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つい、と感情の伴わない仕草で向き直る男

仕える者と遣う者の視線がまっすぐに交錯する
それは紛う事なき、、

昇進の言葉なれど――

主の口調は祝辞と取るにはあまりにも重く
その心胆に抱く緊張を如実に表したものだった

「――――前線を退けと?」

ある意味、予想していた言葉だったのか
淡々とした口調で男は問い返す

「お前から戦場を奪うつもりは無い……それは魚を池から引き揚げる行為に等しい
 だが兵の指揮も戦場においてまた大事な役割の一つだ 
 お前には馬上から千の兵を率いて――」

「俺がそんなガラじゃないって事は貴方もよく知っている筈です
 このクーフーリン、死ぬまでバカみてえに戦場を突っ走っているのが性に合っている」

「そうはいうがな……
 今日びのような混戦ではその槍の効能を十全に引き出す事は適うまい?
 不意の流れ矢に、という事もある」

主の心配に対しクス、と不適に笑う男

その心配には及ばない
自分は流れ矢には嫌われていて勝手に向こうから避けていってしまうのだ


男がこう答える事は無論、主君にも分かっていた

彼の異名 「猛犬」 が示す通り
その気性は断じて指揮に向いているとは言えない
そもそも後方で腐っている事に耐えられる性格ではない

だが、それでも――

「元老達も心配している……
 今やお前は国の誇り、我らに欠かすことの出来ない英雄だ
 その――万が一を考えると、な」

「それも我が宿命なれば仕方がありませんな
 それに俺があまり長生きするとドルイド殿が嘘つき呼ばわりされます
 かの尊名に泥を塗る事になる」

「それは違うぞ、、セタンタ
 吉兆を現す予言ならば謹んで受けようが……不吉なる予言は覆すためにあるものだ
 占いに出たからとみすみす死なすには、お前の存在は今や大きすぎる」

上半身を晒した男の肉体
その体中には夥しい数の傷が刻まれている

突貫不阻にして鉄壁無双
生半可な白刃では傷一つ負わせる事は適わないその男をして全身に刻まれた傷――
この英雄を取り巻く戦場がどれほどに凄まじいか予想に難くない

だがそれは何も強要されたからではない

むしろ男はあえてそういった環境
激戦となる場所に敢えて身を投じ、己が肉体を極限まで酷使して
血と鉄が渦巻く嵐に差し出している節さえある

――無意味な蛮行ではないのか?

周囲はそう思わずにはいられないのだ

「ロード」

「ふむ?」

「あの年寄り共は <正しく> は何と言っていましたか?」

それは不意の反撃だった
問いに対して問いで返すというのは無礼な事だが
主はそれを一切、意に介した風もなく、、

むしろ気まずそうな顔をして思案に耽ってしまう

どうやら急所を突いてしまったようである
男の目は悪戯小僧のようにクリクリと動き
困った主の顔をしげしげと見据えている


ややもして主は少し言い淀んだ後、、

「お前の忠誠に対する報いとして――
 一言一句、違えずに言うぞ……」

賜るが良いと、主が厳かにスウと息を吸った後、―――


   匹夫の勇にも程がある、、

   あれでは損耗が激しすぎる、、

   魔槍の加護を存分に引き出せていない、、

   このままではあと数年と持つまい、、

   まだ無くすには惜しい

   せめて齢30を超えるまでは軍の象徴として使いまわしたいものだ、、


といったような言葉を延々と――
主は一気にまくし立てるように、記憶の続く限り余さず残らず言い放つ


「…………」

「…………」

「――――――――――なるほど」

自身に対する聞くに堪えぬ誹謗を
まるで落語か何かを聞くかのような面持ちで面白げに聞いていた男

表情には、どいつもこいつも…、という風な感情しか無い

「まあ、あのハゲどもは後でブッ殺すとして――」

「おいおい……」

目を細めて物騒な事を言い出す男
この世代は年若く血気盛んで最も荒々しい時期である
主も冷や汗ものだ


心無い言葉の数々に晒されながら――
戦の残衝、冷め遣らぬ平原に一陣の風が凪ぎ、男の髪を揺らす
むせ返るような血と鉄の匂いは男にとっては日常のもので、、
これほどに瓦礫と荒野を背景に佇む姿が似合う者もいない

