第十二話「ナンバーズ」
首都クラナガン地下道
本来ならば常に薄暗い筈の地下道。
その場所を複数の車両に取り付けられたサイレンが周り赤く照らしている。
車道の周りには侵入禁止を告げる黄色いテープが張り巡らされ、その内側では何人かの警官が現場検証を行っている。
スバル達フォワードメンバーがクラナガンに到着したのと同じ頃、ここでトラックの横転事故が起こった。
横転した車体の所々が凹んでおり、その周りには積んであったであろう荷物が散らばっている。
その場所へ静かに足音を響かせながら近付いていく人物がいた。
管理局の制服を身に纏い、長い紫の髪が印象的な一人の少女。
「陸士108部隊ギンガ・ナカジマ陸曹です。
現場検証のお手伝いに参りました」
敬礼をしながら自身の所属を告げたギンガに現場の責任者と思われる男が同じように敬礼をし礼を言った。
今回の横転事故の応援を頼まれ派遣されてきたのだ。早速、今回の事故の状況説明を聞き始めるとギンガはその内容に微かに眉を潜めた。
トラックの運転手の話しによればこの地下道を走っている最中に突然積み荷が爆発し、その影響で横転したと言うのだ。
辺りを見渡してみるとトラックに積んでいたと思われる物が散らばっている。
缶詰に飲料ボトル、食料品etc…。
どれも爆発するような代物ではなく、その事に疑問を感じていた。
更に警官に話しを聞くと妙な遺留品があると言う。
トラックの車体がある少し先へと足を運ぶギンガ。
そこにはあったのはカプセル型の機械の残骸と幼い子供一人が入れるくらいの空のポッド。
「ガジェットドローンⅠ型の残骸……。
それに……これは生体ポッド……?」
首都クラナガン中央公園
午後の休暇を満喫していたスバル達一行は、休憩がてらにこの中央公園に訪れていた。
式は一人でベンチに座っており、スバルとティアナは目の前の露店でアイスを買っている。
「全くスバルのやつ…。
案内してくれとは頼んだけど、あんなに急いで周らせる事はないだろうが…」
スバルの真骨頂である無茶な強引さのお陰で本日何度めかの溜め息を吐かされている式。
前々からアイツの強引さは注意してはいたけどまさかここまで面倒くさいものになるとは…。
これからは念を入れて警戒をしておこう……などと他人が聞いたら確実に苦笑必至な式らしくない変な決意を固めていた。
「それにしても……一ヵ月しか経っていないのにもう跡形もなく直ってるなんて…。
これもやっぱり魔法の力なのか?」
そう言いながら、式は周りをグルッと見渡す。
ガジェットの攻撃によって目茶苦茶にされた面影はなく、今は親子連れやカップルなどで賑わっている。
そんな事を考えていると何故だか懐かしい気分が込み上げて来る。
この場所は自分がスバルとティアナに初めて出会った場所。
その事がほんの一ヵ月程前のことなのに妙に昔のように感じられていた。
「ははは……。
俺がこんな感情を持つなんてな。
少しは胸の空っぽが埋まった、と言う事か。
少なからずアイツらのおかげだな」
式はこんな事を考える自分に苦笑していた。
あの時の……二年間という長い昏睡状態から目覚め、生きている実感がなく空っぽだった自分自身がいた事を考えれば随分と変わったものだと思ったからだ。
「おまたせ~、式の分のアイスも買ってきたよ~」
そんな事を考えていると、上機嫌な顔をしたスバルが両手に四段重ねのアイスを持ちながら戻ってきていた。
ティアナの方は片手に二段重ねのアイスとカップアイスを持っている。
「おいスバル……オレは冷たい物が苦手だから買ってこなくていいって言ったよな?」
「あれ、そうだっけ?
だけどせっかく買ってきたんだから式も食べようよ。
ここのアイスって美味しいから結構有名なんだよ~?」
とか言いながら既に自身のアイスにかぶりつくスバル。
その表情はまさに幸せと言った感じで、式は少々呆れていた。
「取り敢えず受け取っておきなさい式。
スバルの言う通り、ここのは美味しいから食べてみる価値はあるわよ?
