「―――抱きしめたり抱きしめられたりする相手がいるっていうのは凄く良い事よ」
そんななのはに対し、青子の顔には既におちゃらけの色は消え
そして真顔で相手の決心、覚悟を全て見透かしたような瞳を向け、、
「隠すような事じゃない、むしろ誇りなさい――私にはこんなに素晴らしい恋人がいるって
アンタにはいないの? ざまーみろってくらい言って
こちらに見せ付けてくれるくらいしないと張り合いがないわ」
「そんな事、、」
言い淀む高町なのは
それもまた性格の違いである
この魔道士の性格では、有り得ない言動であるし
謙遜を美徳とする彼女のような人間に、己が幸せをひけらかす事を強要するのは酷な話だった
「ま、そうなったら今度はこちらがドツキ回すけど。 でも、のろけ話くらい聞いてあげるわよ?」
「そういう問題じゃ…ないよ」
「えー、何でよー」
やはりこの女性は苦手だ、、となのはは思わずにいられない
自分とて教導の道に入って年月を重ね
その教え子を上から導き、見守るのが当たり前のようになっているのに
そんな自分が、もっと上から見下ろされ…子ども扱いされている節がある
そして、、、
「――――ひょっとして自信が持てない?」
「え、、、?」
そう……全てを――
見透かされているような錯覚さえ覚えるのだ
「それとも戸惑ってんの?」
「な、何を……何の事、、、?」
「ん、何でもない。 勘ぐり過ぎた」
もし相手が、、
こんな事を言っては失礼だが単なるお調子者の馬鹿であるならば
高町なのはがここまで振り回され、手こずるわけがない
あしらうも言い負かすも容易い相手だった筈だ
しかし、この目の前の魔法使いは
ふざけていると思えばズバっと切り込んでくる
こちらが攻めれば上手くかわされる
その虚実を巧みに使い分けてくる目の前の女性に対し
戦闘のそれならば、なのはとて引けを取らないが…
こうした普段の駆け引きや心理の読み合いでは正直、、まるで勝てる気がしないのだった
一体、この女性の頭の中はどうなっているのか本気で知りたいと思う
と同時に、自分を取り巻く今までの世界、周囲の人間が
どれほど素直で駆け引きなく接して来てくれたのか、改めて再認識する彼女
「まあ悪乗りしすぎたのは認める……ごめんね」
さすがに潮時を感じ、ようやっと矛を収める気になった青子
素直に頭を下げ、謝罪の言葉を口にする彼女であったが、
「ふふ…」
その最後の締めは忘れない
挑発的な笑みを浮かべ、少し沈みがちな高町なのはの頬に手を伸ばし、
「貴方の事が知りたかったの――」
うるうると瞳を輝かせてキモチノワルイ事を言う
頬のラインを伝う指が顎にかかり、うつむき気味の魔道士の顔を上げさせる
そしてキラキラと少女漫画のような瞳を向けてなのはと見詰め合う青子
が、、、
冷静に半身を切ってそれを往なすなのは
「そういうのが悪乗りっていうんだよ……」
「あ、やっぱり?」
途端、まるで子供のように破顔し、頬を緩ませる魔法使いであった
「痛ちちっ、、、」
だがその反動でぶり返す頬の痛みに顔をしかめてしまう彼女
その滑稽な様相に、、暗い顔をしていたなのはがようやっと――クスっと、噴き出した
本当にしょうのない人だな、と思う
面倒くさくて
一筋縄ではいかなくて
たまに本気で怒りを感じてしまうほどに無礼千万で
―――あんな風に、、人に手を上げてしまったのは初めてだ
(、、余裕……ないんだろうな、今の私――)
本当に、切に思う教導官である
アリサと喧嘩をした時とはまるで違う
どれほど相手の言葉に腹が立ったとしても
完全に私事で、感情を吐露させ
あそこまで外傷を伴わせる攻撃などした事がない
(反省、、しなきゃ…)
頬を抑えて、痛みに涙ぐんでいる目の前の女性を前に
こちらもジンジンと痛む利き腕を押さえながらに思う高町なのは
ここまで自分に踏み込んでくる相手
そして自分を引き出してくる相手は正直初めてである
強引で、無礼で、不愉快に感じる事も正直ある
しかし、そうした居心地の悪い中に――
戸惑いと共に、新鮮な感動を抱き始めている自分に
なのは自身は未だに気づいていなかった
それは断じて認めたくないが、、こんな風にいじられて、こづかれる事で
先の見えない事態に陥った今の状況に対し
ある程度の不安とストレスの発散になっているのではないか?
