森の奥で繰り広げられる激闘
翻る毒針の切っ先
炸裂する絶死の蹴撃
手に持つ短剣が魔道士のBJを切り裂く
絶え間なく響き渡る魔力と魔力がぶつかり合う炸裂音
既に一刻を経過したそれももはや終わりに近づき、、
ライダーによって今まさに打ち砕かれようとしているフェイトテスタロッサハラオウン
彼女の視界は赤く染まり
その体中の、至る所に叩き込まれる衝撃が
自身の肉体が刻一刻と死に近づいている事を魔道士に実感させている
そして為す術も無く気を失う寸前―――
彼女は薄れゆく意識の中で疑問に思う事があった
―― いくら何でも、、効きすぎる…、と ――
確かに彼女は装甲の薄い身なれど、それでもミッドチルダの叡智の結晶
次元世界にて管理局魔道士の武力を揺ぎ無い物としている数多の障壁と、そしてこのBJだ
ミッドチルダの魔道士、そしてベルカの騎士の肉体を保護している装束
多くは薄手の衣服の形態を取るその内包は
その実、幾重にも重ねられた魔力の装甲によって編み上げられたフルアーマーである
それが重厚であればあるほど防御力は増すが
多大なる魔力の塊を身に纏う事によって
その他あらゆる魔力運用の弊害により、機動力その他に大きな弊害が出る事になるのは地球の理と同じ
そしてそれはまた逆も然りということ
装甲を薄くすればするほど
多彩な魔力運用、機動性、汎用性に
大きなアドバンテージを得る事になる
それが恐らくは全次元共通の 「武装」 のノウハウ……セオリーだ
もっともあのエースオブエースのように重武装の機体を
センスのみで軽戦に持っていくような無茶苦茶な例外を除いては、だが…
ともあれフェイトテスタロッサハラオウンは言うまでもなく後者
生まれつきの資質もあるが
とにかく軽装、・機動性重視のタイプである彼女にとって
一撃の被弾が命取りとなる事は言うまでも無い
なのはやベルカの騎士のような被弾覚悟の前進や打ち合いなどは到底出来ない身なのである
だが、、
それはあくまで敵が同じ術式を使い
相手のBJを抜く術をも確立させている魔道士であり、騎士である場合に限っての事
はっきり言ってそこらにいる相手が剣や槍や、銃を持ち出して来ようがそんなものは問題ではない
幾重にも施された魔力による護りは埒も無い暴力から容易く術者の体を守るだろう
バリアブレイクというプログラムと卓越した馬鹿力を併せ持つ
アルフやザフィーラのような守護獣が可能とした素手での障壁破壊
これらを除けば――
プログラムを介さない強引な「ブチ抜き」はベルカ式のお家芸
ことに今、フェイトが相手にしている紫の刺客の戦闘スタイルに最も近いタイプはシューティングアーツの使い手――
拳に魔力を乗せて撃つ、6課フォワード・スバルナカジマのような魔道士であろう
だが先ほども言ったが、目の前の女性はデバイスを装備している形跡は無く
その一撃に魔力を乗せるための術式が作動した兆候もなかった
で、ありながら自分を蝕んでいるダメージは
今のところ、その多くが相手の蹴りによるものだ
恐らく一糸纏わぬ姿となったフェイトの肢体には
所々に痛々しい内出血や痣が刻まれている事だろう
宙空から叩き落とされて墜落した衝撃すらこのBJは相殺出来たというのに、である
フェイトの胸に過ぎる違和感、、そしてその疑問――
今は、、それが解消される事は無いだろう
彼女には知る由もない――
今まさに魔道士に迫り、彼女を砕き潰さんと襲い掛かっているこの女怪こそ
フェイトの第二の故郷――地球において
古の神話・伝承でその名を馳せた逸話の中の存在
現世の理を超え、この地上において超常の力を振るう事を許された存在
サーヴァント――
霊体で形成されている彼女達
その実態は即ち、純粋なる魔力の塊だ
故にその肉体から繰り出される打撃は期せずして
魔力を帯びたベルカの拳突と同じ効果を持ってバリアやフィールドを侵食――
通常の物理攻撃など問題にならない浸透率を以って魔道士の体に届いてしまう……
これが、魔力で編んだフェイトのBJをサーヴァント=ライダーが容易く抜いてしまう経緯だった
もっとも、その理はミッド世界の魔道士や騎士にのみ牙を剥くわけではない
純粋魔力体であるサーヴァントであるが故に
魔道士の放つ魔弾や雷光の槍は彼らにとっては
