セイバー …………何故気づかぬ?―――
、、、黙れ……
それは一体誰の言葉だったか
頭に響く言葉を彼女は必死で振り払う
己が言葉の矛盾に―――
、、黙れ……黙れ……
偽りの世界で偽りの体を引きずって
お前は一体何時の聖杯戦争を ―――
、、戦っているというのだろう…?
ギリっ!、、と…彼女の奥歯が軋む音がした
その言葉が脳漿に染み渡り
全てを肯定、理解してしまいそうになり
かぶりを振って――――全てを追い出し、否定した
そして再び幽鬼のように彷徨い続ける
最愛の主の姿を求めてただ一人
「ハァ、、ハァ、、、、」
激戦を終え、とある魔道士と別れた彼女が
今、深き森を抜け山道を超えて歩を進める
その息は尋常でなく荒い
おぼつかない足取り
小さな肢体がフラフラと夢遊病者のように揺れる
「く、、そ――」
その少女―――サーヴァント・セイバーは天を仰ぎ見て近くの木に寄りかかったまま
ズルズルと崩れ落ち、、大地に尻餅をついてしまう
尋常な事ではない
数え切れぬほどの伝説とそれに恥じぬ最強の力を持ったこの騎士が
このように容易く、無様に背中を地につけるなど有り得ない
額を落ちる滝のような汗が頬を伝い流麗な顎の線を通って地に滴り落ちる
焦燥しきった表情
目の下には深いくまが刻まれ
そこには万の敵を震え上がらせる武の威も歴戦の勇者の面影もなく
彼女本来の力強さがすっかりと影を潜めてしまっている
剣を支えに一歩、一歩、体を引きずるように歩を進める姿はまるで敗残兵のようだった
先の戦いで限界以上の魔力を放出した身体が既に深刻な状況である事はセイバー自身、承知している
(――――、)
蒼白を通り越して真っ白なその顔にはしかし深い苦渋と共に一抹の懐疑が浮かんでいた
そう、、おかしな話なのだ…
限界以上の魔力行使―――それはサーヴァントにとっての消滅、、死を意味する
エクスカリバー、アヴァロン、風王結界 ・ ・ ・
最強にして最悪の宿敵を前に、己が所有する宝具を総動員し
死に物狂いで辛うじて退けるに至った先の激戦
その戦いによって彼女は確実に自身の魔力総量の限界を超える戦いをしてしまった
だが………自分はまだ此処に在る
それはつまり、、補充がなされているという事――
外部からの魔力供給が少なからず為っているという事――
辛うじて身体を動かせるくらいの極少な補充ではあるが
それが今、か細い糸となって彼女を現世に繋ぎ止めているのだ
そしてそれはつまり――パスが通っている――
という確信に繋がる
それこそが彼女の希望にして
主が健在だという確信に繋がった
主とは言うまでもない
凛や、間桐桜がマスターだったのなら空になったタンクはつつがなく満タンになっている事だろう
それだけの魔術基盤、魔力量が彼女達にはあるのだから
だからこの拙い、極少の供給こそ逆に彼女がもっとも安息を感じるものだった
何故ならそれが――主が「彼」だという確固たる証明であるのだから
彼女の愛するマスター ―――衛宮士郎
(すぐに……一刻も早く彼の元に戻らねば……)
不覚を取ってしまった
彼のサーヴァントでありながら、わけの分からぬ術中に嵌り長くその身から離れてしまうという不覚
その身体の内に脈々と感じる繋がり
それを辿って行けば必ず……令呪の導きが再び彼と引き合わせてくれる――
、、、その筈だ――
その揺ぎ無い確信の元に
彼女は歩いた
何千里、と
…………………だというのに、、
辿っても辿っても―――
どれほどに辿っても――
決して辿り着けない――
(どうして……どういう事だ…?)
