今――

少女の目の前にあるのは

彼女達の本願を為すために具現化された

奇跡そのものであった

半信半疑だった
実際、雲を掴むような話なのだから仕方がない
現地での戦力調達と聞いて、姉妹たちが思い描いたプランはせいぜいが
その地の有力者や戦闘力の強い者を篭絡して戦力に引き入れる、くらいのものだった
それがまさか、、

―― 精霊や神霊の類を味方に引き入れようなどと ――

確かに……相手は次元規模で展開する時空管理局という巨大組織
全宇宙から集められた魔道士や騎士のトップエリートから成る戦技武装隊が相手では
前者程度の力を引き入れたところで、たいした役には立たないだろう

宇宙全域から収集された科学技術を結集し、研鑽し
それを「魔法」と称して駆使してくる管理局の尖兵を相手にするためには――
まさに文字通り、「神がかり的な」常識を逸脱した力が必要だったのだ

だがしかし、、、だからといって……
本当に神話や伝承の世界に干渉し、その世界の戦士を配下に置こうだなどと、、
おそらくは魔獣や竜召還を遥かに超える域の――文字通り神秘の行使である

それをあの謎のロストロギアは見事、彼女達の前に顕現して見せたのである

この今回の接触は計画や作戦など微塵もなく
ナンバーズの5・チンクによる完全な独断だった

果たしてどれほどの怪物が出てくるのか、、
伝記や資料に記されているような魔人や霊などを想像していた彼女の目下に現れたのは
弱りきり、その身を付していた――ヒトにしか見えない可憐な少女であった

鎧を脱着させ、隠された肢体を露にした時――
その体に実際に触れ、柔らかいハリのある弾力、肌の手触りを確かめた時――

機人である自分らを遥かに超えた、完璧に均整の取れた
命としての躍動に満ち溢れている肉体に思わず溜息が漏れてしまう

そして言葉を交わし、、
想像よりもずっと身近で、信じられないほど可愛いらしい
そして同時に力強い意志と心を持ったこの存在を
もはや夢物語に出てくる霞のような存在などと誰が思おう?

目の前にいる少女は分かり合える――
共に言葉を交わし、共に考え、共に笑い、共に泣く事の出来る、ずっと身近な存在なのだ

(手に入れる……私たちには、、、お前が必要なんだ)

その隻眼に確かな意思を宿し、熱の篭った視線を騎士にぶつける少女

失ったものは二度と返って来ない
去っていったものは戻ってこない
妹たちと過ごした、楽しく充実した日々もまた――

――――なら、、新たに積み上げれば良い

その第一歩を切り開く
必ず切り開いて見せる!
そんな想いを胸に………ナンバーズの少女は立っているのだ

千の軍勢に比する最強の騎士と戦う―――そのために

――――――

そこは中世ヨーロッパの田舎を思わせる情景

無人の世界には似つかわしくない畑や藁小屋
煉瓦作りの家がまばらに立ち並び、後ろに素朴な作りの水車がチラホラと見える

小麦畑や路地に農耕馬や牛が歩いていても全く違和感がないこの情景には勿論、そんなものがあろう筈もなく――
この風景を生命ある者として彩っているのは、、、二人の少女のみであった

一人は金髪碧眼の、15~6を数えるくらいの騎士の少女だった
息を飲むほどの美麗な面持ちは、その道の職人が意匠の粋を凝らした彫像の如き絶世さを極め
女性的、男性的ともつかぬ両性の魅力を同時に内包した相貌が―――今、戦意に染まる

一人は銀の長髪を腰垂らした隻眼の、丁度10代に差し掛かるくらいの少女だった
片方の瞳を眼帯で覆った、おおよそ不似合いな出で立ちは
しかしこの少女の年頃特有の可愛らしさを微塵も損なう事は無い

