空に身を置き、その雄大な存在を誇示するが雲であり
大地に根ざす生き物は皆、それらを常に見上げる事でしか認識出来ない
唯一それらを見下ろす事が出来るのは
大地が育み、天高くその身を突き立てた広大な山々のみであろう
ここはその、大地に無数に根ざす山々の一つ
標高にしてそれほどに高くないものではあったが
頂上ともなれば、地上では決して届かなかった白雲を綿菓子のように掴み払う事も造作もない
当然、それほどの高度だ
地上に比べて気温は遥かに低下し、表面には昼間だというのに雪や霜が舞い降りている
そんな銀世界の様相を呈した山岳地帯にて、
「―――この小動物か…？」
「どうやらそのようです」
その清楚な空気に乗って聞こえてきたのは女性の声であった
無機質を思わせる声
内容は確認と返答、ただそれだけ
確認を担う言葉を発したのは、長身のショートカットの女性だった
地面からスラリと伸びた見事な体躯は男性と比べて些か見劣りする事はなく
鍛え抜かれたアスリートを思わせるスレンダーなボディは
見るものに溜息をつかせざるを得ないほどの機能美に満ちていた
そして対面に立つのは薄い桃白色の髪を肩下まで伸ばした、これまた女性である
隣の者に比べ一回り小柄ではあるが、同じく鍛えられたしなやかな肉付きは
その装着しているボディスーツの上から見ても明らかだった
彼女らは――――人間ではない
とある狂気の天才が、その卓越した技術の果てに生み出した最高傑作
戦闘機人=ナンバーズ、その姉妹である
個体名はトーレとセッテ
姉妹の中で３女と７女の位置にあるこの二人
今まさに佇むショートカットの機人、トーレの全身、特に両足のふくらはぎから噴出する蒸気は
たった今発動した彼女の能力によって生じた熱を急速に冷却するためのものであった
それでもなお冷めやらぬ両足が、膨大な熱を伴い地面の雪を溶かしている
そして対面のロングヘアの機人
セッテの右腕から生ずる武装に付着している赤い液体は紛れもなく、、生物の血液
そして二人の立つ地点から３ｍほど離れたところには
白くて小さな生物が………息も絶え絶えにして横たわっていた
――――――
「、、、、、」
その小さな背中にザックリと残る傷跡は誰がどう見ても致命傷であり
弱々しく呻く声を発そうとするも、それが音になる事は無い
―――システムによる召還を受けた者 ”以外” の生物
此度の我らの試み
第一段階にして早くも山積みとなったイレギュラーの数々
その一つの調査、捕縛を任じられ 私達はこの地に赴き
反応のあった地点に居た、白い粉幕に身を預けていた生物を奇襲し――
私のＩＳとセッテのスローターアームズの連携により一刀の元に切り伏せた
―――データ参照
―――潜伏先の星の生態系を検索
―――該当多数
ＮＥ、、ＫＯ、、、、
ネコ、というのか……
どうやら目の前の生き物はこの星の原生生物
人間との共生も可能な小動物との事だ
「野生の生物が何かの間違いで紛れ込んだのか…？」
「姉さまの奇襲に反応出来るほどの生物ですか」
「………」
妹の指摘、、、そうだ
この生物は認識外から放った私の初撃に反応し
回避行動を行い、あろう事か反撃の素振りすら見せた
この、ネコ、という生物
データでは発達した四肢、反射神経は人間のそれを遥かに凌駕するとある
ならばそれ程のポテンシャルを秘めた個体と認識すれば話は早いのだが、、
だが、、―――それでも、、
野生動物のそれとは違う……
こちらの攻撃を回避した際に一瞬交わした瞳の色は
動物に発する事かなわぬ確かな知性と感情の色があった
、、、それに瑣末な事だが
この猫という生物
寒さに弱く、寒冷地帯での生存は難しいとされている
このような雪原にて身を躍らせ、遊ぶ習性はデータ上認められない
「……………まあいい」
疑問はあったがそれは私の考える事ではない
例えこの動物が何であれ――