その命を直に削る 「ソウルクラッシュ」 ともいうべき危険なものだ
自身の対魔力を頼りに些か相手の攻撃を受けすぎたライダーの肉体は今
その本人の認識よりも遥かに深く、その身を蝕んでいた――
サーヴァントVS魔道士の構図――
二つの世界が交錯した事によって生ずる摩擦は
この遊戯盤上における戦闘にて
まるでおあつらえたかのように、両陣営にプラスとマイナスを作用させている
これも一つのシンメトリー
運命の悪戯であったのかも知れない――
――――――
Join ―――
一陣の風が木の葉を揺らし
―― ぎぃん、、
深くて昏い森の奥にて二条の光が交差する
―― ぎん、ぎゃりり、、
それはどこまでも激しく
どこまでも美しい
延々と続く二人の女神が織り成す舞い
しかしてそれは美麗な絹の羽衣や豪奢なドレスの煌きではなく
鋼と、魔力刃と、血と、肉が飛び交う命を削る舞踏会だった
そして互いの心と体が折れない限り続けられるエンドレス・ワルツ――
ついに先程、電池が切れて動かなくなった片方の女神
金髪黒衣の魔道士の打倒によって一旦は決着を見たその会場
それが再び…熱を灯して場を照らす
蘇生したかのように立ち上がるフェイト
抵抗をやめないその瞳
強大な力を目の前にして、それでも彼女は
手にした相杖=バルディッシュの輝く刀身を目の前の相手
騎兵のサーヴァントに向ける
「―――分からない…」
詩歌を謡うような声で紡いだ言葉と共に
場に微かに灯った「希望」という名の熱を消しにかかる、もう片方の女神
「立ち上がったとして……それで貴方にその後があるのですか?」
その切っ先――容赦なく、一遍の情けもない
「聞くまでもない事だ……! 最後まで、、、
この体が完全に動かなくなるまで私は諦めないッ!」
二人の舞踏姫――フェイトテスタロッサハラオウンとサーヴァント=ライダーの戦い
二条の流星となって駆け抜けて来た二人の闘争は今、ここに……佳境を迎える
そして、、言うまでもなくフェイトにとってはここが正念場――
二度のミスで窮地に陥った自分
瀕死にまで追い込まれ、気絶し
そのまま敵にトドメを刺されるのみだった彼女は――
何故かその最後の一撃を躊躇った相手のミスによって崖っぷちで生かされる事となった
戦局を押し返せるとすれば、今…
この相手が期せずして犯した失敗
止めを刺し損ねたという事実――
その期を流れとして、何とか天秤をこちら側に傾けさせねばフェイトに生き残れる道は無い
だが、、、
「つッッ、、ぅ……!!!」
サーヴァントの決して止む事の無い攻撃がまた一撃、フェイトの体を打ち抜く
苦悶の声を上げる魔道士
そう、、この場において騎兵の言葉は無情なまでに的を射ている
立ち上がれたところで何がどうなったというわけではない
力関係は以前変わらず何が逆転したわけでもない
アニメや漫画の展開のように
主人公の根性に相手の驚愕が折り重なって突破口を開くような展開、、
そんな奇跡は起きる筈も無く――
場は変わらず
攻めるライダー、嬲られ続ける魔道士
その図式を延々と描き続けていた
それでも「諦めない」の言葉に恥じない奮戦を見せるフェイト
――勝つためではない
――生き延びるため、ただそれだけのために…
彼女は再び、地獄のような相手の蹂躙に身を投じたのだ
彼女の願いはただ一つ
一回でいい
一回だけ、、
自分が精魂共に尽き果てる前に
この攻防のどこかで相手を退ける
もしくは昏倒させる、という展開を作る
それだけのために彼女は手に持つ相棒――
インテリジェントデバイス・バルディッシュを携え
この決して適わぬ敵に立ち向かっているのだ
もっとも眼前の敵は 「その一回」 すらまるで与えぬ神域の相手
サーヴァントと呼ばれる奇跡の具現――その騎兵のクラスに招聘された英霊だ
――目標が低ければ、自ずと結果も低くなる
そんな怪物を相手にして今、フェイトは
相手を本気で倒すつもりで
まさに一撃一閃の心構えで大鎌を振るう
――初めから5を為すつもりで臨んでも3,4しか為せない
ならばこの局面、初めから10を為すつもりでいかなければ
元より光明を掴む事など出来ないのだ
「そこだっ!!! ファイアッ!」
木陰に待機させてあったプラズマランサーを全方位から射出する魔道士
狙いは、、、ライダーの足!
