「ん……………」
身体が、動かない――――
朦朧とする意識を取り戻し、肉体に思考の戻った彼女が初めて思った事がそれだった。
気だるげながら覚醒している意識と相反するように、体のパーツのどれをとっても彼女の思いのままになる箇所が無い。
まるで鎖に縛られているような、金縛りにあってしまったかのような感覚が彼女―――高町なのはを襲う。
(………………)
かつてない激戦に苛まれた身体の疲労は凄まじく
自身の肉体が耐えられるダメージ量の限界を三段は超えていた。
起きてすぐ動けるはずがない。
「気がつきましたか……ナノハ」
後遺症が残る可能性―――最悪の事態が頭を過ぎる高町なのはに今、声をかける者がいた。
彼女は今、硬いベッドに寝かされ床に伏せている。
そこまで自分の意思で辿り着いた記憶はない。
そうだ―――そんな事も思考に入れられないほどに彼女は疲労していたのだ。
こちらを心配そうに見下ろす、恐らく自分をここまで運び、介抱してくれた金髪の少女。
「セイバーさん……」
そんな少女が名前を呼ばれ、ほっと一息ついていた。
「手当てしてくれたんだ…」
次いで自分に施された簡素ながらの治療、巻かれた包帯などに気づく。
「ありがとう……面倒かけちゃったね」
「礼には及びません。大した事はしていない。
鞘の回復が良いタイミングで行われたため、元より外傷はありませんでしたから」
アヴァロンの回復は凄まじいものだった。
体組織のほとんどが引き裂かれた再起不能レベルの傷をも蘇生させ
神経に痛みは残るも、骨や筋肉に後遺症が残る事はどうやら無いようだ。
「………ここはどこ?」
現在の状況を確認するなのは。 まだ記憶が混濁している――――
セイバーの語ったところによると、あの後、共に支えあいながら上空を飛び続けた両者であったが
疲労困憊で限界をとっくに超えていたなのはは、戦闘が確実に終了した事を認識した途端
力尽き、その意識を落としたのだという。
なのはという司令塔を失ったセイバーであったが、組み込まれていたレイジングハートのリカバリープログラムのおかげもあり
ちぐはぐながらも何とか飛び続け、ここに着陸したというわけだ。
「的確な指示でした。彼女の助力がなければ二人して地面に落下していた事でしょう」
<shanks>
主人想いの杖に賞賛の言葉を送るセイバーである。
ここは―――山岳地帯。
ただでさえ人気の途絶えたこの世界にて更に人の寄り付きそうの無い秘境じみた景観。
相応の距離を飛んだセイバーはそこに、山師の使うような古びた小屋を見つけ
なのはを寝かせるために降り立ち、今に至るというものだ。
こんな人里離れた場所に身体を休める小屋があった事も中に治療道具があった事も出来すぎなくらいの僥倖である。
素直にそれに甘え、ようやっと一息つけたセイバーとなのはであった。
「セイバーさん」
だが、そんな柔らかい空気を否定するかのように―――魔導士は固い声でセイバーに問う。
「どうしましたか? ナノハ」
「…………」
一呼吸、じっくりと一呼吸置いてから――――
「勝ったの? 私達」
―――――その問いを口に出していた。
――――――
「…………」
「…………」
部屋を沈黙が支配する。
「……………その問いには答えたはずです、ナノハ。 私達の勝ちだと」
「そう、じゃあ質問の仕方が悪かったのかも知れないね。」
やがてゆっくりと口を開いたセイバーに対し、
なのはは黒真珠のような光を放つ目を眼前の騎士に真っ直ぐに向ける。
「私達……………本当にあの人を倒したの?」
「―――――何故そのような事を?」
「うん。一応、確認」
「心配をする必要はありません。 体に障ります。」
その某かの核心を突くような問いかけに―――言葉を濁す騎士。
「あれほどの墜落に巻き込まれたのです。
普通に考えれば無事に済む確率の方が遥かに―――」
「セイバーさん」
歯切れの悪いセイバーを前にして、高町なのはは断固引く気は無い。
彼女の双眸が正面からセイバーを射抜く。
その真っ直ぐな瞳はあらゆる虚偽やはぐらかしを見抜く鷹の目のよう。
(……………)
――――フゥ、と………
防戦に徹しようとしたセイバーが、その無駄を悟り溜息を一つ。
そして程なく白旗を揚げる。
「アレで大人しくなってくれるような輩なら私も苦労はしていません。」
「……………だよね」
騎士の言葉の意図する所は明らかだ。
十分な答えを得て、なのはは再びベッドに体を横たえた。
最後のあの空で確認をした時からセイバーには分かっていたのだ。
サーヴァントであるが故に―――
あの爆炎の中、男の強大な気配が微塵も消えていない事に。
その事実―――倒してなどいない……
まだ何も終わっていないのだという事を。
「しかし何故分かったのです? 最後の一撃は快心の手応えだった。
あの一刀―――相手を打破した事に疑いの余地は無いはず……」
「全然快心じゃないよ。あんなの逃げながら手を振り回してただけ」
試すようなセイバーの問いかけに真っ直ぐに自分の意見を示す戦技教導官である。
「あんなに強い人を倒そうっていうのに気持ちの乗らない攻撃を何発振るったって届くわけが無い。
初めから、撤退しながらの攻撃が通用する相手じゃないのは分かってた。
あの局面じゃ良くて相手を押し返すのが精一杯……そう思っただけだよ」
「………」
「セイバーさんは……」
「え?」
騎士の顔を見ず、天井に視線を彷徨わせながら
なのはは躊躇いがちに少女に声をかける。
「もう一度、あの人と戦うの?」
「―――はい」
――――――即答だった。
「この身は再び、あの男と雌雄を決する事になるでしょう。
