ああ―――そうか

それはこの自分が、誰よりもこの自分が――
彼女の白い翼に魅入られていたからに他ならない。

改めて言うまでも無い。
かつて闇に沈みかけていたこの身を強引に引っ張り上げてくれた
再び空の、世界の青さを感じさせてくれたのはこの翼だ。

あの一生懸命、戦う姿を、困難に立ち向かう姿を
強い相手に真っ向から立ち向かっていく瞳を――
一番初めに見たのが他ならぬ自分だった。
一番長く見てきたのが他ならぬ自分だった。

こうして飛ぶなのはに助けられ――
こういうなのはと共に歩む事を決め――
こういうなのはのカッコ良さにずっと触れてきた――

―――止められる筈がないのだ

自分はこの不屈のエース・高町なのはに完全にイカれてしまっているのだから。


―――――やる事を思い出した


初めから危険な道だって分かっていたし、覚悟して選び進んだ道だった。
ならばこういう局面で自分がすべき事なんて――
自分がどうするかなんて既に決めていた事じゃないか。

「なのはを――――助ける……」

「!」

そうだ。この赤いサーヴァントに言われるまでもない。
なのはが戦っているのならそれを助けるのが自分の役目。
いや、なのはを守る事は自分に与えられた「権利」だ。

「フ……そうだ。 ―――元よりその身が成すべき事は一つ」

何かよく分からんが自己解決したらしいと胸を撫で下ろすアーチャー。
良い方向に転がって万々歳の弓さんがご機嫌宜しく締める中――
虚ろな目に危険な光を灯しフラフラと歩き出すフェイト。
英雄王とエースオブエースが並んで立つクロスポイントへと向かう。

「おい……堀に落ちるぞ! 
 そっちじゃない! 右三十度に軌道修正だ!!」

もっと、ほとんど寝起きからの強制的な覚醒だ。
覚束ない足元に泥酔者のような後姿。
それを誘導する弓兵は最後まで気苦労が絶えない。

(ええい……大丈夫なんだろうな?)

「なのは」

「フェイトちゃん…?」

そんな感じで紆余曲折――

「勝ちたい?」

「え?」

ついに高町なのはの元に辿り着く最強ユニット。

「勝ちたい?」

再度、親友に問いかけるフェイト。
そのえも言わぬ迫力に押されながらも―――

「うん……負けたくは、ないよ。」

はっきりとフェイトに告げるなのはであった。

   了承――なら、往く!

そう。なのはが勝ちたいと願うなら自分はその手伝いをするだけだ。
ライトニング1・フェイトテスタロッサハラオウン――
機動6課最速の魔道士が今、ようやっと戦場に降り立った瞬間である。

「フ――全く世話の焼ける。」

ニヒルに笑うアーチャー。
正しく蘇生したかは責任が持てないが―――
もしかしたらTウィルスに感染したゾンビを送り込んでしまったのかも知れないが――
ともあれこれで全ての駒が揃った。
額の汗を拭うアーチャーの顔が一仕事を終えたと如実に物語る。


ここまでの戦績

英雄王ギルガメッシュ
spec/skill : ―――
24HIT

高町なのは
spec/skill : 獅子奮迅、エンプティ間近
6HIT

フェイトテスタロッサハラオウン
spec/skill : ATフィールド、暴走、覚醒
0HIT

アーチャー
spec/skill : 策士、弁士スキル
20HIT


――――――

「……………遅いよ。フェイトちゃん」

待ちに待った援軍の到着だ。
流石のなのはも感極まって声が上ずってしまう。
百万の援軍を得たに等しい気分。
喜びから、その親友の手をぎゅっと握り締めてしまうのも無理はない。
鬼に金棒とはこの事だ。
ふにふに、と 柔らかい金棒であるフェイトの手の感触を今一度、大いに楽しむなのは。
普通なら他人の力を無闇に当てにする彼女ではないが、隣にいるのがフェイトならば話は別だ。
なのはにとってフェイトは最も近しい存在。
フェイトにとってなのはは己が一部といっても過言ではない。
――――いわば対の翼のようなもの。
星の翼がたくましく力強く羽ばたけば、雷の翼はしなやかに何よりも速くはためく。
そうやって幼少の頃から、ずっと一緒にやってきたのだ。この二人は。

