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魔法使い二人後編 - (2010/02/27 (土) 18:08:16) の編集履歴(バックアップ)


「危なかった………」

<Yes However,it was wonderful quick wit>

敵を眼下に見下ろす高町なのは。

期せずして起こったこの戦い。
得意な戦法で悉く、自身の一ランク上のレベルで返されて徐々に傷ついてゆく彼女。
耐えて凌いで、ひたすら待ってのブラスター1の砲撃ですら決め手とならなかった戦況―――

だが、破天荒にして常道破りの相手の返し技を見事凌ぎ切り
そして生まれた相手の一瞬の隙――考える前に身体が動いていた。

一日たりとも欠かさずに磨き抜いた戦技。
自らを徹底的に苛め抜き、体に染み付いたその動作。
航空戦技教導隊、高町なのはのもはや反射速度じみたその動き。
磨き抜かれた達人の技がついに魔法使い――ミスブルー蒼崎青子を絡め取る。

現在、ブラスターシステムはモード1を完全解放。

「はぁ………はぁ、…は、……、」

息が荒いのは疲労だけではなく、その臓腑が焼け付くような苦痛からであろう。
オーバードライブの代償は決して軽くない。
今この瞬間にも自らの爆発的な魔力の昂ぶりがなのは自身の体を、そして命をも削っているのだ。 
だが二人の天才同士の熾烈な戦いがこうして佳境を迎えている今
これはまさになのはの必勝パターンに他ならない。
大砲は大出力ゆえ、タメ等の見地から比較的避けられ易い。
だから敵を誘導、拘束しての必中砲撃こそ砲撃魔道士のセオリーである。
その中でも特に高町なのはの詰めには一切の甘さが無い。
身動きを封じ、破壊的な一撃を見舞うその容赦の無さに―――
(本人にそういう意図はないにせよ)敵は皆、底知れぬ恐怖を覚えるのだ。

そう………一切の甘さがない。
だからこそ決められる時に確実にトドメを刺して勝負をつけなくてはならないこの現状で――
高町なのはは躊躇する。

「……………」

「……………」

交錯する敵と自分の視線。
なのはを困惑させたのは相手の表情だった。

この撃てば必滅(実際は魔力ダメージなのだが)の砲身を向けられて、なお
まるで余裕の表情を崩さない蒼崎青子の双眸。  
教導官の思考に警鐘が響く。
この状況でなおも相手には自分を打倒する何かがある―――?
拭いきれないそんな予感が今、なのはにファイナルショットを躊躇わせているのだ。


――――――

NANOHA,s view ―――

上空――――

それも相手の反撃出来ない角度からのロックオン。
例え相手が何らかの方法でさっきの三連砲撃を撃ってきたとしても絶対にこちらの方が速い。

負担を承知でブラスターモードを解放したのは、相手に考える隙を与えず一気に決めるつもりだったから。
だからここで躊躇するなんて有り得ない……
にも関わらず―――私は今、最後の引き金を引く事が出来ない。

少し臆病になっていたのかも知れない。
決め技を返されて逆に窮地に陥るショックは決して軽くない。
これより前に起こった戦いのヴィジョンが――拭い去る事無く私の脳内に纏わり付いてくる。

――――もしこれを外したら……返されたら……

これではいけない。
対象を打ち抜く際に少しでも弱気になってしまったら、それはウィニングショットにはなりえない。

(…………行かなきゃ…)

体力的にも魔力的にもきつくなって来てる。
オーバードライブの負荷は私に無駄な長考を許さない。
だから身体が動かなくなる前に―――行かなきゃ……

――― 自分を信じて! ―――


   「名前、いいかしら?」


………………え?   