「任務完了……貴重なサンプルだ
まだ息があるうちにラボへ戻るぞ」
我ら二人のコンビネーションを完璧に避けるには至らず
結果、この個体は倒れ付し、雪の敷かれた白い大地に横たわり
純白の雪に紅い染みを作っている
それが結果だ――他の事など考える必要は無い
「ね――――」
与えられた任務は果たした
例のロストロギアが機動してより生ずる度重なるイレギュラー
旗艦に残っているウーノやクアットロもその処理に悲鳴を上げているだろう
やる事は山積みだ……のんびりとはしていられない
瀕死の生物を小型のケースに詰め、帰途に着く準備をする
「姉さまッ……！！！！！！！」
そんな私の背後から聞こえた
控え目、というより感情が乏しく滅多なことでは声を荒げたりしないセッテの、、
聞いた事のないような叫び声
「！？」
故に妹の発した切迫の声が自ずと物語るは
発生した非常事態の大きさである
何事かと事態に向き合おうと振り返る私
だが、、、そのコンマ0.001秒にも満たない
私の視認の間すら許さずに、、
―――それは始まっていた
――――――
ソレは機人の３女が振り向く暇すら許す事はなかった
「セッテッ！？」
恐らくはトーレよりも先に気づき
ソレから姉を庇おうとしたセッテ
彼女は今まさにその何かに吹き飛ばされ、、
踏み止まれずにトーレの横を吹き飛んでいったのだ
（敵！）
妹が飛ばされてきた逆の方向
つまりは自分らを強襲してきたナニカに向き直ろうとして――
「がっっ！！？？」
バシュン、、、という耳を裂くような爆音と共に
３女の側頭部に強烈な衝撃が走った
（食ら、、ったッ――！）
それは鈍器で殴られたような貫通力と
そして皮膚が破裂したような衝撃を伴う攻撃だった
頭部に被弾した事で脳内のアラートが鳴り響く
ダメージで後方にたたらを踏む機人
だが状況の分からない中、それでも彼女は卓越した能力を持つ戦士である
前後不覚の状態のまま、それでも追撃はさせまいと
姿勢を低くしながら逆方向に飛び――
「ぐっ、はッッッ！！！？？」
今度は背部に凄まじい衝撃を受ける事になる
（っ？ 後ろッ！？）
予想外の方向から襲い来る攻撃に焦りの表情を浮かべ、狼狽するトーレ
（上だ、、まずは空に――！）
チカチカと点滅する視界は先ほどの頭部へのダメージがまだ回復し切っていない証
これ以上の被弾はまずいと判断し、視覚機能の回復していないままに飛翔するトーレ
そこへ――またも響き渡るバチュンッ！という不協和音と共に
彼女の視界が完全に赤く染まる
「、、ぁ―――」
声にならない呻きと共に、空へと躍らせるはずだった身体が歪にのけぞり
再び地上に落とされる長躯
そしてガクンと砕けたヒザが地面に力なく付こうとする
――― 顔面に直撃を食らった ―――
彼女がそれに気づかされたのは
鼻腔と口腔に満たされたドロリ、という感触と鉄の味
そしてそれが口の端から勢いよく噴出したのを見たから
その液体が地面に飛び散り、白い雪原に真っ赤な染みを作ったからである
（ば……、、）
馬鹿な…という思いが彼女の心に焦燥を生み、冷静な判断力を失わせていく
機動力を身上とする彼女にとって、敵の攻撃に被弾するという自体が稀有な事だった
その自分がこうも次々と被弾を許すなど――
「、、、ふ、――――」
とにかく頭部を潰されてはおしまいだ
腕をクロスして顔面を庇い、全方位を薙ぎ払うように回し蹴りを放つ彼女
このあらゆる角度からの攻撃、、
自分が何かに囲まれているのは明らかだ
故にその何かを全て弾き飛ばそうと放った、駒の如き回転蹴りはしかし――
その固めたガードと抵抗をまるであざ笑うかのような敵の更なる追い討ちによって潰される
今度は鳩尾と脇腹に衝撃が同時に突き刺さった
刈り取られかけた意識を強引に引っ張り上げたのは
その地獄の苦痛によってである
「ぁうッッッッ、、、」
速度重視の機体とはいえ、彼女は機人である