共にこの情景に不似合いの、体のラインを強調した近未来的なボディスーツを纏い
その群青の光沢を放つボディを、心地よい風に晒し
言葉を発する事も無く向かい合っている

まるで姉妹のようなお揃いの出で立ち
だが、、その両者の間に流れる空気は
到底そんなおだやかなものではない

「しかし我ながら、、無茶苦茶な話だよなぁ…」

両者は未だ構えない
半身を切った状態で軽くステップを踏む少女
その度に、肩にかかる銀髪がサラリと揺れて背中に落ちる

「こんな要求……二つ返事でOKするなんて、お前もどうかしてるぞ? 
 ふふ、、、もっとも―――」

対し、直立不動のままに微塵の動きも見せない騎士
相手の出方を待つような姿勢はしかし、恐ろしいほどに一分の隙すら認められなかった

「腕に自信あり……こんな小っこい奴に負けるわけない、とでも思ってるんだろうが」

「――――チンク」

待ちの体制の騎士に対し、少女もまた距離を測り相手の初動を誘う作戦だった
そのペースを掴むべく、普段は戦闘中に決して叩かない無駄口を叩く少女に対し、

「もし私に奢り昂ぶりを期待しているのなら――今すぐに改めた方が良い」

騎士は静かに目を閉じ―――言い放ったのだ

その時、、、、突如として暴風のような風が巻き起こる
風は目の前の騎士の体から爆発したかのように周囲に吹き荒れ
機人の少女の体に叩きつけられた

「つっ!!?」

攻撃か、と一瞬身を硬くする機人だったが――それは少女への攻撃を目的としたものではない

突風のように放出されていたのはセイバーの魔力だった
体内から噴き出すように放たれたその衝撃で
彼女の纏っていたナンバーズのスーツが四散し、セイバーの裸身が露になる

「貴殿の持つ情報のみが、今のところ私とマスターを繋ぐ唯一の要因である以上
 それを逃がすわけにはいかない……
 負けるわけが無いのではなく―――絶対に負けられないのです」


仮に隻眼の少女が人間の男性だったとしても
目の前の一糸纏わぬ騎士の姿を淫猥な目で見る事など適わなかっただろう
その神々しい光を放つ肢体は、まるで空より舞い降りし天使の如く
人知を超えたナニカであると想像するに難くない様相であったのだから

そしてその青白い魔力が帯のように巻きつき、白い肌を外界から隠していく

否、それは少女の柔肌を隠すだけのものではなく、、「護る」もの――
纏われた魔力は、先にセイバーを包んでいた青いスーツと同じ色の着衣に、、
しかしながら凹凸の無いボディスーツとは一線を隔した、、意匠を施した戦装束へと変わる

「少女よ―――私は確かに言ったぞ……我が意思を 
 自分は一人の騎士として貴殿とは戦わぬ、、しかし例外があるのなら、それは自分のマスターを守る時だと…
 その最優先事項においてなら―――自分は誓いや制約を斬り捨ててでも、主のために剣を振るうと」

そしてその上から顕現するは騎士王を守護する最強の護り
無尽蔵の魔力で編まれた天衣の鎧
星が散りばめられたかのように光り輝く銀色が――
その身を脅かす全ての災厄から騎士を守護するという意思を新たに顕現したのだ

「それを聞いてなお―――貴殿は我がマスターを餌として使い、私に戦いを挑んだ……
 ならばもはや、、我が剣を振るうに聊かの躊躇もない――」

静かながら、毅然とした一喝と共に活目する騎士

途端、抑えていた体内の魔力が青白い柱となって天に昇り
先ほどの突風すら涼風に感じるほどの衝撃が周囲に撒き散らされたのだ

「う、、わっ……!!?」

その暴風だけで、少女の小さな体は浮き上がり吹き飛ばされそうになる
普通の人間ならば場に踏み止まる事すらかなわず、無様に飛ばされていただろう

今ここに、、顕現する――――騎士王セイバー
その圧倒的な力で、大ブリテン王国を統一した最強の剣士が、、

「覚悟して貰うぞ――チンク」

少女の前に立ちはだかったのだ

(…………っ!!)

これが先程までヨタヨタと気絶し、弱々しく床に伏せていたものの戦意であろうか?

高町なのはをして圧倒した騎士王の、戦場を支配する闘気が――
まるで何倍にも凝縮された重力の如く場を覆い尽くす

機人の、しかも戦闘タイプとして作られた自分に恐れはない
だがその少女をして戦慄に震えさせる存在がここにあった

だが、、、だからといって―――

(連れて帰るぞ……変更はない……今更、、引けるものでもないしな)

そういう事だ…
今更引き返せるはずが無い
ごめんなさいでは済まない

騎士が語った通り、場を抜き足ならぬ領域へ誘ったのは
他ならぬ自分であったのだ


言うまでもないが、まともな勝算があるわけではない
―――この埒外の相手に対し、そんなもの…あろうはずもなく

ハイリスク・ハイリターン……

自分らを取り巻く暗雲は重く濃く
どれほどに逃げても相手は広大な宇宙全域に網を張る相手
やがては包囲され、捕縛されるは必定――悪くすれば撃沈されるだろう
かといって、交戦するほどの戦力はない
絶望的に何もかも足りない

