CHAPTER 1-2 雷迅を穿ちし双眸 ―――

「けほっ、ごほっ……」

洗面所に突っ伏して咳き込むか細い肢体―――
それは今さっき教導を終えたばかりの高町なのはのものだった。

彼女に心配そうに付き添うフェイト。
その背中を優しく摩ってやると 「ふええ……」 という力無い呻きが返ってくる。

「大丈夫?」

「大丈夫、じゃない…………」

「流石だね凛は……初日でなのはからクリーンヒットを奪うなんて」

遠坂凛という魔術師はセイバーと同様、局に最も名を知られている者の一人だ。
故になのは、フェイト、はやてとも交流が深く、時には助け、助けられてここまで来た。
だから今日、なのはは日頃の感謝と友情の表れとして凛の全力を正面から受け止めるつもりで望んだのだ。
そしてご覧の通り……物の見事に受け損なったというわけである。

「き、効いたぁ…………来るのが分かっててこれだもの。 
 やっぱり一筋縄ではいかないや……あの人は」

正面に道を作ってやれば裏道を。 裏道をチェックして待ち構えれば地面に穴を掘ってでも相手の裏をかく。
それが彼女、遠坂凛という魔術師だ。
あの天才が形振り構わず自分から一本を取りに来るという。 それを考えるだけで―――

「気が重いよー……」

「ファイトだよ、なのは!」

縋りつく高町なのはを元気付けるフェイト。
珍しくへこたれ気味な彼女に付いていたいのは山々だが……

「私もそろそろいかないと……」

「あ、そっか……そうだね。 フェイトちゃんも気をつけて」


そう……今日のフェイトのモデルエネミーは―――

「うん……極めつけの相手だ」

パン、パン、!と頬を張って気合を入れる執務官。


雷光――フェイトテスタロッサハラオウンが意気揚々と第2演習場へと向かう!


――――――

「志貴っ! 志貴っ! 志貴っー!」

「遠野く~ん! 高望みはしません! 一発……まずは一発当てる事から始めましょ~う!!」

戦技演習の場らしからぬ黄色い声援が飛び交う。
女性陣の声により、場は異様な雰囲気に包まれていた。

「凄い人気だね……」

「迷惑かける………気にしないでくれ、と言っても無理かな?」

「ううん、大丈夫。 始まってしまえば余計な音は消える」

互いに礼儀正しく一礼をして、2人はバックステップで距離を取る。
1斑のような駆け引きも特に無く、ルール諸々も容易に決まった。

「では教導演習会・第2班担当、管理局執務官フェイトテスタロッサがお相手します。 
 正々堂々、技を競い合いましょう」

「遠野志貴です。 及ばずながら宜しく」

志貴がフェイトの障壁を抜けたら勝ち―――これが2人の間に交わされたルールだ。
クリーンヒットを入れられたら自分が只では済まないという、フェイトの言葉によって決まったルール。

「下手に出てるようだけど内心、自信満々よ……あのフェイトって子。
 指一本触らせないって顔してるもの」

「シオン……フェイト執務官の強さはそれほどのものなの?」

「解析終了――――はっきり言います秋葉。 
 彼女が相手では代行者ですら食い下がるのがやっとかと……今の所、志貴に万に一つも勝ち目はありません」

アトラスの錬金術師の並列思考による戦術予測。 
それが叩き出した必敗―――聞いた秋葉が口惜しそうに唇を噛む。

「お兄ちゃんローキック! ローキック! チョコマカ速い相手は足を潰すんだよっ! 膝の靭帯ブッチ切れ~~!」

「いやいや志貴さん! レバーです! レバーを抉るんですっ! 
 こつこつペチペチ当ててけば、どんな強大な相手でも5Rまでに失速する筈です!」


「た、大変そうだね……」

「………分かってくれて嬉しいよ」

あれほどの期待……受け止めて背負う方も難儀だろう。
幾多の女性の熱視線に打たれる彼の背中は、耐えぬ気苦労に満ちている―――
そんな業に些か達観した節のある、落ち着きと貫禄を称えた少年が小振りのナイフを構えてフェイトに向き合った。

「そろそろ始めようか。 俺が心配するような事じゃないだろうけど……全力で行くから、しっかり避けてくれよ?」

「うん……遠慮なく来て」

バルディッシュの通常<アクス>モードを正眼に構え、フェイトも身構える。


――――――

(なるほど……変則的かつ緩急を付けた動きでこちらの視覚を撹乱させてるんだ)

刺客や隠密を旨とする者が多用する歩法―――その足裁きに初めは驚いたフェイトだった。 
高速戦闘に慣れた自分の目ですら、しばしば彼の姿を見失い、懐を脅かされたからだ。

蝿や蚊などを目で追いかけていると、時にフ――、と姿を見失う事がある。
彼の動きはそれと同様の原理だろう。 人の反射神経の裏を付く「意外」の体術だ。

(最初は驚いたけど……でも、もう見切った!)

