――――地に伏したるは紫紺
――――それを見下ろし、大地に雄々しく立つは雷光
閃く迅雷の技巧
フェイトテスタロッサハラオウンが、その多彩な技の引き出しを総動員して
ついにこの怪物を見事、地に這わせた
どうだ! とばかりに拳を体の前で握るフェイト
クールな彼女のこんな仕草は珍しいが、、
培ってきた術技を重ねて重ねて、そしてぶ厚い壁を貫き通した感触
この瞬間だけはクールな彼女とて溢れる喜びを禁じえない
決して戦いが好きなわけではないが、彼女の内に確かに内在するここら辺りの思考が
あの烈火の将=シグナムとひたすらに気があってしまう側面であり…
周囲からバトルマニアなどと呼ばれてしまう所以だろう
もっとも後になって高町なのはから自分がそんな扱いを受けてると聞いた時は――
顔を赤くしたり青くしたりして必死に否定する執務間なのであるが……
ともあれ彼女の歓喜の姿も今は納得のいく光景だった
事実、それほどの事をしてのけたのだ――この黒衣の魔道士は
何せあの強力な敵を相手に、一手でも読み間違えていれば
物言わぬ躯となって倒れ付していたのは自分だっただろう
おそらくは彼女自身の人生でも三度と出来ない快心の反撃
起死回生どころの騒ぎではない
彼女は今、一瞬だが確実に戦技の究極の域に足を踏み入れていた
「―――う、、―――」
その眼下の相手――サーヴァント=ライダーが小さな呻きを漏らして身を蠢かせる
流石にすぐには起き上がれない
仰向けに倒れた肢体
それを寝返りをうつように転がってうつ伏せになり
手をついて起きようとしたその体が――再びズシャリ、と崩れ落ちる
我慢に我慢を重ねたダメージは一気に体に来る
そして一旦開放されてしまうと、それはなかなか収まってはくれない
サーヴァントとて、その理は人間と一緒だ
しかも今まで魔弾の直撃や打撃をものともせずに攻撃の手を休めなかった彼女であるが
その受けた攻撃は全て単発だった
だが今は――連撃に告ぐ連撃を纏めて貰ってしまったのだ
高出力の砲撃こそ絡められなかったが
殺傷力という言う点では申し分の無いコンビネーションだった
(効いてる、、!)
その相手の騎兵を今日初めて見下ろす形になったフェイト
ここまで辿り着くのにどれだけの犠牲を払ったのだろう…
ズキズキと痛む全身を仰ぎ見ながら、それでも得もいわれぬ達成感を抱かずにはいられない
地に爪をガリっと立ててゆっくりと身を起こそうとする騎兵であったが――体が思うように動かない
ブルブルと震える四肢を地面につけ、四つんばいのようになった姿勢のまま…
彼女は視線を地に向けたまま顔を上げない
その地面にまで垂れた紫の長髪がライダーの横顔を隠す
その震えは果たしてダメージのみによるものか――
それとも獲物に過ぎない相手に地を這わされた屈辱に身を焦がしているのか――
その胸中に去来するモノが何なのか、、
魔道士には分かる筈も無かった
――――――
「――テスタロッサ……」
「え?」
その対峙が数秒ほど続いた後
唐突に紡がれたのは―――自分の性
フェイトがすかさず「次」の行動に移ろうかと思った矢先、
目の前の彼女、地に伏せる相手が
こちらにやっと聞こえるくらいの小さな声で自分の姓名を呟いたのだ
少し驚いてしまうフェイト
「もう片方の騎士が――そう呼んでいました…」
続けて彼女の口から出た言葉は、先ほどの独り言のような呟きとは打って変わって
はっきりと、フェイトの耳に届いた
それは明らかにこちらとの意思疎通を目的とした言葉であり――
すぐさま相手に対してアクションを起こそうとするフェイトの足を一時、止めるに十分なものだった
元より相手の話を聞くために戦っていたフェイト
その相手からの言葉を無視するわけにはいかない
そういえば――
思い立つ魔道士
うやむやのうちに戦闘になってしまい、
自身の名前すら告げていなかったのだったか、、?