だが、そうと分かっていてもなお――
主には国を担う者として言わねばならない事がある

「場合によっては私の胸に留めておこうかと思ったが――」

重い口調が更に重くなる

「お前の槍が紡ぎ出す大戦での勝利の数々
 それは我らに大いなる加護を齎した、、、疑うべくも無い事だ…」

喉に巨大な碇でも引っ掛けたかのような口調だった
それを受け、聞く前からロクな話ではないと男は一目で理解する


「だが――――廷内にその先を求める声がある」

「意味が分かり兼ねますが」

「此度の戦もまた圧勝に終われど、その被害はやはり甚大……それはこの有様を見れば分かるだろう
 やはり国と国がぶつかる戦は疲弊しか生まぬ
 そう思い至った時、、、」

一言一言――

「今のお前ならば――この圧勝の先を行く結果……
 つまりは戦が始まる前に戦を終わらせる事も可能なのではないか?」

まるで火を吐き出すかのような思いで見解を述べる主であった

――――――

男の上げてきた戦果に問題があるわけはない
これほどに壮絶で華々しい結果を残せる者など国中を探してもいないだろう

だが、、人間は欲をかく生き物で
コレが最上、これ以上は望まぬという事は決してない
もっと高みを、もっと良い戦果をと求める心は決して消えず
故に、この期において国は男に――軍を率いて戦に勝利する以上のモノを提示する

避けられぬ事だったのかも知れない…

蹂躙し、叩き潰すのが戦士の仕事ならば修復し復興するのが内政官
相反する者たち―――いつの時代も彼らは衝突する

英雄の誇りなど内務を取り仕切る者にとっては無意味な自己満足だ
実際は、戦争は頭が痛くなるほどにカネのかかる代物でその人的被害、国力の疲弊も甚大

内政官は武官に対し、お前らが気持ちよく悦に浸っている間
その尻拭いをしてやってるという思いが先行し
武における一番分かりやすい象徴――つまりは戦場で最も強く輝く者を攻撃対象とする


ならば此度の話はそういう事なのか?

貴族や国を動かす重臣たちにとって時に
戦場の英雄の人気や名声は邪魔な枷になる

自分は今まで奔放に、何にも縛られる事なく戦場を駆けてきた
だが彼らにとっては英雄は飼うものに過ぎず、己が手に余る勇者など過ぎた力――

下手をすれば国を割る凶兆にしかなりえないそれを自由奔放、野放しにしておくなど有り得ないのだ


ともあれ―――言っている意味は簡単だった、、


「他の者であればこんな事は頼まぬ、、元より神がかり的な発想だからな…
 だがお前は機転も利き、そして必中の刃を持ち、
 どのような絶望的な戦場からも生還できる………ならば――――」

と、その先を敢えてぼかした主

いや…申し訳無さから言えなかったのか

その対面、男の様相はさして変化はないが…
心中にどのような影響を与えているかは定かでない

言葉の意味するところを一言一句。吟味しているようでもあった
もっとも元より、それの意味するところは一つしかないのだが


それは―――要するに「一人で戦争を終わらせる」という事
いや、最終的には戦争すら起こさせないようにするという事だ

大戦となり、国同士が疲弊し
多くの国民が兵として借り出され、戦死する――
その前にケリをつけてしまえ、とそういう意味を含んだ言葉、、

他国の潜入
破壊工作
そして―――暗殺

華々しい戦場の剣ではなく
闇に潜む裏方――凶手となれと、、

そういう事なのだ、今回の話は……


「―――――本気で、言っているんですかね?」

やや時間を置いて返ってきた声は
豪放な男のものとは思えない冷たいものだった

「だとしたら――?」

主もそれを真っ直ぐに見据えて答える


「―――ロード」

「何だ」

「俺は戦が好きなんです」

「知っている」

淡々と語られる男の言

「平穏無事も確かに結構―――だが、、戦場……
 あの場所で交わされた刃、刻んだ傷、飛び散る火花の一つ一つには意味がある
 紛う事なき俺たちの生きた証、、命そのものだ」

「………」

「無意味なものなど一つもない……俺は、、それを大事にしたい
 剣を持たぬお偉方には分からぬ感情でしょうがね」

「それは私も含めてという事か?」

「――――いえ、、」

本気で出奔されるかも知れない、と主は内心で歯噛みしていた

国を担う重鎮達とで出した決定は決して無視できない
できないが……
このような事を彼のような光り輝く英雄に課さねばならんのかと思うと
心身がささくれ立つ思いだった

だがその秘めたる思いとは裏腹に厳粛なる下知を下す、、

それが施政者というもの――
顔には恨むのなら恨んでも良いというある種の決意が見て取れた

「出来ない、とは言いませんがね……」

「…………」

その言葉に対し、鼻の頭を掻きながら男はこちらから眼を逸らす

否、虚空を仰ぐようにその空を見上げる
その横顔を無言で見据える主

「何というか――振り幅がおかしくないですかね? その選択肢
 将の話を蹴った瞬間、戦場から遠ざけられ、暗殺者紛いの事させられるとか、、
 こんな急転直下な人生、そうそうお目にかかれねえ」

