「……カン。」

部屋に響く落ち着いた声。
それにパタンと牌を倒す気持ちの良い音が続き―――

「嶺上ツモ。 ……頂きます。」

場に大役を叩き付けた本人。
八神はやてがほうっとため息をつく。

ここは第97管理外世界―――地球
即ち彼女の生まれ故郷。

(…………おい)

そして所は最近、管理局が頻繁に任務で借り出される日本の某県某市である。
度々会議の議題に上がるこのポイントは未だに現地住民とのいざこざ、
介入時の衝突その他諸々で何かと物議を醸し出している箇所でもある。
俗に言う騒乱の渦という曰くつきの場所である。

魔法技術の普及していないこの辺境の小惑星に何故
このような場所が頻繁に現れるのかは未だに謎だが――
ともあれ今日は局と現地の住人との歩み寄りを、という事で
土地の管理者への挨拶を兼ねた会談の席を設ける事に成功したのである。
その大役に任命された二名のうちの一人。
彼女こそ故郷をその星に持ち、優秀な魔道士でもある
これ以上ない最適任者として白羽の矢を立てられたのである。

(しかし驚いたわ。霊脈の管理者っていうから……
 もっと威厳たっぷりのお爺さんとかが出てくるのかと思っていたら…)

(………おい)

従来、時空管理局の介入は徹底した秘匿の元に行われる。
ならばこのように現地の住民とのいざこざ自体、起こる事は極稀だ。
だがしかし、この地はどうやら特別のようだった。
何せ局の隠密に長けた活動を看破するほどの力量の持ち主が
そこら中にウロウロしているというトンデモ・スポットである。
管理局としてもこれ以上、素知らぬ顔で現地に赴く事に限界を感じ初めており
それが故の今回の歩み寄りという判断だったのだろう。

(責任重大……師匠のお付きとはいえ、やっぱ緊張するわぁ。)

そんな重要な会見に臨んでいるのがまだ20歳前後の女性魔道士であるという事実。
彼女が相当優秀なのかよほどの人手不足なのか、あるいはその両方かは定かでは無いが――

(ちび狸コラッ!)

(あ痛ぁっっ!!??)

そんなこんなでおぼつかないながらも何とか会談に勤しむ八神はやて。
しかしてその後頭部に――突如、ごむッッ!という
鈍器がぶつかるような鈍い音と衝撃が叩き込まれる。

(い、たたたぁぁ………し、師匠…
 ゲンコツは堪忍して下さい……一応、女の子ですよ私?)

(堪忍して欲しいのはこっちだバカモンがッ! 見ろっ!)

独特のイントネーションの関西弁で紡がれる不平。
それは盛大な一喝によって掻き消される。
ちなみに声の主はゲンヤナカジマ陸等三佐――彼女の直属の上司だ。

(……?)

初老の上司であり、尊敬する先輩でもある彼が身振りで示す先
対面の相手をチラリと見る八神はやて。そこには――

年頃ははやてと同じかそれ以下だろう。
いかにもお嬢様風のロングヘアの女の子が座っていた。
切れ長の瞳に年頃のそれとは思えない威厳を存分に称えた相貌は若いながらも風格十分。
初めに「彼女がこの地の管理者だ」と言われて我が耳を疑った者も多くいたが
この威厳を前にした今なら存分に納得してしまうというものだ。
そんな彼女が今――腕を胸の前で組みつつ物凄い形相でこちらを睨んでいた……

(………怒ってますね。)

(当たり前だ! 毎回毎回計ったようにプラマイゼロで上がりやがってっ!
 初心者だから丁度いい穴として面子に混ぜたのに何だその神域の闘牌は! 
 これじゃ接待してるのバレバレだろうが!)

はやてから見て右にはゲンヤがいる。
左には背広姿の小太りの男性が額から頬からだらしなく脂汗を浮かべている。
だがそれらよりも今は――カタ、カタ、カタ、と小刻みに響く音が気になってしょうがない。
それは対面の少女が指で椅子を世話しなく叩く音で―――
そのイライラ度がマックスに指しかかろうとしているのが誰の目に見ても窺い知れるというものだ。

(せやけど私、本当に覚え立てですし……これ以上さり気無くなんて…
 うわ睨んどる!下腹がキュンと来ますね。あの目力(めぢから)は。)

(弱音吐いとる場合か! こういうのは相手に接待臭を気づかれたら駄目なんだよ!
 もう少し力の抜き加減を調整してだなぁ。)

(はぁ……難しいものですね。)

正直しんどい。戦場で部隊の指揮でもしていた方がよっぽどマシである。
昇進していくとこういう類の仕事もこなさなければならないのは彼女自身分かっていたが
(特にはやては総合でランクを取得しているから尚更)全く気が滅入る。
今度、友人たちに倣って自分も休暇でも取って骨休めしたいところだ。

「そこ――――ロンよ!」

「あーそれ頭ハネです。」

「ぐっ、ぎ……!」

たまには守護騎士のみんなとピクニックなどいいかなーなどと思案に耽るはやてさん。
ご令嬢の唸り声と共に――――ピシィ、と絶対零度の凍気によって
ヒマラヤ山脈の如く場の温度が下がりまくった現状などどこ吹く風である。

(あ、あほぉぉぉーーーーーー!!!??)

