人知れず行われた―――最強の狙撃手同士の黄金のカード。
この戦いを期せずして垣間見る幸運に恵まれた彼女――遠坂凛は後にこう語る。
―――世紀の大凡戦
―――泥試合の見本
、と
戦技無双と称される魔導士と弓の英霊の死力を尽くした戦い。
それをこう評されては流石に立つ瀬がないのだが―――
「二人ともカッカしてて相手の攻撃、避ける気すらなかったでしょ……?
バカに巨大な刃物を持たせて斬り合せたらこうなりましたって典型的な例よね。」
後日、心労で削られ続けた内心を隠すための冷ややかな視線を双方に向けて、こう言い放ち
肩を怒らせ部屋の襖をピシャン!と閉めて行ってしまった彼女の姿を前にして
高町なのはは「たはは…」と乾いた苦笑を漏らし、アーチャーはノーコメントを貫くのみだったという。
「ほら何て言ったっけ? 昔ハリウッド映画で流行ったボクシング映画。
派手だけど専門家から見たら失笑以外の何物でもないってアレを思い出したわ。
ああ、別に他意はないのよ。二人ともお疲れ様と言わせて貰うわ。」
多少の険は感じられるが―――ありがたいコメントである。
確かにこの戦い、本来の二人と比べると双方、熱くなり過ぎているきらいはあった。
華麗で豪快で人知を超えた技と力の応酬だった事は間違いないが
凄まじい中にどこか―――泥臭さが感じられた。
ただ勝つ事を目的としたものではなく
むしろ互いに言いたい事を上手く伝えられず、拳をぶつけ合うしかない――
駄々っ子のように掴み合って己を主張しあう、そんな感じの……
荒っぽくて、それが故に胸を討つ、命懸けのコミュニケーションのように見えたのである。
――――――
宙空にて完全に彼女の不意をついて飛来した干将・莫耶の二閃。
それが確実に魔導士を捕らえる。
苦悶の表情を浮かべるなのは――――肉体に届いた!?
あの強固なBJの内を犯したかどうかは定かではないが
少なくとも不意を突いた双剣の強襲は高町なのはに決して小さくない衝撃を与え――
空を支配していた彼女を地上に叩き落していた。
どうやらあのやっかいな防壁も常時、宝具を弾き返せるほどの強度を維持してはいないらしい。
三重は無理でも、一番薄い一重の防壁ならば届く――そういう事か。
モロに地面に墜落して盛大に雪煙を上げて堕ちる空戦魔道士。
「よっしゃ!!」
ぐっと拳に力が入る。 見たか魔導士!
ソイツはしぶといわよ!
アンタが今まで戦ってきた相手と一緒にして欲しくはないわ。
何てったって私のサーヴァントなんだから。
凄まじい衝撃を伴って落下した高町なのは。
舞い上がる雪でよく見えないけれど――受身だけは何とか取れたようだ。
噴煙の向こう、うずくまりながらもフラリと動く白い影が見えた。
そこへ間髪入れず今度はアーチャーの追撃が迫る。
既に続いて投擲されていた対の短剣が寸分違わず、今度は彼女の胸から腹部にかけてを通過し―――薙ぎ払った。
雪景色に覆われた白い世界に微かに鮮血のようなものが飛び散る!
鶴翼三連―――
アーチャーの双剣の必殺の型。
セイバーですら初見でかわすのは至難の業だ。
いかに彼女の感覚がズバ抜けてるといっても反応など出来るはずがない。
ダメージにのけぞるなのはのシルエット―――これも効いた!
噴煙を切り裂いた剣の風圧で彼女を覆っていた雪粉が吹き飛ばされ、その姿が露になる。
そしてその時――私は、初めてこの戦いにおいて彼女の姿を見る事が出来た
その口からは確かに溢れる血泡が認められた――
BJが、背中を十文字に、腹部と胸を袈裟に切り裂かれて彼女のその素肌を晒していた――
その露出した体から滲み出てくる血は致命では無いにせよ決して軽傷でもない――
そして何より、脇腹と腕からは双剣で付いたそれよりも遥かに激しい、夥しい血痕が覗いていたのだ――!
