「………く、、!」

深い深い森で並走を止め、向かい合う両者

相手の陣地ではあってもあの高速戦闘ならばまだフェイトにも勝機はあった

だが相手の絶対有利のフィールドにおいて足を止めてしまった現状

もはやこの魔道士に一片のアドバンテージすら―――


左手を開け閉めして感覚を確かめる金髪の魔道士
体表面を覆う防壁の恩恵か――
あれほどの圧力で締め上げ続けられた手首は、何とか壊死には至っていないようだ

―――むしろ問題は、左肩…

簡易治療では癒せないほどに関節、筋肉が痛んでしまっている
利き腕ではなかったのがせめてもの救いか、、

両手を解禁された筈の長物使い
そのほとんど用を為さなくなった片手を……鎌の柄にそっと沿える

その他、自身の体の各部位を一つ一つチェックしていくフェイト
敵を前にしての足早な機能確認にしかならないが――
それでもここにきてそれは、、必須事項

何故ならば、迎え撃たねばならないから、、


地上にて――

四方を木々に囲まれた狭いフィールドにて――

この、、、怪物を――


「フ、―――」

その大地に再び四つんばいになって
腰をくねらせるように蠢く、騎兵の独特の佇まい

頭を地面スレスレにつけ、腰を上方にピンと突き出す姿勢はどこか艶かしい――

繁華街の場末の踊り子が大衆を魅惑する時のような動作にも見えるが
それはしかし、そのような下世話な雰囲気など彼女からは全く感じられない
むしろ機能美に溢れた神々しさすらある

同時にそれは何の予備動作無しでこちらに飛びかかってくる豹の化身の戦闘態勢

彼女の四肢、、
いや全身に伝わる緊張が
妖艶な腰付きに卑猥な視線を向ける事を一切許さない、、
そんな空気を醸し出す

四足歩行の獣の構えを模したそれ

だが、獣ならまだいい……
そんな他愛のないモノが敵ならばどれほどに楽か、、

眼前の敵は言うまでもなく、そんな生易しいモノではない
上空30m以上の宙域に身を置く空戦魔道士を軽々と犯してくる――埒外の存在なのだ

フェイトが幻視するは、まるでミサイルの発射管を向けられているかのような……そんな錯覚
眼前のソレは、今や行動不能に陥った獲物を粉々に吹き飛ばす迫撃砲の砲身なのだ

「、、、、、、、、、」

「――――――」

呼吸を整え、

脳に、全身に、

酸素を行き渡らせるフェイト

今にも打ち出されようとする紫紺のミサイル
その発射の瞬間を絶対に見逃すまいと――

研ぎ澄まされていく感覚は
もはや最新鋭のソナーにすら匹敵するほどだ

そして―――――、、、、目が合う

実際は相手の両目はマスクによって覆われ
その双眸がフェイトの瞳に映る事はないのだが、

それでも確かに感じた、、
互いの視線が交錯した事に

そしてそれは野生動物同士における戦闘開始の合図

全身の筋肉を極限まで収縮させ
四足に極限まで力をため

ドゥン!と―――

地が揺れんばかりに大地を蹴り付け
開放された騎兵の体

神速にて不可避の紫色の弾丸

ライダーが今度こそ、フェイトに向かい
トドメを刺すべく飛びかかったのだ!


不利な地上戦で動きを止められた今の現状こそ
機動力を旨とするフェイトのような空戦魔道士にとっては最悪の状況

それでも――――彼女は愛杖を持つ手を聊かも萎えさせない

(厳しい状況だけど……まだ終わりじゃない
 これを凌げばチャンスは絶対に来る、、)

自分とてベルカ最強の騎士に毎日のように稽古をつけてもらっていたのだ
相手が凄まじい使い手とはいえ、そう簡単に遅れは取るつもりはない


踏み込まれるその体
迎えるは一条の光
呼吸一つ許さぬ速度でフェイトの間合いを犯すライダー

人体に発生する予備動作の類など一切ない
セオリーなどまるで無視した相手の挙動

閃きと反射神経と、それに数分違わず付いて来る身体能力の為せる業
それは野生の獣の習性そのものだ
人間の骨格をまるで無視したかのような全身のバネを総動員し、受け、避け、踏み込み、叩きつける

今、別の地点で烈火の将と刃を交える、術技の極みに達した蒼き槍兵の動きに比べ
騎兵の戦闘術は極めて対象的なものだった

(来い……!)