それは決して覆せぬ運命のようなものですから。」
瞳に強い意思を込めて、騎士は臆する事無く答える。
あの恐ろしい敵と再び相見える事を―――
天井を見据えていた高町なのはの瞳が揺れる。
「…………死んじゃうよ。あんな人を相手に……ん、」
躊躇いがちに紡がれたその言葉。
止められるものなら止めたい……それは魔導士の偽らざる本心だったが
そんな彼女の言葉を遮るように、なのはの口に人差し指が当てられた。
「それ以上言うと、また喧嘩をしなければなりません。」
苦笑混じりにピシャリと、はっきりとその言葉を切り捨てた騎士。
あの男との闘いは聖杯戦争を勝ち抜く上で、決して避ける事の出来ない戦いだ。
なのはとて分かってる。
両者の間に紡がれた並々ならぬ宿業。その感情。
自分の言葉などでは―――到底、止められる域には無い事に。
(…………)
しかして、このやるせない気持ちはどうしようもない……
少女を見ないように寝返りをうち、口を閉ざしてしまう魔導士である。
再び、山小屋を支配する沈黙――――
その中において…………
騎士はいずれ来るであろう、その宿命の戦いに想いを馳せる。
あの強大な王と向かい合う自分の姿を幻視しながら――――――
――――――
地平に消えていくその姿―――――
籠の中に囲った鳥が檻を食い破り、空に飛び立っていった……
その様を――――――男は無言で見つめていた。
燃え盛る炎の中、悠々と歩を進め、荒野の只中に立つ黄金の肢体。
「―――ススで汚れた」
その一言。現状の不快感に対する率直な感想を述べていた。
遥か彼方を飛び退るセイバーと魔導士。
あの距離では新たな宝具を展開したとて、もはや影すら掴めまい。
「セイバー」
使用した全ての宝具が男の宝物庫に還っていく
大破したヴィマーナの残骸。
撃ち尽くす寸前だった英雄王の無尽蔵の宝具たち。
これだけの戦力を投入した事などいつ以来であろうか?
しかもそこまでして成果が全く芳しくなかったというのだから男の苛立ちは想像に難くない。
「もし次に相対せし時、その輝きが色褪せたままであったなら―――
それはお前を見初めた我の見込み違いであったという事。」
遠ざかっていく背中。
金色の髪の少女に向けて真紅の瞳に暗い陰を落としながら―――
「その時は我自らの手で唾棄してくれよう。」
――――男は言い放つ。
自身が見初め、認めたモノが醜悪なイロに染まる事など在ってはならない。
そのような事―――この万物を支配する原初の王が許せるわけが無い。
「―――――」
次―――――そうだ。
次といえば………
――― 次は勝とう ―――
あの端女――――高町なのはの言葉が耳について離れない。
結局、最後の最後までセイバーとの逢瀬を邪魔してきたあの女。
市井の身でありながら、あの剣の英霊を御し従えるかのような様相も気に食わないし
男の誅殺から逃れ、無礼な発言の数々を償わせられなかったのも口惜しい。
だが、そうだ……認めねばなるまい。
もし、この邂逅が騎士王との一騎打ちであったならば
自分は間違いなくセイバーを陥落せしめていた筈だ。
ならばそれが叶わなかった原因は……もはや語るまでも無いだろう。
あの女の存在が――――覆した……
決まっていた事象を―――塗り替えたのだ……
――――――
「―――言葉には言霊が宿る」
その場凌ぎの言葉だったにせよ「次」と口に出してしまったのならば
それが何らかの力を持つ事もあるだろう。
またいつか、あの女は自分の前に現れるかも知れない。
何故かそんな気がする。
ならばその時こそ―――
「最低でも三日は生かさず殺さず―――苦痛と悲鳴を極限まで搾り出し……」
認めてやろう。
自分が手ずから引き裂く価値のある存在と認めた上で
阿鼻叫喚の苦痛と絶望を絡めて――――
「その後、生きたまま心身ともに刻んで地獄の狗にたらふく食わせてやろう」
処断してくれよう。
どうして生まれてきてしまったのか―――
そう後悔するほどの裁可をその身に下しながらに。
男の瞳に残忍な光が灯る。
あの女はこの英雄王を怒らせてしまった。
もはや安らかで幸福に満ちた最期を迎える事はないであろう。
――――――
正直、今回の醜態は流石のギルガメッシュにも落胆はあった。
だがその憤りを言葉にして吐露するのも詮無い事だ。
そろそろ常の王の顔を取り戻さねばならない。
いつまでも情念に囚われ、安い感情を暴露したままではいけない。
何せ――――見ているモノがいるのだから………
この身をこそこそと下卑た視線で覗き見ている輩がいる。
初めから気づいていた。
この歪な世界。この作られた矮小な箱庭。
そんなモノを支配して愉悦に浸っている愚かな痩せ犬の存在に。
「―――――ハ、」
英雄王が空を見やる。 その何も無い虚空に目を向ける。
日が昇り始め、燦々とした空気が男の肌を撫でる中―――やおらその宝物庫から一振りの剣。
乖離剣エアを取り出して何もない空へと向けた。
「―――――我がそこに辿り着くまでだ。
それまで精精愉しむが良い。」
そして一言………男は彼らに対して確かなる言葉を放つ。
全てを掴む男であるが故に神にすら宣戦布告するのが男の在り方。
世界を切り裂く剣を虚空の誰かに向けながら―――
イレギュラー、英雄王ギルガメッシュは今、セカイに宣戦布告をし――――
そのまま何処かへと去っていった。
金色の残光を、王の威光を存分に場に遺して………
――――――
「……どうするの? これから」
「…………」
なのはが騎士に背中を向けたまま、その問いを口にした。
一息ついたその後はどうするのか?