しかしながら、つくづく圧倒的な戦力差というのは埋め難いもの。
か細い女性の手に明らかに余る長物をフェイトは軽々と振るい、遠野志貴を圧倒し始める。

「くそっ! あと一歩!」

「七つ夜」と記された小振りの凶器がフェイトの体を掠める―――! 
が、冷静にサイドに反らして事無きを得る魔導士。 
外野で上がった 「あ~」 という落胆の声に苦笑する彼女。
射撃魔法や得意の高速移動すら使わず、近接においても志貴に主導権を渡さない。

「あいたっ!?」

デバイスが下から振り上げられ、ナイフが刎ね飛ばされる。

「志貴……飛び込んでくる時、防御をおろそかにし過ぎ。
 それだと受けに転じるのに一呼吸遅れちゃうよ」

「くっそ……! まだまだ!」

ナイフを拾い、かかってくる少年を前に身構えるフェイトだったが―――

(っ!!?)

突如、凄まじい悪寒に貫かれる!
応援席を見ると―――自分を凄まじい顔で睨み付ける鬼がいた!
紅く染まった髪を逆立てて、遠野秋葉が本物の鬼女さながらの形相で仁王立ちっ!

(こ、恐いなぁ……)

身を竦めるフェイトであった。


「これで既に6本目……て、何やってんですか秋葉さん?」 

「決まっていますっ! 私の眼力で相手にプレッシャーをかけてるんです!
 これで兄さんの勝率が1%でも上がるなら……!!」 

「妹がそれやるとシャレにならないでしょ。 それにしても―――強いわ彼女」

アルクェイドの呟きに今や誰もが反論する余地が無い。
金の髪、黒衣の装束を身に纏った彼女の揺ぎ無き貫禄。
初め、おっとりとした彼女の様相を見た者は、とても戦いを生業にする人間だとは思えなかった。

だが今は見紛いようも無い―――死徒をも遥かに千切るSランクの称号を持つ魔導士。
管理局のエリート執務官の力をもはや認めないわけにはいかない。

「遊ばれちゃってますねぇ……女神のような彼女、その内にはとんでもない刃を隠し持つ!
 男性はああいう女の人に弱いんですよぉ! あの人、優しい顔して実は相当の魔性と見ましたよ~!」

「くう~っ! 兄さん! そんなおシリ丸出しの人を相手に何てザマですか!? 意地をお見せなさいっ!」

「そうだそうだー! おシリならシエルの方が圧倒的に勝(ゴッ)」

客席に血飛沫が飛び散る! 毎秒30発以上の拳が飛び交い、次いでクロスカウンター。
両者のテンプルに拳がめり込み……その場に崩れ落ちる月の姫とシスター。
アリーナ最前列では死闘が始まっていた!

「「…………」」

そんな外野を尻目にヘナヘナと脱力してしまう2人である。
彼女らのおかげで交わされる刃にいちいち力が入らない。

「フーリガンかお前らはぁぁ!!! 頼むから少し静かにしてくれっ! あと汚い野次を飛ばすんじゃない!!」

たまらず応援団に叱責を飛ばす少年だった。 
彼にしてみれば所在無い事この上無いだろう。 
局の結界担当や係員もその様子に苦笑いを禁じえない。 

「ホ、ホントにごめん……何かもうグダグダだ」

「あはは……面白い教導になっちゃったね」

これではいけないな、と思いつつ―――フェイトもそんな微笑ましい光景を見て頬が緩んでしまう。
異質な状況や特別な環境に置かれた人間が歪まずに育つ条件は、良い友達、家族、仲間に囲まれている事だ。
彼が異形の力に押し潰されなかったのはきっと―――彼女達に囲まれていたからなのだろう。

(今日はすっかり悪役だな……)

「フェイトさん、油断しないで! 相手はまだ余力十分です!」

………そうでもないか、と執務官は微笑する。
女子の声援に紛れて、大事な大事な聞き間違えようの無い声が耳に届いたからだ。
自分だって子供の頃とは違う。 あの声援さえあればどんな時だって戦える。

「途中、ダレちゃったけど……最後はちゃんと形にして締めよう」

「! ………ああ」

相棒バルディッシュを華麗に振り回し、後ろ手に構えて腰を落とす執務官。
見物人全てが息を呑む。  彼女の空気が明らかに変わったのだ! 

