Join2 ―――


びちゃり、と―――

バケツからぶち撒けられたような音を立てて大量の紅い液体が地面に落ちた
それは山中の一角を締める曲がりくねった山道
そのアスファルトにほどなく染み込み、黒々しい跡を残す

既に原型を留めぬほどに破壊された一帯
硬いコンクリートにその形を示す人の足跡
高熱によって舞い上げられた熱砂

そしてアスファルトにこれでもかと刻み込まれた傷跡は
さながら人間を丸呑みするほどの巨大なワームが我先にと集団で通り過ぎた痕跡のように――

曲がりくねって抉れ
直線にて抉れ
深い竪穴のように抉れ、、

一体、何台の削岩機とショベルカーを
アルコール漬けの運転手や、やんちゃな子供に運転させて暴れさせたらこんな風になるのかと…
建築や道路舗装業者にこれを見せたら、悲鳴混じりに問うてくるだろう

ましてやその破壊の情景が
一振りの剣と槍が創り出したものだなどという事、、到底、信じられる筈がない

その光景はだいたい周囲50m四方に爆心地のように広がっていて
打ち砕かれ、薙ぎ倒された木々がその燦々たる有様を物語っている


その巨大な震源の中央――

この静寂に満ちた山地を戦場へと変えた張本人たち
二匹の猛るケモノが互いの喉笛を噛み千切ろうと向かい合う

二匹の戦いは炎渦巻き、旋風舞う凄絶極まりないものであったが、

今まさにその快心の猛攻を終えたのが一人の槍持つ男――
ケルトの大英雄、サーヴァント=ランサー

今まさに痛恨の猛攻をその身に刻んだのが一人の剣持つ女――
夜天の守護騎士ヴォルケンリッター烈火の将=シグナム

つい先ほどの事である

旋風が炎を吹き飛ばしたかのような光景と共に
男の勝利で終わったかに見えたその決着

だが――それでいて、
たった今、地面に散った血痕は……


―― 女のものではなかった ――


いや、女剣士も傷ついている
裸でガラス窓に突撃したかのように
その全身に負った裂傷は彼女の肌を満遍なく傷つけている

だが、その対面の男の傷こそ致命、その一歩手前のものだった

その顔半分に、、左目の丁度上辺りを抉られ
壮絶な傷となって男の相貌を飾っていたのだ

一体何が起きたのか…
あの光景から分を待たぬ時を経て
どんな状況で此度の光景に至ったのか?


飽くなき闘争本能を以って殺し合う二匹の獣

槍兵の対面にいる女の足元も酷いものだ
全身から流れた出血がもはや軽い水溜りのように地面を濡らしていて
それは人間ならば明らかに致死量になるだろう光景を醸しだしている

だが、手を足を胴体を朱に染めながら
女の切れ長の眼光は微塵も死んではいない

千の軍勢を蹴散らした男の猛攻を曲がりなりにも受け止めると言うことは
この女もまた当千に値する強者であるという事だ

その女剣士の目を受けて――
蒼き槍兵が顔半分の血を乱暴に拭いながらに言う

「能ある鷹は何とやらってね……
 つくづく諺の勉強くらいはしておくもんだ」

かつてどこぞの弓兵に日本の故事を引き合いに出された時以来の嗜みが
今ここで役に立った事に、密かな満悦を隠せない槍兵

その対面、、

女の手には愛剣、、
決して屈さないという豪炎を称えたその剣が煌々と燃え盛っているのだった


―――あの平原で、主と交わした決意
―――それを旨に駆けて来た一人の槍兵は今、

時代も空間も越えてなお
相変わらずの豪壮な槍を振るっている

男は何も変わっていなかった

立つは相変わらずの戦場
取り巻く世界は血と鋼

そして眼前に、今
最高の好敵手を迎えながら、、

「行こうぜ……まだ始まったばかりだ」

このいつ終わるとも知れぬ剣と槍との邂逅を前に――


最高の笑みを見せるのだった


――――――

剣術、槍術を問わず―――「突き」という技

それは対象に向かい無駄な軌道を一切伴わず最短の軌道にて相手に突き刺さる
自らの全体重を乗せた決めの一撃として使用されるこれは古今の武器術において
極めて必殺製の高い技とされてきた