「白状すると、将への抜擢がそのための布石だ
 そうして前線から遠ざけたお前をあの手この手を使って
 この道へと誘導するのが本当の狙いだからな」

と、、己が企みを先に洗いざらい話してしまう主君

元老達が見たらあんぐりと口を開けてしまう光景だろう
流石に目をパチクリ、としばたたかせるしかない男であった

「……………怒ったか?」

「いや、怒ったといいますか……」

そこまであけすけに話されると正直、困ってしまう
逆に何か裏でもあるのかと勘ぐらずにはいられない若者である

「……俺にどうしろっていうんです 
 ロードは俺をこの場で暴れさせて、謀反の罪でも着せるつもりですか?」

「いやいや、単に臆病なのだ私は
 お前を欺き続けるのはどう考えても無理があるし、猛犬を騙すと後が恐い
 心臓がいくつあっても足らんよ、、はは」

言って笑う主だが、彼はなおも食ってかかる

「ロードは戦のない世がお望みか?
 だがそれでは俺――いや、さっきの奴らみたいな戦う事しか知らん戦士はどこへ行けばいい?」

「…………」

「ただの兵器として宝具を用い、誇りを示す暇さえ与えず、その威容のみで人を屈服させる――
 そのような血の通わぬ勝利に何の意味があるというのか…?
 敵はおろか、、味方すら納得しないと思いますがね、、」

「宝具の持ち主がそれを言うか
 お前はその槍で既に幾千の命を奪っているのだぞ」

「否、宝具の持ち主だからこそ――」

男はキッパリと言い放つ

「先ほどの槍の使用に関しての主の指摘も――貴方は思い違いをしている」

戦において男はその槍の使用にあたり、決して敵の不意は打たなかった
戦闘での自然な流れであるのならともかく、名乗りも上げずにソレを打ち込むような卑賤な真似は決してしなかった

その使用は自身が真に認めた強敵に対し、尊敬と別離の哀愁を以って

まるで手向けの花を添えるかの様に振るわれた
この槍がただ己が殺意を充たすだけのモノに成り下がった事などただの一回として無かった
そんなモノをどうして自分の親友や、知らなかったとはいえ息子にまで放てようか?

そして万が一、、必殺である一撃を繰り出してソレを相手が凌ぐような事があれば――
例え棘に苛まれ、ダメージで瀕死の状態であったとしても男はみっともなく追撃はしないであろう
それは「一撃必殺」の槍の銘を自ら汚す行為であるのだから、とでもいうかのように……

それはゲッシュの他に男が自身に科した様々な身上
宝具を振るうにあたっての訓戒だ


先に男が自ら言ったように……所詮は戦の機微
万人が集い、万の思考が織り成す戦争において

一人の思慮を鑑みてくれる要素などほぼ皆無

その訓戒を頑なに守りながらに戦う彼を容赦なく襲う白刃の雨は男の体を幾度となく切り裂いた事だろう

だが、それでも男は出来る限りその身上に従って戦い続けてきた
確かにそれは他人の目から見て武装の出し渋りに写ってしまうかもしれない
勝つ事を第一に考える者から見れば、さぞや愚かな行為に映るだろう

実際、戦術という観点から突き詰めていけば――上手くやろうと思えば――
言われている通りもっと良いやり様はあるのだから……

だが、、

そんな考えを男は嘲り混じりに一蹴する
笑わせんじゃねえ…と


―――便利な道具? 


―――効率の良い兵器?


――――ふざけるな……、と

宝具をそんな視でしか見られない輩たち
そんなだから貴様らは―――ソレを振るう資格を永遠に得られないのだ、と

男はあくまで戦いの「王道」に沿って行動しているだけだと自負している
そこに何ら恥じる事も、負い目に感じることもない

例えば、この時代の彼には存在を窺い知る事は出来ないが
あの伝説に名を残す騎士王が、、聖剣の担い手が
無抵抗の市民や負傷兵の集落に対してソレを振るうか?