もしこの数週間、生物の痕跡すら無いこの閉じた世界で一人――
音もなく何もない中に放置されていたらどうだろう、、?
自分は未だ、平静を保てていただろうか?
生還の目処も立たず、仲間や友達も心配だ
知らず、余裕の無い表情で散策から返ってきていた自分に対し
そのいっぱいいっぱいになった心情をを元気つけるために
こんな滅茶苦茶な絡み方をしてきたのだとしたら、――
この魔法使いなりにこちらを配慮しての行動だとしたら、――
(考え過ぎかな、、)
さすがにそれは相手を美化しすぎだろうと苦笑するなのはであった
先ほど、部屋に戻る際
怒りと、、羞恥に涙さえ溜めていた目
そして顔を洗い、頭から冷水を引っかぶってきた
自分なりに頭を冷やしてきた
その髪
そして顔が
少し湿り気はあるものの乾いてきている
まだ全てを納得したわけではないが
取りあえずの一段落……
そろそろ落とし所を決めても良い頃だと思った
そもそも、そんなじゃれ合いに時間を費やしてばかりはいられない
この魔法使いと行動を共にしている真の目的は、不測の事態の打破
決してこんな子供のイザコザ話に終始するだけのものではない
「青子さん」
その思考を切り替え、管理局局員の顔を取り戻すなのは
そうだ、、今のうちにはっきりさせておきたい重要な話がある
「真面目な話……少しお話、いいかな?」
その本題を切り出すなのは
その声には既に
戯れの入る余地を完全に拝した厳しいものであった
――――――
「少し――お話、いいかな?」
その厳粛な目つきは、青子に高町なのはが見せる初めての顔
次元を跨いで法を行使する時空管理局
戦技航空武装隊=局員の顔立ちである
「ん、怪我人だから手短にね」
「さっきの話に戻るけど…」
その場の空気が変わった事を察したのだろう
ベッドに横たえた体を起こし、その相手と向き合うブルー
「レンを襲った二人組の事について――どんな事でもいい…
気がついたこと、相手の言動、その時の状況、詳しく聞きたいの」
そう、必然
話の流れ的にそうなる
蒼崎青子は、彼女の追っている犯罪者が傷つけた者の関係者にして
実際に接触を果たした参考人だ
故に予想通りの問いかけに対して、少し考える素振りを見せた後、
「さして話せる事も無いのよ」
なのはにとっては唯一の手がかりである魔法使いは率直な答えを返した
「言葉を交わしたわけでも張り込んでたわけでもないからね
単に――ぶちのめしただけだから」
飄々と語るその表情に危険な光りが灯る
相手は強力な力を持った戦闘機人
それを相手にして、あまつさえ撃退したと
いとも簡単に述べるこの魔法使いに対し、やはり並の術者ではないと認識を改めるなのは
「相手の特徴とか、人数とか、、それでいいの…
分かってる事だけでも聞かせてくれないかな」
「遠目からでよく見えなかったけど多分、ショートとセミロングの二人組……
体のラインからすると女ね――あ、ラインってのはピチピチのスーツを着てたから分かったんであって
別に私がそのテの目利きだって言ってるわけじゃないのよ?」
「………続き、いいかな」
ミスブルーの戦い、その生きてきた世界では
いざ尋常にと始まる戦闘など一つとして存在しない
闇に巣食う、人に仇為す化け物との殺し合い
その勝敗の大半は相手の機先を制す事で決まる
故に相手を確実に視認、確認して制圧するなどと悠長な事を言っていては到底生き残れない
その詳細を確かめてから対応するでは、往々にして全てが手遅れなのだ
管理局魔道士のように、分厚い盾や鎧を持っているなら別だが
青子とて守勢に回れば生身の人間なのである
「結構、固かったわね……人間の打たれ強さじゃなかった
あと飛行能力を持ってて―――そう、そういう意味では貴方とタイプ似てるわ」
「うん」
だからこそ、一旦攻撃が始まれば止まらない