「ごめんね……なのは」

それなのに長い事――対である白き翼を孤立させてしまった。
フェイトがおもむろになのはに近づき、ツインテールの栗色の髪に被われた頭をぎゅっと優しく抱き寄せる。

「わ……わわ…」

突然の大胆な行為に驚くなのはさん。
感極まっているのはフェイトも同じだった。

何を惑う事があったのか――この腕に抱かれた己が命よりも大事なもの
それを守るのは自分だ。
誰にも傷つけさせはしない。

せっかくの休日に繰り出した心温まる二人だけの時間は
悪魔のような顔をした赤と金のサーヴァントによって散々に、それはもう散々に引っ掻き回された。
だが所詮、それは状況の一つに過ぎず
例えどんな場合っであれ、自分がすることは初めから決まっていたのだ。
それは断じて――不運を嘆き、なのはが戦っているのを尻目に停戦だ、絡みたくだ、ないといって逃げる事ではない。

―――――共に戦う事。
あの金色サーヴァントの言う事を肯定するつもりはないし
あの赤色のサーヴァントに言われるまでもなかった。
なのはの傍でなのはを助けようと誓った自分が、なのはよりも先に膝を折ってしまってどうする?
助ける対象よりも先に状況に屈してしまってどうするというのか?

(ごめんね……なのは)

――逃げる事ばかり考えていて、ごめん

何度も何度も口で、心の中で親友に謝罪する。
本当に今日の自分は何をしていたのか。
親友が戦っている時、横でのほほんと見ていただけだ。
こんな事で何がパートナーだ…何が友達だ…

(勝たせる。私が……)

パァァン!と日和った自分の頬を両の手で挟みこむように叩くフェイト。

「……………、」

その衝撃でフラフラとその場に膝から崩れ落ちそうになる。

「フェイトちゃんっ!?」

「だ、大丈夫……問題ない」

気合を入れすぎて脳震盪に陥るその視界。
だけど――このくらいでいい。
なのはを孤立させて一人で闘わせてしまった不実の代償がこの程度なら安いものだ。

「私も本気を出す。勝ちに行くよなのは…」

「う、うん!」

この白い翼は自分の目の黒いうちはどこまでだって力強く飛んでいくんだ。
こんなところで惨めな敗北を喫するなんて似合わない。
なのはが満面の笑顔を取り戻し、フェイトの目に力が灯る。
強大な英霊二人を相手にして今までは実質単騎で闘っていたようなものだ。
だが、今は違う――今、再び星光と雷光が場に並び立った。
勝負はここに来てようやく振り出しに戻ったのだ。

「ほう。既に大勢は決したが―――ここにきてまだ策があるというのか?」

大仰に目を見張るアーチャー。白々しいにもほどがある。
対してギルガメッシュは………無言。
本来ならばこんな時、大いに哂い見下し、立ちはだかってくるこの男。
それが不気味なほどに―――無言。

「戻ってきました………さっきの決着をつけるために」

沈黙の王に自分から突っかけていくフェイト。
おっとりとした性格の彼女がここまで戦意を露にするのは極めて稀だ。
相当に気勢が充満しているのが窺い知れる。
だが当のギルガメッシュは――

「――――、」

やはり黙殺を続けるのみ。
彼女に一瞥をくれただけで己が竿に没頭するのみの王を見て
なのはもアーチャーすらも怪訝な顔をする。

「どういう事だ……何故、奴までアンニュイなのだ?
 あの英雄王だぞ? 天変地異の前触れか?」

「分からない。洗面所から戻ってから、やけに静かだと思ってたけど…」

「いいよ。どうせ私のことなんて歯牙にもかけていない……そういう事だろうから」

そちらがあくまで無視するというのなら問答無用で勝負を決めてやる。
そしてさっさと終わらせて――こんなところとはおさらばだ。

「でもフェイトちゃん。悔しいけどアーチャーさんの言ったとおり……
 今からまくるのは相当厳しいよ? 何か作戦はあるの?」

相手は百戦錬磨の英霊。
こちらが惑っているのを待ってくれるほど甘くは無い。
コンビ復活が少々遅すぎたのか……勝機はほとんど残ってはいない。

「………任せて」

だがフェイトはなのはに対し、一言。
未だかつて無いほどの自信を感じさせる言葉を返す。
その表情を見て―――

(フ、フェイトちゃん……?)