「、、、フェイトテスタロッサハラオウン……時空管理局所属の執務官だ」
改めてゆっくりと自身の名を告げるフェイト
今は喋るだけでも切った口の中がジクジクと痛むが…
そんな事は言っていられない
「その概要については今は秘匿を続けさせて貰う
貴方の任意同行が得られれば……説明するけれど、今は――」
話を続けるフェイト
当然、微塵の油断もしていない
常に相手の突然の奇襲から身をかわせるよう両足のカカトは浮かせており
その右手には既に全開の砲撃を撃ち放つ用意もある
緊張を孕んだ会合――未だ相手は地に伏したまま、、
それにしても――
と、、訝しむフェイトである
相手は今まで頑なにこちらの話を聞かなかったのにどういう風の吹き回しかと思う…
相応のダメージを受けて対話の席についてくれる気になったのだろうか?
「――――、フェイト」
紡ぐようにその女怪が再び魔道士の名前を呟く
もしそうならば、、言う事は無い
用意していた「次」は無駄になってしまうが
それは当然願っても無い事
無難に矛を収められるのならば越した事は無い
(………)
しかしやはり油断はしない
目の前の相手から一寸も警戒を解かずに相手の次の言葉を待つ
……………
(でも、改めて見ると……)
その目の前で伏せている女性を見て思いを馳せる魔道士である
――― やはり信じられない ―――
、、と
そのうずくまり、弱々しく四肢を地に付いている相手
見れば見るほど線の細くて綺麗な人間の女性としか思えない
いや、ただの人間とするにはその美しさは暴力的なまでに神がかっているのだが
どちらにせよ武器を取り、戦火に晒されるには
おおよそ不釣合いな様相であるのは変わらない
その肩幅も、二の腕も、腰回りも、両の足も「頑健」などと評すには程遠い
その彼女に、、、自分は一体、何発叩き込んだのか…?
その彼女に、、、何回、BJをブチ抜かれたのか…?
その華奢な体に自分は持てる戦技の限りを尽くして
死に物狂いで攻撃を打ち込んだ
「華奢」というのなら自分だって負けてはいないが
その自分はデバイスとBJと何重もの障壁に守られている
しかし、この相手は生身なのだ
生身の女性に当たり前のように魔法を直撃させてきた
いずれも、普通ならばただでは済まない攻撃をだ
考えれば考えるほどに異常な事態だった
その強靭な肉体、戦闘力、体力はあの戦闘機人すら凌駕する
本当に自分とは――人間とは生物としてのランクが三桁くらい違うと思わされる
ここへ来て様々な可能性が魔道士の頭を過ぎる
――何か強化の魔法でもかけていたのか?
――それともこちらに視認出来ない類の防御に守られていたのか?
――もしかして今まで相手をしていたのが高度な幻術によって作り出された影に過ぎず
――今、何らかの形で実態に攻撃が通った事により、彼女は目の前で伏している…?
どれも過程の域に過ぎないが
それでも様々な考えに苛まれてしまう
それほどに、、それほどに凄まじい相手だったのだ
素の戦闘力でSランク魔道士である自分を撃墜寸前、、
いや……実質撃破していたのだから――彼女は
「………つ、、」
苦しげな吐息を吐くフェイト
体のあちこちがズキズキと痛み出した
アドレナリンで麻痺した肉体が、その痛感を徐々に取り戻しているのだろう
ともあれ、相手に意思疎通の意思があるのならこちらも話を進めなくてはならない
これで上手くすればシグナムの方の戦いも止められる
未だこちらの名前を紡いでより一言も話さない相手に対し
慎重にこちらの意思を伝える執務官
「さっきも言ったけれど、こちらにはちゃんと貴方の話を聞く用意がある
局員に暴行を加えた事、それは今の段階ならば私の方で握り潰せる…」
…………………………
その――――
、、、、、、、、、、、、、、、
空気が――――
――――――――――
「対話の意思ありと判断して良………?」
、―――――――
一変している事に気づいた彼女はその言葉を最後まで言う事が出来なかった
「、、、、、、、………え?」
会談、交渉、その他あらゆる舌を使っての邂逅において――