ポタリ、ポタリ、と白い絨毯に赤い斑点を作る。
すぐに分かった………あれは―――初めの一撃のもの。
カラドボルグを受けた時のものだという事に。
デタラメ過ぎて忘れていたけど彼女だって一応、人間だ。
そしてデタラメさ加減では宝具も一緒。
上手く受け流し、直撃を免れたとはいえ螺旋剣の一撃を受けてただで済むはずが無かったのだ。
必中を以って放たれるアーチャーの射撃を回避不能を判断したなのはは
恐らく空間を巻き込むドリルのような力場に対し、ぶ厚いBJで覆われた体や腕を思いっきり叩きつけて
自ら体の軌道を逸らして受け流したのだろう。
それでも弓兵渾身の一撃だ。
魔導士の強固な鎧を抉り取り、脇の下から腰の表皮を引き裂き、確実にダメージを与えていたのだ。
アレは――肋骨、内蔵にまで衝撃は届いているに違いない。 …………って、
「やばい……あれ、流石に致命傷なんじゃ――」
カラドボルグから鶴翼三連なんてアンタ、それ
バーサーカー相手にしてるんじゃあるまいし……
―――やり過ぎでしょ! どう考えても!!
ああ、今日の私は忙しいぞ…! 一体、どっちの心配すりゃいいってのよ?
クソ……我が神経はもはや限界寸前だ。
殺しちゃうだの殺されるだのが秒単位で入れ替わる。
ちょっとは心配してるこっちも身にもなれー!
隣じゃこんな時、真っ先に飛び込んでいく馬鹿が今日に限って不気味なほどに静かだし……
「大人しいじゃない……士郎
恐らくは次で決まりよ。高町なのはは負ける。
もしかしたらただでは済まないかも知れないけど、そんな暢気に構えてていいの?」
親密にしてた教導官の敗北に何か感じ入る事は無いかとの問いだった。
しかして返ってきた答えは――
「いや、十分焦ってるぞ遠坂………
正直さっきから飛び込もう、飛び込もうと気が気で無いんだが…」
そーかそーか。それでいい。
焦ってるのが私だけだったら癪だからぶん殴ってやろうかと思ってたトコよ。
「何だか――――魅入っちまってさ」
「はあ?」
何言ってんのコイツは?
魅入ったって…?
「凄えよな……なのははホント。
俺と違って無茶してるようでもどこか安定感がある。
ちゃんと手順を踏んで積み重ねていけば―――あんな風に出来るものなのか? 遠坂」
はい、バカ発見。
何やら途方もない勘違いをしている。
彼女の教導とやらに感化されたのかコイツ?
なら、遠坂凛・臨時教導官の在り難い言葉を食らうがいい。
「寝言が口から駄々漏れよ士郎。顔でも洗ってきたら?
教えてあげる―――あれは、あれこそが努力だけでは為しえない才能の賜物ってやつよ。
ぶち切れ具合は一緒でも、彼女はアンタより百倍才能があるってだけの話じゃない。
努力だけで誰でもあそこに到達出来ればこの世は尽きせぬ英雄天国だっつうの。」
ぐう、と言葉に詰まる不肖、我が弟子。
夢も希望も無い返答だけど、しかしまあ事実なんだからしょうがない。
現実を教えてやるのも師匠の勤め。
ちょっとやそっと積み重ねただけでサーヴァントと互角に戦えてはたまらない。
多分、彼女はこと戦闘面においては突出したモノを持っている。
そんな彼女が自身の才能に溺れず、奢らず、理想的な環境で、
来る日も来る日も淡々と素質を磨き続けて来た結果が―――アレだ。
卓越した科学力によって造り出された人造の化け物。それこそが局魔導士の正体。
さて、バカと話し込んでる間にも決着の瞬間は迫っていた。
傷だらけの彼女、高町なのはの前方にて
両手を広げたアーチャーの掌に出現する夫婦剣の真の姿――
巨大な鳥類の羽の如く変貌した宝具の双剣がしかと弓兵の手に握られ
羽ばたくように左右に広げられた。
そして今まさに魔導士の両肩に振り下ろされようとしている――!
