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 私―――遠坂凛は夢を見る。
 それはそう、目に見えない回路が、私という回路に繋がって情報を流し込んでくるかのように。
 自分の目で、他人の視点を借りているような、そんな不思議な感覚。
 その夢の中で、私は他人の思い出を垣間見た。

 それは、そいつを形作るもの。
 それは、そいつが至った道程。
 それは―――もはや取り返しのつかない、決定事項。

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 そこには、今にも殺されようとしている人たちが居た。
 相手は、その世界では使ってはならない"遺跡異物(ロストロギア)”を奮う悪党ども。
 まともな人間じゃ、そいつらに太刀打ちする事なんて出来やしなかった。

 だから、戦った。
 そいつは、その悪党どもと戦っていた。

 相手が犯罪を犯していたから……それだけの理由じゃなかった。
 ただ、護りたかったからだ。
 そこには、たくさんの護りたいと思える人達が居たからだ。

 笑っていた人が居たから。
 にこやかに、自分に接してくれた人が居たから。
 何も知らずに、明日も今日と同じ日が続くと信じている人が居たから。

 だから、そいつは戦った。
 仲間は一人の補佐官と、両手に握られた1対の魔導杖のみ。

 流したい涙をこらえて。
 叫びたい痛みをこらえて。
 吐き出したくなる弱音を飲み込んで、戦った。
 何度倒されても。
 幾度敗北しようとも。
 その度に生還して、その度に学習して、その度に努力して。

 そうやって、とうとうそいつはその悪党を一掃することが出来たのだ。


 これが物語だったなら、「めでたしめでたし」で全てが終わっただろう。
 けれど、これは決して物語みたいに安直な終わり方はしなかった。

 そいつが立っているのは、何もない、まっさらな大地。

 昨日までそこにあった街並みは、どこにもない。
 昨日までそこで笑っていた人達は、どこにも居ない。
 昨日までそこにあったそいつが護ってきたモノは、どこにも無い。

 影すらも。痕跡すらも。
 その何もかもが、無くなっていた。

 悪党はもう居ない。
 ならば、これをやったモノは誰なのか。
 その答えは、たった一つしかない。 



 ―――結局、そいつが護ろうとしていたモノは。
     そいつが護ろうとしていた連中の自滅で、消え去ってしまった―――



 それでも、そんな目にあっても、そいつは立ち止まってはいられなかった。
 だって、そいつには背負うものが沢山あったから。
 其処で立ち止まっていたら、背負っている他の全てまで零れ落ちてしまうから。

 友との約束を違えないために。
 恩師の想いを失わないために。
 兄弟の誇りを傷つけないために。

 恨み言は全て心の檻に仕舞いこんだ。
 くやし涙は全て心の檻に仕舞いこんだ。
 やるせない怒りは全て心の檻に仕舞いこんだ。

 だから、そう。
 そいつの心の奥底に、どれだけの澱(おり)が溜まっているかなんて、
 誰も知りはしなかったし、知る術なんて、なかった。

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 夢の終わり。
 私はまたその光景を見る。

 何もない、地平まで何もないまっさらな大地。
 その地平の彼方にゆらゆらとゆれる蜃気楼。
 そして、その蜃気楼にむかって、いつまでも走り続けるアーチャーの姿。

 無駄なことだ。
 蜃気楼は所詮蜃気楼。どんなにそれが鮮明であろうとも、その場所には何もない。
 だから、蜃気楼を目指して歩むなんて無意味な行為というものだ

 けれど。
 他に何も標のない荒野なら、それ以外に何を標に歩めというのだろう?

 この世界はまるで、愚直なまでに真っ直ぐなアーチャーの生き様を嘲笑っているかのようだった。

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「こンの馬鹿ッ!」

 目を覚まして、まず最初に悪態をつく。
 夢見が悪い。どうしようもなく夢見が悪い。

「ああ、もうイライラするわね、本気で!」

 叫びながら、ぼふっと枕を壁に投げつける。 まったくもって典雅じゃない。
 そんなことを気にする余裕がないくらい、私は怒っていた。

 別に、この結末そのものが納得いかないんじゃない。
 世の中、幸せな結末だけが待っているなんて夢想なんかしない。
 努力が常に実を結ぶなんて思ってるほど、私だって夢見がちな年じゃない。
 ただ、一つだけ納得がいかないのだ。

「何でこんな目にあったってのに、弱音も愚痴も吐かないのよ、あいつ!」

 そうだ。それだけが納得がいかない。
 あいつは、打ちのめされてた。どうしようもなく、やり切れない事実を前に苦しんでいたんだ。

「本当は今にも泣き出しそうなくらい苦しんでるのに、誰か助けてって思ってるくせに!
 なんでそんなに自制してんのよ、馬鹿じゃないの!?」

 言葉にして怒りを発散させようとしても、その言葉が更なる怒りを呼び寄せる。

「自分の人生切り売りして、それで他人を助けようとしてんのよ?!
 それに対する自分のご褒美すらないなんてやってられないに決まってんじゃない!」

 そうよ、どんなにあいつが英雄じみてたって、友達や頼りの人の前でくらい、弱音を吐いたっていいじゃない。
 この世の全ては輪廻だ。自ら起こしたものはどこかを経由して自分に返ってくる。
 だから、アーチャーが人生を切り売りしたならば、その切り売りした分の何かが返ってこなかったらただただ消耗していくだけだ。
 それこそ、使い捨ての紙幣と一緒。なくなっていくだけで、補充がない。
 そんな生き方を選択するアーチャーも許せなかったし、それを救ってやれなかったアーチャーの周囲にも腹が立つ。

