――――どうして、、こんな事になってしまったのだろう


「――――本気、か……?」

重い沈黙の中で口を開いたのは他ならぬ自分
声が知らず震えてしまうのは抑えようとしても抑えきれない動揺のせいだろう

「本当に……それが本心なのか? お前達は――」

何で、、、
私は妹たちを前にこんな表情をしていて、、
妹は私を前に下を向いてうな垂れているのだろう、、

どうして――こんな事になってしまったのだろう・・・・・・


――――――

機動6課――

後にミッド地上の未曾有の危機を救った奇跡の部隊として
世界の賞賛と憧憬を一心に浴びる事になる管理局の特殊部隊
彼らと交戦の折、その前衛との戦闘で私は大破し――

再び目を覚ました時……戦闘は終わっていた

何せ私を再び機動させたのが管理局の連中だったのだから最悪の寝起き……実際、泡を吹いたものだ
朝起きたら世界が終わっていたとはこういう事を言うんだな……
晴天の霹靂? ちょっと違うか、、

ウーノ、トーレ、クアットロ、セッテは博士と共に隔離され、ドゥーエは―――機能停止……

まるでワルイユメのような現状を次々と聞かされ
もはや手足を?がれ、一切の抵抗の出来ない状態にされたのだと理解させられた上で
私たちは………管理局への帰順を申し立てられた

「私は表向きは更生の意思ありという方向で行く……お前たちも今は奴らに逆らうな
 博士の減刑のためと、そして隔離された他の姉妹達の安全の確保が最優先――暴れたところで立場が悪くなるだけだからな」

妹たちにそう言って聞かせる

「従順にしてるんだぞ……いいな」

不安そうな顔でこちらを見上げてくる
否、、見下ろしてくる妹たち(私が一番背小さいんだよ…クソ、、)

そう、ここで博士への忠義を大っぴらに立てても共に隔離されるだけ
それでは元も子もないのだ、、そんな事になれば誰が捕らわれの博士たちを助けるというのか
元々、選択の余地の無いこの岐路において最善を取るならば、、、答えはひとつしかなかった

そして―――私まで別の棟に移されたら、、

―― 誰が妹達を護るというのか ――

管理局にとって戦闘機人は言うまでもなく喉から手が出るほどに欲しい技術の結晶だ
そんな実験体が一度に12体……
苛烈な仕打ちと解剖、実験を化せられるのは目に見えていたのだから――――

======

博士と妹達とのパイプの役割を果たすべく、そして妹たちを守るべく
更生組にその身を置いて数週間――

私の片目の黒いうちは妹に手は出させない
実験、拷問、その他諸々……全部自分が引き受けるつもりだった
どんな酷い仕打ちにだって耐えてみせると、、
そんな覚悟を決めて局の牢に繋がれた我々を迎えたものは――

「時空管理局・航空戦技教導隊所属――高町なのはです」

「知ってると思うけど同じく管理局所属……ギンガナカジマ
 初めてじゃない、わよね…」

意外にも苛烈な実験や拷問ではなかった

あの憎きエースオブエースと、同じ機人でありながら敵についた姉妹の片割れの下で
我々に組まれた更生プログラムとそのカリキュラムは――人としての道徳、平和と正義の素晴らしさ云々などを延々と説いた、、
俗に言う「普通の人間」を更生させるためのものだった

初めは冗談か搦め手の類かと思ったが
どうやらこいつらは本気で我々を一角の人間として扱う気らしい

(―――豪気なものだ…)

あれだけの事をした自分達だぞ?
なるべく人を死なさないという指令の元に起こしたミッションであったが
それでもあの規模だ……どうしたって死傷者は出る

しかもテロだ
通例から言えば、テロは最も悪質にして凶悪な犯罪行為であり
首謀者と傘下の者は例外なく、最も厳しい処罰を受けるのが常識だった
徹底悪には断固とした処置――そうでなくては到底、法の下での治安維持など成り立たない

実際、地上本部を陥落させた実行部隊である我々に対し
被害者達の怨嗟は相当のものだろう、、恨みを抱かないわけが無い
彼らが今後、後発のテロが起こらないようにという建前で、我々に苛烈な処罰を求めるのは当たり前の事だった

だというのに、その我々をお咎めも無しに更生させようなどと――
そんな理不尽な話が被害者達の反感を買わないわけはないのだが、、、
管理局の魔道士とは、公私を挟まず殉職も仕事のうちと割り切っているのか
それとも、よほど強引な力が裏で働いたのか…

