………………
「さて、、」
とかく、分からない事に思案を巡らせるのは疲れるものである
目の前で自分の付き合っている少女も
少し真面目に語り過ぎた自分に対し、どうしたものかと困惑気味だ
ふう、と溜息を一つ
テーブルに添えてある
先ほど、あの白い魔道士が置いていったカップを手に持ち
喋りすぎて乾いた唇を潤わせるべく、口に近づけ――
「――――――、」
青子が、、
顔一杯にしかめっ面を作るのだった
ややもして、引きつった表情のままに
少女を見上げた青子さん
「レン、、、、あげる」
「猫舌って言葉を知っている?青子」
その譲渡を断られたのは必然であっただろう…
うう、という表情で目の前のカップを見るブルー
相手の好意だ
全くの無碍にするわけにもいかない
恐る恐る、また少し
その液体を口に含み、
「熱……甘っっ―――」
短く小さな悲鳴を上げるアオアオ先生であった
見ると本気で目に涙が滲み出ている
「――――もしかして嫌がらせじゃないでしょうね……コレ?」
その呟きが、既に奥の部屋にいる魔道士、高町なのはに聞こえる事はなく
彼女のヘビー級クラスの平手でザクロのようになった口の中に存分に流し込まれ、染み込むのは、、
未だ湯気立ち昇るなのはの十八番―――
体のあったまる口解けの良いキャラメルミルクだった
――――――
その家屋の奥まった部屋
先ほどの喧騒で自分がぶち抜いた天井からは満天の星空が見える
二つほど手前の部屋で自分の事を論評されている事などつゆ知らず――
否、そんな事を気にする余力もないのか、
「フェイトちゃん―――ユーノくん………みんな、、」
気だるげな体をソファに横たえて
その大切な人達の名前を誰ともなく呟く高町なのは
思慮を巡らそうと一人になった途端に襲い来る睡魔…
やはり彼女の予想通り、今日はこれ以上の活動は無理のようだった
「…………」
喧騒から解放され、静寂に包まれた空間が彼女に眠りを誘う
仲間とはぐれ
音信不通となった世界に囚われて――
もう何回も、こうして夜を迎えた
不屈のエース、絶対に負けない空戦の英雄だのと言われても
それが過剰な肩書きだという事は自分が一番よく知っている
それが管理局にとって
そして自分を見て少なからず勇気付けられる者にとって
僭越ながらに少しは役に立っていると思うが故に――
彼女はその過剰な肩書きを否定せずに受け止めている
だがしかし―――
自分など本当に、一人では何も出来ないのだ…
自分には常に、隣で支えてくれる者がいた
影ながらバックアップしてくれる者がいた
後ろを固めてくれる者がいた
彼ら、彼女達の力なくして、、
自分はここまで飛んではこられなかった…
かけがえの無い友達、仲間――
たとえ任務で離れ離れになっていても
次元を隔てた場所にいても
それはどこまで行っても地続きに感じられた
その肌に感じる確かな温もり
常に繋がっているという安心感が
彼女に、強くて揺るがない――無敵のエースの顔を保たせてくれた
――――それが、、、今はない
この無機質な世界は………
仲間の、友達の温もりを一片も感じられない
とても寂しくて寒い世界だった
10年間、共に歩いた人が残らず消えていなくなる感覚――
この荒廃たる気分こそ、なのはにとっては忌まわしい記憶――
幼い頃の、家族と共に歩みたいのに歩めない
何も出来ずに置き去りになってしまったかのような、あの記憶に酷似した…
そんな薄ら寒さを感じさせているのだ
そうだ、、、情けない事だが認めないわけにはいかない
自分が、今――
不屈だ何だとおだてられている自分が――
今、こんなにも不安になっているという事実…
その、、、、寂しさを―――
「…………」
青子に散々弄ばれたやり取り
あのノリは恐らく、世間一般では当たり前のように行われている
女性同士の他愛の無いじゃれ合いと大差ないものであろう
指摘されて、されて、されまくって
自分とてこの10年、そういう事を考えないわけではなかったのだ
かけがえのない友達と仲間と共に夢のために頑張ってきた十年間
脇目も振らずただ一心に飛び続けた
それが不毛な青春時代だった、などと彼女は間違っても思わない
だが、やはり他人から見て――
「普通」とはあまりにもかけ離れた世界だった、、
それを自覚する場面は……少なからずあったのだ――
世間一般で言うところの女の子の青春に比べ
浮世離れし過ぎた環境で、高町なのはは少女時代の大半を過ごした
戦う術を磨き
砲撃を命中させる方法に苦心し
効率よく相手を堕とす術を追求してきた
そんな自分が
もはや普通の女の子の感性とは一線を隔した所にいる事は