焦燥と懐疑の中で騎士は今、ゆっくりと――限界を迎えようとしている
頭が痛む
脳髄が軋む
それと共に――
彼女の腕が、存在感が、希薄になりつつある
肉体が現界を保てず崩壊してようとしている
「っ………!!」
目をぎゅっと瞑り両の肩を抱きしめて、彼女はその場にうずくまってしまう
消え行く肢体を何とか現世に留まらせたい
この身体を繋ぎ止めたいその一心で――
(こんなところで……こんな、、)
そうだ、許されない
相手があの英雄王だったなど言い訳にもならない
自分は誓った
例えこの身が砕けようと御身を守り抜くと
だというのに、マスターの与り知らぬ所で傷つき果て
勤めも果たせずに人知れず消えていくなど…
「シロウ……私は、、」
一人の行きずりの魔道士と共に戦った
彼女を巻き込んだ、せめてもの責任として何とかその命を救うため
死なさないようにするために自分は粉骨砕身戦った
マスターに委ねるはずの力の全てを使って戦った
そして、、このザマだ
―――間違っていたのだろうか…
介入してきた彼女を見捨てて、一人あの場を引くという選択
騎士としてあるまじきそのような選択を、、
サーヴァントとしての責務を鑑みるならば――取らなければいけなかったのだろうか?
霞む視界に彼女のよく知る人懐っこい人の顔が浮かぶ
―― セイバーは間違った事なんてしてないぞ ――
その人が、そう言って褒めてくれたような気がした
そうだ――彼はその行為を決して咎めたりはしないだろう
自分の事より、困っている他人を
死に行く他の命を救った事を決して咎めたりはしない
「シロウ…」
納得できないのは自分だ――
彼の剣として戦う事を決めた
国を愛し、救国に全てを捧げたあの強い信念
それに匹敵するほどの想いを彼に抱いた
――抱いてしまった
会いたかった
誰からも理解されなかった孤独な王が絶望の末に辿りついた――
―― 彼こそが彼女の鞘だったのだから ――
「マスター…………」
掠れる声で、少女は彼の名を呼び続ける
揺らぐ意識が消え行くその瞬間まで――
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
マスター?
「シロウ?」
そしてその意識が、強固なる意思が途切れかかった事により、、、
彼女はついに―――
――― 侵入を許してしまう ―――
「リ、、ン?」
先ほど自分は何と考えたのか?
凛や、間桐桜が…………
――― マスターだったのなら? ―――
何故?
どうしてそんな仮定が頭を過ぎるのだろう?
決して仮定や夢の類でなく、それは確実な存在感を以って彼女の中にあった
自分が令呪による従属を許したのは―――1人ではなく、、
衛宮士郎
遠坂凛
キャスター
そして――
「サク、、ラ」
彼女はついに至ってしまった―――ソコに
――――――
ザザザ、、ザザ、ザザ―――
それは彼女の思考を切り刻むノイズの音
そう、、このセイバーの異変
その消耗は決して――魔力が尽きかけている事によるものではなかった
何かもっと別の取り返しのつかない何か――
ザザ、、ザザザ―――
震えていた、、
剣の英霊が、、万の軍勢を前にして恐れぬ勇壮なる騎士王が
夢と呼ぶにはあまりにも鮮明な
脳裏によぎる昏き記憶に恐怖する
その光り輝く肢体は闇に堕ち
萌葱色の瞳は落ち窪んでくすんだ金色に
死人のような顔色
全身を汚泥に侵食され、頬の下にまで至る侵食の跡は恐らく
鎧に隠された裸身を露にすれば全身に行き渡っている事だろう
そんな失落の黒騎士が――
今、地に伏せたセイバーの前に立ち、彼女を見下ろしていた
―――それは夢か幻か
太陽の如き黄金の光を放っている筈の聖剣は漆黒に染まり
その姿はあまりにも醜く汚らわしい
(ッッ……、、妄念……)
堕落した自身の姿にセイバーは嗚咽の声を漏らす
それは自分と相反する存在であり
それは決して相容れぬものであり
それは彼女にとって、容認など出来よう筈も無いものであり
そして……どうしようもなく彼女そのものであった
堕天の騎士王――黒きセイバー
何故、自分の中にこのような記憶があるのか
何故、突然にして記憶が蘇ってしまったのか
分からない、、、分かりたくもない
このような自分など想像した事すらない
ワルイユメとしか言いようのない
だが頭にこびり付いた、その埒もない悪夢は今
己が身に現実のものとなって、、
――― 彼女を侵食する ―――
自分を見下ろしていた漆黒の影が
彼女――セイバーにゆっくりと近づいてくる
「ああ………あ、、、――」
恐怖の声をあげるセイバー
彼女を知る者ならば耳を疑ったであろう
それは生涯においてあらゆる戦場で決して漏らす事のなかった
まごう事なき怯えの声
黒き手甲が彼女の頬に触れ
青白い貌が彼女の顔を覗き込み
穢れた身体が彼女の全身に覆いかぶさる
その瞬間
――騎士のその手が黒く
――騎士のその瞳がくすんだ金色に
「やめ、、ろ……―――」
――彼女の鎧が、そして聖剣が黒く