もしいらないんだったら私が食べてもいいんだけど?」
仏頂面をしながらアイスを目の前に差し出すティアナ。
始めは断ろうと思っていた式だがアイスを見て、唐突にティアナに幹也の姿を重ねてしまいその気も失せてしまった。
「いや……やっぱりもらう。
悪いなティアナ」
「さ、最初から素直に受け取ってれば良いのよ」
式に素直に礼を言われまんざらでもないティアナの姿を見てスバルは笑みをこぼしていた。
「あはは~、ティアのツンデレ~~」
「うっさいバカスバル!!」
「あいたぁ!?」
余計な一言を言うスバルに問答無用でゲンコツを入れるティアナ。
そんな二人の漫才を呆れ顔で見ながら、式は黙々とアイスを食べ始めていた。
そんなほのぼのとした空気が流れる中、突然に鳴り響いた電子音。
それはスバル達の各デバイスから流れでていて、緊急の要件を告げるためのものであった。
内容はレリックを所持していた女の子を保護したというものであった。
サードアベニュー・F‐23
エリオとキャロの連絡を受け、スバル達三人は合流地点である路地裏に集合していた。
既にレリックの封印処理はキャロが済ませており、女の子の方は途中で合流したシャマルが応急処置をしている最中である。
「それにしても……この女の子どうして下水道なんかを歩いていたんだろう……」
「そうね……。
普通に考えれば何処からか誘拐されて、その犯人から逃げたしたと言うのが一番妥当な線だろうけど……。
レリックを持っていたことを考えるとそう簡単に説明がつく事でもないわね」
「そうだな……。
レリックはロストロギアの中でもかなり危険なものだ。
金目当てのちゃちな誘拐犯が持っているような代物でもないしな……」
静かに眠る少女の横顔を見ながらフォワードメンバーはそれぞれの疑問や推測を口にしていた。
その周りでは合流した陸士部隊がなのはやフェイトと共に現場検証を行っている。
「うん、バイタルデータを見る限り特に異常はない、怪我の方もかすり傷だけだし深刻な問題はないから安心していいわ」
「良かった…」
シャマルの言葉を聞いてそれぞれが安堵の表情を浮かべる。
だが式だけは全く違う感情を抱いていた。
(何だ……今の妙な気配は……?)
ほんの一瞬ではあるが確かに感じた微かな気配。
その気配の人物を探そうとと周りを見渡すがそれらしき姿は何処にもない。
いや、式からしてみれば姿がないのは当然の事だろう。
「それじゃあ皆はこのまま此所で現場捜査。
式は念の為に私と一緒にヘリで待機だから、みんなよろしくね」
なのはの言葉に軽く返事をしながらも、式は感じた気配が気になっていた。
その気配の持ち主は自分が死闘を繰り広げた敵であり、本来ならばこの世にはいない筈の人物であるからだ。
だが自身の直感が、今までの経験がそいつがここにいることを明確に告げている。
「それじゃあなのはちゃん、悪いけどその女の子をヘリまで運んでいってもらえるかしら?」
「あ、はい」
シャマルの頼みで静かに眠る少女を抱き抱える移動するなのは。
フォワード陣はその場から離れ、式も周りに注意を向けながらフェイト達の後に続くようにヘリへと向かった。
数十分後
機動六課指令室
巨大モニターに映し出される地下水路の地図。
そこにはフォワードの位置を示す青色の点が四つ、そして敵の存在を現す赤色の点が三つ表示されている。
小形のモニターが目の前に開き、地下水路を移動する機影の姿が映し出された。
「ガジェット来ました!」
映し出されたのは三機一組で移動するガジェットⅠ型改。
進路は真直ぐにヘリへと向かってきており、狙いはレリックで間違いという結論になった。
「他に数機ずつのグループで移動するガジェットを確認!
