半開きになった窓

そこから吹く風が音も無く
対照的な金の髪と銀の髪を揺らしていた

片や絶世と呼んでも差し支えない美麗な容姿を持つ金の髪の騎士
片や幼年特有の可愛らしさを醸し出す屈託のない様相の銀の髪の少女

その片方――騎士の少女の両眼が、、限界まで見開かれている

(効果覿面、か……)

銀の髪の少女が揺り椅子に揺られながら横目で騎士の視線を受け止めている

初手にてジョーカーを切った
その事に対する緊張はあれど、後悔はない

短期決戦――いかに詰めるか纏めるか
隻眼の少女のAIがフル回転する
あとはそう――どう説明するか、どう納得させるか、、

「それは―――」

先ほどまでの和やかな空気は、騎士の一言――
さっきまでとは別人と見紛うばかりの低い声色によって、跡形もなく霧散した
まるで姉と妹がじゃれ合っているかのような微笑ましい風景もまた一変し
張り詰めた互いの感情が具現したかのような緊張感は、まるで―――戦場

「我がマスター、、エミヤシロウの元に…という事ですか?」

一言一言ゆっくりと
確認の言葉を紡ぎ出す騎士

「…………」

「チンクといいましたね――答えてもらおう
 我がマスターが……貴方の元にいるという事ですか?――」

騎士の声色がまた下がる
みるみるうちに険しくなっていく騎士の表情
相手の急所――この決定的な札を切った以上
少女に待ったをかける事は許されない

当然だ、、
今の発言が、この状況でセイバーにとって意味するもの
それは一つしかない

この地に降り立って一番初めに憂慮した可能性

――― マスターの拉致 ―――

少女の言葉は、この許し難い暴挙を如実に表す言葉だったからだ

「剣の英霊……落ち着いて聞いてくれ」

「………」

ふう、と大気中の酸素を体に入れる少女
緊張に乾く唇を一舐め、、

「私の言う主は――――そいつの事じゃないと言ったら…………どうする?」

片目には微かな憐憫の情
それをあくまで悟られないように――少女は騎士に真実を叩きつける

「…………何だと?」

返される騎士の言葉は、まるで氷のような鋭さを秘めていた

掛け布の下にある騎士の右手が再び強く握られ――震えている
いつ爆発してもおかしくないその感情は少女にも伝わってくる
だが、、、

(今ここで……全てをありのままに話すわけにはいかない、、)

少女に一抹の焦燥
下手に転がせば致命傷の局面
多大なる魔力、労力を払って具現したこの最強の騎士を―――
札の並べ方次第で、、瞬く間に潰してしまう事になりかねない
そして全てを納得のいくように説明できるほど
少女はあのロストロギアに精通してはいない

その少女の焦燥、沈黙をどう取ったのか、

騎士の敵意はやがて殺気に―――
その口から、まるで獣のような低く唸る音が聞こえた

聖杯戦争の裏ルールの一つ――
参加している正規の魔術師を殺し、その令呪を剥ぎ取る事でサーヴァントを己が物とする
外法ではあるが違法ではないそれはこの闘いにおいて…
決して少なくない頻度で行われていた事であり
少女の口から語られた一言が表すもの、、

それはつまり、――――

(――― 殺したという事か……?  シロウを…… ―――)

初めの状況と、そして騎士の「最後まで話しを聞く」という自制がなければ
この場で剣閃が踊る事になっていたのではないか、、
それほどの殺気を両目に孕ませる騎士に対し
表情こそ冷静を装っているチンクであったが、握られた両の手の中は、既に大量の汗を握っている