(え? ええ…?)

ムンクの叫びのような顔芸を披露するゲンヤ。
それを横目にビギナーズラックでは片付けられないヒキを見せる自重しないはやて雀士。
背護霊が奇跡を次々と降らせてくれるとしか思えない灼熱の刻――
きっと今は亡き初代・祝福の風が彼女の背中を後押ししてくれているのだろう。
まあ、だが一つ言える事は……それは断じて今この時―――
接待麻雀においては100%、発揮してはならんヒキなのであるが。

(献上牌に何してくれてんだお前はぁぁっっ!??
 今のは相手にアガって貰う手だったんだよ!)

(あー、今のそうだったんですか…)

(ボケっとしてると思ったらやっぱサイン見逃してやがったかぁぁ…!) 

(え、えへへ……)

(えへへじゃねェよ! 見ろ!)

眼前―――あまりの屈辱に、両肩を震わせながらギチギチと歯を噛み鳴らすお嬢様。

その鋭い眼光。黒目が、もはや無いッ…!
いつ光線を出してもおかしくないほどに瞳孔が開き切っている。

(迫力ありますねー。怒った時のなのはちゃん以上や…)

(お前、何とかしろ! 関西人らしく漫才で笑い取れ!)

(えー。無理ですよぅ……私、基本はボケ担当ですし。)

その眼前。全身に魔闘気を纏った鬼娘が
口から紅い蒸気をカッハー!と噴出させ、のそっと動く。

「ふ、ふふ―――ふふふふふ…」

口の端から地獄の番人のようなくぐもった笑いを漏らし
そしてゆらぁ――、と静かに、まるでスローモーションのように
幽鬼の如きおぞましさを伴って立ち上がったのだ。

「―――下がりなさい久我峰。」

その圧倒的な声色は生まれた時より人の上に立つ事を決定つけられた者のそれ。
冷や汗か、脂汗かも区別のつかない体液で顔をドロドロに濡らしながら
ぶふー、ぶふー、と何やら不平を垂れる水ぶくれを一撃で蹴り飛ばし――

「貴方がたの用件は分かりました。
 私たちに喧嘩を売っているという事がよーくね…
 ええ、上等じゃないの―――」

彼女のその髪が赤く紅く――変色していく。

「琥珀ッ!!」

「はいは~~い! ここに控えておりますよ秋葉さまっ!」

「太っちょの代わりに入りなさい。
 ガトリングシフト <略奪>を敷きます。
 遠路はるばるお越し頂いた無礼なよそ者方の身ぐるみを残らず剥いで差し上げてよ!!」

「ええ! ええ! 流石は秋葉さまっ! 
 体制の権力にメスを突き付けるフーリガン精神。天晴れ至極でございますよう♪
 遠野の敷地を侵すならスターウォーズ上等。後ろも見ずに突っ走れって事ですね~~!」

(や、やべえ………一時撤退だ!)

席を立ち、迅速に行動を起こすゲンヤ・ナカジマ。
この辺の身のこなしは流石は管理局の叩き上げ。
いぶし銀の業であると言いたいところだが――

――― ニ・ガ・サ・ナ・イ ―――

紅赤主の真っ赤な紅蓮の檻髪は既に屋敷全体を覆うように張り巡らされ
先んじて脱出経路を全て塞いでいた。

「さあ続きよ―――お座り下さいなお客人。
 翡翠。お茶の用意を」

「かしこまりました。」

阿鼻叫喚の地獄と化した会談の地・遠野屋敷。

(参ったなぁ……生きて帰れるんやろかコレ。)

鼻の頭をポリポリと掻きながらははは、と苦笑いを浮かべるはやてさん。

「お客様……お飲み物は何に致しましょう?」

「あ、何でもええよ…おおきになー。」

「ミ、ミネラルウォーターと……い、胃腸薬をくれっ!
 あとせめて娘達に連絡をさせて欲しい!!」

「申し訳ございません。当屋敷では携帯電話の使用はご遠慮願います。」

控えめで礼儀正しそうなメイドさんによる心温まる応対を受けながら――

(なのはちゃんとフェイトちゃん……今頃、楽しんでるんかなー。)

