「どうしてもここを通さないって言うんだ」
「ああ」
荒野の片隅で対峙するは、2人の英霊。
「千載一隅のチャンスなんだけどな」
悪戯っぽく笑うのは金色の杖を構えた少女。
「ふふっ…英霊って便利だね、こうやって一番幸せだった頃の姿に戻れるんだから」
天使、いや天使すら恥らうほどの美しく愛らしい笑顔、だがその唇から紡がれる言葉は…、
「だからさ、早くそこをどいてよ…早く聖杯を渡してよ」
まさに悪魔の、そうとしか形容できないほどの響き。

「残念だがそうはいかない、何度も言うようにお前に聖杯は、願望器は渡せない」
赤い外套を纏った青年が応じる。
「生きてた間はそんなに出会うこともなかったけどエミヤ君なら…わかってくれると思ったんだけどな」
純白のBJをひらひらと翻しながら、笑うタカマチナノハ、くるくるとエミヤの周囲をまわりながら
上目遣いでその顔を覗き込み微笑む。
「お互いこうなってしまってから言うのもなんだが、俺は高町…お前らに少し憧れていたんだ」
ナノハの目を見るのが嫌で、視線を逸らすエミヤ。
「私だって…ううん、みんな口では馬鹿にしてたけどエミヤ君の凄さを認めていたんだよ」
そこでここまでの愛しい兄に縋りつく妹のような猫なで声が一変する。
「だからわかるよね」
「ああ、解る…解るからこそ、お前をここから先に進ませるわけにはいかない、お前が答えを得るその時まで
俺は聖杯も渡さなければ、お前の憎んでも憎みきれない高町なのはも守り続ける」
もう少しこの時間を愉しみたかったなと心の中で呟きながらも言い返す。

「答えなんてないよ」
「いや、あるさ」
「全部知っていて、同じ絶望を知っていてそんなこというんだ」
また笑うナノハ、だがもう目は笑ってなかったが。
「じゃあもう何度目になるかわからないけど、また聞かせてあげる…私の憎しみを」
確かになと毒づくエミヤ、お互い変わり果てた姿で再会したときのからの決まりごとだ。
だがナノハの独白をあえて聞き流すエミヤ、もう何回も聞かされているのだ、正直堪える。
それにマトモに耳を傾ければいかな彼とて心が折れる、そんな生き地獄のような日々をむしろ嬉々として口にするほど、
そう、皮肉げに自分の娘を討ったことを話すほどに、目の前の彼女が堕ちてしまっている事がただ悲しかった。
ようやく話は終わったようだ、では…と投影の準備を始めた時だった。
「今日はね、それから先の話をしてあげるよ、私が英霊になった時の話」
「?」
思い違いをしていたか、タカマチナノハは己の娘を失った絶望の果てに世界に己の存在を託したのではなかったのか?
「本当に許せないのは…許せないのはね…」
周囲の空気が変わる、ころころとめまぐるしく変わっていたナノハの表情が文字通りの憎悪一色に染まる。
「その後、その後だったんだから、ねぇ」

ミッドチルダは今日も平和だった、次元世界の安定と管理局のより一層の繁栄云々の言葉がやたらと聞こえてくる。
それを私はただ聞き流していた、いつも思うのだが本来ノンキャリの私たちだと逆立ちしても会えないようなお偉方が
毎度のように握手を求めてくる。
みな猿のような卑屈な笑顔を浮かべて…何故だろうか?今日はそんな風にしか思えない。
群集たちがわぁわぁと囃し立てる…いつもは凄く誇らしく思えるはずなのに今日はやっぱり嬉しくない。

それはきっとこう思ってしまっているからだ…。
この人たちは、そして私はそんなに偉いのだろうか?と。
ああ、そうか結局どんな災厄も自分の身に降りかかりさえしなければどうでもいいことでしかないんだ。
誰の身にも平等に滅びが訪れなければならないはずなのに、彼らはまるでゲームマスター気取りだ。
中でも最低なのがこの私だ…あれだけ殺して、見捨て続けてそれだけならまだ救いがある。
許せないのがそれで全てを救えたと御目出度くもそう思い込み、その挙句それを正しいことだと信じて走り続けて…
そしてその時愚かにもようやく気がついた。

自分が数億人の高町ヴィヴィオを殺していたということに、そしてまた数億人の高町なのはを生み出していたということに。

『この度の戦乱においては、幸いにも僅かな犠牲ですみ~』
拍手と歓声が巻き起こる…なんでみんな笑ってるの?僅かな犠牲って何?
その僅かな犠牲にされる人たちのことを考えたことってあるの?
でも私が言っても仕方がないよね、私だって今まで考えたことなんて一度もなかったんだから、
お兄ちゃんたちを見捨ててヴィヴィオをこの手で殺す時までは…あはははは、それって最低。

『ミッドチルダの救世主にして我ら時空管理局が誇るスーパーエースに登場願いましょう!』
それって誰のこと?きっと凄く偉い人なんだろうね、そんな人いたら神様だよ、そして神様なんていないんだけど。
『高町なのは一等空佐!(私はたくさん人を殺して出世しました)ステージにおあがり下さい!』
違うよ、違うよ、私は英雄でも救世主でもないよ…ただの薄汚い掃除屋だよ、だからもうそんな風に私を呼ばないで、
逃げたいよ、どこか遠くへ逃げたいよ、だれも知らない世界でただ1人気が済むまで泣き続けていたいよ。
でも促すように私の背中を押す親友たち。
(フェイトちゃん、はやてちゃん…なんで笑ってるの?私と一緒に逃げてくれないの?)