その気高き肢体の全てが今、変貌を遂げようとしている
「イヤだ……シロ、ウ―――」
もがくように身体を震わせ虚空に手を伸ばす
救いを求めるように……
誰かの助けを望むよかのように……
得体の知れぬ黒き影に為す術も無く食い尽くされる己が身に絶望し
騎士は声にならない断末魔の叫びをあげる
次々とダウンロードされていく
決して許されざるキオク
黒化し、己がマスターに牙を剥く自分
旅路の最果てに見つけた自らの鞘を打ち砕く自分
愛するものを破滅に追いやる自分
止め処もなく溢れる涙と共に
全ての記憶を共有する事となった彼女は――その精神を自壊させ、、
―――穢れた汚泥に全てを犯されていった
それがある一つの逃れえぬ結末―――
―― 終局のカタチ ――
―――― 検閲 ――――
……………………
……………………
……………………
―――― 削除 ――――
「――――、、……」
吹き荒ぶ風の中
騎士の少女はその身を地に横たえる
「――――、、!! 、、、!!!」
薄れ行く意識の中―――誰かが自分に向かって叫んでいた
霞む視界に映る
自分の顔を覗き込む瞳の光
―― 一つしか無い瞳の光 ――
その薄れ行く記憶を最後に、、、騎士はその意識を完全に落としていた
――――――
(―――欠陥品だな、、まるで)
眼前に広がる見知らぬ天井
意識が戻って初めて眼にしたそれを呆と見やりながら
そんな自嘲が頭を過ぎったのは、何回目の試行錯誤の後だったか――
その身を、少し固めのベッドに横たえながら――
もはや無駄と悟りつつ、私は己が意識に埋没する
サーヴァント・セイバーとしてこの世に現界したこの身
我が名はアルトリア・ペントラゴン
選定の剣を引き抜き
祖国の王として身を捧げたるも
我が身は国を、万の民を、億の思いを背負うにあたわず
故に祖国を滅びに導いた………
揺るぎようの無い事実にして
この身に刻まれた確かな記録――記憶……
その運命を覆すべく
我は世界に願いを託す
聖杯による救済を望み
聖杯の存在ある所を求め
この身が死する瞬間、世界と契約し
死後の自分を差し出すという形で英霊の座に就く事となる
先ほどから何度も何度も繰り返し
己の記憶を頭の中で反復させている
その悠久の時を経て
辿り着いた時代
冬木の聖杯
それを一度目の邂逅にて取り逃がすも
同地に再び、奇跡的に現界した私は
前マスター・エミヤキリツグの息子――エミヤシロウと出会い、、
「…………」
……その後、、、そう……
その後、私は――――
記憶が途切れる
どうしても思い出せない…
召還された第5次聖杯戦争
それをどのように、どのくらい戦ったのか
今の状況は? どのような経緯で自分はシロウの元から離されたのか?
この地に降り立つ前、自分は何をしていたのか
初めの記憶では衛宮邸で待機していたのか否か……?
―――分からない
突如にして、この見知らぬ大地に立つ事となった私は、そこで魔道士タカマチナノハと出会い
まるで吸い寄せられるように剣を交える事となる
そしてその後――英雄王ギルガメッシュと遭遇
先ほどまで戦っていたナノハと共闘するという奇妙な成り行きとなり――
全ては互いの焦りと誤解と偶然の生んだ事柄
その舞台、状況があまりにも整い過ぎていた事に違和感を拭えないが……
ともあれ、これは覚えている
その後、彼女を山小屋に残して―――
…………………………
―――分からない
その後、どうなった……?
昼夜刻みのように途切れる記憶はこれが初めてではなかった
ナノハと別れ、山林を越える際にも度々怒った事
まるで夢うつつの中を歩いているような感覚――
不完全な状態で召還されたサーヴァントは稀に記憶や能力に弊害が出る
酷いものになると自分の真名さえ忘却している事もあるというが…
―――もどかしい……
完全な前後不覚
己が記憶が頼りにならない状態とはこうも情けないものか、、
虚空に目を泳がせながら―――私は一人、臍を噛む
そう、、、それと……
―― 何か、、重要な事を思い出したような気がするが ――
耐え難いほどの苦痛と憐憫と後悔の果てに、、私は何かを―――
―――これも思い出せない
このもどかしさの最大の原因は此処にもあった
記憶がザックリと抉り取られているような感覚
胸の奥に大きな空洞が出来たかのような
確かに何かが在ったその部分はしかし、その存在の大きさを感じさせるのみ
肝心のナカミは綺麗さっぱり無くなってしまっている
その感覚は、ただ不快と空虚を感じさせるのみ――
「……私はナノハと別れて、、そして」
何度目になるか分からぬ自問自答が全くの無意味である事を悟り
私は思慮に耽りながらも自分の身体、各所の点検を同時に行っていた
戦場にその身を置くものとして最低限の構えを怠るわけにもいかない
己が内に埋没し、その状態を一つ一つ探ってゆく
魔力………回復している
供給源からのパスも正常
剣は――我が内に在る
鎧は―― ………外れている?