フウ、――と呼吸を絞っていくフェイト。
先ほどまで湧いていた見物客も固唾を呑んで見守る。

最後に今日、自分のサポートに回ってくれたエリオモンディアルの姿を確認しようと
彼女は、客席の方にチラっと目をむけ―――――――


「………………え?」


その思考が―――――――――――完全にフリーズした。


――――――

曰く―――瞬きの後には相手を沈めている。

それが雷光、フェイトテスタロッサハラオウンの疾風迅雷。

殺気などという物騒なものをぶつけてくる彼女ではない。
だがそれでいて―――迫り来る雷雲のような威圧感がゆっくりと場を支配していく。
遠野志貴もまた、七夜の業を受け継ぐ者として臆さず身構えた。
だがもはや勝敗は歴然。 このままでは志貴に勝ち目は無い。

「万事休す、です……彼女の止めの一撃を志貴が回避する術はない」

志貴がフェイトの動きを捉える事は絶対に無い―――シオンはそう事実だけを告げた。
淡々とした声に一抹の落胆が篭ったのは、志貴ならあるいは…という期待があったからだろうか。
しかしながらプロとアマチュアの違いは勝てる戦いを決して取りこぼさない事だ。
何をしてくるか分からない凶悪な犯罪者を常に相手にする執務官。 まぐれやラッキーパンチを期待出来る相手では無い。

圧倒的優位にいるフェイトは自身の魔法をほぼ使っていない。
せいぜいがブリッツアクション <部分的身体能力の加速術式> くらいだろう。

「術の大部分を封じている以上、決して届かない相手じゃないんです。
 ですが、残念ながら踏んで来た場数のケタが違う……」

プロフェッショナルの腰を据えての迎撃とはあれほどの安定感、磐石を誇るものなのか?
付け入る隙など無い。 彼女の思考、冷静さを乱す何かが無い限り―――

「―――足の小指くらいならバレないわよね?」

親指の爪をかじりながら物騒な事を言い出す鬼妹。

「やめた方が懸命ですよ秋葉さん。 悪質な危険行為は即、反省室送りですから」

「そうだよ妹………あそこはキッツイよ? 髪の毛全部抜け落ちるよ?
 ドラゴン○ールのナ○パみたいに紅主バージョンになっても認識されなくなるよ?」

言ってケラケラ笑う吸血鬼に、キーーッ!と牙をむき出しにする秋葉であったが――――


「……………………………?  姉さん、秋葉様」

翡翠がポツリと呟いた。


………………


「あ………隙」

次いで琥珀がポツリと呟いた。


戦闘経験が稀薄な彼女達ですらそれに気づいた。


あさっての方向に意識を向けたまま―――

魂が抜けたように無防備になっている―――――相手に……


「遠野くんっ!!」

シエルの言葉よりも先に彼が弾けるように一歩を踏み出す!!!!!!!!!

そして静かに――――少年は眼鏡を外し、内に秘める力を解放したのだ!!!!

「フェイトさん!? 前っ!!」

「っ!? っ……!」

蒼く、どこまでも深く、蒼く―――!! 
その双眸が放つ光に貫かれ、フェイトの総身に鳥肌が立つ!
使うまいと決めていたバルディッシュの戦闘形態<サイス>を思わず解禁し、眼前の相手に振るう!

だが――――――殺された……!

何の変哲も無い小刀がフェイトの光り輝く大鎌に触れた瞬間
黄金の刀身が紙のように断ち切られ、バラバラに霧散する!
その手に何の手応えも残さぬままに!

(こ、これが……!)


――― 近接特化型・単体破砕・殺害レアスキル ―――


(直死の……っ!!)

目の前の相手が、先ほどまでの少年と全く別のモノと化していた――――
「死」の体現者! 殺気と蒼き瞳に射抜かれて、フェイトの理性よりも本能が訴えた。
コレに殺される事は必然。 どれほど力で勝ろうと死の摂理からは逃れられないと!

咄嗟に手を翳し、張った障壁!


「……逃がさない―――――殺す」 

その三重の護りごと、黒衣の魔導士の体を――――17つの閃光が駆け巡った!