見敵必殺のマジックガンナーの攻撃は、先制を許せばそこで相手はゲームオーバー
破壊に特化したとまで言われる、彼女の魔弾に晒され、肉片も残らない
だが、その二人組はこのミスブルーのフィニッシュパターンに陥ったにも関わらず
残った余力で見事離脱し、半壊した身体を宙に踊らせ
彼女の射程外に飛んでいったのだという
その特徴を目の前の魔法使いから聞くにつれ、確信を持つなのは
戦闘機人――No.3とNo.7
(トーレとセッテ……)
そう、かなりの確率でその二体である事は間違いないと、、
その両者は先のJS事件の際、揺り篭内で遭遇したフェイトが
限界を超えたオーバードライブを発動して辛くも撃退した――
恐らくはナンバーズ最強の戦闘力を有したコンビ、、
実働部隊にしてこれ以上なく厄介な相手であり
ジェイルスカリエッティの忠実なる手足
管理局に拘束された後も、更生を頑として受け付けなかった
所謂、ナンバーズの隔離組
そして先の脱走でスカリエッティに付き従った彼女ら…
セイバーとの邂逅
ギルガメッシュの強襲
そしてこの蒼崎青子と行動を共にしてここまで、、
実にもうすぐ一ヶ月に届こうとしている
彼らの後を追って地球に降り立ち、不測の事態で立ち往生した自分
依然として消息を掴めなかった彼らの足跡をついに、、
その片鱗に触れる事が出来たのだ
長かったのか、、そうでないのか――
ともあれ、ようやく手応えを感じてやまない
なのはの拳がぎゅっと握られる
「―――青子さん…」
それにしても、と…なのはは目の前の魔法使いをしげしげと見やる
その明瞭完結に済まされた話の中で、つい流してしまいそうになるが
問題の機人――トーレとセッテ……
―― 単にぶちのめしただけ ――
簡単に言ってのけた青子だが、そう簡単に倒せる相手ではないと断言出来る高町なのは
あの二人を同時に敵に回したら自分は果たして勝てるかどうか…
他の追随を許さぬ圧倒的な速度での戦闘を可能とするフェイトだからこそ
見事、相手の連携の上を行く機動性能を駆使して二人同時に切って落とせたのだ
故に、
「青子さん……その二人、どうだった?
結構、苦戦したと思うけど」
その質問を投げかけずにはいられない高町なのはである
興味本位ではない
実はこの目の前の女性も、もしかしたらその戦いで負った負傷を隠しているかも知れない
そんな純粋な心配からであった
「いや、一分掛からなかった」
「……ほ、本当に?」
それに対しあっさりと言ってのけた言葉に改めて驚くなのは、、
ミドル~ロングレンジが主力の射撃、砲撃使いにとって
あの二人の連携は最悪だ
超高速で迫るトーレの奇襲は、人の有する反射神経は勿論
デバイスの補助付きの索敵能力をも上回る速度で飛び込んでくる
一撃目を回避したとしてもそれで距離を詰められれば同じ事
そのまま近接に持ち込まれて潰されるパターンが確立してしまう
当然、ベルカとの交流を経たここ近年のミッド式魔法は
接近戦の往なし方に多大な進歩を見せつつあり
いかに速さ、強さに特化した個体であろうと高ランク魔道士がそれだけで潰される事は無くなってきた
だが、、その一撃を何とか凌いだとしても
間髪入れずにそのリカバーを斬って落とす、絶妙の支援役
それがNo.7、セッテ――
彼女の戦闘力、出力は機人の中でもトップクラスであり
その優秀な機体を敢えてフォローに徹する事によって生ずるのが
攻守共にまるで隙のなくなるアタッカーの誕生
一人を止めればもう一人に背中をザックリいかれ
一瞬でも気を抜けば、目前の強力なISに正面からぶち抜かれる
交戦したなのは達にとって、やっかい極まりない存在であったのだ
ならば、、自分と同タイプの蒼崎青子とて簡単に勝てる筈がない
「……その、どうやって勝ったのかな?
