(――――、?)


…………………?

そこで、、、


、、、、、、、、、、異変は起こる


もはやトリガーに手がかかり
引く指を止める必要も無いというのに、、

その真名が紡がれる筈の男の口が止まる

否、止まらざるを得ない……


迎撃姿勢にてその発動を待つばかりだった男
敵が踏み込んでくればそこで終わりのこの状況

凝縮に凝縮を重ねる時間

男にとっては十分な認識可能領域なれど
それはまさにコンマレベルのやり取りだった

負傷など視野に入れていない……いや、もう全身の感覚すら怪しいのではないかという女が
体を捻りこみ、振り向き様にこちらに向けて剣を打ち込もうとする
そんな剣士を未だ悠々と凝視出来る位置にいる槍兵

だというのに、

「、、む?」

その光景に――男は思わず疑問の声を上げてしまう

女は何を思ったか…
全身のバネ、その勢いを利用した払い打ち――
それ自体は良い、、

彼女の最期の一撃だ
こちらの攻撃諸共に砕き散らさんとするソレは
恐らく威力も鋭さも相当のモノであるだろう

だが――剣士は何を思ったか、、

「その場」にて剣を横に薙ぎ払おうとしている…?


先の男の猛攻からこちら、吹き飛ばされて地を転がって
離れた両者の距離どう見積もっても10m以上――

その、今の立ち位置から変わらず
踏み込みも無しにその場で、である


(そんなところから届くわけねえだろ…?)

それは言うまでもなく「剣士」の間合いではない
何せ男の槍のレンジからも遥かに離れた地点だ
その剣を振って、届く届かない以前の問題である


――ダメージで距離感が掴めていない?


槍兵の脳裏にそんな疑念が浮かぶ
彼女の状況はもう、それほどに深刻なのか?

眼前の騎士の、今まさに放たれる攻撃はここまで全く淀みのない動きだ

ナチュラルな肩の振り
腕の抜き具合
正気を失った者の取れる姿勢じゃない
それが文句の付けようの無い流麗な横一文字を描くだろう事は容易に想像できる

できるが、、もっと肝心のこと――
当然、そこには薙ぐべき対象はいないという事…

それは基本的な距離感という概念すらすっぽり失念してしまっている動作であったのだ

「……………」

男の表情に落胆の色が灯る

あの瀕死の相手にこれ以上を求めるのはやはり贅沢過ぎたのか…
だが、最高潮に達した戦場の結末がこれでは――あまりにも切ない、、

女剣士の振舞いはどう見ても苦し紛れですらない

我武者羅に振った一撃であったのか?
それとも、もはや大量の出血で幻覚でも見ているのか?

ともあれ、正常な思考が作用していない正気を伴わないそれは
決着の一撃とするにはあまりにも埒の無い、興の乗らないもの――

「勿体ねえなぁ……」

思わず愚痴らずにはいられないランサー
見るからに大降り姿勢での横凪ぎの剣閃を何も無いところに放ち
それを透かされた女は、さぞや開いた体の真正面をこちらに無防備に晒す事だろう

ガラ空きだ、、

槍兵にとっては突いてくれと言われているようなもので――
心臓を相手の方から謙譲してくれたに等しい


コンマ3秒、4秒――

呆気ない幕切れだったが、そこまで性能が失われてしまっているのなら
もはや長引かせるのも忍びない

距離が離れているのなら、こちらから踏み込んで打ち込むまでの事
微かな疑念から宝具を止めたランサーが再びその発動の体勢に入る

(…………)

殺気に赤く染まったその両がギラリと光り
獲物を、貫くべき対象をそのままに見据え―――

(………む、?)

その女の―――両眼と交錯したのだった


――――――

「……………レヴァン、、、ティン―――」


ランサーが再び見た騎士の双眸、、

虚ろにして
何の意思も写さなかった
その瞳に、、

今、――


確かな意思が灯っていた

<Jawohl !! Schlangeform!!>


豪、と!!!

彼女の全身から血飛沫と共に炎が吹き出す!

その周囲に飛び散る赤と紅の残滓は
まるで彼女の命が漏れ出ているようだ!