だがその動きを今、、魔道士の瞳が完璧に捉える


いかに速かろうと人にあらざる動きだろうと
フェイトもまた、最速の称号を持つ魔道士だ
正面からくる相手に対応できないほど愚鈍なわけがない

「はぁぁッッ!!!」

気合一閃
ブリッツアクションにて加速した横薙ぎの刃が
襲い来るライダーに向かって、些かの狂いもなく振り切られる

(よし!)

タイミングドンピシャ、、
開幕の光景とだぶるソレはしかし
その時とは比べ物にならない

相手の出鼻に合わせた完璧なカウンター
速度に長ける戦士のみが可能とする後出し先当ての技法――
それは敵の動きを自身の感覚に刻みつければつけるほどに冴え渡る

ならば幾度もの邂逅を経て、相手の挙動を脳に刻んだ
今の魔道士が放つそれこそ電光石火の不可避の一撃
決まればこの強力な相手とて無事では済むまい

「――見事、、ですが、やはり及びません」

「くうっ!!?」

だが、、敵は更にその上を行く

その 「完璧」 はやはりあくまで同じ人間を相手にした場合のもの
サーヴァントを相手に人間が 「完璧」 を謳うなど言語道断
そのような甘い見解は万死に及ぶほどに温く、そして罪深い

払うように放たれた黄金の刃を前にして
それに更に合わせる騎兵の動き

ライダーが空を切り裂くように飛び荒ぶ自身の体を
足を地面に叩き込むが如き踏み込みにてブレーキ
フェイトの鼻先にまで迫りながら、そのまま攻撃を突き入れる事無く急制動したのだ

あり得ない――

迫撃砲と評した、これほどの勢いの踏み込みの速度と勢いを一瞬でゼロにする、、
慣性の法則をまるで無視した、ストップ=アンド=ゴー=アンド=ストップ

並の人間ならばそのGで内臓が軒並み潰れ
踏み込んだ足などボッキリと折れている筈だ

だが彼女は難なくそれをこなす
放たれたサイスの一撃を後方にスウェーバックしてかわすライダー

そしてその時―――

同時に襲い来るフェイトの背筋を襲う寒気のような感覚――

それは明確な死の気配

それは彼女の意識の、否、、

身体の下部から跳ね上がってくるナニカ

両の手に握られている短剣と鎖に意識を集中していたフェイト
牽制が来るなら、先ほどの杭による投擲だろうと注意を払っていた
その両目が下方に向いた時には――既に目の前にソレがあった

ソレとは即ち、刃のように鋭い
フェイトの顎を砕かんと跳ね上げられたライダーのつま先、、

「なっ!!?」

カウンターの薙ぎ払い後、10以上のシミュレーションを立てていたフェイトに対し
更なる駆け引きを以て上を行く騎兵

繰り出したのは相手の攻撃をスウェーしてののけぞり体勢を
逆に利用した後方バク転蹴り

回避がそのまま攻撃へと繋がる絶妙の受け返し

大降りで体が前方に泳いでいた事を差し引いても、、
それは避ける事至難の絶技だった

そして彼女の脚力はすでに周知
当たれば人間の顎など粉々に粉砕されるつま先での蹴り上げ

それを―――


フェイトは更に、、!

更に見切ってかわす!!

相手と同じようにスウェーバック
後方に回転してやり過ごしたのだ!

「はっ!!!」

短い気合を吐き、翻る黒衣と純白のマント
一撃とて被弾を許さぬ、それは震えが来るほどの
見切りと速度を有する者同士の鬩ぎあい

二人の美しき舞踏は地上に降りた今となっても続くのか――?

