――――――パァァァァァァァァァン!!!
耳に届いたのは風船が破裂した様な凄い音―――
痛みも、声を出すことさえ出来ない―――
悲鳴っていうのは苦痛を感じた時に出すもので
そんなものを感じるヒマはなかったし――
苦痛っていうのは体が脳に送るシグナルのようなもので
そんなものを送る暇もなかったから――
「こ、ふ………」
やられた……………
唇の端から血の糸が零れ落ちる。
BJの耐久値を超えた決定的なダメージ。
これ、まずい……
ダメ……あの時と同じ…
忌まわしい墜落の記憶が蘇る。
でも体の自由がほとんど効かなくて……
危機感すら薄れ往く意識と共に彼方へと消えていき―――
私は………負けた。
――――――
既に強襲される事3回。
今度は絶対に負けまいと思って戦ったけれど……
強い……圧倒的だった。
武装隊に入って十年。
どんな敵が来たって互角以上に戦える―――
それだけの事をしてきたつもりだったんだけど………
自惚れていたのかな? ちょっと悔しいよ、レイジングハート……
白濁とする意識の隅で彼女、青子さんの相貌だけが視界に残り―――
閉じかけた意識の中、私はなつかしい記憶――
ガムシャラに高く飛ぼうとしていた頃の自分の夢を見ていた。
――――――――
ファーンコラードを初めとした戦技教導隊の魔導士たちに囲まれて
高町なのははウソみたいに、いっぱいいっぱい負けた。
負けて叩きのめされて、自分の未熟を知り―――「戦技」の深さに感動して一心不乱に教導を受けた。
教導の日々は本当にキツかったけれど強くなるのは楽しかった。
自分が強くなる事で、より人の役に立てると思うと嬉しくて仕方がなかった。
そんな環境の下、高町なのはの素質が、才能が
そしてそれに溺れぬ妥協しない精神が天井知らずに――自身を高みへと押し上げていく。
故に―――歯車が狂い出したのはいつからだろう?
人は彼女の素質―――潜在的な高魔力を羨んで止まないが
強すぎる力は時に自らを傷つけてしまう。
常に迷わず全力全開の魔力行使をしてきた幼少の高町なのは。
その小さな身体に不釣合いな魔力を惜しげもなく行使してきた。
故に少しずつ確実に、破滅は突然に―――力はなのはに牙を剥く。
無敵のエースと言われた彼女のまさかの墜落。
運良く一命を取り留めた彼女が最初に見た光景。
それは自分の軽率な行動のせいで、悲しみ、焦燥し、むせび泣く友達の――家族の姿だった。
自分は大丈夫……いつだって何とかしてきたから―――
そんなヒロイックな気分で皆に迷惑をかけ、悲しい思いをさせてしまった。
それが情けなくて、申し訳なくて………彼女はベッドの中で一人で、泣いた。
その後、現場に復帰した高町なのはの魔導士のしての生き方は
教導で日々進歩していく技術と痛んでいく体との鬩ぎあいだった。
ソフトにハードが付いていかないもどかしさ―――
それを抑え付け、常に安全なマージンを残すよう心掛けた。
後先考えない蛮勇が許されるのは守ってくれる大人がいるから。
未熟だった自分がクロノやリンディ提督にどれ程守られていたのか――
それが分かってくるにつれ、子供の頃の自分がどれほどに未熟で拙かったかが理解出来る。
そんな思いから 時が経ち―――
教導官として教え子を、そして隊長として部隊を預かるようになった高町なのは。
その頃には彼女はもう勢いに任せたガムシャラな行動をほとんどしなくなった。
そのような隊長に部下を預かる資格は無い。
皆が彼女を、子供の頃の危なっかしさは消え、冷静沈着なエースになったと褒め称える。
彼女自身、それで良いんだと思っている。
――― 人は変わっていかなきゃいけない ―――
いつまでも子供のままではいられない。
今やなのはの力と体の天秤はその限界を超え
全力行使をすれば、自身のカラダをも削り取るほどになっていた。
リミットを越える度に動かなくなる体。
ベッドに横たわる弱い自分の肉体をもどかしく感じる事はある。
でも、それはしょうがない事―――
こんな弱々しい体でも出来る事はあるのだ。
たくさんの人を救って、育てて………
意識したくもない自身の「天井」の存在を切に感じながら
自分の限界というものに、その深層心理が意識せざるを得なくなっていた頃から
なのはは教導官として自分が培ってきたもの――
自分が飛んできた証のようなものを残したいという夢を、殊更強く抱くようになる。
6課で出会った教え子達に自分の技を一つ一つ伝授したのも
そうした無意識下での想いがあったのかも知れない。
なのははここ数年、ある意味、本当の全力全開で戦った事がない。
全力を出してもそれは確実にフォローが入る状況―――
頼りになる仲間や戦略の上の勝算に裏打ちされた行動だ。
完全無欠のエース―――今や「不沈」と言われるその在り様。
だがそれは、がむしゃらだった頃の自己との決別によって得た
堅実な計算と確実な数値に裏打ちされた予定調和のようなものだったのである。
――――――
そんな今の自分が、咄嗟にブラスターまで使って――この戦いに何を求めていたんだろう?
