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―― 何時の頃からか、、


自分でも気づかないうちにベッドの半分、、スペースを空けて寝る癖がついた

慣れないうちは、朝起きると左肩が痛くなったり痺れたりしたけれど
窮屈だと感じた事は無い
何故ならそこに一番安心できる温もりを迎え入れる事が出来るのだから
一杯の幸せを感じながら夢の世界に落ちていけるのだから

今もそう……
柔らかい敷き布団と温かい掛け布団と
そして、それとは違う温もり
私のよく知る温かさは羽毛や綿では決して醸し出せない
人の体温による温かさ

決して広くないベッドで自分と肩を寄せ合い、掛け物の取り合いをしている
たまに体が摺り合ってしまうほど近い距離にある―――金の長髪

その香りがたまに鼻腔をくすぐる度に………私は言い知れぬ安堵感に包まれるんだ、、


(フェイトちゃん……)

心の中で親友の名を呼んだ

すると、声に出した筈はないのに――
まるで聞こえていたかのように親友は私の方へ向き直り、
くもり一つ無い目で私を見つめて穏やかな微笑を返してくる

この10年間、苦しい時もきキツイ時もいつも一緒に歩んできた
私が魔法の道に入るきっかけとなった事件で出会った……かけがえの無い友達

管理局に本格的に従事してからは仕事の関係上、離れてしまう事も多いけれど
たまに一緒の時間が取れた時――同じ部屋で寝る時は
私達はいつもこうして同じベッドで夜を明かす
別段珍しい事じゃなかった

6課招聘のとき、はやてちゃんが気を利かせて
夫婦用の大きなベッドを用意してくれた時はさすがにちょっと恥ずかしくて
その心使いに苦笑してしまったけど、、

ともあれ、これはいつもと同じ風景
目の前にフェイトちゃんの優しい笑顔を感じながら
私は未だ覚醒に至らぬ意識ごと、そのまどろみに身を委ねている、、、

でも―――ううん

で、ありながら私は――

「……?」

そこに微かな違和感を感じずにはいられなかった

何故ならその日は何かが違っていたから
目の前のフェイトちゃんが、、


――― 私の知ってるフェイトちゃんじゃなかったから ―――


いつも優しく「なのは」って、私の名前を呼んでくれるその口は
いくら待ってもただの一言も漏れる事はなく
「その」フェイトちゃんは無言のまま――私の顔を瞬き一つしないで見ている

(……………)