バク転での蹴り上げに対し
バク宙で回避するフェイト

両者の動き――その残光により
紫の半月と金色の満月が交差するかのような幻想的な光景を場に描く

フォームの崩れまくった力技気味の後方宙返りで紙一重でかわすフェイト

だが、流石にその挙動に陰りが見える
今の回避は流石に無理があり過ぎた…

ブリッツアクションとアクセラレーションの連続稼働
もともとが瞬速を誇る彼女が、その術技を総動員しての自己ブーストによる
移動補助の魔法の重ね掛け、、

それは彼女をして完全に制御不能……
限界を超えるほどの――まさに最速のその先にある超最速

レッドゾーンにまで吹け上がったリンカーコア
ぶり返すように反発する出力に翻弄される体が大きくバランスを崩しながら
3mほど宙に浮き上がる魔道士

「ハ、、ハァ―――ッ!」

跳ね上がる心臓に再び酸素を叩き込むべく
息を大きく吸い込むフェイト

このまま空へと上昇できればどれほど楽か、、

後ろ手に生い茂る大木の群れや
クモの巣のように張り巡らされた相手の枝の数々を見ながら唇を噛むしかない魔道士

普通ならさしたる障害でもないが、妨害している相手が相手だ
どうやっても上空へ抜ける前に追いつかれ、叩き落とされる


対人間の魔道士、騎士、犯罪者――

もしくは怪物ではあっても知能の劣る個体との戦闘を前提に置いた管理局魔道士の訓練
体に刷り込まれるほどにやってきたその教義であるが…

だがそれらと共に同時に教えられたコト、、

本当に怖い相手とは、ヒトの知能と怪物の性能を併せ持つ相手だというコト、、

それこそ最強に位置する生命体――
そんなモノにもし出会ってしまったら……

仲間を呼ぶか、逃げるか、、
とにかく単騎では絶対に戦うな、という事だった

それはそうだ
管理局は法務機関ではあるが
そこに従事する局員は、命を投げ打って戦う兵士ではない

みな家族がいて自身の生活があって
世界の平和よりも自身の幸せを考える者が大半だろう

ならば故に今、フェイトの目の前に立ち塞がる敵こそ
その最強のカテゴリーに入る敵だった

まさに彼女が今、味わっている戦場こそ
管理局の魔道士としての領域を大きく超えた戦い

逃げるという選択肢を取っても、何ら恥じる事の無い状況だった


だが、、

この状況――戦うな、と言われたらじゃあ、どうしろと言うのか?

助けも呼べない
退路もない

頼りの綱は、培ってきた技と力と
自身に眠る才覚のみ

天才の誉れ高いSランク魔道士=フェイトテスタロッサハラオウン

ここで引いたら死ぬだけだという純然たる事実を理解したからこそ
こんな怪物を相手に踏み止まり、勇気を持って戦っているのだ

「ハァ、、、ハァ……―――」

だが、、
蓄積したダメージは既に限界

噴き出すようなその疲労が
緻密を誇るフェイトの思考を鈍らせていく

ゾクっという悪寒と共に上方から迫る影に気づいた時には――


全てが遅かった、、


(し、しまっ!?)

蛇の群れのようにたなびく髪を持つ女怪が上方から迫り来る

その跳躍のままに
フェイトの頭上の死角から攻撃を降らせるライダー

(回避、、間に合わない!)

迎え撃とうとバルディッシュを構える魔道士
相手の両の手に握られる極小の杭を切り払おうと、―――

切り払おうと、、、、―――


「………………え、、、?」


この執務館にして全く相応しくない
間抜けな声を上げてしまうフェイト

目の前の光景に対して意識がついていかない

意識がついていかないものを体が反応する事は不可能

完全に思考の裏側をつかれた光景に
今度こそ致命の瞬間――

死の影を見ずにはいられない


、、、、、、、、、、、無かった

手に握られている筈の短剣が、、
騎兵唯一の武器であるそれが
再び彼女の手から離れていた―――

――である以上、

その切っ先はまたも自身の視認外から飛来する筈だ

どこだ? どこから?