「……………」

そんな私の脳内に割り込む声。
出鼻を挫かれて思考が止まる。
恥ずかしながら何を言われたのかすぐには理解出来なかった。

「名前。」

「……………」  

序盤から今まで私の呼びかけに全く応じなかった人が、このタイミングで声をかけてくる。
一瞬、時間稼ぎの可能性が頭を過ぎったけれど―――

「高町、なのは」

「なのは………日本人か。珍しい名前ね」 

「貴方の名前も変わっていますね。蒼崎青、」

「うっさい。気にしてんだ。
 それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ?」

…………理不尽な人だ。

「まあ、そんな事はどうでもいい………
 なのは。一言だけ言わせて欲しいの。  
 貴方のそれは――――魔法じゃないわよ。」

……………………………………………………
……………………………………………………
………………………………………………え?

いきなり、あっさりと、その人は何かよく分からない事を言った。
唐突に簡潔に、何の前置きも無しに。

「こちらとしてはさ……偽者に堂々と魔法使いを名乗られても困るのよ。
 業界での示しってものがあるし、何より貴方のためにならない。」

「何を……言ってるの?」

「名乗った時点で話がつくと思ったんだけど―――
 どうやら相当のイナカ者みたいね貴方。」

魔法陣すら生成せずに砲撃を撃ってきたり、逆にフィールドを纏っていなかったり――
この人がミッドやベルカとはどこか異なる技術体系の使い手だって事は分かる。
そしてその技能が……Sランク級の戦技にも劣らない凄まじいものである事も。
でも、私だってミッドチルダで正規の訓練を積んだ魔法使い。
力の差がどうあれ、そこの部分を否定されるなんて納得できない。

「魔法じゃないっていうのなら……じゃあ、何だっていうの?」

「言うなれば兵装、かな。 
 飛ぶため、撃つため、戦い殺す事そのものを目的に磨いた武器でしょソレ? 
 確かに戦えば強いけどそんなの魔法じゃないし。
 百歩譲って戦闘に特化した魔術師か、むしろ代行者に近いんじゃないかしら?」

「これは人を傷つけるための力じゃないよ。」

「へえ?そうなの? じゃ、何が目的?」

「これは人を救うための力。一人でも多くの人を助けるための力。  
 望みを適えるため―――夢に向かって飛ぶための力。」

聞き捨てならない台詞に対し、真っ向から言い返す私。
彼女――蒼崎青子さんの顔が一瞬、奇妙に歪んだような気がした。

「いや、そういう話をしてるんじゃないんだよねー。」

「それが魔法だよ。少なくとも私にとっての」

「いや、アンタ……そんな勝手されても」

「蒼崎青子さん。貴方にとっての魔法は戦うための……人殺しの道具なの?
 そんなものを簡単に人に向けて撃ったの?」

「はぁ……まあ、依頼を受けて人助けしたりバケモノを退治したりはする。
 逆にこちらに害を為すヤツは人間でも殺しちゃう事もあるかも。
 ステレオな正義を振りかざすつもりはないのよ。所詮は闇の住人だもの。
 謂わば、バケモノどもと同類なんだからさ。
 そんな奇麗事、並べられても………って話、噛み合ってるかコレ?」

…………………… 
……………………

「じゃあそんな貴方に……私の魔法を否定する資格は無いよ。
 貴方こそ魔法使いじゃなくて―――ただの暴徒です。」

一瞬だけど、凄絶な殺気が相手の背中から立ち上った。
逆鱗に触れた―――そう感じざるを得ないほどの凄まじい感情。
でも、構わない。 

「へぇ―――――――私が魔法使いじゃない?  
 初めてよ? そんなコト言われたの」

「蒼崎青子さん。」

チリチリとうなじを刺すような感覚が私を襲う。
危険な気配が辺りに充満していく。

「もし私が勝ったらちゃんと話を聞かせて下さい。
 どうして私を襲ったのか?貴方が何の目的でここにいるのか?」

遥か地上で半身の状態で私と向き合ってる相手が軽く舌打ちするのが見えた。
私も覚悟を決めないといけない。

例え相手が何を用意してたとしても――通す
こちらの思いを伝えるためには躊躇なんてしていられない。
弱気になんてなっていられないんだ……
だから見せてあげる……私の魔法。
手札に残る、最強にして最後のカード。

全力全開―――行くよ……

レイジングハート!!