焦げた鉄の匂いを辺りに撒き散らしながら、、重症の身で、、
もはや正気すら失ったと思われた騎士が紡ぐは未だ見せていなかった力――

ランサーの両目を射抜いた眼光には絶対零度の冷たさと融解寸前の溶岩の如き熱さ――
それを同時に内包した光が灯り、今や一片の弱々しさもない

そして一様に
シンプルに、

男に対して、彼女の目が己が意思を告げていた


死ね、と――――――


コンマ5秒、、


「ん、、だとッッ!!!?」

繰り出されたそれは0.1秒以下の攻防を優にこなすサーヴァントにとっては決して対処できないものではなかった――

にも関わらず、、
それはランサーにとっては最悪のタイミングでかち合ってしまった
それとも――まさか、、


―――「この」隙を狙っていたのか?


トドメを刺そうとした男が逆に返された一撃は
肉食獣が獲物を仕留める時の必殺の爪そのものだった

ソレは槍兵の目の前で光を放ちながら変化し
彼の予想を文字通り根底から裏切り
全てを突き破り、薙ぎ払うモノになる


まずは――間合い

男のみならず素人目から見ても届かないと思われたシグナムの横薙ぎ

なのにそれは足りないどころではなく、切っ先は男の視界のそのずっと後ろ
後方20m以上にまで伸びて、男の横合いから顔のすぐ隣にまで迫っていた

遥か後方まで延びた、その炎を伴った剣――
否、今まで目の前の騎士が使っていた剣ではあり得ない間合いを示したナニカが
得体の知れない軌道を描き、今――
凄まじい速度で横合いからランサーの頭部を捕らえようと唸りをあげる

「ちぃっ!!」

頬を、髪を、こめかみを、そして鼓膜を焼く
そんな熱気を帯びた刃が既に眼前に迫る中、
この戦い始まって以来、初めて焦りを示す男の表情

ランサーの目を持ってしてそれは、「そう」認めさせるほどの速度を持った一撃

烈火の将が今まで振るっていた豪壮な剣は確かに破壊力はあれど
速度という面では明らかに男を下回っていた
だが此度の一撃はその限りにあらず――

振るわれた先端の速度は空気を裂いて先走り
男……否、サーヴァント同士の攻防に類する速度――
即ち「音速」の域に至っていたのだ

言うなれば剣戟ではなく、、鞭
しなやかで変幻自な鞭打にひたすらに酷似したモノが
この最強の相手を薙ぎ払う


しかし既に下段の構えで踏み込もうとしていた男…

防備に回るには最も適さぬ体勢であったにも関わらず、、
ここに来て槍兵の挙動は――やはり超速の反応を以ってそれを迎えた

彼は宝具の発動を中断し、下げた槍を戻して
右側面に槍を構えて防御に回す

その動作を「音速」以上の速度でやってのける

戦術のセオリーなど無視するほどの凄まじさを誇る英霊のポテンシャルが
防御という面でも生かされるのは至極当然

そんな男の超反応が剣士の起死回生の奇襲から
既に彼の肉体を守るべく、横合いに槍を立てて受けの体勢を作り上げていた

だが、、、

「っ!? 野郎ッ……」

ここで最後の一押し
槍兵が痛恨の叫びを上げる、、


――知覚は追いついている


――痛烈な言葉を吐く事は出来る


だが、、流石のランサーをして
これ以上の「挙動の追い込み」は不可能だった

剣や槍や斧の一撃ならば、ゆうに間に合っていただろうその受身

しかしながら―――
相手は鞭なのだ―――


―― 鞭は剣や斧のようには受けられない ――


盛大に舌打ちをする暇すら無い

女の武器による奇襲を男の槍は防御した
確かに受け、その鉄と鉄がぶつかった箇所は
本来ならば凄まじい衝撃と火花散る激突を場に描いた事だろう

だが今、自在さを持ったシグナムのレヴァンティンは
弾き飛ばす事適わぬ柔軟な、固形を持たぬ鞭打である

それは男の槍を支点に、回りこむように――
まさにしなやかなるヘビの尾の一撃として男に襲い掛かっていた

頭部を左から薙ぎにきた狂刃が槍の柄を大蛇のとぐろのように巻き付き、回り込み
些かも速度を落とす事無く男の後方の死角から、、

右のこめかみに迫る


今――猛禽の鷹の爪は、、、蛇の毒牙へと変化し


バチュゥゥゥゥゥンッッ、、!!!!!――――


空気の破裂する音と
何かが削り取られる不協和音を場に響かせながら、、、

男の頭部に牙を突きたてていたのだった


――――――

アスファルトにぱたた、と鮮血が舞い散る


甲高い音と鈍い音を混ぜ合わせたような炸裂音が辺りに響き渡り
男の頭が爆発物に被弾したかのように――爆ぜた
その蒼い肢体の上半身がズレるように吹き飛び
槍を構えた姿勢が崩れ、後方によろめいていく