――背筋が震える高町なのは

「……………!?」

そう、それは何か覚悟を決めた者の――
死地に赴く兵士のような儚い光を称えた目をしていた。
何だろう―――何だろう? この不安は…
なのはの胸に灯った先ほどの高揚感がすっかりなりを潜めてしまう。

そして始まる。
伝説の幕開けだ。

垣間見よ――

雷光の名に恥じぬフェイトテスタロッサハラオウンの決死の乱舞を――!


――――――、………


どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!???



その瞬間―――

近隣一体に響き渡るほどの地響きと
人々の尽きせぬ怒声と歓声と嬌声が―――場末の釣堀内から轟いたのであった。


――――――

自身を落ち着かせるように――

彼女はその場でゆっくりと息を吸って、吐いた。

眼前の金色のサーヴァントをキッと見据え
頭をすっぽりと覆っていた帽子を――ゆっくりと取るフェイト。
途端、周囲の口からほうっというため息が漏れた。

それもそのはず。
今まで男たちと奮闘し、目立っていたのはワンピースの女性一人。
故にその隣にいるキャップ姿の少年(?)の事など誰も見向きもしなかった。
てっきり外国人の少年と思われていた彼女の髪――
流れるような金の長髪が今、白日の下に露になったのだ。

ワンピースの女性も健康的な美人だったが、新たに現れたその金髪の凛々しい美貌。
ルビーのような赤胴色の瞳に砂金を塗した様な長髪はまさに魔性の美しさを醸し出す。
付近の親父どもの目を見張らせるに十分な神域の美貌がそこにあった。
やはりこの佇まいこそが本来の彼女―――
雷光の女神と称されるその出で立ち。改めてなのはもゾクっと鳥肌が立つのを抑え切れない。
執務官・フェイトテスタロッサハラオウンが本当に帰ってきてくれたのだ。

次いで彼女は肩から羽織っていたスポーツジャケットを――ゆっくりと脱ぐ。

その静かなる気迫が衣服の下から滲み出る
そんな只事ならぬ雰囲気、錯覚に周囲がざわめいている。
空気が震え、パチパチとプラズマ現象が起こっているかのような―――

更に、スーツを――おもむろに脱ぐ。

まるでこれから荒事を仕掛けるかのような、それでいて粗暴な荒々しさなど微塵も無い――
果し合いに臨む騎士の如き凛とした仕草。
事情は分からないが、あの金髪の男に対する因縁めいた感情は傍から見ても分かる。
まさか本当に掴み合いの勝負でもしようと言うのか――?ただならぬ緊張感に場が支配されていく。

シャツを――脱いだ


………………ん?


ジーパンを脱、、

………………


「どえええええええええええええええええええええええええええええ
 ええええええええええええええええええええええええええええええ
 ええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!!??」

―――場は鉄火場となる…………


色んなイミで湧き上がる観客。
野次馬の一人が熱燗を吹き出して引っくり返る。

親子連れの父親が子供の両目を目隠しする。そして自分はしっかりと凝視する。

10万前後もする釣竿をポトリと取り落とし
それにすら気づかずに光景を目に焼き付けるオヤジもいた。

―― 「マジ」と書いて「脱ぐ」と説く ――

フェイトテスタロッサハラオウンが文字通りの一糸纏わぬ本気モードへと移行し
大衆の前でフォームチェンジを敢行。

そう――戻ってきたのだ
脱げば脱ぐほど強くなる――
裸身活殺拳の正当伝承者・フェイトテスタロッサハラオウンが!

「そんなわけないでしょうっ!!!」

―――突っ込みを入れる高町なのはさん。

「フェイトちゃん! 脱ぎすぎっ! 脱ぎすぎっっ!」

「―――ソニックモード…」

「何言ってるの~~~!!!?」

完全に目が据わり、己が全力を示唆する言葉を紡ぐライトニング1。
それをはかい絞めにし、バインドを施すもはや顔面蒼白の高町なのは。
衆目に魔法を晒してしまうが、まあフラフープだとでも行っておけば誤魔化せるだろう。

(な、なんで……!?)