後者だとするなら、やはり更生させた我々を後の戦力として活用する線が濃い
フェイトお嬢様も、あのベルカの騎士も、初めは敵だったにも関わらず
今は管理局の戦力として組み込まれているという話だ
魂胆ミエミエだな………奴ら、レジアスゲイズの一件をまるで懲りていないらしい

ともあれ、あちらがその気なら助かった
奴らが妹達に危害を加える気なら、盾となって全て引き受ける気だったが
その心配がなくなっただけでも僥倖だ

―――今は雌伏して待つ

博士たちを救えるチャンスを
警備やセキュリティの配置をそれとなく聞き出し
その隙を突けるように万全の備えを労しつつ――

======

「今日もなのはが会いに来た……」

そう言ったのは10番目の妹・ディエチ
最近、あの教導官とよく会っているとちょくちょく耳にする

ちなみに今日、私の面会に来たのはフェイトお嬢さまだった
貼り付けたような微笑を称えて私の前に現れた彼女に、それとなく博士や他の姉妹の様子を聞いてみる
答えはいつも通り――何の進展もなく、要求も反省の色もなくじっとしているそうだ

「今は意固地になっちゃっているけれど一日も早く話の席に付いてくれればと思ってる
 そうすればきっと……互いに良い方向に向かっていくよ」

「あの……博士は」

「―――チンク、引き続き他のコ達をお願い出来るかな……
 まだ正直、心を閉ざしている感じだけど、、貴方は皆に信頼されてる
 チンクの言う事なら、あのコ達も素直に聞くと思うんだ」

「――――そう、ですか? そりゃ私は姉ですからね」

表面上は笑いながら、内に言い知れぬ怒りを抑えての対話だった
顔に出さなかったのが奇跡に近い

フェイトテスタロッサは―――我々にとって憧れの存在だった

主である母親のために尽くし、単身その身を粉にして戦い続けた
我々の理論の姿にして、機人の雛形である「F」より生まれし彼女

尊敬していたんだ――必ず我らと共に闘ってくれると思ってた、、

それなのに……
まるでそ知らぬ顔して我々を見下して同情ですか…
本来なら貴方は我々の姉として立って管理局と戦う側でしょう…?

私は対話で「博士と」姉妹達について聞いた…
なのにお嬢様は今――間違いなく、話を逸らした
博士について触れようともしなかった
まるで忌まわしい物を避けるかのように………

―― 犯罪者の逮捕……それだけだ ――

貴方を姉妹に迎え入れたいと申し出たトーレに対し、貴方はそう言ったそうですね
あの時は事情を知らなかったみたいだからしょうがない…
でも――今はどうです?

ジェイルスカリエッティが何なのか
JS事件――アレが全て、管理局の悪辣の極みの末に起こった出来事であると知った今
その全貌を踏まえてなお、貴方は博士を拒絶するのですか…

レジアスから回ってくる、管理局に保管されている秘蔵の記録は
我々機人の戦闘ルーチンを形成するのに大いに役に立ったのだが
その一つ―――とある戦いの記録

PT事件における、二人の幼い魔道士同士の、洋上での死闘
管理局でも既に語り草となっているらしい、9歳の天才少女同士の壮絶なる戦い

貴方と、後に我々の敵となる高町なのはとの決戦を見た時
恐ろしいと同時に感動で震えが止まらなかった
既に貴方は10年前にして我々を超える力を持っていたのだから、、

機人では未だ至れぬ境地
Fの遺産・フェイトテスタロッサの素晴らしさに心底憧れたのだ――

だが結局貴方は破れ、母であるプレシアを救う事かなわず
彼女は虚空の闇に堕ちていったという…

その後の経緯、一体貴方がどのようにして今に至ったのかは知らない
貴方が何を考えて管理局に従っているのか分からない
貴方には貴方の考えがあっての行動なのだろうが、、

それでも分からない―――
自らの力及ばず主の希望、そして命すら守る事が出来なかった、、貴方はソレを許せたのですか?
母親を犯罪者として処断した管理局を許せたのですか?
貴方の常に隣にいる、かつて自分を墜としたあの魔道士…高町なのはを許せるのですか?