だから私も一言も返さない

体を寝かせた対面で向かい合いながら
まるで時が止まったかのように
私は一言も返さない

――――ううん、、、


………返せない

そこで私は気づく
一言も発さないんじゃなくて、私は本当に、、、
舌が麻痺して喋れなくなっているという事に…

そして体も、、

私がそれに気づいた事を見越したかのようなタイミングだった

目の前の親友が、そんな金縛りにあっている私と対照的に
自由に動く右手を私の頬に添えた

微笑むフェイトちゃん……

何故だか、とてもゾッとした
相手はフェイトちゃんなのに、、

目の前の親友がそのまま体をずらしてきて、、私の首に両手を回す

抵抗は出来ない……

目の前の親友が、私の体を組み伏せ…上になり
上半身から下半身、その手足に至るまで――
まるでヘビのように絡み付いてくる…

何だろう……最近、、
これと同じ事を、フェイトちゃんと同じ綺麗な金髪の
とっても強くて素敵な人にされたような…

そんな思案に耽っている間、事態は私の戸惑いを待ってはくれない
友達の顔がだんだんと近づいてくる

手足一本動かせない……

意識は霞掛かっていて
びっくりしているのにびっくり出来ない
どこかおぼろげで―――儚い感じ

それを止める暇もなく
それを止める術もなく
それを止めようとすら思わなかった

「――――――ん、、、、、」

鼻腔をくすぐる香り
口腔を伝わる感覚

10年を共に過ごした友達

その唇が―――私の唇と重なった瞬間だった

口腔に進入してくる舌が感覚を痺れさせる
動かない筈の手に力が篭もり、体中に電流が走って……

どうにかなってしまいそうだった


でも―――


ああ―――


私は気づく


―――これ、夢だ………


、、と

顔は同じだった

でも……フェイトちゃんはこんな目で、、
艶めかしく挑発的な目で私を見た事は無い
そして私の意志を鑑みないまま、動けない私にこんな事をするはずがない

10年を共に過ごし、心を通わせた間柄だから……
いくら顔が似てたってそれが本物かどうか見間違うはずが無い

そう――私がフェイトちゃんを見間違えるはずがない……絶対

セイバーさんにあんな事(騎乗)をされた影響?
それとも、恋人を語るセイバーさんの表情に当てられての事?

ともあれ、自分で驚いている………
すごい夢を見ちゃったなって……

夢は睡眠中の自分の脳が作り出した幻覚の様なもの
だから決して、自分の知らない体験や感覚が再現される事は無いというのに――
この唇に伝わる感触は、、、とてもリアルで、

「ふ、―――――」

少し息苦しい………

でも、やがて夢のフェイトちゃんの手が私の首の後ろから移動し
それ以上の行為に踏み込もうとしたのを期に――
ゆっくりと、でも断固とした意志を持って、、
私は友達の両肩を抱き、その絡みついた身体を自分から離した

「―――――、?」

妖艶さを漂わせる目の前の親友の顔が
私のその行動に対し、キョトンと、、
何が起こったのか分からないといった風に、微かな驚きの表情を作る
まるで自分が何故、拒絶されたのか理解できないといった顔

「ごめん……」

「―――」

「こんな夢見ちゃうなんて……最低だね、私」

「―――」

無言でこちらを見つめてくる顔にズキンと心が痛む
目の前の、本物じゃないフェイトちゃん
私の作り出した虚像……

夢とはいえ、こんな自分の勝手な妄想で、、、
友達を汚すわけにはいかない

「今、どうしてるの――?」

「―――」

「夢でもいい……教えて」

眠りが浅くなり、脳が覚醒しかかっているのが分かる
その証拠に――意識が現実とリンクしかかっている

―――ここにフェイトちゃんがいる筈がない

、という現実を踏まえた上で
私は夢の中の虚像に向かって問いを投げかけていた

「―――、…………」

しばらくして彼女は悲しげな顔をして――
まるで朧掛かったかのように私の目の前から消えてしまった

「あ、………」

声を漏らす私

手に回した両腕の感覚も
密着した体の感覚も
上に覆いかぶさった親友の重さも柔らかさも全て、、

本物のようだった

それが何だか余計に空しくて――
もう目を覚ましてしまおうと思った

そんな事を思い立つ辺り
きっと意識は限りなく覚醒に近いという証だろう

そう思った私は、掛け布ごと一気に寝床から起き上がる
脳から足先まで均等に血流が行き渡っていた肉体が
重力の影響を受け、下半身に下がっていく感覚

うん、これで起きた
間違いなく……おはようさんだ、、


そして――
そんな私の後ろから
この体を抱くように……

誰かが両手を回してきた時は、、

「え、、、、ええっ?」

………思わず声を上げてしまった

あ、声、、いつの間にか出てる

起き上がろうと思った矢先に後方にバランスを崩す体
それは背後の人影に抱き寄せられた事によるものだった
壁にぶつかったり、ベッドから落ちる事を警戒して硬くなる私の体は
でも…後ろの両腕の持ち主に受け止められ、痛い思いをする事はなかった

「…………」

――――すぐに分かった

後ろの人は、フェイトちゃんじゃない、、

背中に感じるその人の胸元はとても逞しく
女の子の体には到底醸し出せない力強さと無骨さに満ちていて
細いけどしっかりと回された腕は、私の腕力ではちょっと外せそうもない
だから精一杯、体をずらして…後ろ目にその姿を見て――

