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慰安旅行―一日目C - (2010/12/13 (月) 21:56:21) の編集履歴(バックアップ)


CHAPTER 1-4 湯煙の中で ―――

「一番風呂ーー!!」

祭のスポンサー。 右の御大、月村忍が大浴場へ飛び込んだ。

「正確には一番風呂ではありませんが」

「…………そうね」

主人の喜色に満ちた顔が一瞬、曇る。

浴室中に充満する香を炊いたような甘い香り―――
桶攫いの中にある数10枚の薔薇の花びら―――

準備中に押しかけ、ファリンを拘束して風呂焚きをさせ
浴室を独占していた誰かさんは、ついさっき反省室に連行された所だ。 
後に道中での悪質な車両改造も発覚したらしい。

「まったく皇帝だが何だか知らないけど……公共のマナーくらい守って欲しいわ」

ともあれ改めて新湯となった湯船。
漬かるのは忍を筆頭にメイドのノエル・K・エーアリヒカイト。
医療班のシャマル、キャロ。 警備課のシャッハ。 そして遠野家メイドの翡翠である。

「もうすぐ教導組の連中が大挙して押し寄せてくるからね。
 今のうちに入浴を済ませておいて。 夕食時からノンストップ稼動になるわよ!」

「でも、お客様を差し置いて私達が、その……一番湯など頂いてよろしいんでしょうか?」

「よろしいのよ。 祭は裏方こそが真の主役なんだから」

決して脚光を浴びない裏方こそ祭の支柱にして屋台骨。
だからこそ彼らに対する賄いを微塵も惜しむ忍ではない。

「しかし着いて早々トレーニングとか信じられない連中ね……慰安旅行の意味分かってるのかしら?」

「血の気の多い人ばかり集まっちゃいましたから。 少しでも抜いておかないと。
 おかげでこちらは大忙し……まあ一線を弁えた方ばかりなので酷い怪我人は出ないと思いますけど」

「そう言えば翡翠さんは第2班を見に行ったのよね? どうだった~? 
 意中の彼はかっこ良いとこ見せられたの~?」

忍がニヤァ、とからかうような笑みを見せる。 ほのかに紅潮する遠野家メイド。

「はい……一応、勝利を収めました……」

「ええっ!? フェイトさん負けちゃったんですか!?」

キャロとシャッハが目を剥いて湯船から身を乗り出す。 

「し、信じられない……あのフェイト執務官が…」

「勝利したというか……はい………互いに傷は深かったようですが」

しどろもどろに、どう説明しようか困惑顔の翡翠である。


「へえ……結構、広いんだ。 東洋の奥地にしては頑張ってるじゃない」

そんな中、入り口から新たな湯浴み客の声がする。 
恐らく少女のものだろう。 訛りのある日本語のイントネーションが独特な口調だった。
教導組のお客さんだろうか―――? メイド達がそわそわと居心地悪そうにしている。


「…………?」

しかし彼女達が次いで気づいたのは―――

「……………地震?」

「私も感じました。 確かに何か揺れたような?」

―――ドン、ドン、とハンマーで床を叩くような振動だった。

否、それは地震というより突貫工事の騒音に近い。
そして、やがてその揺れが地震などではないと思い立つ彼女達。 
音が次第に近づいてくるからだ!

「何……何が起こってるの?」

緊張に身を固くする忍。 
無意識に皆を後ろ手に庇うのは当主としての強い責任感からだろう。

「さ、早く来なさいバーサーカー」

その彼女の決意も―――――モノが到着するまでだったが。


「ちょ、なっ!?? なな、な、え、ほあっ!?」

少女の声と、次いで出入り口を窮屈そうに潜る大巨人を前にして……
忍が首を絞められたような声をあげる。

「"!$%'O(’!#$%&(’’%$””」

「……っ!? ……っ!!? ……っ!?」

否、反応は様々だがバグる思考回路は皆一様に同じ。
クモの子を散らしたように浴槽から飛び退り、各々が壁の端に張り付いて体を隠す!

その浴室の中央を―――ミシ、ミシ、とタイルを軋ませて闊歩する重厚感!!!