地を食み、助走の体勢を取るアーチャー。
ぐんと沈んだ肢体はコンマの値でなのはの間合いを犯し
疾走する赤きサーヴァントの双刀の牙は今度こそ確実に彼女を仕留める事だろう。
「――――、」
その最後の一撃を決めようと踏み出した足を――
赤いサーヴァントの全身を――
「………うっそ」
寸でのところで止めたのは彼女――
鶴翼ニ連の猛攻を受け、螺旋剣で深手を負った瀕死の筈の―――魔導士、高町なのは
その白い法衣が正面に仁王立ちし―――
己に標準をつけているのをアーチャーが認めたからだった。
前言撤回……死闘はまだまだ続くようだ。
――― ディバイィィィィン
華麗な技を売りとするエース様は一皮向けば根性の人だった。
そして彼女の詠唱は既に終わっていた。
高町なのはの代名詞――砲撃魔法
間違っても墜落した後の、あの一瞬で編まれたものではないだろう。
地面に叩きつけられ、計四つの斬撃をその身に受けてBJを切り裂かれながら
なお踏み止まり、魔力チャージを途切れさせなかったのだ。あの女は。
間に合わない!今から近接に持ち込むのは不可能!
夫婦剣を棄て、バックステップで距離を取るアーチャー。
だけど既にロックオンされた砲撃から逃れる術はない。
――― 熾天覆う
ロー 、、、
故にアーチャー。 それに対抗できる新たな投影を高速で紡ぎ出す。
ビシリと頭を割る頭痛に耐え、己が内に埋没したモノに手を伸ばす。
後方に下がったのは闇雲にじゃない…! 「それ」の準備をするためか!
――― バスタァァァーーーー!!!!!
――― 七つの円冠 !!!
ア イ ア ス
凶悪な桃色の魔力砲撃が今、なのはの杖の先端からぶっ放された……って、ふ、太いッッ!!?
改めて間近で見ると腰が抜けそうになる!
あんなもん向けられた日にはマジでちびるって!いやマジで!
そしてそれを前に展開されたのがこれまた桃色の花弁を思わせる鉄壁の宝具!
向こうが三重の防壁を売りとするならばこちらは七重―――!
かつてトロイア戦争において使用された古の防壁七枚に匹敵する最強防壁。
アーチャーの所有する最も堅固な防御が――
魔導士必殺の砲撃魔法の前に立ちはだかっていた!
――――――
「アレは五月蝿かったなぁ……騒音公害も甚だしかった」
ぶつかり合う二つの力場。
付近のものを吹き飛ばさんとする衝撃に対し、身をかがめて耐える士郎と凛。
ジャコン、ジャコン、という物騒な音と共に
薬莢がカランコロンと高町なのはの足元に落ちていく。
諸共にアーチャー最強の守り。
熾天の羽が高町なのはの全開砲撃で次々とブチ破られていく。
そんな光景をしみじみと思い出しながら――
「しかしアンタの本気バトルってさ……ことごとく泥試合と化すわよね。」
仮にも彼は遠坂凛のサーヴァントなのだ。
常に優雅に軽やかに振舞って欲しいものだと常々思う主様。
「褒め言葉かね? 生憎、全然嬉しくないな。」
「ド直球のイヤミをそう取れるならもう歯に絹着せる必要は無いわね。
まったく、はじめの○歩の青木かアンタは……金返せー!」
「払っとらんだろうが……それにその例えのどこがエレガントだ。」
いや、まったく――ペットは飼い主に似るという。
主従揃ってどことなく優雅さからズレた二人の会話は誰憚られぬ事なく続く。
――そんな二人の回想も佳境に入る
力と力、意地と意地のぶつかり合い。
遮るという概念持ちの鉄壁の壁と、いとも容易く壁をブチ抜く全開砲撃。
その激突はまるで「矛盾」の具現であり――
盾と矛は同時に消滅し、消耗に消耗を重ねた二人はついに――
ラストカードを切るところまで昇り詰めていたのだ。
――――――
――― その体は無限の剣で ・ ・ ・
as I pray ――― Unlimited Blade Works
立ち塞がる花弁を撒き散らした砲撃の余波が周囲に散乱する。
辛うじて防だれたとはいえ、間違いなく弓兵にダメージを与えた筈だ。
シューターの蓄積されたダメージもある。
ならばここが勝負所と読んだエースオブエース。
砲撃を撃ち切ったなのはが息つく暇も与えず、魔弾の照射と共に距離を詰める。
足元のおぼつかないアーチャーに対し、狙うはバインドからの全開砲撃か?