「誤解するな……私が、、
 私たちがその、シロウとか言う奴をどうこうしたわけじゃない」

「………」

記憶の混同
不安定な実体化
この騎士を形作る要因がまるで安定しない理由
それを話すべきか否か――

全てを知った時、、この英霊はどのような行動に出るか
否……そもそも受け入れられるかどうか…

プログラムとして実体化させるには「この」やり方しかなかったとはいえ
共に闘う仲間になる筈の騎士に酷い苦痛を与えてしまう事になった

そのせめてもの緩和が出来ないか――

所用により、フィールドに降りていた事もあり
岐路につく前に出来るだけの事をしようとしたチンクであったが、、

「とにかくお前は今、凄く危うい状況で……
 詳しい説明は姉や博士が、―――」

「シロウはどこだ」

あまりにも取り付く島も無い騎士の激情
穏やかで物静かな印象を醸し出していた
先ほどまでの彼女と比べての――この豹変

それほどまでに、、大事なものなのだ……
騎士にとってエミヤシロウという存在は

気勢に飲まれそうになると同時に彼女に対して尊敬……
いや、憧れの念を抱かずにはいられない少女
自分とて生みの親である博士を慕う気持ちは誰にも負けない
だが、、機人である自分は同じような状況になった時
目の前の騎士のようにこれほどの想いを……猛りを……

示す事が出来るであろうか?
これほどまでの 揺らぎ を―――

「一つ問う」

セイバーの碧眼の瞳が隻眼の少女を射抜く

「マスターと我が身が引き離されたこの事態――
 それは貴公らの所業によるものか?」

「そういう事になる、かな……」

問答の度に、まるで具現された感情が大気を揺らすかのような錯覚を覚える

「先の魔道士や英雄王ギルガメッシュと戦うように仕向けたのは貴公らか」

「………魔道士に関しては、そうだ」

「………」

少しでも、緩和を――
そんな思いでセイバーに介入した少女であったが
騎士の容態を直に見て後悔せざるを得ない

(「誰か」について来て貰えば良かったな……)

使える言葉
提示できるカードが―――――あまりにも少ない

(とはいえ、「他の奴ら」は最終調整だしウーノ姉は制御室を離れられないとして、、、
 クアットロ――いや、、あいつはダメだ……説得できる話も壊しかねない)

思慮に耽り沈黙を続ける少女―――
その時、

騎士に被さっていた掛け布がめくれ上がり、目にも止まらぬ速度で具現化された剣が閃く

あのエースオブエースをして切り結ぶ事すら許さなかったその切っ先が、、
眼帯の少女の喉元に突きつけられていた

「……っ!!」

残ったほうの目を見開き唇を噛む少女

(ヤバイな……くそ、、)

剣は、少女の喉下でピタリと止まっている

「答えよ、チンク」

ピィン、と張り詰めた空気
それはまるで極寒の氷土のようであり――
自分に敵意がない事を示すため、敢えて動かずに流れに任せるしか無いナンバーズの5

否、少女とて戦うつもりなら初めからそうしている
だが目的を考えるなら、ここで応戦するなど愚の骨頂なのだ

――徹底して示される無抵抗の意思

故にセイバーもこれ以上の事は出来ない
清廉な騎士の名に賭けて剣を抜かぬ者を、その手にかけるわけにはいかない

「シロウは――死んだのか?」

氷のようなセイバーの声が、、僅かに震えた
抑えようとしても抑え切れぬ騎士の感情はしかし――

「生きてるよ……そいつに関しては一切、手を出してない」

……………………

沈黙が部屋全体を支配する中
カチ、コチ、と、時計の針が進む音が妙に響く

燃えるような碧眼を向けてくる騎士に対し
あくまで平静を保ち、それに相対する少女

「………その言葉に―――偽りはないか」

「誓うよ……ウソはつかない」

短い言葉のやり取りだった
その後、再び場を支配する沈黙であったが――

その一言、その事実だけで、

溶岩が急速に冷凍、硬化するように
騎士の激情立ち込める空気が和らぎ――部屋の温度が少し下がった気がした

(ふう……)

峠は越した、、そう内心で溜息をつくチンク

対して、更なる思慮に耽る騎士王
勿論、少女の言動を全て信用するセイバーではない
彼女とて単に戦場で剣を振るうのみの者にあらず
権謀術中渦巻く宮廷にて、その頂点に君臨してきた王なのだ

(―――我が身に起こった異変
 怪異の黒幕はこの者、もしくはその仲間によるもの……
 ならばやはりこの娘、信に足らぬ者という事になる…)

剣を突きつけたものと突きつけられたものの邂逅が続く――

幾分和らいだとはいえ、今まだ緊張張り詰める空気の元、互いの視線と視線が交錯する

(だが、、この少女の目は………)