私は貴方を―――恨む

私達の長としてトーレや私を引っ張って博士の剣となるはずの貴方が、、
その剣を父であるジェイルスカリエッティや姉妹に向けた事
我々をまるで省みず、唾棄すべき過去のように自分とは別の存在として扱っている事

決して叩きつける事のない内心の激情は
私の満面の笑みに隠されて、彼女に届く事はない

「こちらは任せて下さい
 博士や姉妹の事……よろしく頼みます」

とだけ言った
怒りや激情を抱いていると相手に知られる事は我々に不利益しか生み出さない
どんなに悔しくても今は―――全てを思考の奥に閉じ込めるのみ

―――大丈夫だ、、バレてない……
あの6課の部隊長や教導官は、どこかこちらを見透かすような感じがして向かい合ってるだけでも気が気じゃないが……

それにしても我ながら腹芸、、上手くなったものだ
昔はこんなに自然に自分を偽る方法など考えられなかったものだが――

ともあれ、面会も滞りなく終わり
夜中、いつもの姉妹同士の情報交換の場にて
互いに何かあったかを話し合うのはもはや我々の恒例行事だった

その席である日――

「あいつ……悪い奴じゃない」

―――ディエチが、、こんな事を言った

姉妹達の間に…微かに息を呑む音が漏れた

「―――悪い奴も何も……お前はあいつに撃ち落されたんだぞ、、?」 

「………」

「クアもだ、、、装甲がもう少し薄ければ、お前もクアも停止していた」

「それは……うん」

予想外の、突然の発言に対し
嗜める様になってしまった私の口調に、何か釈然としない風で頷くディエチ

「―――だけど、、、初めに撃ったのはこちらの方だし」

ボソっと聞こえないように言ったつもりの妹の声は私の、そして妹達の耳にしっかりと届いていた
何かが心の奥に引っかかったかのような違和感…
ともあれ、結局その夜はこれ以上話も弾まずお開き
ラボの培養ケースや硬い整備台と違う――ふかふかの布団で就寝に入る私たち

―――悪い奴じゃない、……
高町なのは、フェイトお嬢様とは私も何度か面会しているが、、
慈悲か情けか、二人は本当に我々に対して憎しみや敵意を抱いていないように見える
一片たりとも――微塵も――

自然に笑いかけてくる彼女らの表情は断じて、加害者に対する態度でなく
まるで騙されて利用された被害者に対するそれのよう―――

気色が悪い……

私は、、私達は騙されて利用されたわけでも無理やり戦わされたわけでもない
自分の意思で、博士と姉妹たちと団結し、自分たちの夢を掴むために戦いに臨んだんだ……

それを、可哀想な被害者扱いするなんて――戦士に対する最大の冒涜じゃないか…

初めは鞭打たれ、憎しみの視線を受け、罵詈雑言の嵐に晒されるのだろうと思い
やはり恐れていた、、自分たちはその苛烈な仕打ちに耐えられるのだろうか、と
それを考えるならば――この苛立ちはやはり、贅沢な話なのだろうか?

―――博士に対する忠誠
―――戦闘機人の求めた夢

それに向かって抱いた決意が――何か得体の知れない汚濁に晒され、腐っていく

キモチワルイ……
イヤな予感がする……
イヤな予感が―――拭えない

叩かれた方がまだ居心地が良いと思ってしまうのは、、、贅沢な話なのでしょうか…博士



―――今にして思う

――― それはきっと甘き毒だったのだと ―――

======

――――――交流されて数ヶ月経過、、

チャンスは唐突に来た

万全の体制を以っていつでも動けるようにしていた(とはいえ何も困難な事は無かったのだが)
自分の体内に反応―――
ダウンロードされる転送プログラム

それは姉妹たち全員が捕縛、またはナンバーズが掃討され散り散りになった時
指定の場所に集えるよう、あらかじめ仕組まれていたのだ

流石は博士だ…!

警備が無力化するタイミングも手はずも全て了承
抜かりは全くなかった

これで皆、何の問題も無く脱出できる

窮屈な拘留生活ともおさらばだ

また姉妹たちと一緒に博士のために戦える――


そう―――何の問題も無かった、、、


                          • …………


――この拭えない、、嫌な予感以外は


喉に小骨がつかえたかのように、私の思考に不安の影を落としていたのは……

面談を終えてきた後の、妹たちの楽しげな表情…

ラボにいた時には見せたことの無い妹達の笑い声

そんな妹たちの―――些細な変化だった

我々は博士の夢を掴むために生み出されし戦闘機人・ナンバーズの姉妹だ……
その自負と使命と誇りに、、何の陰りがあるものかと…
あいつらを信じてやる事が姉の務めだと自分に言い聞かせていた、、