「―――、、」
手に持つ短剣で弾き
残像を残すようなステップワークで
雷撃の槍を次々とやり過ごすライダー
対して防がれても防がれても次々と新しい矢を装填し
リンカーコアの翻るままにその魔法を解き放つフェイト
魔道士の狙いは間違ってない
相手の戦力の要――
爆発的な連打と追撃、跳躍や踏み込みを生み出すのはあの強靭な両足だ
ならばそれさえ陰りを見せれば、、まだ自分にもチャンスはある…
「、、フ――」
対し、その口から漏れた笑いは
あまりにも見え透いた狙い、算段に対し
呆れ交じりの嘲りが篭った騎兵のものだった
―――凡庸過ぎる、、
セオリー通り、悪く言えばミエミエの…何の捻りも無い作戦
瀕死の状態にまで追い込まれたその体で今更そんな事をして何になるというのか?
そんな意の篭められたライダーの嘲笑に対し――魔道士はそれでも揺れない
集中に集中を重ねたフェイトの思考が
次々と戦術に沿った魔法を紡ぎ出し、世界に具現させていく
確かに当たり前過ぎるほど当たり前の戦術である
あの常識外れの相手を前に
この期に及んでこんな悠長な策しか無いのかと笑われても仕方が無い
だが、それでも――フェイトは知っている
積んで、積んで、根気良く積んで
その努力の果てに至れる場所がある事を知っている
だから投げない
絶対に捨て鉢にならず、ここまで来たら
今、自分に出来る事を精一杯やるだけなのだ
――――しかし、、
「う、、あぁぁッッ!!?」
何度積み上げても
それを一瞬で蹴散らす破滅的な力がそこにある
再び低い姿勢から間髪をいれずに飛び掛ったライダーの乱撃が左右から同時にフェイトを襲う
左肩と右足に同時に突き刺さる炸裂音
その音に追われるように、メトロノームの如くフェイトが左右に弾かれる
刺客の振り乱した紫の長髪が、まるで獅子舞のように場に踊る
しかしてその躍動的な美の波濤に目を奪われようものなら、、
、、、一瞬で潰される…
負けじと両手持ちの重武装であるサイスを後方に振りかぶり
迎撃に移る黒衣の魔道士であったが、
(っ…!)
先ほど壊した左肩を襲う激痛が彼女の動き、反応をコンマ一秒遅れさせる
故に苦し紛れに薙いだ魔力刃の一撃が
この恐るべき女豹の姿を捉える事は万に一つもない
横に薙いで追い払おうとした斬撃を難なく飛び越すライダー
そして空中で縦一回転し
空戦魔道士の頭上を取った女怪がその回転の勢いのままに
フェイトの肩口に浴びせ蹴りをぶち込んだのだ
「はッ、うっっっ!?」
魔道士の気道から漏れ出る嗚咽
震度6以上の直下型地震に晒されたかのように
揺れる視界、揺れる脳、全身に響く衝撃――
地面に両足が埋まるほどの衝撃は
辛うじて防御した杖の柄の上からでもフェイトの肉体を軋ませる
組み打ちの攻防において鋭利な凶器に対する防御を優先してしまうのは人間の性
故に、杭剣に全霊の注意を向ける魔道士には、、
この蹴りが――どうしても対応できない
凄まじい振動と共にフェイトの脳がシェイクされ、意識が飛び掛る
後方に弾かれる執務官の肩と脇腹のBJが破れ、白い肌があらわになっている
その戦慄に苛まれるのも何回目か
もし今のを完全生身の状態で食らっていたら
人間の筋繊維など容易くぶち抜かれ、骨ごと粉砕されていた事だろう
並外れた膂力と身体能力を持つこの相手の繰り出す攻撃は
信じられない事に、何の魔力も纏わなってはいない
完全に物理的な力のみで放たれた蹴撃ですらが容易くBJを貫通する、、
つまりは一発一発がAランク相当の騎士以上の殺傷力を秘めているのだ
―――薄手の装甲
有り余る素質を持つフェイトが唯一にして欠落している
自分の……いやテスタロッサの血筋の弱点
だがそれを、、頼りないBJを忌々しげに呪うなどという感情は彼女にはない
どんなに他より劣っていたとしても
それはやはりギリギリで自分を護ってくれている大事な命綱だ
もし裸で先ほどの猛攻を受けていたなら自分はどうなっていたか?