地を駆け、アーチャーの斜め前方から迫る魔道士、だったのだが―――
そんな彼女の前進が―――
無限の剣製―――
魔術師最大の禁忌にして到達点である固有結界。
術者の心象世界によって世界を侵食し、塗り替える大禁呪。
かの錬鉄の英霊が生涯を賭して至った無限に続く剣の丘――
宝具を持たぬ彼が持つ唯一にして最強の切り札。
展開されたアーチャーの剣製の極致を 前に――彼女の前進は完全に止まっていた。
―――その双眸は大きく見開かれ……
真っ青になった彼女の表情にこれ以上ないほどの驚愕を貼り付けている。
対して、眼前に佇むサーヴァントはただただ無表情――
この期に及んで、何やらなのはに話しかけている。
まるでいつぞやの焼き増し。
あまり士郎には見せたくない光景だった……
ここに来て呆然と立ち尽くし、動きの完全に止まった高町なのは。
流石の管理局魔導士もこの世界には肝を冷やして竦んだのだろうか?
………?
………いや、何だろう、あの表情は…?
恐れているのではない。竦んでいるのでもない。
目の前のサーヴァントの心象世界を見つめていたなのはの顔が
徐々に険しいものとなり――歪み、苦渋に、苦悶に満ちた表情に染まっていく。
肩が、手に持つ杖がワナワナと震え
ギリリ、と食い縛る歯の音がこちらにも聞こえてくるようだった。
そして突如、、
――― 違うっっっっ!!!
なのはが吼えた。獣のように…!
――― 違うっ!! 貴方は―― !!!私はっっ――!!!
目に涙さえ溜めて
彼女は目の前の英霊に
叩きつけるように何かを訴える。
初めて見た……
彼女の激情。
感情の吐露。
譲れない思い――――それが何なのかまでは私には分からないけれど
立ち塞がる英霊を、その背後に広がるセカイを前に彼女は叫んだ。
あらん限りの声をあげて―――そして、、
轟、と!!
巨大な魔力の渦が天を突く!
彼女・高町なのはを中心に竜巻のように舞い上がる桃色の魔力!
足元の雪を残らず吹き飛ばし、地面すら抉り取る。
それはセイバーの全開魔力放出に匹敵する凄まじさ!
全身を震わせ、搾り取るように解放されたなのはの最大出力は
今はえげつないその性格見たまんまの――焦げた赤銅色の魔力を周囲に垂れ流す!
私はもはや喉が渇いて声すら出ない。
これが人間の放つ力だっていうの…?
絶対、悪いユメか何かだ。これ…
「ナノハ――それは……」
セイバーも険しい表情で目を見開き、唇を噛み締めていた。
かつて死闘を演じた剣の英霊を震撼せしめる、高町なのはの真の姿。
――――、
そんな相手を前にしてなお、無限の剣を背負うアーチャーに後退はない。
弓の英霊が静かに手を挙げ、丘の剣が一斉に舞い、なのはに狙いをつける。
――― ぁ………
対して彼女もまた砲身をアーチャーに向ける。
その杖が蒸気を発しながら変形をしていき、四つのビットが起動を始めつつある。
凄まじい対峙。
見ているこちらの方が息が詰まってしょうがない。
だけど……ここに来て何故か圧倒されているのは……気圧されているのは―――
魔力量ではケタ違いにアーチャーを上回っている筈の高町なのはの方に見えた。
何故、?
互いに向かい合う二人。
その相手の相貌に何を見たのか――
怒り? 絶望? 失望?
諦観? 哀れみ? 憐憫?
何も無い虚空の空を見上げて彼女――空の英雄は何を思うのか?
真っ直ぐに希望を見据えて飛ぶ
未だ真の敗北を知らぬ若き英雄を見て彼――錬鉄の英霊は何を思うのか?
――― ぅぁ……ああ…あ、ああああッッッ!!!!
――― む、う――――――ッッ!!