そんな現状を取り払うには……安全策ではもはや足りなさ過ぎる
危険を顧みずに踏み込んで、極上の成果を上げ続け、積み重ね、積み重ね――
その果てにある奇跡を掴むより他に、自分達が生き残る道はないのだ

例えそれが、傍から見れば無謀な賭けに望む愚か者の姿に見えたとしても、、、


――――――

冷静に冷徹に――目の前の少女の戦力を測っていた最強無比の剣士

――狙撃にしては近い
――近接の間合いにしては遠い

少女のそんな中途半端な位置取りから
セイバーをして、この相手の得意な距離、闘法を見極める事は出来なかった
軽いステップで距離を測っている以上、そこが彼女の得意とする距離である事は明白なのだが、、

―――何かを誘っているのは間違いない

だが、、先に自分と壮絶な戦いを演じた魔道士と比べると
彼女はあまりにも隙だらけで――威圧感も遥かに少なかった

一気呵成に飛び込んで、キャスターのマスターに不覚を取った時の事を思い出す
初見の相手である以上、未知の技術での迎撃を受ける可能性は常にあるだろう

だが、今目の前に立つ少女の呼吸、身のこなしから
こちらの本気の剣を受けて反撃するほどの使い手には到底見えない

あの小さな体躯で、しかも手には何の得物も持っていない
もはやこの間合い、高町なのはのように空を飛べるとしても浮く前に叩き落せる

絶対に逃がさない間合い……
それを更に縮めるべく、摺り足でジリ、ジリ、と近づくセイバー

二人の距離が徐々に、徐々に―――縮まっていく

(あと数歩、間合いを詰めて……………仕掛ける、、)

不可避の剣はその柄を
程よく脱力したセイバーによって握られ
剣先は地に向けて下げられている

右下段に構えた騎士の姿勢のままに―――
聖剣は、数秒後に来る剣戟の爆発を待ち侘び
その期待にうち震える

対するチンクもまた、英霊を前にして臆する姿勢はない
相手の戦闘力を考えれば、それは驚異的な肝の据わりようである

もっとも高町なのはのような、相手の戦意や行動を先読みして戦うタイプだったなら
サーヴァントの強大な意に竦み、萎縮する事もあったかも知れないが、、
戦闘機人であるチンクの戦術は全て、数値とデータの蓄積から弾き出されるもの
故に出だしにおいて、騎士王のプレッシャーに左右されないという点では
その利点は少女にとってプラスに働いたといって良い

もっとも後述するが、少女にとっては残念ながら
その利点すらも満足に持ち合わせてなかったのだが…
何故ならチンクは―――

(頼むぞ……スティンガー、、)

ともあれ、ここまで来たらやる事は一つだった
己が武器に必勝の願いを賭し
それを最後に――少女の表情が消える

人懐っこい笑みを称えていた顔は能面のように無機質に…
開かれた片目が、まるで闇夜に光る猫のように金色に光る

それは機人の全てのシステムが戦闘モードに移行した証――
戦闘機人が本気になった証だった

(む……)

その様子が、摺り足で間を詰めるセイバーを数秒ほど押し留める

何かが………来る
踏み込むその先には間違いなく、自分を狙う彼女の牙が待っている
彼女の第六感が――そう告げていた

もはや、両者の戦意の爆発は数秒後、、
そしてその一瞬で勝負は決まるだろう

この間合い、、長期戦はあり得ない
確実に一手で相手を戦闘不能に出来る距離

故に最後に―――

「お前の強さを信じてる、英霊……
 だから、、1撃目で死ぬんじゃないぞ」

死なれては困る、、
この一撃で相手を打破するが目的なれど
自分が見初めた目の前の英霊がこの一撃で死す程度の不甲斐ない戦士であってはならない

そんな相反する想いを込めて――少女がその口を開いた

「その言葉――私の同様の心配が杞憂である事を信じましょう」

それを受けて、騎士も最後の礼節を尽くす
目的のため、死なせたくないのはこちらも同じという意図のみ伝え

それを以って――両者最後の邂逅が終わる、、

「―――いざ」

―――闘いが始まる

セイバーの剣気を受け
両者の間の空気が一気に凝縮され――ぐにゃりと曲がる

達人は抜く時、自分の気を相手に見せないという
だが騎士の姿はそんなセオリーをまるで無視した剥き出しの剣だ

相手に抜く気を存分に見せながらなお、、防御も回避も許さず
一刀の元に斬り捨てるのが、戦場にて最強と謳われた彼女の剣

最強の騎士王の剛剣であるのだから

故に今宵も正面から――
ぐん、、と、まるで虎や獅子が獲物に襲い掛かる予備動作の如く腰を落とし
前肢のバネを極限までねじり込み、、その一歩を――


「あ――――――あれ?」

踏み出、、、、、、す…………?