総数……約二十です!」
「更に海上方面にてガジェットⅡ型を補足……数六十です!」
その報告にはやては眉を潜めた。
上空のガジェット部隊はなのは達隊長陣を投入すれば問題はないだろう。
だか、いかんせん数が多いからある程度時間が掛かるだろうし、フォワードメンバーへの援軍もどうにかしないといけない……。
さっきシグナムからはこちらに向かっているとの連絡があったが間に合うかどうかは微妙な距離だ……。
そう思案していた時に入ってきた一本の通信。
はやては一時思考を中断し回線を開き、モニターを展開させる。
そこに映し出されたのはスターズ分隊副隊長ヴィータだった。
『スターズ02からロングアーチへ。
こちらスターズ02、海上で演習中だったんだけどナカジマ三佐が許可をくれた。
今現場に向かってる。
それからもう一人』
ヴィータの通信の後に割って入ってきた音声のみの通信。
『108陸士部隊ギンガ・ナカジマです。
別件捜査の途中だったのですが、そちらの事例とも関係がありそうなんです。
参加しても宜しいでしょうか?』
「うん、お願いや」
はやてはギンガとの回線を開きながら、各隊長陣との回線を開き指示を出し始める。
「それじゃあスターズ02はリィンと合流した後南西方向上空を、スターズ01とライトニング01は北西部上空の敵を迎撃。
ストームレイダーの方はシャマルとウイング01が護衛。
フォワードメンバーはギンガと合流して地下水路の敵を迎撃しながらレリックの確保。
皆頼んだで!」
『了解!!』
市街地
廃墟の屋上に佇む一つの人影。
屋上から伸びている一本の鉄塔、その頂上で悠然と佇む紫の髪が印象的な少女。
名はルーテシア・アルピーノ。
強風が吹きながらも足場の小さい鉄塔の上をバランスを崩すこともなくジッとしている。
そこに入った一本の通信。
無言でモニターを展開すると、そこには一人の女性が映っていた。
ウェーブが掛かった薄紫色の長髪が特長のナンバーズNo.1、ウーノ。
『ヘリに確保されたケースとマテリアルは妹達が回収します。
お嬢様は地下の方に』
微かに頷きながら承諾の意識を示すルーテシア。
『騎士ゼストとアギト様は?』
「別行動……」
『お一人ですか?』
「一人じゃない……」
そう言うとルーテシアは右手を前に掲げる。
キャロのケリュケイオンと同型のブーストデバイスであるアスクレピオスが静かに輝く。
手の甲に紫炎が燈り、そこから六角形の形をした黒い物体が出現する。
それを手で優しく包み込み頬に寄せる。
「私にはガリューがいる……」
『失礼しました。
強力が必要でしたらお申し付けください。
最優先で実行します』
ルーテシアは頷き、その言葉の後ウーノからの通信は切れた。
「行こうか……ガリュー……。
探し物を見つけるために…」
彼女の足元に紫色のベルカ式魔法陣が出現する。
その直後、魔法陣と共に彼女の姿は消えたのだった。
場所を移し、ルーテシアがいた所から数キロ離れた廃墟群。
その一角にある廃墟の屋上に佇む一人の人物。
黒い袈裟のようなコートを羽織り、まるで僧侶のような出で立ちをした壮年の男。
目の前にはモニターが開いており、そこに流れている映像を静かに見つめている。
そこには隊長陣達と共にヘリに向かう式が映し出されていた。
「まさか貴様までこちらに流れついていようとはな……。
これは好都合だ……」
そう言うとモニターを閉じ、常に曇っていた表情が微かに綻ぶ。
「この地にて『根源』へと至る道を開く為に……貴様には再び糧となってもらうぞ両儀式……」
ストームレイダー内部
『スターズ01、ライトニング01、現場に進行。
あと一分程でエンゲージです』
『スターズ02、リィン曹長と合流』
『フォワード陣、ガジェットの目標点に進行中。
このペースなら先行できます』
『スターズ01、ライトニング01エンゲージ』
上空にて飛行を続けているストームレイダー。
その中で通信機から流れてくる現場状況を聞きながら私は内部で待機していた。