――――――

AOKO,s view ―――

極めつけに物分りの悪いコだ。
志貴とは大違いよマジで。
話を聞かせても何も今話した事が全てだし、これで分からないとか言われても正直困る。

どうも根本的な部分で話が噛み合ってない気がするのだけれども……
こんなレベルのカントリーガールが巷をウロウロしてていいのか?
ここはいっちょ、お姉さんがホンマもんの都会の恐さを教えてやらねばなるまいか?

もっとも今の私は謎の拘束具に縛られていてほぼ身動き取れず。 
そして背後の上空から狙いをつけられてる――いわば後頭部に拳銃を当てられている状態。
どうにか頭だけ相手の方に回して対話を成立させてるヒジョーに情けない姿なのである。うん、首が痛い。  
こんな体勢で偉そうな事言ったって、そりゃサマになるわけがないわね。

感覚的にしか分からないけれど、相手の魔力の急激な上昇。
それは明らかに人の肉体が耐えられる限界を超えていて、まるで時限爆弾を見てるかのよう。
相当無理してるなーってのが傍から見ても丸分かり。
しかしてそんなバカ魔力を土台に撃ってくる弾は私のスヴィアブレイク一発が10だとして
軽く見積もって20、いや25は行くか……
まあ何にせよ、私がこんな体勢で出来る事なんて限られてるワケで。

相手がどんなカードを切ってきた所で関係ない。  
こういう時のために懐に忍ばせておいた、敵を真っ向から切って墜とすジョーカー。
否、チートカードの使用を私は既に決めていた。
だから現在、私は十分な勝機と賞賛を持った上で白い魔導士、なのはと相対してる。
………いや、後ろ向いてるけどさ。


――――――

「…………………は、はは……」

程なくして―――

そんな私の口元に乾いた笑いが浮かぶ事になったのが、直後の事だった。 

今、後方で起きてる現象に―――
素でびびってるっていうのは―――

相手が出してきたカードが私の予想を遥かに超えるヤバイものだったってだけの話なんだよね……うん。

         大気が鳴動している

何かとんでもない事が起こってる。  
背筋を登りつめていくこの感触は―――
本気でシャレにならないものに出会った時に感じる正真正銘の緊急避難用アラーム。
つうか本気であの出力は……うっそでしょ? 

20~25? 
とんでもない。 
私の三連打を一度に束ねて撃ったとしても
それでも果たしてあれだけの「威容」を場に現出させられる?

40? 50??  
いや、信じられない………
まだ上がってる―――

         大地が震えている 

ああ……もう数値とかどうでもいいや。

とにかく……私の常識的な範疇で考えられる「魔術師」の出力を大きく―――
反則的なまでに上回っている後方の気配。
これって神話や伝承でアーティファクトやら宝具やら使ってバカやってた奴らと比べても遜色ないんじゃない?

ぶっちゃけ私の魔術は燃費と回転速度を重視してるから最大出力にはあまり拘っていない。
大艦巨砲なんて時代遅れ。手数で叩き潰せばいいのだし―――
だからまあ デカイ大砲なんて恐るるに足らずってなもんなんだけど。
(正直な話、人間のキャパには限界があって、出力勝負で人間辞めちゃった奴と競り合うのが不利ってのがホントの理由)

それにしてもデカ過ぎだっつうの、それは…… 
物には限度があるって事を誰かあの白いビッグマグナムに教えてやってくれい。

――――ってあれ? 
そういえば、さっきより身体が自由に動く。
せせこましく縛られていたこの体が、今は方向転換くらいなら自由に効く。
何だ……これならちょっと魔力を放出すれば千切れるんじゃない? この縄。

と、考えて――――そんな事をしても無駄だって事に気づく。

私、逃げ場無し。 
人間一人を屠るにはちょーっと……大掛かり過ぎやしないかねアレ?
今まで私のした事を結構、根に持ってるな?  
なーにが「救うための力」だコラ。

         まるで数刻後に己の身に降り掛かるであろう

高町なのはの前方に空間を歪ませるほどの魔力の塊が集まっている。
あの術……要は自分の魔力だけじゃない。
周囲の、この場一帯に漂う契れ飛んだ魔力の残滓を一点に掻き集めているわけか。
それ故の拘束の緩み。それ故のあのデカさ。  
くそう、リサイクルなやつめ……
私が密かに設置してた残りのスターマインも全部持っていちゃったよ……この泥棒!