間違いなく物言わぬ肉片になっていた…
人の形を留めていたかも怪しい
故にその黒衣に感謝こそすれ、罵倒する要素などどこにもない
杭剣の一撃も素手での打撃も
自身にとっては危険な一撃である事に変わりは無い
ならば全てを回避するつもりで処理すればいいだけの事
今は――些細な事に気を揉んでいる暇はない
ただ目の前の暴風のような攻撃を受け
往なし、かわす作業に没頭するのみであった
――――――
戦いは続く、、、
卓越した身体能力任せで追い立てるかのように距離を詰めてくるライダーが
後方への離脱を余儀なくされるフェイトを容赦なく攻め立てる
(……体がふらつく、、ダメージが抜けない…ッ)
シャマルやキャロのような治療専門の回復魔法ならばともかく
自身の使う基礎レベルの簡易治療では体の奥にまで届いたダメージまでは癒せない
完全な防御一辺倒――
もはや攻め手は遠隔操作の雷槍のみ
近接ではほとんど反撃を行わず、その守りを固めるフェイト
ボロボロになったとはいえ、防壁と持ち前のフットワークは未だ健在
狭いフィールドを上手く円を描くように回り
追い詰められないようにしながら紙一重で相手の攻撃から急所を守っている
このように受けに回った相手を倒すのは
一流が三流を相手にした時でさえ至難といわれているが、、
「ふん――」
それを鼻で哂うはライダー
所詮は倒されるのを長引かせる行為に過ぎない
ルールに守られた闘いではないのだ
時間切れまで粘ればそれで終了、というわけではない
どれほど粘ろうと防御を固めようと、それでも相手の攻めを全て交わしきる事は不可能
魔道士の体が少しずつ少しずつ削られ、死に近づいていく
ことにハンターという生き物は逃げ回る相手を追い詰め仕留めるのに特化した存在だ
ならば今の亀のように縮こまるフェイトはライダーにとって単なる案山子並の脅威も無い
幾度目かの追撃から放たれる騎兵の攻撃
背部へのエスケープを敢行する黒い魔道士に
双手に持った短剣を投擲するライダー
「っ! ファイアッ!!!」
対して打ち払うように稲妻の矢を射出するフェイト
短剣と雷槍が宙空で激突
バチバチと電磁音を伴い、落下する短剣と消滅するフォトンスフィア
無数にあったプラズマランサーもあと三つ
具現出来るスフィアも後の展開を考えればこれ以上は使えない
「、、っ! くうッ!?」
そして、、更に後方に飛び退るフェイト
短剣の投擲者本人――ライダー自身が
投げられた短剣より更に速くフェイトに迫っていたからだ
未だその動きは神速
まるで引き絞られた弓から放たれた一条の矢のように
地を駆け、空を裂き、あらゆる方面からこの美獣は飛びかかってくる
その狭いフィールドをサークル上に使い
端に追い詰められないようにするのももはや限界
必死に立ち回る執務官であったが、、
こんなものはいずれ掴まる――
消耗していく心と体
何とか、、何とかしなければ……
魔道士のバックステップよりなお早く踏み込む騎兵
放たれる襲撃は今度はフェイトの頭部
側面から横に薙ぎ放たれる上段の飛び回し蹴りが彼女のこめかみに迫る
それを横に倒れこむように交わし――そのまま側転
「はぁああッッッ!!!」
両手を地につけた逆立ち姿勢から真横に飛び退るフェイト
否、違う
その魔力を放出した肉体が時計回りだった側転の軌道を強引に逆巻きにし
姿勢を崩しているライダーに向かって強引極まりない軌道で飛びかかる黒衣の体
その反動を利用してライダーに両足を向け
穿弓腿と呼ばれる中国拳法の蹴り技に酷似した逆立ち蹴りの要領で
下から突き上げるような足技を返す魔道士
言うまでもなくここで守るだけでは潰される事を一番よく分かっているのは魔道士である
意表を突いたアクロバティックな反撃