休暇中の親友二人の楽しげに笑い合っている姿を想像して
微笑を浮かべるはやてさんなのであった。


――――――

場所は変わり、これまた某所某日―――

それは春うららかな日差しが照りつけ、心地よい風が肌を撫でる
そんなとある日常の風景であった。

「ク、、どうした贋作者? 今一度、我を脅かすではなかったか?
 このままでは一時を待たずして掘中を攫ってしまうぞ。 
 味気無い。さしたる名も残せなかったとはいえ少しは英霊の意地を見せてみよ!」

――と呼ぶには聊か無理がある
烈火の如く燃え盛り熱いオトコ達の闘いの咆哮が響き渡る
そんな某所の出来事である。

「ならば見せようか英雄王―――」

先ほどの傲岸不遜を音にしたような声に相対するはこれまた不敵な男。
周囲にガチャンコ、ガチャンコと錬鉄場で歯車の噛み合わさるような音をどこかから響かせ――
また一つ、敵を打破する武具を己が練製陣から引っ張り出す。

「ぬう―――そのルアーは……!?」

「ほう……流石は英雄王。未だ今代には存在し得ぬ
 釣りの歴史を変革する事になるであろう一品――見事看破するか。」

驚きに目を見張る王。
それを前に片手を広げ、誇らしげに語る錬鉄の英霊。

「未だ世に出ぬ試作品ではあるが――従来の物とは比較にならぬ飛距離。
 プリプリと強烈な動きが魚の交感神経を刺激する――ミ○ノ型式XO-633298!
 常識を超えた食いつきの良さから各地の釣堀屋に乙女の美尻と忌み恐れられる一品。
 使わせて貰うぞ英雄王。よもは卑怯とは言うまいな?」

「小賢しい……何が乙女か! 所詮は下卑た意匠の小道具よな!」

チッと吐き捨て、その黒いクラゲのようなデザインをしたルアーに忌々しそうな目を向ける。

「どうしたのかね? まさかとは思うがトラウマでも発動したか?」

「ほざくな。手腕の拙さを視覚で補おうなどという小賢し過ぎる愚考に辟易したまでの事よ。
 そのような手札で我との差を埋められると思うか?
 雑魚とはいえ奴らも見抜いている――その針の先端が宿す格の違いを!!」

「――――格の違いか…………」

両者一歩も譲らぬその戦い。
男の言を受けた赤いサーヴァントがそこで隣をチラ見しつつ――

「―――確かに」

フ、と口元を歪めて笑う。

「「………………」」

その皮肉に過ぎる嘲笑の対象。
オトコたちの暑ッッ苦しいやり取りと無駄に燃え盛る戦場という名の釣堀屋。
そんな最中に―――

「「……………」」

場違いな羊が二頭―――
所在無く置き去りにされたように……ポツンと佇んでいた。

時空管理局・本局局員。
高町なのは教導官と……フェイトテスタロッサハラオウン執務官。

―――10年来の親友である彼女たち

数ヶ月ぶりに取れた休日を楽しもうと
そんな楽しい気分にて訪れた先で――

まさか先の八神はやてと似たり寄ったりな目に会っていたなどと―――

誰にも予想し得ない事だったのである。


――――――

高町なのは。
フェイトテスタロッサハラオウン。
時空管理局の若手トップクラスの魔導士というだけでなく
容姿端麗な若い女性局員であるこの二人。
個々の佇まいもさる事ながら、並んで佇む姿がもっとも絵になるツーショットのコンビとして
局員たちの間でも密かに人気の高い両人である。
常にほんわかとした雰囲気を漂わせ、優しい微笑を絶やさない。
相当な理不尽に対しても「しょうがないなぁ…もう」「そうだね……ふふ」と
慈愛に満ちた表情を崩す事の無い―――そんな二人が…

「「…………」」

今―――――完全無欠に、仏頂面である…。

局のファンに写真を撮って見せてやりたいような顔だ。
どよーんとした空気の中、眼は感情を称えぬほどに白けきり
口は笑みどころか明らかなへの字口を形成し
脇二人の火の出るような打ち合いに挟まれて明らかにげんなりしきっている。

彼女たちが意気揚々と堀内に針を投げ入れはや一時間が経過した。
その結果――イヤミな弓兵の嘲笑がその成果を如実に現しており
堀に浮かんだピクリも動かぬ針が相変わらず水面に間抜けにたゆたっている。
数多の世界を救ってきた熟練の魔道士二人――しかして釣りは素人初体験。