「わ、………」

肩の横に見える顔を認めて、、その優し気な瞳と目が合って少しびっくりしてしまった

「ユ、、、ユーノ、君……?」

そこには私に翼を与えてくれた人
いつも無茶をして、勝手をして、凄く心配をかけてきた私を
それでもいつだって見守っていてくれた人
フェイトちゃんと同じくかけがえのない友達の姿がそこにあった

でも、、、

(……)

ここまで来るとさすがに少し呆れてしまう
どうやら私はまだ全然起きていなかったようで、、

ちょっとしぶといんじゃないかな…? 私の夢


自分の腹部の前で組まれたユーノ君の手に自分の手を合わせると
トクン、と心臓が少し跳ね上がる気がした
常に、遠くから私の事を見守ってくれていたユーノ君
実際はこのように間近で触れ合った事すらない

(あ、いや……)

考えてみたら、、あるかも……
フェレットの姿の時は結構、、一緒に寝たりしたんだよね

…………………

私だって無菌部屋で育ったわけじゃない
異性と触れ合う、という事が何を意味するのかくらいは理解しているつもり

…………

じゃあ、、、もし
ユーノ君にこうやって強く迫られたら―――

私はどうしていただろう?


過ぎ去った10年に思いを馳せる

嫌いってわけじゃない

ううん……嫌いなはずがない
間違いなく、絶対に好き……

自惚れでないのなら、ユーノ君だってそう、、そのはずだと思う

その多分、好き合っている男子と女子が
いつも一緒にいて苦難を乗り越え、助け助けられて10年―――
自然な流れであれば、、収まるところに収まるのだろうと皆が思っていただろう

そういう風に周りから茶化された事もある
それとなく仄めかされた事もいっぱいある

でも――

そうはならなかった……

この10年、凄く忙しくて他に何も考えられなかったというのもある
でも本当は――「それ以上の幸せ」というのが想像できなくて……
今、フェイトちゃんやユーノ君やみんなに囲まれているこの状態が
私にとって最上の世界に感じられて――
これ以上、どう踏み込んだら良いのか分からなかった

そうこうしているうちに結局、私は戦技教導隊に
ユーノ君は無限図書館の司書という別々の道を行く事になり
めっきり合う事が少なくなってしまい、、、今に至っている

「ねえ、ユーノ君……
 私は、、どうすればよかったと思う?」

――今回も同じ

未だに私は、その答えが出せていない、、

「ユーノ君は―――どう思ってるの?」

いや、昔よりもっともっと分からなくなっている

後ろから回された手の温もりを感じながら
思考の迷路に陥ってしまう私――

そうこうしているうちに、さっきのフェイトちゃんと同様
ユーノ君もまた、いつの間にか……消えてしまっていた

それはそうだ……
私がこうなんだから
私の想像で作られたユーノ君がこの先にいける筈がない

「――――、、」

初めての口付け
回された異性の手
かけがえのない友達二人
全ては夢の中の出来事
目を開けてしまえば幻と消える

覚醒はゆっくりと――静かに

でも今度こそ、、確かな実感を伴って
私は本来在るべき世界へと引き上げられる

目を開けたら初めにどうしよう?――

やっぱり、、、罪悪感を感じるところから始めなきゃ……いけないのかなぁ、、


隙間から進入してくる新鮮な光を瞼に感じつつ
私は夢の世界から帰還するのだった


――――――

まず始めに飛び込んできた天井を呆然と見上げ
その後、気だるげな体に顔をしかめ
そして、体に張り付いた大量の汗を吸ったネグリジェを寝惚け眼で脱ぎ捨てて―――

「参った、、なぁ……」

お世辞にも良好とは言えない寝起きを迎え
ポツリと呟いたのは管理局のトップエース魔道士――
高町なのはその人である

「そういった事」に疎いこの教導官とて
小学校、中学校と一般の教育を勤勉に収めた真面目な少女であった
ならば、今のような夢を見る時の心理状況が一体何なのか?という人間の生理現象もまた
立派に知識として詰め込まれているわけで、、