なのはの問いに沈黙を以って答えるセイバー。
どうするか、などと――――答えは決まっていた。
セイバーには為さねばならぬ事がある。 当然なのはにも。
互いに未知なる世界に放り込まれた身だ。
一刻も早く己がマスター、仲間と合流して今後の対策を練らなければならない。
本来ならばここで悠長にしていられる時間すら惜しいのだ。
そして互いに進む道が違う以上……自ずと結論は出るのだ。
「当ては無いんでしょう?
行き先や方針が定まらない以上、一緒に行動した方が絶対にいいと思う。」
だが後ろ目で控えがちに少女の顔を見ながら、魔導士は少女に共に行く事を進言する。
「安全面や行動範囲の面から言っても……
ここで別れるよりはもう少し様子を見た方が絶対に、」
「ナノハ」
それは正論にかこつけた心情的な吐露だった。
心配だった……この騎士が。
揺るがぬ意思と強さを持っている筈の騎士王。
その背中が何故か酷く危うく儚い―――そう、なのはには感じられたのだ。
「―――事を為した暁には貴方に紹介したい人物がいます」
そんな秘めた感情を胸に、騎士との同行を求める高町なのはに対し
セイバーは――――唐突にその話を切り出した。
「私に?」
「ええ。彼は私のマスターというべき存在。
自分の正しいと思う事を貫き通す強い心を持った好もしい人物です。
きっと貴方とも良い友達になれる事でしょう。」
「えっと……ん、…別にそれは良いけど。」
突然の申し出にキョトンとするなのは。
それを見て、フフ…とイタズラ気に笑うセイバー。
こうしていると二人とも年頃の女の子にしか見えないのが微笑ましい。
「あ――――」
しかしながら―――そのセイバーの微笑が今、突如崩れ、奇妙な表情になる。
自分で切り出しておきながら間の抜けた声を上げる剣の英霊。
「??」
首をかしげるなのは。
迂闊………………
この少女にして我ながら重要極まりない事を失念していた。
騎士の挙動不審な顔を無言で覗き込む高町なのはである。
「いや、その……………こちらから切り出しておいて何ですが
果たして貴方と彼を合わせても良いものか……」
「? どうして?」
「想像を絶するほどの―――――――無茶をやらかすので……彼は。」
………
こちらと目を合わそうとせずに、しどろもどろになりながら答える少女。
なのはの目が丸くなる。
ビルの屋上で言い合いになった時の事を思い出したのだろう。
この魔導士が命を粗末に扱う無謀な行為を決して許さないという性格ならば
自分の命を採算に入れずに行動する人間を見て、果たしてどういう反応をするか――想像に難くない。
「………うーん」
上目使いにこちらの様子を見てくる少女に対し、やや苦笑いのなのはである。
「セイバーさんが10だとするとどれくらい?」
「貴方を10として測定不能です」
「………………」
迷い無く言い放つセイバー。
控え目な彼女がここまで言うのだ。
それはもう……相当なレベルと見て間違いない。
「うん。何となく分かったよ…」
この騎士のマスターである。 失礼な事はあまりしたくないが……
そこまで無茶苦茶な事をする人物とあらば放ってはおけない。
この騎士の許しが得られるのならば―――
「じゃあ是非とも会ってお話しないとね。」
「お手柔らかに。」
―――職業柄、少しお節介をするのも吝かじゃない。
と、悪戯っぽく笑うなのはである。
「でもいいの? セイバーさんのマスターなんでしょう?
自分で言うのもなんだけど私は厳しいよ?」
「甘く見ないで欲しい!」
「へっ!?」
そこでガバっと詰め寄ってくるセイバーに心底驚くなのはさん。
物静かな騎士がこんな顔をするなんてまるで予想だにしなかった。
「その厳しい貴方でも矯正しようが無いほどのレベルです!
言葉はおろか相応の体罰を以ってしても――実際に死にかけても改善しない筋金入りの難物なのです!
ですからもし教鞭を振るうのでしたら、死なない程度にお手柔らかに!」
拳を握って捲くし立てるように次々と言葉を放ってくるセイバーに防戦一方の教導官。
「全く今回、ナノハと共に戦えて久しぶりに気兼ねの無い連携戦を堪能出来た……
いつ以来でしょうね……こんな開放感は。
パートナーの身を気にせず戦えるというのがこれ程に有意義な物であったとは……
ナノハと引き合わせた際にシロウ―――マスターには貴方の爪の垢をそのまま飲んで貰わなければ。」
(う、うわぁ……)
なのはの目は終始、見開きっぱなしだ。
クソミソである。まさかこの少女がここまで人の事をコキ下ろすとは……
眉をハの字にして腕を組み、う~…と唸りながらにそのマスターを罵倒する騎士。
その姿に唖然としっ放しの魔導士であった。
(………………………でも、何か)
だが、そう――――
聞き手役に徹しながら、知らず自身の口に笑みがこぼれてしまっている事に気づくなのは。
否、魔道士でなくとも……気づく筈だ。
顔をしかめながらぶつぶつと文句を言い続ける少女。
その声色が――――とても暖かい。
こんなに優しく温かい思いを込めて話されてしまっては誰だって気づいてしまう。
そのマスターという人が、この少女にとってどういう存在なのか。
まるでこの世で一番大切にしているものに触れている―――
そんな幸せで嬉し気な気持ちが滲み出てきているようで
その表情が本当に綺麗で……話を聞きながら少し見とれてしまうなのは。
本当に綺麗だったのだ――瑞々しくて、幸福に満ち溢れていて。
それは自分に似ていると思っていた騎士の、自分には無い一面。
なのはには知る由も無い。未だ自分の中に芽生えた事の無い想い―――
それは一人の異性をただひたすらに愛する、という事。
狂おしいほどにその相手一人を求め、己の全てを捧げたいと思う事。
既存の理想と秤にかけてさえ、その者を想う心が勝ってしまう。
この少女をして「己が願いよりもシロウが欲しい」と――そう言わせてしまう程の、
――― 恋焦がれるという事 ―――
――――――
自分にはいるのだろうか―――
その表情を眺めながらに高町なのはは思った。
頭に浮かべるだけでここまで幸せな気分になれる――そんな人が。
(ユーノくん? フェイトちゃん?)