フェイトの視線が宙を彷徨おうとして
だがしかし、前方から襲い来る紫紺の弾丸から一時でも目を逸らせば、、



――それ即ち、死

翻る紫

視認できない切っ先

それに対し魔道士が
ほとんど苦し紛れに張ったラウンドバリアが空間に展開

―――衝突音が二つ、、森に木霊した

その鋭い切っ先はあろう事かフェイトの死角
ライダーとは全く逆の方角――

斜め下方から突き立っていたのだ


――――――

戦いに生きる者にとってはその戦闘中、一瞬の油断、躊躇――


それによって生じた隙が勝負を分けてしまうという事は当然、承知しているだろう
だからこそ戦に赴く者にとって必要な事は
その極限の戦地にて一時たりとも集中力を切らさない強い精神力である

術技よりも、魔力よりも、まず重要な事はそれ――
教官からは口を酸っぱくして教えられる基本的な教義である

しかしその事を重々承知でありながら
フェイトは今日、二度も敵から意識を逸らし
目の前の敵に窮地に追い込まれている

悔いる思考、、
悔いても遅い状況、、

そのスローモーションのように迫る危機的状況に歯噛みする彼女

だが、それでもこの結果で一概にフェイトを責められるものではない

これは凡百の戦場を遙かに凌駕する 「サーヴァントとの戦闘」 であり
その渦中に叩き込まれたフェイトが、相手の未知の戦闘力を手探りしながら
これほどの戦いを演じて見せたのだ

しかも相手の得意のフィールドで、である

その疲労から来る一瞬の意識の停止
集中力の欠如をどうして責められようか?

そしてフェイトにしても誰に言い訳をする気もない

責められる謂われも必要もない


何故なら戦場においての失態は―――

ただ……己の命で支払うのみなのだから


右後方に体を捻って溜めの姿勢を作る鎌使い独特の構え
サイスフォームの、その死角――

―― 左下方から迫り来る短剣 ――

いつだ? いつ投げた?

そんなのは決まっている
一瞬の焦りと、疲れによる思考停止、あの時だ…

何度も味わった鋭利な切っ先
相手は超一流のハンターなのだ
隙を見せれば、それがどんなに小さなものでも突いてくる、、そんな相手…

予め短剣を投げつけ
自身も同時に上空に飛んで
相手を挟み打ちにする戦法

これは皮肉にも、無数の雷撃の槍を打ち放ち
それを追いかけるように相手に向かっていくフェイト自身の得意とする戦法と酷似していた

左の脇腹に迫る杭剣
展開しているのはラウンドバリアだけ

弾き返せる?返せない?

もし弾けなかったらその鋭い切っ先が
捻り込んだ体の剥き出しの脾臓に突き刺さり――絶命

それは生き物が皆持つ防衛本能に基づいた行動だった
そして装甲の薄いフェイトが取ってしまった致命的なミス、、

反射的に、構えた大鎌を短剣への防御に回し
バリアで止まった小さな切っ先を撃ち落とすフェイト

その、、、、、上空から来る本命
ライダーに対して備えた鎌を振るって、である


結果は――

その一秒にも満たぬ後に
森に響き渡る、ガォォォン!!!!、という轟音

展開していたフェイトのフィールドが貫通、
否…力任せにぶち抜かれた音――


その鉄槌のような一撃は――
空中で数十回転、、ロータリーのような前方宙返りにより
凄まじい遠心力を内包したライダーの、、カカト落とし

「ああぁっっ!!!?」

フェイトが悲鳴を上げた

テニスのスマッシュのように
その身が叩き落とされ、地面に刺さるように激突する
亀裂が走り、抉れる地面
ズシャア、ザザザ、と地に叩きつけられ、滑って行く魔道士が
その勢いを全く殺せずバウンドして転がり続け――


後方にある巨大な樹木に激突する

衝撃でグラリと揺れた大木から木の葉が数百枚と舞い落ちる中、、
風に揺らぐ木の葉ほどの体重も感じさせずに
その紫は地に降り立った、、

ついにクリーンヒットを許してしまったフェイト

苦悶の表情を浮かべ……ゴホ、と咳き込み
叩きつけられた巨木にしなだれかかる黒衣の体

視界がフラッシュバックし
背骨が軋み
息が止まり
声も出ない

そんな痛々しい姿を晒す魔道士に対し、、
迫撃砲は間髪入れずに打ち鳴らされる

相変わらずの地面が破裂したかと思わせる踏み込みと共に
一片の情け容赦なく前方から飛来する騎兵

放つはサイドキック気味の足刀

フェイトは――反応出来ない!