「絶句する」というのは問答無用の敗北行為である
百戦錬磨の執務官であるフェイトをして、そんな愚を犯す事などは天地が引っくり返っても有り得ない
だというのに、、
魔道士は――
向上を述べるその口を半開きにしたまま――
言葉を失っていた
ギチリと、、背筋に凍てついた棒を差し込まれたように
硬直した体と――見開かれた目
まるでヘビに睨まれたカエルのように
ソレに対して目が逸らせずに凝固するしかなかった
禍々しい
毒々しい
本来ならば視認出来ない筈の霊気
否、妖気とも言うべきモノ
その黒が混ざった紫紺の妖気を全身から噴出している
目の前の女性の――その美しい顔が、、
歪にゆがみ
口が裂けたような笑みを作っている
その鬼貌が――
フェイトの震える両の瞳に、、しかと写っていたのだ
――――――
――― 何を、、、 ―――
その稲妻の如き衝撃が体内を駆け巡り
地面に勢い良く叩きつけられた事で
己に科した数多くの「自己封印」と共に
その奥の奥へとしまい込んだ「心」を一刻……
呼び覚まされていました
――― 何をやっているのでしょうね……私は ―――
それは意味の無い問い
自分は聖杯戦争という欲塗れの愚か者達が繰り広げる茶番劇に無理やり呼び出されたエキストラ
己の強い意志から現世に身を投じたわけではない
―――自分はサーヴァント
マスターに仕える忠実な下僕の役割を与えられたこの身は
既に己が意思を剥奪され、ニンゲンの走狗となって走るかつての自分の残骸に過ぎない
であるならば己が思考の及ぼす事象ほど
今の状況にて無意味極まりない事はありません
聖杯戦争、、
この闘いにおいてサーヴァントはマスターの命を受け
敵を打破するための兵器として使役されるためのモノ
しかしながら「騎兵」という無理繰りな枠へと押し込められた魂は
生前のこの「私」を押し込めるには窮屈で苦しくて――
加えて今の私のマスターははっきり言って未熟に過ぎる
私を乗りこなすには技量その他何もかもが足りていない
いえ――技量の問題ではありませんね…
それ以前に一つの個体として存続するための自我が
ズタズタに傷ついてコワれている
この身に降り掛かる理不尽な暴力も
劣情に身を任せた数々の仕打ちも
己の惨めな出自に悲嘆しての事なのでしょうが…
それもまた些細な事――
私の与り知る事ではありません
ただ一つの事実として、、アレがマスターである以上
この戦いを勝ち抜く事は難しいという事です
彼では私の性能を半分も引き出すことは出来ない
故に今の私は他のサーヴァントに倒されるのを待つ身に過ぎず
果たしてその相手は最良の誉れ高いセイバーか
強大で圧倒的な力を持つ現在最強の勢力を誇るバーサーカーか
それらに性能では一歩劣るものの優秀なマスターの元に召還されたアーチャーか、、
何にせよ気の進まない話です…
元々自分には「乗り気な戦い」などというものはなく
先も言った通りこの身は死後に至るほどの願いを抱いているわけでもない
今日も私はその幽鬼のように実感の伴わぬ身を引き摺って
マスターの命の下、戦いに身を投じている
そういえば――今は戦闘中でしたか……
事が始まれば余計な感情は一切消える――
いつものように切り替えてしまいましょう
正気を持つと――心が痛む
私の「本来の」マスター
本当に尽くしたい相手に尽くせないのならば
自我など、ただ邪魔なだけ
そう、、
自分を呼んだのは他ならぬ彼女であり今のマスターではない
魂が惹かれあったが故に
私のような禍々しい怪物を召還してしまったのか――
でも彼女はそんな私を見て
その瞳に嫌悪も拒絶も表さずに、一言…
よろしくね、ライダー……こんな私だけど
どうか精一杯仕えてくれると嬉しいです
そう言ってくれた
傷だらけの磨耗したココロ
去来するのは彼女の虚ろな瞳
本当に尽くしたかった相手――
――― サクラ、、貴方は今、どうしているのでしょうか… ―――
最後に、その名前を紡いで――
私は再び
思考の全てが黒い感情に塗り潰される
あの忌わしい背徳に、、
身を委ねた