「何よ? どうしたの貴方達?」

「ど、どうって……お嬢ちゃん! こここ、ここはココ……」

「大丈夫よ。 バーサーカーは狂化されてるから理性は無いし。 安心していいわ」

「ああ、あんし、ってちょっとそういう問題じゃ……!!?」

「………ああ、そっか。 そうよね。 日本の浴場って色々面倒臭いってシロウが言ってたっけ」

少女は何か得心がいった様に頷くと―――


「脱いで。 バーサーカー」

その言葉を以って全てのモノに止めを刺した。


――――――最後の良心がパージされる。


――――――

「ふう……」

諸々の事情により早めに教導を終えたシグナムが憂鬱な吐息を漏らす。
さっさと風呂に入ってしまおうと、皆より先に温泉の暖簾を潜った彼女だったが―――

「……………」

――――何というか、広がっていたのは阿鼻叫喚だった……


旅の鏡を使用したと見られる魔力の残滓―――
恐らくそこを潜って強制的に転移してきたであろう、一糸纏わぬ女達―――

ガタガタ震え、力無く壁にしなだれかかっている者がいる。 
虚ろな目をしてぶつぶつと壁に何かをつづっている者がいる。
うわ言のように 「お許し下さい、お許し下さい」 と連呼している者がいる。 

卒倒した月村忍を小脇に抱えたノエルの 「測定不能……測定不能……」 という音声が脱衣場に木霊する。

「………何があった? おい、シャマル……」

茫然自失の風体で虚空を見上げていたシャマル。
将の存在にすら気づかず正気を失っていた彼女だったが………
やがて何かを思い出したようにハッと目を見開き、辺りを見回して―――

「キャロが…………キャロが逃げ遅れてっっ!!! あああああああああああっっ!!!!!!」

半狂乱になる湖の騎士を呆気に取られて見下ろすシグナムであった。


――――――

「何なのよ……ねえ、そこの貴方」

「あ、はい」

取り乱して風呂から上がってしまった方々を不思議そうに見ていたキャロに、雪の少女が話しかける。

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン――――イリヤでいいわ」

「キャロ……キャロルルシエです」 

「キャロ。 ちょっと手伝ってくれない? 見たところ肉体年齢は同じくらいだし仲良くしましょう」

「そうですね。 あ、お背中お流しします」

「バーサーカーもお願い。 一人だと大変なの」

「あ、それ分かります! 私もよくフリードの体を洗ってあげたから……
 ヴォルテールに至っては近くの湖を貸し切って三日かかりましたよ。 思い出すなぁ……」

流石は竜召喚の少女である。 巨人の竜を前にしてもまるで動じない。

しかして幼女2人に全身を洗浄されるギリシャ最大の英霊。
その神をも恐れぬ所業については―――

もはや、どれほどの試練を上乗せしてもなお足りぬ原罪である事をここに追記しておく。


――――――

「騒がしいな女湯は……まったく風呂くらい静かに入れんのか?」

隣から聞こえてくる喧騒に舌打ちをするアーチャー。

「どうしたエリオ君? さっきから元気が無いようだが?」

場面は変わって男湯。 
湯船に漬かるのはサーヴァント・アーチャーとランサー。
管理局のクロノ、ロッサ。 そして―――エリオモンディアル。

アコーズ査察官が意気消沈している少年に声をかけた。

「フェイトが模擬戦で遅れを取ったのが思いの他、ショックだったらしい」

「ほう……あのフェイトが負けたのか?」

アーチャーが驚きに目を見張る。

「飛車角落ちの条件だったとはいえ、ね。 僕もそれには驚いているが……」

だが後で映像を見て納得がいった。 止むに止まれぬ事情もあったのだ。 
そもそも今回の演習は勝つ事が目的では無い。
向こうに合わせて、空戦魔道士は初めから飛行禁止にしようという話さえ出たくらいである。
ことに教導官に選ばれた者には今回、一様にある目的・司令が下っていた。

(特に重要な事は向こうのレアスキル使用のデータを可能な限り記録に残す事。
 だからフェイトは最後、敢えて「直死」に対してソニックムーブを使わずシールドで受けに行ったんだろう)

結果として魔導士の三重の障壁を<直死>が抜いた―――抜けるという貴重なデータが収集出来たのだ。 
フェイトには気の毒な思いをさせたが、彼女は局員として立派に任務を果たしたのである。

この事実を純粋な少年に告げるのは酷かも知れないが、汚いと謗られる事でも無い。
戦技「披露」とは優れた者の技を公開させてその技術を盗むための場だ。
相手の技術をより引き出そうという試みはむしろ当然の試みであった。