今回、自身の出番がないとは思いながらも、先程の気配が気になってか一応警戒はしていた。
敵は数は多いとはいえ所詮ガジェット。
その程度の奴等に機動六課のメンバーが遅れを取ることは先ずないと確信はしていたがどうしても嫌な感覚は拭い切れなかった。
その事を頭の片隅に置いておきながら、先程から管制室と見知らぬ陸士――確かギンガ・ナカジマとか言ってたな――との間で続けられている通信に耳を傾けた。
『私が呼ばれた事故現場にあったのは、ガジェットの残骸と壊れた生体ポッドなんです。
ちょうど五、六歳の子供が入るくらいの。
その近くに何か……思い物を引きずったような跡があって……それを辿って行こうとしたした最中、連絡を受けた次第です』
多分こいつの言う生体ポッドの中に入っていた奴が、私達が保護したあの子供なのだろう。
引きずったような跡と言うのも十中八九、鎖で繋がれていたあのレリックケースの事で間違いない。
『それから……この生体ポッド、少し前の事件で似た物を見た覚えがあるんです』
『私もな……』
『人造魔導士計画の素材培養機……』
その言葉が聞こえた時、少女を看護していたシャマルが動揺した表情を浮かべるのが見えた。
人造魔導士計画……。
詳しくは知らないが優秀な遺伝子を使って人工的に生み出した子供に薬や機械やらを使って強い魔導士を作りだそう、みたいな計画らしい。
この話しを聞いたとき、何処の世界でも人は結局同じような事を考えるものだと正直呆れを感じていたりした。
この世界の魔導士と言うのはトウコ達みたいな魔術士とは違って遺伝や血筋など一切関係なく、完全に先天性の能力らしいからそう言う技術が生まれたのだろう。
実際、なのはやはやては元々魔法とは一切関係のない世界の住人であるし、私も退魔の家系であるとはいえこの世界の魔法技術とは無関係の人間だ。
だが、この計画も論理的な問題や技術、コストに見合った結果が得られないなどの問題が色々とあるらしく、今では禁忌とされているらしい。
多分、あの子供もどっかのイカれた奴が実験の為に作り……いや、生み出した素体なのだろう。
『スターズ01、ライトニング01、共に二グループ目をクリア。
順調です!』
『スターズ02とリィン曹長も一グループ目撃破です』
どうやら空の方は順調らしい。
このまま特に何ごともなくいけば直に戦闘は終わるだろう。
だが、そうは問屋が下ろさないらしい。
『航空反応増大!
これ……嘘でしょう!?』
すっ頓狂な声を出しながらアルトが報告している。
どうやら面倒な事になったらしい。
「ディレクティ、管制室のコンピュータとデータリンクしてこっちに空の状況を映し出されるか?」
『No problem master.
Little waiting…』
数秒後、管制室で見ているのと同じモニターが目の前に展開した。
見てみるとガジェットの数がさっきまで確認されていた数の倍以上にまで増加している。
どうなってんだ……?
「ディレクティ、この敵が誤認の可能性はないのか?」
『There is not the possibility.
A report from Ms,fate seems to be the formation where that consisted of it by an actual machine and a vision if I get together.
(その可能性はないです。
ミスフェイトからの報告によれば、あれは実機と幻影によって構成された編隊です)』
……こっちの連中に大量に増援が来たように見せつけたと言うことか?
そういう派手なひきつけをしたと言うことは……目的は別にあるのは間違いな。
『ロングアーチからウイング01へ。
式聞こえる?』
「どうしたシャーリー?」
『もう気付いてるとは思うけど、多分敵はヘリを狙ってくると思うの。
今なのはさんがそっちに向かってるけど、いざという時はお願いできる?』
「別に問題ない。
そろそろ体を動かしたい時間だったしな。
……ん?