真っ向から全てを受け止められて、スターライトブレイカーすら破られての完璧な負け。
ここまでの力の差を感じたのはあの時以来……
私とフェイトちゃんが二人でかかって手も足も出なかった人――
ファーンコラード校長。そして教導隊の怪物じみた先輩達。
………………………
………………………
ああ―――――――そうか……
そういえば、そう―――
似てるんだ………彼女は。
魔法使い蒼崎青子さん。
とても強くて、凄くて、飄々としていて
全てをぶつけても弾き返されそうな雰囲気を持った人。
一つの到達点にいる人間、特有の気配―――
参ったな………
そんな相手の空気に当てられて私は
今日、柄にもなくムキになっていたのかも知れない。
オーバードライブは諸刃の剣。
下手に使えば自らの魔導士としての人生を縮めてしまう。
だから使用するのは理由がある時だけ。
負けられない理由が存在している時でなければいけない。
――――この戦いは多分、そんなんじゃない………
恐らく何の因果もなければ、何かを守るために命をかける場面でもない。
確かにいきなり襲われたという事を鑑みて……管理局の魔導士である以上
毅然とした対処をしなきゃいけない場面だった。
けれど相手が自分を上回ってると感じた時点で逃げようと思えば逃げられた筈。
敵から殺気は感じなかった。
だから回避しようと思えば出来る闘いだった筈。
なのに、気がつけば踏み込んでいた―――
無意識に、踏み込んでいた―――
不意に放り込まれた戦場。
サーヴァントという巨大な壁をその目で見せつけられて――
自分の力に不安を感じ始めていた時に出会った彼女。
底知れない雰囲気を持ったこの人に、かつて雲の上の存在だった教導隊の先輩の姿を重ねていたんだ。
そしてただひたすらに自分の全力をぶつけて向かっていった事を思い出していたんだ。
――― 人は変わらなきゃいけない ―――
そんな、今となってはあまりに妄執じみた思い。
――― 大人になっても忘れない ―――
駄目だなぁ………私は。
無茶はもうしない。
そう決心して、心の中にしまい込んでなお―――その相反する思いを消す事が出来ない。
エースでも隊長でも教導官でもなく、一人の空の人間としての私の自我(エゴ)
もっともっと高く、強く、飛びたいという――
空が大好きだから、空では誰にも負けたくないという想い。
もしかしたら今―――それが足りないのか、とすら思う。
それが足りないから
知らずのうちにセーブするのが当然になってしまっているから
だから、勝てないのかなって思っちゃってる。
――― だったら……………昔みたいにやってみようかな…… ―――
がむしゃらに、ただがむしゃらに、壁にぶち当たるように。
まだ全てを出しきっていない。
幼少時代、意識を無くすまで体を苛め抜いたあの頃に比べれば、全然……余力が残っている。
ちゃんと意識だってある。
「――――ク、シ……ド…」
レイジングハート―――
この相棒にもこれ以上の敗北を味あわせたくない。
だからもう少し、あと少しだけ、力を貸して……
掠れた声しか出せなくて、だから精一杯念じた。
<all right exseed mode set up>
そんな私の声を―――いつだって、しっかりと受け止めてくれる。
ほぼ力を失った私の目に光が戻る。
最後のセーフティゾーン――己の心に誓った、最後のリミッター。
子供の頃に封印した「絶対に無茶をしない」という誓いを……
今、私は外す。
――――――
「……………………?」
頬に風を感じ―――髪が鼻腔をくすぐっていた。
体は中空にあって―――地面を遥か頭上に感じていた。
重力に任せるままに堕ちていく………
この感覚は―――
「リ………」
即ち、墜落っ!
「リカバーッッッ!」
寝起きの九官鳥のような素っ頓狂な声でデバイスに指示を出す。
声が裏返ってしまって恥ずかしい……
<All right>
それを受けてデバイスが急遽、私の頭上に力場を形成し、姿勢制御の取っ掛かりを作る。
それを両手で受けてくるん、と上体を返し―――私は意識を自身の肉体へと戻す。
「やばい……気絶してた」
それは実際には2、3秒ほどの意識の混濁。
凄まじい衝撃を全身に受けた事で生じたブラックアウトだったんだろう。
全身が凄く痛い……
保険としてBJに魔力を裂いてなければ、終わってた。
そのBJも無残に裂けて、飛び散って、もう普通の衣服程度の――
腰と胸を隠すくらいの用途しか果たしていない。
「でも……何とか残ったよ。」
そう―――だけど、私はまだ負けていない。
覚醒していく意識が再び戦場に自身の身の置き場を認識させ
あの強い魔法使いがこちらを見据えているのを確認する。
思いを受け取ってくれた私のパートナーの両端から
勢いよく―――その翼が展開される。
「ごめん………いける? レイジングハート」
<Yes Of course>
もう余力は無いけれど―――
本気で行くよ……蒼崎青子さん。
当たって砕けろなんて本当はいけない思考だけど……
私も今回は壁を越えなくちゃいけないから―――
だから、受けてみて!
これが私の……本当に最後の攻撃ッ!
エクシードへと変化したデバイスが残った魔力の全てを変換し―――
一条の槍を構えて私は立つ。
超えなければいけない者――
踏み出さなければいけない時――
それを心に抱きながら――
私は次で決まるであろう攻防にその身を委ねのだった。
最終更新:2010年02月27日 18:21