英雄王が
征服王が
フィオナ騎士団の一番槍が

己が身上を穢すかのような振る舞いをするか?

言うまでもない……

絶対にしない
何故なら彼らは、、、


―――英雄だから

彼にとってこの槍は単なる便利で強力な兵器ではない

宝具を女王から受け継いだ事によって男が背負う事になる責任は途轍もなく重く、、
彼もまた、その重責を覚悟の上で柄を握った

―― 宝具を担う者は伝説を残さねばならない ――

強大な力を振るうに足る武名を
高貴なる幻想を体現する存在として

数々の奇跡を起こし
至弱を至強に勝たせ
そして後世の歴史に名を刻まねば、、、

その域にまで至らなければ嘘なのだ
それが当然の事なのだ…


―――英雄なんだから

ソレは決して下卑た功名心という意味ではなく
もはや責務を超えた契約だった

宝具に宿る尊き幻想に決して恥すべき振舞いをしてはならない
その槍を一度振るえば――ただの一度とて凡庸な戦いなど許されない
もし自身が己の武装に溺れ、有利な道へと逃げれば
もし自身が己の理想を曲げ、外道へと堕ちれば
それは彼に槍を託した者の名前すら汚す行為であろう

だからこそ男はそれを無様に扱うわけにはいかなかった
担い手として、この槍がどれほど凄かったか…
影の女王から託されたそれの名が後の世にまで轟くように豪壮に壮絶に、、

必死に戦っていたのだ――

敵だけではなくその自身の手に持つ槍とすら
強大な宝具と競り合い、、その幻想を振るうに値する男であったと認めさせるために戦っていたのだ

――― それが選ばれし者の定め ―――

「英雄」と呼ばれしものの辿る長く険しい道なのだから

だが、、

「これは決定事項なのだ、<クーフーリン>よ―――反論は許さん」

「………」

「一人の英雄の自我と数千の民の安寧
 よもや私に図りにかけろ、とは言うまい?
 私の知っているお前は、そこまで愚かではないはずだが…」

だが、、その一言で男の全てが屈服しかかる…

番犬と言われるほどに実直で忠義の士であるこの男は
誠意ある対応に対して、裏切るような真似は絶対に出来ない

権謀によって欺かれたのなら、突っぱねていただろう
だがこうして正直に包み隠さず話して筋を通された以上、かわす事は出来なかった…

またそんな彼の性格を主はよく分かっていた、、故に――

やはり一国を担う者は違う
とんだ狸、、食えない御仁だった


「厳しいのは最初だけだ……
 いずれは我が軍を無下に侵略する者もいなくなる
 それまで――辛抱してくれまいか? クランの猛犬よ」

「…………」

「最終的にはお前は一つの現象になるのだ
 国を守護し、楯突くものに無慈悲な鉄槌を下す国の守護神
 その噂が広く世に知れれば――わが国に無益な戦を仕掛けてくる者はいなくなる
 お前は人を超えた英雄……国の守り神としてその名を称えられる事になるのだぞ?」

「人として、ではなく……現象としてですか」

「………そうだ」


―― それに逆らえば必ず殺される ――


とある時代、こうした恐怖を以って時の権力者を見事縛り付けた集団があった

山の翁と呼ばれる暗殺者たち――ハサン・サッバーハ

幾十の防壁も何百の防備も掻い潜って彼らは標的の元に辿り着き
その毒牙を以って必ず標的を死に至らしめたという

彼らの暗殺は、決して防ぎようのない神の如き御手として
ついには信仰の対象になり恐れ崇められた

強力過ぎる力を見せつけ
それを保有する事で自国に戦争を仕掛けさせる気をなくす

期せずしてそれは今で言うところの核兵器に似ている

神代の時代において 「抑止」 などという言葉があったわけはないが
だがそれでも、宝具がその役割を果たすほどに強力であった事は紛れもない事実だ

そしてそれを手にしたものが多かれ少なかれ、人の身では為し得ぬ力の行使を担わされるのもまた真理――
何せ彼らは、、一人で千人に匹敵する戦略兵器そのものであるのだから