なのはがこっちに向かってくるってことは空のガジェットはどうするんだ?」
『今八神部隊長が限定解除して、超長距離砲撃で一気に殲滅できるから問題は無しだから心配しないで』
「……了解」
シャーリーとの通信を終え、私は立ち上がり軽く体を伸ばしながらバリアジャケットを装備する。
「さてと……そろそろ何が目的か確かめさせてもらうぜ……」
フォワード陣+ギンガがヴィータとリィンの援護を受け被疑者を確保した頃、廃墟都市の屋上では二人の少女が静かに待機していた。
大きなメガネを掛け白いマントを羽織るナンバーズのNo.4、クアットロ。
もう一人は長髪の茶髪を薄黄色のリボンで結んだNo.10、ディエチ。
彼女らはボディースーツ系の衣服を着用し、ディエチの方は布で巻かれた巨大な物体を持っていた。
「ディエチちゃん、ちゃんと見えてる?」
「あぁ……遮蔽物もないし、空気も澄んでる。
良く見える」
彼女達の目には、約数km先で飛行するヘリが映し出されていた。
普通人間の肉眼ではこんなに離れた場所を視認することはまずできない。
しかし、彼女達はそれを平然とやってのけていた。
その理由は瞳に埋め込まれた機械であり、これによって彼女達は優れた望遠能力を有していたのだ。
「でも良いのかクアットロ……撃っちゃって。
ケースは残せるだろうけど、マテリアルは破壊しちゃうことになる」
「うふふ…。
ドクターとウーノ姉様曰く、あのマテリアルが当たりなら、本当に“聖王の器”なら砲撃くらいでは死んだりしないから大丈夫だそうよ」
ディエチの質問を微笑みながら甘ったるい口調で返答するクアットロ。
その答えに興味がないのか無表情で返し、抱えている巨大な物体の布を外した。
そこから出てきたのは大型のライフル。
ディエチの固有武装であるイノメースカノンだった。
「?」
その時、クアットロの元に一本の通信が入る。
モニターを開いてみると、そこにはナンバーズのNo.1ウーノが映し出されていた。
『クアットロ、ルーテシアお嬢様とアギト様が捕まったわ』
「あ~ら。
そう言えば例のチビ騎士に捕まってましたね」
『今はセインが様子を伺っているけど……』
「フォローします?」
先程の愛想良い振る舞いと打って変わり、悪意ある表情を浮かべながら問い掛ける。
『お願い』
その一言のあとウーノとの通信は切れ、クアットロはクイッと眼鏡を持ち上げた。
『セインちゃん?』
『あいよ~クア姉』
クアットロが念話を繋げると陽気な声が帰って来た。
相手はナンバーズのNo.6、セイン。
『こっちから指示を出すわ。
お姉様の言う通りに動いてね?』
『う~ん、了解』
次にクアットロは念話の相手を拘束されているルーテシアへと繋げる。
『は~い、ルーお嬢様』
『クアットロ……』
『何やらピンチのようで?
お邪魔でなければクアットロがお手伝い致します』
『……お願い』
『は~い、ではお嬢様…?
クアットロの言う通りの言葉を…その赤い騎士に……』
そう指示を飛ばすクアットロ。
その表情は口元を歪め怪しげな笑みを浮かべていた。
戦闘区域から全速力でヘリの元へと駆け付けたなのは達は肉眼でその姿を確認できるまでの位置にまで接近していた。
「見えた!」
「良かった…。
ヘリは無事」
まだ無事な状態を見て安堵したのも束の間、市街地にて高エネルギーが確認された。
それは管制室やなのはとフェイト、ガジェットⅡ型を掃討していたはやて、そしてヘリに乗っている式も気付いていた。
一方ビルの屋上、イノメースカノンを構えながらヘリへと照準を定めるディエチ。
そのカノンの銃口には七色に光り輝くエネルギー弾が生成されていた。
「ISヘヴィバレル発動……」
IS(インヒューレントスキル)。
戦闘機人である彼女達が魔力以外のエネルギーを動力源とした特殊技能のことを言う。
この技能はナンバーズのメンバーそれぞれが異なるものが与えられており、特定の分野に特化されている先天固有技能である。
ディエチのISヘヴィバレルは固有武装であるイノメースカノンにエネルギーを送り込み砲撃弾を生成、それを撃ち出す技能である。