しかし――日毎に大きくなっていく不安は
もはや無視できない巨大な焦燥となって私を苛む

そう思い立った私にはもはや、脱獄計画の早期決行に何の躊躇いも無かった
プログラムは自分同様、妹達の内部にもダウンロードされているだろう
いつでも起動可能の状態の筈だ


ならば―――こんな所は早く出てしまおう


監視の目を盗み
モニターの死角に姉妹達を集め、私は――

「準備はいいな――今夜、、、ここを抜けるぞ」

再びナンバーズとして博士の下に集い
管理局との戦いの火蓋を切って落とす――その意思を妹に伝えた

皆、期待と高揚に胸奮わせ、猛りの声を上げるだろう……ノーヴェなんて特に
たかが数ヶ月、されど数ヶ月――この身に受けた屈辱と敗北の悔しさは忘れない
散り散りになっていた博士や姉妹達ともう一度立ち上がる、その機会が今、ようやく訪れたのだ

歓喜の声と共に「すぐ出発しよう」とせっつかれる
それ以外の光景など、、頭の隅になかった

否、想像したくなかった私――

―――鏡があったら自分で見てみたいものだ

その時の……自分の顔を………


ああ―――――

―――どうして………こんな事になってしまったんだろう、、


――――――

「……………」

喝采でも意気揚々とした声でもなく――ただ沈黙

その部屋には、信じられないという表情で妹を見る私と
下を向き、私と目を合わせようともしない妹たち

普段、私をチビだ何だと小突いてバカにしてくる生意気な奴ら
その顔が今――真っ青に青ざめて、見た事もないような表情をしている

「わ、私達だって、その……博士や姉さまの助けになりたいよ」

「でもあいつら、戦う以外の幸せがあるって……
 それ以外の楽しみをきっと見つけられるって」

―――青ざめているのは私も同じか、、

歯切れの悪い言葉からは
決して逆らってはいけないものに逆らった時の恐怖
決して違えてはいけない約束を違えた時の罪悪感
そういう類のものが滲み出ていて……
そんな妹たちを前にして、、もう頭の中は真っ白だった

「ギンガのところのおっちゃんが……よくしてくれるって言うんだ
 機人の扱いも慣れてるっていうし悪いようにはしないって、、」

「私は教会で引き取ってくれると…
 この前、監視付だったけど外に出して貰えて仕事を手伝ったんだけど、、楽しかった
 まだお茶汲みしか出来ないけど……」

そうだ―――

「それで、、」

繰り返し繰り返し見せられる教材の内容は、外の世界がいかに夢と希望に満ちているか
自分達と同じくらいの肉体年齢の娘がどんな風に暮らしているか

そういう類のものばかり

「それで……博士の下を去るっていうのか、、? 」

「………」

「ドゥーエが、、姉が死んだ……
 命を賭けて私達を勝たせようと、敵の真っ只中に潜ってな
 誓っただろう? 皆で仇を打とうって……」

「………やったのはゼストだって話だよ、、チンク姉…
 6課の、なのは達の仕業じゃないって」

「だからってお前ら、、」

綺麗な洋服を着て、美味しいものを食べて、友達と遊んで
ラボの中で、戦いと、性能を高める事しか知らない我々には
確かにとてもまばゆい世界に映った

そんなモノを延々と――見せ付けられて
それでも私は信じて疑っていなかったんだ……
こんな事で――妹の心は揺れないって

「フェイトお嬢様も言ってくれてるよ……罪は償える、間違いは正せるって、、
 もう、、戦いに明け暮れて他人を傷つける必要は無いって」

「間違い、、?」

思わず語気が荒くなる
ビクンと肩を震わせる妹

「私達は皆、力を合わせて夢のために頑張ってきた……
 それを罪と認めるのか? 今までの自分は間違いでしたと、、そんな事する必要は無いと?」

「…………」

「どんなに言葉は優しくても、それは私達のしてきた事の全否定だろ……?
 所詮は一段上の目線から <可哀想な私達> を見下してるだけだ」

確かに博士は世界の敵だろう
奴らにとってジェイルスカリエッティは否定し、抹消される存在に他ならず
博士を肯定する一切の要素を彼らは認めはすまい

面会に来たあいつらが、我々の意見や主張には耳を貸さず
優しくて暖かい未来とやらを一方的に押し付けてきた事からも、それは一目瞭然だ

でも、、じゃあ、博士をそういう風に作った
他ならぬ時空管理局はどうなる?

そんな風に作られた博士に、優しい世界とやらが用意される可能性はあったのか?
そんな中で――博士の味方となるべく作られた我々には、、?