―――この結果は仕方のない事だ

普段、教導を嗜む高町なのはも厳しい難関を潜ってきた執務官であるフェイトも
物事がそんなに早く大成する事はないということは重々理解している。
釣りに限らず、どのような道でもそうだ。
昨日今日始めた素人がいきなり成果を挙げる事などほぼ有り得ない。
昔、どっかの白い魔法少女がその理論に180°矛盾するような活躍を見せた気がするが――
そんなリリカル奇跡は9歳の時点で打ち止めだ。 ―――多分

(別に釣れないなら釣れないで良かったんだ…)

死んだ魚のような目をしたフェイトがまるで喘ぐように虚空を見つめて思う。
例え結果が出なくとも、のんびり空を見ながら談笑に花を咲かせていれば良い。
ただ静かな水面と、悠々と泳ぐ魚と、なのはの笑顔と共に戯れていたかっただけ。
疲労に塗れた友人の心と体を癒したいだけだったのだ。
なのに今の状況――

「さあどう出る英雄王? 緋の猟犬はどこまでも獲物を追っていく!
 その牙はキミの無限の宝物に至る前に悉くを仕留めるぞ!」

「ハ、、今のうちに吼えるが良い――
 大仰に振舞った挙句、その手札を使い果たし
 枯渇した貴様が静まり返る姿が目に浮かぶようだ! フハハハハ!」

轟ッッと金色の王気が吹き抜け、隣にいるなのはのサイドテールを突風で巻き上げる。
ガチャコンガチャコンと騒音甚だしい、錬鉄の歯車を模した固有結界が
かの王気と凌ぎを削り――これまた隣にいるフェイトの鼓膜を破滅寸前に追い込んでいる。
怒声と罵声飛び交う空間に閉じ込められてはや一時間――
流石のフェイトも我慢の限界に達していた。

「す、少しは……!」

静かにして下さいッッ!―――と
人にイヤな感情をぶつけた事などほとんど無いフェイトがついに唇を曲げて
精一杯の抗議の目を英雄王に向けた。

「何だ? おやつでも欲しいか? やらんぞ。」

「………静かに、その…」

しかしゴニョゴニョと言い淀むフェイトの言を気持ち良く一殺する王。
万人の喜怒哀楽の視線を身に受けてきた彼の面の皮は――そこらの政治家よりも遥かに厚い。
この程度の負の感情などカエルの面に何とやら。
我に抗議したくばその10倍は持って来い、である。
この執務官にも巷のオバタリアンの十分の一ほどの豪性があれば結果は違っていたかも知れないが
こればかりは性格だ。どうしようもない。

だがフェイトさんは諦めない。左門が鉄壁なら次は右門だ。
彼女の隣の赤いサーヴァントに精一杯、む~と口を尖らせてみる。

「――――体は竿で出来ている。我が骨子は―――」

気付きもしない弓野郎。
わけの分からない呪文に没頭していらっしゃる。

(だ、駄目だ……)

ガクンと肩を落とし、力なくうな垂れるフェイト。
彼女なりに精一杯の気迫を込めたアイコンタクトは
英霊連中には微塵の効果もありゃしなかった。

(だいたい初期配置からしておかしかったんだ…)

金、白、黒、赤というこの配置。
何故か自分達がこの英霊二人に挟撃を受けるかのような陣立て。
釣りの観点から言ってもただでさえこちらは初心者だというのに
こんな爆釣野郎どもに囲まれていては何も出来るはずがない。
まるで玄人二人とぺーぺー二人の組み合わせの麻雀である。
散々な結果にしかならないのは自明の理――
ぺーぺーは楽しむ事すら出来ずにカモられて終いだ。
この混雑の中、滑り込むように場所を確保した結果がこれ。
初めはその運の悪さ、巡り合わせの不運に怨嗟の声を上げるフェイトだったが――

(違う……それは違う…)

執務官がハッと我に返ったのはつい先ほどの事だった。

(初めに気づくべきだった……なんて迂闊なんだ私は…)

歯噛みした。自身の状況判断の甘さに。
自身の不注意から招いた事実に。
そう、あの時……自分達が入場した時点においても
そして今この瞬間も場内は混雑していて結構な人がいる。
場所を探しながら立ち見している者や休憩所にいて順番待ちをしている者もいる。
そんな混雑の坩堝の中で――

――― ここだけが運良く開いていた? ―――

ポッカリと空いている現・スポット。何故か誰も行かない空間……

――――それを不自然と思わずにどうするというのか…!