肉眼で肩下を確認する
今の自分の様相を肉眼で認め――
(、、何だこの格好は……?)
―――、、些か驚いてしまう
初めは何も纏っていないのかと思った
それほどに凹凸も意匠もない、素肌に吸い付くような青い着衣は
一瞬、全身の肌の色が群青になったかのような錯覚を起こさせる
体の線を浮き彫りにするほどに密着したボディ・スーツとでもいうべきものであったが
体を締め付けるような事はなく、むしろ肌の触り心地は良い
その上から、軽い羽織り物(寝巻きだと思うが、下のスーツとは合っていない)を肩からかけた―――
それが自分の今の姿だった
意識のない自分がこうして家屋の中で見知らぬ衣装に身を包み
整えられた寝具に身を落ち着かせているという事実
昏倒して意識を失っていたのはほぼ確実
意識と切り離された体が我が意思とは無関係に行動していたという事も考えられなくはない…
この記憶の不良――よもやとは思うが、私自身が何者かの術中に嵌って傀儡と化している可能性もある
後者だとしたら――、、
あらゆる魔術、呪術的要因に対し耐性を持つこの体を支配するほどの何かがあるというのか…?
先日のナノハとの闘いで彼女の魔術は
私の対魔力を意にも介さず、この体を見事穿っていた
ならば私の体内の因子を全く意に介さぬ技術体系によるもの―――
「………」
全ては過程の域だが――
ともあれ、強がって魔道士の前で気丈に振舞ったは良いものの
まるで術も当ても無く、このような不覚に苛まれているのだから情けない話だ…
「―――ここは……?」
意識を覚醒させて今の状況を知ろうと立ち上がる、、と同時
「…………、、、、、、 ッ!!!」
体が無意識に反応し、私は戦闘体勢を取る
それはカタ、カタ、と――
部屋の外から誰かがこちらへ近づいてくる音に対してのもの
そうだ、先ほどから懸念していた事は言うまでもなく――
意識も無いこの身が、見知らぬ部屋で床についていたという事は
夢遊病者のように徘徊する悪癖でもなければ、、誰かがそうさせたという結論になる
掛け布の下にあろ右手はいつでも剣を抜ける状態にしつつ音の先――正面の扉を油断なく見やる
こちらに害意を及ぼす気なら意識が堕ちている時にされている筈だ
ならば敵意のある者ではないのだろうが、、、
カチャリ、と――木製の戸と枠が軋む小さな音と共に扉が開かれ、、
「おっと……気がついたのか?」
柔らかいが張りのある第一声が私の耳に届いた
「…………」
凝視していた戸
その開いた合い間からスルリと部屋内に入り込む人影
それは私よりも小柄な、、
長い銀の髪を背中まで垂らした少女であった
華奢な肉付きの体に、幼さを前面に出した容姿は
美しさというよりむしろ健康的な愛らしさを感じさせる
「………」
「ふふ…」
対面してすぐに、その少女はこちらを興味深げに無遠慮に眺めて忍び笑いを漏らす
決して邪悪なそれでは無いが、、そう……これは好奇心か
ともあれ、あまりにも無遠慮に見据えられると聊か居心地が悪い
もっともこちらも相手を値踏みしているのだからお互い様なのだが――
そして故に私は、その容貌に異様さを醸し出しているモノにすぐに気づく
全身を簡素というには余りある、青と群青のスーツに身を包み
(これは今、自分が着衣しているものと同じものだ)
そしてその上から薄い黒系の着衣を羽織っている
年頃の娘の服装に似つかわしくない
それは、あらゆる無駄を省いた機能美のみを追求したものであろう
―――そして最大の違和感
10代前半とさえ言える幼い容姿
その顔には目の光が―――1つしかなかった
幼い少女の片目には似つかわしくない無骨な眼帯が施され
その調和を乱しかねないパーツが皮肉にも
彼女の最大の特徴として印象に残ってしまう
以上が私の、その少女に対する第一印象であった
注意深く、現状を探っていく私と
そんな私を見て、柔らかい笑みを浮かべたまま首をかしげる少女
「どうした? 何か欲しいのか?」
「い、、いえ……」
広さにして六畳くらいの一室だった
どちらかというと西洋風の作りの部屋
そこには自分と彼女の二人きり