ここでセイバーに一抹の戸惑い―――
この眼は、、どう考えても相手を欺き陥れる者の目ではなかったからだ

その真摯な瞳に態度
何より自分達の企てをこうして吐露してきた意図
何か大事な事を訴えようと必死になっている

そんな目をした者を無下に斬り捨てるには、、彼女の剣は暴虐、蛮悪の色が足りなさ過ぎた

場を支配する緊張が緩和していく――
その時………

@ ぐきゅるるるるるるるる @

………………………

「………」

「………」

残った空気をたちどころに霧散させて余りある間の抜けた音が、、部屋一帯に響き渡る

一瞬、何が起こったのか理解できないチンク
対して苦虫を噛み潰したような顔になるセイバー

その顔があまりにも少女のツボに入ってしまい、、

「………ぷ、、、」

苛烈なる刃を前にしているという事も忘れて、耐え切れなくなってしまう少女

「くくく、……」

「な、何を笑う…!」

「………、ふ・・・・はは、、」

初めは忍び笑いに過ぎなかった
それが次第に感情を帯び
フルフルと少女の肩を震わせる

そしてついに耐え切れなくなった少女が、――

「あっははははははっ! ははははははははははははははは!!!!
 こりゃいいや傑作だ!! 大技炸裂だぞ英霊!!!」

腹を抱えて大笑いしてしまう

「わ、我を愚弄するのかッッ!」

「安心したら腹の虫だなんて……ああもう、、何だよお前…
 悶えるくらいに可愛いじゃないか……
 ウチのお転婆どもに見習わせてやりたいなぁ―――……く、、くく、、 ぷははっ!!」

「~~~~~~~~~ッッッッ!!!」

顔を真っ赤にして睨みつける剣のサーヴァント
だがどれだけ猛ろうともはや格好などつくはずもなく、、

「お腹すいたんだな!? 
 丁度作り置いていた物がある――持ってきてやるから待ってろ!」

「あ、待て! まだ話は――」

喉元に当てられた剣などまるで意に介さずに部屋を出て行く少女
この様では主導権を握り続けられる筈もなく
聖剣を突き出した体勢のまま動けないハラペコセイバー

一人残された部屋で、やがてガクンと肩を落とす……

(し、醜態だ…)

確かに初めにこの地に来て(?)から何も食べていないが…何もこんな時に、、
羞恥でワナワナと震える騎士王様
空気の読めない自分の腹をガツン、と軽く殴る

扉の向こうではトタトタ、とせわしなく動き回っている音
そして時を待たずその音がこちらへ近づいてくる

「………」

自分の羞恥と必死に戦っていたセイバーであったが――
だがしかしこの状況、この話の流れなら
少女が扉の向こうで何をし、何を持ってきてくれるのか、誰しも容易に想像がつくであろう