――――――
それは記録をダウンロードするという行為に似ている
それは星の「記憶」にその所業を刻まれた伝説の怪物の「記録」――
どうしようもなく彼女自身でありながら
だが「この」彼女は未だそこに至ってはいない
彼女ではない彼女
未来において彼女の堕ちる煉獄のスガタ
未だ優しい心を残した彼女がそこに踏み込んだ瞬間、、
その身はあの伝説の怪物そのものになる
冷静で物静かな彼女がその貌に写した鬼相こそその片鱗
今、魔道士の目の前にあるソレこそは
まさしくあの数多の英雄を食い尽くしてきた悪鬼であった
未だ、地に四肢をつきながら―――
「フェイト、ですか……良い名です、、
フェイト、、フェイト…」
女は魔道士を見上げながらその名を連呼する
自分の髪が被さった視界の、その先にある地面
土を食んだ四肢の感触
その手を、足を土に付けて這い蹲っているブザマな自分の姿を認識して、、
己が意思を超えてニィィ、と裂ける口元――
「フェイト……ああ、、愛しさすら感じます…フェイト――」
まるで最上級の呪詛を込めて
己が身に刻み付けるように
それは繰り返し、繰り返し、、
その名を連呼する―――
四つんばいになっているのは
彼女の戦闘形態によるものではなく
紛う事なきダメージによるものから
それは間違いない
ここに来て優勢、とまでは行かなくとも
魔道士がその戦況を五分にまで押し戻した事は確実なのだ
「――― フェイト ―――」
だが、その奮闘が期せずして
閉ざされた禁断の扉を開いてしまう
その名を紡ぐ度に
声は粘つくような残響を伴って
その場の空気を震わす
先程、魔道士は彼女を普通の女性にしか見えないと評したが
この期に及んで、その目の前のモノを綺麗で華奢な人間の女などと言えるのか――?
言える筈が無い
この充満する不吉な空気が
そんな愚鈍な物言いを許さない
生物として劣っている相手に
あの手この手で抵抗され
ついには土をつけられる
それは彼女の苦い思い出によるものか――
英雄を名乗るお調子者の若造に
首を斬られ、これ見よがしにさらし者にされた
そんな不快な記憶を掘り起こされたのか――
サーヴァントのその生前のトラウマに触れる事は
竜の逆鱗に触れる事を意味する
場にひりつく空気――否、妖気は
もはやヒトが醸しだすそれとは一線を隔し
この森は今、真の意味でのバケモノの巣となりつつある
言葉はない
一言もない
そして、、
ああ、、もういい
もういいでしょう……
本来の自分に戻ってしまいましょう
ある意味で倦怠に沈んでいた彼女の異形の部分に火が灯る
マスターがあの未熟者では「封印」を解いたところですぐに空になってしまうだろう
こちらの負担が大きすぎる上に、発動時間は限りなく短い
だが、、それで構わない―――
本当の自分
その真名に相応しい
絶望に彩られた力
―― その真の姿を見せてやろう ――
一瞬だ――
瞬きの間に全ては終わる
その鶏がらのようなひ弱な体を力任せに折り曲げ
悲痛な叫びを存分に上げさせた後、、
歪にコワれた体に杭の雨を降らせ
消耗した魔力を獲物の鮮血を浴びるように貪って摂取する
変わらない
やる事はあの頃と変わらない
その堕ちた劣情のままに
―― ブレイカー、、 ――
彼女はその瞳を隠したマスクに手をかけた
――――――
「あ、、……」
その声は、、震えていた
そして初めてフェイトが、、
今の今まで勇猛果敢に戦っていた魔道士が
相手の攻撃によるものではなく――
本能的な恐怖によって一歩、後ろに下がってしまう
相手の尋常でない様子に
そして今や比べ物にならない殺気に満ちた敵の形相に
その膨れ上がっていく禍々しい妖気に、、
10年、、10年もの間
修羅場を潜ってきたこの執務官をして痩身に鳥肌の立つほどの、
それは神代の時代、恐怖と混沌を世に撒き散らし
今や現世においてすら知らぬ者のいないであろう
「あのバケモノ」が醸しだす―――圧倒的な死の気配
「っ……」
甘かった
ダメージはある筈だと――
優位に立てたなどと――
自分は本当に今日はどうかしているのか?