子供の頃から助け合い、自分を支えてくれた
とても大切で、いなくなる事なんて考えられない友達。
(はやてちゃん? ヴィータちゃんやヴォルケンリッターの皆?)
いずれもかけがえの無い仲間。
この人たち無くして今の自分は無い。
(スバル? ティアナ? エリオ? キャロ?)
自分の手がけた教え子たち。
自分を慕ってついて来てくれる可愛い後輩たち。
この子達がもし戦場で還らぬ事になったら自分は―――多分、泣くだろう。
(………………………ヴィヴィオ)
あの子を助けるため――――自分は一度、公務の身でありながら私情を優先した。
あり得ない事だった。
頭の中がぐちゃぐちゃになって……自分の信ずる道も責任も二の次になってしまった。
もし次、同じ事が起こってヴィヴィオを助けるために周りを犠牲にしなければいけない時
自分は決して私情を優先しない事を心に固く誓っている。
でも――どうなのか……
本当にそういう場面に直面したとして、自分は―――
(…………私、は…)
「――――痛むのですか?」
「えっ!?」
別の事に思いを馳せていた所にセイバーに声をかけられ
フリーズしていた高町なのはは咄嗟に反応出来なかった。
「あ………えと、うん……
聞けば聞くほど無茶苦茶な人だよね、その人……
腕がなるなぁ。ふふ」
「やはり疲れているようですね。
すみません……私の方が話に夢中になってしまって。」
「ううん、セイバーさんとお話しするのは楽しいよ。」
それはお世辞ではない。
この、どことなく自分に似ている騎士とのお喋りはなのはにとって新鮮で楽しかった。
セイバーにとっても同じ。
尊敬するマスターはいる。 主従を尽くしてくれた者もいた。
だが自分と全くの対等の位置に立って、あくまで同じ目線で、時にはケンカをして時には支え合う。
彼女にとっては初めての感覚であったのだろう……その―――友達、というものが。
他愛のない話をした
自分の事や友達の事を話した
色々な事を話した
なのはも今や、目の前の少女が本当に現世の人間でない事―――
何か超常の存在である事は理解している。
だがその事は―――また、今度ゆっくり聞こうと思った。
(…………)
そろそろ体力の限界だ。
瞼が絶え間なく重くなる。
だからこの次―――
目を覚ました時にゆっくりと……
――――――
談話は長くは続かなかった。
高町なのはの肉体が再び強烈に休養を欲し、彼女に抗えぬほどの睡魔が訪れる。
「ごめん……少し、寝ていいかな?」
重くなる瞼をしばたかせる魔導士。
抵抗し難い睡魔に身を任せてしまう前に一言、セイバーに断りを入れる。
「ええ――お休みなさい。ナノハ」
「はは、流石に疲れてるみたい……
起きたらまたお話聞かせて。」
「―――――、はい」
既に夢現に入っているかのような、小さくはっきりしない声で問答するなのはに微笑を返し
少女は彼女に毛布をかけて眠りを促す。
それに気持ち良さそうに身を委ね、目を閉じ、数刻を待たずして―――
すぅ、すぅ、……と、まるで電源が切れたかのように寝息を立て始める高町なのは。
(無理も無い…)
現世の人間では願っても覗く事すら叶わぬ神代の激戦―――
それに身を投じ、戦い抜き、生き抜いた。
硬い寝床に身を横たえる高町なのはを見やる少女。
本来、健康で血色の良い筈の顔が落ち窪み、心なしかやつれている。
そのか細い体には傍から見てもまるで生気が通ってない――まるで病人のようだった。
当たり前だ。
彼女はヒトの身でありながら一晩で英霊と二連戦したのだ。
まさに精魂尽き果てたのだろう。
疲労困憊の痛々しい姿をまともに正視出来ず、目を逸らしてしまうセイバー。
彼女にはもっともっと休息が必要だった。
額のタオルを絞って変えてやる。
そして魔導士が完全に寝入るのを見計らってから―――
「―――ナノハを頼みます」
<Allright...Good luck brave knight>
「ありがとう……」
床に置いてあるレイジングハートに彼女は別離の言葉を告げた。
自分と共に行くと言ってくれた彼女―――その優しさと気遣い。
だが、セイバーは絶対にそれを受けるわけにはいかない。承知するわけにはいかない。
彼女を同伴させるという事は自分の戦いに魔導士を巻き込むという事だ。
言うまでもなく此度の戦いに彼女を巻き込んだのは自分。
その挙句、高町なのはは負わなくても良い傷を負ってこうして地に伏せっている。
彼女を再びこんな目にあわせてしまう事などセイバーは絶対に了承出来ない。
聖杯戦争とは謂わば参加者各々の私闘。
その私事に関係の無い者を巻き込むなど騎士として恥すべき行為に他ならないのだから。
無防備な彼女を残して去る事には当然、危惧を抱くセイバーであるが
このような山小屋では人の目につくかどうかも怪しいし彼女の敵に発見される確率は低いはずだ。
ケモノや魔獣が跋扈していたとしてもこの魔杖――レイジングハートが簡易結界を張って防ぎ、彼女を起こしてくれると言っている。
むしろ自分がここにいては逆効果なのだ。
他のサーヴァントにその身を感知されて襲撃される恐れがある。
そしてこんな状態では他のサーヴァントからなのはを護って戦うなど不可能―――今度こそ彼女を死なせる事になる。