しかし、なんでこうなる?てっきりこのまま良い話で終わると思っていたのに。
狼狽する高町なのはがふと何かに気づいたように弓兵の方を向き――

「アーチャーさん……何を…
 フェイトちゃんに何を吹き込んだの…?」

成り行きを見守る弓兵をギロッと見据えて問いかけた。

「吹き込むとは心外だな。
 ただ彼女にキミを助けにいかないのか?と促しただけだが――」

「………それで何でこうなるの!?」

「フ……責任転嫁も甚だしい。
 彼女の異変はナノハ―――全てキミの所業によるものだぞ?」

「……?」

「彼女につれなくし過ぎだ。キミは……
 普段は冷静で隙の無い彼女が高町ナノハに起因する時になると精神に多大な負荷をきたす。
 そんな思いつめたあの娘を発破として促し、人間爆弾に仕立て上げて送り込むのは極めて容易な事だった」

相当、必死こいていたように見えたのは気のせいだろうか?
ともあれ続けるアーチャー。

「我らへの牽制に心身を裂き、キミへの気遣いも忘れずにここまでやってきた彼女。
 しかして英雄王の相手に現を抜かして振り向いてくれない想い人。
 焦がれ続け、あらゆる負荷により孤独に苛まれた彼女の精神は既に磨耗し切っていた。
 ――――最後のリミッターを躊躇い無く解除するまでにな!」

「………っ!」

「全ては勝利のための布陣。薄氷を踏むようなタイミングとバランスではあったが――
 よもやこれほど上手くいくとは思っていなかった。
 フ……つくづく感謝するぞナノハ。キミらがいたおかげで英雄王を労せずして抑える事が出来るやも知れん。
 流石に単騎でアレと張り合うのは骨が折れるのでね。」

邪悪極まりないにもほどがある………
悪代官よろしく企みをつらつらと並べ立てるアーチャー。
その顔はいつもの底意地の悪い笑みを称えていて
ぶっちゃけ殴りたい顔というものはこういうのを指して言うのだろう。

(完全に嵌められた……)

一筋縄ではいかない事は分かっていたというのに
度々くれる助言に良い気になって少しでも彼を信じた自分がバカだった。
悔しさに唇を噛むなのはの後ろで―――

――ごきん、ごき、ぐきん

と鈍い音が鳴り響く。

「!?」

振り向くとそこには、全身の関節を外して
軟体動物のようにくにゃりとリングバインドを縄抜けるフェイトの姿があった。

「ええーーーーーっ!?」

かなりの魔力をぶち込んだ拘束魔法だ。
数分は動きを止めておけると踏んでいたのに――
確かにあれなら普通にディスペルするより遥かに速い。
ゴルゴも真っ青の神業である。
そして同時にファサリ、と―――布が地面を叩く音が響いた。

「あぁぁぁ……」

なのはが手で両目を覆い、短い悲鳴を漏らす。
そこには豊満な胸とVラインを最低限隠すのみの黒い下着を纏った金髪の女神――
何の躊躇いもなくスーツとズボンを脱ぎ捨てたフェイトの姿があったのだった。


――――――

「フェイトちゃんしっかりして………! 
 私、そんな事望んでないよ! 普通に楽しめればいいんだよ!」

「なのはを勝たせる………なのはを勝たせる………なのはを勝たせる………」

高町なのはの悲痛な絶叫も今のフェイトには届かない。
まるで呪文のように己が目的に邁進するフェイト。
その姿は己が信じた正義に殉ずる聖者の如し。

(駄目だ……止まらない!
 こうなったらもう一度バインドかけて、砲撃で意識を飛ばして…)

あくまで砲撃愛である。
このまま親友を羞恥に晒すくらいなら完全に落とした後、一気に撤退するのが一番速い。
そう思い立ち、レイジングハートの柄を握るなのはの耳に――何か聞き覚えのある曲が。

それは二つ隣のおじさんのラジオから――

   今は前だけ見ればいい♪
   信じる事を信じればいい♪

   愛も絶望も羽になり♪
   不死なる翼へと~♪

「はにゃッ!?」

なのはが幼少時の時のような素っ頓狂な悲鳴を上げる。

(プ、Pray……!?)

あわわわと狼狽するエースオブエース

「い、今その曲をかけちゃダメぇぇえッッッ!!!!」

「うおおっ!?」

「止めてッ!! 今すぐッッ!!」

なのはの剣幕におっさん、大いにびびる。
急いでラジオを止めさせるも――時既に遅しッ!
フェイトの目に灯ったマグマのように熱い炎はもはや鎮火不能。
魔力が、闘気が、気勢が、まるで昇竜のように迸り、金の裂光が稲光と共にフェイトの周囲に巻き起こる。
あからさまに戦闘力が――いや、そんなものではなく
もっと根本的な力が……存在の力そのものが増大している!
通常の二倍、三倍とも言える値で!