だが一転、、 
円運動の律を乱す直線運動であるが故に
回し打ち、払いに比べて極めて連携に組み込みにくいという性質を持ち
それが多くの場合においてこの技を連続技の締めに持っていく場合が多いという所以である

全身のバネを総動員して 「突いて」 「引く」 という二動作を攻防の中に織り交ぜねばならないそれは
人体の機能が左右よりも前後に動く事を想定して作られている事が災いし
生半可な踏み込みでは相手に反応されてバックステップで逃げられてしまうか
相手の防護に阻まれて穿ち切れないという欠点がある

故に突きは相手に対して極限にまで踏み込んでいかねばならない
それこそ相手の後退の二倍、三倍の鋭さ、深さをもってである

そうして前屈姿勢で相手の陣に踏み込まれた前足
前方に捻りこみ、伸び切った全身の筋肉
その相手に突き入れた瞬間は、、

一瞬だが完全に攻撃10:防御0の体勢となり
到底、受けになど回れない姿勢を晒してしまう

だからこそ「突き」を主戦力にする槍術は

一閃必殺、外せば地獄―――

と言われている


故に、槍使いにおいてもう一つ重要となる技が「払い」

敵との間合いを一定に保ち、相手の攻撃をいなし
突きを掻い潜って懐に飛び込んできた相手を弾き飛ばす

繋ぎ、牽制、長物における隙のカバー
それは槍を持つ者においては、まさに要にして命綱となる技術
見方によっては「突き」よりも重要視されねばならない技であると言える

――故に、、

今までの理論を総計すると何の事はない、
一つの事実が浮かび上がってくる

それは、、


――「突き」のみで構成された連撃という馬鹿げた戦技を根底から否定するもの

、、である

そんなものは実際問題として連携足りえず
技の性質、そして人体の構造を踏まえた上での、、
初めから破綻している無知な暴論として処理されるべきものだった

かの地で剣豪・剣聖と呼ばれたとある武芸者でさえ
突きを同時に放てるのは二発――

三段突きを放ったという記述もあるが
それは幻ではないかとまで議論されているほどだ

だからこそ、それがいかに不可能とされているか…

一閃必殺の連続運用なぞ夢のまた夢、という事を
過去に立証されてきた理論の数々が見事に裏付けていたのだ


…………
…………

ならばこそ―――

誰が説明出来ると言うのか?


今、目の前で起きている事は、、、、


、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、一体、ナンであるのか?



「うおおおおおおおおおおおッッッッ!!! らああああああああああああ!!!」


成層にまで届かんばかりの怒声を上げ

それは繰り出された―――


―――― 「突きの連打」、、、 ――――


一体、何の冗談だというのか…?

先程の説明は――

否、先人達が整然と纏めて来た武術の理論は――

否、否、人間の性能を鑑みた常識という点で言う見地は――

今、ここに完全に否定され……吹き飛んでしまう

「攻、防」と呼ばれるからには
それは相手と自分の攻撃と防御の交し合いでなくてはならない

ならば先程までは間違いなく槍兵と女剣士の攻防は成り立っていた

その際、槍兵は突きと払いとそして受身を駆使して
まだオーソドックスに槍戟を組み立てていたのだ

それは埒外の速さを誇ってはいても、まっとうな術技と呼ばれるものであろう


ならば、、今のこれは、、

もはや「まっとう」ではない―――


「ぬううううああああァァァッッ!!」

口から紅い煙のようなものを吐き出し
魔人の如き形相で打ち込まれるソレは
ヒトの筋力、間接の限界を遥かに超えた所業――

まるで歪な、、電気仕掛けの機械による高速のピストン運動のように、、男は突きを
最も殺傷能力に秀でた突き「のみ」を連打する

速さを重視した手打ちの連撃ならばまだ説明はつく
だがその一閃一閃は、どれ一つとして手打ちなどでは断じて無く
全てが魔槍翻る渾身の一撃だ

鼓膜が破れかねない不協和音が辺りに響く

それは男の足が地を削る音
槍が空気を裂き、防壁を壊し、剣士の体に叩きつけられる音

オーケストラの打楽器のみを集めて
奏者20人くらいで自由奔放にそれをぶっ叩けば、こういう騒音になるだろうか?