目には目を、足には足を―――
今まで散々、足蹴にされた恨みをここで少しでも返そうというわけではないが
とにかく一撃入れて流れを変えたいがために放った蹴撃
その試みは――
やはり通じない
「――――、」
「くっ………」
地上から発射された矢のように跳ね上がるフェイトの両足蹴りが
空中で自由の効かないライダーを下から突き上げる局面、、
だが敵は――
宙にて重力の楔が外れているかのように自在に姿勢制御を行い
その放たれたフェイトの両足の裏に、、
水面に浮かぶ羽毛の如き軽やかさを以って――――着地していた
「っっ……」
まるで魔道士の破れかぶれの行為を弄ぶかのように
軽術の極みを見せ付ける騎兵
完全に遊ばれている、、悔しげに唇を噛むフェイト
に対し口元に微笑すら称えたライダーが下方のフェイトを尻目に
魔道士の両足の裏を力任せに踏み台にして――
空高く跳躍したのだ
「う、、あッ!!?」
魔力で宙に跳ね上がったフェイトの足に
まるで 「地べたに帰れ」 といわんばかりに叩き落される
全く逆方向からの衝撃
サーヴァントの跳躍の踏み台にされたのだ
その脚力によって作用する力はアスファルトの硬い地面すら余裕で踏み抜いてしまう
そんなモノに踏み台にされたのだからたまらない
背中から地面に刺さるように叩きつけられ
ボゴン!という鈍い音と共に黒衣の魔道士の体半分が地面にメリ込み、、埋まる
「は、、ぁぁっ……」
立ち昇る粉塵に塗れて再び地に伏す
そんな魔道士の姿を後ろ目に騎兵は再び、華麗に優雅に跳び上がり
上空の森の闇に溶け込んでいく
「ハァ、、、ハァ……ハ、、、」
土埃にその身を塗れさせて地に倒れ伏すフェイトが
天井を仰ぎ見るように、その舞い上がる紫の残滓を見据える
その体はもはや、泥と汗と――
そして自身の血糊でベトベトだ
「は、、はは………」
その口から終いには乾いた笑いすら出る始末
あまりにも絶望的な状況に陥ると人間、笑うしかなくなる、というのは――
本当なんだなと……今まさに実感するに魔道士
あの身のこなし――
この地形――
そして敵は、もうこちらにロクな反撃の力さえ残ってない事を知っている――
やはりというかどこまで行っても、、あの敵は紛う事ない一流だった
こちらが瀕死だとて微塵の油断も無い
悠々と、じっくりと
万に一つの取りこぼしもないよう
確実に仕留めにかかってきている…
まるで地に堕ちた猛禽を網にかけ
その羽を一枚一枚、むしっていくような、、
実際、騎兵のクラスでありながら、森の利を生かした彼女の戦闘術は
暗殺者――アサシンと呼んでも差し支えないほどの見事で容赦の無いものだった
確実に対象の命を削っていく女怪の魔手
もはや消耗したフェイトに見切る術は無い
「駄目、、なのか……」
悔しさと絶望に苛まれる魔道士の心
――もう少し何とかなると思った
――必ず隙は出来ると頑張った
――だけど………
このフィールドにいる限りあの相手にはこちらの攻撃すら当てられない
迂闊な動きをすればどこから飛んでくるか分らない杭に狙い打ち
それで宙に浮かべば、一瞬止められた肢体を容赦なく裂かれ、蹴り落とされる
焦燥を露にした表情を浮かべ
奮起に奮起を重ねてきたその心が、、ついに挫けそうになる
――その時、、
(、、、、、イト――――フェイトぉ!!)
彼女ははっきりと聞いていた――
突然に頭に響き渡った、、、
その念話を
――――――
(応答してくれよフェイトぉ!)
―――アギト……!?
突然にして耳に、、
ううん…
脳に直接響いたその声は
他ならぬ融合デバイスの少女=剣精アギトの声だった
今にも泣きそうな様子――
痛みと疲労と絶望で朦朧とする意識が、、
(シグナムが、、シグナムがッ!)
