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攻め立てる騎士。防戦一方の魔術師。
趨勢は誰が見ても明らかで、魔術師が力尽きるのも時間の問題かと思われた。
それも当然。魔術師は騎士の攻撃を紙一重で防御するのに手一杯であり、反撃する余裕などどこにもありはしない。
加えて彼が盾としている左腕はろくに原形を留めておらず、もって数合というところだろう。
もし仮にこの戦いを見物している者達がいるとして、彼らにどちらが勝つかなどと問えば大半の人間は騎士を選ぶはずだ。
それほどまでに圧倒的な実力差がこの2人の間には存在する。それは万人も認めるところだろう。
だが、ただ一人――――騎士と対峙している、当の魔術師本人だけが、己の勝利を確信していた。

一際甲高い衝突音とともに、魔術師の左腕が弾け飛ぶ。
千切れた腕は放物線を描いて落下し、魔術師の体がぐらりと揺れる。
騎士は体勢を崩した魔術師にとどめを刺さんと、更なる追撃を繰り出した。

(かかった!)

騎士の斬撃。それはどうしようもないほどに完璧なタイミングで魔術師に到達し――――そして、当たり前のように空を切る。
一歩。たった一歩後退したというそれだけの動作で、赤い魔術師は神速の剣を完全に回避していた。

魔術師たちの間に伝わるこの歩法はそれほど特異な技術ではない。
いくら魔術師が研究者であろうとも、否応なしに戦闘に巻き込まれてしまうことは少なくないのだ。
戦士ではない彼らが戦いから生き延びる為にはまず“初撃”を避けることが何よりの至上命題だった。
最初の一撃を見極めることで応戦するのか、撤退するのかを即座に判断し、適切な行動を選択する。
そのために編み出された技術こそがこの歩法―――通称、バックステップと呼ばれるものだ。
攻撃の瞬間に僅かに体を後退させ、相手の空振りを誘発させる。
原理としては至極単純、しかし後退のタイミングを相手に察知されればその身に刃を突きたてられるのは必至というリスキーな代物だ。
たかが一歩分の距離だろう、しかしその一歩は必殺の一撃を凡庸な攻撃に墜とすには余りある距離。
これこそが魔術師の策。防御を破壊させることで体勢を崩し、攻撃を誘い空振りさせる。
とはいえ、防御を破られたのも体勢を崩されたのも故意ではなく、
回避行動の成否がそのまま魔術師の命運を左右するというお世辞にも作戦なんて呼べたものではないことはこの際置いておこう。
ちなみに魔術師はバックステップに関して絶対の自信を持っていたので失敗の可能性なんて想像すらしなかったというのも置いておこう。
閑話休題。そんなことはどうでもいい。

『It commands to my blood. Restrain the enemy.』

渾身の一撃を躱されたことで生じた莫大な隙を騎士が回復したと同時に、魔術師の詠唱が完了した。
魔術師の傷口から滴る血液はもとより、辺り一帯の血という血が輝き、騎士の元へと殺到し四肢を縛り上げる。
それは騎士の知る空間固定による拘束魔法ではなく、術者の血を介した強制催眠。
「お前は動けない」と対象に強烈なイメージを叩き込み全身の筋肉を硬直させ、加えて付着した血液自体も物理的に動きを封じる二重の魔術。
非の打ちどころのない術式に魔術師は己を自画自賛しつつ、完全に無力化させた騎士に引導を渡すべく新たな詠唱を開始する。

『Go away the shadow.It is impossible to touch the things which are not visible.
  Foget the darkness.It is impossible to seee the things which are not touched.
  The question us prohibited.The answer is simple.
  I have the flame in the left hand.And I have everything in right hand―――』

魔術師の詠唱速度はもはや人間の域を超えている。これこそが高速圧縮詠唱。高速詠唱をも上回るその速度は熟達した魔術師にしか許されない秘術だ。
わずか1秒ほどで彼は大半の詠唱を完了させた。動けない騎士に対し、掌を突き出し死を宣告する。