「おい小僧。 落ち込んだ時の気分転換の仕方ってやつを教えてやる」

そんなクロノの思案を他所に、湯船から上がったランサーが脇でゴソゴソやっている。
手に持つは真紅の魔槍ゲイボルク。 因果を超えて対象を貫くといわれる槍の穂先が
女湯に面する壁をコリコリ―――、と職人の如き緻密さを以って削り穿っていく。

「よし……開通だ」

「おい………キミは何をしている?」

「何って―――見て分からねえのか? 天国へと至る道を模索してんだよ」

引きつる提督を前にして、しれっと抜かすアイルランドの大英雄。

「だああああっ! 何を考えてるんだキミは! 犯罪だぞっ! 
 僕達が何なのか、まさか忘れたわけじゃないだろうな!?」

「固え事言うんじゃねえよ……何が犯罪だ。
 俺が坊主くらいの頃は、こんなもん悪戯のうちにも入らなかったぜ」

「仮にも名だたる英霊が覗きの真似事とは嘆かわしい!
 止めるぞクロノ! この悪辣な痴漢男を拘束する!」

「お前ら、英雄色を好むって言葉を知らねえのか!? 止められるもんなら止めてみなっ!」 

水上を跳ね飛ぶ3人の男達。 ……醜い。
オスという生き物の性は、時に人を獣以下の畜生へと堕落させる。

「あの……皆さんはそんなに……女性の裸って見たいものですか?」

ポツリと呟いた少年の声―――ランサーも局のエリート達も、その動きがピタリと止まる。

「「「……………」」」

一人、大人しく湯船に漬かる少年に対し
ランサーは無言でツカツカ歩み寄り、彼の肩に手を置いて―――

「―――――お前、何言ってんの?」

憤りを通し越した、そんな無表情でこう言った。

「いえ、その……僕はそれほどというか………見慣れ……いえ」

しどろもどろに言い掛けた事を訂正するエリオ。 だが時既に遅し。

「…………詳しく聞こうか」

槍兵に肩をがっつり組まれて湯船に拘束されてしまうエリオ。
困ったように目を泳がせる彼だが、失言を後悔しても後の祭。

「すいません……忘れてくれると嬉しい、です……」

「……そうか。 あの娘達はそういった方向に無頓着だからな……なるほど、キミも苦労してたんだな。 
 僕も昔はフェイトのそういう所に大層、困らされたものだ」

ロッサが唖然としているのを尻目に、得心したように頷くクロノであった。

「エ、エリオ君……じゃあ、もしかしてキキ、キミは、その……はやて部隊長の、も……?」

「…………」

つい、と―――――エリオはロッサから目を逸らす。 
子供なりの精一杯の優しさだった。

「ぐああああああっっ! 何て事だぁぁ!! アンリミテッド・ドッグ・ワークスっ!!!」

「おい! 犬を粗末に扱うんじゃねえよ!」

「ついでに技の名前も改名したまえ―――真に迫れぬ贋作ほど惨めなものは無い」

「うるさい黙れっ! お前ら使い走りに僕の気持ちが分かってたまるかぁ!!
 ……さあ、エリオ君。 ちょーっとお兄さんが背中を流してあげようか」 

「ひいっ!?」

「ついでに脳も洗浄してあげるからねー。 大丈夫……痛くしないから、こっちへおいで」

身の危険を感じ、高速魔法を駆使して姿を消す少年。 

「ふはははははっ! 逃がさないよ!!」

それを猟犬たちが群れを成して追いかけていく―――――


―――――――――――――言うまでもなく………

本日のヴァルハラ送り(追加) ―――

ヴェロッサ・アコーズ査察官

浴室での錯乱、少年に対する暴行


蛇足だが、後日―――とある槍のサーヴァントが機動6課へ入隊したいと局の窓口に申し出たという。

「サーヴァントを入局させるのは管理局の悲願。
 確かにキミならば、どの隊でも引っ張りダコだろう。 して、志望動機は………?」

「ああ? そんなもん、お前……決まってんだろうが」

男は居住まいを正し、コホンと咳払いをして一言―――


「綺麗な姉ちゃんと毎日、お風呂に入りたいからですっ!」

「却下だーーーーーー!!!!」


………書類審査に通すまでもなかったという。


――――――

幕間 恋する相手を求めて ―――

1等の温泉旅館でありスポンサーに大財閥が付いているという事も手伝って、その日の夕餉の品目は豪華絢爛なものだった。 
ありとあらゆる山の幸が並べられる煌びやかな食事に皆、一様に舌鼓を打つ。