特殊な素材でコーティングされた皮膚と骨格は
並の人間など及びも付かない防御力を叩き出す
その装甲が――１撃で軋みをあげている
それを数発、回避も許されず連続で被弾しているのだ
耐え難い嗚咽に咳き込み
ヨロヨロと前のめりに倒れ伏そうとする肢体は早くもグロッキー寸前だった
そんな彼女の下方から伸びてくる一片の情けすら無いナニカが
今度は彼女の顎部を跳ね上げた
衝撃に目を見開くトーレ
その強烈な一撃は彼女の両の瞳から光を失わせるに十分なもの
後方に無理やりのけぞらされ、宙に浮く３女の身体
「ぁ、、、、か、、―――」
ごぷ、と口元から
口腔に溜まっていた液体が漏れ出る
未だ正体の見えぬこの攻撃は、とにかく強烈て、正確無比だった
一打で機人の装甲を抜く威力を持った攻撃が
恐ろしく的確に人体急所を打ち抜いていく
人間をベースに作られた以上、戦闘機人とて急所の位置は人と同じ
そこを強打されれば、容易く陥落するのもまた人と同じなのである
――何も出来ない
――何も見えない
まるで一方的な
戦いにすらなっていない
完全な蹂躙劇
もはや死に体となった彼女の肉体が地上２ｍ付近の高さに無防備に舞い上がる
その力無き個体はソレにとってもはや敵ではなく、
――― 破壊されるだけの憐れなマトに過ぎない ―――
まるで池に投げ入れられた肉に群がるピラニアの如し
戦闘力で機人最強である３女を瞬く間に戦闘不能に陥れたナニカが、今―――
無防備なトーレの全身に、部位を問わずに一斉に叩きつけられたのだ
――胸部破損
――右肩部中破
グシャリ、ゴシャリ、という鈍い音が彼女自身の聴覚に響き
時を待たずしてそれすらも聞こえなくなる
――前腕部機能停止
――右大腿部粉砕
――右膝関節機能不全
次々とＡＩに送られてくる警告はしかし
一切の抵抗を許されぬ身には死への十三階段以上の意味を持たない
その姿はさながら糸の切れた人形か
それともミキサーに入れられた果実か
――頚椎部損壊
――脊椎に重大な負荷
――頭部破損
――危険、ただちに撤退、撤退、撤退
彼女は今まさに10、いや100を越す
凶器を振り上げながら迫る敵の最中に投げ込まれ
無抵抗のまま袋叩きに会う錯覚に陥っていた
前面、背面、上半身、下半身を問わずに叩きつけられる衝撃
弾け飛び、無様に宙に投げ出された肢体に容赦なく撃ち込まれていくナニカを前に
――キケン、キケン、キケン、キケン
トーレは機能停止―――即ち「死」を覚悟した
既に用を成さない視覚が宙を泳ぎ、
そして偶然にもその光景を――
夜空を照らす星のように瞬くソレを見た
彼女は存在を知らないが、プラネタリウムというものを知識として知っていたならば
まるでそれのようだと感想を述べていたに違いない
豪奢な星々の煌きは…今は昼だという事実、、
故に夜天に輝く星など見えるはずが無いという常識を覆したものだった
実際、それは星などではなくそう見紛うばかりのナニカであった
星雲にすら見える、その無数の光こそ――
彼女を一方的に蹂躙したモノの正体であり
もしこの機人が遠巻きからそれを見ていれば
この攻撃が自分達の敵――
あのエースオブエースの繰る魔弾の弾幕によく似た何かだと気づいたであろう
しかしもはや彼女には既に反撃や回避は愚か、まともな思考に至る余力すら残ってはいなかった
凶悪な死の弾丸と化して彼女を襲う多彩な光は未だ消えず
爆撃と爆風に巻き上げられるトーレの身体から動力――
即ち生命力が失われていく
ほどなくして彼女は機能停止を余儀なくされるダメージを前に
微かに残った視覚回路すら破損し、全てをロストさせてしまう事だろう
――――姉さま
だからそれは幸か不幸か、、？
―――撤退、を
その光景が目に入ったのは
彼女にとって僥倖であったのか？
もはや死以外の選択がないと断を下した思考に
最後の動力を灯す原因になった事を喜ぶべきか