(戦術の勉強をしてきた執務官が聞いて呆れる……基本じゃないか…
 今日は脳に霧でもかかっているのかな私は…)

そう。現地の人間があからさまに避けて通る地帯。
それこそ戦場において決して陣を構えてはいけない地雷原。
その淀んだ空気は明らかな危険地帯――
迂闊に足を踏み入れようなら自軍を壊滅に追いやるデッドゾーンなのだ。

ここの戦場を熟知している地元の釣り師の皆さん。
彼らがこぞって避けていた現・地帯。
それは謂わば人知を超えた英霊二人――
つまり二つの大軍に比する戦力が真っ向から激突し、火線交える戦場の中心。
銃撃戦のど真ん中と言っても良い場所だったのだ。
そこにのこのこと足を踏み入れ自軍の旗を立ててしまった迂闊――
実弾が装填されていなくとも、そこは闘気と殺気飛び交う
魔弾の射手同士の弾幕の張り合いである事に変わりはない。
そんなものに挟まれればたまらない。
今、自分達はサーヴァント中もっとも射撃に特化した
「アーチャー」というクラスの、英霊二体の艦砲射撃を両側から浴びているのだ。
為す術もなく蜂の巣になるのは―――むしろ必然であろう!

(まずい……まずい…このままじゃ…)

人差し指をガリっと噛んで現状況の窮地に身を震わせるフェイト。

「なのは……彼らと並び順を変えて貰おう。」

躊躇う必要はなかった。
これ以上ここにいたら全滅する。子供にでも分かる理屈だ。
そしてそうと分かれば―――彼女は早い。
早々にここから退却しようと提案するフェイト。
そうでなければ自分らはこの金と赤のオーラに挟まれて
為す術なく潰され、戦場に屍を晒す事になる。

もはや場所移動は出来ない。それは先ほど確認した。
ならばせめて金、赤、白、黒、という配置にすれば――
少なくとも彼らの間で行われる殲滅戦の最中に身を置く事はなくなる。
この十字砲火の真っ只中で裸身を晒しているような現状から開放されるのだ。
あの金色のサーヴァントはとても交渉に応じるような相手ではない。
だが自分の隣にいる弓兵ならばあるいは――

「…………多分、無理じゃないかな。」

「え……どうして?」

だがここで意外――
そんなフェイトの提案に対して隣の親友
高町なのはが難色を示したのだ。

「あの二人、仲悪いんだよ。」

眉を潜めて言うなのは。

「えと……確かにあまりよくないのは分かるけど…」

拍子抜けするほど明瞭簡潔な答えであった。
だがそれでも一緒に釣りをしているくらいだ。
なら、知人は知人同士、固まって壮絶バトルでも何でもやってくれれば良い。
フェイトの提案は決して間違ったものではない筈なのだ。

「どれくらい悪いかって言うと顔を合わせれば即、殺し合うくらい。」

だがそんな思案に対し、凄い事をさらりと言う高町なのは。
目を見開くフェイト。
なのはの口からさらっと紡がれた物騒な響きにあんぐりと口を空けるのみである。
親友の表情にばつが悪そうに目を伏せる教導官であるが――でも事実だからしょうがない。

「で、でもさっきまでは一緒に……」

「そう。一体、何の冗談で一緒に釣りなんてやってるのか知らないけど
 最初見たときは正直目を疑ったくらいだよ。
 だから二人して何らかの思惑があるんじゃないかって疑ったんだけど…」

確かに絶好の行楽日和ではある。
だがそれでも休日に犬猿の仲であるサーヴァント同士が
仲睦まじくツーショットで釣りなどしている筈がない。
その常識を粉々に粉砕する、赤と金の競演。
未だにその点には懐疑的ななのはだったが、ともかく今は――

「恐らくこの距離……それがギリギリの許容範囲なんだと思う。
 英雄王とアーチャーさんがこの冗談を冗談で許せる間合い…
 だからそれを犯すほどに彼らが近づくって事はつまり……」

ボン、と――なのはが手振りだけで表現する。
互いに嫌悪、敵愾心剥き出しのサーヴァント同士が刃傷沙汰にならない
ギリギリの――謂わばデッドラインを跨いでの交し合い。
これはつまりはそういう事だ。
もし二人をそれ以上近づかせたら―――結果は火を見るより明らかであろう。

この状況下で白いワンピースに身を包んだ華奢な出で立ち。
それでも彼女は管理局随一のエースオブエース。
冷静沈着、山のように揺るがぬ判断は健在だった。

(は、傍迷惑すぎる……)

はたして――そんな阻止限界点を公共の場に張るなぁぁ!!
というフェイトの心の叫びは誰知るともなく虚空へ消えた。
マジで空コンで覆って立ち入り禁止の看板でも下げておけと言いたい。
子供がもし間違えて入ったらどうするのかと問いたいが――全ては後の祭り、なのか…?
そんな右往左往するフェイトの隣で、当の高町なのははというと――

「大丈夫……心配しないで。」

「なのは……」

「―――――勝つよ」

ゆっくりと静かに――己が決意を口から紡いだのだった。

(…………へ?)