まるでヒトが遠方からの狙撃を食らい絶命する瞬間のような光景だ
頭部をピンボールのように左後方に弾かれ―――
決して崩れなかった男の肢体が初めてぐらつき、揺れる

そしてあれほどに堅牢で鉄壁で強速だったサーヴァント=ランサーが
上半身から力を失い、頭から勢いよく出血し、その場に倒れ付そうとしていたのだ

「く、、ぉぉ―――――――、、、、ッッッ!!!!!」

そこへ――― 一陣の火の玉と化した将が、、駆ける!

悪鬼羅刹の如き凄まじさ、、
奇襲を放った烈火の将が
もはや何の躊躇いもなく槍兵へと間を詰めていた

あまりの猛り、あまりの気勢の昂ぶり――

だが、声帯が満足に働かぬほどに損傷した彼女の口から
それが声となって発せられる事は無く、、
彼女の闘志を現すのはその全身の震えのみ


――待ちに待って

ついには届かないと思われた機会

――千載一遇どころではない

それは1万分の1に比する確率で訪れた機会にすら思えた


―――この男を相手にとっての決定的な勝機を、、

逃す手はない
逃がすわけにはいかない

まるで消える寸前の蝋燭の如き危うさと激しさを内包した女剣士が
槍兵に捨て身のチャージを敢行したのだ


逆に、槍兵にとってはまさに悪夢としか言いようのない一撃だった
九分九厘攻め込んでおきながら、ただの一撃でひっくり返される…

軽装と重武装の図式通りの展開とはいえ、、

散々に思案され、そういう戦いだと認識していたランサー
故に相手の動きの二歩も三歩も先を行き、その挙動の全てを押さえ込んだ
にも関わらず……完封寸前で逆転本塁打を打たれてしまう

―――まさか相手にこんな隠し手があったとは、、


蛇腹剣―――

今でこそ、武装・バリエーションの多様化により
剣と鞭のフォームチェンジによる変幻自在の奇剣は決して珍しくない

しかしながらそれは現代においての話だ

男の生きた時代においてはそれはいまだに未知の武装

故に、、対処が遅れてしまった…

ただでさえ、決定的なタイミングで合わせられた上
正面から防御しても相手の側面や背面に回り込み、その肉をこそぎ取る固形の形態を取らぬ武装
彼女の剣は最も受身を取るのが難しい鞭という武器に変化していたのだ、、

まんまとしてやられた、と――ランサーには相手を称える暇すらない
頭部の破損はサーヴァントをして致命の一打である

先のシグナムに変わって、男の上体が今――ゆっくりと傾いていく
いや……それを大人しく地に這わせるままにする女剣士ではなかった
シグナムが己も満身創痍ながら、そこへトドメを打つべく迫る


が、、、

――――ズシャ、

「っ!!」

剣を振り上げた将の眼前、、
勝負はシグナムの逆転に終わるかと思われた矢先の出来事だった

立ち代りその地を踏みしめ、場に残ったのは
今度は槍兵――サーヴァント=ランサーである

頭部の傷を抑えているが
その抑えた手から際限なく溢れるように吹き出す血はまるで止まる気配を見せない
頭蓋――下手をすれば脳すら傷つけているのではないかという深手だった

でありながら……男は残す
いや、男「も」また残す

そうだ、、
相手の女が瀕死の体を奮い立たせてこれだけの事をしてのけたのに自分がこれで終われるか? 
英霊が、、クランの猛犬が、、

こんなもので終われるのか?
否、、、断じて否である

こめかみに当てた手の指の間から覗く視線は狂気に染まり、、
男もまたその一線を踏み越える

シィィ、、!―――という
身の毛もよだつ荒い息を吐きながら
負った傷にガリリと爪を立てて――

強引に戻した意識が、今まさに迫り来る敵――シグナムを正面から見据えていた

修羅の如き女だ
まさかあの状態からこの槍兵のサーヴァントを相手に逆襲を決めるとは…

その凛々しい女の顔立ちが、苦痛の中から無理やりに搾り出した戦意に歪にゆがみ
口がカァ、と壮絶に開き放たれている
その端から血泡に塗れた吐息を盛大に吐きながら、獰猛な一撃を叩き落とそうと迫る姿はまるで闘神の如し