参考までにもう少し詳しく――」
「ハチの巣」
気だるそうに簡潔な答えを返す青子に
微かに目を白黒させる高町なのはだった
確かに、目の前のこの魔法使いはガンナーとしては自分より数段上だ――
一昔前の自分の異名 「固定砲台」 という
自身は全く動かずに相手を砲殺するという分野の、その遥かに先を――
否、究極の域にまで登りつめていると言っても過言ではない技量を持っている
自分の最大装填数を軽く倍する弾幕
その意思で、タイムラグも無く自由自在に変化するスターマイン
その弾幕の只中に身を置いたなのはだからこそ
彼女の繰る技の凄まじさはよく分かっていた
ならば、あの絶技を前にしては高機動も敵の数が多くともまるで関係ないという事だろうか?
いや、それにしても――
「本当に楽勝だったの? 全く苦戦しなかった?」
戦技を追求してきた彼女だからこそ、おざなりな答えや中途半端な納得を良しとしなかった
例え魔弾を極めても、やはり自分や彼女のような狙撃タイプにとってあの二人は苦しい相手のはずだ
教導に携わるものとしての当然の疑念と探究心が、なのはに追求の手を緩めさせない
が、、、
「しつっこいわねぇ……ラクだったわよー?
何せ奴ら、ドラ猫イジめるのに夢中になってたからね
その隙を突いて横っ面にドカンドカン、と――」
返ってきたのは、、、最低の答えだった
「………」
―――――場が急速に寒くなる
「お―――」
簡単な話だ、、
見ればブルーの脇で、行儀よく正座していた筈の少女が
それを聞いてプルプルと肩を震わせ、、
「鬼ぃぃぃぃぃいいッッーーーー!!!」
耐え切れなくなった憤慨を外道主人に力いっぱいぶつけていた
「私を囮にしたのねーーー!!!?」
要は不意打ちで飛来した相手に対し――更に不意打ち&デコイで粉砕したというだけの話
間違ってもなのはの期待した戦技や技術の介入するといった類の話ではなかった
「いや、その理屈はおかしい
アンタが勝手に出歩いて勝手にやられたんでしょうが」
「だとしても、それだけ観察出来る余裕があるなら
こうなる前に助けられたじゃない!!ええ! 絶対よッ!!」
「いや……雪山を歩いてたら寒くて、、何か眠くなっちゃって」
「ムキーーーーーー!!!」
髪を引っつかまんばかりの言い合いを始める二人を前に額を押さえて溜息をつくなのは
もはや今日は精根尽き果てた
さすがにこれ以上、このテンションに付き合ってやる体力は無い
「あ、ありがとう……参考になったよ」
もはや掴み合いの喧嘩になりそうな主従を前に一言、礼を言い、――
「協力、ありがとう
ちょっと考えたい事があるから失礼するね」
スルリと横を抜けて、未だ元気の有り余っている二人を残し
奥の部屋に行ってしまうなのは
考える事、決めておきたい事は沢山ある
静かな所で少し整理したいと思うのも無理からぬ事であろう
最も――
「あ、、―――ふ……」
(、、駄目、かな……今日はもう…)
彼女にしては慎みの無い、大きな欠伸と共に
強烈な疲れが襲ってくるのを感じた高町なのは
これでは部屋で落ち着いた瞬間
思考が睡魔に取って代わられるのも時間の問題だろう