それとなく周囲に目を通す自分に、少女は屈託なく話しかけてきた
油断は出来ないとはいえ、こちらを心配してくる隻眼の瞳には相手に害を及ぼす光などは微塵も感じられない
「済まない……記憶が混同していて、、私は一体…」
「倒れていたんだよ、お前は」
情けないほどにしどろもどろな私の言動に
予め答えを用意していたかのように彼女は言った
「凄く苦しそうだったぞ…ずっとうなされていた
半刻前からだいぶ落ち着いたからホッと胸を撫で下ろしてたトコだ」
………
私は、いつでも剣を抜けるように
込めていた右手の力を抜く
油断は出来ない、、、出来ないが――
彼女がこの身を介抱してくれた事はどうやら事実のようで
その者を相手に、懐の剣をいつまでも向けているのは義に反する
「そうですか……これは――貴方が?」
「きつい道中を越えてきたんだろうな……加えて吹きさらしの中に倒れてたんだ」
この身を包む衣服を指して尋ねる私に少女は答える
「とにかく汚れが酷かったから、そのまま寝かせられなくてな
洗い場で全身を洗浄させて貰ったぞ
鎧は外した時に消えてしまったが……、問題あったか?」」
「は、……? い、いえ…」
くいっと通路奥の部屋に目配せして(恐らく浴槽だろう)そんな事を言う少女に対し
一瞬、何を言われたか理解できず
口から言葉にもならない戸惑いが漏れた
「この身に湯浴みを施したというのですか…? 貴方が?」
「ん?」
振り返った少女が、目をパチクリとさせながら答える
「そうだけど、、恥ずかしがる事ないじゃないか? 同じ女性体だろう?
それに私は姉妹一の洗浄上手でな……そういうのは得意なんだ」
「い、、いえ……そういう事ではなく」
無論、気恥ずかしくないといえば嘘になる
古今の王は従者に体を清めさせる者がほとんどだというが
性別を偽っていた私は、そのように他者の手を借りて湯浴みをした事はない
故に、やはり気まずさが先行してしまうのだが、、だがそんな事ではなく――
「そ、それでもなお、私は寝こけていたと…?」
そうだ…
見知らぬ者の接近を受け、その身に接触を許したにも関らず
この身体がそれを全く知覚しなかった、と……
「…………疲れてたんだろ――相当」
………
そう言ってくれる少女であったがそれは言い訳にもならない
何という体たらく……相手がサーヴァントだったら何百回殺されていたか分からない
我が身の不調も深刻か……
原因を突き止めなければ、聖杯戦争を戦うどころではない
しかし――今はともかく目の前の少女に謝意を示す時
まさかそんな事までさせてしまったとは…
完全に脱力した人間というのは、とにかく重い
それを家屋まで運び、介抱して湯浴み、着替えを施すなど
小柄な身には有り余る重労働だった筈
「……重ね重ね迷惑をかけたようですね
不甲斐無い、、我が身には、――」
「しかしまあ……」
礼の言葉を述べようとした私であったが
少女はそんな私の言葉頭を抑えるように
ずいっとベッドに身を乗り出し、、
私の体に覆いかぶさるように、目の前にその小さな体ごと接近してきたのだ
少々息を飲む
「……なんでしょうか?」
眼前にて、まじまじと人の顔を凝視してくる隻眼
ここまで無遠慮に間合いを犯されると、殺気がないと分かっていても無意識に反応しそうになる
それをぐっと抑えるも、あまりに間近に少女の顔があったため
知らず少しのけぞってしまう
少女はしばらくそのまま私の顔を凝視していたがその後、瞳がつつ、と下方に移り、、
「胸、、無いよなぁ……お前」
人の胸元を見下ろして……そんな事を言った
「は……はい、、?」
「初めは本当に男かどうか判断に迷ったぞ
洗浄してやる時、全部剥いて、下を見て、ようやっと女だと確信した
私も体型の事で散々、妹達にかわれたけど……下には下がいるな、うん!」
「な、、」
言ってカラカラと笑う少女に対し
カァ、と頬が紅潮するのが自分でも分かる
(ぶ、無礼な……)
いきなりな侮辱に声を荒げそうになる私であったが、、、
彼女は仮にも自分を介抱してくれた恩人である
この程度の事で叱責など出来よう筈も無い