その将の愛剣から放たれるボゥン!というガスバーナーの暴発のような炎は
普段の洗練されたものとは比べようの無いほどに粗末で荒々しく歪で
不恰好な爆炎の残滓を撒き散らしながらに――


「ラ、、ン…サぁぁッッッ!!!!」


搾り出すような声に必殺の気合を乗せて――
もはや形振りなど構わぬとばかりに力任せに
己が魔剣を男のそっ首に叩き落とす!!


だが、、、


「遅ぉぉぉせえええぇぇぇえええッッッッ!!!!!!」


対して男もまた羅刹の域に身を置くもの

頭髪が怒髪天のように逆立ち、美麗な顔にビキビキと血管が浮き出る

曰く――エリンにその名を轟かす眉目秀麗の狂戦士
戦場においてかの者の形相は変容する
顔中の筋肉は激しく蠕動し顎が裂けて
逆立つ髪から血を吹き出す、恐ろしい魔物のような相貌となりて――
敵を引き裂き、粉砕する、とその伝承は語られているが、、

今まさにそれが嘘偽りではなかったと証明されていた
逸話にあるそれと幾分も違わず――
伝えられし狂相そのままに――

目の前に打ち込まれる炎の剛剣に対し、男は己が槍を力任せに叩きつけるのだった


深手を負った男と女が戦意と狂騒に狩られた叫びを上げて交錯する
天を劈くような怒号は、弱き者が見たならば魂すら凍らせるほどのものだ

―――鬼と魔人の滅ぼし合い

ガボォォンン、―――という、、
もはや打ち込みの音から完全に懸け離れた爆音が轟き渡り
将の剣と槍兵の槍が激突した

どちらももはや術技も何もない
力任せの、何の練りもない一撃
それでも怪物同士の膂力、出力によって繰り出された一撃は
激突の余波で周囲3mの大気が残らず霧散し小規模な半真空状態を作り出すほどのものだった

小型のダイナマイトの爆発に相違ない衝撃が二人を襲い、双方弾かれたように飛び退り、、
二人が弾け飛ぶように、その距離が強制的に離されていた――

そのまま頭部を手で庇い
ヨロヨロと後退するランサー

対するシグナムも深刻なダメージから
決して弱みを見せない彼女をして、その場に尻餅をついて倒れてしまう


渾身の一振りだった事は互いに同じ
その残響が未だ木霊する中――
二人は相当のダメージを抱えて分け放たれ、、満身創痍の対峙を果たしていたのだった


――――――

今の衝突――

真正面からの力勝負なら本来ならシグナムが優勢だった筈、、
だが彼女のダメージはその剛剣にすら影を落とし
結果、男を仕留めるに届かず…

万全の状態ならば、と悔やまれるが、、彼女にはそれを悔しがる余裕すらない

弾き飛ばされ、再び地に伏した女剣士
膨大な損傷を抱えた体を無理やり動かした代償は大きかった
立ち上がろうともがき、無理やりに身を起こそうとして――しかし全身が麻痺して暫くは言う事を聞きそうにない
体中の傷から滲んだ血が、白と薄い赤で彩られた装束を赤く滲ませている

荒い息はもはや呼吸困難の域に達し、、
瀕死を超えた瀕死の肉体を剣士は辛うじてこの世に留めているような状態だった


「――――、……」

対して薙いだ槍を後ろ手に構えるランサー
片手は深々と打ち込まれた傷口を未だ押さえている

視界は赤く染まり、片目が完全に塞がれているその顔半分は
サーヴァントをしてそう思わせるほどの――深い傷だった

男の記憶にもそう多くはない…
一騎打ちにおいて己が身に深々と抉り入れられた刀傷
ズキン、ズキン、と発狂するほどに痛む頭部を押さえ、、

「いってぇ……」

苦痛半分、驚き半分、
そしてそれらを塗りつぶすほどの狂気と戦意と――愉悦交じりの口調で呟く槍兵である


―――並の者なら間違いなく終わっていた

相手の剣を叩き落す事など出来る状態ではなかったし
否、普通ならばその前の一撃で頭を輪切りにされていただろう

まずは初撃――
音速を超える鞭打を、更なる神速の反応で上体を沈ませ
頭部に巻きついてくるヘビの尾をかわしたランサー
そして追い討ちの一撃すら渾身の薙ぎ払いで打ち落としたのだ