何せ今日は―――色々とあって疲れてしまった
朝の夢から始まって
白い夢魔との邂逅
蒼崎青子との激しい喧嘩
その後も色々と話しをして――
気がつけばもう日も落ちかけている
収穫もあった
紆余曲折あったが
ようやく追うべき対象の姿を捉えることが出来たのだ
ここは焦らず、無理をせず、、
じっくりと対策を立てていこうと思い至る魔道士であったのだ
最後に一つだけ、、
(もっと早く教えてくれてもよかったんだけど、、)
もはや週泊を超えて屋根を共にする連れに対し
とめどない愚痴をこぼしながら、、
――――――
「――――――ねえ レン」
なのはが奥の部屋に消えていった
その戸が閉まったと同時に――
二人の取っ組み合いがまるでぜんまい仕掛けの人形のようにピタリと止まる
色んな意味で呆れた主従であったがその息だけは妙にぴったりだった
そして、、先に言葉を発したのは主の方
「あのコの事、どう思う?」
「…………」
抽象的だが思わせぶりな質問
あの恐い女に何か思うところがあるらしい主――
ならば苦々しい顔ながらも、仕方なしといった様子で答えるしかないレンである
「逆に聞きたいわ青子……あんな奇怪なニンゲン、私も初めてよ
そもそも自分の夢におぼれない――正気と理性を保って欲望を自省する、、
自分の脳内だけの世界でよ? ……いる? 貴方の知り合いにそんな人」
「いるわけないでしょ。坊さんじゃあるまいし
だいたい魔術師なんてのは皆、欲に塗れた俗人の極み
死肉に群がる餓鬼みたいなもんよ」
その主の言葉はレンにとっても予想通りの答えである
だからこあの人間の薄気味悪さが更に助長される
なのはが消えていった戸の先――
隙間から溢れる闇に対し、目が放せない夢魔
あの女を溺れさせ、その奥に潜む欲望を曝け出し
乱れ狂う精神の、その零れ落ちた雫を頂く
いつもと同じ
その肯定をしくじるほど、この少女は未熟な魔性ではない
だが、結果は、、
――身体は確かに反応していた
――あの大量の寝汗を見れば一目瞭然だ
――溺れる対象も健在、心も揺れていたはずだ
――でなければ夢魔は、そもそも淫夢における相手を構築できない
「だのに、そこまでの条件が揃ってながら……」
―――あの女は堕ちなかった
最後の言葉が少女の口から吐き捨てられる事は無い
まだ自分自身、何かの間違いじゃないかと疑う感情が残っているのだ
「ものの見事にレジストされちゃったのねぇ……まったく、鉄壁は外堀だけじゃないってか」
「レジストは―――されてないわ」
「へ?」
はっきりとした即否定の言葉に青子が懐疑の声を上げる
「レジスト<抵抗>で弾き返されたなら少なからず私に反動や外傷が残った筈よ
それはこちらの干渉に対する抵抗……謂わば反撃って事だもの
あいつはそんな抵抗も拒絶も一切しなかった
確かに夢を……この私を受け入れたわ」
「……」
眉間に皺を寄せて、人差し指を噛みながらに言葉を紡ぐレン
その表情、、自身の話す内容に苛立ちを覚えているのは間違いない
「だのに溺れさせるどころか―――逆に優しく抱きとめられた、、この私がよ?