なのはやフェイト、はやては久しぶりに会ったアリサ、すずかとはしゃぎながら箸をつついている。
普段は部下の手前で抑制してきた年頃の女の子の部分を今日は存分に開放している。
後に部屋で猛省する3人娘だったが、これが慰安旅行というものだ。 その楽しげな娘達の様子を誰に責められる筈も無い。

そんな中―――――ソワソワと辺りを見回すシグナム。
知らずセイバーの影を求める双眸。 挙動不審な騎士の様子に周りも何事かと眉をひそめる。

(………いない? 奴が夕餉の席に顔を出さないだと?)

結局、彼女は午後の教導に顔を出してくれなかったのだ。
おかげで本日は丸ごとワカメの世話だ。

「おい、シャマル……セイバーを見なかったか?」

「うーん……どのセイバー?」

「青い奴だ」

「あ……………え、ええ。 彼女なら医務室で寝込んでるわよ」

「なっっ?」 

人目もはばからず驚愕の声をあげてしまう将。
夕膳を引っくり返す勢いでその場に立ち上がりそうになる。

「馬鹿な!? あいつが……やられたのか!?」

まさか彼女を医務室送りに出来る者が局内にいたのか?
一体どうやって? どの演習場でやられた? 相手は高町なのはか、テスタロッサか?
いや局員がやったとは限らない。 何せ本来、敵味方である者がこうして一同に会しているのだ。

(心無い者の不意打ちに会う可能性は十分にある……くそ、一体どこのどいつが!)


「私」

ぐるぐると思考を巡らせるシグナムの隣で、ポツリと一言―――


「……………………何?」

「だから……相手、私………私と、翡翠ちゃん」

羞恥に耐えるように彼女は言った。

「………………どういう事だシャマル?」

「…………」

「もしや………先ほど素っ裸で脱衣場に転移してきた事と関係が」

「思い出させないでぇぇ!!!! その事をぉぉっ!!!!」

 「キャッ!」とばかりに手元の焼酎を投げつける緑色。
湖の騎士は未だ乙女の心を忘れない。

将の顔面にぐつぐつに煮立った熱燗が直撃するのだった。


セイバー初日――――

翡翠とシャマルの手作りツープラトンで、もれなくダウン中。


――――――

CHAPTER 1-5 幾多の思惑の元、夜の帳が降りてくる ―――

「勝てないっ!」

「きゃあっ!?」

温泉旅館では定番の卓球盤にて遠坂凛のロケットスマッシュが炸裂!
間桐桜の浴衣から零れ落ちそうな、これみよがしに実った胸―――
その双丘の谷間にスポーン!と白球が叩き込まれた。 後ろに尻餅をつく桜。

「ふう……取りあえず溜飲は下がったわ」

「ひ、酷いっ! 八つ当たりですかっ!?」

卓球で妹をメタメタにして鬱憤を晴らす姉。
猛抗議する桜だが、そんなもの右耳から左耳である。

「はー、すっきりしたー!」

そんな心温まるやり取りを背景に、入り口から浴衣姿のイリヤが姿を現す。

「どうしたの? 二人ともお風呂入らないの?」

絹のような長髪を後ろで結わえ、くるくると見せびらかす雪の少女。
どうやら入浴中に知り合った女の子に結って貰ったらしい。

「今はパス。 夕食後なんて人ごみでごった返してるだろうし」

「姉さん人ごみは苦手ですものねっ! 体臭キツイから!」

「クラゲ臭のするアンタよりマシよッ!」

「おいおい、喧嘩はやめてくれよ……」

人間関係がギスギスしているのは間違いなく、昼間のボロ負けの影響だろう。

「とにかく……実際にぶつかってみて痛感した。
 やっぱ、モノが違うわ。 このままじゃ勝てない」

桜も真面目な顔つきになる。 姉にここまで敗北を認めさせるとは……
改めて高町なのはという魔導士の恐ろしさを実感する。

「明日は何とか宝石剣の限定使用まで認めさせようと思ってる。
 でも………それでもまだ届くかどうか―――」

「難しいでしょうね。 凛とあのなのはって女の才能が互角だとしても――― 
 戦いを一つの手段としてきた者と、戦うためだけに力を磨き上げている者の違いよ。
 あんなもの普通、魔導とは言わないわ。 敵を叩き潰す事以外、出来る事ってあるの? アレ」