衛宮士郎におけるEMIYAと同様、PrayをBGMにして進むフェイトは無敵だ。
もはや、高町なのはでも止められない。
バインド+スターライトブレイカーの直撃でも彼女は耐え切るだろう。

何だこれは…何なんだこれは……
まるで個の力ではどうしようもない波が押し寄せてくるような――
悪魔が、この最悪の状況を後押ししているような――
なのはがまごついている間にも半裸の天使は歩みを止めない。
後ろで束ねた見事な金色の長髪を、なのはの竿から伸びる糸にくくりつけ始める。

何を……この上、何をする気なのかって―――ああ、もう分かった!
何をしようとしてるのか一目瞭然!清 々しいほどに分かってしまう!

「フェイトちゃんっ! 駄目ぇ!!」

なのはが駆け寄って手を伸ばす。
必死で親友の体に手を伸ばす。
だが―――

その手がフェイトの肩に届く事はなく―――瞬間、交錯する赤い瞳が――

――― 行ってくるね… ―――

とだけ告げていた。

「はぁ!」

なのはの手が空振りし、空を掴む。
そしてそこにあった筈のフェイトの肢体が地を蹴り気合一閃、宙にその身を躍らせて
そのまま半回転ほど決めた後、勢いよく堀の中―――

水中にダイブしていたのだった………


――――――

既に常識という範疇から超えた
ルールという一線など無きに等しいこの勝負。
謂わばレギュレーション違反も倫理もクソ食らえ。
ことに餌周りに関しては既に英霊達が神界の果実や未来のルアーすら登場させてしまっている。

ならば――ならばルール無用の戦いならば――

人が餌になっても、何の問題もないであろう!

アーチャーの見立ては正しかった。
彼女がこの戦場において正しく機能すれば――元より一瞬で勝負は決するのだ。
どんな状況でもオールラウンドに闘えるフェイトであったが
ことに水属性が支配する戦場においては彼女は無敵を誇る。

何故なら彼女は「雷光」―――

水気漂う戦場においてその力はまさに無双。
最強の傍若っぷりを発揮するのは自明の理。
まるで体操選手のようにその場で数mほど宙に舞い上がり、堀の中にダイブしたフェイト。
凹凸豊かな体が水面を叩いた瞬間――ばっしゃーーんという水を叩く音が場に木霊する。
美しい流線型の体が完全に水中に消えるまで時間にして一分足らず―――
普段のなのはならば止める事も出来ただろうが
彼女のみならず皆、冗談のような展開に飲まれ、止める事はおろか一歩も動く事さえままならなかった。

人魚姫が水中に没し、静まり返った水上。
その水面にブクブクと空気が上がってくる音だけが聞こえる。
なのはが、アーチャーが、客が、目を見張り、固唾を呑んで見守る中―――

「………あ、」

この中で唯一「その」兆候を感じ取る事の出来るなのはが間の抜けた声を上げた後―――


――――― バリバリバリバリバリバリバリ、、、、、!!!!!!!!!!


と、水面にプラズマが走る音が響き渡る…………

まるで水上に花が咲いたような美しい紫電の軌跡だった。
金色の線が蜘蛛の巣のように水面一杯に広がり
水が泡立ち、騒然とし、海水のように波だつ。

そして―――――

――― 全てが、終わった ―――


ぷかーーー、と―――

突如として襲い来る落雷に打たれた魚。
彼らは身を守る術も抵抗する意思も持つ事を許されず
力なく水面に浮きあがって…………その死屍を累々とさせるより他に術を持たなかったのであった。

あまりの事に二の句の繋げない大衆。
惨状にシーンと静まり返る釣堀場。
そんな中、ヘナヘナと正座座りのようにその場に腰から崩れ落ちる高町なのは。

(えらい事になった……)

と―――ヒクヒクと痙攣するその頬が

もはや事態の収縮が不可能だという事を暗に示していたのだった。


――――――

餌は魚を釣るための道具に過ぎない。
餌そのものが自律行動をして魚を引っ掛ける――捕獲するといった行為は認められいない。
故に餌に過ぎないフェイトが水中で魔法を使うわけにはいかない。
故に彼女がやったのは体内を覆うオーラを開放したのみ。
それならば、自身の肉体から自ずとこぼれる物ならば――
自身の取ったアクションとは取られない。撒き餌から滲み出る血のようなものである。

故に彼女の行動はルールでは何の問題も無い。
そしてあとは結果をごろうぜよだ。
裸体となった彼女の素肌から直接溢れ出た電流は魔法という媒体を使わずとも膨大かつ強大。
魔力特性「電撃」がこの水面全体に独りでに流れ込み――この結果を叩き出す。