巨大な何かに包み込まれるイヤな感覚……それに危機を感じて私は、、
あの時、強制的に淫夢を解除したのよ」
紡がれる話の内容を聞くにつれ
怪訝な表情を作らざるを得ないミスブルー
蒼崎青子は人間であるが故に、当然
魔性が人の精を食らう感覚を理解する事は出来ない
彼女らと縁の深い吸血鬼
夢魔の繰る淫夢
その他全般の吸精に至るまで
知識としてそういうものがあると認識するのみである
だが、それを差っぴいたとしても今の話
この使い魔からもたらされた話の内容がどれだけ異常であるかは分かる
「早い話が――どういう事よ」
「そう、早い話。 例えば、、、
私がアルクェイドにちょっかいかけようとすると、ああなるわ」
ここでとんでもない名前が飛び出し
さしもの魔法使いも繭をひそめる
夢魔曰く
そのような例が起こる可能性は唯一つ――
夢魔が獲物とした相手が
その魔性よりも遥かに格の違ったモノであった場合、、
当然、吸精は失敗する
あしらわれて終わりか
逆に潰され、貪り食われるかのどちらかだ
その理屈で行くならば、あの異世界の人間の格は――
「そりゃ無いわ。 有り得ない」
こちらの世界での最強の個――
アルティミットワンの器
真祖=アルクェイドブリュンスタッドと同格という事になる
さすがに与太話も甚だしい
きっぱりと言って捨てる蒼崎青子であった
「…………」
そして、そんな内容を口にしたレンに対し
違和感を感じないほどにこの魔法使いは愚かではない
「レン………あんた」
沈黙を以って答える少女に対し
青子の瞳がその表情の奥を穿ち、
「……傷、、そんなに酷いの?」
その核心に触れた
ついっと首だけを動かして猫らしい仕草で主を見る使い魔
やはり、この主人は鋭い……
とぼけた顔をしてその実、自分の言いたい事をしっかりと把握している
「なのはとのやり取り見てて思ったのよ……ちょっとビビり過ぎじゃないか?って
アンタ、そんなタマじゃないでしょうに?」
そう、蒼崎青子はそこまでこの夢魔を低く見積もってはいない
気を抜けばこの魔性は、自分や当のなのはでさえ倒してのける
それほどの存在だと認識している
「貴方だって一端のもんでしょう?
それに引き換え、あのコは確かに強いけどそれでも唯の人間よ
存在の格で負けてるなんて馬鹿な事は無い。 それは私が保証する」
「………」
彼女は確かに使い魔という人間に従事する存在であるが
本来、使い走りなどで使役される下位の魔道生命体などとは確実に一線を画する存在
あの真祖が、とある魔術師から譲り受けてから数えても百年を渡り歩いた
高位の魔族と渡り合ってもおかしくない使い魔、レン――その残滓である
元の彼女の本体の能力と、あのタタリから汲み上げた力を融合させた存在である彼女は
本来ならば、高町なのはの眼光を以ってしてもあのように無様に怯むような存在ではないのだ
ならば、、、それは簡単な事――
高町なのはがアルクェイド並なのではない
この夢魔が唯の人間に過ぎない相手をそう感じてしまうほどに――
「――それはそうよ、、何せ死に掛けたんだし…今のところ、良くて20%ってとこ
今なら、そこらの亡者にも簡単に憑り殺されるわね」
自嘲気味に己が状態を吐露し、呟く少女
そう、あの時受けた致命傷から消滅を免れ
命を繋ぐために消費した大量の魔力――
それによって霊格が格段に落ちているが故に、、、
レンの表情に口惜しさを浮かべさせる
「何にせよ、きついわね――あの人間から頂けなかったのは」
少ない口調からは、その切迫した状況を推し量る事は出来ない
ただ、本来の自分と程遠いこの身に対し口惜しさが滲み出てくるのは致し方ない事であった
「私のでよければいつでも――」
「それはイヤ」
「ワガママねぇ……誰に似たのやら」
青子が再びベッドに身を寝かせたままに手を伸ばし、使い魔の頭を撫でる
くすぐったそうに目を細めるも少女は抵抗しない
普段、いくらスチャラカで理不尽で傍若無人だったとしても――レンは知っている