見立ても何もかもが甘すぎる……
見た目に騙されて相手の力、その本質を見誤るなど
執務官として武装局員として言語道断だ
幻術とか
魔力強化とか
あの敵の強さはそんなチャチなものでは断じてなかった
正真正銘、自分のいる世界と隔絶された
超越されたナニカであった――それだけの話
その自らの暢気な思考に張り手を食らわせてやりたい気分になるフェイト
思えば――
まだ彼女には余裕があったのかも知れない
今まで幾多の敵を退けてきたSランク魔道士としての力を
知らず過信していたのかも知れない
まだ――自分には切っていないカードが二つもあるという事実
任務上、おいそれとは使えない…
でも、イザとなったら、本当にどうしようもなくなったら、、
その安全弁を抜いて力を解放すればどうとでも切り抜けられる
そんなセーフティゾーン――糊代を残しているという余裕が
今の過信に繋がっていたんじゃないだろうか?
「駄目だ……」
一言、、
今の状況の宜しく無さをこれ以上現すものはない
そんな一言をボソっと呟くしかないフェイト
簡単な話だった
自分が余力を未だ残していたのと同様――
相手もまた、その真髄を出しちゃいなかったという事
届いたと思った頂は未だ中腹に過ぎなかったという事だ
何という、、、不覚
場合によってはここで倒せてしまうのでは?などと
そんな安直な考えは、眼前の敵の醸しだす気配の前に粉々に吹き飛んだ
この只事ではない殺気
相手の様相から連想させられる、自らの死
それを感じ取れないようでは――この職務はやっていけない
――今や相手の全身をまともに見れない
――否、、まともに見れないのに……見てしまう
目を逸らしたくてしょうがないのに
その姿から瞳が話せない
矛盾のようなこの事態
未だ地に伏した相手の横顔はほとんど見えない
しかし、その長い髪に隠された相貌は――
その合い間から伺わせているだけで
歪にゆがんだ狂相をありありと示している
女怪の口から自身の名前が漏れる度に
心臓を掻き毟られる不快感に苛まれてしまう
相手の鬼相は未だその大部分がマスクによって隠されているが
そのアイマスクが外れて――もし今、その全貌が露になったとしたら…
一体どんな、、どんな恐ろしい表情が――
(ッッッッッッ!!)
「ソレ」を考えた瞬間―――魔道士の全身が硬直した
例えではなく――
本当に心臓が止まりかけた
それは決して考えてはいけない事
決して思い描いてはいけない事
想像する、、ただそれだけで死の連想に憑き殺される程の事態
その隠された相貌を露にしてみたいなどと――思う事すら自殺行為、、
何故なら、あのマスクを外した彼女の顔を
その瞳を伺い見るという事は――即ち、、、
(ッッ!! しっかりしろ、、私っ!!!)
全身を覆う冷たい汗
寒気と共に総身にびっしりと立った鳥肌
その凍りついた意思に――火を灯すフェイト
バカのように呆けていた頬を両手で挟みこむようにパァン、と張り倒し
硬直しかかった体に再び命令を下す
その恐怖と絶望に彩られた妖気は
並の人間であったならそれだけで意思を剥奪し
死を選ばせるほどの不吉を周囲にばら撒いていた
だが、その本能を理性で押さえ込んでこその執務官
広大な次元世界を統括してきた時空管理局の法を担う先駆者たる彼女らは
同時に人外の怪物とも多く渡り合ってきた、生え抜きの戦士だった
相手が何であれ、、
恐怖に負けて萎縮しきってしまうほど
その今まで潜ってきた修羅場は温くない
その膨れ上がる殺気……
これは今まで出会ってきた敵とは明らかに一線を画す
どのカテゴリーに属するかも分からない未知の相手だ
そして――交渉は再び決裂したと見て良いだろう
状況は――
こちらの反撃によって敵の怒りに火を注いでしまった
この一語に集約される
だがその与えたダメージも相当のもので
敵は未だに身を起こす素振りを見せない
(………どうする?)
相手が弱っているのは明らかなのだ
この膨大な殺気は、裏を返せば手負いの獣の威嚇と取れなくも無い
なら、、行くか?
ここでラッシュをかけてフルブーストで一気に勝負を決めてしまうか…?
ここで相手を倒しておかなければ、それこそ次に出会った時こそが自分達の、――
そんな思考が一瞬、頭を過ぎるフェイト
……………
(バカ、、、それをやったら……
もう一度、新任の基礎過程から受け直しだよ…!)