妹が蹂躙され、暴力に犯される姿を
目に焼き付けてしまった事を嘆くべきか
ともあれ数ｍほど離れた地点にて
同じように無数の光球に晒され、大破の憂き目に合いながら
それでも悠然と地を噛み、まるで自分の盾になるように立ち塞がっている――妹の姿を見た事が、、
結果として二人の窮地を救う最後の動力源になったのだ
それは意味の無い行動だった
360度降り注ぐ暴力の嵐を前にして
一方向のみに防壁を引いた所で意味は無い
「―――逃げ、、て――」
そう、、もはや妹のＡＩもその大半が破壊されている
故にその行動に意味など無く
妹は姉のサポート、フォローという任務に忠実に実直に
砕け散る肉体を推して愚直に動いていたに過ぎない
「――――――、、お、、、、、」
自身の大破の度合いは既に深刻を通り越して絶望
機能の８０％が失われたこの状態で、もはや動く事すらままならない、
彼女自身、"終わった"と認識した筈だ
だがこの事態にて三女は、、意思に反するかのように
同じように砕かれ続けている妹に手を伸ばす
それは既に理屈ではなく――姉として妹を助けたいという意地のみを動力源とする行動
強襲を受け、痛めつけられ、極限まで追い込まれたこの身を総動員して――
「ラ、イドッッ、、、、」
薄れ行く意識
未だ続いている己が身への爆砕の中
それでもトーレは、自分を庇い続ける妹に向けて手をかざし
――あらん限りの力を以って叫んだのだ
「、、、、インパルスーーーーーーッッ！！」
ナンバーズ=トーレ
―――ＩＳ発動
そのしなやかなふくらはぎ部分が発光し
残った最後の動力を一点に集中させ――
圧縮に圧縮を重ねたエネルギーを溜め込み、今――
一気に放出させる！
その凄まじいＧと全身にかかる負荷は
今のトーレの状態で制御できるものではない
過負荷により大腿と腰周りの関節が悲鳴を上げ、ミシミシと捻れる
それでもかまわない
伸ばした手の先にある妹の姿を彼女は決して見失わない
死力を振り絞ったトーレ決死のＩＳ発動は四方を覆った光球に自らぶち当たり
次々と被弾しながらその体を疾走させていく
まるで魚雷群を強行突破する潜水艦のような壮絶な強行軍
やがてそれは文字通り、インパルス―――
視認を許さぬ衝撃と化して 彼女を妹の下へと運ぶ
「―――――ね、、えさ………」
「ぎ、、、―――うおおおぉぉぉおおおッッッ！！！！」
ズタズタにされた肉体は手負いの禽獣の如く
あらぬ方向へ曲がった関節が、Ｇの影響で千切れそうになる
だがその絶叫は、肉体に生じた苦痛によるよりもむしろ
不甲斐無い自分に対しての咆哮か、、
己がまるでなす術もなく敗走する事
妹をこんなにされて、、その仇を取ってやる力さえ無い事
だが今は
今の彼女にはそんな悔恨に身を窶す余裕などはなく
妹を決して離さぬように抱きかかえ、その速度を全く殺さずに
トーレは白銀の山岳地帯を背に飛び立つのであった
超高速の飛翔により
自身の瀕死の肉体から撒き散らされた血肉が
その空に真紅の彗星のような尾を引く
まさに血路――決死の逃走劇
この間、、、
セッテが初撃を食らい弾き飛ばされてより実に秒を数える事１０にも満たず、、
機人二人が去り、静寂を取り戻した山岳地帯に残ったのは
血風の輪舞の催された雪原に描かれた大量の紅い血痕のみであった、、
――――――
「動力維持を最優先！ 生体ポットを空けて！！」
「あら、、うふふ――、、、」
「キャラ作ってる場合じゃないでしょ！ 早くなさいっ！！！」
「―――ッ………」
ラボに響き渡る長女の悲鳴じみた声が
いかに火急の事態であったかを如実に物語る
――この二人なら大丈夫と目を放したのがいけなかった、、
――ちゃんとモニターしておけば、、
そんな後悔も今や全てが手遅れ
任務に赴いた姉妹最強の個体、ナンバー３・トーレが
その脇に血みどろの妹を抱えて帰還したのがついさっきの事