そうだ、、、だから――
世界中が博士を悪と断じても
私達だけは味方でなくちゃならないんだ

「チンク姉、、ボクはもう……人を傷つけるのは、、戦うのはイヤなんだ」

「ならお前達は博士を見捨てるつもりなのか?」

「そ、そんなつもりないよ! ただ、皆で博士を説得しようって…良い方向に進むようにって!」

「は、、、、、」

私達まで博士を否定したらジェイルスカリエッティはどうなるんだ…?
第一、、―――――説得? 

「罪を認めて改心して……局の言う事を素直に聞けば酷い事はしないって約束してくれた!
 フェイトお嬢様も昔そうだったっていうし、他の6課のメンバーにもそういう例は沢山あるって!」

「それは私達に限っての事だ……博士には当てはまらない
 奴らは我々を無垢な被害者にしたいようだからな、、そもそも―――」

無限の欲望として作られた――――
そう振舞う事しか出来ない博士をどう説得しろと?

「博士は改心などしない――出来ないんだ」

「え………?」

言葉足らずも良いトコか…
何の事か理解出来ない妹に対し、予想外の反応に上手く言動を紡げない私、、
というより……逆にこいつらの説得の必要があるなどと思っていなかった…


――――全ては私の

――――迂闊さだったのか……?


稼動開始からある程度の期間を経た自分ら初期型と違い
この妹達は計画の都合上、稼動後すぐに実戦に赴かねばならなかった
博士の夢や目的を十分に理解しないまま、その思考が固まらないままに

故に――その精神は赤子に等しい

完全なる戦闘ロボットであるなら、このような問題は起こらないだろうが――
思い、悩み、揺らぐ、という機能を多分に付加された我々機人が
ひとたび、その抵抗の術を失い……脆弱な精神が甘く優しい世界の誘惑に晒されれば
そんな心は容易く、、、

…………ああ、正直に言うさ、、

私だって知らなかったよ…
世界がこんなに色んな色を持っていて夢と希望に満ち溢れていたなんて、、

揺れたさ、、
あちらの世界に生まれていたら自分はどういう風に生きていたか――考えないわけじゃなかった

でもな、それでも―――私達は博士の作った戦闘機人なんだ……

博士の夢を叶える事が私たちの喜び
博士の期待に答える事が私たちの夢
博士の喜びは私たちの喜びだ

今までの境遇に不満なんてなかったし
博士や姉妹との生活にも辛い事なんて一つも無かった

局の連中がどれほど優しげに接して来ようと私は揺るがない
だって―――博士もまた、、、

―― 私たちには優しかったんだ ――

だから嫌な予感を敢えて無視した
妹の精神ケアの必要はないと思っていた

博士を信じる自分達のこの「心」に賭けて、、

こんなものを見せても無駄だ、我々姉妹の絆は崩せない、、

そう――――思ってた


「―――――勝てるのかよ……」

「、、、、、、」

私と、妹たちの沈黙を破ったその一言は
私の思考回路を凍りつかせるのに十分なものだった

信じられない思いで聞く――その言葉を………

「もう一度やれば――勝てるのかよ…?」

何故ならその言葉を言ったのは、、、妹の中でも最も勝気で自信家で気の強い――ノーヴェだったのだから

こいつもまた、私と目をあわせようとしない
下を向いてうな垂れながら……やるせなさに身を焦がすような口調を搾り出す

「ッッ―――」

それに対し、何ら反論の余地もなく唇を噛む私

―― それは完全に心の折れた者が発する言葉だった ――

(、、―――そう……か、、)

同行を頑なに拒否する妹たち

行きたくない、、
もう戦いたくないと、、
両足は萎え、目は前を向かない

それは――奴らの優しさによるものだけじゃなかった
それは――圧倒的強者の行使する力による従属の楔

飴と鞭ってやつか………要はあれだ…………

戦っても勝てない、、
良い結果になどなりっこない
だから今見せられている甘い世界に飛び込んだ方が絶対にマシだという、、

「………」

天を仰いで歯を食い縛る私

博士、、トーレ、、、こんな時、どうすれば―――何を言ってやればいい?