決して長い付き合いというわけではないが
それでもこの主は主なりに、、
こちらに気を使ってくれているという事を
先ほどはグダグダ話になってしまったが
自分が殺されかけた時のこの魔法使いの、、
――― 羅刹を思わせるような激しい怒り ―――
それは瀕死の状態に陥っていたレンの深層にも響いて余りあるものだった
あんな煮えたぎるマグマのような感情……レンは感じた事が無い
きっとアレが、このいつも飄々として
自分の本当の姿を表に見せる事の無い
どこか達観した風のある魔法使いの――剥き出しの姿なのだろう
それを自分のために曝け出してくれた事実に感謝の意を示したいものの――
面と向かって礼を言ってもはぐらかされるだけだろう…
ともあれ、あの気の毒な相二人組にとっては、それは情け容赦ない虐殺の光弾だったとしても
レンから見ればそれは少なからず、自分を大事に思ってくれているという証――
彼女は何だかんだ言っても、やはり自分が従事するに足る主であったのだった
「そうなると、、」
そんな心情を相手に悟られる事の無いよう、レンは半ば強引に話を変える
何せ、精神でリンクしているのだ…
あまり強い感情を抱いてしまうと、この主に筒抜けになってしまう
「他に説明がつかないわね…
アレがアルクェイドみたいな規格外――反則級じゃないっていうのなら
ただの人間が何で私の淫夢を凌げたのか」
「あるいは――あのコに初めから溺れる要素がないって事も考えられるか」
別の可能性として挙げる魔法使いの言葉
その表情がやや固くなっているのを夢魔は見逃さない
「それこそ、そんな人間あり得ないわ青子
欲の無い人間なんて――それ、本当の突然変異じゃない」
「欲が無いんじゃない、欲の受け入れ方を知らない人間よ」
少女の疑問を訂正する魔法使い
「そうね―――質問……
巷でよく見かける、、愛してる! だから俺だけの、私だけの者にしたいから死んでくれー!とか言い出す奴…
あれ、どう思う?」
いきなり、わけの分からない例えを出され、怪訝な顔をするレンであった
眉間に皺を寄せて
ヒトでない魔性には些か難しいその質問に
精一杯考えて答える使い魔
「人間の思考回路は理解できないけれど、、ソレ……言ってる事矛盾してない?」
「矛盾っていうか、ああいうのはね……欲に忠実になりすぎた人間の末路よ
愛なんて言葉を吐きながら、相手の幸せを奪う、、
つまり愛を<与える>という要素を持ち合わせていないの」
それは愛情と愛欲の違い―――
愛を与えるのではなく、愛を欲する余りに
その思いを暴発させ、窒息してしまう人間の凶行であった
「まあ、そこら辺の戯言はどうでもいいんだけどね
今、話題にしたいのはその逆―――
レン、その対極にあるものは何だと思う?」
「逆?」
こういう時の蒼崎青子は本当にどこかの先生に見える
その彼女の謎かけに頭を捻り、一生懸命考える少女の姿がとても微笑ましい
「はい時間切れ」
「早っ…」
ブッブーとばかりに口を尖らせ
両手でバッテンを作るブルーに不平を唱えるレン
「その対極に位置する人間とは――
言葉通り、与えるばかりで自分から欲に溺れる術を知らない人間の事よ」
即ち、自分の思うがままに欲する事
欲望を持つ事が出来ない人間の事である
「例えばこの世で何でも願いがかなうと言われた時、、
迷わず<世界中の人々が幸せでありますように>とか言っちゃう類のね」
「はぁ……?」
いきなり何を言い出すのかと思えば――
随分と陳腐な答えが返ってきたものだと、、少女は呆れ顔でそれに相対するしかない
「私欲なんて一切浮かばない
他人を救うこと、誰かのために生きる人生に何の疑問も抱かず…
それに喜びすら感じる、、そういう思いが突出してるような人間、、」
これまた安易な例えが出てきたものだと苦笑するレンである
それは要はテレビや物語に出てくる万人に都合の良い主人公――
セイギノミカタとか、そういう類の事であろうが、、
「分からない。 それにしたってヒトである以上、多少の損得勘定はある筈よ?