『I am the order. Therefore,you will be defeated securely―――!』

魔術回路を通じて精製された魔力が物理法則を侵食する。騎士の周囲にあらゆる生物を蒸発させる火炎が出現しその姿を血の拘束もろとも埋め尽くす。
炎は対象以外を焼くことは無い。魔術師が標的と定めたものにのみ働きかけその熱量全てを注ぎ込み瞬く間に消滅させる攻性魔術。
一切の生命の生存を許さない地獄の具現。騎士の生死など今更確認するまでもないだろう。
あまりに呆気ないその幕切れに、魔術師は不満気に鼻を鳴らした。

「これで講義は終了だ。代金はしっかりと頂戴したよ。少々高くついたきらいもあるが、君にはもうどうでもいいことだろう?」

魔術師はそう吐き捨てると踵を返し、その場立ち去ろうとして―――――

「いや、そうでもない。この程度で済むのなら安いものだ」

有り得ない、声を聞いた。
咄嗟に魔術師は振り返る。そして見た。燃え盛る炎の中、はっきりと浮かび上がる騎士の影を。
炎を背後に立つ騎士からは膨大な魔力を感じる。先ほどまでとは比べ物にならない威圧感に、魔術師は戦慄した。

「・・・・・・有りえん」

そう、ソレは有り得ない光景のはずだった。魔術師の炎は確かに騎士を包み込んだ。
そうなれば騎士の辿る運命は死あるのみ―――そうなるはず、だった。

「何故、何故貴様は無傷なのだ・・・!」

激昂する魔術師。その顔には狼狽と焦燥がありありと浮かんでいる。
彼には未だ現状が理解できないでいた。己の持つ最大級の攻撃魔術を無防備な相手に直撃させて、相手は無傷。そんな状況を俄かには信じられなかった。
だがよく考えればそれほど不可解な現象ではない。少し考えればすぐにでもその結論に辿り着くだろう。
要するに、自身の最高攻撃力を以てしても相手の防御を貫けなかったという、それだけのことなのだ。

「色々と教訓になった。まさか魔導士に我が剣を見切られるとはな。私もまだまだ、ということか」

魔術が発動する直前、微かに騎士の口が動いた事を魔術師は見逃していた。
展開された防御魔法はパンツァーガイスト。砲撃魔法の直撃すら防ぎきるソレの前では、如何に魔術の炎といえど薄皮を焦がす程度の効果しか望めない。
そう、生死の確認などする必要は無かった。魔術師は炎が騎士を飲み込んだ時点で一刻も早く逃げ出すべきだったのだ。
しかし既にそれは不可能だ。騎士の自由を奪っていた術式は魔術師自らが焼き払ってしまった。
騎士が魔術師を逃す気がない以上、彼は絶望的な戦いに臨まなければならない。
埒外の魔力で構成された防御皮膜に、魔力に鋭敏な魔術師の本能が直観する。自分の知る魔術では、アレを破ることは叶わぬと。
攻撃も、防御も、速さも、恐らく肉体的な全ての要素において騎士は魔術師を上回っている。
その上魔術も効かないとなれば、もはや魔術師にできることなど何もない。
そんな事は認められない。認めるわけにはいかない。己が生涯を捧げた魔道が、小娘一人を打破することすらできぬなど、認められるはずがない。
だから、魔術師は繰り返すのだ。これは、きっと悪い夢だと。

「お前は死んだはずだ! 私がこの手で殺してやった!! 何が残留しているのかは知らぬが、死者は死者らしくあちらへ行けっ!!!」

魔術師の叫びに呼応するかのように、炎が盛大に火の粉を撒き散らす。

「特に、最後の広域魔法には肝が冷えたぞ。あれほど無駄の無い魔法を私は知らない」

魔術師の放った大魔術。それは、この烈火の将をして憧憬を抱かずにはいられないほどの見事な炎だった。

「そう、この炎は見事だ。あぁ―――本当に、見事だ」

今回の戦いは、結果を見れば騎士の勝利だったろう。
戦う者としての練度ならば、騎士のほうが上回っているだろう。
それでも騎士は、魔術師の技量は自分を凌駕していることに気付いていた。
覆しがたい身体能力の差があるにも拘らず、あっという間に戦況を逆転させたその手腕を高く評価していた。
この相手は単なる獲物としてではなく、戦士としての決着を付けたかった。
騎士は魔術師に剣を突き付け宣言する。