――――――

「…………っ!!!」

手を翳した姿勢のまま微塵も動けないフェイト―――

彼女の横を切り抜け、ナイフを構えながら志貴も一歩も動かない―――

魔導士は驚愕に目を見開き、少年はやる事を終えたように目を閉じる。


やがて彼女を覆っていたBJが上半身……
次いで下半身と砕けて飛散していき―――

「フェイトさんっ!!」

応援席から大歓声があがり、対照的に蒼白になるエリオが悲鳴をあげる。
文字通り一瞬で、あまりにも呆気なく、模擬戦の勝負は決したのだった。


「…………あ?」

しかしながら次の瞬間、大衆の誰かが間の抜けた声を発する。


執務官フェイトテスタロッサハラオウンのBJ―――

だけでなく、その下に羽織る服までが―――


舞い散る花びらのように―――ファラリと、破けたからである………


――――――

「…………」

「ち………」

羞恥に頬を染めて、フェイトはその場にペタンとしゃがみ込む。
そんな彼女から一歩、二歩と後ずさる本日のヒーロー、遠野志貴。

「………違うんだ」

しかして……シン、と静まり返った広場に彼の呟きだけが空しく響いた。

当然、広場はそんな御託を許すような雰囲気ではない。
収集の付かなくなりそうだった舞台にて先手を打つように、秋葉がコホンと咳払いをする。

「志貴……それはちょっと、どうかと思うよ」

「遠野くん―――狙いましたね?」

「なっ! 違っ!?」

「遠野家の長男ともあろう者が何て破廉恥な――――!」

並みいる女性陣が突如、掌を返したように大ブーイング!
先ほどの団結、心温かい応援はどこへやら? 寄ってたかって好色野郎を罵倒する!

「志貴さまを最低です」

「志貴さん、もろ出しでレッドカードですー♪ 地下帝国にご案内ですかねー」

「お兄ちゃんの変態!変態!変態!変態!」

「もはやエロ河童ですか貴方は」

「なっ!? 都古ちゃんまで!? 待ってくれ! 俺の話を聞いてくれっ!」

四方八方から言葉のナイフで滅多切りにされる彼。
野犬に囲まれた鳩のように右往左往するが既に逃げ場無し!
彼の腕を、足を、女性達が拘束する!

「う、うわあああああ!! 違うんだぁぁああああっ!!!」

海神に捧げられる生贄のように、魔眼の少年は連れていかれる。
えっほ!えっほ!という女性陣の掛け声が、唖然として動けない局員の耳に木霊する中―――

「―――――、」

困ったようにその場でしゃがみ込んだまま、助け船を出そうか迷っているフェイトに
宿の浴衣を手渡して、ペコリと頭を下げた黒猫の夢魔が、生贄の行列へトテテテテ、と駆けていく。


こうして、結局うやむやのうちに第2演習場の1日目は終わる。
フェイト、遠野志貴、共に戦闘不能という結果を以って。

女性陣に連行されていった彼がその後、どうなったかは永遠の謎であり―――

また知らない方が幸せであろうと、断言するものである。


――――――

「恥ずかしいところを見られちゃったね……ごめん、応援してくれたのに」

控え室にはレンに渡された浴衣を羽織ったフェイトと―――エリオモンディアルの姿があった。
確かに文字通り恥ずかしいトコロを見てしまったが今更だ。 それよりも……

――― どうして最後、ソニックムーブで回避しなかったんだろう……? ―――

それだけが少年の心に疑問を投げかける。 どう考えても間に合うタイミングだった筈だ。

あの魔眼使いもまた、フェイトが後ろに避ける事を見越したからこそ一歩、深く踏み込んだ。
だがフェイトは下がらずにシールドで受けたのだ。
故に距離が合わず、BJの下の服にまで切っ先が及んでしまった―――これが真相である。

「危なかったね……彼の手元があと少し狂ってたら体を斬られてたかも。
 何にせよ完全に懐に入られちゃった私の完敗だ」

「負け、なんでしょうか? 空戦も魔法の大半も封じて、相手に合わせて打ち合って、それでも……」

「負けだよ。 初めに取り決めが為されて、それに従って戦って負けたんだから」

その事実を後から言い訳で引っくり返す―――そんな事は出来ないし、してはいけないのだ。

しかしながら納得のいかない表情を向ける少年である。 
未だ自分の槍が届いた事の無い、尊敬する彼女が簡単に負けた事を受け入れられないのだろう。
第一、空戦魔導士が地上縛りで戦うなどハンデをつけ過ぎだと思わずにはいられない。

