。
「貴様!?いったい何の目的で!」
「知らない。キミ、邪魔なんだってさ。心当たりあるんじゃないの?」
男は短く唸って黙り込んでしまう。どうせ何かしら痛い腹でもあるんだろう。皆程度の差はあれそんなものだ。
ああ、あの人達はどうなんだろう。やっぱあるのかな、そういうの。
「言いたいことはおわった?じゃぁさよならの時間なんだけど」
「何を勝手なことを・・・を?」
通称ハゲもこれまた最後まで言葉は続かなかった。
面倒なので短剣を投げてやったのだ。眉間に。
鋼は深く突き刺さり、数度気持ち悪く痙攣すると、肉の塊が倒れる音がした
何はともわれこれで仕事はおしまい。
バルコニーから路地に身を躍らせて、あらかじめ用意してあった隠れ家に逃げ込む。
町の隅っこ、盗賊達の縄張りの一角にある小さな小屋だ。
後は朝になれば、金を持った人たちがやってきて、こことはおさらばだ。
傷薬や包帯を使って応急手当をしていく。
あの侍、情報にはなかったからふっかけてやろうか、とも思ったが面倒くさくなったのでやめた。今は誰かを斬る気分にもなれない。
仮面をはずし、今まで来ていた真っ赤なローブも脱ぎ捨てて、ほとんど肌着だけの恰好になってベッドに飛びこむ。
服があろうとなかろう、襲われたところでたいした違いは無い。
そもそも事情を知ってるここらの人が襲ってきたら報復されんのはわかってるはず。
ごろりと寝返りをうつと、ちょうど窓から月明かりが差しこんでいた。
これでいいんだ。お金も手に入った。欲しいものがこれで買えるし、旅も出来る。
胸の鈍い痛みもおさまった。これは病気だ。ずっと皆と居れないのなら、必ずこの悪魔は目を覚ます。だから仕方ないんだ。
「ホントに?」
寂しい独白は、誰に聞かれるともなく、夜の闇に消えた。
最終更新:2012年02月29日 03:44