言うまでもなく、こんな場合は戦士として
あるまじき思考を叱って奮い立たせるのが最上――
でありながら、私はそれを叱咤する事も、奮い立たせる術も持ち合わせていなかったんだ

何故なら、、

妹達の戦意を粉々に砕いたのは他ならぬ私達だったのだから、、

「勝てるのか?」という妹の切実な問いかけに対し――この姉もまた無力、、
ここで「勝てる!絶対だ!」などと言える奴は立派な恥知らずだろうよ…

勝負には結局のところ勝ちと負けしかなく
前回、ああして勝敗がついたのはしょうがない…
だが――同じ負けでも、、

――― 負け方というものがある ―――

「そうッスよ…! あいつら、強すぎるッス…!
 もう一度やったって私らの力じゃ到底、、」

「我々の刃は……結局、隊長どころかその部下にも届かなかった…」

まくし立ててくる妹

そうだ、、、
こうすれば勝てた、ここを抑えておけば次は――
反省の要素を次に遺せる負け、つまりは惜敗ならば……
悔しさと猛省を抱いて、萎えた膝を奮い立たせる事も出来ただろう

だが、――あまりにも言い訳の余地のない完全な負けを喫した時、そこに屈辱は浮かばない

あるのはただ―――諦観
これは勝てない、負けてもしょうがない、、相手の方が一枚も二枚も上手だったという…

「四人がかりでやって、孤立したガンナー1人仕留められなかった…!
 性能テストの通りにやったのに、、、あれ以上どうしろっていうんだよチンク姉っ!?」

そして姉である自分もウーノも、トーレも、クアットロも、、
戦闘機人は機動6課の魔道士に完全敗北――文字通り、総ナメにされたのだ

「――――、、」

――――言葉が、、、無い

ただ呆然と、虚空に目を泳がす私は
さぞや頼りがいの無い姉だったのだろうな…

「そう――だな」

内心の動揺とは裏腹に、不思議と自然に声が出た

戦闘を生業にするものが自分の力に疑問を持ってしまったらオシマイだ
もはやそれは不良品と同じ――戦力として機能しない

「分かったよ―――あとは姉達だけでやる」

「!?」

後悔や躊躇いを宿して戦いの場に出ても、性能の10%も出せるかどうか…
その感情を取り払ってやる術を持たない私が、、、他に取るべき選択肢などあろう筈もない

「もうやめようよチンク姉!!」

「そうっスよ! 勝てっこないっス!!」

未練はある、、あるに決まっている……
だが少なくとも腹は決まった

さっきから下を向いているノーヴェに私は近づいていく
それに気づいてビクン、と震える妹の肩

………いつだって自信に満ち溢れてた、、ヤンチャな妹だったのにな――お前は

その手を顔に近づけると――目をぎゅっと瞑ってしまった
視界を閉ざす事によって次に来る仕打ちの恐怖から逃れる行動

今まで見せた事の無い表情――
見ようによっては可愛いトコあるじゃないか……こいつも

その妹の頭を優しく撫でてやる

「あ、―――」

何が起こったか分からず、恐る恐る目を開けるノーヴェ
こいつに対しては特に思い入れは強い……
何せ姉妹たちの中でも私が最もよく面倒を見たのがこいつだった

自分の頭に乗った私の手を、おそるおそる見ている妹
叩かれるとでも思ったのか?
バカだな……私がお前に手を挙げるわけがないだろう?