「エリオ……空を飛ばない人を相手に、飛んで離れて模擬戦をやっても何の意味も無いんだよ。
 実戦だったら相手はこちらが飛行している時なんかに、正面から構えて襲ってなんて来ないでしょう?」

少年の肩を抱き、フェイトは諭すように言葉を続ける。

「食事を取っている時、眠っている時、必ずこちらが地に足をつけている時を狙ってくる。 
 その攻撃を捌けなければ意味が無い。 空戦魔導士といっても私達は結局、人間。
 地上で生活している生き物なんだ。 である以上、戦いは何時だって陸から始まるんだよ」

羽を持ったが故に常に覚えておかねばならない。 自分が本来は地に根を張って生きる生物だという事を。
それを忘れて陸での戦いを疎かにする者は必ずどこかで足を掬われる。
そうやって短い現役生活を終えた魔導士をフェイトは沢山見てきたのだ。

「今日はラッキーだったんだよ……模擬戦だったから。
 もし本番であの少年に奇襲を受けていたら……私は確実にバラバラにされてた」

「分かってます……分かってますけど……悔しいです………こんな簡単に!」

「エリオ……負けから学ぶ事の方が多い。 今の闘い、私じゃなくてあの志貴から学ぶ事はあった?」

「え?」

「見るべき所は山ほどあった筈だよ? そこに目が行かなきゃ、エリオの槍は私にも……その上にも届かない」

最後のあの1撃―――否、17連斬は、単純な速度では割り切れない 「絶対」 のタイミングで放られた。
これを外せば後は無いという特攻じみた切っ先は、こちらの感情の解れに一糸乱れぬ精度で捻じ込まれたのだ。
極めれば、いかに最速の機動力を以ってしても防ぎようの無いタイミング―――

その決定的なワンチャンスを必ずモノにする爆発力。
きっと彼はそういう戦いを……常に格上の相手と繰り広げて来たのだろう。
殺し合いにおいて確実に存在する第6感のようなモノは、時に揺るがぬ性能差をあっさりと凌駕する。


結局、沈黙のうちにエリオはフェイトと別れ、控え室を後にした。

彼女は少年にとって母親でもあり、姉でもあり、師匠でもあった。
そんなフェイトの言葉に対して、今はまだ心が整理出来ず納得の行かない事もあるだろう。
だが、その芯に刻まれたものは確かにあったのだ。

フェイトの言葉通り、今日の光景を少年は余すとこなく眼に焼き付ける。


そしてこれより数年後――――

彼はとある合同演習においてフェイトを今日と 「全く同じ目」 に合わせる事になるのだが………………それはまた別のお話。


―――――

幕間 お前の母ちゃん○○○ ―――

(応援してくれたエリオに厳しい事を言っちゃった……負けて幻滅させた上に、何て偉そうな物言いだろう)

気まずい形で別れてしまった少年の事を思い、執務官は胸に一抹のしこりを残す。

(でも私は出来れば将来、エリオに超えて欲しいんだ………私の事を)

彼は強い子だ。 今日の事も糧にして、きっと前に進んでくれる―――そう、信じている。


それよりも問題は、一瞬だが確かに会場で目に飛び込んできたシルエット――――――

腰まで垂らした漆黒の長髪………群青のマント………
エリオがいた遥か後方で佇んでいた影………

「かあ……………さん」

気づいた時には既に見えなくなるほど遠ざかっていた痩身の人影は―――

「……………」

既に自分しかいない控え室で、フェイトは確かに見えた母の姿に苛まれていた。


「実に良い母親っぷりじゃないか」

「え?」

だが、その焦燥の隙間に割り込むように誰かから声がかけられた。
控え室の入り口―――
ノックも無しに入室した何者かが、フェイトの後ろに立っていたのだ。

「タバコ、吸ってもいいかね?」

「あ………ど、どうぞ……」

知らない顔だ。 誰だろう?
一瞬、意味深な表情を作った後、彼女はシガーケースから一本取り出して火をつける。
室内にヤニの匂いが充満し、白煙が通気孔に吸い込まれていく。

「じゃなくて……誰ですか貴女は? ここは管理局の関係者以外、立ち入り禁止……」

「ふむ―――見たところ素材は間違いなく自分の遺伝子を使っているようだが。
 しかしこうまで性質が異なっていると、にわかには信じられんな。 
 やはり人間の性など往々にして、後天的に脚色されるものに過ぎないという事か?」