         無慈悲な大破壊に恐れ戦く様に打ち震えていた

「はは、さぁて……」

そろそろふざけるのもやめましょ。
シャレじゃなく本気でこちらを吹き飛ばす気だあの子。

ギアを一番上に上げたら私も完全にトランス状態になる。
一部のミスも許されない超超高速詠唱――リラックスしないとね。 人、人、人、と……
あ、そう言えばさっきから自分で言ってるじゃない。
あのコは魔法使いでも魔術師でもなく兵器だって。
なら、あの出力を出せるのも納得。

なのは=何かの発射口
今から来るモノ=ナパーム弾

こう考えればいくらか気がラクに―――――なるか!

根本的解決になってない! 
どの道死ぬでしょソレ!

ふぅ……
堕ちてくる月を見上げてた爺さんも、こんな気分だったのかな?
この道に入ったものならば誰もが仰ぎ、目指し、誇りに思う
その伝説の戦いの様を今の自分に勝手に重ね合わせてみる。  

さあ、能書きはここまで―――

破壊に特化した魔術回路―――「じゃない方」の自分に手を伸ばす。

ギアをハイ・トップに入れる。  
そして――

「セイン―――――タイムレス―――――ワーズ――」

法を犯すべく―――――個に埋没し、


私の中の私が、別の私に組み代わる―――――――


――――――

「…………行くよ!」 

ミスブルーを震撼せしめたもの―――

彼女は理性で感じる類いの恐怖などは既にマヒしている人間である。
故にそれは人に根ざしたどうしようもない恐怖―――
神罰の雷。ソドムの炎。ポセイドンの粛清。等等を前にした人間の恐怖と同義のものではなかろうか。

ちっぽけなヒトの身では抗えない絶対の死に対して抱いてしまう本能的な感情―――

「全力全開!! スターライトォォォッッッ…………」

だから――――蒼崎青子は嬉しかった。

そういうものを感じられるくらいには
「人として」の自分がまだ壊れてないという事だから。
他のお歴々が人間をやめてしまっているだけに尚更そう思う。

青子自身や、世の魔術師の多くは他人の武勇伝などどうでもいいという者ばかりである。
しかし、そんな彼らの間でも―――

<typemoon> 紅い月と―――― 

<宝石翁> キシュアゼルレッチ―――― 

この二対の怪物の伝説の一戦は、現代に蘇った神話の具現にして
永久に語り継がれるであろう偉業だった。

その際、ヒトの理では到底抗えぬ破滅の具現―――月落とし。 

其を打ち破りしものこそ―――――――

「ブレイカァァァァーーーーーーーーーッッ!!!!!!!」

――――――人が、人の業において到達した、人ならざる領域の御技に他ならない。


高町なのはが自らに溜め込んだ暴風じみた魔力を解き放つ。

平時、物静かで猛る事のない彼女のそれはまさに全力の咆哮。

不敗の奥義・スターライトブレイカー。
数々の難敵を、具現せし闇を、蘇りし古代の王の強靭な鎧を悉く貫いてきた
天よりも降り注ぐ明星の破滅の光。

それが今宵、ミスブルー蒼崎青子を飲み込む――――

一瞬にして―――
登山家を蹂躙する雪崩のように―――
小船を跳ね上げる津波のように―――

人一人を容易く飲み込んで、なお勢いをとめない光がフィールドに叩きつけられ 
付近一帯が桃色の破光に包まれた。
その余波と風圧だけで地面の表層を削り、周囲の小丘を吹き飛ばし、空間を捻じ曲げさせる。