槍のような鋭さと鈍器のような重さを持った一撃が魔道士の胸部に突き刺さる

「あ、、グッッッ!??」

柔らかい胸の中央に埋まるライダーの右足
そして大木にめり込むフェイトの体

BJの恩恵がなければ胸骨は粉砕され
その肉体ごと潰れていただろう

だが軽装のフェイトには、その衝撃を全て弾き返せる術がない
体に供給される筈の酸素がシャットアウトされ
チカチカと光った視界が暗転し
その意識を遠のかせていく

<Sir!>

切迫した低い男の声は相棒の声

ズルズルと腰から木の幹に崩れ落ち
為す術もなく叩き潰されるを待つしかない執務官に
力を与えようと、それは必死に叫ぶ


まずい、まずい……という彼女の脳内アラームは
先ほどから五月蠅いくらいに鳴り響いている


分かっている、、この状況を抜け出さなければ―――


もはや一分を超えないうちに、、、自分はこの人に殺される、――


魔道士の耳を揺らす、じゃらり…という金属の擦れる音は
先ほど投擲した短剣を騎兵が引き戻したものだろう

霞む視界が相手の姿――
その手に再び、極細の凶器を手に構えたのを捉える

何とか応戦し、相手を退けたいフェイトだったが、、

―― 体が思うように動かない ――


それに、ここに来て投入されたライダーの足技の凄まじさ

今まで必死に脳に刷り込んだ相手の連携のリズムがまるで変わってしまっている…

短剣の連撃と飛来する鎖だけでも打ち落とすので精いっぱいなのに
この上、格闘術まで使うこなす女性、、

その自由奔放変幻自在、、一切の型の無い連携
もはやこの体力では到底、読み切れないだろう

考えてみれば地上でフェイトが彼女と真っ向から打ち合ったのはこれが初、、
この姿こそが相手、騎兵のサーヴァント=ライダーの真の姿なのか――?

障害物を背にしてしまったその姿は
さながらコーナーを背負い、何とかそこから逃げようともがく
ダウン間近のボクサーのようだった

「―――シュ、!」

不可避の切っ先が眉間に向けて閃く
それを首を捻ってかわし
木を背に崩れ落ちる体を支えながらに、己が武装である鎌を打ち返すフェイト

だがこの距離、
相手の極小武器である短剣が効力を発揮するのはこうした接近戦だった
加えてフェイトの斬撃はもはや手打ち、、

―――勝負になるわけがない、、


ズガガガガガ、!!という炸裂音が再び辺りに鳴り響く
ライダーの不可避の連打がグロッキーのフェイトを襲う

回転が違う

膂力が違う

残り体力が違いすぎる

「あああ、、くぅッ!!!」

もはやその声は悲鳴でしかない、、

一方的な打ち合いだった
手を出す事すらままならないフェイトに対して
終わらない打突音と共に、強弱をつけた連打を次第に纏めていくライダー

元より足を止めての攻防ではフェイトに勝ち目はない――

ここではない地で、高町なのはが味わったサーヴァント最強の剣
そのエースオブエースと騎士王が表した、両世界の間での力関係―――

地をかける獣に、、、
地上で相対して組み勝てる鷲などいないのだ


ならばそもそも運命の分かれ道は
この魔道士の在り様にあったのだろうか?

例えばここで高町なのはだったなら、「空に行けない」 という状況を諦めない

もうなりふり構わずに、どんな手を使っても
リミッター解除で魔力の大半を使っても
周囲の森林を砲撃で薙ぎ払ってでも
敵の攻撃に晒されて大ダメージを負ったとしても

空へと舞い上がった筈だ

何故なら彼女は 「打ち合えない」 から
サーヴァントと近接で相対するなどという選択肢は初めから頭の隅にすら無いから、、
(もっとも、それを強行するだけの装甲が彼女にはあるのだが)