顎が外れかかっている観衆…
無表情の英霊さんたち…
呆然と見守るしかないなのはを前に…

水面がもこりと盛り上がり、ばしゃーーんと――
まるで芸を仕込まれたイルカのようにその肢体を跳ね上がらせて水面から躍り出るフェイト。
クルクルと宙で回転する肉体。水上を舞う黒い下着の人魚姫。
その艶かしさ、瑞々しさを前にして
唖然としながらも、客の中に無様に前かがみになっていらっしゃる者がいるのも無理からぬ事。
そして人魚のごとき肢体が息継ぎを終え、また堀の中に潜水する。
後ろ手に大量に浮かぶ魚の群れを従え、美しく潜行するは音に聞こえた雷速の魔道師ライトニング1。

当然―――死屍累々と評した筈の魚は実は一匹たりとも死んではいない。
プカプカと浮いている彼らは皆、気絶しているだけだ。
全て彼女の絶妙な魔力コントロールの賜物。非殺傷設定の電撃魔法だ。

「―――――良い友達を持ったな」

「……ありがと」

「―――――あそこまでしてくれる者はそうはいまい」

「……私もそう思う」

「まあ当然……キミ達は反則&迷惑行為で退場だがな。
 後は私に任せて、はや帰り支度でも済ませたらどうかね?」

「……………」

弓兵がしれっと言い放つ。
確かにこの所業は餌としての定義には微塵も抵触してはいない。
だが―――

――― 他のお客さんのめいわくになる行為はやめましょう ―――

という基本的なルールをぶっちぎりで破ってしまっている事にフェイトは気づけない。
法の専門家のフェイトがこんな基本的な過ちを犯すなんて――サルも木から落ちるとはこの事か。
腕を組んでしてやったりの弓兵の言葉に空ろな魔道士が辛うじて受け答える。

「……それで? この後、どうやったら貴方の勝ちになるのかな…?」

「ふん……簡単な事だよナノハ。キミらのいなくなった後の戦場――
 これより先の戦いは彼女の電撃によって水揚げされた魚をひたすらに拾い集める戦となる。
 気絶した奴らに対し、餌や道具の質&量で勝る英雄王のアドバンテージはほぼ消え
 あとは今後、とにかく速さのみを競う勝負となる――そして!!」

組んだ腕を広げ、手を前面に出して猛るアーチャー。

「そして速さならば我が無限の剣製は――王の財宝の一歩先を往くッ!!」

まさに錬鉄の英霊の筋書き通り。
これは事実上の勝利宣言と言っても良いであろう。
歴史に埋もれた反英霊――剣製の極致を極めし孤狼が今、全てに牙を剥くのだった。


――――――

以上、そんな弓兵の能書きをただ黙って聞いているなのはさん。
いつもの穏やかな笑みはすっかりと消え失せている。
目の前の堀は既に雷神の住処と化し、何人たりとも手を出せない。
そんな雷の池で相変わらずシンクロナイズドしてるフェイト。
何か吹っ切れたような顔をしてる彼女の瑞々しい表情―――
たぱーんたぱーん、と……いつまでも上がって来る素振りすら見せないかけがえの無い親友。

そんな救いようのない状況の中―――
取り残されたなのはさんは呆然とした表情のまま
ナイフのように鋭くなった目で横の弓バカを凝視していた。

「相変わらずの戦上手ってとこか……計算づくだったんだね。全て」

抑揚の無い乾いた声で言う。
周囲の空気がビリっと凍りつき、精霊が得体の知れない恐怖に苛まれ震える。
だが悦に浸ったアーチャーは―――彼女の様子に全く気づいていない。

「どうかな……最後は正直、出たところ勝負だった。
 まあ、どちらに転んでも私の不利に働く事はあるまいと踏んではいたが
 決め手はキミ達の美しき友情と絆の深さという事にしておこうか。
 持つべきものは親友―――羨ましい限りだぞナノハ。キミらは間違いなくベストパートナーだった。」

フン、と鼻で笑う弓兵。アホである。
堤防が決壊するか否かの最後の一線を軽々と踏み越えてしまった事に彼は気づかない。
流石は一人、勝利に酔う事に慣れ切った英霊。空気の読めなさも伝説級だ。