とにかく、、

最速の戦士がその行動の全てを絶死の攻撃にのみ注ぎ込んだならば――
それは当然……相手との「攻防」にはなりえない

敵の反撃を一切許さぬ一方的な殺戮劇


ランサーの「攻撃」独占――
紅き旋風のみがその行動を許される絶対時間の始まりだった


――――――

100、200を超えた刺突が一息に顕現する
いや、それは到底、槍戟などと呼べる代物ではなくなっていた

禍々しい宝具の放つ妖気を孕んだ一閃はその一つ一つが光学兵器のような残滓を残し
抜く手を一切見せぬランサーの周囲から無造作に放たれるミサイルのようでもあった

陳腐な例えをするならば――

それはSFなどで度々登場する、超兵器やら戦艦によって撃たれる艦砲砲撃のような
群がってくる小型の戦闘機などを一切合財駆逐するために広域に展開され
拡散され、数条にも分かれて敵に降り注ぐ、、

それだ……それに例えるのが一番早い――

男の馬鹿げた槍が作り出す今現在の光景はまさに
レーザービームのつるべ打ちとしか言いようの無い馬鹿げたモノだった

紅き弾幕の嵐は先ほどまでの結界じみたものをも遥かに超えて
錯乱したアッパシューターが手に持つ銃器を乱打、乱打、乱打、!、、
そんな様相すら思わせる

人の御業を超えたソレが絶え間無く繰り出され、地を削り、空を切り裂き、、

そんなモノに今―― 一人の女剣士が飲み込まれた……

放たれる槍の切っ先に今まで必死で相対していた彼女
ヴォルケンリッター・烈火の将=シグナム

そのポニーテイルの長髪が

白い戦装束が

白銀の剣が

彼女の体全体が、、

もはや為す術も無いといった風に真紅の暴風の前に晒され――


「ぬうっ、、ぐッ! あぁッッッ!!!!!!??」

悲鳴とともに血潮を撒き散らしながら光線の束に飲まれていく

ベルカ最強を冠せられたその身、その誇りを背負い
意地でも踏み止まっていた両足が――

今、地を離れ、激流に飲み込まれた小鹿のように後方に押し出され
雪崩に飲み込まれたかの如く宙を舞う

今や騎士の体は空中にある
それも己が飛行技術で為したものでなく、、
ただ――浮いていた

間断なく放たれる男の刺突の衝撃は
彼女が地に踏み止まる事も足を付けることも許さない

ゆっくりとゆっくりと浮き上がっていく体
一撃一撃が騎士装甲の内側の肉体に響き、その度に苦痛にのけぞる将の肢体

まるで洗濯機の中に誤って入ってしまった虫の如く
紅い閃光の束に引っ掻き回され蹂躙されるその体

凄絶にして―――陰惨な光景

砕氷機に粉砕されていく氷の塊のように彼女の体が削れ、砕かれ、、
真っ赤な肉塊へと変貌していく

「らぁあああああああッ!!!!!」

それを前にして、なお男は一切の手心を加える気はない
否、極限にまで高まった思考は既に理性すら宿しているかも怪しい

気合一閃、幾百を勇に超える槍を叩き込んだランサーが――
レッドゾーンを遥かに超える運用を己が身に化した男が――

更に追い討ちをかけるべく、目の前の肉塊へと踏み込んだ

そして、、長らく点であった槍が再び線へと変わりて翻る

蹂躙の締めとばかりに振るわれる槍の穂先
宙に浮いたモノを更に襲うは全力の払い

その柄が、騎士の肉体――
もはやどの部位に打ち込まれたかも定かではないような状態で 、、

ゴシャッッッという鈍い音と共に叩き込まれた


―――払われたモノが宙を舞う

その身からは壊れた機械の如き赤黒い液体が飛び散り
地面に落着した瞬間、打ち捨てられた廃棄物みたいにゴロゴロと転がって――

勢いを殺せず、更に地面を滑って……此処に倒れ付していた


――――――

――――― 決まった

誰もが、そう感じずにはいられない光景だった

もはや死体になっているとしか思えない敵の姿を前に
今、残像に残像を重ねていた槍が再び一本に戻り
その一振りを後ろ手に構え、、残心の姿勢にて構えるサーヴァント=ランサー


蒼い装束に包まれた全身からは
大気との摩擦によって生じた熱を帯びた湯気が立ち昇り
所々、赤く発光した部分から、シュゥゥ、というスチームアイロンの如き音が聞こえてくる
吐く息すらが、今は加熱に加熱を重ねた体内を冷やすための冷却ラジエイターの代わりだった