「戦いのためだけに力を磨く、か………どこの修羅の国よ? 
 ただ強くなりたいだけだったら魔術師なんてやめるわよ私は」

一応、災害救助とかやってるみたいだけどね、と補足する凛。

「本宅からバゼットさん呼びますか? この前、勤め先をクビになって暇してるだろうし」

「……駄目。 相性が悪すぎる。 多分、フラガ発動まで持たない」

「じゃあ、アーチャーかライダー……いっそセイバーをぶつけるというのは?」

「セイバーはダウン。 食い倒れだって」

「いや食中毒だ。 あの顔色は正直、笑えなかった」

「何にしてもよ、桜。 どうして時計塔が私を派遣したか分かる?
 仮にサーヴァントでなのはを圧倒したとして、そんな事に何の意味も無いのよ。
 英霊なんてのは本来、私達にとっても制御不能の化け物なんだから」

故にアレらと普通に、互角に戦えてしまう管理局魔導士に対し、協会がどれほどの危惧を抱いているか想像に難くない。
あくまで「人間」の魔術師が彼らに対抗できる手段を確立しない事には、お偉方は枕を高くして眠れないのだ。

「結局ね、組織と組織が絡み合う以上、こういう水面下の冷戦が繰り広げられるのは避けられないのよ」

だから昼間は、勝気なイリヤもバーサーカーをけしかけなかったのだ。
この1班を任されているのは協会側で最も有名な魔導士―――エースオブエース。
その彼女に満を持してぶつけて行ったのが時計塔のエースである遠坂凛だったわけだが……

「それでこの体たらくじゃ頭が痛いわ……上が何か言ってくる前に急いで手を打たないと」

「………言ってきたぞ」

げっ!?とガマガエルの泣き声のような声を出す凛。

士郎が持ち歩いていた備品のノート型PC―――
そのメールフォルダの受信音が鳴り響く。
ゴクリと息を呑む凛。 士郎も桜も緊張の面持ちだ。

して、それを開くと―――――――


「おーーーーーーーっほっほっほっほっほっほっっ!!!」

――――――部屋に渾身の高笑いが響き渡った。


「ご機嫌よう、ミストオサカ!!!! どうやら盛大に土を舐めたそうですわねぇ!
 ライブ中継で鑑賞いたしましたわ! 貴方の無様なやられっぷりをっ!」

金髪の縦髪ロールを振り乱し、画面に映ったのは凛の宿命のライバル。
青を基調としたドレスに身を包んだ、もう一人の時計塔のエース!

「ル、ルヴィア……」

士郎が喉から搾り出すようにその名を呟く。
よりによって今一番、凛と合わせたくない顔がモニターにでかでかと……
卓球盤に腰を落とし、声一つ発さない遠坂凛の顔を誰一人まともに見れない。

「私、楽しみにしていましたのよ? 我が御学友である貴女が協会の代表として選ばれて
 さぞかし大活躍しているだろうと期待に胸を膨らませておりましたのに。
 それが、まさかこんな自殺モノの醜態を晒していようとは………」

彼女の背後の大画面に、昼間の教導の動画が写る。
わざわざ保存して実家の大画面で再生しているのだ。

ああ、そして場面はあろう事か―――凛が空中で四方八方からボコボコにされているシーン!


「おーーーーーーーっほっほっほっほっほっっ!」

凛が砲撃で爆砕KOされた瞬間まで鑑賞し――――巻き戻し


「おーーーーーーーっほっほっほっほっほっっ!
 おーーーーーーーっほっほっほっほっほっっ!」

また同じ画面まで鑑賞し――――巻き戻し


「おーーーーーーーっほっほっほっほっほっっ!
 おーーーーーーーっほっほっほっほっほっっ!
 おーーーーーーーっほっほっほっほっほっっ!!!!!!!!」 

それを何度も何度も繰り返し、ソファの上で身をよじりながら笑う笑う!
蒸せるほどに笑い倒し、足をバタつかせて悶絶する!!