※それはなのはの心境を慮っての作り笑いだったのですが、ああ、悲しいかなもう彼女には届かないようです。

でも、つられて私もまた笑う…これはきっと罰なんだから…でも罰を受けるのは私だけじゃ足りない気がするな。
(なぁんだ、最初からそうだったんだ…)
万雷の拍手が巻き起こる、英雄だの救世主だの声が聞こえる中、私はステージに上がる。
(こんな私は生まれたその時から"悪魔"だったんだ…だったら)
「レイジングハート」
そんなに私のお話を聞きたいのなら、さぁ!悪魔らしいやり方でお話を聞いてもらおう!

そして目の前に展開するのは何度も見慣れた光景、すなわち地獄。
唯一違うのは今回に関してはその地獄を作り出したのが他ならぬ自分だったことくらいだろう。
まぁ些細な問題だが。
遠くに聞こえるヘリの爆音をぼんやりと聞きながら、ただ地面に視線を落とす。
もうどうなってもいい、足元に転がる無数の亡骸の中に自分の戦友が何人か混ざっていたようだが、気にもならない。
今更この程度の罪を悔やんでどうなるというのだ、それに断罪の時はもうそこまできている。
穴だらけの己の身体を見る…償いにはもちろん足りないが。
だが…一つだけどんなに悔やんでも悔やみきれないことがある、全てが冷えきっているはずの心の中に
それだけは溶岩のように熱く煮えたぎって止まらない。
(どうして、どうして…私をこの世界に生み出したの!…こんな辛い思いをするくらいなら
最初から生まれてこなければ良かった!その願いが適うのならばこの魂全て捧げるというのに!)

その時、声が聞こえた。

「と、こういうワケ」
擦り切れた笑い声で怨嗟の告白は幕を閉じる。
言葉が見つからない…かつて全てを愛した慈愛の天使はその深き愛ゆえに全てを憎む堕天使へと変貌していた。
「改めて聞こうか…お前は聖杯に何を望むんだ…何を代償に世界と取引をした」
搾り出すような声。
「全てに平等な滅びを、かな?…でもそれは流石にかないっこないから高町なのはの消滅って線で手を打とうかな、もう
犠牲の上に成り立つ幸福なんて、そんな偽りの幸せなんてもう見せたくないから、誰も憎ませたくないから…
だから幸せだった頃のまま永遠に時間を止めてあげるんだ!地獄に堕ちるのは私だけで充分だから!」
完全に壊れきった声。
「それでも、お前のその気持ちだけは全てを救おうと全てを愛した気持ちだけは…決して」
そう言い掛けてエミヤは苦笑する、まるで立場が逆だ。
「嘘だよ、ただ私はきれいなものに憧れていただけだよ…これが私の答え」
「違う」
「違わない」
「違う、他ならぬこの俺が、お前と同じく絶望の只中で磨耗した俺でも答えを得、辿り着けたのだから
だからお前も必ず答えを得ることができるはずだ!」
(だが、それは俺の役目ではない)
己を救えるのは己だけ、タカマチナノハを救えるのは高町なのはだけだ。
「そんな日は来ないよ!大体どうしていつも計ったように邪魔ばっかりするの!」
「それは…」
言いかけてエミヤは言葉を止める、今のお前がかつてのあいつに、自分のみならず衛宮士郎がその生涯に置いて
唯一愛した少女、今もなお愛し続けている少女、愛していると言ってくれた少女に似ているからだとは言えない。
だからこそ、この目の前の少女を止めねばならない、目の前の英霊タカマチナノハが、
己に打ち勝てうる高町なのはに辿り着くまでは。

「じゃあ、少し」
ついに焦れたナノハの杖が光を放つ、これも何度となく繰り返された光景。
「いくぞ、魔法少女」
エミヤの両腕もそれに呼応するかのように輝く。
「頭、冷やそうか?」
閃光が走る。
「武器の準備は充分か?」
刃が閃く。



オマケ

「で、今回も痛みわけということだが」
フラフラになりながら理想郷へと帰還したエミヤ、今回はいつもにもましてこっぴどくやられた。
「鞘がなければ消滅していたな…」
愛する妻からこっそり拝借した宝具を使い傷を癒す。

「シロウ!」
びくびくぅ!恐る恐る振り向くとそこには妻の、アルトリアの姿。
「ここ最近理想郷を離れることが多くなりましたね」
「俺だってたまには世界を巡ってみたい」
「シロウはいつもそうだ…私を困らせてばかりだ、まったく…」
「私に飽きてしまったのかとばかり…シロウは自分で思っている以上にもてるのですから…
ああ、ここからただ眺めてるだけの日々がどれほど辛かったか」
(ナノハのことは絶対に言えないな…)
頬を伝う冷や汗。

「お前だって傷が癒えてからは気ままに世界を旅しているじゃないか」
そうだ、そもそも発端は彼女だ。
難儀を捨て置けないのがお互いの性分とはいえど、ふらりと聖剣を掲げて旅立ったかと思えば幼子の魂を抱いて戻るのはどうかと思う。
聞けば全てが死に絶えた惑星で幾年が経過した後も尚、母の姿を求め泣き続けていたのだという。
この子を私たちの娘にしようと言って聞かないアルトリアを説得するのには骨が折れた。
「で、あの子はどうした?」
「眠ってます…かわいそうに未だに己の名前も思い出せない、やはりシロウ…私たちの…」
「そう…ですね、記憶を失ってもあの子は…母の姿を、名も姿も思い出せないにも関わらず」
悲しげな妻の瞳を見ないようにしながら、エミヤはベッドで眠る少女の顔を眺める。
最近ようやく笑ってくれるようになってくれた、もっとも何を聞いても返ってくる言葉は「わからない」だが…ともかく。

「今は眠れ高町ヴィヴィオ、いつか母が答えを得え、お前を迎えに来るその時まで」

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最終更新:2009年03月03日 07:54