そして――男は

「―――――面白くなってきたぜ…」


―――変わらず哂った

彼が求めて止まぬは強敵であり
焦がれ、渇望する心は恋人を求めるそれに似ている
わが身に付けられた傷すらその愉悦を満たす対象でしかない

これが本当の――バトルマニアというものなのだろう

獰猛な魔犬はその目に、より危険なケモノの光を称え
手強い、、本当に手強いこの女戦士を前になお一層、激しく唸るのであった


――――――

「面白くなってきたぜ…」

ついと口に出た言葉は別に負け惜しみとかそんなんじゃねえ

本当に――心底、、面白いと感じただけだ


今のは本気で危なかったからな…

もう一つ踏み込んでいたら――

あの奇形の剣が、俺が真名発動の最中に放たれたものだったなら――

ドンピシャだった
この頭から上半分は綺麗にスライスされてただろうな

本当にちょっとの差だ
イヤな予感、ってわけじゃねえが、、違和感を感じて発動を躊躇った事が
結果、首の皮を一枚繋げたって事になる


サーヴァントが唯一にして最大の隙を見せるのが宝具発動の瞬間だ

一秒足らずっていったら大した事ない時間だと思うかい?
いや、そいつはフツーの人間の体感によるものだぜ

俺たちサーヴァント同士の戦いは、コンマ以下の世界で行われる
その中で一秒、二秒を攻防の他に回す事がどれほどの事か…

まさに一大決心、度胸を据えて、
敵の前で真名解放なんかをするワケだ

そして要は今、止めを刺そうとした俺のそれに
完全に近い形で合わせられたという結果だったんだこれが

マヌケここに極まれり……ってとこだな
ああ、結構ショックだわ、、コレ
危うく末代まで笑われるとこだった


こんな事があるから恐い……そして、、


―― これがあるから面白いんだ ――

戦場ってやつはな

戦場は必ずしも強い方
優れている方が勝つとは限らねえ

そこは何せ100、1000、10000の軍勢が凌ぎを削る地獄だ

―――絶対は無い

その常人ならば狂い死ぬような地獄で蠢き、生き残る事の出来る奴
戦士として戦いに出て見事武勲を上げて生還できる奴

その資格は一つ

敵に突き立てる牙を持ち、それを決して萎えさせない――

それが出来れば良いんだよ

簡単だ、、何も難しいこたぁねえ
歩兵が騎兵を、傭兵が騎士を、一兵卒が大将を討ち取っても何の不思議もないだろう
この混沌が支配する場においては、力の及ばぬ、決して届かぬ対象などは無い
当然、英雄だの何だの言われる奴にもそれは当て嵌まる

速さ、膂力、体力、戦力
それらが多少、優れていたところで些細な事だ
その全てを兼ね備えていても、多少の機微によって
自分より弱いものにあっさりと討ち取られてしまうのが戦だ

速さは膂力は、油断や増長に飲み込まれ
体力や戦力は、体調や状況の急激な変化に容易く左右され
そしてあらゆる要素において負ける事など有り得ない程の準備をしても天恵に見放されて敗れ去る事もある