「―――欲求不満って事だよね……これ」

よりにもよって友達相手に何て事を、、
罪悪感で死にそうになる高町なのはである

「望んでいる…? ああいう事……――――まさか、、」

思い出して、彼女の頬がほんのりと朱に染まる

フェイトとは確かに床を共にしているが、プラトニックな友人関係である事は疑いようが無い
当然あんな、、唇を交わした事などある筈もなく――
控え目で奥手のユーノに至ってはあんな行動に出る事など今まで一度も無かった

他の者がこの三人を見る時
当然付き合いも長く、部屋を共にするほどの仲である以上
彼らの間に友人以上の何かが発生していると勘ぐる者も多い
しかし、そうしたやましい気持ちが一切無いと断言できるからこそ
三人の間には、深くて強くて、決して揺るがない友情が育まれてきたのだ

だのに、、、

「合わせる顔がないよ……どうしよう、、」

ベッドの上でゴロンと寝返りを打ち
空では無敵の教導官が、頭を抱えて一人愚痴る姿は
ミッドの撃墜王その人と同一人物であるとは到底思えない

「何か………寝た気がしない、、疲れちゃってる…」

ここは山林地帯で、気温は決して高くない
だのに全身にかいた寝汗はとにかく不快で、、
しかも早くも乾いた水分は、消耗した身体に時を待たずして薄ら寒さを感じさせる

ぶる、と身体を震わせる高町なのは
ともあれ、このままでは風邪を引いてしまう
そう思い立ち、寝床から一間ほど離れたタンスに眼を向けて――

ドキン、と――心臓の鼓動が高鳴った


目を向けたタンスの、その上から――

先ほどまで部屋に自分一人だと思いこんでいた彼女を見下ろすような、、
紅い双眸がそこにあった

「!!?」

頬を伝うのは、さっきまでと違う冷たい汗
その血の様な赤い光に、一瞬
彼女の全身に戦慄が走ってしまう

紅い瞳―――それは思い出してしまうから

彼女の人生において
これ以上無いほどの恐怖と敗北を味あわせた
あの王の灼眼を―――

もっとも、そんな緊張も一瞬の事

すぐにその瞳の主の正体を見て取るなのは
実際、部屋タンスの上からの視線である
忍者や暗殺者の類でないのなら―――そういうものの正体は大概、相場が決まっていた

果たして、自分を覗き込むように見下ろしていたのは
小さくて、見事な白い毛並みを持った――1匹の猫だった

「……何処かから迷い込んだのかな、、」

海鳴のような区画整理された住宅地で育った高町なのにはこうした経験は少なかったが
都会から離れた田舎では、よく家屋に小動物が迷い込むという話だ
ならば、この猫もどこかの隙間から入り込んだのだろう…

「おいで……恐くないよ、、」

脅かさないよう、ゆっくりと手をかざして猫を下ろそうとするなのは

野生動物は警戒心が強く、人間の言葉には決して耳を貸さない
しかこの猫は、、なのはの一挙一動をただ静かに
警戒するでもなく反応するでもなく、ただ凝視していた

そこには人間を恐れる光も、逃げようとする仕草も無く
その眼の光は気のせいでないのなら
まるで――目の前の生物を「下」の存在として認識している倣岸ささえあった

なのはの導きに従ったのかは定かではないが
ややもして猫は、タンスから跳躍し地面に降り立った


………………………


だが、、、そこでなのはは絶句する事になる


不自然な事は何も無かった
眼を離したわけでもなかった
だというのに、、

高町なのははその光景にあんぐりと――眼を見開くしか術が無い

――それは猫だった

そう、、タンスからトタ、と軽快な音を立てて木の立付に降り立ったのは

――それは確かに猫だった

それが今――

自分の目がどうにかなってしまったのか、、
それとも知らないうちに白昼夢でも見ているのか
そんな可能性を疑わざるを得ない魔道士

だって彼女の目の前にいる筈の猫が――

何の予兆も現象もなく

白い髪
白い肌
白い衣
全てが白に包まれた中で
怪しく光る灼眼をこちらに向けてくる

一人の、、少女になっていたのだから


「貴方―――」

何が起こったのか分からない

狐、、いや、目の前の猫に化かされたのか
それとも幻術に陥ってしまったのか

驚愕に眼を見開き、目の前の少女を見やる高町なのはに対して

「何で淫夢が効かないの…?」

怪訝な表情で
その少女は


――――ヨクワカラナイ事を言った


――――――

(驚いた……)