彼女の足元にはテンプレートと呼ばれる何重もの円が回転しながら、不規則に動き回る魔法陣とは異なる特殊な陣形が展開されている。
それと同時期、ルーテシアは先程から自身に尋問をしているヴィータに対して、クアットロから言われた台詞を口にしていた。
「逮捕は…良いけど……大事なヘリは放っておいていいの……?」
「お前……どうゆう事だ?」
その言葉に訝しげな表情を浮かべながらルーテシアに詰め寄るヴィータ。
フォワード陣もルーテシアの突然の言葉に眉を潜める。
「あと十二秒…。
十一…十…」
ディエチもイノメースカノンの照準をヘリへと向けながら、カウントダウンを開始する。
「……あなたは…また………守れないかもね………」
「ッ!!」
ルーテシアのその一言がヴィータにある光景を思い出させる。
ボロボロになったレイジングハートに血で真っ赤に染まったバリアジャケット、そして傷だらけになりながらも自分を心配させまいと声を掛けるなのは。
そして
「発射……!」
刹那、イノメースカノンから砲撃魔法に匹敵する程のエネルギー弾が放たれた。
廃墟都市を破壊しながら、轟音と共に物凄い速度で目標であるヘリへと真直ぐに向かっていく。
ロングアーチをはじめ、肉眼で視認することのできたなのは達やヘリにいたヴァイスやシャマル、式も向かってくるエネルギー弾を目にしていた。
あと少しでエネルギー弾がヘリに着弾しようとした時、その光景を見ていた誰もが“撃墜”という最悪なイメージを思い浮かべ背筋を凍らせた。
『ある一人』を覗いて。
ドヒュン!!
「あら?」
「へ?」
その音が鳴った直後、エネルギー弾がヘリから放たれた何かによって貫かれ、跡形もなく消滅した。
打ち消したのではなく完全に『消滅』させたのだ。
その光景にクアットロとディエチはただ唖然とし、ポカンと口を開けることしかできなかった。
「砲撃が……消滅した?」
「そ、そんな馬鹿な…。
跳ね返される未だしも、消滅するなんて本来なら有り得ない……」
先程の衝撃から回復したディエチが慌てて瞳に仕込まれたカメラでヘリを確認する。
そこには……。
「ギリギリ間に合ったか……」
そう呟き、式は構えていた物を下げながら安堵の息を漏らした。
目の位置には照準器と思われる赤いバイザーが展開され、手に握られているのは一振りの弓。
レヴァンテインのボーゲンフォルムと酷似しているが、あちらは全体的な色合いが赤なのに対してこちらは蒼、他にも所々の装飾品などが異なっているのが見て取れる。
この弓はディレクティ、セカンドモード『アーチャーフォルム』。
ディレクティの中で唯一、遠距離戦に対応しているフォルムである。
レヴァンテインのように刀身の一部を矢とし、それに魔力付加を施して放つのとは違い、こちらは純粋に魔力オンリーの矢を放つタイプである。
先程式は咄嗟にこのフォルムへとチェンジさせ、エネルギー弾の『点』にカートリッジ二発分の矢を放ったのだ。
「あ、ありがとう式。
お陰で助かったわ」
「ま、マジで死ぬかと思ったぜ…」
やっと状況が理解できたのかシャマルとヴァイスが安堵の息を漏らしながら礼を言う。
「ディレクティ、モードリリース」
『yes master』
その言葉を聞きながらデバイスを元のナイフに戻しなす式。
その後エネルギー弾が発射されたと思われる位置を睨み付け、次の瞬間には始めから居なかったようにその場から消えてしまった。
砲撃が消滅した原因を探ろうとヘリを見ていたディエチは突然姿を消した式を見て、嫌な予感が頭を駆け巡っていた。
「ねぇクアットロ……何かヤバそうな奴がこっちに向かってくる予感がビンビンにするんだけど……」
「分かってるわよディエチちゃん。
あの教導官や執務官の事だから直ぐにこっちの場所に気付くだろうし」
「いや……そっちの事じゃないんだけど…」
ディエチの呟きを軽くスルーしたクアットロは状況が分からないセインへと念話を繋げる。
『セインちゃん聞こえる?
そっちの方はどうだった?』
『ギリギリだったけどお嬢様もケースも無事回収したよ。
それにしても何なのアイツ?