そして彼女自身も既に機能停止レベルのダメージを負い
帰還と同時にその場に倒れ伏す
大量の出血は元より
皮膚が裂けて露出した機械部分がズタズタに寸断されている
口から微かに漏れる呼吸音は既に途切れ途切れ、、
何かうわ言の様に口を動かしているが、それが言葉になる事はなかった
「思考AIもカットして！
動力全てを最低限の生命維持に回すわ！」
「トーレ姉さま……セッテちゃん……まったく、、、もうッ！！」
次々と遮断していく各回路を繋ぎ直し、継ぎ接ぎし
死に行く肉体を留めようともがき足掻く二人の機人だったが、
―――その培養液の中、、
もはや全ての力を使い果たし
虚ろな目を宙に泳がせるトーレ、そしてセッテの
最後に残った目の光さえも失われていく
（だ……駄目なの、、、？）
唇を噛み締め
呻くような声をあげるウーノ
計器を自分の手足のように高速で繰っていた長女の手が……止まる
そして４女もまた、、
力無く項垂れ、眼鏡の奥に隠れた双眸に手を添えた
手の施しようがなさ過ぎる――あまりにも、、
諦めの二文字が両者の思考を過ぎった
その時、、
調整室の扉が開け放たれ
カツン、カツンと靴音が響いた
「博士！」
それは白衣を着た男
彼女らの生みの親――
ジェイルスカリエッティである
「博士、、トーレとセッテが……」
長女の悲痛な声が部屋に響く
４女クアットロも下を向いて
ラボの冷たい床を仰ぐより他に何も出来なかった
「任せ給え」
だが、そんな二人を前にして
男は常に浮かべた歪な微笑を微塵も崩す事なく言い放つ
絶望に打ち拉がれてい姉妹の顔が、、
それだけで――光を灯したように明るくなる
「ウーノ、サポートを頼むよ」
「はい！」
「クアットロ、ストックしてある臓器を培養庫ごと持ってき給え」
「は～いただ今！」
「なぁに……私の最高傑作がこの程度で終わるはずが無い
すぐに起こしてあげるよ、、トーレ、セッテ――クク、ク」
常人が聞けば、間違いなく気分を損ねる耳障りな狂笑
だが彼女ら機人は――
それを子守唄代わりにして生を受けた
故に今も、この博士の声は心安らぐ揺り篭と何ら変わらぬ安堵を与えるのみ
（博士が来てくれた、、、）
（もう大丈夫……）
だからこそ蹂躙され、くたびれ切ったトーレとセッテの
苦悶のままに終わろうとしていた表情にも安らぎの表情が戻っている
まるで母に抱かれる赤子のように、心と身体が休眠を求めているよう
その安心感に身を委ねるように彼女達は抗う事をやめて――
全ての機能を落とすのだった
……………………
―――眠りゆく二人の意識
その底には
宙を舞い、完全に戦闘不能になりながらも
偶然に――奇跡的に拾えた画像データと音声が残っていた
自身から遥か遠くに
ターコイズを思わせる紅黒い長髪を逆立たせて立つ
悪鬼のような形相をした女の姿を
――― 人の使い魔に、、、何してくれちゃってるのよ ―――
地の底から湧き上がったようなその声
それが間違いなく
機人の二人を瞬く間に屠った敵の正体、、
この貴重な記録が長女ウーノの手で吸い上げられ
第三のイレギュラーとしてレポートに記載されるのはもう少し後、、
以上が、この得体の知れぬイレギュラーと
管理局の白い悪魔と呼ばれた魔道士が
異郷の地にて交戦する、
その少し前の出来事であった――
――――――
＝＝＝＝＝＝
「―――ぅおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「―――ぶわぁぁああああああああああああああ」
「―――くああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー！！！！！！」
＝＝＝＝＝＝
――――――
――――耳に響く金切り声
それは停止していた機能を呼び覚ますのに十分過ぎるものでした
漆黒に覆われていた視界に光が灯り、