その前では、英霊に数えられるまで磨き上げた戦技ですら絶対ではあり得ねえ

そう、、それが戦だ

かつて俺が愛した故国
共に同じ釜の飯を食った戦友たち
四枝の誓いを以って敵陣に突っ込んでいったあの豪壮で煌びやかで、、
ゾクゾクするような戦なんだよ……


はは、、いいねぇ……いいわ――

顔面が血でベットベトで気持ち悪りぃ
肩下まで垂れ流されていく俺の命の清水たる赤は――
死してなお、俺がまだ「生きて」いるという証

最高だわ、、やっぱ、戦は


思わず口元に笑いが浮かんじまう
肩に抱えた槍を弄びながらその悦びを全身で表現しちまう
まるでガキだな……我ながら

そしてこの傷をつけてくれた相手
俺の前で膝をつきながら上目使いでこちらを睨む女を見下ろしてやる

朱に染まった禽獣――
飛んで、跳ねて、滑空してくる戦闘手段も相まり
この女はやっぱ……鷲とか鷹とかああいうもんに雰囲気がだぶる

さぞや緩んだバカ笑い顔をしているだろう俺に対し
口を真一文字に引き結び、決して歯を見せない
だが釣り上がった両目がギラギラと怪しい輝きを放ってこちらを射殺そうと睨んできやがる

そのキレた面――手負いの猛禽まんまだぜ…

地上に堕とされ、組み伏せられようと奴らは決して一方的にやられたりはしない
弱々しい断末魔の悲鳴をあげる事もない
臓腑を抉られ絶命するとも、相手の目玉を嘴で刳り貫く気概を生まれながらに持っているんだよ、奴らは

それが――食物連鎖っていったっけか?
その頂点に位置するものの性だ


――負けてらんねえよなぁ……

何せこちとらにも背負った「名前」がある

これはもうヒト型同士の睨み合いじゃねえ

俺は猛犬、こいつは禽獣――

上手い具合に嵌りやがる…
おあつらえたような組み合わせだ

ならば、肉食同士の喰い合いにして、今や二人して手負い、、


要は―――こっからが本番って事だ……

まだ始まったばかりだもんなぁ……
もっともっと楽しめる、、そうだろう?

両眼に称える殺気を叩きつけてやると
まるで鏡のように同じだけの殺気を返してくる

そして相手が、剣を杖に
おぼつかない足取りながら確固たる意思で立ち上がったのが――戦闘開始の意思表示


ならば第二幕、、


そろそろ行ってみようか…?

なあ、烈火の将さんよ――



その前に、、今や豆粒ほどしか残ってねえ理性が――


「結局、死んでも直らねえのな……俺のバカも、、」


少しだけ自嘲の笑いを「俺」に残していきやがったワケ、、


ああ…………



そんだけだ


――――――

(、、ようやく一矢、といったところか…)

長い長い万里の道をようやっと一歩、踏み出せた――
そんな心境の彼女である

視界がおぼろげながらようやっと、その地に再び立つ事の出来たシグナム

周囲の空気を凍りつかせるような睨み合いの中、
敵への警戒心はそのままに、、

決して顔には出さずに思慮に耽る

これだけの殺気を叩きつけてくれる相手が今はひたすら在り難い
剣士の体は、平常ならば意識を保つだけで精一杯の損傷であったのだから…


レヴァンティン=シュランゲフォルム―――

ここまで我慢に我慢を重ねて温存してきた将の愛剣のもう一つの顔

近距離特化のシュベルトフォルム=ソード形態の弱点である中距離戦闘を補い
鞭のような形状で相手を切り刻むレヴァンティンの主戦武装の一つである

今まで使用を控えてきたツケを取り合えずは引き戻せた事にまずはほっと胸を撫で下ろす剣士であった


初めの段階でこのモードを使い
空から一方的に切り刻むという戦法もあるにはあったが、、
そちらを選択しなくてよかったと将は今、切に思っていた

この速い相手に対し恐らくは―――それでは効果が無い

今、目の前に佇む槍の男
その身のこなし、槍捌き、速度、、

どれを取っても 「自分の近距離の弱点を補う」 程度の武装では
まともに正面から打っても歯が立たない事は明白だった
事実、不意を打ったあの一撃にも男は反応して見せたのだから…

しかもこの形態
飛距離に優れ、防御されにくいという反面
こちらの防御や受けに回った時に難がある
守勢に回れば果てしなく脆いものなのだ……鞭という武装は

そんなものを接近戦では当然使えないし
敵の跳躍からの槍すら受けられるか疑問だった
調子に乗って、これみよがしに振り回していたら
あの対空砲のような槍で下から貫かれてお陀仏、という可能性も高かった

何より、初手でこれを使って早々に見切られるのを嫌った将
これは自身の弱点を補うのと同時に
牽制と奇襲に優れた、いわば自分の隠し武装――


故に――使うときはここ一発…

一息でも相手が気を抜いた瞬間、、
敵が「こちらを仕留めた」と油断してくれる場面があれば余計にしめたもの

その「時」のために――封印していたのだ


   、、―――ム、!! 、、ナムっ!