「我が名はシグナム。ヴォルケンリッター烈火の将、シグナムだ。赤い外套の魔導士よ―――貴方の名前を教えて欲しい」

その一言に、魔術師がびくりと反応する。

「何ィ―――?」

魔術師の恐慌状態に陥っていた頭脳が急速に冷却されていく。
今自分は名を尋ねられた。ならば、言い返さねばならない。
彼は魔術師だ。歴史あるシュポンハイムの次期修道長だ。
相手に名乗られて名乗り返さぬなど、彼のプライドが許さない。

「―――私はコルネリウス・アルバ。それとねぇ、君。私は魔導士なんかじゃあない。誇りある時計塔の、魔術師さ」

声には寂寥感が滲み出ている。何しろ自分では騎士に勝てないと、反論のしようもないほど完璧に証明されたばかりなのだ。
そんな相手に今更名乗りを挙げるなど馬鹿馬鹿しいではないか、と。
それでも、それでも彼は言い返さないではいられなかったのだ。

「失礼、では魔術師コルネリウス・アルバ。貴方の技量に敬意を表し、我が全力をお見せしよう」

「あぁいいとも。先達が後輩を導くのは当然さ。でもね―――あまり、私をがっかりさせないでくれよ?」

その皮肉めいた魔術師の言葉に、騎士は当たり前だと言わんばかりに微笑んだ。
騎士の防護皮膜が霧散し、その魔力の全てを攻撃へと転用する。

「レヴァンティン!」

『Nachladen!』

騎士の呼びかけにデバイスが応じる。
装填された弾丸が吐き出され、爆発的に増幅された魔力は紅蓮の炎となって顕現した。
業火を掲げた剣に束ね上げ、文字通りの炎の魔剣を手にした烈火の将。
大地を踏みしめる足に力が籠る。限界まで引き絞られた弦が今か今かとその時を待つ。

「紫電―――」

騎士の体が消える。少なくとも、魔術師にはそうとしか見えなかった。

「ふん」

魔術師は揺るがない。あの実直な騎士が取る行動など解り切っている。
恐らくは真っ直ぐ突っ込んでくるのだろう。それは障害などものともしないという自信の表れだろうか。
どちらにしろ魔術師には関係の無いことだ。向かい合っての決闘という時点で彼に勝ち目は無い。
それでもみすみすぶちのめされてやる必要はない。どれ、少し落とし穴でも仕掛けてやるかというような軽い気持ちで、彼は一つの魔術を起動させる。

『Repeat・・・』

先ほど騎士を包み込んだ蒼炎。それが再び魔術師の前方に出現する。
瞬間、彼は見た。炎を切り裂く一筋の閃光を。
どうということはない、突如として現れた障害を、膨大な魔力による強引な加速で突破したというだけのこと。

『Repeat!』

初撃が避けられる事など折り込み済みだ。3たび現れた炎は、今度こそ騎士を焼き尽くすだろう。
そして、その予想は“予想通り”裏切られる。
騎士は魔術師の動きを読み切っていた。加速に加速を重ね、炎を踏切り板代わりに跳躍する。
音速の弾丸となった騎士は一瞬にして魔術師をその間合いに捉えた。
もはや騎士と魔術師を遮るものは、何も無い。
騎士は魔術師の顔を見た。その顔は、笑っていた。

「―――、一閃!!」



かくして、騎士の剛剣が振り下ろされ、魔術師の意識は消滅した。

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最終更新:2009年10月11日 20:41