だが、フェイトは曲がりなりにも打ち合えてしまう…

敵の土俵で戦いながらここまで奮戦出来る、その卓越した才

それが―――時に落とし穴となる

何でも出来るが故に嵌るその落とし穴は
大概奈落に通じていて
その選択肢ミスという間違いを決して許さない

「は、、、はッ……ああァァッ!!」

もはやここに来てはシールドもダメだ
相手の連打に対して棒立ちで盾を構えたところで
自分は足を止めて相手の攻撃を丸ごと弾き返すといったタイプの魔道士ではない
他に使う筈の魔力を無理やりそちらに回してバリアを張ったところで

ロクな効果も得られず、ただブチ抜かれるという目も当てられない結果になる

側面に横っ飛びしてサイドに抜けようと
フラフラの足を総動員して何とか空間を稼ごうとするフェイト
だが木蔭から脱出しようと悪戦苦闘する姿は、、

――騎兵の目には止まって見える

それを先回りするかのように――

放たれたミドルキックが強烈な爆音と共にフェイトの脇腹を捉えた


「っ~~~~………!!」

彼女の内からこみ上げてくる胃液が、その口の端から漏れる
くの字に曲がる肢体が再び木蔭に蹴り戻され
逃れられぬ連撃の渦中に再び放り込まれる体

鞭のようなしなやかさと丸太のような強壮さを併せ持つライダーの蹴りは
手に持つ凶器と違い、BJで覆われた体から一撃で命を奪う事はない
だが、、鋭利な刃物で一思いにスパッと斬り殺されるのと
切れ味の鈍い鈍器のようなものでジワジワと削られていくのでは果たしてどちらがマシと言えるのか?

ギュオオ、ギュオオ、という甲高い音が辺りに響き続ける
それはミッド式魔術師の肉体を守る最後の砦――BJが物体と衝突し、反発する音

その黒衣が、
白いマントが、
裂かれ、抉られ、削られていく、、

「は、、、……ぁ―――」 

片手でサイス――
相棒、バルディッシュを相手に向けて構えるフェイト
その杖の先端がガクガクと震えている

今、それが相手の短剣を受けて弾き返された

そのガラ空きの体に打ち込まれる連打

額に浮かぶ脂汗

虚ろな瞳

ダメージは既に深刻どころの騒ぎではない

相手の蹴撃がヒットする度にBJに余剰魔力を流し込み
装甲の薄さをカバーして耐えるフェイト

だが杭のような短剣の鋭い襲撃に加え
まるで自身の元使い魔=アルフの剛力を思わせる徒手の一撃

とても耐え切れるものではなかった

最後の最後まで
彼女はその手に握られた愛杖を振い続けたが

その抵抗はついには実らず、、

―――いっそう甲高い炸裂弾じみた音が木霊する


不用意、、否
もはや何の力も宿さぬ反撃を逆にカウンターに取られ
渾身の一撃をまともに受けたフェイトの表情から―――力が抜ける

その眼光から光が消え、、
脱力した体が木の根元に尻餅を付き、、

雷光と呼ばれた管理局地上最速の魔道士が……

ついに木の根元に、力無く崩れ落ちるのだった


――――――

激闘の残響が静寂の支配する森を静かに揺らす

そこはさながら、―――辺り一面に朱をぶち撒けた凄惨な屠殺現場のようだった


その現場の中央、、

木の幹に力なく寄りかかり、倒れ付すは黒衣の魔道士
管理局執務官=フェイトテスタロッサハラオウン、、

その綺麗な顔が、凛々しいインパルスフォームの出で立ちが
今や見る影もないほどに裂かれ、打ち抜かれ
半開きになった口からゴボ、と血泡を吐いて倒れ付す――

その目の前、この惨状の只中に佇みながら返り血一つ浴びていない
一切の汚れを許さないという圧倒的な存在感を以って佇むサーヴァント

(ようやく―――静かになりましたか)


長い狩りの時間がやっと終了した事で
騎兵=ライダーが静かに息を吐く

勝負はついた…
見るまでもなく、自分の勝ちだ
それも地上に落としてからは圧倒的な勝利であった

が、、よく見るとその彼女とて無傷ではない

自身の身に穿たれた雷撃の跡
そしてBJや障壁に叩きつけてきた足刀や背足部分は赤黒く腫れ上がり
見るからに捻挫では済まないような有様になっている

彼女をして苦しい戦いだった事は言うまでもない

(しかし彼女は…一体――?)