だが、、それは男の望んだ自分では決して無い

主の言どおりの事をするのなら彼には一つの覚悟が必要だった

現象に「個」はいらない――

その暗殺者達がそうだったように
世に恐怖と侵攻を振り撒く力としてのみの存在を示すならば
この名前も、顔も、邪魔にしかならない

それは…………「自身」というものの喪失を意味するものであった

これは紛れもない主君としての言葉だ
「いいえ」と言う事など許されない

だが、それを前にして押し黙らずにはいられない男、、

この主は紛う事なき名君
一兵卒の身に対してすら、気を使い、決して無下に扱う事は無い

だが……否、だからこそ――その言葉は重いのだ

爺どもの戯言という事で処理は出来ない
この主が言うからには、それは紛う事無く国益に繋がる事なのだから

故に――赤枝の騎士がである自分はどれほど意にそぐわぬ事であろうとも
国辞であるその命を忠実に果たすのみ、、

「俺はクランの猛犬―――
 この名を冠された時より我が身は主を守り、その敵を屠り去る番犬です」

主の命に対し、男は再び膝をつき――
平伏の姿勢を以ってそれに答える

「命とあらば従います………だが、、」

「だが?」

主の声がやおら厳しくなる
が、男は構わない

「俺はやはり一介の戦士です――殺し屋でもなければ、ましてや神として他人を見下す器もない
 それでも俺にその任を与えて下さるのなら、、」

男は顔を上げない
悲哀に染まった顔を主に見せるわけにはいかない

「それに当たらせて貰う際はクーフーリンという名は元主にお返しする
 そしてセタンタという名もまた、、天に返す所存――」

そして言った――

己との決別を意味する、、
万感の思いの篭った言葉を

この一瞬に、彼の脳裏にどれほどの苦悩と葛藤が過ぎったのか

顔を伏せた目の前の若き英雄は、、
誰もが見たことの無い顔をしていた

眼は落ち窪み

無念に沈んだ瞳は薄く閉じられ

口は固く引き結ばれ、

快活な男が、まるで死人のような顔色で自身の意を告げたのだ
そしてそれは――表情を確かめられない主にもひしひしと伝わってきて、、

「…………」

主は悔恨の思いを込めて量目を閉じる

今の言葉がどれほどに重いものであったかは承知していた
どれほどに男の誇りを傷つけるかも分かっていた

その若者は分かっていたのだ
槍を持った時から、いつかはこんな日が来るのではないかという事を

そして人として戦士として生きる旨を信じて戦ってきた彼にとっては
それはもっとも恐れていた事態であった事を

祖国と、そのために戦う兵士達の生命や損失を考えるのならば
主や重心の口から出た決定には何ら間違ったところは無い

そしてその力を持った者を適材適所に送り
一兵士の武名よりも効率を考えて立ち回らせる

正しい――
何ら間違ったことは無い――

だが……それは一人の英雄から名前を取り上げるという事

この男にそれを実行させるという事はこの若者の言の通り
この国に生きる武人全ての生き場所を潰させる――そんな行為を彼に強いる事になる、、

戦に生き
戦に花を添え
戦において友と繋がり
そして戦に死す事を良しとする、

戦場にてその生涯を全うする人種

―――この若者は所謂、純一戦士ともいうべき存在だ

戦うためだけに生を受けた者から望みの戦場を奪い
異なる道を行かす事の何と残虐な仕打ちか――

知っている
幼少の頃から、この若者の事は識っていた

工作員でも諜報員でも殺し屋でもなく――男は、、生まれついての戦士

一日も早く騎士として自分の役に立つため
国中の戦車を叩き壊してまで、自分を役立てて下さいと平伏してきたこの猛犬が
主は可愛くて可愛くてしょうがなかった……

それをただ殺すためだけのモノ
戦をさせないための現象に成り果てさせる事など、、


「……………ふぅ、、」

その道が頓挫するという事は若者にとって死ぬ事も同じであると
その道を頓挫させるという事がどれほどに罪深い事であるかと
主は、その肩から降りてくるかのような重いため息を一つつき、、
全てを覚悟したが故に――