「え――――、、、?」
―――その言葉で途端にクリアになった
「…………っっ!!」
瞬間、敵のキックが顎の先を掠める
そしてそれと同時に放たれた杭が胴の真ん中に刺さるのを辛うじて打ち払った
ジン、と傷む右手
もう握力さえ怪しくなっている…
一時の隙も許せぬ交戦中、、
とても念話に集中できない
意識が拡散した事により
すぐに雑音とノイズ交じりになるアギトの声
返信を返す事は――――出来なかった…
出来なかったけれど、その声、、
とても無視できる様子じゃない
烈火の将の融合デバイス
シグナムをロードを仰ぐあの剣の精霊の―――
、、、、泣き叫ぶ声……
―――心臓が早鐘のように高鳴る
―――自身の体の傷が発する警告「以外」のアラームがどんどん大きくなっていく
思慮をめぐらすまでもない状況
それが意味する所は一つしか、、、
―――まさか…
―――シグナムが、、まさか…
……考えてすらいなかった
あの人が敗北する事など思考の隅にすら置いていなかった
自分はこんなだけど……
あの強くて私にとっては途轍もなく大きい、ベルカの騎士
シグナムの方はきっと大丈夫だと勝手に思い込んでいた
何せ一対一の白兵戦ならば、なのはでさえも捻じ伏せかねない
そんな暴力的な強さと不落ぶりを誇る人だ、、
まだ管理局に入局して間もない頃
とある事件でつかなかった決着を埋め合わせるように
私とシグナムは毎日のようにトレーニングルームで剣を合わせた
それはあくまで模擬戦、、
実戦のような命を賭けた限界での闘いというわけにはいかなかったけれど…
それでも彼女の剣は痛くて、強くて――
その模擬戦は、結局最後はどうやっても私が打ちのめされて終わるという結果を迎えていた
あの時期、とにかく私はあの人に勝ち越したくて
自分の剣をせめて一太刀届かせたくて、、
任務の時以外は全部、戦技を磨く事に費やした
試行錯誤を繰り返して模擬戦、トレーニングに没頭する日々は――とても充実していた
その日々が紡いで形となった――私とシグナムとの絆は
相手に確認するまでもなく、とても固いと…信じている
ベルカ最強の騎士にして
今、自分が最も頼りにしている
戦士としてのキャリアは私よりも遥かに先輩に位置する人
力強くて、厳しくて、時々優しいその瞳
シグナムは大事な、、
大事なパートナーであると共に
私の先生とも言うべき人だ
―――その人が今、、
命の危険に晒されている…?
………………、、ッッ
思考に一つの暗澹とする結末を描き
その光景に青ざめる
あの騎士が血塗れで倒れている姿を幻視する―――
唖然と焦燥を映し出した今の私の相貌
傍から見ると、とても滑稽でみっともない顔をしていただろう……
到底抑え切れない不安感、、
どうしよう…
どうすれば…?
世界がぐるぐると暗転する
助けに行かなきゃ……
だけど、、、、
ぐにゃぐにゃになっていく思考
上空へと舞い上がる紫髪の敵は間断なく自分に襲い掛かってきて
一秒たりとも思考の時間を与えてはくれない
あと何撃、、あと何分、、あと何秒、
その猛攻を受け続けられるのかも分からない…
目の前の敵は自分がどうやっても
簡単に打倒出来る相手ではない
それどころか拮抗させるだけでも精一杯、、
隙なんて全く無い……
だのに、、
その強敵の撃退に加え
今、味方の救出にも向かわねばならないという切迫した状況に対し、
私には―――
術が―――術が、、無い………
こうしている間にも加速度的に奪われていく体力
閉ざされていく希望
奇跡なんてそう都合よく起こる筈も無く、、
こんな、、こんな見知らぬ地に飛ばされて…
私もシグナムも終わってしまう、、
アルフ――せめてアルフがいてくれたら、、
なのはに……エリオにもキャロにも
ヴィヴィオにももう……会えない、、
こんな事――どうすればいいの? リニス…
「うぅッッ!!?」
避け切れなかった攻撃がまた一撃、
なけなしの装甲を剥ぎ取っていく
クロノなら――お兄ちゃんならどうやって切り抜けるんだろう…?