鬼神のような二人の咆哮が世界に響き渡り
戦いは最後の局面を迎えようとしていた。
決着は己が全力全開の刃と刃――
振り被った極大の力を今―――
互いの身に叩き付ける。
――――――
「―――んなもん叩き付けさせてたまるか……」
どや顔でその回想に突っ込みをいれる遠坂凛。 ……ごもっともである。
もしそれが振り下ろされていたならば―――
間違ってもこの場で笑い混じりの回想になどなっていなかった筈だから。
二人が最後の激突の火蓋を切ろうとした瞬間、静観を決めていたセイバーが迷わず動いた。
無限の剣舞と流星群のような射撃砲撃の只中を掻き分けて
まずはアーチャーを問答無用で打ち据える。
次にその光景にハッとなり、正気を取り戻した高町なのはにも一撃を加えて吹き飛ばし
消耗しつくした二人はこの剣の英霊に為す術もなく叩き伏せられ、力なくその場に崩れ落ちるのだった。
――初めからそういう約束の下に行われた果し合いだったのだ
もし互いが限界を超え、一線を踏み越えるような事があったなら
迷わず力ずくで二人を止める。セイバーはそのための保険だったのだから。
かくして二人の力量、限界ギリギリをしかと見定めていた剣の英霊の適切な名カットにより
事態は最悪の結果を残す事無く終局を迎える事となった。
士郎も凛もあのような人外バトルを止められる手だてなどなく
セイバーの力と判断だけが二人の安全を保証する手段だっただけに気が気でなかったのだが……
そこはセイバーである。流石は王様を経験していただけの事はある。
その裁可もタイミングも実に適切。
私情にかられる事も無く冷静な判断の元、彼女は見事、仕事を全うしたのだった。
「ホント、セイバーがいてくれてよかったわ。
アーチャーとなのはを力づくで押え付けられる奴なんてその辺に転がってる筈ないもの。」
「二人とも消耗していましたから。」
しみじみと語る遠坂さんとセイバーである。
結局、あそこでストップをかけてなかったら二人はどうなっていたのか?
本当に行くところまで行っていたんじゃないかと彼女は考える。
巷の格闘試合などでレフェリーストップが早すぎるとブーイングが起こる事態も少なくはないが
試合というのはやはり審判がいるからこそ思いっきり、気兼ねなく
とことんやれるものなんだなーと痛感する一同なのであった。 めでたしめでたし。
「……………叶うのならば―――」
――――ん?
セイバーが何か言ってる。
「叶うのならば、次は是非………なのはと剣を交えるのは私でありたいものです。」
――――いきなり何を言い出すのでしょう。この王様は。
「此度の果し合い、我が胸を焦がす素晴らしいものでした。
未だ付かぬ彼女との決着―――この剣が再び、あの白き翼と相見える事を願わずにはいられない。」
………………………
こういうのを一難去ってまた一難、というのだろうか?
………ニュアンスがおかしい? いや、正しいでしょ。
周りに取っちゃこういうノリ……災難以外の何物でもないんだから。
血みどろのケンカがようやっと終わったと思ったら、何か熱くなっているバトルマニアがここに一人。
どうやらこいつら、近いうちにまた私と士郎の胃にでっかい穴を空けてくれそうでとても嬉しい。
本気で、バカにつける薬というものを今から探しに出かけようと思い至る私――遠坂凛なのであった。
―――――めでたしめでたし………?
ところでセイバー………アンタとなのはの決闘……
誰に審判任せりゃいいってのよ……?
――――――
魔力がほとんど尽きていたアーチャーはその場から一歩も動けず
私の令呪で縛るまでもなく無力化し、零体化して引っ込んだ。 暫く休んでろ、アンタは。
対して顔色が青いを通り越して土気色になり、その場に崩れ落ちた高町なのはは
魔力エンプティで地に伏したままピクリとも動かず、衛宮邸に運んで休ませる事となった。
激しい戦いで負った傷を塞ぎ、消耗した体力を回復する香を惜しげもなく炊いてやる。 くそう……酷い出費だ。
局から、協会から絶え間なく掛かってくる電話、通信を軒並みシカトし
何とかやり過ごす頃には――なのはは何とか動けるくらいには回復していた。
幾日かの静養を経て歩けるようになった彼女が局へ戻る事になった時
すっかり、いつもの柔らかい笑顔を取り戻したなのはと2、3、言葉を交わしたのを覚えている。
「ごめんなさい遠坂さん……本当に迷惑をかけました。
アーチャーさんも傷つけてしまって、何て言ったらいいのか……私」
「別にいいです。それはお互い様だし、先にけしかけたのはウチのサーヴァントらしいし。
Sランク魔導士の全開バトル……正直、良いものも見れたと思っていますから。
勉強になった……ホント」
くっそ―――そう思ってるならせめて必要経費分だけでも置いてきなさいよぅ……
まあ良い物を見れたってのは本心なんだけどさ。
英霊とガチで殴り合いする女なんて、世界中探してもお目にかかれないだろうしね。
「でも、ちょっと意外だった。 沈着冷静な貴方がまさかあそこまでするなんて……
何を言われたか知らないけれど―――そんなにアイツにムカついてたの?」
私の問いかけに彼女は困ったような曖昧な笑みを浮かべ――
「あそこまでする気はなかった…」
こんな事を言った。
「怖かった……彼が。
あんな感情は、あんな戦いは……初めてだったよ。」
「怖い? アーチャーが?」
信じられない……
セイバーと五分に渡り合い、英雄王相手に一発かますようなコイツが
アーチャーにそこまでの恐怖を感じていたというのか?