彼女とて動物が人間になる瞬間を見るのは初めてではなかったが
その、自然極まりない変化はミッドの魔法には到底不可能な業
魔力の発動も感じなかった
暫く呆然と目の前の少女を見ていたなのはだったが、、

今――この娘の言った、聞き慣れない言葉を反芻し
首をかしげながら問い返す

「い、いん、、、?」

「淫夢よ い・ん・む」

フン、と鼻を鳴らして目の前の魔道士を見下ろす少女
まるで物覚えの悪い生徒を目の仇にする性格の悪い家庭教師のような顔だ

「おはろー! 」 

そんな二人の間に流れる怪訝な空気を一発でぶち壊す陽気な声と共に
勢い良く開け放たれたドアから顔を出したのは長髪の女性

タイトな短パンに、少しだぶついたシャツを羽織り
髪を後ろで縛った、見るからに活動的な服装を披露する、、
世界に五人しかいないとされる根源の到達者――魔法使い

通称ミスブルー
マジックガンナー =蒼崎青子その人であった

「あ、青子さん………」

「………」

未だ事態についていけてないなのはと
目線だけをつい、と青子に向ける少女

「どうやら初顔合わせは済んでるみたいね」

彼女にとって、ある程度予想通りの光景だったのだろう
腕を組んでうんうんとうなづく魔法使いであった

「で、どうよ? 感想は」

まるで悪戯小僧のような
どう好意的に見ても健全な笑いとは程遠い嫌らしいニヤケ顔を顔いっぱいに浮かべながら――
明瞭簡潔な問いを少女に投げつける青子

「ダメね」

「へ?」

だが、失望に満ちた表情と共に返された返答に
心底、意外な声を上げてしまう魔法使いである

「いや、レンちゃん! そうは言うけど初物ですよ? 処女ですよ?
 夢魔が哭いて喜ぶ一番絞りですよ? と、、」

そんな筈はない、と声を荒げ一気にまくし立てていたミスブルーが…
ギギギ、と、、対面で呆然としている高町なのはを見やり、

「まさか、なのは……アンタ実はもう――」

己が信頼する魔法少女が
既に魔法少女たり得ぬ大人の階段を登ってしまっているという事態に恐怖する

「下品よ 青子」

ネコにたしなめられる到達者

「それは問題ない。 こっちだって純潔か否かなんて匂いで分かるし
 でも――まるでダメだった……色々試したんだけど、まるで溺れない
 テンプテーションを冷静に諭されたときは開いたクチが塞がらなかったわ」

「あ、、あらら……」

「異世界の魔法使いだか何だか知らないけど――煮ても焼いて何とやら
 石女もいいとこ……ホント、魔力の無駄使いだったわ」

「そっか……計算違いだった、、堅物だとは思ってたけど
 まさかそこまでのネンネちゃんだったとは」

「ど――」

しばらく固まっていたなのはであったが、二人の会話の筋から事情を整理するくらいには頭は働いている
教導に携わる者の頭の回転の速さは折り紙つきであり
目の前の二人が引き合いに出しているのが他ならぬ自分である事を
この優秀な教導官が感づかない筈がない

「どういう事?」 

固い面持ちで説明を求めて、両者の間に割って入る高町なのは

「………レン」

青子が一言、何やら促すと
ふう、とため息交じりながらもこちらに向き直る少女
そして、

「自己紹介致します 私の名はレン」

つい、とスカートの裾をつまみ挨拶をする
どこかの令嬢と見紛う上品で優雅な仕草は
見る者に魅了の嘆息をつかせるに十分過ぎるほどの魅力を放っていた

「人の夢を支配する闇の眷属、ニンゲンの精を糧とする夢魔ですわ
 本日は貴方の健全なる生きたユメを主賓にとお邪魔したのだけれど……
 予想だにせぬ事態と相成り、、とても心外に思っています」