「――――今後の事だが、、」

もはやその言葉に焦りや後悔が灯る事はなかった
動揺が無いといえばウソになるが……

「詰問や聴取に対しては知らぬ存ぜぬを通してくれ
 姉や博士に脅されていた、と言うんだ……多少の時間稼ぎにはなるだろう」

苦肉の策だがな…
もしウーノの思考を盗んだレアスキル使いが出てきたら――
妹の思考は全て吸い上げられ、プログラムの概要も転送先も明かされてしまうだろう

「博士は多分―――喜ぶよ、、
 造物主にすら縛られない、博士の提唱する生命の揺らぎ、、」
 それをお前たちは証明したんだからな……」

「ま、待ってよチンク姉!!?」

悲哀の叫びを上げる妹
その言葉の意味するところが分かったのだろう
そして私が、あまりにもあっさりと
その言葉を吐いた事に思考がついていけていないのだ

その――決別の言葉を

「姉は行く――悠長にしている時間も無い 
 もし奴らに酷い事をされたら――私達を呼べ
 いつでも助けにくるからな……」

「チンク姉っっ!!」

実際、矢継ぎ早に言葉をまくし立て
妹に有無を言わせずに一方的に別れを言う私は――ああ、、情けないなぁ……

しょうがないだろう…?
だって辛くて――、、

これ以上、こいつらの顔を見て話せない――

「最後に一つだけだ……管理局に何を言われようと、お前たちは絶対に戦場には出るな」

置いていくのは、、イヤだった
大事な大事な私の妹達―――

だけど……

「もしお前らが敵として私達に銃口を向けるなら
 姉はお前たちを撃つぞ―――躊躇いなく、な」

「そ、そん、、、!??」

妹たちに向けた事の無い、決して向けるはずの無い視線
敵と相対し、打ち抜く時の視線を最後にこいつらに向けた

酷いものだ……こんなの、、誰が望むものか…

「――――元気でな」

私はコートを翻し、背を向ける

乱暴で唐突で、、
有無を言わさない最低の決別――

それが私と妹の話した最後の言葉


妹たちは――


―― 声を押し殺して泣いていた ――


その間から漏れ聞こえる嗚咽の声が、心に重くのしかかる

ごめんなさい、ごめんなさい――と

本当は博士のために自分たちも戦いたい
でも、決定的な一歩を踏み込めない……

これから始まる新しい生活
幸せな世界に対する希望、誘惑を振り払えない

そしてそれを抱いてしまったが故に姉に見捨てられたのだという絶望

(十分だよ……)

そんな罪悪感を微塵でも抱いてくれたのなら
酷な話だが、聊かでも救われる

実際、安住の地を見つけた奴らに
再び戦いに彩られた修羅の道に戻れと強要するのは残酷極まりない話だ


ならば見ていてくれれば良い――


例え、進む道は違えども
どれほどに離れていても
心まで離れてしまったわけじゃない
絆まで切れてしまったわけじゃない

私達がこれから為す事をお前たちが見て

戦闘機人――ナンバーズはこんなに強かったんだって誇れるくらい、、

姉は最期まで、、、お前たちの分まで戦ってみせるから

起動した転送プログラムがこの身を包み
視界がぼやけ、場がエーテルの波に飲まれる

「、、、、……!!、、!!」

妹たちの叫び声も
今やこの耳に届く事はなく


旅路につく私が、目に滲む涙を称えながら思っていた事は――


後ろ髪を引かれる思いっていうのは……こういう事を言うんだなぁ、、という事だった


――――――

「―――と、いうわけだ」

無限の欲望が、自分達の敗北のために予め用意していた揺り篭のレプリカ
それを母艦として新たに集った姉妹たちの前に最後に到着したチンク―――

だが、、、彼女の連れてくるはずだった妹の姿はない

怪訝な顔をする姉妹だったが、事情を説明されるにつれ
その顔は懐疑から驚愕――そして絶望と喪失感を称えたものに変わる

しばらく沈黙に支配されていたブリッジであったが、、

「なーにが――」

フルフルと肩を震わせ、口火を切ったには4女クアットロだった

「と、いうわけ、ですの!?? カッコ良く締めてますけど要するに見限られたって事じゃありませんか!?
 普段は頼れる姉を自負してるくせに、世話役が聞いて呆れますわ!!」 

「う、うるさいなっ! しょうがないだろ!!
 時間も無かったし私だってショックで、、茫然自失だったんだっ!!」

「どうすんのよ!?  戦力半分になっちゃったじゃありませんか!??
 私はコートを翻し、、じゃありませんわ! 
 チンクちゃん貴方、何のためにあちら側に付いてたんですの!!」

「じゃ、どうしろってんだ!? 行きたくないって言ってるのを
 首輪でもつけて無理やり引っ張って来いってのかっ!?」

「その通り。 半殺しにしてでも引っ張ってくるべきでしたわ」

4女と5女の取っ組み合わんばかりの罵り合いが続いていたが
その一言でチンクの顔からスウ、と――表情が消える

「―――何だと、、?」

「まったく、、典型的なマインドコントロールじゃありませんか…
 思考が敵の手に落ちたのなら、連れ帰って再び脳を再調整
 それでダメなら初期化すれば何の問題もなかったのですわ……それを、、」

「お前、、、また妹を駒として扱うつもりか」

とかく、この4女はワザとこういう言い回しをして、姉妹同士であっても挑発を欠かさない傾向がある
それはチンクも重々承知していたが……そんな台詞とて時と場合というものがあるのだ

「お前の趣向に今更とやかく言うつもりは無いがな…どんなカタチであれ、あいつらは新しい生き方を見つけた  
 造物主に依存しないあの姿もまた、博士の目指す理想の機人の姿だ
 なら……姉としてそれを祝福してやるべきじゃないのか?」