「ふふ、このような気遣い……
貴方に聞かせたらまた叱られてしまいますね」
それを素直に話した所でこの魔導士は納得すまい。
むしろそんな言い方をすれば逆に食いついてくる。
困ってる時はお互い様、とばかりに助力を申し出てくるはず。
こんな所は本当に――マスターに似ている。
だから――騎士は黙って出て行かざるを得ない。
「――――はぁ………」
ふらつく身体を引きずるように……騎士は山小屋の扉を開け放つ。
自分とてダメージが抜け切っているわけではない。その重い体を引きずるように―――
セイバーはゆっくりと勝手口に向かい、その戸を開く。
一面に広がるのは岸壁と渓谷―――――
切り立った崖の下からは針葉樹林による緑の絨毯が広がっている。
苦笑する剣の英霊。
これは冬木の地に戻るのに相当手間がかかりそうだ。
小屋を後にする前に……騎士はもう一度、振り返る。
その部屋の奥。 深い眠りについている一人の魔術師。
否、魔導士に向かって一言――――
「必ずまた会いましょう……タカマチナノハ。
この剣にかけて―――――――約束です。」
別れは言わない
いずれまた再会しよう
この素晴らしき友と
その思いを胸に秘め――――
エースオブエースと騎士王の道はここで一先ず別れ、別の道を往く事になる。
本来、交わることの無かった二人の英雄の邂逅。
その物語は―――幕を閉じた。
だかしかし、それはこの世界で繰り広げられる事になるであろう
血で血を洗う壮絶な闘争劇の―――――序章に過ぎないのかも知れない。
――――――
無限の欲望の手によって起動した神々の遊戯版―――
それが次の駒を選別すべく軋みを上げる―――
狂気の愉悦を称えたこの遊戯―――
次に舞台に上がるのは誰なのか……
カラカラと、まるでしゃれこうべの哂いのような音を立てながら起動する選別の祭壇。
その答えは誰にも…………知る由は無い。
――――――
「……………」
「……………」
そして時は今―――――
魔導士が騎士の少女と別れた山小屋にて。
「――――取りあえず話、長っ!」
血みどろのレクリエーションを終えた魔法使いが二人。
ズタボロの身体を横たえながらの情報交換の真っ最中であった。
「話を聞かせる気があるのアンタは!?
途中四回ほど眼を開けながら寝てました私スミマセン。」
「貴方が詳しく聞かせろって言ったから……」
「もっとよく考えて話作りなさい!
そんなだから、ことごとく説得失敗するのよこのバカメっ。」
「……………」
「全く貴重な時間を無駄にした。
この話で分かった事と言えば貴方がその仕事に破滅的に向いてないって事くらいじゃないの……
ほら、バンザーイ! 早く薬塗って塗って!」
「言いたい放題……私だって必死だったんだよ…?」
かつてセイバーと心温まる話をした場所で
それとは全く似ても似つかない、腹ただしい罵倒を飛ばしてくる魔法使い。
蒼崎青子の相手をさせられる高町なのはである。
「それでサーヴァント―――セイバーとはそれっきり?」
「うん……私が起きた時にはもう…」
「ふぅん」
微かに落胆の表情を浮かべる高町なのは。
彼女が再び目を覚ました時―――少女の姿はなく
自分と袂を分かってしまったと理解した時の寂しさは言葉では表せない。
やるせない記憶に苛まれるもその後、身体と魔力の回復を待ってこの山小屋を基点に付近を調査。
その最中に、どこぞの物騒なマジックガンナーにイチャモンをつけられたというわけだ。
(しかし英雄王に騎士王? ……どおりでキモが据わってるわけね。
ウチの世界の上位の神秘と既に一戦交えてたってワケか。)
話を聞くにつれ、内心で驚愕するミスブルー。
やはりこの娘、戦闘力に関しては予想を遥かに上回るレベルにあるという事だ。
「くっそー……こっちはズタボロなのにピンピンしやがってー!
私にやられた傷なんて蚊に刺されたようなもんってか!」
「こちらも相当こっ酷くやられてるよ……見れば分かるでしょう?
ブラスターの後遺症も心配だし。」
青子の所持していた怪しげな処方器具の数々を巧みに操り
互いに互いの治療を施している最中の二人。
「姉貴のとこからガメてきた人形処方が役に立ったわ。
たまには役に立つのね、あのメガネも」
「ミッドチルダには無い凄い技術だよ……傷の塞がり方が尋常じゃない。
それもそちらの魔術の力なの?」
「まあね。たまに肉体変異とか起こってえらい事になるけど」
「は………?」
「いや何でもない」
既に自身の傷口に処置を施した教導官にとって聞き捨てならない呟きは
どうやらその耳に入る事はなかったようだ。
「ところでもう一度確認するけど―――英霊と戦ったのね?貴方は。
一方的にやられたわけじゃなく、ちゃんと戦いになったわけね?」
「うん。でも互角の闘いだったとは思わない……
地力では完全に上をいかれてた。」
「奴ら人間超えてるからね。根本的な部分で上をいかれるのは仕方がないわ。
でも――――攻撃は効いたのね?」
「うん。効きは薄かったと思うけど、確かにダメージは与えてたと思う。」
「…………………」
口元に手を当てて考え込む蒼崎青子。
(やっぱり、そういう事…?)