その誘惑に勝てそうもない自分
期待してしまっている事が恥ずかしくて
つい、こめかみを抑えてしまうセイバーである

そしてほどなくして、勢いよく開け放たれた扉からニコニコ顔で戻ってきたチンク

もはや大事な問答をする空気ではない
そんな空気は自らの腹がぶち壊した、、自分の胃腸がひたすら恨めしい……

そんなドロドロになった思考を悟られたくなくて所在無く目を逸らすセイバー
顔は未だに、サクランボの実よりも真っ赤である

だが、開け放たれた扉より持ってきたモノ
少女の手に持たれている、鼻腔をくすぐるその匂いは、――
彼女を羞恥の煉獄より引っ張り上げるに余りあるモノであった

そこで誤解を生まぬために言っておくが
それは決してお約束どおりの――良い意味での引き上げではない

否、、これもまたお約束であるのか――

それは匂い、というより臭い、、
異臭、、と呼べるもの―――

ソレに違和感を感じ、騎士は意識を覚醒せざるを得なかったのである

やがて少女が右手に持っていた皿をテーブルに置き
食器に盛り付けられたモノ――
それを初めは横目で……そして、、凝視する

「さ、食え!」

「………」

自分の目下に置かれたモノを見た時のセイバーの本日最大ともいえる怪訝な表情が……
今の状況を――――如実に語っていた

「どうした……?」

「………」

「え、遠慮しなくていいんだぞ?」

無表情、、

否、そして再び灯る騎士の明らかな敵意の眼差し
そんなサーヴァントに対し満面の笑顔で箸を薦める少女であったが、、、

その声に焦りが混じるのをセイバーは見逃さない 
あれだけ冷静を装っていた少女が今や、冷や汗だくだくだ

「――――そういう事ですか…」

「な、何が…?」

己の見る目の無さに呆れてしまう騎士

何が「この瞳は人を欺く目ではない」、というのだ
というよりこの歳でたいしたものである……と思わずにはいられない

このような無垢なる瞳を向けながら、よくも―――

「先に忠告しておく」

もはや、その後の少女の狼狽する姿を目に入れたくないと言わんばかりにすぅ、と――目を閉じる騎士

そしてキッパリと、、

「サーヴァントに毒など通用しない」

相手の謀略を看破した――――

―――――――― 、、………

「どういう意味だそれェェェェ!!!」

ほぼノータイムと言っても過言でもないだろう
ともあれ、ガァン!と机をぶっ叩いて抗議の絶叫を張り上げる眼帯少女であった

「どういう意味? 自分の胸に聞いてみるのだな
 そのような拙い権謀で私を討とうなど愚かの極み……
 初めの言動も全ては芝居、、もはや貴様に対し、この剣を振るうに何の躊躇も」

「失礼な事を言うなぁあああ!! お前もか!? お前もなのかっ!??
 何でそんな酷い事が言えるんだチクショーーーーー!!!」

「む………」

怜悧な殺気を点すセイバーであったが
それに対し、冷や汗や焦りの表情から一転、眼帯少女の絶叫は涙声に近い

――何かを言われる事は覚悟していた
――だがその一言は心外過ぎる

彼女の態度を直訳するとそんなところか

些か面食らった感のある騎士王だったが、、チラっと――
騎士は再び、卓上に並べられたダークマターの如き物体に目を向ける

ぐつぐつ、と煮立った
紫がかった茶色の物体
荷崩れした何かがプカプカと所在無く浮いており
その刺激臭は鼻を通り越して―――脳にクル、、

こんなあからさまに毒々しいモノ………これが食物である筈が無い
少なくとも、、こんなものに口をつける生物などいるはずもなく、、

「毒でないと言い張るのか? 
 暗黒の海から掬ってきたと見紛うばかりのそのような物体を」 

「ムキーーーーー!! 一生懸命作ったのに何だその言い草はァァッッ!!! 
 文句はせめて口に入れてからにしろよっ!」

もはや猜疑心に徹底武装したセイバーの目から見ても……

――― 少女の怒りはホンモノだ ―――

何か決定的な間違いを犯したか?
そんな気にさせざるを得ない少女の慟哭であった

が、、、、、
だからといって、こんな……
こんなモノを食物に並べられてハイそうですかと口に持っていく愚か者はいない

「ならば―――まず貴方が食してみたらどうだ?」

あくまで厳しい視線を崩さず騎士がそう言い放つ

フー、!と…まるで怒り心頭のネコのように唸っていた眼帯少女であったが
その言葉を受けた直後の事だった

かつかつかつかつかつかつかつかつ

「は、、―――?」

毅然とした態度を崩さなかったセイバーの表情が
ポカーンと、口を半開きにした間抜けな顔になる
その工業排水の如き公害スープを少女は躊躇う事無く、、
ものすごい勢いで掻き込み始めたのだ

皿にあった産廃物、もとい料理を半分ほど平らげて
ケプ、と可愛い音を口から出した後――

「どうだ!!!」

グっと親指を突き出す眼帯少女であった

、、、、、、、、、

初めはあんぐりと口をあけて事の成り行きをただ見呆けていたセイバーであったが――

(そ、そんな、、、バカな………)

口元を紫色の食べ粕に染めた少女に対し、次第に顔に驚愕が張り付いていく騎士の王

「毒じゃないと分かっただろう? 大丈夫だ! 
 見た目は悪いが今回は自信作なんだ!」

皿に盛られた残り半分の自称・料理……その物体をレンゲに掬い―――

(なっ!?)