来訪者に対して質問するフェイトだったが答えは返って来ない。
その人物はいきなりズカズカとフェイトに近づき、無遠慮に鼻先に吐息がかかるほど顔を近づけて―――

「すまん。 キミ、もう一度、脱いでくれないか?」

「え、ええ!?」

「いいじゃないか。 あれだけ盛大に見せびらかしたんだ。 今更、減るもんじゃないだろう?」

「………っ!」

ほんのりと赤くなる執務官の頬。 
あまり思い出したくない事をズケズケと掘り返してくる彼女に対し
もはやフェイトも怪訝な態度を隠さない。

「………………」

「駄目か………ならば仕方が無い。 私とあっち向いてホイをやって欲しいんだが」

「…………あの」

「あっち向いてホイだよ。 知ってるだろ? あまりここで時間を取りたくないんだ……早急に頼む」

…………………


「ジャンケンホイ! あっち向いてホイ!」

「ジャンケンホイ! あっち向いてホイ!」


…………………

(何やってるんだろう……私は)

謎の女史に強引に付き合わされるフェイト。
否、特記すべきは付き合ってしまう彼女の性格の良さか。

「驚いたな………眼球移動、視神経から脳へ、全身へと展開する神経郡の並列。
 並大抵の技術と知識では到底、再現できない筈なのだが」

何やらブツブツ言っている女史。 遊戯に付き合っている間も無遠慮にフェイトの体を見回してくる。 
上から下からねぶるような、その視線に居心地悪そうに身を竦める魔導士だった。

「―――――命の蘇生は神に対する逆理。 だが命の創造は神の所業そのものだ」

相変わらず、こちらの言葉を差し挟む隙は無い。 
あっち向いてホイは6、7回戦ほどで終わった。
そして突如、虚空に向かって講釈を垂れ始める彼女。

「それをあの女……よりにもよって後者の方を先に成功させてしまうとはなぁ。
 実際、愚かの極みだよ……哀れと言っても良い。
 知識と能力のみ神の域に近づいて、精神がそれに全く追いついていないのだから。
 何の事はない、あの女は――――――ふむ?」

そして女は今しがた、気付いたようにこちらを一瞥して口を開く。

「キミ、母親は好きかね?」

「………いきなり何を言っているんですか?」

「自分を人形扱いするような母親をキミは今でも愛しているかと聞いている」

――― 不意に爆弾を落とされたような衝撃だっただろう ―――

フェイトの表情が凍りつき、次いでみるみるうちに険しくなる。

「愛しています。 今でも変わる事無く」

そして―――迷う事無く答えた。 

「そうか」

闖入者は租借するように何かを思案する。

「恥じる事は無い――――誇りを持て。 人形はいいぞ!」

そして、はっはっはっ、と上機嫌で笑いながら去っていく。 

バタンと勢いよく締まるドア。 フェイトの 「あ……」 と呼び止めようとする声も遮られ―――
電光石火。 執務官に何一つ反撃させる事無く………

「な…………何だったんだろう?」

一過性の台風のような女は謎だけを残し、去っていった。


――――――

CHAPTER 1-3 四の五の言わずにぶった切れ ―――

(……………ハズレ、か)

うんざりといった表情で烈火の将シグナムは溜息をついた。

「あの……シグナムさん」

救護班、キャロルルシエが心配そうに騎士を見つめている。

「お前は何もしなくて良い。 軽口に付き合ってやる事もないのでな……バカは構うと付け上がる」

「ハッ! 脳筋女にバカって言われちゃったよっ!」

まったく―――本当に……セイバーが来る筈がとんだブタを引いたものである。

「騎士? 魔導士? デカイ顔してるけどさぁ。 どうせサーヴァントよりも弱いんだろう?
 したり顔で聖杯戦争にちょっかいかけて来やがって、あまり調子に乗るなよな」

「ほう? 聞き捨てならんな」

「おっと! 凄んだって駄目さ! 僕に手を出すと地獄を見るぜ」

「面白い……どんな地獄を見る?」

「これを見ろよっ!!!」

言って彼――――間桐慎二が両手を広げる。
すると右手には魔導書。 左手には令呪が。

「聞いて驚くな……今の僕はサーヴァントを2体も所持してるんだぜ! 
 お前らがヒイヒイ言って手こずる化け物を2体もさあっ!
 ついに僕が聖杯に認められる時が来たって事だよ! 今、いい感じに最強じゃない? 僕」