……………………………


その時、、、、異変は起こった

まさに今、神速の踏み込みを以って敵を打破する筈だったセイバーの表情が怪訝に染まる

その不測の声、、、
それは、隻眼を不気味に光らせ
射抜くような視線を向けて対峙していた少女の口から漏れたもの――――?

「お、、おい……!?」

今、尋常に剣を交えようと意思をかわした目の前の少女
彼女が突如にして上げた、突拍子の無い声

それは誰かと話しているようでいて
決して、騎士に向けて上げられた言葉ではなかった

「ま、!? ちょっと、、何をっっ!??」

ナニカに対し、不平?不満?
そんな意図と取れる言葉を発する少女

もはや彼女は隙だらけ
騎士ならば一足刀に斬り伏せられる……

いかに騎士道を遵守する騎士とて
今まさに斬り結ぶ寸前で心を乱した相手に対してすら
剣を止めなければいけない、などというわけがない

で、ありながら―――セイバーは踏み込まなかった

その躊躇が、、、結果的に――

「、、、!?」

立ち尽くすセイバーの眼前で、何やら会話している少女の姿
その全身に一瞬、何かの映像にかかるようなノイズが走る

息を呑むセイバーを尻目に、確かに目の前にて自分と相対していた少女の姿が
まるでホログラムのように――現実味をなくし、その存在感を失わせていく

初めは足から
胴を上がり
肩、頭と

―――徐々にその質量を無くしていき、、

「ま、待て!」

事ここに至ってようやくその光景の意味するところを察したセイバー

ダァァン、と、地雷の着弾じみた爆音と共に地を蹴り
少女に向かって飛ぶが――

―― 全てが手遅れだった ――

閃光の速さで駆け抜ける騎士
稲妻の如き剣閃が機人の少女の胴を薙ぎ払い
その勢いのままに斬り抜けたセイバーは、少女の背後に抜け
ザザザザ!と両の足で地を食み、速射砲のように放たれた己が身にブレーキをかけて向き直る

世の達人ですら絶句する神域の抜き胴
その凄まじき一閃は―――――しかし騎士の両腕に何の感触も残さなかった、、

「に、逃げただと……バカな、、、」

そう、、騎士の薙いだ少女は既に残像

セイバーの不可避の剣は、少女が元いた空間をむなしく切り裂いたのみだった
転移…? 霊体化? 
いかなる手段かは定かではないが、ともかく――

騎士と機人の闘いは、今まさに一合を交える直前、、
機人の少女の突然の離脱によって不戦、という結果を残したのだった

唖然とする騎士
思考に湧き上がる疑問

先程の自分の言葉で……逃げた、と思わず呟いてしまったが、、
だが、彼女は間違いなく自分と戦う気だった
あの戦意と決意、ひしひしと伝わってくる想いは紛れもない本物で――

あそこでやはり臆病風に吹かれて背中を向けた、など考えられない

(ならば外部からの干渉……? 彼女の仲間が何らかの形で介入したか、、?) 

寸前でのチンクの焦燥と誰かと言い争う様子から、そう考えるのが妥当なのかも知れないが
しかしそんな事は今はどうでもよかった…

何にせよ、目の前の大魚を逸した事に変わりは無く
騎士の顔に浮かぶのは―――

「………く、、、」

猛烈に湧き上がる悔しさと後悔のみ
血が滲むほどに唇を噛むセイバー
マスターに繋がる唯一の手がかりを――みすみす逃した、、、

彼女にして、信じられないほどの不手際だった

(――倒し得た…)

そう、、容易く倒し得る相手だったのだ…

向き合ってすぐに、360度どこからでも斬り込めると確信した
その気になれば――
コンマの位で秒殺出来たはず

だが、勝利の確信から一足刀に飛び込んで
たびたび敵の策に嵌った苦い経験のある騎士

―― 万に一つの負けも許されない ――

その思いから慎重を規し、、万全を以って臨んだ……

(その結果が―――このザマか……)