いわば蛇の毒牙

その身を管に巻いて息を潜めて、――
そして放たれた一撃は――

見事、敵の急所に叩き込まれる

試みは上場と言って良い成果だった
あの額の傷は決して軽くない、、何より片目を塞ぐ事に成功した

(対してこちらは四肢、内部共に深刻な損傷はギリギリ免れている……僥倖だな)

自身の全身に穿たれた傷、、そして出血で地面を濡らしながら
未だ何とか男と向き合えているシグナムが……小さく被りを振った

「いや………お前のおかげだ、レヴァンテイン」

これは紛れもなく騎士甲冑と障壁の恩恵だ
あの槍に百舌のはや煮えのようにされなかった事を自身のデバイスに感謝する

(しかし……まったく、、)

それでもまだ、、たった一撃――

たったの一撃を望み、入れたというだけでここまでの駆け引き
ここまでの苦労を強いられる
先が思いやられるとはこの事だった


   、グナム 大丈、――、ム! 


これから踏破せねばならない巨大な山を見上げる時の感覚
どんな手段を使うにせよ、容易く越せる相手ではない
未だ楽観するには程遠い自身の状況と敵の強さ

どうしたものかと思案する彼女であったが――――

その前に、、


(おい、生きてるか!?シグナム! おい! 返事してくれよ頼むからっ!!)


先ほどから耳元に威勢の良い声を届かせている小人の少女――


(アギトか……まだ生きている、、安心しろ)

フェイトのクルマから脱出した後、シグナムとフェイトが敵と相対している間
最寄りの木の上に避難して事の成行きを見守っていた剣精アギトに返事を返してやる将

(心配するな、じゃねーよ! 
 戦闘中なのは分かるけど少しはこちらの声に答えてくれてもいいじゃんか!
 フェイトにも何べんやっても繋がらねえし……うう)

(すまんな、余裕がなかった)

金切り声を上げる妖精に簡潔に答えるシグナム

(だいたいあんなヒョロい奴、何でフルドライブで一気に潰さねえんだよ!?)

シグナムの顔がほんの少しだが驚きに染まる
事もあろうに、、あのランサーを「ヒョロい奴」扱いするアギトの発言に対してである
簡単に言ってくれる…と苦笑するしかない将

(それは格下相手や短時間で決めねばならん時の戦法だ
 確実に倒せるのならそれでもいいが、もし全開の弁を開けて通用しなかったらどうする? そこで終わりだ)

(そ、それは……)

正直そんな場合ではないのだが
明瞭な答えをパートナーのデバイスに答えてやる将

(肥大化した力をブンブンと振り回して息切れを起こして自滅……
 おおよそ考えられる最低の負け方だぞ
 明日から大手を振って騎士と名乗れんほどのな)

言葉に詰まるアギトだったが、やはり釈然としない

(らしくねえ……「もしダメだったら」 なんて…
 ゼストの旦那すら打ち破った烈火の将の剣は最強なんだ!
 誰にも防げっこねえ! それなのに、、)

(アギト、、意気込みだけで勝てるならこの世には敗北も、戦術という言葉も存在せん)

(っ……)

夢と現実は違う
どれほどの尊敬と信心を持とうと
それが容易く打ち砕かれてしまう事は往々にあるのだ

(あの槍兵は強い……途方も無く、な
 戦術の組み立て、並べ方を一つでも間違えたらそこで終わりだ
 リカバーは効かん、、その時点で一息の元に押し潰されて殺されるだろう)

淡々と語る将
それに対して少女は、、


(、、、我慢出来ねえ……そんなの、もう……)

震えるような声で答えていた

感極まった、というより何かを辛抱するかのような歯切れの悪い言葉

彼女は、今のロードが管理局内でも無双の使い手だと信じている
それが、こうまで傷つけられるなど到底信じられなかったし
快活な性格のデバイスである少女がこんな状況で指をくわえて見ていられる筈がなかった

故にその思いが――少女を行動に駆り立てるのだ

(私も戦う……)

(ダメだ)

(何でだよ!? ロードが傷ついていくのを黙って見てろってのか!?)