表情を決して表に出す事無く
その心中で沸いた疑問を思慮するライダー

――― 魔術師 ―――

彼女を見て、そう疑っていなかった自分であるが
この身とここまで戦える人間の魔術師などは知らない

初めは何らかの技術で 「飛べて」 「固い」 だけの相手だと思っていたが……とんでもない

自陣に引き摺り下ろしてしまえばどうとでも料理できる相手の筈が
追い込まれても追い詰められても、彼女は食いついてきた
その人間離れしたセンスが既に常軌を逸しており
この身をして目を見張るものが多々あった

そう、、、間違いなく目の前で倒れている彼女の戦闘力は
サーヴァントのそれに比肩するものだったのだ

――― サーヴァント? ―――


まさか、、「こちら」がそうなのだろうか?

いや、それはあり得ない
サーヴァントはサーヴァントの気配を察知する事が出来る
目の前の女は、どう見ても生身の人間だ

そしてランサーと戦っているアレから感じた気配
むしろあちらこそ、明らかに自分たちと同じモノ――

ならば恐らくは、あの騎士がそうなのだろう
槍兵がしきりにあの女騎士を挑発するような気配をとっていたのも
戦う相手として強い方……
つまりはサーヴァントの方を選んだという事に起因している

では――――人間に過ぎないこの目の前の魔術師は、、


何故、ここまで強い?


「何者だったのでしょうね―――貴方は」

「…………、、」

もはや虫の息なのだろう
こちらの問いに答える声は無い

刈り取る生贄に過ぎない相手とはいえ
流石にこれ以上苦しめるのは忍びない…

「そろそろ楽にしてあげましょう」

抵抗の意思すら感じられない相手に一歩踏み込む騎兵
獲物を前に舌なめずりするほど彼女は愚かではない

その無抵抗な肢体に容赦なく杭を叩き落す動作をこの騎兵は難なくやってのけるだろう


歩を進めるライダー

――彼女の傷から、むせ返るような血の匂いが充満する

女にとってそれは芳香な香りだった
この女怪の 「とある衝動」 を刺激し
ある行動に駆り立てるその香り――

だが、彼女は任務に忠実なサーヴァントだ
己の務めを果たす前に
誘惑に駆られて堕落に堕ちる様な真似はしない

その手が、物言わぬ金髪に伸びていく

最後は急所を一突き――
終わった事も感じさせぬように
眠るような最後を与えてやろうと短剣を翳した、、、
その手が

―――――止まる?