「ぐ、………うぅ、……うううッッッ!!!!」

その天変地異じみた破壊光を放った、砲身である高町なのはの体が軋む。
溜め込んだ魔力を余すところなく叩き込むその肉体。
次元振もかくやという衝撃が渓谷全体を揺るがし―――

このフィールド一帯が―――桃色の光に飲み込まれていった。


――――――

NANOHA,s view ―――

制御を失い、墜落しそうになるのを必死で堪える。

「、…………」

何とか姿勢を整えてリカバーしたものの―――
気を抜けば知らず、飛行高度が下がっていく。
身体中からジクリジクリと刺すような痛みが襲ってくる。
ところどころ、毛細血管をやってしまっているみたい………

回避も防御もさせなかった――――

スターライトブレイカーは間違いなく彼女、蒼崎青子さんを飲み込み、全てを終わらせた。
濛々と立ち込める砂煙の先には倒れ付しているはずの彼女の姿があるはずだ。
その姿を確認しようと目を凝らし―――

………………………
……………………
…………………

「……………な、…」

その光景に………自身の目を見開かずにはいられなかった。


――― 光が一面に絨毯のように広がっているその光景を ―――

光のヴェールは半球状に広がり―――幻想的な運河を形作っていた。

まるで子供の頃にプラネタリウムで見た天の川を思わせる。

その光の中心に佇む―――
まるで無傷な、彼女の影から―――――

私は、目が離せないでいた………


――――――

「レイジング、ハート………」

<The trial ended in failure...I am disappointed>

「分かってる………原因は、分かる?」

<No......I'm sorry>


闘いで――――これがあれば無敵。

必ず勝てる―――

そんなものはありはしないって事……
それは教導隊において学んだ事であり、自分でも十二分に分かってたつもりだった。

あの時の青子さんの表情が虚勢やハッタリでない以上―――対抗手段があるのは明白だった。
この結果はむしろ必然………

だから受け入れなくちゃいけない。 
受け入れてすぐに次のアクションを起こさないといけない。
そう判断し、理性はすぐに行動を求めている………
で、ありながら―――


―― スターライトブレイカーが「またも」通用しない ―― 

その事実に…………歯噛みせずにはいられない。

「また………………駄目だった…」

口の中が乾いている。
我ながらショックを受けている………
レイジングハートを持つ手に震えが走り、今はその動揺を抑えるので必死だった。

集束砲が、通用しない―――――

切り札のつもりで磨いてきた、これさえ決まればという私のラストカード。
それが「今回」の戦いでは………全く歯牙にもかからない。

それを―――――――そのショックを……ギリっと、奥歯を噛んで耐えた。

「まだだよ……まだ…」

そう、切り札を返されたからと頭を項垂れている暇は無い。
戦闘はまだ続いているんだから………

相手を見るんだ―――
見て考えて―――
何故、砲撃が防がれたのかをまずは看破するんだ。

――― 敵は、避けたわけじゃない ―――  

直撃の瞬間を確かにこの目でみた。
じゃあ、受け止めた? 
なら彼女は私の限界以上の出力を遥かに超える防御壁を形成した事になる。
常時、防御膜も張っていない彼女がイザという時のために防御の切り札を隠し持っていた。

………………あり得ない話じゃない。
………………ない、けど、でもそれもおかしい。

何かがひっかかる。
そもそも撃った時の手ごたえがおかしかった。
もし敵が高出力のバリアを形成したのなら、それなりの質量の相手を撃ち抜いた時に発生する反動―――
跳ね返ってくる衝撃があってもおかしくない。
いつもはそれで意識が飛ばされそうになるのに―――それがほとんど無かった。

そう、何も感じなかった。
回避されたとさえ思った。
まるで霞か、実体のない幻影を撃ったかのような感触。
その手応えの正体は……何?

光のヴェールに包まれた青子さんを凝視する―――

神秘的な雰囲気。
まるでそこにいるのにそこにいない―――
この世界から解離し、解脱したかのような―――

幻術魔法?
それとも次元の狭間に身を隠した? 
単体でそんな事、出来るはずが………

(分からない………………)

相手が何をしたのかが、分からない…………!