ずいっと騎士の目の前に持ってくる少女に対し
ガタン、と息を飲んで後ずさりするセイバーであった

「どうした…先に食べたぞ私は」

「いえ、私は、、その……」

「あれだけ失礼な事を言ったんだ…まさかここで約束を違えるつもりじゃないよなぁ?」

「約束など、、した覚えは――」

覚えは無い、と言いかけてそれを飲み込む騎士
確かに約定を交わした覚えは無いが、しかし……

先に毒と断じ
違うというなら証明しろと突きつけ
それを覆された

外交で言うなら完全に自分の負け――
自分は相手の親意に対し、これ以上ない泥を引っ掛けた無礼者、という事になる

初めの介抱から、ここに至るまでの数々の施し
相手の好意を考えるに――ここで拒むは騎士道に反するという思いが
彼女の頭に先行しているのだ

「ささ、騙されたと思って!」

(ま、待て…落ち着けアルトリア……
 だからと言ってこのような明らかに食べ辛い物に口をつけなくてはならないという義務は、、、
 そもそも、この少女は敵かどうかも定かでなくて、、、……)

「さあっ!」

「待ってく、れ……今しばし――」

再びニッコニコな顔でレンゲを薦めてくる少女の満面の笑みがセイバーには悪魔の手先を連想させたに違いない

(……せ、聖剣よ)

彼女の右手に添えられた光り輝く勝利の剣
幾多の戦場を制してきたその護り手の加護を今はただ信じ、――
剣の英霊は突き出されたレンゲに対し、、

(ええい! ままよっ!!)

観念したようにあーんと口を開けて一口、、、

「……………」

期待に胸を膨らませた表情の少女を横目に
眉間に皺を寄せた表情のまま―――もくもく、もくもく、、

もくもく、もくもくもくもく、もくもくもくもく、もくもく

無言で、(無心で、とも言う)口を動かす
部屋を支配する沈黙に木霊する租借音は一刻
期待に胸を膨らませる少女と――そして、、

それは例えるならば……

まさに電源の切れたからくりの如き脱力っぷりであった
まるで軟体動物のように くにゃり…と
まずは腰からくの字に折れ曲がる

その後、まるでその脱力が胸、肩、頭と上方に上っていき――
前方に力なく突っ伏し
ガターーン!、と顔面から見事に卓上に叩きつけられる

「あ、、、、あれ……?」

その時間にして1~2秒の壮絶なる光景に
笑みが消えた少女の口から懐疑の声が漏れる

と共に――

顔面をテーブルに打ちつけた反作用で
ドタン、と……後方にぶっ倒れる騎士の王、、

無様に天井を仰いだその両目が――ナルトを貼り付けたかのようにクルクルと回っている

「うわぁ!? 英霊!? 英霊~~~!!?」

仰天するチンクの叫びが……ただただ遠い――

チーン、、――と
供養のSEを入れたのは彼女の傍らに侍る聖剣か、、

ともあれ、最強のサーヴァント・セイバー

本日、二度目の気絶であった

――――――

極限の冷気にさらされた物体に急速な熱を加えると
どんな硬度を誇るものでも崩壊を免れないらしい

闇に慣れ親しんだ眼球に強烈な光を浴びせると
網膜などは一たまりもないという

ならば空腹に喘ぐひもじい胃腸に
破滅の胎動を流し込まれた時の総ダメージ量もまた―――

推して知るべきなのだろう…

神話に名を連ねる最強の騎士王――ここに撃沈
そして見事、その不敗伝説に終止符を打った小さな勇者は今、、

「うう………ご、ごめん」

ただ挺身低頭、頭を下げるのみであった……

無言の背中は、その結い上げられた金の髪が「心なしか逆立ってる」ところ以外には
彼女の表情を伺い知る事はできない

だが、、たまに肩口が小刻みにブルッと震えると共に手を口に当てるような仕草は
強烈な眩暈と、内から込み上げてくるナニカを必死に抑えているようだった

今や背中から強烈な負の嘔気(オーラ)を漂わせている剣の英霊

彼女は騎士にして誇り高き王である
市井の者ならば酔いつぶれたり不快感に苛まれて粗相をしようが誰も気にも留めないだろうが
やんごとなき素性である彼女が辺り構わず、、なわけにはいかない
いかに体内に土石流を流し込まれたとしても………忍の一文字を以って耐え得るしかないのだ