「いや、変な意味じゃないんだぞ? 妹にお前と負けず劣らずの奴がいてな
あいつ性別どっちだよ!?って皆で話し合ってた事を思い出した……なつかしいなぁ、、」
ニマ、と子供そのものな笑みを向ける少女
内心の憤慨を悟られないように言い返す
「私は騎士です――そのような事、気にした事はありません…
望むならもう少し屈強な肉体であれば、、と思い悩んだ事はありますが」
虚言ではない
生前は元より、サーヴァントとして現界した後も自分を女性として扱う気などなかった
女性の造形の魅力など私にとっては無用の長物であろう
だのに、、そうだ
今、一抹の口惜しさを感じている事実
その一面を祝うべきか嘆くべきか、、判断に苦しむところだ
……………
仕方がないではないか、、
シロウに、ただの女性として扱われるようになって久しい……
可愛い物に目を引かれたり、市場の施設で女性の水着を着て泳いだり
そんな自分を―――あの方は許して、、否、喜んでくれるのだから、、
サーヴァントとして自重せねばならないのは百も承知だが……
……………
(―――何をやっているのか、私は……)
愚慮に逸れた思考を一刀両断し
内心の恥すべき妄執を全て振り払う
ともあれ、こうして人と相対しているのに
いつまでも床に伏す姿を見せ続けるわけにもいかない
身体をずらして寝具から起き上がろうとした私だったが――
「駄目だ まだ寝てろ」
と、無理やり床に縛られてしまう
「いえ……私はもう、、」
「いいから」
まるで有無を言わさない少女
見た目に寄らず強引な少女であった
普段の私なら意固地になって反発していたかも知れないが、、
相手が幼子である事が逆に憚られたのか
また、不快感もあまり感じなかった
介護や世話をするのに慣れているのかも知れない
仕方がない……もう少し、大人しくしていよう
「…………」
それに、、、
――――聞きたい事もある
カチ、コチ、と――
備え付けられた時計の針が動く音だけが部屋に響く中
あらためて私は今までの記憶を反芻し、思いを馳せる
無人の街頭
陽炎のような世界
そして英雄王の追撃から逃れるために空を飛び続け
山岳地帯の山小屋に至り
山を下り
この郊外に足を踏み入れた
その間、異世界の魔道士と英雄王の他に――
それ以外の人影、、
シロウを探し当てるどころか……他の人間を見かける事すら無かった
何かがおかしいのは明白なのだ――
そして―――
「少女よ」
その小さな体が振り向く
少女は今、私を寝かしつけられた事に安堵したのか
寝具の横にあった揺り椅子に身体を預け……その身をゆったりと揺らせていた
度々、こちらをチラチラと見てくる隻眼の瞳にどのような感情があるのかは分からない、、
「遅ればせながら、不肖の身を介抱して下さった事にまずは礼をしなくてはいけません
この場にて報いる物があればよかったのだが……私は――」
「かしこまらないでいい、剣の英霊」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「こちらもお前と話したくて来たんだから」
ピリっと、、空気が緊張する
そして―――そう
無人の世界で、こうしてヒトと出会うという事
それは事態が動く時……新たな局面を迎えるという事に他ならない
――剣の英霊――
聞き間違いでなければ今、少女は確かにそう言った
当然、私は相手に素性を明かすような事はしていない
せいぜい拾われた時の出で立ちから、旅の剣士、騎士、辺りが妥当であろう
にも関わらず、こちらの素性が分かっているという事は――
相手の方から踏み込んできた、という事
「貴方は、、」
「私はナンバーズの5 個体名はチンクだ」
先の魔道士との邂逅での
先走っての大失態を踏まえ、軽率な行動は慎む
まずは許すところまで話を聞こう……
ナンバーズ――チンクと名乗った少女の言葉に黙って耳を傾ける私に対し――
「単刀直入に言う」
眼帯の少女は躊躇う事無く―――
「――― お前の主の元に案内しよう ―――」
私の懐、その奥にまで―――
1足飛びに踏み込んできていた
――――――
最終更新:2008年11月05日 06:24