ディエチの砲撃をかっけすなんてさ』
『それは私が聞きたいわよ。
取り敢えずセインちゃんはそのまま撤収。
私達も今から帰るからドクターに連絡宜しくね』
『了解クア姉』
セインとの念話を切った直後、二人の頭上に黄色い魔力弾が大量に降り注いだ。
咄嗟に気付いたクアットロは惚けているディエチの首根っこを掴みながら屋上から一気に離脱する。
「見つけた!」
「こっちも!?」
「早い……!」
背後からかかるフェイトの声。
いつの間に背後を取られたのか、と驚きながらもクアットロはディエチを抱えながら全速力で空中へと退避する。
が、その直後今度は真上から無数の白銀の魔力弾が降り注ぎ、気付くのに遅れたクアットロとディエチは直撃はしなかったものの何発か体を霞めた。
「逃がすかよ……」
霞めた傷口を押さえながら、上から聞こえた声の方に顔を向ける二人。
そこには空中に質量化した魔力を展開し、その上に乗りながらから静かに二人を見下ろす式が立っていた。
心なしかいつもより殺気の度合いが20%増しになっている。
「うっそ~ん。
あの距離をこんな短時間で?」
「マジで……?」
補助魔法「エアライド」。
式がアクセルフィンの代わりとして組み込んだ空戦用の魔法である。
根本的な用途や技術はスバルのウイングロードと変わりないがこちらは発動までの最速化や範囲を足元に限定するなどかなり改良されている。
「市街地での危険魔法使用及び殺人未遂の現行犯で…逮捕します!」
「こっちは殺されかけたんだ。
無傷で逃げられると思うなよ……!」
前方には怒り状態の式、後方には魔力スフィアを展開したフェイト。
まさに絶体絶命と言える状態ではあるが、それでむざむざ諦めるクアットロではない。
「IS発動…シルバーカーテン」
クアットロの手甲が淡く輝く。
それに呼応するかのように二人の姿が突如として、式とフェイトの視界から消え去った。
これがクアットロの持つ先天固有技能、ISシルバーカーテン。
幻影を操り、対象の知覚を騙すことを目的としたものでその対象は人のみならず、レーダーや電子システムにも及ぶ。
先程のガジェットII型の大編隊はこのISを使用した結果なのだ。
姿を消した事を確認するとクアットロは再び全速力で逃げ出す。
「逃がさないと言ったろ……」
が、残念なことにこのISは直死の魔眼との相性は最悪だった。
クアットロとディエチの「線」が見えている式はエアライドを次々と展開しながら一瞬で近付き、情け無用の斬撃を放つ。
「シルバーカーテンが見破られてる!?」
「アイツ……化け物?」
式の一撃を間一髪で避けながら、シルバーカーテンを見破った相手を見据える。
これには流石のクアットロも驚きを隠せなかった。
「さぁ…どうする?
このまま捕まるならそれで良し、逃げると言うなら……少しばかり痛いめを見てもらうぜ?」
少しじゃ済まさないけどな、と言う心の声が聞こえたのは気のせいだろう。
式は未だに姿を消したままの二人を見つめながらも相手の位置情報をなのはやフェイトに送る。
シルバーカーテンが通用しないのを改めて確認したクアットロはISを解除するが、投降する意思がない事を伝える。
「あ~ら、こんな事で管理局の馬鹿者供に負けを認める私達ではありませんわ♪」
「右に同じ…」
相手を挑発するような態度をとりながらもクアットロは必死にこの状況を打開する案を模索するが良い案が浮かばない。
自身は元々後方指揮仕様であるから接近戦はからっきし、ディエチは見て分かるように完全に遠距離戦仕様であるからどうしようもない。
まさにうつ手無しだ。
「そうか…。
なら…宣言通りに痛いめを見てもらうか…」
デバイスのカートリッジを一発ロードし、風牙一閃を放つ準備をする。
それと同時に離れて待機しているなのはとフェイトも何時でも砲撃を放てるようスタンバイを始める。
「風牙一閃…」
静かに己の技を呟いた後、式の体がはぜた。
数メートル離れていた距離を一瞬で詰め、寸分の狂いなくクアットロの胴体目掛けて切り付けた。
クアットロの殺られるという予感と式の決まったという予感が交錯する。
だが、そこへ一人の乱入者が入る。
なんだ―――!?