完全に無償で他人に益を振り撒き続けるなんて等価交換の理論からも外れすぎてるし
そんな奇特な存在が個として長く機能するわけないじゃない」
人の性欲という、三大欲求の一つを繰り、それを糧とする夢魔である彼女は
その欲望の深さを何よりも熟知している
そこを突かれれば、ヒトという種族がどれほどに脆いか――
どこまで行っても逃れられない、切り離せない業
それが欲というものなのだ
それを全否定されるような事実をいきなり言われて、彼女がすぐに納得できる筈が無い
「それが極々たまーにいるわけよ、、
世に言う正義の味方とか聖人とか――そんな類の頭のイっちゃってる奴らが」
だが、少女に反して青子は簡単にその存在を認める
そう……
無償の愛を万人に振り撒き
死ぬまで人のために尽くして
死後、名を遺した偉人は少なからずいる
否、例え名を遺せず
志半ばで歴史の影に埋もれた者もまた、、
「ま、そういう極端な奴らって大概、自身の強烈な体験で何か刺激されちゃって
どこか狂っちゃってるのが大半なんだけど…
でも極稀にね、、、天然モノがいるの」
欲におぼれず
情に潰されず
選んだ道は常に正道
正義の味方の理想を生まれながらに体現できる
そんな人間の存在が――確かに在るのだ、このセカイには
それは世界のバックアップの為せる業なのか
万人の望む「現象」として在る正義の存在
未だ魔術師連の間でも、その現象が確立されたわけではない――
「ある意味、本物のバケモノ――正しきを体現する
正義の奴隷みたいな人間ね、、」
レンは気づく
饒舌に話している主の顔が
いつになく暗く沈んでいる事を――
(この道に入って10年、て言ってたけど……)
その、真面目で汚れの感じられない目をした
異世界の魔法使い
半月を過ぎる夜を共にし
その人柄に触れてきたこちらの世界の魔法使い
(なら、少しは歪なものが見える筈なんだけどね)
――その同じ魔法使いの
――あまりの在り様の違い
それが、この「到達したモノ」として世界に名を刻まれた魔法使いをして戸惑わせる
高町なのはという存在の有り様―――
―――夢を介して触れた彼女のココロ
それは青子にとって
更なる困惑しか生まなかった
正義の矛盾、憤り
何かを為す為に人を撃たねばならないジレンマ
敵から向けられる憎しみと怨嗟
味方から向けられる畏怖と嫉妬と恐怖
そういうモノが、、ある筈なのだ――
この闘争渦巻く世界に入った以上
セイギノミカタなどというモノをやっている人種ならば、、
その、物語やTVのヒーローのそれとは明らかに違う
世界から科せられた「負債」に傷つき、病んでいる部分が必ず――
………自分がそうだった
自分もまた、学生の頃までは
青臭い正義を目指して、方々を駆け回っていた
遥か昔の事のように感じられる記憶
その、深層に仕舞い込んだ部分に浮かぶ
一人の男の顔と―――
もう一人の魔法使いの女の顔―――
……………
今となっては誰にも語る事の無い
若かりし頃の蒼崎青子の姿である
しかし、同じような世界に足を踏み入れ
10年、戦いに明け暮れてきた筈の
あの高町なのはという女の心は未だ―――
真っ直ぐに上を向いていた、、
「ねえ、なのは――」
期せずして覗いてしまった彼女のココロ……
あんな幸せな光景で満たされているとは思わなかった
「ふざけてたわけじゃない、、貴方の事が知りたいってのは本気よ」
そして……
本来ならばそれは良い事の筈だ
血と惨状渦巻く世界で、それでも幸せを掴めるのなら
それに越した事はないのだから
なら、、、からかい混じりに祝福してやって終わらせる筈の事柄を
自分は何故―――ここまで引きずってしまうのだろう?
(―――いきなり重いトコ引いちゃったかもね、、)
嫉妬、、、というんじゃない
その逆で――
どこか歪で、
とても危ない影を、、
あの娘から感じずにはいられない
あの女は強い
自分に匹敵するほどに強い
ならば、こんな自分の気遣いこそ余計なお世話の筈だ
だが、それでも……
どこか放っておけない空気を持った、あの異世界の魔法使いの
既に消えた奥の部屋を見つつ、、、
微かな憂いの瞳を向けずにはいられないミスブルーであったのだ
最終更新:2008年11月19日 18:47