彼女自身、一番良く分かっている
故にいつの頃からか、、
女性として、人として当たり前の幸せを願うというものを
無意識に避けるようになっていた…
「私は空の人間ですから」という自身の口癖も、、自覚し始めたのはこの頃からである
事実、局員として行動しているときの高町なのはは自分が女である事など思考の範疇に無い
実際、本当に綺麗サッパリ忘れてしまっているだろう
回りも「女がしゃしゃり出てくるな、引っ込め」などとは言わない
性別を引き合いにして排斥するには――この若き魔道士はあまりにも優秀に過ぎた
それ故に、常に最前線――
管理局の重要な部分に幼くして関わり続けてきた年若きトップエース
彼女自身、自分の進む道に疑念を抱いた事は無く
自分に出来る事をしようと決めたあの日から…
普通の幸せから遠ざかってしまうであろう事は全て覚悟の上だった
今の生活に対し、キツイとは思っても辛いと思った事は無い
そんな高町なのはだったが、、それでも微かに寂しさを感じてしまう時がある
それはたまの休日、アリサバニングスや月村すずか達と海鳴で会って
他愛の無い話をする時…
案の定、まるで合わない話題や趣向
合う度に、互いに気を使い、相手に合わせようとする場面が増えていた
幼少の頃はこんな事などなかった…
三人はいつだって以心伝心――心を通じ合わせた友達であった筈
二人が自分に合わせて話題を用意してくれる
その気遣いの空気が、ズキンと痛くて、、
もはや互いが、悲しいくらいに違う道を歩んでいるという事を再認識させられるのだ
二人はフェイトやユーノよりも古い付き合いの友人だ
その友人がとても遠くに感じるというのは――
いくら強い心を持つこの魔道士であれ、堪えざるを得ない
それでも自分の進む道に自信が持てたのは
不安にならずにやってこれたのは
ユーノが、、フェイトがいたからだった
初めて魔法というものを手にした時の感動
高町なのはが始まった、あの日より…
あの事件より…ずっと共に自分を支えてくれた
その者達の存在の大きさを、、、なのはは今―――ベッドの上で噛みしめていた
「会いたいよ……みんな」
まどろみが深くなってくる
もはや時を経ずして
彼女は夢の世界に堕ちていくだろう
故に今の呟きは、
彼女の深層が呟かせた
彼女自身の本当のコトバ
薄ら寒さを感じさせる気候
掛け布をぎゅっと抱きしめるその背中に
ミッドの全魔道士が仰ぎ見た、不沈の背中の面影はまるでなく――
華奢な体に細い肩幅は、、気を抜くと折れてしまいそうな…
普通の女性のそれと、何ら変わる事はなかった
――――――
「――――――、!?」
思いは星に乗って空を駆ける
この閉鎖された空間の中
眠りに落ちる寸前、切に願った
かけがえのない友達を呼ぶ声は、―――
「、、、、、、、、、、、、、、、なのは……?」
確かに……届いていた
それは一つの小さなキセキ
フロントガラス越しに、後方に流れていく景色を見やりながら
金の髪の女性がその愛車のステアリングを握りながらに呟く
黒いリボンで縛った長髪は砂金を塗したように美しく
その腰の下にまで伸びた長髪を風になびかせ
彼女にとっても最愛の友人である、、、
異なる世界で一人
孤独に打ちひしがれている白い魔道士の名を紡ぐ彼女
――フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
エースオブエース=高町なのはと共に激動の10年を駆けて来た
時空管理局執務官にして機動六課、ライトニング隊隊長
局において大きな発言力を持つ英雄の家系――ハラオウン家の養女である
その出自は本人にとってもあまり語られたくないものではあるが
心優しい性格と柔らかい物腰、そして折り紙つきの実力で
今や局内で彼女の能力、存在を疑問視する声はほとんど無い
「運転中に余所見をするな、、危ない」
「あ、、すみません……」
そしてその助手席には、これまた見目麗しい美女が身を預けていた
桃色のポニーテールを肩から垂らした、凛々しい顔立ちの女性
可愛らしさよりも、むしろ麗人の風体を思わせる切れ長の瞳は
女の身でありながら、厳格で剛健な性質――
武の道に生きる者であると想像するに難くない
彼女こそ、隣に座るフェイトにとってかつては最強の敵であり
今も彼女の好敵手として己を磨き合う存在
この金髪の女性が今、最も頼りにしている女性
かつて全次元を震え上がらせた闇の書の守護騎士
ヴォルケンリッター=烈火の将、シグナムであった
「妬けるな、まったく」
「シ、シグナム……」