執務官が一瞬、何を聞いたのか分からないといった表情でなのはの顔を見る。
するとなのはさんはとてもとても、ファイト満々なステキな横顔をしていらっしゃった。

「多分、熟練者のあの二人がこのスポットを取っているという事は――
 ここが一番釣れるって事……ならあとは何かで二人を上回ればいいんだよ。
 条件は決して悪くない。大丈夫……勝てるよフェイトちゃん。」

ニヤリ、と不敵に笑うミッド管理局一の空戦魔道士。
表情には一点の曇りもなく――
それは精悍なるかな歴戦のエースの常の横顔であった。

「ハ―――」

「フ……」

彼女の言い放った台詞を受けて英霊二人もまたニヤリとする。
やってみろと言わんばかりの二人の様相だ。
今まさに黄金の王気と赤き戦意が渦巻く戦場にて
新たに舞い上がるは白いワンピースの彼女――両肩から噴出す桃色の魔力である。

(えーーーー!??)

前言撤回――冷静沈着どころか共に燃え盛っていた高町なのは教導官。

そうだ……フェイトが気づかなければいけない事は
もっと初めにいの一番にそこにあったのだ。
それはこの英霊二人となのはが出会った時――
親友の声が普段よりも明らかに半トーン下がっていた事。

――その目が沸々と燃えていた事
――既に、なのはさんのスイッチが入っちゃってた事に……

フェイトの与り知らない、それは高町なのはにとっては
因縁浅からぬ二人の英霊との邂逅だ。

力を示さねばならぬ宿敵。
あの初代リインフォース以降、彼女が力を振り絞ってなお
一対一では為す術も無かった古今最強の名を冠する英雄王ギルガメッシュ。

信念を試される宿敵。
正義の味方を目指し、その果てに磨耗した。
いずれ自分が踏破せねばならぬ道を示してくれた男。
とある青年の成れの果て――アーチャー。

そんな相手を前にしてこの不屈のエースが背を向ける筈がない。
その可憐な外見の内に眠る性に火がついてしまったのである。

誤算の上に誤算が重なるこの事態――
いつの間にか成立していた勝負に完全に置いてきぼりを食った執務官。

(あは……あはは、はは…)

だーと涙を流しながら乾いた笑いを漏らすより他に術の無いフェイトさんである。

母さん……リニス……助けて下さい――
その福音を求める聖女の祈りは
場に巻き起こる金、赤、白の燃え盛る闘気によって弱々しく掻き消されていったのであった。


―― ここまでの戦績 ――

  • 英雄王ギルガメッシュ
spec/skill: 八双の黄金竿、金箔のクーラーボックス、???
7HIT

  • 高町なのは
spec/skill: どノーマル、不屈の闘志、ライバルとの邂逅
0HIT

  • フェイトテスタロッサハラオウン
spec/skill: どノーマル、模索した数々の戦略、なのは好き好き
0HIT

  • アーチャー
spec/skill: 緋の猟犬(針ver.)、最新式ルアー、熟練の業
5HIT


――――――

「フェイトちゃん。まずはマニュアル通り一つ一つ試してみよう。
 えっと、堀や水槽などの閉鎖された空間において魚の最も集まりやすい地点は…」

(……なのはぁ)

マジである。完全に本気モードの高町なのはである。
すっかりその気になってしまっている親友を心配そうに見つめるフェイト。

「そ、そうだね……なのはと力を合わせれば何だって出来るよ…」

つられるままに言葉を返す彼女であった。
が、思い描いていた休日の心温まる風景が
キシリキシリと崩れかかっている事実を儚む様子は隠せない。

「普通にやってちゃ駄目だ……自分の持ち味を出して行かないと。」

「も、持ち味……私の場合は機動力。
 何とか生かせないかな…?」

「釣りに機動力をどう生かすというのだ?」

「い、色々出来るよ! ジュース買ってきたりとか…!」

「いや。世話しなく飛び回られてもかなわん。
 周りの客にも迷惑だし何よりあまりバタバタされては魚が逃げる。
 自重してくれ。」

小憎たらしい顔で何やら説教垂れてくる赤いの。
プイッとそっぽを向くフェイト。
顔には「人の気も知らないで…」という批難の視線がありありと浮かんでいる。

「フェイトちゃん。集中して行こう。」

そしてそんな英霊などどこ吹く風で竿に没頭する高町なのは。

(こんな時のなのはの集中力は本当に凄い…)

友達の横顔をまじまじと見つめるフェイト。

(そりゃ一生懸命のなのははかっこいい……
 楽しんでくれているならそれに越した事はないけれど…
 でもせっかくの二人っきりの旅行。もっとお喋りしたいのに…)