「――――――無しだ」

「え?」

その一言を紡ぐのだった

「すまんな、、時間を取らせた
 将への抜擢もその後の事も全て無しだ―――お前は一生、戦場を駆けろ猛犬」

いつもの柔らかな姿勢に戻っている主君に対し唖然とした表情を向ける若者
何を言われたかすぐには分からず、その口からは暫く言葉が出なかった

「……………」 

「お前を試したのだ、セタンタ―――
 こちらも光の御子の武名を地に塗れさせて後世に汚名を残す気は無い
 頭の固い爺さん方には私の方から言っておくとしよう」

主君は優しく微笑んだ

男の伏した顔が
表情を作る事を忘れたかのように固まった相貌が
信じられないといったような瞳が



やがて――破顔する

その決定がどれほどの事か……

一兵卒の事情に折れて主がその言葉を曲げるという
起こり様のない出来事、、

今、全てを諦め受け入れようと悲壮な決心を旨に秘めた
そのすぐ後に下された決定に総身が震えるのが分かる

――許されない事だ

このような贔屓、、下手をすればこの主君が
その資格を民から、臣から疑われ、危ぶまれるほどの――

だのに、、だのにこの人は――

「ロード、、それは……」

言い淀む若者であったが
もはや主は彼に二の句を繋がせない
既に後ろを見せて、話は終わりだとばかりに歩き始めていた

「宣に違わず励めよ、セタンタ……
 あそこまで言ったからにはせいぜい私の顔を立てて貰わねば、、はは」

後ろ目にその手を振って
もはや一歩も動けずに背を見送るしかない男に対して一言――

どんな宝剣よりも金銀財宝よりも尊くて、価値のある褒美を
主は自分に授けてくれたのだ………


重い事実だった――

その主の言を受け、、
無言で口を引き結んでいた男が再び膝をつく


「――――――――感謝する……ロード」

彼は相変わらず頭を上げなかった
無人と化した平野で、誰にも見られていないにも関わらず
それでも顔を……上げられなかった

その涙の滲んだ目を――

震える声を――

決して誰にも見られるわけにはいかなかったから

だから頭を上げずに
ただ心の底から
男は千の謝意を込めて平伏した

英雄の道を歩んでいながら同じような境遇で
その意思を挫かれ、歴史の波へと消えていった者は沢山いる
望まぬ主君に一生を仕え、望まぬ終わりを迎えた者の何と多い事か…

それは仕方のない事だから――
自分もまた、国の礎として生きるのだろうと
自分に言い聞かせた矢先の、、出来事だった

良いのだ……
己の身上を貫き通して
これからも戦って良いのだ……

運命に感謝せずにはいられない
この主に仕えられた事を感謝せずにはいられない

「誓います、ロード――例えこの身が滅びようと、自身の誇りと祖国の繁栄……
 俺はどちらも手放すつもりはないと」

かの主は既に遠く――
男の視界から消え去ろうとしていた

それでも男は続けた
その背中に――
一生、仕え続けるだろう、その背中に

「見事、両立して見せます――この槍で」

透き通るような半裸の肢体に槍を抱えて平伏する男
美丈夫の眩し過ぎるその佇まいに、、見惚れぬ者はいないだろう

そして主は背中にそれを感じ――確信する、、


この朱の魔槍――

もし男のような不器用な戦士でなく
より効率と利便性のみを重視した使い手の手に渡っていたら
最強の殺人兵器としてのみ後世に残ったであろう

だが、、

(故にか――影の女王よ)

それだけだ……
それだけの価値しか認められぬモノとして

それは宝具ではなく、魔具としてのみその逸話に記されていたかも知れない

そうだ――だからこそスカサハはこの不器用な若き猛犬を見初め
槍の担い手として認め、彼にのみ奥義を授けたのではないか?
男に相応しき栄誉としてこの最強の槍を持たせたのではないか?

槍は呪いの朱槍
本来ならば光ある所には出られない

だが、この光の御子ならば――

意地汚く卑しく人の血を啜る魔道具ではなく――
英雄の片手に飾られるに相応しい宝具として――

かのグングニール、ロンギヌスと並び称されるほどの幻想にまでソレを昇華させるであろう事を予見して
この男を選び、英雄への道を歩ませたのではないか?