決着を見た戦場に今――その男が悠々と佇む

必殺の間合いにて数百の刺突を相手に叩き込み
勝負を決めた槍兵と

地面を削る土煙と肉を削った血煙の中
ボロ布のように放り出された将

はっきりと明暗を分けたその様相

全てが終わったこの期において、、

勝利の余韻に浸っているはずの―――男が呟く

「―――凌いだか………我が全力を」


ゴロ、ゴロ、ゴロ―――

男の目の前で地を這い
勢いを殺せぬままに転がっていく肉塊が

ゴロ、ゴロ、―――ゴロ、、、、ドサ

糸の切れた人形のように
力無く地に倒れ伏す

「…………」

それをじっと凝視しながら――心中で舌打ちする男

槍兵の目は、もはや物言わぬ躯となった筈の女剣士から
聊かも目を離すことは無い

、―――

否、それどころか
あれ程の刺突を叩き込んでおきながらなおも男は構えを崩さない


男の意識は未だ戦場に――

まるで揺るめぬ槍の穂先
その鋭利な視線の先、、

剣士の姿を――その眼光に映し出している


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………ぅ、、」


そこで有り得ない事が起きる

ピクン、と――
死体になった筈の剣士
シグナムの体が痙攣するかのように動き、その口から微かに吐息が漏れたのだ


信じられない事態
あの連撃を受けて原型を留めているだけでも奇跡なのに、、
命を残す事など不可能だ


「は、―――」

否、その事実を受けただ哂うはサーヴァント=ランサー

そう、それは紛れも無い事実――
これだけの猛攻を放った男本人が分かっていたのだ

その手応えで
目の前の女が、、烈火の将が未だ健在だという事に

付した地に朱色の水溜まりをつくり
人間であるならば間違いなく絶命している傷を負い
もはや事切れていると誰もが予想し得た光景の中――

彼女の虚ろな目が、ゆっくりと上を向き……槍の男を捉えていた

「、、、、、、、………」

もはや呻きすら無い彼女だが――生きている

そう、確かに、、
その身に灯る命の炎は未だに消えていなかった


うつ伏せになった肢体

右手に握られるレヴァンテイン
そして左手には、、

――鞘


地面を転がり、土埃と泥で汚れた無残な姿
指先がピクンと微かに痙攣している手の中、、
決して放さなかった「二刀」の白銀の輝き

あの瞬間、全てが決まる絶死の猛攻に飲み込まれた彼女は
咄嗟に回避も離脱もままならぬと判断し――

瞬時に一刀による前傾の構えから二刀に持ち替え
完全防御姿勢にて、男の槍に相対した
カウンターによる反撃という選択肢をも捨てて、である

アーマー、フィールドの出力は言うまでもなく最大――
パンツァーガイストと呼ばれる騎士の不可視のバリアに
カートリッジを最大限まで叩き込み、男の槍の強烈な連撃から最低限の急所をカバーする

そして迎えたレッドクランチ――

全身を打ち貫く衝撃に嗚咽を漏らし、込み上げる血反吐を飲み込みながら
誇り高き騎士はただ、、生き残るため――相手の攻撃を凌ぐためにのみ――その剣を抜いた

結果――寸でのところで即死を免れ
シグナムはその命をギリギリ現世に留めていたのだった


「…………」

コンマにも満たぬ心域にて思考するランサー

男は彼女をサーヴァントだと疑っていない
故にその生命力に疑問の生ずる余地は無いが、、

よもやこれほどまでに手こずり、そして愉しませてくれる相手
相応の英霊だという事は間違いない

ベルカの騎士――こことは違う世界から来たといっていたが…

実際、この女の仕様は初めて闘う相手に対し、相当の脅威になるであろう事が窺い知れる

今更だが、とにかく攻撃が通りにくいのだ――

実際ダメージを与えているわけだから、こちらの攻めが全く無意味、というわけではないが…
それでも男の槍をこれだけ浴びてまだ生きている
障壁を破り、その肉体に刃が届く寸前まで行くのに
そこで攻撃がズラされ、致命傷に至らない