「は、、は、、、はぁ………ッ」
体が重い
心臓が爆発しそうだ
膝から力が、、抜けていく……
なのはなら――、、
なのは……
なのは、、
思い描くはあの不屈の背中
絶対に折れないで空に強く羽ばたくその翼
いつも優しく微笑んでくれる
私の無二の親友の、その姿
――― なのは ―――
――かつてあの力強い白い翼に救われた
――奈落に堕ちて行く私に優しく…手を伸ばしてくれた
――初めは私より弱かった筈の彼女
――でも、何度倒されても決して揺るがぬ瞳を私に向けて
――そして自分に向かってきた
――他ならぬ、私を救うために…
――私と、、友達になりたいっていう、、そのためだけに
「………ああ、、、」
どんなに絶望的な状況でも決して諦めずに
未来を切り開いてきたなのは
傷だらけになりながら
沢山の人を救ってきたなのは…
その背中を支え、どこまでも付いていく
その手を握った時から、私はそう決めた…
だのに、、
――――だのにここで終わるのか…?
「ああ………」
何をやっている…
何をやっているんだ…私は
その甘い考えに自分で腹が立つ
チャンスは必ず来る…?
隙が出来るまで待つ…?
ここへ来て何を他力本願な事を言っているんだろう、、
そんな受け身な姿勢で未来が開ける筈が無い
待ってたって救いが来るわけじゃない
チャンスは自分で切り開かない限り――訪れるわけ無い、、
ここで折れたら…
ここで屈したら…
なのはの友達を名乗る資格なんてないよ…!
私に様々なものを授けてくれた人達
その顔が、、交互に映し出される
アルフ、
リニス、
クロノ、
リンディ母さん、
シグナム、
エリオ、
キャロ、
死にかけている思考に
挫けかけてる体に
今一度、活を入れる
頑張ろう、、頑張れ、、!
そして――
最後にトモダチが、、
――― フェイトちゃん ―――
心の中のなのはが、、
私の名前を紡いでくれた
「なのはっっっ!!!」
その瞬間、、
私の中で――――何かが弾けた
――――――
「なのはっっっ!!!」
突然にして彼女の口から叫ばれたその名が一体誰のものであるか
相手の騎兵に分かろう筈もない
だがその叫びと共に打ち返された一撃が今までに無いほどに鋭く
重いものであった事に驚きを禁じえないライダー
対して彼女
金髪の魔道士の霧散しかかった思考が
ガチリ、ガチリ、と音を立てて再び組み上がっていく
(信じろ、、シグナムは大丈夫……
あの人がそんな簡単にやられるわけがない…!)
崩れかかったのは時間にして一瞬
弱い考えを強引に振り払ったのもまた一瞬
この繰り広げられる絶死の攻防に何ら影を落とす事は無かった一瞬
だがその一瞬の心象世界において
友の、大切な人達の名前を胸に心に刻んで、今――もう一度、フェイトは立ち上がる
彼女は類稀なる素質、才能、磨いてきた力に比べ
その心は驚くほどに弱く儚い
否、苦痛や困難に対してのガッツや根性という意味での強さなら
並の戦士を遥かに凌駕している事は疑いようが無い
だが、ある一方からの衝撃に対してはガラスのように、、脆いのだ
特に何かを失う、誰かを失う事を少しでも匂わせるような状況下ではそれが如実に現れてしまう
幼少から苛烈な仕打ちに苛まれてきた…
欲しかった愛情に、ついには手が届かなかった…
突きつけられた「フェイト」という名前――運命という残酷な真実
あのような体験をすれば人は醜く歪み
周りにある世界の全てを憎むか
その精神が耐えられずコワれてしまう事だろう
彼女は―――後者だった
辛くて、惨めで、
信じてきた拠り所をも失って
でも優しい彼女は憤怒に身を焦がし、世界に激情を叩きつける事も出来なかった
だが、、
そんな堕ちて行く心を救ったのが他ならぬ高町なのは
そしていつでも自分を支えてくれた使い魔アルフ
自分を養子にしてくれたリンディ提督や、新しい家族になったクロノハラオウン
その優しく儚い、幸せを求めて彷徨う心を見ていてくれた人達
自分を救ってくれた人達の存在に――フェイトは溢れんばかりの涙と共に感謝する
彼女は一人ではない
その心は今や様々な人によって支えられ
彼女もまたその幸福を少しでも世に返そうと
他人を支える事にその生涯を費やそうと決意している
それが――崩れがちな心を強固に支える今の彼女の力の源
それがフェイトテスタロッサハラオウンという存在の
いわば根源というべきモノだった
――――――
最終更新:2009年01月21日 08:23