問答に乗ってやった事を心底、後悔する将である。
失望とも呆れとも付かない深い落胆。 それを見て、慎二の顔が歪にゆがんだ。

「生意気な女だな……いいよ、吼え面かかせてやる」

「仮にも男子が他人のフンドシを見せびらかしてご満悦か? では満足したなら、もう帰れ。 
 お前のような者がここに居ても楽しい事など何一つ無いぞ」

「はぁ? 逃げるの!? ひゃはははっ! もう遅いってのっ!! 
 おいライダー×2! こいつ泣かせちゃえよ!」 

…………………

「さあ! この無礼な女をボロクソに引きずり回して地面に這い蹲らせてやるんだ!!!」

…………………

――――何も起こらない。
天然パーマがひゅー、と風に揺られている。

「あれ………ど、どうしたんだよライダー×2っ!? 何故来ない!?」

「あの二人なら反省室だ」

行きのバスで暴走行為を働いた罰として、すごすごと連れて行かれた一団。
彼が呼び出そうとした切り札は、既にその中だった。

「ちなみに二人からの伝言だ」


   しなびたワカメが乾燥ワカメになるくらい絞ってやって下さい


「なっ!? あんの役立たずが! 裏切ったのかっ!?」


   大人になれよ、シンジ


「余計なお世話だっっっ! 8歳だからってバカにしてんのかーーーーーっっ!」

地団太を踏んで悔しがるOH慎二。

「……貴様の根性は幼少の頃から叩き直さねば直らんという天の啓示だな。
 よかろう。 全く持って気は進まんが暇を持て余していた事だ……稽古をつけてやる」

「や、や、やってられるかよ……っ! 僕は帰るぞ!!」

踵を返し、第3演習場を後にしようとするワカメ。 
既に賽を投げてしまった後だと言うのに……

その頬から数センチ横をレヴァンティン―――蛇腹剣に変形した将の刃が通り過ぎる! 

パラリと落ちる慎二のもみ上げ。

「ひっ!!??」

「まず一つ。 迂闊に敵に背を向けるな。
 一撃で殺されたくなければな。 さあ、好きな武器を取れ」

「やや、やめろ! やめやめ………ひいっ!?? 
 ちょ、熱い! 何か熱いんですけどっ!?」

「どうした? こちらはまだ剣すら抜いていないぞ?」

……………………

キャロ達、救護班が思わず目を逸らす………
口元を押さえてその惨状を見ないよう悪戦苦闘する中―――

第3演習場の初日は何の山場も無く幕を閉じた。


幼い頃からの教育は大事だというお話―――そう注釈を付けておかないと………

「ぎゃあああああああああああああっ!!!!!!」

この惨劇は到底、映像に残せるものではなかったと――――後の記録係は語る。


――――――

「――――空戦がしたいのだ」

「いや………アンタは陸戦を磨いた方が……」


「――――空戦がしたいのだ」

「いや、あのな…………」


「――――空戦が」

「頼むから地上にいて下さいっ!」


第4演習場―――

鉄槌の騎士が紅蓮の鬼の熱意に負けるまで、ゆうに30分もの時を有したという―――


――――――

幕間 ヴァルハラ ―――

パンパン、――と小気味良い音が境内に響く。
彼女達は厳かに手を合わせ、次いで自分の引いたおみくじをめくる。

「末吉かぁ……こういう中途半端なんは微妙やなぁ。 
 大吉か、いっそ大凶辺りが出てくれた方がネタとしては盛り上がるんよ」

可も無く不可もなく、という結果に不満を露にする八神はやて。
だが横にいる人物が引いたおみくじをピラピラと見せて来るにあたり―――

「げっ……大凶……」

「ネタにどーぞ」

「う………うーん。 決起運わろし、今は動く時ではない、かぁ……どういう事やろ?」

「――――――――また延期か」

陰を背負った切ない笑いを浮かべる彼女。

現地到着後、午後いっぱいを使って行われた教導演習会の1日目。
そのプログラムも全て終了し、皆がぞろぞろと山道を降りて帰路につく。
ひのきの枝に雪の残滓を称えた、風情のある情景。

その中途に設けられた神社でお参りするのは、はやて部隊長と――蒼崎青子。

本格的に色彩彩の催しが開かれるのは二日目だ。 
今日のところはゆっくりしても支障は無い。
あとは温泉にでも入って山の幸に舌鼓を打ち、温かい布団で休むだけである。

「それはそうと……どうでした? 青子さんの目から見ても十分、見応えあったやろ?」

「まあね」

それは言うまでもない、先ほどまで行われていた教導演習の事である。

「志貴も成長したわねぇ……あのか弱い少年が、まさか魔導士をひん剥くまでに成長するとは。 私の教育の賜物かしら?」

「何を教えたのやら……まあ、フェイトちゃんはあまりああいうの気にせんから不幸中の幸いやけどな。
 でも青子さん。 志貴君が気になるなら皆と応援すれば良かったん違う?」