「わ……悪気は無かったんだ、、、ホントだ…」

扉の隙間から、おずおずと顔を出すのは
あのエースオブエースでさえ倒す事適わなかった騎士王を見事KOした眼帯少女

「……………」

「い、意見を聞きたかったんだっ! 
 ほら、誰かに食べて貰わないと客観的な評価は得られないと言うし!」

「意見ですか―――」

抑揚のない声が返される

「見事なお手並みでした」

首だけをくるん、と回して少女を一瞥する騎士
人間を威嚇、警戒する野良猫の如き仕草である

「これほどの凄まじい威力は宝具相手ですら味わった事が無い――
 間違いなくどんな敵も一撃でしょう」

「あ、あう……」

そんな騎士と少女がやり取りをしている、ここは台所である
簡素ながら洋風の意匠を思わせるコンロや水場は
使い勝手の良い、初心者に優しい仕様となっていた
その一室に現在、トン タン トン タン、と
まるで日曜大工のような音が響き渡っている

、、のだが――

「イケると思ったんだけどなぁ、、、」

――――ダァン、!!!!

「ひぃっ!!?」

ボソっと一言呟いただけの少女の不穏当な発言はしっかりと騎士に届いていたようで……
まさに針の筵のチンクである
どうやら騎士は包丁で何かをぶった斬っているようだが、、

「何がどうイケると思ったのか知らないが――冗談にしてもタチが悪すぎる」

六甲卸の如く冷たい言葉だった…

「味覚に呪いでもかけられているのですか? 貴方は」

「お、前なぁ……」

あの神父に負けず劣らずの毒舌っぷりに涙目になる少女であったが

「そ、それにしても、、お前はちゃんと料理が出来るんだな…
 やっぱり女の子だ、うん――」

「………」

それでも懲りずに仏頂面で立つ騎士に声をかける少女

竜娘の怒りマックスの斬撃が厨房にひたすら木霊する中、、

――、カキン

その激情のままに振るわれて、答えられる武具など彼女の聖剣くらいであろう
貧弱な調理用具などソレに耐えられるはずもなく――
本日四本目の犠牲者となったミートナイフが無残に四散し、その短い生涯を終えていた
そして食材と一緒にぶった斬ら続けたまな板もまたズタズタの肢体を晒し、、、ほどなくして力尽きるであろう
逆鱗を撫でられた竜に刃物を持たせるべからず―――その禁を破った事による惨状がこれである

ジューーー、、、、、

だがそんな風景も束の間の事
甲高い、気持ちの良い音が厨房に響き渡った
立ち込める香ばしい匂いと何かの焼ける心地よい音は
ここが蹂躙の園ではなく、食材と料理人の支配する空間である事を如実に表している

「お、、何かそれっぽくなってきたぞ…」

口元が引きつらないよう苦心しながらの少女の言葉である

「な、なあ…ところでそれは何を作ってるんだ?」

どうせ料理の詳細など聞いたところで理解は出来ないのだが
亀裂の走った関係を修復するコミュニケーションは必要だ

その問いに対し、暫くは沈黙を以って答えていた騎士であったが――

「豚の、、カクニです」

ややもして緩慢ながら、、その口を動かした

「うんうん! カクニというのか……それ、、ふむ」

先ほどまでざっくばらんに切り刻まれていたのは豚のブロック肉であり
それをピックで串刺しにしてコンロでジュージュー「丸焼き」にしている
それを指して――何の躊躇いも無く「角煮」と称す料理の鉄人・セイバーさん

思い巡らすは某所某日――
空腹に耐えかねたハラペコライオンが衛宮士郎の調理中の風景を覗いている時の事であった

たまたまその時、士郎が己のサーヴァントのために丹精を込めて作っていたのが――豚の角煮
甘くジューシーな香りに蕩けるような舌触りは王様の溜飲をトロトロに下げて余りあるものであり
その日一日、またたびを与えられた猫の如くセイバーの顔から笑顔が消える事はなかったという、、、