「さて。先ほども言ったがナノハ。
 そのベストパートナーの最後の仕事がお待ちかねだ。」

「…………」

こんなに近くでぷつんッ!!という、何かがブチ切れる音すら――
この酔っ払いは気づかないのだから…………………

「あの電気ナマズをさっさと水揚げしてくれないか? あれでは勝負の続きも出来ん。
 春先の行水で体も冷えている事だろう。早急に水気を拭い、温かいものを飲ませる事をお勧めする。
 あとは私がこの戦いに終止符を打った後、茶くらいは馳走するのであそこのベンチで待――」

―――――――――― きゅお、 ――

「 ぐ ほ ぉ ッ ッ ッ !!???」

空気を切り裂くような音が耳をつんざき
次いでごめしゃああぁぁああ、!!!!という鈍い炸裂音が響き渡った!

ライフルのヘッドショットを食らったかのように弾け飛ぶ白髪の頭部!

のけぞる赤いコートの肢体から跳ね返るように弾け飛び、地面に落ちたのは………ウーロン茶の缶。
たった今、高町なのはの手からオーバースイングで投げ放たれた
中身のたっぷり詰まった350ml砲である。

「ぐおおおおぉぉぉぉおおおッッッ!!!!????」

踏ん反り返った姿勢のまま吹き飛び、悶絶する弓兵。
サーヴァントとはいえこれは痛い。

「バッ!!? 何をするのだキミはッ!!
 今のはサーヴァントを立派に殺せる威力だぞッ!!」

声を荒げて糾弾しようと体を起こしたアーチャー。 
―――で、あったのだが……

空気の読めない鈍感男も今ようやく悟る事となる。
目の前のワンピースを纏ったモノが
魔法少女から別の存在に変わってしまっている事に。

「―――――――は、」

盛大に顔が引きつる弓さん。

「………………大げさだね。
 バーサーカーの攻撃すら凌いだ人の言葉とは思えないよ。」

ニコリともせずに答えるなのはさんである。

「お、落ち着け………キミはつくづく洒落というものが通じない娘だな…
 そんな事ではこの先の人生、とても苦労すると思うのだが、どうか――」

「洒落で人の親友を辱めたり裸に剥いたりしたんだね。」

「いやいやいやいやっ!! 待てっ! 祭りの場では互いの暗黙の了解としてだな!
 自身に割り振られた配役を演じる事が舞台を円滑に回す秘策となる!
 生真面目な女戦士に、いじられ役の気弱女性! 傍若な悪役!
 とこう来れば、残る配役は狡猾な策士しかあるまい! これも配役の妙と言うものだ!」

「へえ……配役なんだ。
 じゃあ最後まで演じないと舞台の幕は降りないね。」

「さ、最後まで――?」

「そう。最後まで」


――― 正義の味方に退治されて果てるまで ―――


なのはの右手に350ml砲の次弾が装填される。

何という皮肉か。正義の味方になりたかった青年は時を経て――
知らずのうちに正義の味方に倒される側に回っていたという事だ。

「おお、落ち着けと言っているのだっ!!!
 たかが釣りの勝敗で暴力に訴えるというのか!?
 幾らなんでも大人気ないとは思わんか!?」

「お互い、大人気ないよね。ほんと……
 で、結局何がしたかったの貴方は?」

「フ……此度、応じた召還において私にさしたる存在意義もない。
 故に叶えたい願いもありはしない。だがこの身はこれでも守護者の端くれだ。
 戦いに生き、痕跡を残した英霊として、此度駆ける戦場を彩るもまた良しと (じゅ、――)」

語り出すアーチャーの頬の、数ミリほど右を――何か高速の物体が通り過ぎる。

焼けた頬の焦げ臭い匂い。耳が捉えた風切り音。
弓兵のクラスである自分をして舌を巻くソレの脅威。
もはや小型のレールガン並の威力と速度を持ったものだと断定できる。

「ごめん。もう少し分かりやすく言ってくれる?」

しかして目の前には、更に彼女の次弾。
桃色の魔力がたっぷりと乗ったCCレモンの缶が己が額に真っ直ぐに向いていたり…

「そ、そんなものをところ構わず乱発したら危険だと思わんか!?
 キミがそれほどに迂闊な魔道士だとは……!周囲の客に当たるとは考えないのか!?」

「私、その手の誤爆、した事ないんだ…」

「ああそうだなっ! そうだったなッッ!!
 大したものだキミの空間把握能力はッッッ!!!」

―――英霊の弱点は生前のものに起因するという

ならば今の弓兵の弱点――

鳥肌が立っている。生前の恐怖が蘇る。
遠坂凛とセイバーと――
そして彼女の共同監修で衛宮士郎に施された―――

――― 士郎くん「無茶」矯正プログラム ―――

あかいあくまと金の獅子もさることながら
このしろいまおうのパートは鬼そのものだった。
無表情で人の体を絞り上げてくるアレはまさに地獄―――

   何が「あくまでいいよ…」だバカタレ!
   こっちが死ぬッ!!死んでしまうっ!!