「あの面子に混ざると浮くのよ、私。 遠くからあの子を見守っているだけで今は満足よ」

そして美味そうに熟したら食らう!と付け加える事も忘れないアオアオ。
最後さえなければ最高に良い人なのに………苦笑する八神はやてだった。

「話は変わるけどさ……行きのお騒がせ連中が反省室に叩き込まれたんだって? 
 大丈夫なの? あんなもん大人しく抑えておける手段なんて、そうあるとは思えないんだけど」

「そこは問題ないよ。 対問題児専門のエキスパートが助っ人に来てくれたわ。
 まずは管理局からファーンコラード校長っ!」

「へえ?」

「滅茶苦茶、強いんよ! 昔、なのはちゃんとフェイトちゃんが二人掛かりでかかっていって……瞬殺されとった」

「うげ……マジ!? あの二人を!?」

今よりランクこそ低かったものの、数値も経験値もメキメキ伸びていて上り調子だったなのはとフェイト。
そんな脂の乗っていた二人に敗北の味を教える意図で組まれた模擬戦だった。

「……丸めて、畳んで、ポイッ!やよ? 当時、なのはちゃんもフェイトちゃんも相当ショックでなぁ。 
 なのはちゃんなんて未だに何が何だか分からないうちに負けた、言うてるわ」

その所業は今の高町なのはがSS+の武装局員2人を鼻歌交じりに捻るようなものだ。
ファーン・コラード―――局の生きた伝説。
なのはですら未だにその深遠の実力の底が見えないという怪物魔導士である。

「で、もう一人はそちらさんから超有名人。 魔導元……」

はやてが最後まで言い終わる前に―――
青子が飲みかけのコーヒーを、だーっと口から垂れ流す。

「うわ、汚っ!?」

「っ! えええええええええええええええっっっ!??」 

境内に彼女の絶叫が山彦となって響き渡る。
バサバサと飛び立つ野鳥たち。

「あの爺さん来てんのぉぉぉぉぉ!!? かか、かか、かきかきっかっか―――」

「あ、青子さんが動作不良や!? ちょっと面白いけど落ち着いて~!」

そうだ――――迂闊であった! 
あのぢぢいがこんな面白いイベントに目を付けないわけが無い!

「胃が痛くなってきた………帰ろかな」

「そ、そんなに……? オウム返しで悪いんやけど、そこまで凄い人なん?」

「凄いっていうか――――――ナイトメア。 
 貴方達の認識では真祖が最強って事になってるけど……
 あの爺さん、散歩でもするかのようにソレの大元を殴りに行ったのよ。 気に食わねーっつって。 しかも勝った」

「うええ……」

最強の老人ペアだった―――その部屋では魔人二人が手薬煉を引いて待っている。
誰だろうと悪さなど出来よう筈も無い。

「そして極めつけに………」

「ちょっと待て―――」

青子の顔が盛大に引きつる。 何を言っているのだ、この娘は―――?
先にその二人の名を出しておきながら他に極めつけられるモノがいるとでもいうのか?

ブルーの疑問に答えるように、無言で懐から写真を取り出して見せるはやて。

その時の二人の表情は何物にも形容し難かったが――――ただ、ただ、白かったとだけ言っておく。


二人は彼を知らない。

だがこの世界で彼を識らない者は恐らく皆無といっても良いだろう。


ニコっと爽やかな笑顔を見せ合う部隊長と魔法使いである。

「こりゃ―――――――どうにもならんわ」

「そうやろ?」

「あー、バスの中で大人しくしてて良かったわぁ……

 こんな解脱部屋に放り込まれたら人生、丸ごと変わる」

「ヴァイス君にイスカさん大丈夫かなぁ? 後で様子見にいかな」

写真に写る、その沙羅双樹を背景に慈愛の微笑を浮かべる御人―――
六道、引いては宇宙の摂理と合一した「彼」の写真を脇に仕舞うはやて。


その部屋は時を置かずして「ヴァルハラ」と呼ばれ―――三日間を通して全旅客の恐怖の対象になったという。


本日のヴァルハラ送り―――

ライダー(イスカンダル)
ライダー(メドゥーサ)
ライダー(ドレイク)
ヴァイスグランセニック陸曹

危険行為、並びに交通違反、車両破損。


………そして先ほど、もう一人


――――――

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最終更新:2010年11月29日 16:23