「あれ?」
晩飯の下ごしらえをしている最中、醤油が切れていることに気がついた。
朝飯の時はまだ予備を買い足す必要がないくらいあったのに、今はボトルに一滴も残っていない。
テーブルの上にある醤油さしにすら残っていないという徹底振り。
これは一体どういうことなのか。
「すまない、士郎。醤油は昼食の時に全部使ってしまったのだ」
「全部って、ちょっと待て。ボトルにまだ半分くらい残ってただろ?」
台所にやってきたチンクによって、原因は判明したがその過程がわからない。あれだけの量の醤油を
何に、というかどうやって使い切ると言うのか。
「う、うむ。それはだな」
追求を始めた途端、歯切れが悪くなった。チンクがこういう態度を取る時はたいてい身内の不始末が絡んでいたりする。
藤村タイガーとウェンディに呼ばれて暴れ虎と化した藤姉のなだめ役を頼みに来た時とか、
転校初日の自己紹介。特技披露でディープダイバーをかましたセインのせいで、混沌の坩堝と化した2-Aの
後始末を依頼しに来た時とか、
「…あの時は大変だったなぁ。黒豹とアホの子、混ぜるべからずって感じだったし」
「そ、その節は、大変申し訳なかったと思っている。何分こちらの一般常識というものに慣れていない時分だったのだ」
どうも、回想途中から言葉が漏れていたらしい。チンクが小さな体をさらに小さくしている。
「いや、別にチンクを責めてる訳じゃない。というか、醤油の使い道を聞こうとしてたんだ。姉妹全員呼んだって、使いきれる量じゃないだろ?」
イリヤと配役交換しているチンク以外のナンバーズに、家に来る理由はない。
ましてや、セイバー達と交換でフェイト達が居候しているのだ。
ナンバーズの中には彼女達のことを快く思っていない者もいる以上、まずもってないだろう。
「いや、実は、その、醤油ご飯というものを試してみたいと、ウェンディが言い出したんだ」
醤油ご飯? それはあれだろうか、炊き立ての白飯の上に醤油をかけるだけという、貧乏学生御用達の。
「ああ、どこでそんな知識を仕入れてきたのかわからないのだが、昼時にノーヴェと一緒にやってきて、試してみたいから米を炊いてくれと」
唐突だな、うん、それで朝洗っておいた炊飯釜が何故か流しの中に転がってた理由がわかった。
「って、チンク、米炊けるようになったんだっけ?」
確か以前頼んだ時は、米を研がずに炊いてしまったため、晩の食卓に虎が放たれたのだった。
「当然だ。私とて、妹達の手本となれるように日々精進している。米炊きに関しては、雷画老のお墨付きだぞ」
えへんと胸を張る小さな姉。いかん、微笑ましい光景なのだが、話が脱線しすぎている。
「そうだな、じゃあ今度から炊飯に関してはチンクに頼むとして、一旦醤油ご飯に話を戻そう」
「う、うむ。米をどんぶりに盛って、早速試そうと言う時にウェンディがいきなりボトルのほうを持ち出してきたのだ」
「あー、それは」
まだ2、3回しか来てない筈の、家の勝手を何故知っているのかと突っ込みたいところだが、既にオチは見えたような気もする。
「調味料は多いほうがうまいはずだと、中にあった醤油を全てどんぶりに…」
つまりウェンディは、醤油のかかった白飯ではなく、醤油に漬かった白飯を生み出したということか。
想像するだに恐ろしい光景だ。
「で、結局それからどうなったんだ?」
「ウェンディも一口箸をつけて逃げ出してしまってな。ノーヴェと一緒に追いかけて説教をしてきたところだ」
疲れた様子で溜め息をつくチンク、その苦労はいたずら者の身内を持つ身として、察するに余りある。
「よし、わかった。今ならまだ商店街も開いてるだろうし、急いで醤油を買ってこよう。最悪の事態は回避してるしな」
「あ、いや、新しい醤油ならここに、外に出たついでに買ってきたのだ」
ガサガサとビニール袋から取り出されたのは真新しいボトルの醤油。これだけあれば、夕飯の下ごしらえには十分なわけで。
「ありがたい。折角だから、一緒に夕飯を作ってみるか?」
そんなこんなで、イリヤ用のエプロンをつけたチンクと夕飯を準備をしだして数分後、思い出したようにチンクが顔を上げた。
「ところで、士郎さっき言った最悪の事態を回避したというのは何なんだ?」
「あー、まあ、家には食にうるさい人が何人かいるからな。見つからなくて良かったって意味さ」
「確かに、それはそうなのかもしれないな」
醤油漬け御飯なんてもしセイバーに見つけられた日には黒化なんてものじゃすまなかっただろう。
配役交換が起こっていて助かったというべきかもしれない。
その後は特に何事もなく、チンクと二人で夕飯を作り上げた。
最終更新:2008年11月25日 15:01