何をやっているのだ…と
己が不甲斐無さに肩を奮わせる騎士王
無心で、いつものように問答無用で斬り伏せていればよかったのだ、と
その剣先が後悔に震えている

――余計な事ばかり考えていた

高町なのはは自分の剣戟を食らいながら立ってきたが
それは後の談話で、魔道士の纏う神域の法衣の防御力によるものと聞かされた
もし生身であの当身を受けていたら、とてもじゃないが立ち上がれなかったと

ならば目の前の少女もまた同等の防御で護られているのだろうか?
機人というからには、見た目があれでも並の人間より遥かに強靭なのか?

――そんな事ばかり、、

だが、そうあって欲しいと思った……そうでなくては、、

何せインパクトの瞬間、膨大な魔力を叩きつける自分の剣は、いわば炸裂弾のようなもので
刃を返さない当身とはいえ、普通の人間がそれを食えば内臓破裂、肋骨粉砕は必至
華奢な少女の肉体など、ひとたまりも無いだろう

――殺してしまっては元も子もない
――例によって、剣の腹での当身で、、

――情など無い

この娘が自分の剣に叩き伏せられ
苦しみのたうつ姿を見たくない、、などという惰弱な情などは決して無い…

騎士――否、幼子を手にかける事に対しての人として当然の躊躇、、そんなものは
サーヴァントの使命、マスターの命を最優先事項に置く自分の前には何の影響も与えない

そうだ…情など

―― ソンナ、ヨケイナコト、バカリ、カンガエテイタカラ、――


頭の中で
繰り返し
繰り返し

倒せる、一瞬で屠れる、と
反芻しながらも、安全策などとのたまって剣を遅らせた…

情を捨てて敵を打ちのめす、と心の中で繰り返し唱え続けた――

だが考えても見ろ
普段の自分ならば――

―― そんな事を心に言い聞かせるまでもない ――

思慮に上るまでもなく、無意識のうちに行っている事であるのに、、

踏み込む瞬間、敵が見せた決定的な隙
アレを見逃す自分ではないし、見逃してやる義理もなかった
だのに、阿呆面を晒して敵の出方を待っていた自分――

そもそも相手の出方を待つコト自体、、、自分の剣風ではない

敵が何を仕掛けて来ようとそれを真っ向から最速で打ち破り
何もさせずに斬り伏せるのがこの騎士の剣

だのに、、、

目元に己が手の平を当て
言い知れぬ後悔に身を焦がすセイバー

もはや、、あれこれと言い訳などしてもしょうがない
逃がした原因など分かりきっているのだから

サーヴァントとして非常な剣を振るうなどと猛っておきながら―――

「躊躇って……いたのか、、、私は―――」

どこかほっとしている自分がいる事を、もはや誤魔化しきれない

あの屈託の無い笑顔が苦痛に歪み、倒れ付す姿を見たくなかった――
あの笑顔が、理不尽に対して涙を滲ませていた顔が――
自分に期待を寄せてくるあの顔がチラついて踏み込みが遅れた――

そう、、この不逞は全て………情にほだされた結果、、

「シロウ……済まない、、」

慟哭めいた声と共に――
騎士は今宵、誰の血を吸わせる事のなかった聖剣で
その虚空を力任せに横に薙いだ

バォウ、という空気を引き裂く音と共にその風圧が
真空の刃となって、10数mは離れた家屋の壁に一文字の亀裂を作る

そのやるせない叫びを最後に、、ヨロヨロと後方の壁に寄りかかってしまう騎士

情けなく歪んだ顔を隠すように当てていた右手が
前髪をくしゃりとワシ掴みにする


ナンバーズ・チンク――

長き放浪の末に接触してきた
この得体の知れない怪異の首謀者の一味

今すぐ、闇雲に追いかけるか
再び接触してくる機会を待つか

今後の対応を冷静に考え、備えるという思考は
今のセイバーの気持ちを抑える何の手助けにもならなかった…

果たして今宵の記憶は、消えずに残ってくれるのか――
予兆なく現れる肉体と精神の変調――
自分は、、己が足でマスターの元に辿り着けるのか――

戦場で不敗を誇ったその力は
今の騎士の不安を消す手助けにすらならない

苦悩と不安に揺れるその薄緑の瞳が……

誰もいなくなったこの地にて
空をむなしく見上げるのみであった

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最終更新:2008年11月05日 06:17