   「そう……それが限界―――――」

「っ!?」

声が―――――聞こえた。

ずっと青子さんを凝視していた私が感じた妙な違和感もそのままに
目の前の彼女は、口も開かずに、私に話しかけて……き、た。

   「なのは。貴方は強い―――――
    人の叡智が作り出す兵器。その火力、出力、強靭さ、速さ―――――
    練り上げられた性能。積み上げてきた技は私の想像を超えるほどに、確かに強かった―――――」

違う…………これは……
これを喋っているのは目の前の青子さんじゃない……?

   「でも だからこそ―――――
    人の理の中で鍛え上げられたが故に人の理を外れた手品に引っかかっちゃうの――――
    理の外に届かないの―――――
    魔法とは人知の及ばぬ<奇跡>の体現―――――
    魔法使いとは世界の律を歪め、法を乱すもの―――――」

諭すような声が私の頭の中に響く。
優しくも厳格な落ち着いたその言葉はまるで超越者のように圧倒的で、重くて―――

   「それをみだりに名乗る事の恐ろしさ―――――
    貴方はとても、軽率な事をしたのよ―――――」


――― 私の力は魔法じゃない ―――

先と変わらず彼女は私にこう伝えたいんだと思う………
多分、蒼崎青子さんが私に戦いを仕掛けてきた理由がそこにあるんだ。

レイジングハートが目の前の敵に全く反応しない。
確かに彼女の使う魔法は私のものとは全然違う。
こんな術式は聞いた事が無い………

でも………でも……
魔法は奇跡の力と彼女は言った。

そう…………奇跡。
大事な人が傷ついたり、ケガをしても何も出来ない
そんな無力で情けない私がユーノ君と出会って全てが変わった。

―――受け取ったのは勇気の心
―――手に入れたのは魔法の力

あの出会いこそ……私にとっての奇跡。
否定はさせない………それだけは認めたくない。

蒼崎青子さん………本物の魔法使い。
貴方が私を……ううん、人知を遥かに超越した存在だとしても
私の魔法を否定されるのは納得がいかないよ……!


最悪の展開に備えて保険だけはかけておいた。
あの時、スターライトブレイカーを破られるかも―――という予感があったから。
だから私はすぐに同時詠唱によってそれの準備をする。

まだチャンスはあるはず……
悔しいけれど、SLBでダメなら普通の砲撃で彼女を倒せないのはもう間違いはない。
でもこの闘いの序盤―――ほんの少しの間、私はあの人を圧倒出来た事を思い出す。

なら……突破口はあるんだ。
敵の一挙一足に全神経を集中させる。
もはや周囲の状況など目に入らず、青子さんの身体の動き。 
その指先一つの動作すら見逃さすつもりはなかった。

「…………………」

<Master!!!>

「えっっ!!?」

―――――だから、逆に気づけなかった………

私の周囲を囲む何か――――球状の檻のような何かが具現化して
自分を取り囲むのに………気付くのが遅すぎた!

「しまった! バインドッ!??」

敵にも捕縛魔法がある―――その可能性を失念していた。
なんて迂闊……私の体が完全に具現化したケージ状の球体に閉じ込められて
その自由を失い…………え? ……あれ?

(ゆ、指一本動かせない……!)

こんな強力なバインド……私は知らない。
それは捕縛などという生易しいものではなく――

声も
瞬きも
呼吸すら

その球体の中で――――私の全てが止まっていた。


――――――

――――――

その詠唱は既に加速に次ぐ加速を重ね――― 
もはやヒトの耳では聞き取れない神言めいたものと化していた。

両手を頭上で交錯させたミスブルー。
両腕に絡みつく青き帯のようなナニカが螺旋状に絡み合う。
同時に形成された球状の檻に囚われた高町なのはの身体は、意識は現世に置いたまま時空列から切り離される。

ブルーの周囲に漂っていた光の束が一つ一つ光の弾丸に変質していく。
頭上に掲げた腕を、ゆっくりとなのはの方に向けると―――
その無数の玉が瞬き……呼吸すら制止したなのはに向かって突き進んでゆく。