「……もう、アッタマきた。こうなったらアイツに思い知らせないと気がすまない」

 駄目だ。今の私はぜんぜん冷静じゃない。
 今から私がやろうとしていることは心の贅肉の中でも特大級。
 それこそ、一瞬で全部贅肉まみれになること請け合いだ。
 私は急いで寝巻きを着替え、階下へと足音も荒く降りていく。
 途中、昨晩の報告をしようとやってきたらしいアーチャーを片手で制し、私は電話機へと向かった。
 やや古風(アンティーク)なデザインの電話器をダイヤルし、私はあるところに電話を掛ける。
 少しの呼び出し音の後に、がちゃりと受話器を持ち上げる音。

『はい、衛宮ですが』

 聞こえてくるのは、聞きなれた我が不肖の弟子にして、この聖杯戦争で見事最強のサーヴァント、セイバーを引き当てたラッキーボーイ、衛宮士郎のとぼけた声。

「士郎ね。私よ、遠坂」
『ああ、遠坂か。ちょうどよかった朝食が終わったらキャスターの―――』

 私の声に、早速ビジネスライクな話を始めようとする士郎。
 だが、私の目的はそんな話をするためじゃない。

「そのことなんだけどね、悪いけど今日は用事が出来たからパスするわ」
『はぁ? いつ? 用事ってなにさ』

 士郎の言葉をぴしゃりと跳ね除け、私の用件を告げる。
 その言葉に、魔の抜けた相槌を打つ、士郎。

「今朝よ。今からアーチャーと『遊び』に行くの」

 『遊び』、という言葉を強調して、私はふんと鼻を鳴らす。
 そう、私の目的はこれだ。
 アーチャーに人生の楽しさの埋め合わせをしてやる。 それが目的。
 全くもって無駄な行為。
 そもそも、サーヴァントにとって今の現界なんてまどろみに見る夢のようなもの。
 こんなのは私の自己満足でしかないし、アーチャーにとって意味がある行為なんかじゃない。

『遊びにいく……ってなんでさ』
「何でもよ! いや、そうね……」

 察しの悪い士郎の言葉に一瞬苛立ちつつも、ふと私の脳裏に考えが浮かぶ。

「決めた。ついでだから士郎とセイバーも来なさい。人数多いほうが楽しいし」

 なかなかのナイスアイディア。やはり遊びは人数が多いほうがいい。

『ちょ、ちょっと待ってくれ、遠坂! そんないきなり言われても……』
「何よ、女3人侍らしてデートなんて男冥利に尽きるじゃない。」
『で、デート?! ちょ、ちょっと待ってくれ遠坂! そんなの困―――』

 電話口からあからさまに慌てた声が聞こえてくる。
 ああ、アイツやっぱり見た目を裏切らず結構ウブなのね。

「いい? 10時半にいつもの十字路で待ち合わせよ。遅刻したら、酷いから」
『ま、まてって!遠さ……』

 相手の言葉を聴かずに電話を切る。これで良し。
 さて、問題はアーチャーの服だ。
 流石にあんな物々しい服装じゃ目立つし、なにより遊びって感じじゃない。
 体格的には同じぐらいだし、私の私服を貸してやればいいか。

「ふん、絶対アイツに楽しかった、って言わせてやるんだから」

 そう呟きながら、私はアーチャーに今日の予定を伝えるべく、早歩きで居間へと向かうのだった。

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【Interlude-1 Where are you from?】

「……たく、いきなりだなぁ」

 受話器を置きながら、赤毛の少年……衛宮士郎は嘆息した。

「どうかしたのですか、シロウ」

 その様子に、金髪蒼目の少女が問いかける。

「セイバー、なんだか遠坂から急に連絡があった。一緒に遊びにいくぞ、だそうだ」

 その言葉に、セイバーと呼ばれた少女が面を食らったような顔を浮かべる。

「は……? 遊び、ですか? 確か今日は対キャスター戦の作戦会議のはずでは」
「そうだよな……たく、アーチャーと遊びに行くから早く来い、だと」

 肩をすくめ、その言葉に、セイバーの顔が一瞬嫌悪に歪む。

「どうした、セイバー。行きたくないのか。行きたくないなら、別に俺だけ行っても」

 その表情に気付いた士郎が、セイバーに問いかける。
 その言葉に、セイバーは慌てて首をふった。

「いえ、私はシロウの身を守る。行かないわけには行きません。ただ……」
「ただ、なにさ」

 セイバーは一瞬戸惑ったようなそぶりを見せたが、すぐに士郎に向き直る。

「はい。私は……アーチャーが恐ろしい」
「恐いって、アーチャーが? おかしいぞ、単純な地力じゃセイバーのほうが強いって遠坂が……」
「いえ、戦闘力といったそういうことではありません」

 そこまで言うと、セイバーはほうと小さく息を吐いた。

「彼女の目には何もない。
 喜びもない。怒りもない。悲哀もない。笑顔を浮かべていても、まるで無表情だ。
 あの目は、まるで―――」

 セイバーはこくりと息をのむと、視線をそらす。

「まるで、我々を……いや、世界の全てに『等しく価値を認めていない』とでも言うような。
 そんな、アーチャーの目が……私は、恐い」

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最終更新:2009年03月13日 23:58