――有り得ない

――この騎兵をして止めを躊躇する事など有り得ない

――そんな奇跡など起こりようが無い、、

ならば、

その有り得ない事が起こった要因とは――


「この、、匂い――?」

彼女の眉間に微かに皺が寄る

その違和感――
目の前の相手から感じる
従来のモノとは違うナニカに――

もはやこの状況で今、

――ライダーの動きを一瞬だが完全に止めたモノこそは、、


「―――ライトニング、、、バインド……」

、、、そこへ――その詠唱が紡がれた

「―――、!?」

ライダーの気色が変わる
尻餅をつき、木の幹に寄りかかるように倒れ伏すフェイト
その口から出たのは、普段の彼女からは想像も出来ない皺枯れた声、、


―― 空間が歪み、プラズマが生じる ――

だが、、それでも彼女は魔道士だ
その意思に乗っ取って行使された
世界に干渉するプログラム――魔法

その工程は声の大小に左右されず
確かに彼女の意思に従って世界に具現し
対象に働きかける

「これは―――!?」

即ち、任意発動型捕縛魔法

ライトニングバインド―――

管理局魔道士が数多持つ、敵の制圧・捕縛の際に使用される

多数のバリエーション持つ捕獲魔法
その雷属性を伴う、フェイトオリジナルの緊縛魔法が、今――
自分に止めをさそうとしていたライダーを拘束する

削られながら
必死の抵抗をしながら
それを全て弾き返されながら

同時詠唱にてそれが完成したのは――KOされる寸前だった

前面の空間に展開させ、あとは発動させるだけ……
というところでフェイトは意識を失い、地に倒れ伏したのだ

「一手、間に合わなかった…
 間違いなく私の負けだった、、」

「―――く、、!」

彼女のおぼつかない、震える右手がバルディッシュを再び握り締める

どうしてこの騎兵が最後の止めを躊躇ったのか――
何故、自分は生きて意識を戻す事が出来たのか――

そこにどういう思惑があったのか、魔道士には知る由もない

だが―――

「言った筈だよ……甘く見ない方がいいってッッ!!」

獲物を前に舌なめずり、、
この女怪をして絶対にしないと断ぜられた愚行
ならば何かの要因が働き、結局はソレと同じ結果になったという事か?

その要因を、今ここで語る事はしない――そんな必要も無い

とにかく狩りを営む者にとって三流以下の愚行、、
それを相手が行った事に違いは無い

ならばその代償を払わせてやるまでだ!

まるで爆ぜたように跳ね起きるその黒衣の体
それを受け、ライダーが四肢に渾身の力を込める

するとその強固な筈のリングにビシリとひびが入る

何ていう常識外れ――
凶悪な犯罪者を捕縛するために編み出されたバインド……
おいそれと抜け出せるものではないというのに、、

だが、それでも――もう遅い!

「は、、ぁぁッッッ!!!!!」

両足に力を込めて飛び起き
右斜め下から掬い上げるようなサイスの輝きが今――

「か、―――!?」

無抵抗の刺客を、下袈裟にて両断する

相手の女怪の息を飲むような声と共に
ライトニングバインドが弾け飛び騎兵が後方に飛ばされ――

その紫の肢体が背中から叩きつけられ、地に倒れ付す、、、、


いや、、、

「―――、!!!!」

踏み止まった、、!

背中を泥で汚すなど有り得ないとばかりに彼女はその身を地に付けず
片手をついて中腰の姿勢にて――断固、不倒の意思を貫いていた

そして己が肢体、、完璧な美を誇っていたソレに生じた
ブスブスと焦げ臭い匂いを放ちながらに脇腹から胸の上まで
シミ一つない肌に刻み込まれた――傷を呆然と見やる、、

対して天に向かって振り上げたサイス
それを――支えきれずによろめくフェイトの体

「ハァ、、、ハ………うっ、、、」

この最高の間合いで敵を一刀の元に仕留められないほどに――彼女は消耗していた

ガクガクと笑う膝では対象を切り伏せるには圧倒的に踏み込みが足りず
泳ぐ体は、その構えすらもグラつかせている

――全身が焼けるように痛い、、

――まるで火箸を体内に突っ込まれたかのようだ、、

やはりノックアウトのダメージは深刻だった
起死回生のチャンスを前に、体が全く動いてくれなかった…
普段ならばこれで終わりだっただけに悔しげな表情を作るフェイト

しかし、、

「少し休めた……体はまだ痛いけど、、頭の方はだいぶ軽くなったよ」

それでもフェイトは不敵に言い放つ

体をゆらりと起こし
今、ゆっくりと鎌を後ろ手に構える魔道士

今、確実に負けていた――
殺されていた、という事実――

恐らくは敵の怠惰かミスか、、そこから拾えた九死に一生
三途の川から舞い戻ってきたその思考はどこか開き直れた感すらある

頭の中がダメージ総量に反比例するように
流出した脳内麻薬で冴えて冴えてしょうがない


「貴方は―――」

その対面―――それは地の底から響くような声だった

「そんなに惨たらしい死がお望みですか、――――?」

それは止まぬ抵抗に対する怒りの声
窮鼠に牙を突きたてられた猫の唸り声

静かで、詩人のような声色の女性が
その喉から搾り出す―――

―― 殺意の塊のようなコトバ ――


「死を望む者なんていない…!」

ビリビリと震える空気
森の木々が恐れをなすように、その枝を震わせる中――
傷だらけの体に強い意志を灯し、、フェイトは敢然と言い放った


戦いはまだ終わらない
深い森の奥の奥、、

雷光と騎兵
金と紫紺の光が再び絡み合う――

金色の雷光と紫紺の蛇の闘いが、、今


佳境へと向かっていくのだった

――――――

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年01月16日 07:19