であったが、、
その短絡的で馬鹿な立案を
彼女は一瞬で心の中から一蹴する
少し考えれば当然の事だった
今、オーバードライブを使ってどうするというのか?
自分はこれからシグナムの救出にいかなくてはいけない
この後、何が起こるか分からないこの現状で
相手を恐れる余り、その最後のカードを出してしまうなど言語道断
それに相手が昏倒しているとはいえ、まだまだその戦力は未知数なのだ
「今なら倒せるかも知れない」などというデカイ餌を蒔かれてそれに飛びつくようでは三流以下
先ほど、好機に目が眩んでちょっと迂闊に踏み込んだだけで
並走を止められ、自分はもう少しで撃破されるところだった
あのような窮地に陥ったのは全て自分の判断ミスによるもの、、
(―――同じ失敗を二度するわけにはいかない…)
思考に思考を重ねるフェイトの頭脳
ならば、どうするこの局面?
――考えるまでも無い
その答えは秒を数えぬうちに出た
……ここまでだ
先の反撃で相手をダウンさせた
あれが地上で、この不利なフィールドで
この怪物相手に出来る精一杯の迎撃
これ以上は続かない
あれが自身のそのリミット一杯まで引き出した最上の戦果だ
何事も追い過ぎると自滅する
ならば、次の行動は決まっている
当初の……予定通りだ
―― 相手をまずは一撃昏倒させる ――
その目標が達せられ
相手の追い足が止まった今
ここは「次」に移行するだけの事
フェイトはもはや一寸の躊躇もなく――
―― ブレイカー、、 ――
大気を震わす相手の真名解放
その言葉を聞く前に、、
己が最善を実行に移す
――――――
ザザザ、と―――木々がざわめく
その音はまるで地獄の使いである死神が
しゃれこうべの顎を鳴らせてカカと笑う音に似ていて――
この騎兵の真の姿を垣間見る事になるその空間
そこにある全ての命が――
恐怖と絶望に凍りつく
―――、、、、、
そして……
最も悲痛な絶叫を上げなくてはいけない
女怪にとっての愛しい愛しい獲物である筈の、
黒衣の魔道士――
その姿は、、既に彼女の前から消え去っていた
「………………」
まるでロケットの打ち上げの如く
地にプラズマの残滓を残し
全開出力のテイクオフでそのまま後方に向き直り
木々の間を、目にも止まらぬ速さで抜けていった魔道士
その白いマントが風にたなびき、騎兵の視線を一蹴する
まるで此処に今こそ存在を露にする彼女の姿を
眼中なし、としてあしらったような感すらあった
「―――、な……」
もはや何の戒めもないフェイトが
ライダーを背にして全速力でこの場から離脱した――
場は、その呆気無いほどの幕切れを結果として、、残すのみであったのだ
森の奥深いこのフィールドにはもはや二つの影はなく
美しき舞踏姫の宴は今、終わりを告げた
「―――、ま、待ちなさいッッッ!!!」
珍しく憤怒の声を上げるライダー
ようやっと本気で相手をしようとした矢先のこれだ
怜悧な性格の彼女をして、これは悔しすぎる結果…
踵を返したフェイトをすぐさま追おうとする紫紺の刺客であったが、、
「く、――」
蓄積されたダメージは未だ尾を引いている
その体がよろめいて再び木によりかかってしまう
「―――逃げるのですか……
貴方にとっても私を倒せる絶好の機会、、それを…」
ライダーがハスキーで高い声を屈辱に染める
らしくない挑発だった
がらにもなくムキになっているのは自分でも分かる
だがこんな時、かつての彼女の敵ならば
自身の首を取り、その誉にしようと
怒声を張り上げ一気呵成に向かってきたのだ
また、初めからこのように臆病風に吹かれて神殿を逃げ惑う者を逃がした事もない
一度、神殿に足を踏み入れた者は彼女の魔手から逃れる術など持たなかったからだ
だから、、その相手の突然の逃走はライダーにとって完全な埒外
ボロボロになりながらそれでも折れずに向かってきた勇猛な魔術師は
紛れも無い勇者だった