ああ、冥府の番人よ―――
どうやら人を見る目は確かだったようだ

この者は――やるよ

祖国、否――
四海を越えたその先にまでその名を轟かすような、そんな英雄になるよ

主こそ、男に感謝せずにはいられない

その一つの神話の時代
それを担う者の勇士を、この目に焼き付けられる事の幸運に感謝する

黄昏の戦地跡にて一つの邂逅と契約がなされ
そして一つの伝説が走り出した瞬間、、

風は祝福するように男の頬を撫でる

どこに行こうと、どのような状況であろうと
決して変わらぬ、決して曲がらぬその身上を以って
戦い続ける男の勇士を祝して――

ゆっくりと頬を撫で続けていた


――――――

「討ぅぅぅち取れぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!」


恐怖と、狂気と、
そしてそれらを凌ぐような歓喜に彩られた
そんな死にもの狂いの怒号が飛ぶと共に――

千の軍勢がその身に迫る

既に体の至るところを「無く」したその身に容赦なく降り注ぐ白刃

斬撃が、刺突が、打撃が、それに打ち込まれる度に
その身は力無く弾かれ、そして宙を舞う

「いける………殺れる!!!」

「は、ひゃはは、、猛犬を倒せるぞぉぉ!!!」

口々に怒鳴り、迫り来る兵士達


―――体が重い

―――余裕で避けられる筈の刃をその身に受け

―――亀の如き重装歩兵に無様に追いつかれる


「ええい、射かけいッッ!!!」

五月雨のような矢が、男の肉体に降り注ぐ
ドス、ドス、と次々と突き刺さる矢じり
全身を刀傷と矢で貫かれたその身

ゲッシュを破った男には、もはや「矢避け」を初めとした
戦におけるどのような加護も降りる事は無く、、、

滅びを待つ肉体に今―――
ザフ、、、と、剣が深々と突き刺さる

「ひ、、、ひはは……」

それは名も知れぬ一兵卒の歓喜に染まった顔だった


―――英雄殺し

その首級を取ったものは一生色褪せぬ殊勲と富
そして歴史に己の名を刻みつける事となる

「やった……やったぞぉぉ!!!!」

その栄誉を自分がモノに出来た幸運に
兵卒は声が裏返り、涙に咽びながら吼える

そしてその剣を横に薙ぎ払い、男の腹を一文字に切り裂いて、

「クランの猛犬討ち取ったりぃぃ!!
 この首級は俺のも、げごっっ!!!?」

人生最大の至福を感じたままに――
彼は頭をグシャリと握り潰されて、その一生を閉じたのだ

決まった!と思った瞬間の惨劇に
血気に盛った軍が凍りつく

「緩めるなよ―――この程度で死ぬような体じゃねえんだ……生憎な」

兵卒の影からゆらり、とその身を起こすは――
今や国を跨いでその名を知らぬものなどいない

あの「猛犬」が、紅い目を煌々と光らせて……その身を佇ませていた


「うおおらあああぁぁぁぁああああッッッ!!!!!」

千の怒号を掻き消すかのような、、
悪鬼の咆哮が戦場に木霊する

その勢いのままに、頭部を握り潰された兵の首を無造作に掴み上げ、、
傷だらけの男は
眼前にて押し寄せる軍勢の中央にソレを投げ込んでやる

空気を裂いて飛来する――
Gで歪に曲がった四肢を生やした肉塊がそれに着弾した瞬間
血肉を爆ぜながら、吹き飛ぶ数十人の連隊

怒涛の如く、押し寄せていた兵が
そのあまりの凄まじさに歩みを止める

「こ、、このッ………」

「おい…………」

比類なき名誉をその手に掴もうと
津波のように押し寄せていた兵に、、再び灯る……恐怖


――何で、、、何で、、、、、


――― 何で死なないんだよ……こいつはッ!? ―――


「――――人間じゃ、、、無い」


男の周囲を囲むように展開される兵の間から
そんな呟きが漏れ出、、

それを受けて男は再び……ニィ、と――
鬼貌に染まった顔に哂いを称える

「どうしたァァっ………我こそはクランの猛犬ッッ…… 
 俺の首が欲しいんだろうがッ、、、てめえらの命と引き換えにくれてやるって言ってんだよ……」

鉛のように重いその体で、再び槍を構えて投擲の姿勢に入る男

軍勢の間に「ひぃっ!」という悲鳴が巻き起こり
その波が男の眼前を中心に真っ二つに割れる


「さあ、かかってきやがれぇぇっ!! 命を張って、、、こ、、―――?」

だが、、、

魔槍が男の手から離れる事はなく、、
真名どころか、、
彼はその最後の言葉すら満足に言い切る事は適わなかった

ヒュー、、ヒュー、、という空気の漏れる音が
自身の首筋辺りから聞こえてくる


――ああ、そうか……

――喉はとっくに裂かれてしまっていたんだっけ……


自分の体を見下ろすと、、
肉体を動かす要素である内臓が
足元にボトボトと――零れ落ちてしまっている

急激に抜けていく力
命の灯火が、気が、
その体から逃げていくのが分かる


「――――――は、、」

でありながら男は
その場に槍を付いて
哂いを絶やさずに敵と向き合い続けた


   なあ、スカサハよ―――


なつかしい名前を、心の中で紡ぎ出す


   お前が選んだその目に、、狂いはなかったかい?