彼の長きに渡る戦績を以ってしても
今もなお、戦って初めて分かる脅威というものは存在するが――今の彼女がまさにそれだった

かつて槍を交えたサーヴァントの一人に 「不可視の剣」 を使う最強の騎士がいたが
この目の前の相手が纏うは 「不可視の鎧」 といったところか、、


普段は見えない防壁というものは
絶技の槍を持つ男をして、これほどまでにやっかいなものだった

とにかくインパクトの瞬間が分からないだけに力点が定まらず思うように突き入れられない
これほどの理に適った防壁は男の知るどの伝承、逸話にも見当たらない

―――当然だ

これこそ地球の現在の科学力などを遥かに超えた「異世界」
数多の時空を管理する星間国家ミッドチルダにおいて無敵を誇った
ベルカの騎士が纏う神域のアーマーなのだから

その不可侵を誇る防御性能は持たざるものにとってはほとんど反則な仕様――

宝具を持った英霊といえど一息に突き破る事は適わない
いや、むしろ速度と手数を身上とする者と相性が悪いのではないかと思わせるほどだった

例えばセイバーやバーサーカーのような
一撃に全てをかける攻撃ならばまた違った結果に終わっただろうが、、それは無意味な過程である

殻に閉じこもった相手が盾の後ろでガタガタ震えているだけの兵卒ならば――男はその防壁を簡単に突き崩せた筈だ
ただ固いだけの相手を仕留められないほど、このサーヴァントの槍は甘くない

だが相手は、間違いなく勇猛果敢な心と必殺の剣を携える一流の騎士、、

肉体も精神も途轍もなく強い
死中にて命を拾う、戦場で生き残るために必要な術も心得ている

先ほどは剣士サイドから見て槍兵の速さを理不尽極まりないものとして記した
まるで兎と亀の勝負だと――

だがそれを言うのなら、男が急所に対してあれだけの刺突を叩き込みながら
この騎士に届いていないという事実

軽装の男は一発でも騎士の剣をまともに食らえば終わりであるという事を鑑みれば
百発打っても一発でチャラにされるという現状は今もなお生きている

つまりそれは「兎と亀」という図式は変わらずも
滅ぼし合いにおいては力関係は逆転――
固い甲羅に守られた亀を、兎では仕留める事は不可能という結果を現しているのではないか?

血みどろで倒れ付すシグナムとそれを見下ろすランサー

互いの戦力は一通り出し合った
そこから導き出される互いの力関係からして
現光景に見るほど、、ランサーにアドバンテージがあるわけではない

それは男も分かっている

要は速度と体術の槍兵
出力と防御力の剣士
どちらが先に当てられるか、という
極めて危うい天秤の上で行われた戦いであったのだ

そして、その男の渾身をも耐え抜いた騎士=シグナムの総防御力が
男の最大出力を今、辛うじて凌ぎ切ったいう結果が出た今となっては――

ランサーは――次の手札を切るしかない
今の人知を超えた連撃を遥かに超える
まさに「必殺」を以ってしなければ――この女を倒せないという事になる


―――あり得るのか……?

アレ以上の札が、、

彼女のBJと障壁を同時に貫き
この頑健な騎士にトドメを刺す、

―――そんな埒外を越えた牙が……


……………シィィ、、、



槍兵が
その押さえ切れない猛りを
内にしまい込むように、、

一度、静かに深呼吸を行う


――――ある


必殺は、、ある

それは未だ男の懐に


激情に身を任せていては「その」発動はままならない
戦意、殺気はそのままに――
彼は、己が内にある魔力をどこまでも精錬に透明に
流入するに易いよう、研ぎ澄ましていく


それを受けて

場が――

静かにゆっくりと凍り付き、

風が恐れおののく様な唸りを上げた


其は男の戦意
其は男の殺意を受けてのもの

セカイに解き放たれしは尊き幻想
サーヴァントの真の牙

女剣士の防壁
そのレギュレーション違反を遥かに超える――

理不尽の塊とも言うべきモノを今、、


槍兵はゆっくりと抜き放つのだった


――――――

身も蓋もない言い方をすれば英霊の戦いの行き着く先、、
その真髄は宝具の発動にある

どれほどの身体能力も常識外れのスペックもその前には塵芥に等しい
英霊は、自身を英霊たらしてめいる奇跡の具現を現して初めて真の姿を顕現させるのだ

――故に男は今こそ、その真の姿
――クランの猛犬の牙を初めて見せるわけだが、、

なら、今までのは所詮は前座であったのか?

ここまでの凄絶な剣と槍との邂逅も
本気を出す前のウォーミングアップに過ぎなかったというのか?


