「陸上警備隊104部隊で指揮研修中の八神はやて一等陸尉です。臨時部隊の指揮を任されています」
応援部隊を率い事故現場に到着したゲンヤ・ナカジマはまだ若い女性管理局員の出迎えを受けた。
歳の頃は彼の娘とそう変わりがないようであり、一般論で言えばこの大事故の指揮をとるのは難しいように思われたが
娘達を一刻も救いたいゲンヤにとっては見た目などは大して重要ではない。彼女が優秀であるかどうかだけがゲンヤの関心事であると言えた。
その点八神1尉の指揮は事態をよく掌握し、適切に行われていると出迎え後になされた状況報告から覗えたので
ゲンヤは指摘事項もなく指揮を引き継いだ。
「お前さんも魔導師かい」
「はい…広域型なので空…から支援を…します」
対処の手際は見事だったが、この少女の表情には覇気がなかった。これほどの大事故なら多少委縮するのも仕方ないことかもしれない。
初動対処は上手くしてくれたのだからゲンヤはそれ以上望まないし、平常心を欠いている状態で前方に出すのは上官として簡単に許すわけにはいかないことだった。
「体調が悪そうだしもうここは俺に任せな。お前さんはよくやってくれた。あとは本職がやるさ」
「いえ、大丈夫です…前に出ます。指揮はお願いします」
「おい!……はぁ仕方ねぇな。なんかしくじったら俺が責任とってやるか。ギンガとスバルは助かりそうだし、最悪の事態も回避できそうだ」
娘二人が救助されたことを聞いて少し気が緩んでいたゲンヤにはSランクを超える魔導師を制止術などなかった。
ゲンヤの制止を振り切ったはやてを遮るものはすでになかった…
「歩くロストロギア」であり
質量兵器を連想してしまうほどの巨大な魔導
八神はやては普通の人間の域を超えたある種、純粋な破壊力を内包していた。
もちろん、凄まじい力を持っていたとしても人であるならば、その良識の元、凶悪な事件など起こすはずもない。、
彼女の意思あってこそ6年前の大破壊の危機も回避されたのだから。
だが、今の彼女は6年前の彼女でなく、胎内は邪悪な意思に蝕まれていた。
「はやてちゃん…」
「いかせちまったあとでなんだが、どっか悪いのかいお前さんの上司は?」
飛び立ったはやての方角を見つめる小さな空曹は心配という感情を体中から発していた。
「はやてちゃんは最近おかしいんです。時々口調が男っぽくなったり、らしくないきつい口調だったり」
「…年ごろの娘だから難しいのか?いや、そんな雰囲気じゃなかったが…」
初対面の相手を把握するのは容易ではない。ゲンヤははやての適格な指揮ぶりと思いつめたような翳りのある表情の
落差がどうも胸につかえたまま、答えの出ない思案をしたまま指揮車の中で事故の行方を見守るのだった。
(わくわくする?ちゃう!そんなん私はやらん!私は私、誰とも…繋がってなんかないっ!
私の楽しいことは…ヴォルケンのみんなと一緒に殺り…ちゃう!)
はやては上空に待機しながら、自分の心から漏れ出す悪意に驚愕していた。油断すれば意識を持って行かれそうになる、
シュベルトクロイツをにぎる手には自然と汗が滲む。
「八神っち、準備整いまいた。お願いします」
そんなはやての状況を知るはずもない局員は下から覗き、声をあげる。
ぼんやりとした表情のはやては単調な口調でそれに答えた。
「了…解……仄、白き、雪の王…銀の翼以て、眼下の大地を白銀に、染めよ…来よ…氷結の…息吹…
アーテム・デス・アイセス」
詠唱完了とともに出現した圧縮された気化氷結体は瞬時に空港を凍結させていく。そして…
「すげーこれがオーバーSランク魔導師の力って…うわぁあああああああ!」
宙に浮いていた2人の局員にも氷の息吹は降り注ぐ。
「や、八神1尉!止めてください!俺達まで!……」
次の言葉を紡ぐことなくその口は永久に閉ざされた。力を失い、地に落下した人体は白銀に染まり、
すぐに見えなくなる。
首都航空部隊が到着したのはその僅かに後だった。この事件において、
民間人に被害はなかったが、管理局員2名が行方不明となり、その行方が明らかになるのはしばらく後のことだった。
――夜
「…私、多分、あの人達をころ…殺してしまったんやな…罪のない人を殺してしまった…
殺人犯や…なぁ、なのはちゃん、フェイトちゃん、私…やっぱり犯罪者なんかもね…
…ふふ、二人共、そんなに美味しそうな首筋見せとると食べてまうよ?……………て、私、何を言って…な、なんや?このイメージ?
そんな?首筋に歯を立てて?あ、かん…なのはちゃんとフェイトちゃんなんやで…私は2人のこと、大好きやけど…血…なんて
飲みたくなんか…ノミタイノミタイ、ホンマハ、ノミタイ…い、いや、わ、私…ワタシ」
寝息を立てる友人の傍で息荒く困惑するはやて。
「はやてちゃん…」
リインは明らかに精神的に異常をきたしているはやてを悲しげにみつめる。リインには主を救う手段をそう浮かばない。
ただ、リインには自分たちの存在がはやてにまだ悪影響を与えているのかもしれないと漠然とした不安があった。
「なら、私にできるのははやてちゃんの中を確認するだけです!」
熱に浮かされたようなはやてに無許可でユニゾンを仕掛ける。リインがはやてに触れると室内が一瞬光に包まれれ
はやては外見の変化とともに呼吸の乱れもなくなり、意識を失い、そのまま眠りに就いた。
「あれ、はやてちゃんどうしてユニゾンしてるの?」
なのはは朝、目を覚ますと胸をもみしだいている幼馴染に目をこすりながら問うてみる。胸のことはもう気にしない。
「んー。よーわからん。リインも感じんし。あ、そや私しばらくアルクェイドに会いに地球に帰るからせっかく来てくれた
二人には悪いんやけど今すぐいくから。ちょっと堪忍や」
そういうと着衣の乱れを直し、はやては身支度にかかり始め10分と経たずに部屋から消えた。
残されたなのはとフェイトはあまりのことにポカンとしたままだ。
「なのは、アルクェイドって誰?」
「さぁ?私もしらない」
「危なかった…胸揉まなかったらなのはちゃんの血…吸うとこやった…
…リイン…ありがとな…リインのおかげで、最後の理性、保てたよ。
理由はさっぱりやけど、アルクェイドって人に会えたらなんとかなりそうな気がするんや。
だから今は地球に…」
体の中の何かに食われたのかはやてのなかにリインの存在はなく、ドス黒い汚染された魂があるだけだ。
それはもう、八神はやてと不可分のなにか。
地球へ向かうはやての頬には涙、愛娘というべきリインはすでにいないのだから。
最終更新:2009年05月13日 06:22