次いで自分の傍らに雄々しく突き立ったソレに、、男は目を向ける


   なあ、ゲイボルク―――
   俺はお前に相応しい男になれたかい?


それは間違いなく……
自身の今わの際の言葉になるだろう

それを心中で呟いて、、
男の顔から険が抜けていく


それは誰の目から見ても、力尽きる寸前の姿

あと一押しなのは明らかなのだ

なら、、行け……行くんだ!
今こそ、あの魔犬を討ち滅ぼす時なのだ!

誰もがそう思い、
足を踏み出そうとして―――

そして、、その一歩を踏み出せない

鬨の声を発する事さえ出来ない

怒号飛び交う戦場のはずなのに、、
そこはまるで静寂に包まれた礼拝堂のように、、静かで……

あまりにも尊いその光景に
あまりにも神々しいその姿に

誰一人として、動く事さえ出来なかったのだ


   分かるわきゃねえか……
   答えなど帰ってくる筈もねえ


コポ、とその口から赤黒い液体が漏れ出て
それとほどなくして――男の目から光が消えていく

その命運が尽き、、
かの者は静かに息を引き取ろうと
その身を地に、、


「なら、ば……続き、、だ……」

いや―――その身を地に付ける事はなかった

槍が翻り、発生した棘がザクン、と――
何と担い手の男を穿ち、折れて砕けた骨を自ら矯正する

そしてゆっくりと――這うように前進を開始する男
その口がクワ、と開かれ、、、

「続きはあの世だ、、せいぜい死神相手にィ……」

絶叫によって、裂かれた喉が完全に開き
薄いピンクの内部がひり出す中で、、


「踊ろうじゃねえかぁぁぁあああッ!!!!」


彼はその人生
最後の突撃を敢行する―――


伝承において彼は
最期、己が身を柱にくくりつけ
決して倒れる事はなかったという

その逸話に数分違わぬ姿を遺し――


今、一つの伝説が終焉を迎えた


――――――

今の世では――もはや個人の誇りと全体の利益など
天秤にかける事すらおこがましい行為であっただろう

例えば、正義の味方に憧れてその道を歩み
世の中から恒久的に戦を無くそうと考える者からして見れば――

男の英雄論は虫唾の走る悪徳に写っただろう

例えば、平和を愛し空を駆ける
とある魔法使いの少女からして見れば――

戦を望み、無茶な行為を繰り返し
肉体を犠牲にしてまで得る誇りなど決して許さなかった筈だ


だがそれは、今とはあらゆる価値観が違う世界

戦は確かに多くの血が流れるが
それは彼らの表現の場であり
そこに生涯をかける者たちは確かにいたのだ

決して無機質な殲滅戦と化した現代の戦争とは違う
尊き何かが確かに在ったのだ

故に男の生きた時代は――
戦士が最も輝く事の出来た時代

戦う者にとっての―――楽園だった

その時代において、、
彼は思うが侭に戦った

どこまでも壮絶に
ただの一度も己の身上に逆らう事無く
若くしてゲッシュの呪いに苛まれて討ち取られるまで、、

最期まで意のままに戦い抜いた―――

自身のエゴにおいて味方に何一つ不利益を出す事無く
ただ己が身、己が血肉のみを犠牲とし
常識を超えた奇跡とも言える戦果を出し続けた


彼が妄執に固執して、一度でも周囲に飛び火させたのであれば
それはただの愚か者として後の歴史に記されていただろう


さりとて個を完全に捨て去り、歯車の一部としてしか働かなかったのであれば
彼はここまで偉大な英雄として名を残せなかったに違いない

故に男の人生は豪快なようでいて、その実
薄氷の上を歩むかのようなバランスの元に成り立っていたものの筈だ

そして其れを完遂させた時――

彼は誰もが認める真の英雄となり
万人に仰ぎ見られる伝説を作った

決して色褪せぬ
後の世にまで語り継がれる獰猛なる勇者

その手に最後まで握られていた赤き魔槍
最強の凶手となる素質を持ちながら
今なお、決してアサシンに招聘される事を拒む英霊


クランの猛犬=クーフーリン―――

未だその葛藤と戦っていた頃の
若かりし姿を経て、、


男は死した後も、なお誇りと共に
その槍を振るっている、、、、、、、、、、、

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最終更新:2009年02月10日 04:48