突如感じた、自身に向けられる殺気。
咄嗟に刃を収め、エアライドを発動しながら急制動掛けて踏みとどまる。
ヒュンッ、と刃が空を切る音が聞こえた。
そのまま突っ込んでいればそれは自身の頸動脈を確実に切り裂いていた一撃。
危なかった、と冷や汗を流しながら式は突然の乱入者へと視線を移す。
クアットロとディエチより長身、紫色の髪をショートカットにした少女、ナンバーズのNo.3トーレ。
腿と足首、手首付近からエネルギー翼・インパルスブレードを発生させており、先程の刃の正体はこれである。
「ほぉ…あの一撃をかわすとは…。
なかなか面白みがありそうな奴だ」
「トーレ姉様~助かりました~」
「マジで感謝…」
後ろで安堵の息を漏らす二人にトーレは鋭く眼光を光らせる。
「馬鹿者供め、あれ程油断するなと念を押したのにこの有様だ。
監視目的で来て良かった。
お嬢様が転送の準備をしてくださっている。
直ぐに撤退するぞ」
そう言うとトーレは二人を抱え込んで離脱しようとする。
その刹那、白銀の刃がトーレに向かって放たれた。
ガキィンッ!!
トーレのインパルスブレードと式のディレクティが激しくぶつかり合う。
「このまま逃がすと思ったのか?」
突然の乱入者を睨み付けながら、式は徐々にディレクティに込める力を上げていきそのまま横薙ぎに振った。
トーレは刃を受け流しながら、左手のインパルスブレードを突き出す。
相手の刃が自身に向かってくるのを見ながら、式は左手に何時ものナイフを握り、そのまま弾き返した。
『式、直ぐそこから離れて!』
『砲撃で昏倒させて、そのまま捕まえる』
『了解…』
なのはとフェイトの念話を聞いた式は反転しその場から離脱する。
追撃がこないことに違和感を覚えた三人。
その答えは直ぐに分かった。
「トライデント…スマッシャー!」
「エクセリオン…バスター!」
バルディッシュとレイジングハート、それぞれからカートリッジが一発消費される。
フェイトの左手に展開された魔法陣から金色の三つ又状の砲撃魔法が、レイジングハートから桃色の砲撃魔法が放たれる。
二つの砲撃は空気を切り裂くように真直ぐに目標へと向かっていき、誰もが直撃したと確信した。
しかし二度ある事は三度ある。
又もや予想外の出来事が起こった。
「え!?」
「嘘!?」
確実に着弾すると思われた砲撃が目標を変えたかのように、地上へと曲がり始めたのだ。
その曲がり方は直角に近い角度であり、突然の出来事になのはとフェイトは驚きを隠せなかった。
その隙にトーレ達の足元には紫色のベルカ式魔法陣が展開し、超長距離転移魔法によりその場から姿を消した。
「しまった!」
「逃げられた…」
被疑者に逃げられた事を失念しながら、なのは達はロングアーチに連絡をいれ離脱していく。
だが、式だけはその場に止まり全く別の方角を見つめていた。
先程の…砲撃が突然曲がった異変が起こった時、廃墟群の方に一人の人影がいるのが見えたからだ。
一瞬ではあるが、確かに確認できた姿は一人のある人物を思い出させた。
その事実はサードアベニューで感じたあの気配や直感と確かに一致する。
「まさか…アイツがここにいるとでも言うのか…?」
廃墟都市群
式が見つめていた場所から少し離れた廃墟群。
そこに鎮座する一人の男。
「ふむ…まだ本調子ではないか…。
しかし…あやつもこの地の『魔術』を身に付けていたか…。
これで少しは面白みが出て来たと言う事か…」
そう言うと男は……荒谷宗蓮は顔を上げながら笑みを浮かべていた。
最終更新:2009年08月09日 14:38