「なら祝福ついでに、半分以下の戦力になった埋め合わせのプランを聞きましょうか? 無能眼帯」

「なんだとこのヘッポコ眼鏡ぇぇ!!」

実際は自立などとは程遠い
博士や自分達から離れ、管理局に依存するようになっただけだ…

それがイヤと言うほど分かっていたが故に、二人の憤りは収まらない

「やめなさい…」

長女がこめかみを抑えながら二人を嗜める

「確かに皆がいなくなったのは痛手ですが……幸い、姉さま方は全員健在
 姉妹がロールアウトする以前の、スタート地点に戻ったと思えば――」

「いや、、状況はそれよりも悪い……遥かにな」

7女の言葉にトーレが答える

3女の眉間には深い皺が刻まれている
そう、、、事実、状況は予断を許さなかった

自分らが脱獄した事は既に全土に知れ渡っているだろう

管理局に対する隠れ蓑――レジアスゲイズという傀儡は既に無く
テロリスト・ジェイルスカリエッティという名は世界に広がっている
ならば、追っ手は常に四方から迫り来ると考えて良い

それに対し、いくら男が稀代の天才だといえ
ナンバーズとあれだけのガジェットを揃えられたのは十分な資金提供と足場があったからこそだ

潜伏、逃亡しながらあれと同等の成果を求めるのは、いかに博士といえど無理であろう
そんな状況下故に、、新しい戦力――つまりは新規ナンバーの開発を進めるのは難しい

これから全次元を支配する組織と相対するのに
ゲリラ戦に徹してなお、戦力不足は明らかだったのだ

「即席の対応策として知能の低い魔獣や土竜を捕獲して
 洗脳して回るというのはどうかしら?」

「お前、そんなんばっかだな……んなモンSランク魔道士の相手になるか」

「そこは博士に考えがあるわ。 今のシステムが軌道に乗れば――
 あらゆる次元において、最強の力を吊り上げられる稀代のシステムかも、って……」

そう――ジェイルスカリエッティが先史文明より掘り起こし、復元せしめたあのロストロギアこそ
上手く使えば、彼女達を守護する無敵の兵団を作る足がかりとなる
行く先々での戦力確保が最重要事項の彼女達にとって今はそれを頼りにするより他に無かった

「なら、それはいいとして――私たちが再び反旗を翻した事で
 残してきた姉妹に降り掛かる迫害が気になります」

「あら、その時こそ管理局の暗部を世界に突きつけてやればいいのですわ
 正義面してても裏ではこ~んな汚い連中なんでちゅよ~って♪」

「無駄でしょう 隠蔽されるのがオチです 
 それに――仮にその事実を世間に公表出来たとして
 戦闘機人に同情の目を向けてくれる者など、、」

「それどころかむしろ最悪なのは……」

「あのコらが管理局の尖兵として私達の前に立ちはだかった場合、ね」

長女が触れた――それこそが皆が想像したくもなかった、、
しかし想像せずにはいられない、心の奥底に描いていた最悪の展開

ナンバーズ同士の潰しあい、、

ギンガナカジマを同様の企てで離反させた自分達だ
逆の事を相手がしてきても不思議じゃない

「人質を取られているようなものだな……やはり全員集結がベストだったのだが、、」

「その時は覚悟を決めるしかないでしょう――」

セッテが、感情の篭らない声に決意を込めて言う

「、、セッテ――お前に姉妹殺しをさせるわけにはいかない」

互いに違う道を選んだ
それは素直に祝福するべきだ

だが、進む道が違う以上――互いが衝突する可能性もまた生まれるもの

「姉がやる これはあいつらを置いてきた私のケジメだ
 あいつらにも――それは言い含めておいた」

「あら、お優しいチンクちゃんに出来るのかしら?」

「やるさ」

隻眼が冷たく光る
それは普段の彼女からは考えられない、戦場での彼女の目
閃光の爆撃主の名を冠する戦闘機人こそが彼女の本当の姿である

もっともその瞳が微かに、、辛そうに歪むのを見逃すほど――彼女達は短い付き合いではなかったが、、

―――あまりにも絶望的な船出だった

強大な敵である時空管理局
その力をまざまざと見せ付けられ、地に這わされた機械仕掛けの少女達

不退の決意で再び立ち上がった彼女らの手にある剣は――
あまりにも不確かで、、陽炎のように頼りなかった


半分以下に減った姉妹と

破壊、押収を免れたガジェット

そしてオリジナルに比べ、遥かに劣化した母艦を駆って

彼女らは再び世界に弓を引く


目の前には管理外世界――

見知らぬ新天地にして
後に知られざる伝説の戦いが刻まれる事になる


青き星が―――広がっていたのだった

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最終更新:2008年10月24日 19:11