それは白き魔導士が折れそうになる心を奮い立たせ 
決意を固めて相手に向き合おうとする矢先に起こる
あまりにも――あまりにも無慈悲な断罪の光景。

優雅に、規則正しく、青子の周囲から放たれた光球が
一切の受身の取れない高町なのはの全身を突き刺してゆく。

否―――姿は見えど
なのはの実体は時空の狭間に捕らえられ、そこにはない。
だから今はホログラムのように姿だけを残すなのはの体に
光球が突き刺さっているように見えるだけである。

そして最後の光球が、なのはに触れた時―――

青子は前面に突き出した両手を左右に広げる。
それが切り離された時空列の、全てが戻る合図。

球状の檻が割れ、ホログラムに過ぎなかった魔導士の姿に実体が復帰した時
なのはの体に撃ち込まれていた全ての光球が、その本来の獲物の帰還に歓喜し――――


―――――――全く、同時に、彼女に、

パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!!

―――――その牙を突き立てるのだ。


小規模ながら、凄まじい光と破裂音のような爆発が起こった。
それは球状の檻の破砕と、高町なのは自身から生じたものだ。

「………………………」

次の瞬間、戦場となった物言わぬ渓谷が目に写した光景は
断末魔の悲鳴すら挙げることを許されず、そのBJのほとんどを破壊されて
ゆっくりとコマ送りのように墜落していくミッドの空の勇者――
エースオブエース高町なのはの姿だった。


逆行運河・創世光年―――― 

ミスブルーの魔法使いとしての力――その片鱗

だが青子自身の口からその全貌が語られる事はなく
現在の魔術理論にその体系を解明する力はなく
人の中にあの高速を超えた神速詠唱を解読する者はなく

故にこれが彼女が継承されしかの力―――
魔法「青」であるのかどうか―――

真相は未だ闇の中である。


――――――

AOKO,s view ―――

「とはいえ……」

思いっきりデチューンしてやったんだけどね………
流石にモノホンをブチ込むわけにもいかないから。
そんな事したら間違いなく殺してしまうし
もし本物を使って近くに真祖でもいたら間違いなく一悶着。
こんなガタガタした状況でアレと顔を突き合せるのは流石にカンベン……

私のした事は簡単。
ちょっとした時間旅行の応用。

その身を異なる時空列に置いて、まずはなのはの砲撃をやり過ごす。
この際、意識だけは影絵という形でこっちに残す事がキモ。
そうしないと戻ってくる時、位置関係に誤差が生じるから。

あのコを墜としたのも同様に、時空列の狭間に相手の体を隔離。
そして残した影絵=意識の部分に地雷をあらかじめ置いておく、と―――
隔離されたなのはの肉体は結局、ソコに戻ってくるしかないワケで
回避も防御行動も取れずに全弾被弾!って寸法。

私のスターマイン掃射を耐えた時とは違う。
1×50発をコツコツ食らうのと同時に食らうのとでは、ね。
体の限界超えたダメージで問答無用で意識飛ばされて終わり。

――――まあ、こんなとこ……

それはさておき―――

「あー……疲れ、たぁ………」

その場にへたり込みそうになるのを必死で堪える。
額に浮かんだ汗を拭う。
全身も汗だくで気持ち悪い。
心臓が早鐘のようにバックバックいってて、ああもう五月蝿い……
燃費が自慢の青子カーはこの程度でガス欠にはならないけれど
ガソリンは入っててもエンジンが焼きついてるのよね……

上空、力を失い墜落していく高町なのはを改めて見やる。
私にここまでさせるなんて………大したやんちゃ娘だ。

そちらとしても高くついたと思うけど
でも無知や蛮勇だけで踏み込んではいけない領域があるって事を学びなさい。
その末路は大概、悲惨な事になる。
シャレにならないモノに命を狙われたり破滅を招き入れたりね。