英霊に―――神秘に攻撃を通した。 サーヴァントの対魔力をブチ抜いたという事実。
「魔法」以外では、この世に現存するあらゆる魔術は騎士王の影を突破できないというのに。
同じ魔弾使いでありながら何故かこの相手の「魔法」を見た時、胸くそが悪くなった。
生理的嫌悪が先立ち、何が何でも否定してやりたくなった。 アナタのそれは魔法じゃないと。
そして今聞いた話を総計して………
目の前の娘やその世界の住人の使う「魔法」とやらが青子の考えている通りのものだとしたら―――
(水と、油……)
それはどこまでも相反し、反発し合うモノであるのかも知れない。
表情には出さないミスブルー。
だが、あまり芳しくない仮説が立ってしまった事に―――心の底で焦燥を覚える。
「ときになのは―――貴方の所属する……その管、」
「時空管理局?」
「そう、それ。 アナタはその下で動いてるのよね?」
「うん。正式に勤務して結構長いよ」
「じゃあ今ここで起こってる事―――上に揚げるワケ?
英霊や、私の使った……魔法の事とか。」
それは何気ない質問だった。
少なくとも、なのはには他愛の無い質問に聞こえた。
その問いに隠された意味―――その声に微かに込められた危険な響きに―――なのはは気付くのが遅れた。
「そうなると思う。まだ上手く報告書に纏める自身ないけれど…」
故に気付けないままに対話した―――魔法使いに背中越しに答えた。
「正直、話が複雑で私一人の判断では動けない。
もし戻れたら一度、上の指示を仰がない、と…………ッ!」
突然、自身の心臓を背後から貫かれたかのような錯覚に襲われ―――
相手のたくし上げたシャツの下をまさぐって塗りたくっていた軟膏をその場で放り出し、勢い良く飛び退く教導官。
「――――――」
そのまま―――待機モードとなった己がデバイスを握り締め……
緊張さながらに相手を見据える。
「――――どうしたのよ?」
「どういうつもり……?」
「何が?」
眼前にて向かい合う両者。 その常に称えた笑みを完全に消し去り―――
狼のような鋭い視線をこちらに向けてくるミスブルーに対し、なのはも冷徹なる戦意をぶつけて相対する。
「何かヘンな事言ったかな……私?」
「だから何がよ?」
「どうして……殺気をむけるの?」
「あらら何とも―――――――鋭いね、このコは。
時代劇で主役張れるわ。」
「はぐらかさないで」
ふざけている――そんな言い分は通用しない。
今、背中越しに感じた殺意は紛い様のない本気のものだった。
幾多の戦場を駆けてきた高町なのはがそれを読み間違える筈がない。
「青子さん」
厳しい視線を崩さない高町なのはに対し、青子はため息を一つ―――
「いや何ね……ちょっと愕然としたついでに
アナタ、少しおつむが足りないんじゃないの?って思ったのよ。」
「意味が分からないよ」
「分からない? 本当に?」
くしゃ、っと頭を掻き毟るミスブルーである。
「………だから致命的なんだって言ってるの。まあ無理も無いんだけどね。」
なのはに対しての最後の言葉はもはや、ぼやきに近い。
「なのは。歴史のお勉強」
「………?」
「フロンティアを気取る余所者がネイティブに対してする行動。
仕打ちは場所、時代を問わず終始一貫している。
―――――さて、どうするでしょう?」
「……………」
まるで自分を試すような青子の口調。
威圧されている感がどうしても抜けなくて、なのはの声も固くなってしまう。
「ひょとして……管理局の事を言っているの?
言っておくけど局は征服とか、無茶な武力介入はしないよ。ちゃんと相手の話は聞くし。
過ぎた力の暴走や破壊を止めるために介入はするけど、それは危険な力を抑止・保護するだけ。
必要以上の関与はその趣旨じゃない。」
「保護、ね。 じゃあ対象がその保護を拒んだらどうなるの?」
心の奥底まで覗き込んでくるようなミスブルーの視線にチリチリと全身が総毛立つ。
そんな感触に駆られつつも臆することなく答えるなのは。
「なるべく現地の人達との軋轢や摩擦を起こさないように対処するから
相手や付近に気づかれないように陰ながらに対応する、と思う。」
「ナルホド模範的な答えね。
ハネ返ったマヌケは気づかないうちにビーカーに入れられてるってワケ?」
「介入に対して断固とした姿勢を取ってくる人も中にはいるけれど
仮に戦闘になったとしてもギリギリまで相手を傷つけないよう留意する。
あくまで対象の保護が最優先だから……そのための非殺傷設定だよ。」
「―――――はぁ……」
ため息の連続だ。 本気で気が重くなるブルーである。
やはり根本的に世界が違う……何も分かっていない。
その「保護」という題目が――――まさにこちら側にとって死活問題だという事に。
恐らく目の前の純真無垢な娘はその保護とやらを嬉々として受け入れたのだろう。
そして組織の管理化に入り、平和のために力を与えられ……もとい、その力ごと飼われて尖兵として飛び回っている。
お国のために働く警察や公務員といえば聞こえは良いが、その力はとてもそんなかわいいものでは無い。
単純に自分が、そんな公務に勤しむような連中と相性が悪い事も相まる胸クソ悪さも手伝って―――どうしても尖った思考で見てしまうのだ。
(この目の前の、正義を本気で信じている娘のように………
管理局とやらの「保護」を素直に受け入れる輩がこちらの世界にいる?)