その呟くように小さく発した発言はしかし、この目聡い騎士に筒抜けだったようで
責める様な目を向け、同僚の粗相を攻める騎士である
「ち、違うんです、、今のは――」
しどろもどろになって言い訳を考える金の女性
自他共に厳しいこの将にとって
任務中に気を抜くという行動は許し難い怠慢となる
「その―――なのはから、、呼ばれたような気がして…」
…………
…………
…………
車内に充満する微妙な空気、、
その言葉を発して、それが墓穴以外の何物でもない事に気づくまで数秒――
自分の発言に対し「あ、っ」と息を呑む表情を作る執務官に対し
対面の将は、眉間に皺を寄せているものの口元は優しげに微笑を浮かべていた
騎士にとってこの可愛らしい友と白い魔道士の友情が並々ならぬ事も
それ故に彼女の心配の深さも十分に分かっていたからだ
「なるほど……私が隣では頼りないという事か」
でありながら、つい目の前の友を苛めたくなるのは
もはや二人の間に構築されたお約束のようなものだった
「悲しいな……ならばお前に捨てられないよう
私もせいぜい精進に励むとしよう…フフ」
「もう、、、苛めないで下さい…」
言って互いに苦笑しあう
軽く談笑する二人の雰囲気は
両者が一年、二年足らずの浅い付き合いでは決してない事を感じさせ
しかし、故に――
そこに一抹の硬さがある事が、今の状況が決して良いものでない事を如実に物語っていた
そう、、彼女達もまた――
高町なのはと同じ境遇におかれていたのだ
「心配する事は無い……
あいつが――高町なのはがそう簡単にどうにかなってしまう者ではない事
お前が一番よく知っている筈だろう……違うか?」
「………ええ」
分かっている
なのはは強い
不測の事態が起きたとて、それを一人で乗り切る心の強さを持っている事は疑いようが無い
だが、、その過信が昔――
耐え難い絶望となって返ってきた事を、フェイトは決して忘れない
全身を包帯で巻かれた重症の高町なのはを見下ろしたあの感覚――
それは今も、フェイトの心に深い傷となって残っている
(それに―――主はやても、、、)
友の心配をこれ以上助長させたくなかったのか
口には出さず、心中で――
自身の仕える主の姿を浮かべるシグナム
転送の失敗か、、
完全に孤立し、気がついたら二人
海鳴市と思しき土地に放り出されていた
思しきというのは、その地がフェイトの記憶と所々かみ合わない
数々の違和感を伴った地であったから――
そして状況的にも、まるで今の現状と繋がらない事柄の数々
その一つである、ミッドチルダにおける交通手段だったフェイトの車が
地球での潜伏先だった家の駐車場に置いてあるという事実、、
それに驚きの表情を隠せないフェイトだった
はやてに転送を頼んだ覚えは無い
それなのに、何故自分の愛車がここに――?
尽きせぬ疑問
状況を確認しようにも全く途絶した通信手段
そして――人の気配の全くしないこの海鳴町…
ともあれ、状況がまるで掴めない現状において
立ち往生しているほど二人は無能ではなく
かといって飛行して辺りを散策するわけにもいかない
十分な注意、点検をしてから自身の愛車に身を預け
今、市内の散策を終えた二人はこれから県境に向かおうとしているのだった
「まずはこの海鳴に似た此処から出てみましょう……
そうすれば人がいるかも知れないし、通信も繋がるかも」
「そうだといいがな、、」
その黒い幅広のボディが
エンジンのスキール音を響かせ、
県境の……陽の落ちた山道に消えていく
その光景が、幾多の戦場を潜ってきたシグナムの心中に軽い警鐘を鳴らす
この木々に覆われた闇のトンネルに入ったが最後、――
二度と生きては出られない……そんな錯覚
それはまるで災いを呼ぶ巨大なバケモノが
その漆黒の口で獲物を捕らえ
飲み込むために擬態した暗黒の口腔
「………」
「テスタロッサ」
二人とて歴戦の勇者だ
この暗雲とした不吉な気配に気づかない筈が無い
事実、不運な事に――
卓越した騎士としてのカンは此度も裏切られる事は無かった
「気を抜くなよ」
短く、しかし明確な意思を込めて友の注意を促すシグナム
それに頷くフェイトの顔も固く引き締まっている
今、、、降りかかる
逃れえぬ脅威
そして困難と災厄
ここではない遥かな高みから――
死神の振り子のように弄ばれる
無限の欲望の手に握られた駒が
盤上において二人と接触するとき―――
それが凄惨なコロし合いの幕開け、、
もうすぐ―――そう、、、、
ソレは二人のすぐ後ろにまで迫っていたのだ
最終更新:2008年11月19日 18:48