生前の自分の言葉が――否、悲痛な叫びが脳裏に木霊する。
これ以上、彼女の凝視に耐えられず男の背中を向けて語りだすアーチャー。

「見苦しいぞナノハッ……キミらは見据えた未来において
 どのような困難が降りかかろうと――その覚悟を決めて戦場に立つ事を選んだのではないのか!?
 ことに今、この場に至って闘うべきは己自身!
 フェイトとてキミの勝ちたいという願いの元にあのような凶行に身を委ねたのだ!
 その想いもまぐほあっ!?」

警官は後ろを向いた相手を撃たない。
正義の味方は相手の口上の途中で攻撃はしない。

ああ、嗚呼……

でもそんな常識――
このしろいあくまに通用する筈がなかった――


尻に強烈なサイドキックが突き刺さる。
赤い背中が重力を無視したように弾け飛ぶ。
女の蹴りの威力じゃない……そのまま放物線を描いて堀の真ん中まで運ばれ――
ばしゃーーんと着水する赤い背中。

「ぬわーーーーーー!!?」

そして池の中からサーヴァントの断末魔が木霊する。

非殺傷設定の電撃は魔力で編まれた肉体に容赦なく大ダメージを与える。
池に張り巡らされた稲妻に絡め取られ、もがき苦しむ弓兵。
ここに来てなのは&フェイトの合体技の餌食になるサーヴァント。

更にそれだけではない。
男の持つルアー。竿。地上に陣取った数々の小道具。
それと糸が上手い具合に器具一式に引っかかり―――
タパーン、タパーン、とドミノ倒しのように纏めて堀に落ちていく。
当然、魚を囲ってあるボックスも―――水没していく。
ボックス内の魚が悠々と堀に還っていく様を見据えつつ―――

「自分と闘って喜ぶのは貴方だけで十分だよ。」

エースオブエースの冷たい台詞と共に――
悪の弓兵は悪辣な手段で溜め込んだ貯蓄を全て吐き出し、自らも池の藻屑と消えた……

それが多分、ソイツの最期の光景――

ソイツは策に策を重ねた末に
最後はその自分の策に溺れ
堀に溺れて―――あっさりと死んでしまった。

―――さようなら、アーチャー


「おおぉぉぉおおおっっっ!!!」

…………

―――こんにちわ、アーチャー


「今日一日の釣果がぁっ!! いくら何でもこれはあんまりだぞナノハッ!!
 魔法少女を謳っておいて慈悲の心の一片も持ち合わせていないとはどういう了見だっ!!?」

つくづくしぶとい男である。

「まだだッ! まだ終わらせぬッ! せいぜい手を抜け魚どもッッ!!
 その間にせめて失った半数は引き戻してくれる!!」

魔力ダメージ付きの電撃のプールをタパーン、タパーン、と爆泳しながら
浮かんだ魚を拾い回る白髪野郎。この執念はホントどこから来るのだろう。
聖杯戦争、本気でアングラーのクラスを設けてやった方がいいのではと思わずにいられない。

「ふう……」

そんな憎めない悪漢に思う存分、制裁を叩き込んだ高町なのはが溜息をつく。

「…………真面目な時はあんなにかっこ良くて強いのに…」

真剣勝負で、自分に本当の意味での敗北を味わせる事の出来る相手――

ギルガメッシュですら彼女の心までは折る事は出来ない。
そんな不屈のエースオブエースを一度
心身共に完膚なきまでに叩き折りかけたほぼ唯一の相手だというのに――

反骨心とか、あるいは憧れとか
そんな得も知れぬ感情を抱かせられた男。
その痴態を前にとても複雑な気分にさせられながら――

「まったくもう……!」

頬を膨らませてむくれる高町なのはさん。

決死のバタフライ決めているあの背中に対し――べーー!と舌を出すのだった。

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最終更新:2010年11月29日 16:59