「アーチャーさんは強かった。私なんかよりもずっと。
だから、でも…………………ううん、何て言うのかな……」
どう言葉にしていいか分からない―――彼女の困ったような顔がこちらにそう語る。
そう言えば彼女を看病していた時、何度かこういう事があった。
ベッドに横たわるなのはを前にセイバーがおもむろに私と士郎を追い出したのだ。
何が何だか分からず締め出された私が後ろ手に、セイバーの肩越しに見た彼女は――
両肩を抱くように縮こまり、
―― 震えているように見えた ――
まるで何かに怯えるように、子犬のように震える彼女は
とてもあの不屈のエースと呼ばれた魔導士に見えなくて――
「正直、相手をここまで怖いと思ったのは初めてだよ……
彼とは二度と……戦いたくない。」
そう言い残して――魔導士・高町なのはは管理局へ戻っていった。
あとからセイバーに聞いた話だと、固有結界に対して彼女が解放したモードは
使いようによっては自身を破滅させる諸刃の剣だったらしい。
何でもあと一段、二段ほど出力を上げていたらマジでやばかったとか…
間違ってもあんな戦いで使うものじゃないという事だ。
つうかあの状態から更にパワーアップするのか………人間じゃないだろ、もう。
ともあれ―――
では何が彼女にその、危険なブラスターモードを使わせようと思い立ったのか?
アーチャーの何がそこまで彼女を追い込んだのか?
死ぬ事が恐かったのか?
英霊の戦闘力に戦慄を覚えたのか?
いや、多分違う。
そんなの何を今更というやつだ。
恐らく彼女はそんなもの、とっくに克服してる。
その震えは恐らく――無限の剣製を……
アーチャーの心象世界を相手にした時に刻まれた
彼女の根本を揺るがす恐怖なのだとセイバーは言っていた。
衛宮士郎と彼女が時を置かずして親しくしていたのは
他ならぬ自分と同じ、正義と理想の追求に身を捧げる同志として感じ入るものあったからだろう。
ならばその理想の行き着いた先が――アレと知った時の彼女の胸中はどうだったのだろう?
あの若き魔導士が、既にあの歳で「英雄」と称された彼女が
あの空虚な剣の丘の中に何を見たのか?
正義の味方の成れの果て――
人のためになりたいと本気で願い
理想を目指して歩んでいった筈の男が
辿り着いたセカイを見て―――
どのような感情を抱いたのか――私にはわからない。
あの最後の咆哮は彼女の恐怖と、絶望と、失望に押し潰されそうになった悲鳴からだったのか――?
セイバーには何となく分かっていたのかもしれない。
この戦い―――こんな何の意味もない戦いを彼女はついに一回も止めなかった。
なのはを深く理解する彼女には、それは高町なのはにとって避けて通れぬ道――
必要な戦いであると確信していたのかも知れない。
ま、そこんとこは結局、私の想像の範疇を出ず
これ以上あれこれ考えてもしょうがないんだけどね。
取りあえず、ぶつかり合って分かり合う――
そんな少年漫画のような思考の女に「二度と戦いたくない」とまで言わしめた
ウチのサーヴァントの荒み具合こそ最強という事で。
何にせよ、あのバトルサイボ-グみたいな女にも恐いモンがあったと分かっただけでも儲けものだ。
今度、それをネタに突付き回してやるかなどと考えるくらいには――
私はあの高町なのはという人物に対して親しげな感情を抱けるようになった、らしい まる
――――――
という事もあり――
「ウチのサーヴァントも徐々に心を通わせ、今は彼女に一目置いている。
そして釣堀場でぶっ飛ばされる仲になりました。メデタシメデタシ。」
「いい加減しつこいなキミは……」
他愛の無い回想の旅が終わる頃には、辺りの喧騒も大分落ち着き
夜の帳が薄ら寒い風を運んでくる時刻になっていた。
赤いコートをなびかせながら、女魔術師はつくづく思う。
士郎や彼女、そしてこのサーヴァントのような人種の行動原理は単純だ。
目の前に展開されている不幸を放っておけなくて手を差し伸べる。
そんな彼らが同じところにいれば似たもの同士(?)放っておける筈が無い。