断言する。そんな奴は一人もいないだろう。
神秘とは人の手の介入を許さないから神秘なのだ。
つまりはよく分からないモノだからこそ力を発揮する。
だが管理局――――ミッドチルダの力とやらは、それとは全くの真逆の存在。
発展に発展を重ねた科学技術。
それによって紡がれたプログラムにより術式を技術化・体系化して行使される力。
その技術は異次元間の航行や人体練成……つまりはこの世界における禁忌の領域。
「魔法」に匹敵する程にまで至っているのだ。
それほどの科学技術を持った相手に保護される。
そんなモノと、こちらの世界が混ざり合えば――――
秘匿に秘匿を重ね、星に脈々と受け継がれてきた神性は………どうなる?
(取りあえず私らは失業ね。
この地球に魔法使いは――――)
――――――――いなくなる………
全てを白日の下に晒され、犯しつくされる事だろう。
その技術という名のメスによって。
どうだろうか―――そこまでの介入をされた以上、抑止は動くだろうか?
一応、表面上は平和的な営みである以上、アラヤもガイアも静観を決め込むだろうか?
協会とか教会とか、あそこら辺はこの第三者の介入を決して許しはすまいが。
どの道こんな風に力を巡っての異世界間の交流は、大概ロクな結果を生み出さない。
両者間に決して小さくない波紋、諍い、最悪の場合は全面戦争もあり得るだろう。
「………」
目の前の魔法少女の言う時空管理局という組織。
彼女の言葉が眉唾でないのなら、その規模・力は想像の範疇を超えている。
太陽系はおろか、地球圏以外に他の知的生物の存在すら認知していない地球人類の前に突如現れた
宇宙全域に広がる管理局という組織……まるでどこぞのSFだ。
目の前の娘の話だと管理局というのはそこまで物騒な集団ではないとの事だが
物騒な対応をしないのは相手が従順だからであって、もしそうでない場合は……?
徹底的に抗う姿勢を見せた相手に対し、その巨大な力を持つ組織がどういう対応に出るのか…?
彼らの目には、手段を問わず、ただ「頂」に至る事を第一とするこの世界の魔術師はどう映る?
法やら秩序やらを重視する者たちにとってむしろ物騒な存在はこちらではないか?
高町なのはは「魔法使いは大勢いる」と言った。
それはこのテの魔法使い―――似たような武装をした連中がごまんといるという事だ。
この高町なのはレベルの敵がわんさか攻めて来る事を考えると
「ぞっとしないわ……」
シャレにならない事態になる。
英霊と五分に戦う奴らが大挙して攻めてくるのだ。
もはや戦いにすらならないだろう。
(は、はは………何よコレ?)
あらゆるifを想定し、考え尽くし――― げんなりしてしまう青子。
これではまるで小学生の頃に見た荒唐無稽なハリウッド映画と変わらないでは無いか?
とにかくあまりにも相手の事が分からず、それに大して情報が少なすぎて想像すら出来ない。
事態は深刻な所まで進んでしまっているのか? ただの取り越し苦労なのか?
―――何も分からない……
(何だか重い話になってきちゃったわねぇ……)
額に皺を寄せ、深く考え込むブルー。
そして青子の動向を逐一見逃さぬよう、その表情を凝視するなのは。
エースオブエースの視線に晒されている事をまるで無視して、考え込んだかと思えば、ため息をつき
空気の凍るような表情を見せたと思えば、う~…といったダレ顔になる。
「青子さん?」
「考えてる……話しかけないで」
その百面相をまじまじと見ていたなのはが声をかけるが
決まりが悪そうに青子の方から、つい――、と目を逸らすのみ。
ガシカシと頭を掻く仕草があまりお行儀が良いとは言えない。
(完全に魔法使いの専門から大きく外れる事態になってきた。
イマイチ実感が沸かない……ジェダイの騎士とか呼んで来いっつうの。)
そうだ。今の状況を簡単に言うと、それはファンタジーとSFが混ざり合うようなもの。
流石の魔法使いも全ての事態を的確に把握できるはずがない。
そもそも彼女は自分達の愛する世界を護りたい!というガラでも無い。
それはある意味、達観した有り様だっただろう。
超越した力を持つ人間が過度な思い入れで行動すれば、それはときに悪い結果に転がってしまう。
だからこそ浮世の事にはなるべく関与しないよう努めてきたのだが。
「――――――ま、いいや。」
だがそれでもこれだけ大きな事態に関わってしまった以上――スルーは出来ない。
「さて、これからどうしようか……当てはあるんでしょ?」
「いや、当てはこれから探すつもり。
引き続き調査待ちというところだけど……」
「どんくさい公務員ねぇ」
「…………放っといて」
自分は魔法使いなのだから―――そして目の前に魔法少女なんてモノまでいるのだから。
昔のような臭いノリで事に当たるのも悪くはないかも知れない。
「私も付いてったげる」
「え”?」
「………」
「………」
突然に切り出された同行の意――――
いつぞやの騎士に対し、自分が申し出たそれを今度は目の前の女性から自分が受ける事となった高町なのは。
それはあの時と同じで判断としては悪くない。
前後不覚の現状で一人よりは二人で行動した方が間違いなく安全であるからだ。
「………どうやら異世界の魔法使いは礼儀を知らないと見えるわね…」
「う、ううん! ち、違うの……そうじゃなくて。」
だというのに、一瞬表情が強張ってしまった高町なのはに対して
こめかみをピクピクさせる青子さん。
流石の傲岸不遜なマジックガンナーも、厚意を向けた相手にあからさまにイヤそうな顔をされて深く傷ついたようだ。
「サーヴァントには一緒に行こうとか言って泣きついたんでしょうが?