慇懃無礼にして妖艶な響きを含んだ
幼い少女の口から語られた言葉、

「えと………じゃあ――」

それは要約するまでもなく、、、

「あの夢を見せたのは、、貴方なの?」

「今、そう言ったじゃない……同じ事を二度言わせないで欲しいわね」

何を今更、と言った風な少女に対し
未だ状況を整理し切れないのは寝起きのせいか、などと
自身に問うなのはであったが、、

と、いう事は――あの恥ずかしい夢の原因は
自分の気の迷いでも心の病でもなく、、、
この少女の所業という事になる

「…………」

(そっか、、、)

どうやら親友に劣情を抱いたわけではないようだ
潔癖が旨の彼女が、この事実にまずは密かに胸を撫で下ろす
そして、

「なら………私は貴方を叱らなきゃいけないのかな…?」

「はぁ?」

そして、心中とは裏腹に
静かだが厳正な言葉で少女に接する魔道士であった

魔力や生命力の奪取は言うまでもなく極めて危険な行為の一つ
ミッドチルダの法に照らし合わせても決して軽い罪ではない
かつて、リンカーコアの奪取という憂き目にあった自身の経験も手伝い
それは到底、笑って許せるものではなかった

「文句を言われる筋合いはないわね――さっき横で聞いてたでしょう?
 何の手違いか知らないけど、結果として貴方の精は一切いただいておりません」

「泥棒に入ったけど物は盗めなかった…
 だから私は悪くない、なんて理屈は通じないよ」

「………」

ピクンと眉が跳ね上がる少女

目の前の女に、まずは反論されるとは思わず意外の念を抱いたのが最初
次いで、身の程知らずで無礼な物言いに耳を疑うレン
蔑むような目線で一瞥をくれ、、チッと舌打ちをする

「今の聞いた青子? ――――お笑い種ね 
 この人間、どうやら私に説教する気らしいわ」

プライドを傷つけられたのか
その口調に剣呑の響きを込めて吐き捨てる少女である

「ねえ、、、、、、通じないなら―――どうなさるおつもり?」

そして口元を吊り上げて愚かな人間に冷笑を向ける夢魔


ちなみに話を振られた青子は何をしてるかというと――

そっぽを向いて口笛などを吹いている
「あたし知ーらない」という顔だ

「レン……でいいよね? 私の言ってる事、分からない?」

「ニンゲン風情が――気安く我が名を呼ぶ事は許さない」

その口調を強める少女
射るような灼眼がなのはを貫く

「そうね、、納得できないというのなら――あなた方の理屈に照らし合わせてあげましょう
 例えば人が家畜や魚を食べる時、それに対して許しを請うのかしら?」

無知で愚かな幼子に1から言って聞かせる――
そんな見下した態度で……ニンゲンなど自分にとっては餌に過ぎない、と
少女は目の前の魔道士を切って捨てた

「それにユメが成功していたとして―――
 死ぬまで搾り取るつもりはありませんでしたわ
 むしろ、その心使いをありがたいと思って欲しいわね」

クス、と妖艶な笑みを浮かべて言うレンと名乗った少女が
嘲笑うような態度で高町なのはに接する
その顔は間違いなく、歳相応の少女のものではない
その姿もまた人を惑わす仮の姿に過ぎない

人の性を繰り、心の底から情欲を引きずり出して遊ばせる
練達した魔性の姿がそこにあった


「………」

そんな、もはや人外の魔性である事の疑いようの無い少女を前にして――

「………………何? その眼は」

それでも彼女は、大人しく見下されている魔道士ではなかった

少女の灼眼から全く眼を逸らさず、無言ままに立ちはだかる人間
そんな相手が癇に障ったのか、少女の目がスウ、と細まり、、その口元が歪に歪むと共に――

「―――生意気ね……貴方」

山中に居を構え、決して気温の高くないその部屋に
それでも異常としか思えない冷気が吹き荒んだ
それは間違いなくこの邪悪な笑みを称えた魔性の放つもの

冷気の威圧はそれだけで
この雪の少女の力が並の人間など及びもつかない域にある生物であると分かる
やがて少女から、身も心も凍りつかせるかのような寒波が吹き荒び
目の前の身の程知らずなニンゲンに叩きつけられた