その時の消え入りそうな記憶を頼りに、今―――雄々しく厨房に立っている剣の英霊であった

ちなみにその時のライオンさんの見取り稽古は既に居間に盛り付けてあった前菜の誘惑に負けて中断されており…
表面を軽く焼いた後、この料理の根幹である「甘辛のたれで煮付ける」という肯定を見事にすっ飛ばす、というオチがつくのだが……

「…………」

焼くだけならば誰でも出来る――
まさに数学における足し算覚え立て状態の彼女の手から量産される
セイバー作 「豚の角煮」 と称した半生肉が―――ゴロゴロ、と歪な音を立てて皿に盛られていく

「ご、ごつい料理だな……何か、、」

「………」

ギロ、と少女を威嚇する碧眼
それに睨まれて肩を竦めて下がる少女

騎士王とて、何年も研鑽を重ねたマスターの味に近づけるとは思っていない
未知の物体に口を犯された不快感、それに空腹感を一先ずは凌げれば良いのだ…
少しでもあの、極彩を極めた味に近ければそれで――

だがそんな殊勝な思いとは裏腹に、、出来上がったのは彼女の願いを頭から嘲笑う――
ろくに火の通ってないイベリコ豚の残骸であった

「…………」

虚ろな表情でそれを凝視しているセイバー、、
生前に幾度と無く食した、「雑」極まりない料理がそこにある
生兵法はケガの元――拙い記憶を元に蛮行に走った結果とはいえ――
戦場では容易く起こしてきた奇跡も、、ここで起きる事は無かった…

金に夢を馳せ、秘術に望んだ錬金術師はしかし一握りの金をも手にする事無く
クズのような鉄くずを握り締め、己が未熟を呪いながら岐路につくのみなのだ……

怪訝な表情で 「こんな筈では…」 と首を傾げるセイバーだったが、、、寄る空腹と不快感には勝てない

やがて、その小さな口がガブリと――その肉塊にかぶりつく

滴る肉汁
くちゃ、くちゃ、こり、と心地よい音と共に所々ピンクの生地の残った焦げ肉を租借する

「う、美味いか?」

横から騎士の表情を除く少女

もくもく、とせわしなく動いていた唇
瞑想するかのように閉じた瞳
その眉が、逆ハの字を作り―――やがて眉間に深い皺を作る

「なあ、美味い、、、?     いや、いい…」

少女が聞くまでもない……
みるみるうちに苦渋の表情に変わっていくその様を見れば答えなど、、一目瞭然であったのだから――

皿に盛られた石つぶて大の雑料理はまだまだ残っていた……
それを次々と、苦悶の表情のままに一気に口に放り込み豪快に飲み込むライオン

今更記述するまでもなく、サーヴァント・セイバーは絶世の美女である
端正な西洋人形の如き容姿、眉目秀麗な出で立ちは男女問わず、溜息をつかざるを得ないほどだ
まるで巨匠の絵画から抜け出てきたような金髪の美麗な少女

今、その少女が、、、

小さな口をぐぁ、と開きながら………豪快に半生肉を食して――否、喰らっている

(すご、、……)

少女が絶句する中、まるで猛獣のような食卓風景が続く
それは豪快を通り越してホラーでさえあった
見るものを萎えさせるに十分な、いつ終わるとも知れぬ晩餐

その主人公の――

「―――シロウのカクニとは、、似ても似つかない……」

この一言により、、、
喪に服しているかのような悲しい夕餉は
一先ずの閉幕を迎える事となるのであった………

――――――

食事後だというのに、心なしかげっそりとした様子で向かい合う両者

場は再び、初めにセイバーが寝かされていた部屋に戻っていた

その両者の表情
セイバーは空虚感から
チンクは恐らく心労であろう…

「シロウの食事が……食べたい、、」

ボソリと一言……肩をうな垂れ、意気消沈しているセイバー

(は、話を円滑に進めるはずが……)

とんだ地雷を踏んでしまったと後悔する少女

「なぁ……いい加減、機嫌を直してくれよぅ、、」

「………」

「大事な話なんだ……
 横やりが入ったままじゃお互い気分が悪いじゃないか」

「横やりを入れたのは誰ですか」

「あう、、、」

まさに末代まで続くは食の恨みである

「、、……」

テーブルの上に、未だその威容を誇るロストロギアじみたソレを
無言のままにチラっと一瞥するセイバー

「実は……あまり味覚を使った事が無いんだ、、私は」

重い口を開くのは半・機械としてこの世に生を受けた少女
彼女にとって、食物から栄養摂取する以外にも補給の手段は幾つか存在し
稼動年数の大半をラボで過ごしたという過程から、味覚を育てる要素などはあるはずもない