それが自分にこれほどのダメージを与えた状態で、、まさか逃げるなど……
予想を大きく裏切られたライダーはすぐさま行動に移れず
彼女の背中に怨嗟の罵倒を張り上げるしか術がない
だがフェイトは当然、そんな挑発には乗らない
脇目も降らずに飛び荒ぶその姿が
ライダーの視界からみるみるうちに小さくなって―――そして消えていく
「――とんだ腰抜けですね……!」
寄りかかった木の幹に爪を立てる騎兵
バリバリ、と――その大木の表面が握りつぶされ
抉られた繊維がむき出しになる
品格の伴わない者であれば地団太を踏んで悔しがる場面であろう
勝負はこれからという時に、、
完全に肩透かしを食らったのだから
だが、、、常識で考えればそれは当然の結末だったのだが――
閉じ込めた檻が破られれば当然、鳥は外へ飛び出す
獲物が自分の不利な状況でこれ以上戦い続けてくれる道理など無い
ここまでの激戦に身も心も窶し
その闘志を燃え上がらせながら――
それでもあの黒衣の魔道士は冷静さを失っていなかったという事…
つまりこの緒戦は―――
絶対有利のフィールドから相手を逃がしてしまった自分の負け、、
ギリ、と歯の軋む音が彼女の口から漏れる
その結果を受け、解放しかけた自己封印――
ゴルゴーンを再び深層へと押し込め、マスクに当てた手を今……放す
そしてゆっくりとその場に佇むライダー
「ならば良いでしょう―――この森を抜けるといい」
もはや謳うような声に先のような余裕は無く
怒気と殺気で溢れている
未だダメージを残した足は
しかし逃げる獲物を追うには既に支障は無い
前傾姿勢になり
走者のクラウチングスタートのようにその両足が地を食み
フェイトに遅れる事、数秒……
今、追跡者がその森を後にする
ドゥン、!!という、ブースターの点火の轟音の如き凄まじい音をフィールドに残し
紫紺のサーヴァント=ライダーがフェイトテスタロッサハラオウンを追う
とはいえ流石に一拍子遅れた追撃
目にも止まらぬ速さで木々を抜け、疾走する彼女であるが、、
流石のライダーとて今から森の出口に至るまでにフェイトを捕らえる事は出来ないだろう
それは即ち、あの黒衣の翼を再び上空に見上げる、という結果に繋がる
ライダーがフェイトを一方的に圧倒する事が出来たのはこの森――
周囲に立ち並ぶ樹林のおかげだった
それらの無い平地へ逃れられては――
こちらの打つ手がなくなる、、、
「この森を抜けたその瞬間――」
と、、
―― 相手は疑っていない ――
故に騎兵はその口に再び笑みを灯す
鬼貌の取れた表情ゆえに
それは再び元の微笑に戻っていたが、、
だがその目が未来に写すところは相も変らぬ――あの相手の無残な終局のみ
「それが貴方の最期です――魔術師……フェイト」
駆ける騎兵
空へと舞い上がった獲物の背中を打ち抜く、
否……躯すら残さぬ灰塵と化すその瞬間を幻視し―――
再び狩りの高揚に身を任せて
流星のように跳ぶライダーであった
――――――
その相手の姿を認め
フェイトは後ろ手に迫る紫の影を引き連れて
同様に木々を回避しながら飛ぶ
―――気づかれてはならない
あくまで自分は敵の凄まじさに恐れ
脱げるように退避していなくてはならない
本来ならばこんな低空飛行はしない
一気に上空に飛び退り
相手の届かぬ高度まで逃げ切ってしまえば良いのだ
だのにそれをしなかった執務官
狙うは当然、一発逆転のその瞬間
この状況を打破できる一条の望みを信じ、、
そして――
開けた視界
森の出口 に限りなく近づいた
その時を以って、、
(シグナムッ!!!)
念話のチャンネルを全開にして彼女は叫ぶ
必ず届くと信じて
ありったけの念を込めて叫ぶ
雷光と騎兵の輪舞はここに終わりを告げ、、
その戦場に次に描かれるは新たな局面――
その吹き荒ぶ風だけが、、
四者の紡ぎ出す戦いの流れが
今、変わった事を敏感に感じ取っていた
最終更新:2009年01月21日 09:11