否、、違う

そのランサーの生涯にかけてそれは違うと言い切れる
宝具の発動が全て、それ以外は必要ないというセオリーを
頑なに否定し続けたその生涯にかけて、である

彼の戦には互いの力量を確かめ合う愉悦こそあれ、手を抜くという概念は無い
そして、こと此処に至ってソレを抜き放つという事はただ敵を屠るという以上の意味がある

それは強敵に対する尊敬の念であったり、、
誇りを傷つけられた事に対する己が示威の鉄槌であったり、、

ともあれ、様々な思いを込めて
数ある誓いと身上が、その戦場において自らに槍を使う事を許可した瞬間――

彼はそれを振るうのだ…

その、、

――― 刺し穿つ死棘の槍を ―――

(ま、、そんだけ勿体つけて切り札残したままあっさりぶっ殺されたりしたら――
 確かに末代までの笑いもんなんだが…)


……小粋な男だ

脳裏に浮かぶは 「ク、フハハハ!」 という耳障りな笑い声
犬猿の仲であるあの迂闊王への皮肉も忘れない


そうして思考を募らせる事、一瞬
刻んだ時がようやっとコンマに届いたのを以って――

男は意識を戦場に、目の前の相手に戻す


「――――、、、」

眼前には未だ地を這っている女剣士の姿が――

否、、、

その女剣士は今ゆっくりとその身を起こし
両膝を地につけた半正座状態で男と向かい合っていた


アスファルトに叩きつけられ
パンに塗られたバターのような血痕をコンクリに残しながら
それでも立ち上がり、こちらに相対しようとしているのだ

もぞもぞと芋虫のように蠢く姿は滑稽――


いや、、、何が滑稽なものか…

そうだ…
そうでなくてはいけない

汝の名は 騎士
彼女は地を這い、屈辱に染まる事を良しとしない部類の人間だ
手足をもがれようが全身を切り刻まれようが、その心が折れる事は決して有り得ない

故に男は待っていた

この相手が再び立つのを待っていた


―― さあ、来いよ ――


倒れた相手を組み伏せて絞め殺すような無粋な真似はしない
それに相手の防壁が生きている事を仮定すれば、それが出来るかも怪しい


―― 早くこちらを向け ――


だがあの傷だ……

いくら心振るわせようと
もはや取りうる戦術は多くは無い筈


―― 手向けを ――


相手は女だが、英霊と剣を合わせるに相応しい武人だ

武人とは死す時にこそ潔いもの、、
この状態では既にいかなる小技も飛翔も
彼女にアドバンテージを齎す事はないと理解している筈

――ならばこそ、女は間違いなく、、

このまま弱って嬲り殺しにされるくらいなら
刺し違えてでも、こちらの命を狩りに来るだろう


故に、、


「手向けを……くれてやる」


その勇気
その勇猛さに
全霊で応えよう――


男が構える
紅き魔槍が担い手の動きに合わせて残像を残し陽炎のように周囲を溶かしていく中、、
下段刺突の体勢となった男の肢体が静止画のようにピタリと止まる

ヴン、――と、空気が異様な音を醸し出し
ついにその因果逆転の牙が彼女、、シグナムに標準を向けた

もはやコレを振るわぬ理由は何一つ無い

見事な敵よ
まだ剣を交えていたかったが――
これ以上は嬲りにしかなるまい、、

故にその凄まじさ、炎のような熱く激しい女に対し相応しい一撃を見舞おう
己が誇りにして最強の槍によって一撃で、、、その命運を断ち切るのみ


槍に魔力を込めた瞬間
赤き魔力の奔流は大気を通じ、セカイを犯し――
ありとあらゆる事象を捻じ曲げて場に干渉する


「が、――――あ"あ"ッッ!!!」

その呪いじみた殺気の残滓が倒れていた騎士にも届いたのだろうか?