実際、それは攻撃ではなく本物の寒波ではない
全ては夢魔の放つ念――具現化された意のようなものだ

その意を以って格の違いを見せつけ
この身の程を知らぬ人間をひざまづかせてやろうとした少女の、――

「…………」

その試みは、しかし次の瞬間、、、

何の躊躇いも無く
こちらに歩を進めてくる
人間の女、、

その表情を見て――

「な……?」

夢魔の表情の方が逆に凍りついたのだ

自身の冷気を意にも介さない
耐え忍んでいるのか、はたまた相殺しているのか、、
何事も無かったかのように自分に近づいてくる魔道士

自信に満ちた夢魔の笑みが、、引きつる

それは―――


高町なのはの眼を見てしまったから


つかつかと歩を進める魔道士の女は
凄んだわけでも
殺気を飛ばしたわけでもない
ただ、黙ってこちらを見つめてくるだけ

なのに、、

(な、、何なの……コイツ、、一体)

その威圧感―――
それ以上の有無を許さない
無表情の瞳の奥にある圧倒的な何かに、、

レンは今、、完全に気圧されていた

「あーそうそう、言い忘れてた」

そこへ場違いで能天気な
少女の主の声の横やりが入る

「私、先々週くらいね……」

何の気なしに語るのはもはやこの魔法使いの芸風だろう
実際、夢魔もどうせ大した事じゃないとたかをくくって
真面目に返答する気はなかった

だがしかし、、否、だからこそ、、


「――― そのコに半殺しにされたのよ ―――」


予備動作無しでとんでもない事を落としてくるミスブルーの芸風に
あえなく撃沈させられるのもまた、、宿命であったのだ


――――――

「は?」

エースオブエースと相対する夢魔の少女
その眼に何か得体の知れない力を感じつつ
それでもプライドにかけて人間なんかに気圧されてたまるかと
表面上は慇懃無礼な様相を辛うじて崩さなかった少女の顔が、、、

今、、、、

完全に――――破顔した

「はぁぁぁぁあああああああっ!?」

その、主の横槍を聞いて絶叫する夢魔
それは到底、無視出来る話ではなかったからだ

人間などエサだとのたまった少女
事実、彼女にとって普通の人間はおろか
そこら辺の魔術師が束になったとしても
彼らが餌より上の意味を持つことはないであろう

実際、それほどまでに少女の霊格は高い

だが――――彼女の主

ミスブルー蒼崎青子は別だ 
言うまでもなく、彼女は普通の人間と比べるのもおこがましい規格外の存在 
現存する5人の魔法使いの一人―――その「格」は、あの真祖と比べてなお見劣りしない域に在る

実際、元の主であるアルクェイドをして 「出会ったら逃げた方が得策」 と言わせる程の彼女

故に――この身を隷属させるに恥ずかしくない存在と認識していたのだ、、、、

(その青子を―――――半殺し?)