心細いアナタのお守をしてやろうという私の親切心が分からない?」
「別に泣きついたわけじゃない……」
「じゃ、取りあえず―――」
「え? あの……」
目の前の長髪の魔法使いが簡素なTシャツをおもむろにたくし上げ
その一糸纏わぬ姿をなのはの前に晒していた。
「さっきの続き続き♪」
「……………」
寝床にごろんと寝転がりながら床に落ちてる軟膏を指差して、カモン!と手招きするブルー。
目の前のスレンダーで無駄な肉の無い裸体を全く隠さずに。
(………………つ、疲れる人だ…)
誰とでもニュートラルに接する事が出来るのがこの教導官の美点であり長所だ。
だが、はっきり言って………ちょっと苦手な部類に入るかも知れない。
なのはにとってこの蒼崎青子という人物は。
(アリサちゃんを常時怒らせたようなものだと思えば我慢できなくもないかな……)
礼儀正しさの見本のような彼女であるが故に、ここまで無礼で無遠慮で
人の領域をドカドカ踏み荒らす人間を前にしてはやはり戸惑ってしまうのだろう。
珍しく他人に振り回されながら、塗り薬片手に暴虐ブルーに奉仕するエース。
対して青子の方は――――ぶつぶつ文句を言いながらも存外にも目の前の娘の事を気に入りだしていた。
まああくまでも……根性があって真面目でからかい甲斐のある「玩具」としてであったが。
まるで正義を純粋に信じていた学生時代の恥ずかしい自分を見ているようでSっ気が刺激され、ついイジりたくなってしまうという面もある。
同じような世界を生きていながら、昔、自分が置いてきたものを今もなお持ち続けている異世界の魔法使い。
旅のお供としてこれ以上の肴はない。 退屈しない道中になりそうだった。
「じゃあ塗るから。動かないでね」
「痛くしたらぶっ飛ばすわよ。
ああ、それとそのツインテールが腰に当たって気持ち悪い。
切りなさい。今すぐ」
「…………」
――――――パンッ!!!
「きゃひィッ!!!???」
軽口をたたく患者の背中の傷口を思いっきり張るなのは。
青子がシメられたニワトリのような悲鳴を上げる。
「ごめん……痛かった?」
「か、――――こ、こ……」
「そう、傷を負えば痛い……その痛みが分かるなら二度と他人に乱暴しようなんて考えない。
簡単に人をぶっ飛ばすとか蹴っ飛ばすとか強い言葉も使わない。
それから……あ、ほら動かないで青子さん。また手元が狂うよ?」
ベッドの上でのたうち回る青子を押さえつけて冷淡な視線を向けながら説教を落とす教導官。
前言撤回。易々と玩具にされるようなタマではない……この高町なのはという人物も。
物静かでとてもそんな風には見えないが―――高町なのはもまた、どちらかと言えばS属性なワケで……
「このガキ! 歯を食いしばりなさいッ!!」
上に乗っかっていたなのはを押しのけて青子がガバっと起き上がる。
「その若さにして総入れ歯になる覚悟は既に出来てるワケだ!
明日の朝食は何がいい? 噛めない顎で食べられるモノを用意してあげるわ!」
跳ね飛ばされ、ベッドから転げ落ちて床に叩きつけられるなのはだったが
そのまま無理なく受身をとって、中腰の姿勢で相手を正面に構える。
「そんな心配しなくていいよ……朝食くらい自分で作れるからっ! バインドッ!!」
山小屋に響くドタンバタンとした喧騒はもはや何度目になるか分からない
魔法使い同士の取っ組み合いの音。
セイバーとは全く逆のベクトルになるが―――これはこれで良いパートナーなのかも知れない
この後、暫く彼女たちは行動を共にするわけであるが、道中は終始こんな感じなのであろう。
―――この娘の世界と自分達の世界は決して関わるべきではないと思う………
だが、喧騒と戯れ交じりの中にあって――青子の思考には未だ拭えぬ陰があった。
閉鎖的な意見と言ってしまえばそれまでだが、それでも彼女は秘匿された世界のその頂点に位置する魔法使いなのだ。
今は悪ふざけのノリで高町なのはと話している彼女ではあるが、自分の立ち位置・彼女の立ち位置を考えた場合
恐らくこの先、迎合の道を往く事は無いのだろう。
――― いつか本気で……今度は命を賭けて戦うことになるかも知れない ―――
ドタバタ騒ぎの喧騒に紛れ、それでも青子は飄々とした笑みを崩さない。
その瞳に暗雲と漂う暗い感情を映すことは無い。
時が来るまで―――決してその隠した牙を表に出さずに、彼女は高町なのはと共に行く。
(このコを見る限りじゃ取り越し苦労だと思うけど……
多聞に漏れず色んな人間がいるからね。 どの世界にも――――)
各々の思惑が錯綜するこの世界。
今宵、魔法使いたちの夜が―――――人知れず明けていく。
この二人の出会いが幸福なものとなるか………今はまだ誰にも分からない。
最終更新:2010年03月31日 08:22