自分と同じ道を進まんとする相手を時には叱咤し、時には同調し、時には衝突する。
要するに類友というか―――こういうのは世の常。 よくある話に過ぎないのであった。
「彼女は今―――狭間にいる。」
弓兵が静かに呟く。
高町なのは――若き空戦の雄。
これほど分かり易い神輿はそうはいない。
世界は今後も容赦なく彼女に「英雄」である事を強いてくるのだろう。
彼女が望む望まないにかかわらず――
ああいう人間は例外なく唯一無二の存在として周囲から押し上げられていくのだ。
「分かる。派手だもんねぇ、なのはは…」
「――私のように成るか、それとも……」
彼女は困難に立ち向かい、心身ともにズタボロになりながら
それでも人を、世界を救う役目を担い続けるのだろう。
そんな生き方をしていく以上、危険、困難は後を絶えず、己が幸せを享受するスキマなどありはしない。
考えたくないが彼女もまた、幾百の英霊と同様に悲しい最後を迎えるのかも知れない。
「確かに彼女は私と同じ道を進むかも知れん。だが――」
だがしかし、彼女は未だ自身の幸せを捨て切っていない要素を多々残している。
娘。多くの仲間。友達。恵まれた上官。
この奇跡とも言えるバランスによって高町なのはは、修羅の道において未だ己を捨てるに至っていないのだ。
ならば彼女がこの弓兵の二の舞にならないためには周囲に頑張って貰うしかないだろう。
例えば彼女の大親友――フェイトテスタロッサハラオウン。
衛宮士郎に遠坂凛がいるように、彼女にはあの金髪の魔導士がいる。
あれと共に歩み、降りかかる困難を振り払い、切り開く存在。
彼女が共にいる限り、高町なのはを最悪の未来に落とし込むことは無いであろう。
「大丈夫かしら……彼女、ちょっと頼りない風に見えるけど?」
そう。誰かを守るために闘うという事は単に敵を倒すよりも遥かに難しい。
何かを壊す事は簡単で何かを作る・維持することが困難であるというのと同じように。
苦難に立ち向かうエースオブエースの盾となり守る。 それがいかに難しい事か――
英雄王を前に言葉にしたフェイトの「覚悟」
―― どんな物が来てもなのはを守ってみせる ――
それはその難しさを重々承知した上での言葉であると信じたい。
是非、成し遂げて欲しいものだと二人は思うのだった。
「――さて」
祭りは終わりだ。
磨耗した守護者の出る幕はもう無いようで
本来ならばここで退散するところだが――
「―――ほど良い幕引きだ
ならば私も最後の役目に勤しむとしよう。」
「ちょっとアンタ、この期に及んで……」
その前に弓兵は後ろを振り返り
先程、金髪の魔導士が連れて行かれた建物を見やる。
「配役に炙れた間抜けな道化ではあるが、せめて最低限の仕事はせねば笑い者だ。
少し調子に乗って苛めてしまった侘びもある。 王子様になり損ねた姫君を助けにいくとしよう。」
「恥の上塗りになるわよ……あの奥、バーサーカーとかいるし。」
「確かにアレともう一度やり合うのはごめん被りたいな――」
そんな心の内とは裏腹に足はどんどん建物の方に向かっていく。
苦笑するアーチャー。損な役回りを引き受けてしまうのは性分だ。
その性に恨み言を言いつつ――
弓の英霊は一人、死地に向かうのであった。
――――――
その後の話―――
あの最強の狂戦士の斬戟を死に物狂いで掻い潜り
ボロ雑巾のようになりながら辿り着いた最深部。
その扉を蹴破った先で――
弓のサーヴァントはむせ返るような香の中―――
猫をバインドで逆さ釣りにし、髪を振り乱し
あられのない姿を晒して一心不乱に鞭を叩きつけるナニカと遭遇………
熱に当てられたような扇情的な表情で振り向いた「金の髪の悪夢」と
更に一戦を交えなくてはならなかった事は――――
また別の話である。
「ホント………損しかしてないわ。今日のコイツは」
放心状態で帰ってきた己がサーヴァントに対し
流石の遠坂凛も今回だけは同情の念を抱かざるを得ないのであった…………
――――――
最終更新:2010年11月29日 17:14