「………ウソでしょ?」 

唖然とする少女が
近づいてくる人間と主を交互に見やり、、、
耐え切れなくなって叫ぶ

「そんなバケモノだなんて聞いてない!??」

「言ってないからねー」

ずいっと歩を進めてくる高町なのはを前に
もはや先ほどまでの傲岸不遜な態度は一変している

なのはが歩を進める度
自らも一歩、、、後ずさりしてしまう少女

「ひっ!?」

もう、この期に及んで少女には
高邁な魔族の顔も威厳も微塵も無かった

「自分で売ったケンカなら自分で何とかしなさいな」

「そんな、、助けてよ青子!」

「題名――狩りに失敗した野生動物の末路」

「何よそれぇぇえええええええええええっ!?」

手を両手で合わせて合掌のポーズを取る主に対し
レンの声はもはや悲鳴に近い

そんな狼狽する少女の眼前に――
仁王立ちという表現がぴったりあう(少なくとも少女にとっては)そんな様相で、、、
白き魔道士はレンを見下ろすように立っていた

それは仮にも猫という、獣の姿を模倣したが故の野生の本能か…
それとも人より遥かに高い霊感を持つ魔性である故の感覚か…

この目の前の存在は――――危険だ
決して逆らってはいけない、という厳然たる事実を今更ながらに
心中に響くアラームと共に認識するレン

であったが、後悔先に立たずとはこの事だ

ユメの餌食にしようとし
起きた相手を餌扱い
既に言語道断の毒を存分に吐きまくってしまった

もし自分が格下の相手にそんな無礼を働かれたら絶対に許さない
終わらぬ悪夢に閉じ込めて、その精神をカンナ削りで削るように蝕んでやるところだ

だから少女にとって、、、今更、眼前の人間の
すう、っと頭上に挙げられる手――

「っ!!!!」

恐らくは自分に下される制裁を止める術などある筈も無く
来るべき苛烈な仕置きに息を呑み、、ぎゅっと目を瞑るレン


、、、、、、、、、、、、コツン


………………

ほどなくして――

「へ?」

その、鈍いささやかな音と共に
自身の頭に伝わる軽い衝撃に対し、
間の抜けた声を漏らす夢魔

「……」

瞑った目を恐る恐る開けると、、
そこには軽く握ったゲンコツを構えて立つ女の姿があった

その無表情の端に少し困ったような笑みを称え――
握った手を開いて少女の頭を優しく撫でる

冗談抜きで死を覚悟した少女は未だ状況が掴めない
唖然とした表情のままに、されるがままになっているレン

「恐がらないで……分かってくれればいいから、、ね」

優しくかけられた声と共に屈託なくにこっと笑う魔道士に対し、、
もはや少女は不遜な言葉など一言たりとも吐ける筈もなく
そのままコクコク、とうなづくのみあった

「………何だ、つまらないの」

その様子を横からニヤニヤしながら見ていた性悪女がボソっと呟く

「子供には甘いのねアンタ、、
 教導?教師? どっちだか知らないけど
 怒る時は怒らないと最近の子供は反省しないわよ」

いけしゃあしゃあとのたまう主を仇を見るような形相でギっと睨む夢魔の少女

「………」

なのはは答えない
少し困惑した顔を、決して悟らせないように隠す
実は自分とて、もう少し小言を言って聞かせるつもりだった

が、、少女の鳴き声を聞いて
一瞬、身体に走った電気と共に――
叱る気力が萎えてしまったのだ

それは決してここにいるはずの無い…
今は遥か遠く――ミッドの地にて自分の帰りを待つかけがえのない自分の養女
その顔が思い出されたからだった

姿形共に全然似ても似つかない者同士だというのに、、何となくだが声が似ていたからだろうか?
不思議な事もあるものだと思い、しかし今は心の底にしまっておく

「というか………」

何故なら。今まさになのはが
本当に怪訝な表情を向けなければいけない相手は別にいたからだ

「青子さん、、自分は完全に蚊帳の外って顔してるけど…」

「む?」

「最初の話の流れを見ると、、貴方がこの子を炊き付けたように聞こえたよ…?」 

今度は青子に向き直るなのは

「そうよ!」

レンがなのはの後ろに回り、外道主を指して言う

「アンタが朝食取っといでって言ったんじゃない!
 異世界の珍味を堪能して来いとか何とか!!」

「あ、こいつ主を売りやがった」

「何が主よ薄情者ーーーーーーー!!」

飼い主に助けを求めたにも関わらず、嵌められて見捨てられた
そんなペットの恨みは凄まじい
もはや完全になのはサイドに回って蒼崎青子を糾弾するレンである

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最終更新:2008年11月19日 18:56