「帰ったようだな……チンク」
次元の狭間にて
鈍色の光沢を放ちながら、たゆたい胎動する
此度の神の遊戯の心臓部となるであろう揺り篭
その内部 にて―――
広間にいるであろうクア姉さまの絶叫を目覚まし代わりに
横たえていた身体をゆっくりと起こすトーレ姉さまと私
「クア姉さまがあんな声を出すとは珍しいです」
「それだけ余裕が無いのだろう……当然だ」
広間から二部屋ほど離れたこの部屋で
既に再起動を開始していた私を横目に、姉は切に語ります
様々な計器やポッドが立ち並ぶその部屋の外
「修理ドッグ」と記された扉の中にて
横たわる私と姉の肉体は未だ全快には程遠い…
「不甲斐無いな……
あいつにあんな声を出させているのは私だ、、」
「………」
数週間前、イレギュラーによって撃墜され――機能停止寸前で帰還したこの身
ただでさえ戦力不足で、計画の前倒しについていけてないという現状からか
隣で培養液に塗れた自身の体を見下ろす姉の表情は――ひたすらに暗いものでした
「ともあれ、チンク姉さまが無事でよかったです」
「アレも焦るだろうさ……こんなザマではな、、」
「…………」
いつになく自身を卑下する言葉を漏らすトーレ姉さま
姉妹の中で誰よりも強く
いつも厳しく、自他共に妥協を許さない
下の妹が皆、その力強い後姿を目指し、、見上げていました
あの大きい背中が今、、こんなにも萎んでいる
だというのに …
その姉の力になる事すら出来ない自分がいます
他の姉妹ならば、このような事態に際しても
気の利いた事の一つでも言って姉の気分を和らげているのでしょう
だけど私はこんな時、、どういう言葉をかければ良いのか分からないのです
私はセッテ――ナンバーズの７
１２人中、最も機械の部分が多く
それ故に最も揺らぎの少ない私は
博士の理想からは最も遠い出来損ないの存在でした
同じ機人でありながら、独自の個性を開花させている他の姉妹に比べ
私は未だ、感情というものが分かりません
ならば―――自分はそうなのだと
自分に言い聞かせてきました
ナンバーズは姉妹ごとに役割、性格、その他諸々
全てが違っていて、各々で担う役割もまた分担されていたので
ならば、最も機械的で揺らぎの少ない自分は
最も迷わず忠実に――姉妹の助けになること
それが私に割り振られた
私だけの役割なのだと―――
そう思って行動してきました
「――――――少し歩いてくる」
「まだ無理はしないほうが」
「少し慣らしてくるだけだ
それよりお前の方が私より遥かに重症のはずだ……寝ていろ」
微かに震えていた姉の声
それの意味するところを
データでは分かっていても本質的に理解することは出来ない
故にそれ以上の声をかけられない
その背中をこれ以上見れない
こんな時――
状況が切迫し、道が見えない時
壁を壊し、事態を打開せねばならない時
ありとあらゆる不測の事態が起こりつつあるこんな状況下にあって
私は、、言われた事を機械的にこなすしか出来ないこの自分は、、
本当に無力で、何の助けにもならなかったのです
＝＝＝＝＝＝
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
＝＝＝＝＝＝
「…………」
広間から聞こえる笑い声はクア姉さまのもの――
「………私は、、、」
何が出来るのでしょう……？
皆、苦しんでいます
姉さま達が辛い思いをしているこの時に
私は一体何が出来るというのでしょうか、、？
こんな不安を抱えた事は今までありません
このままではいけないという暗雲とした思いだけがあります
何かが狂い、何かがコワれてしまう前に――
自身の腕――
叩き折られたＩＳ、スローターアームズを
眼下に見下ろしながら、、私は思いを馳せます
私もまた何かを考え
何かを始めなければいけないのかも知れない、と……
最終更新：2008年11月19日 18:27