ケダモノのような声をあげ
男の眼下にて両膝をついていた肢体が
バネ仕掛けのカラクリのように弾かれ――跳ね起きた

その無理な肉体運用が、騎士の全身の傷口からブシュウッ、と鮮血を噴き出させる

「あ"、……あ、、、か、―――」

苦痛に呻く騎士

――それは天を仰ぐ殉教者のように
――それは銃弾を受けて死を認識した瞬間の兵士のように

空に向かって手を、剣を翳しながらに悲壮な佇まいを見せていた

壮絶な、、壮絶なる血染めの戦女神
立てるはずのない傷をまるで無視して
全身を朱に染めながらに彼女は身を起こし――男に視線を向ける……

否、向けようとした、、

両の眼球が泳ぎ、虚空を彷徨う
その双眸……光の伴わない瞳
女には未だ意識が戻っていない事は明らかだ


優れた戦士ゆえに男の放つ殺気に反応したのだろうか?
確実に自身に死を齎す呪いの朱槍の不吉さに騎士の本能が…
闘争に明け暮れた修羅の持つ、死を回避しようとする防衛機能が体を無理やり動かしたのだろうか?

それは目を背けたくなるようでいて、、目の離せない光景だった


――だが男は驚かない

そんなもの、同じく修羅の道を生きてきた彼にとって珍しい事でもなんでもない

じっと見据える彼の手の中
槍の内部に渦巻いている魔力が臨界を超えて男にせっついて来る


   まだか、、まだか、、?、


   早くしろ、、


   早く我を解き放て、


、、、と

(――待ってろよ、呪いの槍……
 今、飛びっきりの心臓をくれてやる)


その槍兵の眼前

彼女の首がカクンと、、男の方に向く


、、、、、、フゥ……、、、、、、フゥ……


女は一言も声を発さなかった

その場に木霊するのは喉の奥から搾り出された獰猛な吐息と
ボロボロになった騎士甲冑が彼女の体に擦れる衣擦れの音

そして――ポタリ、ポタリ、と
自らの足元に出来た赤い水溜まりに
新たに自身の血を継ぎ足していく水滴の音のみ

瞳は些かも焦点があっていないながら
それでも真っ直ぐに男――ランサーに向く

瞳孔の開いた瞳はどす黒く濁り、そこに理性の色は無い
ただ――本能のままに敵を撃ち滅ぼす戦闘機械のような
怪しい輝きのみを宿していた

恨みや憎しみなどという二次的で不純な動機からではなく、、
純然たる殺意の二文字がそこにある


地に堕ち、傷つきながら
しかしそれでも彼女は空戦最強の騎士だった
最強を冠するものが内に秘めた意地と誇り
今やミッド武装隊において高町なのはと並び、不沈の異名を持つ彼女
相手がどのような怪物であれ、、そう簡単に折れる事を決して受け入れない

その理はまさに英霊のそれと道義、、


「――――来な、シグナム」

初めてランサーが女の名を呼ぶ


、、、は…………ぁ、、、、、


それを受けてか否か
緩慢で、まるでスローモーションのような…
飛び荒ぶ爆炎そのものだった彼女の動きは今や見る影も無いながらも――

シグナムはガクガクと震える足を
おぼつかない腰を
その地にどっかりと落とし、、

最後の踏み込みを敢行すべく構える

顔には何ら感情を灯す事もない
そして――もはや何の策も無い

そのままに剣を抜き放ち男の正面に、、
その殺意と不吉の塊である魔槍に向き合ってしまう


、、、ぁ………おおお、、、


そしてついに動く――
躊躇いも、戦略も無く――

横中段に振りかぶり
全身を溜める姿勢のままに、、彼女の剣が唸りを上げる

それを見て取った槍兵が己が手に持つ死の具現
膨大な魔力の塊と化したソレを渾身の力を込めて握り締める

男の体から際限なく魔力を吸い上げるソレはまるで貪欲な死飢の如し

「――、」

スウ、と軽く息を吸い十分な余裕を以って――真命を紡ごうと口を開く

こちらのレンジに入った瞬間が発動のタイミング
即ち――女剣士の最期だ

もはやどのような渾身の一撃も、その槍の前には無意味と化す

まだ一言も発していないというのに、男の手に握られる朱槍の
あまりの禍々しさ、あまりの力の具現の濃度に空間が弛み、歪み
担い手の手から勝手に飛び出して行きかねないほどに暴れ狂う

紐解かれていく――呪いの魔槍

かつて戦場を思うがままに蹂躙した赤き閃光
投げればそれは三十以上の鏃となって敵を蹴散らし、高熱を伴って城壁を破った

振るえばそれは必ず相手の心臓を貫き
内側から棘を以って敵を完膚なきまでに破壊した

未だ恐怖と羨望を以って語り継がれる、かの物の名は―――


――――――

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最終更新:2009年02月10日 05:11