焦燥感丸出しで竿の柄をグリグリと力任せに握る執務官。
レンタルの竿がミシミシと悲鳴をあげている。

(私と話すよりあの二人と競い合ってる方が楽しいなんてそんな事はないよね…
 そもそも今楽しんでるのかな……サーヴァントにつられて対抗意識を燃やしてるだけなんじゃ…
 くっ……だからこの人たちはイヤなんだ。
 いつも突然絡んできて知らず知らずのうちに殺伐とした雰囲気にさせられる。
 早々に場所を変えればよかったのかな……? もういっそ強引になのはを担いで退散しようか…
 分からない……どうすればいいんだろ…
 ああ、なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、)

「……………引いてるよ? フェイトちゃん。」

「ひゃあっ!??」

ビクンと伸び上がるフェイト。
勢いのままに力任せに竿を釣り上げる彼女であったが――

――――言うまでも無く餌は魚に美味しくいただかれた後。

濡れそぼった針が虚空に力無くぶら下がっているのみであった。

「あ~勿体無い……駄目だよフェイトちゃん…
 少ないチャンスはしっかりものにしないと。
 食いついたらまずは疲れさせるために暫く泳がすの。マニュアル通り落ち着いていこ?」

(うう……なのはのバカ…)

人の気も知らない鈍感人間がここにもいた。
別に釣りの道を極めるために来たわけではないのだ。
ゆうに一時間――放置プレーされたフェイトさんのなのは禁断症状は限界に達していた。

「穂先に気が篭っていない。気迫が全く感じられない。
 とても雷光と称された魔道士のそれではないな……
 遊びではないのだ。少しは真面目にやったらどうかね?」

「だ……!」

(誰のせいだと思って……! というか遊びに来たんです私達は!)

「フ……睨むのは構わんが水面から目を離さぬ事だ。
 せっかくかかった獲物をまた逃がす羽目になる――」

「睨んでないです。こういう顔なんです…」

「それは嘘だな。顔には性格が出る。
 常時からそのように繭を釣り上げている者には特有の「彫り」というか何というか……
 ちなみに実例をあげると我が不肖のマスターか。
 あの眉間からは常時、皺が消えることがなくてな…
 キミと比べると差し詰め日本オオカミとポメラニアン――」

「遠坂さんに言っていい? 今の」

「それは勘弁してくれ」

苦笑し、アーチャーに釘を刺すなのは。
その親友の顔を見た瞬間――
フェイトの胸がズキンと――

(………??)

微かな違和感を伝えた。

首を傾げて胸を押さえるフェイト。
彼女を尻目にしながらも、弓兵の一旦開いた口はなおも留まる事を知らない。

「先ほども私や英雄王の事を睨んでいたようだが……
 サーヴァントを圧するのならせめてあのナノハくらいの眼力がなくてはな。
 彼女の気迫は時に英霊ですら怯ませた。忘れもしないあの時は――」

「……なのはにあまりそういう事はさせたくないんです。」

「ほう? 何故かね?」

「なのはは本来、可愛い魔法少女ですから。
 今では誰もが戦場の狼みたいな扱いして来ますけど……」

今ですら魔法少女として崖っぷち。
すんでの所で踏み止まっているというのに――
これ以上「威圧」とか「戦慄」とかのskillを鍛えさせるのはどう考えてもマズイ。
しまいには看板を下ろされて「戦記もの」にされてしまう。
最近、ことにそういった心労で頭を悩ませているのだ。これ以上はマジで勘弁して欲しい。

「―――生憎だったな」

「何がですか…?」

「いや何でもない。
 ここは笑うところかね?と問いたい自分を寸での所で律しただけだ。」

「笑いたいなら笑えばいい……」

「ふむ、何とかは盲目というが――
 キミはもはや重症だ。あらゆる意味で救いが無い。」

「なのははかわいいよ。貴方に何が分かる…」

「フェイトちゃん。気にせず行こう」

執務官とは対照的に不屈のエースは英霊の茶々に全く動じない。

何かもう色々、慣れたもんである―――


――――――

「フィーーッシュ!」

「ふん――当たりだ」

かれこれ二時間ほど糸を垂らしてもまるで代わり映えのしない水面。
しかし隣では相変わらずのイレグイ状態だ。
堀の魚は何度もキャッチアンドリリースを繰り返される内に学習し
針にかかっている餌の持っていき方を覚えてしまうという。
だからそう簡単に釣り上げられる筈がないのだが――
ならば隣のあの有様はどういう魔法だというのか?