………………
………………

「………あ」

ね、じゃない………

あのコ完全にオチてるじゃない。

「やばくない? あれ」

そんな状態であの高さから墜落したらトマトじゃん。
どうしようか。
私、飛行魔術とかやった事ないし……うう、体が重いー。

今からダッシュしても絶対に間に合わないわアレ。
仕方が無い。スターマインぶつけて弾きながら減速させて落とすか。
名づけてピンボールレスキュー。

「この際、傷が一つ二つ増えても変わらないでしょ……うん」

ありったけを掻き集めて、周囲に再び魔力弾を生成する私。
まあ、こんな感じで………

とっくに勝負なんて終わったと思ってた私は日頃じゃありえないほどお優しい事を考えていたワケで。
さすがは先生モード。
我ながら大甘過ぎて胸焼けしそうになりながら―――

レスキューが本職のあの子を意気揚々とレスキューしに行く間抜けが一人―――


やめりゃよかったよ……ホント、ね。

後悔先に立たずというか…………


――――――

――――――

「あのさ…………」

蒼崎青子の放ったラストアークは高町なのはの防御を完全に抜き、その肉体に致命的なダメージを与える。
いかに重装甲のなのはといえど通常の「それ」ならば骨も残らず消え去っていただろう。
故にそれは交戦した青子自身が彼女のBJの強度を目視・算出し
それを抜いて瀕死一歩手前のダメージを与えるようにデチューンした一撃だった。

「だとしてもさ………ちょっとふざけ過ぎじゃない?」

しかしてその心の底からげんなりとした言葉は―――上空に向けられたもの。

そこには、今まさに彼女が助けようとした白い影が―――

何事もなかったようにフワフワと飛んでいて―――

こちらに向けて得物を構えているのだった。

力なく墜落して行き、やばいと思って、助けようとした、その秒にも満たぬ瞬間で―――
普通に空で体勢を立て直し、青子に向き合っている白い奴。

今度はブルーが完全に固まる――――

切り札を放ち、それで決められなかったから高町なのはは窮地に陥った。
魔力の全開行使はラストカードであるが故に、その後のリカバリーはほぼ不可能。

じゃあ………………………………次は―――――?


――――――

「今のは、ちょっと………効いた、かな」

「じゃあ寝とけよアンタ。」

「ごめん………流石にこれ以上、負けられないんだ。
 私だって少しはプライド、あるから。」

「ワケ分からん。何の話だっつうの…」

互いに荒い息を放ちつつ、途切れ途切れに一言二言―――
それは恐らくこの闘い、最後になるであろう二人の問答だった。

高町なのはが行なった事は二つ。
まずはスターライトブレイカーと双璧を為す彼女のもう一つの切札を使用するための術式。

そしてもう一つはBJの耐久力の限界までの強化だった。
バリアやシールド等、防御魔法に回す分の魔力も全て注ぎ込む。
結果的に青子の攻撃で潰されてしまうも、防御行動がまるで取れない中での直撃に対して
限界まで上げたBJの強化がギリギリの所でなのはの意識を残す。

不幸中の幸いとは言ったものだ。
結果、BJはその機能を終え―――修復もままならぬ状態で彼女の体に纏われているだけの状態。
にも関わらず、傷付き、果て、墜落する筈だった彼女に再び立ち上がる余力を残す事になったのだ。

彼女の最大の武器。
砲撃の出力でも空戦の技術でもない、決して諦めない不屈の心。
これこそが―――たゆたっている勝敗を自身へと手繰り寄せる最後の力となる。

その両足。
そして杖の両端に生じる桃色の羽が雄大に主人の体を包み込み 
逆しまな体勢をリカバーし、決して堕天させる事はない。

その手には愛杖のもう一つ形態。
彼女の想い――どのような困難も貫き通すという信念の具現。
瞬間突撃システムACS―――

「開き直って行こう……レイジングハート。
 原典回帰……ここまで来たらチャレンジャーだ。」

<Yes Master>

戦場の空を支配する戦女神のように慄然と
全てを通す一条の槍を構えた、高町なのはが―――

最後の勝負へと、その翼をはためかせるのだった。


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