やがて、溜飲が下がったように居住まいを正した後、彼女はハァ、と一息ついて―――


「死になさい」


―――虫でも見るような目つきでこう言った。

「人並に恥という概念をお持ちならば今すぐ切腹なさい。 ヤマトナデシコらしく。
 ああ、まったく嘆かわしい……今この瞬間も貴女に吸わせる空気がもったいな―――」

金髪が最後まで言い終わる前に、士郎と桜の頭を何かが掠めた――――!

二人の頬肉をゾブリと抉って行った閃光の白球……背後で再び炸裂ロケットスマッシュ!
ピンポン玉がノートPCの画面に写ったルヴィアの鼻っ面にめり込むっ!

「あんのフランスパン女がぁぁぁあああああああーーーーー!!!!」

「ちょ、お前! これ協会の備品っ!」

「落ち着いて下さい姉さん!!」


魔術師たちの夜が更けていく―――


――――――

「相変わらず、やかましい女ですねぇ………あれ? どうしましたご主人様?」

「バカ! カーテン空けるな! 今、顔会わせたら、どうすればいいのよ私はっ!?」

滅茶苦茶、気まずい……………
カーテンで仕切られたパーティ部屋の一室。
身の縮こまるような思いでティアナランスターは、努めて音を立てないようにイチゴ牛乳をすする。

どうやら第1演習場は噂以上の壮絶な展開になっているようだ。
今、凛に出くわそうものなら絶対に拉致られる。 
高町なのはの弱点を教えろと尋問されるに違いない。

「弱点……思い出しますよ―――7日間のマトリクス収集」

「ええと、ねえねえアサシンさん! これこれ、イケるんですよねっ!」

「なかなか筋が良いな娘……問題ない。 食らわせてやれい!」 

「よぉし! チー……」

「それ鳴いたら呪う」

「そんなぁーーー!?」

亡国遊戯―――4人で夜を明かすならこれしかないという定番ゲーム。
4人打ち麻雀に勤しむ凸凹パーティである。

「あの……私、なのはさんに夜更かしするなって釘刺されてるんだけど」

「クハハハハッ! 遊興の旅路の初日に何を呆けておるかっ! 今日はこのまま完徹よ!」

「ねえ、ご主人様。 魔導士っていうのはそんなに強いんですか?
 ……あ、当然ご主人様はメッチャ強いですよ! それはもう、タマモ分かってますから!」

過剰なマスター贔屓も忘れない狐である。

「でも、人間がサーヴァントと互角に戦えるなんてなっちゃったら、私達の存在意義が……
 聖杯戦争も立ち行かなくなっちゃいますし、何だかタマモは納得いきません」

「うーん……まあ、なのはさんやフェイトさんは特別かな。
 あそこまでやれる人なんて局中を探したって一握りしかいないもの」

「………特別」

「苛苛―――ッ! ここにもおるぞ! わしと立派に打ち合った拳士がな!」

「ええーっ? そんなぁ……私なんて一方的にやられてただけですってば!」

「謙遜する必要は無い! お主は天性のカンと言うべきか、兎にも角にも勝負勘がズバ抜けておる!
 特化した体力と膂力と弛まぬ功夫を併せ持つ立派な拳士よ! 明日も存分に―――」

何も見えない空間に、ニヤリと―――魔拳士が歪に哂った気がした。

「―――殴らせてもらうとしよう」

「明日は負けませんよー!!」

「どんだけ仲良いのよ、こいつら……」

「仲が良いというより、丈夫な木人を手に入れて喜んでるだけですよ? ソイツ」

二の打ち要らずの魔拳を耐え抜いた機人のボディにBJ、そしてストライクアーツ。
親友の頑丈さは折紙付きだ。 パンチドランカーになる心配も無いだろう。
拳と拳で深く繋がった間柄に茶々を入れるような野暮な真似は、するだけ無駄というものだ。

「それはそうと―――明日、その教導とかいうの覗いてみたいです。 ご主人様」

(キャスター?)

意味深な態度を見せるキャスター。
常のフワフワとした態度と打って変わった真摯な瞳。
そこに得体の知れない圧力を感じ、気圧されてしまう。

(……でも、なのはさんの所に行ったらまた怒られそうだし)

どうしたものか、と思案に耽るティアナランスターであった。


2人と2体の夜も更けていく―――


交流慰安旅行、一日目終了―――



安息に身を委ねる彼らに――――――――――――光あれ。

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