これは素人玄人の経験値以前に何か重要な事を見落としている――
長年のキャリアによる勘でそう感じ取るエースであったが、そこまでだ。
それが何であるかまでは全く届かない。

だがともあれ、このままでは埒が明かない事は確かである。
竿から活きの良いフナが跳ね上げられる度に二人の悪魔のような瞳が
試行錯誤を繰り返す彼女たちを嘲笑うかのようにギョロンとこちらに向く。

「酷い……これみよがしに…
 完全に潰しに来てる…!」

フェイトが唇を噛む。
それはまるで己が縄張りに入り込んだ余所者を威嚇して叩き出す
サバンナの獣の如き世界であった。
自分達は所詮、迷い込んだ草食動物――
為す術も無く排他、捕食されるしかないというのか…?

「フェイトちゃん。向こうは別に不正してるわけじゃないよ」

「で、でも…」

「潰されるならそれまでの事……
 条件は同じ筈。何かが、何かが足りないんだ…」

(なのはぁ…)

何とかこの場を離れるか、彼らと袂を分かちたい。
その意思は今でも変わらないフェイト。

対して親友には何か引けない理由でもあるのか――?
あくまでこの両者の挟撃を真っ向から受けながら頑張ろうとする。
こうなってしまったらこのエースは不退転の要塞だ。テコでも動かない。

「餌を小刻みに動かしてみるといいかも知れない…
 生餌の方が食いつきが良いっていうし。」

己が手順を一つ一つ確認するように口ずさみ没頭する彼女。
であったが、その言を受けたのか横で盛大なため息が一つ。
なのはが横目で見やると――

「――――針を上げてみたまえ。」

「……」

赤いサーヴァントが不適な顔のままなのはに指示を出してくる。
無言でそれに従い、そのまま釣り針を上げる高町なのは。
すると―――

「………あ」

――練り餌は、影も形もなかった。
恐らく水面に落ちてしまったのだろう。

「そのような激しい動きでは市販の練り団子が水圧に耐えられる筈もあるまい?
 すぐに水中で溶けて針から落ちてしまう。」

腕を組んで傲岸不遜に
呆れたような笑みを浮かべながら語る弓兵。

「基本的にキミの手つきは大雑把なのだ。繊細さに欠ける。
 釣り道は奥が深く、キミの極めた戦技と同一に語れる筈もない。
 自身の性能――その頑丈な装甲が餌にまで適用されると思わぬ事だ。」

「さっきから分かった風な事を言わないで欲しい…! 
 なのはは十分繊細だ! 教え子に反発されたり陰口を叩かれたりして
 トイレの中で一人落ち込んでる姿なんかとってもキュートで抱きしめずにはいられないほどだ!」

「フェイトちゃん。ちょっと頭冷やそうか…」

「あ、なのは……駄目…その顔は駄目……」

「ク、、難儀なことよな。自らの安上がりな装備にすら考えが行き届かぬとは――
 日頃、いかに恵まれた武装に胡坐をかいているか分かろうというものだ。」

「それ、貴方にだけは言われたくない。」

―――はぁ…

口撃の応酬にため息が混じる。
流石に三者との途切れぬやり取りを続け、喉がカラカラになってしまう教導官である。

「糖分も足りないな……甘酒下さい」

「毎度ー。」

水面に浮かんだ針に集中している思考を一旦戻し、一息入れる。
このまま終始、気を張り続けたのでは到底持たない。
売り子の男の人から缶の甘酒を受け取りクピ、クピ、と啜りながらに――
横目でチラッと英雄王を見やる。

(………楽しそう)

遊びとはいえ負けん気の強いなのはである。
こうまで差をつけられると流石に悔しい。
この男との邂逅はその大半において戦いとなり、いずれも芳しい結果を残せない。
その上、遊戯ですら彼の足元に及ばないなんて――それはとても悔しい事だ。

釣りというのは当たり前だが他人が釣っているのを見てると本当に楽しそうに見える。
ことに黄金の王はまさに止まらぬイレグイ状態。
垂らせば食いつくと言わんばかりの爆釣ぶり。
自分だってと気ばかりが先行してもまるで結果が伴わない。
こうやってどれだけ観察しても―――自分と男の差が分からない。

昨日今日始めた者と熟練の者にはちょっとやそっとでは埋まらない差があるのは分かる。
だがいくら何でも、こうまで取っ掛かりがない状態では―――
流石のエースオブエースも焦りに駆られ、気が滅入ってしまうのも無理からぬ事だった。
横目に感じる彼――英雄王ギルガメッシュ。
相変わらずのエターナルゴールドを纏ったその神々しい出で立ち。
悔しいが本当に威風堂々という言葉がピッタリとくる佇まいだ。
その極彩に光る男を脇に感じつつ―――

(……………)


――――ん?


(………………あれ?)


…………

ここでなのはが微かな違和感に気づく。

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最終更新:2010年11月29日 16:50