だがしかし、断固とした口調で言い放つ烈火の将
なおも食ってかかるアギト

妖精の中で、、
全身を朱に染めて体を引きずって戦う将の今の姿が―――彼女の前の主と重なる……


   またあんな思いをするのは―――
   またあんな悲しみを味わうのは―――嫌だ!


そんな小人の切なる思いであったが、、

(お前の炎など奴には当たらん、、足手纏いだ)

(そ、そんなっ………)

騎士はそれを何なく一蹴に伏していた

(そんな、、、言い方、、……)

まさかの心無い言葉に少女の心が音を立てて崩れていく
グラグラと視界が揺れて目に、、涙が滲む 

――自分はそんなに役立たずなのか…

――主の盾になって戦う事も出来ないのか…

苦渋と悲しみに染まった表情から紡ぎ出される沈黙が
それでも必死に将に訴えている

かつての仲間にして前ロードだったゼストグランガイツをその剣で看取ってくれた彼女
管理局局員としての任務に従事していたシグナムにとってその行動は、、当然マイナスにしか働かない

重要参考人をむざむざ殺してしまったとして喚問を受けるスレスレまでいったと聞いた
この騎士にとって、あの行動は汚名しか生まなかった――
聡明な騎士だ
ああなる事は分かっていただろう、、

それでも……

捕まれば更迭され、心身ともに白日の元に暴かれ
誇りある死とは最も縁遠い最期を迎えていただろうゼストに騎士としての名誉ある死を与えてくれた

この小さな妖精にとってもシグナムは一生かかっても借りを返せぬほどの恩人なのだった

(………………)

ああ、、、、

そうか……

誇り高く

自他共に厳しい
この剣士だからこそ、、、

その発言の真意――

彼女の冷たい言葉を思いなおす妖精である


付き合いは決して長いとはいえないが
この実直で不器用な騎士の内にある優しさは疑いようもない
彼女は他人の気持ちを無下に踏み躙るような事は絶対にしない

それでも敢えてそう聞こえるような事を言う時は――大概が逆の事を思っているのだ


――今回は多分に非情なまでの事実も含んでいたのだが…

自分が出て行ってもどうにもならない、、これは……厳然たる事実だ

分かっている…
何せ、、

――― 見えないのだ ―――

木の上という、絶好のポジションで
上空からの視点で戦闘を見ていたにもかかわらず二人の攻防
何をかわしているのか、、その影さえ捉えることが出来なかった…
そんな自分が戦地に降り立って何を手伝えるというのか…?

首を突っ込んだところで主の邪魔をし、下手をすれば窮地に追いやるだけ…

(…………)

惨めで、情けなくて、そして残酷な現実
その悲しみにしゃくり上げる声はシグナムの耳にも届いているだろう

故に、、
自身のそんな我侭な嗚咽など
今の将には邪魔にしかならない

込み上げてくる涙を少女は必死に抑えて、

(………シグナム)

(何だ)

(いつでもいけるからな………ユニゾンっ!)

強い意志で一言――
小さな少女は騎士にそれだけを告げる

元より自分が今、出来ることなど一つしかない
ならば雌伏してその時を待つ――
あの憎らしい槍野郎に止めを刺すその時まで決して自分の存在を相手に気付かれてはならない

この体はロードの剣に業炎の力――全てを燃やし尽くす灼熱の炎を与える切り札だ
だからこそ、将がその命を下すまで今は歯を食い縛って耐えるしかないのだ

(アギト――)

故に二人の間にこれ以上の問答は必要ない

最後に一言、、


――― 心配するな ―――


その小さな羽をパタつかせる少女
小さな彼女の総身を震わせるには余りある、、心強い言葉をかけられた少女

(ああ、、ボッコボコにしてやれよな!)

それを以って彼女の涙は全部吹っ飛んだ
目をゴシゴシと拭いながらに主に発破をかけるアギト

そうだ、、この強いロードがあんな奴に負けるはずがない
自分の心配なんか杞憂だ
きっと、、きっと、、
あと数分後にはいつも通りの強くて雄々しい烈火の将の勇士が見れるんだ!

そんな思い――
小さな小さな応援を背に抱き、、


騎士は再び、魔槍の男に相対するのだった


――――――

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最終更新:2009年02月10日 05:23