「それで料理を嗜むつもりだったのですか? 貴方は……」

自殺行為もいいトコだと言わんばかりのセイバーに対し
プクー、と頬を膨らませる少女

「勘違いするなよ!? 簡素な料理なら問題ないんだ!
 パスタとか、魔道士の主食という事でイヤというほどリサーチしたから名人級だぞ!」

これ以上無いジト目がチンクを射抜く

―― アレで、、、名人級? ――

薄緑の両眼が口ほどにものを言っている

「今回はオーダーが特殊なんだよぅ、、、
 生半可な味付けじゃ受け付けてくれない……レトルトパウチとかいうやつを使ってもダメ
 何でも、舌を叩き壊すほどの衝撃を与える味付けこそ極意ッ!らしくて――それを求道してたら…」

「こうなった、と」

「うん…」

「……そもそもソレは何ですか?」

「麻婆豆腐だ」

「………、、」

紫色に煮立った毒皿
つーんと鼻に来る刺激臭
その表面に沈殿する白い物体が豆腐であると騎士は今、初めて気がついた

ともあれ、中華の至宝・麻婆豆腐

間違いなく目の前のコレは、その中国四千年の歴史とは全く別次元のベクトルを突き進んでいる
本格中華を嗜む遠坂凛が聞いたら笑顔で崩拳を叩き込まれ兼ねない

、、、、

「麻婆豆腐……」

――それにしても、、

「確かに味覚の確かでない者には些か難易度の高い料理に思えます」

「そのオーダーを出した客人がとにかく気難しいんだ……
 これじゃ到底、納得してくれそうも無い」

それにしても……何とも特徴的な料理が出てきたものだ、と
意外の念を感じずにはいられないセイバーである

何故なら、その料理の名前を聞いて真っ先に思い浮かべてしまう人物がいたからだ

(―――――あの神父、、)

そう、彼女にとっても因縁浅からぬ相手

聖杯戦争・監査役にして
サーヴァントとして現界した彼女の仕えたマスターの
その二代に渡って立ちはだかった――宿敵

――――言峰綺礼

あまり思い出したくない顔であった

(確か、あの男もその料理に関しては大層うるさかったと聞くが、、)

士郎の傍にいた頃は最大の警戒をしつつも決して彼女から近寄ろうとはしなかった
彼は今この瞬間も――教会において聖杯戦争の動向を見据えているのだろう

(あの男は、、、)

思案を巡らす騎士

(私と戦った白い魔道士や彼女の語った犯罪者が
 この町に降り立った事を知っているのだろうか…?)

英霊である自分と戦えるほどの魔道士と、その敵
どちらも聖杯を巡る当地の儀式が目当てで来たわけでないという話を信じるならば
積極的に介入してくるとは考えにくい――
そう考えるセイバーであったが、、

「はぁ……またどやされる、、気が重いよ……」

ションボリと肩を落とすチンクを前にやがてふう、と溜息を漏らす

「盛大に横道に逸れてしまいましたが――話を戻しましょう、チンク」

いつまでも口を尖らせても仕方がない
元はといえば、相手の純然たる好意を毒と早合点してしまった自分も悪いのだ
このような事で拗ねていては、それこそ騎士王の名前に傷がつく

「…………いいのか?」

頭を抱えて悩んでいた少女もまた態度を一変させる

戯れているようで実に切り替えが早い
その事に内心感心しつつ、コクリと頷く騎士

それを最後に―――それまでの弛緩した雰囲気が霧散する

互いに望む事、求めるもの
それを引き出し、手に入れられるか否か
剣を振るい、敵を打ち倒すのみが戦いに非ず

これもまた、一つの戦のカタチ―――

共に戦う者として生まれた両者だからこそ、、その空気を違える事は決してなかった

――――――

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最終更新:2008年11月05日 06:22