戦場における騎士同士の組み打ちは単に腕力があれば良いというものではない
膂力で決して劣らぬサーヴァントではあるが
こうした近接での制圧術はそれ相応の術技を極めた者特有の機微がある
相手の膂力を封じる体位、死角――
人間の関節駆動域に沿って相手の身体の自由を奪いつつ、徐々に捻じ伏せていく
これが近接の組み打ちというものだ
障壁と、それをぶち抜く出力の鬩ぎ合いが主流となった今のミッド世界では
ほとんど見られなくなった戦闘光景
だが彼女――烈火の将シグナムは元・忌わしき魔道書――
ロストロギア・闇の書の守護騎士だった者
数多の世界に転生し、渡り歩き、様々な戦場を体験してきた歴戦の騎士
当然、血みどろの取っ組み合い――組み打ちにて相手を引き倒し、相手の首級を掻っ切る戦場も数多く体験してきた
まさに捻じ伏せるような、将の苛烈な攻めもまたこの守護騎士を形成する戦力の一つ
礼と儀を重んずる美麗な騎士の剣とは一線を画すものだが
それは紛う事なき騎士のもう一つの側面
泥と屍を掻き分けて首の取り合いをする、戦場にて鍛えられた剣に他ならない
その殺意の刃が翻り、今まさにライダーの首を刈ろうと跳ね上げられ―――、
ガチィン、ッ!
――甲高い金属音が場に響く
それは朦朧とした意識の中――
それでも命を拾おうとする生者の最後の悪足掻き
防御の型もくそもない
右手から伸びた鎖を全面に晒し、それに左手を添え物にして
がむしゃらに首を守るだけの受身――
添えた左手に刃が深々と食い込み、燃え盛る刃に鮮血を滴らせ
それがジュウ、と焦げ臭い焼けた鉄の匂いを充満させる
そして文字通り、ライダーの首の皮一枚を隔てたところで――
レヴァンテインの決死の一撃は、止まっていたのだ
(……)
更に険しくなる将の相貌
だが往生際が悪い、などとは思わない
無言のままに感嘆の意を表する女剣士
完全に決まったと思った一撃すら、こうして凌ぐ
一筋縄ではいかないのは分かっていたが、ここまで攻め込んでまだその命に届かない
この敵もまた、あの槍兵と同様に強力な敵だ
まともに戦っていれば想像を絶する苦戦を強いられていたのだろう
目の前の紫色の髪の女――その表情にはもはやほとんど力を感じない
度重なる斬撃と打撃で削られた肉体は所々露出し、傷だらけ
口の端からつ、―と、赤い筋が垂れ、言葉はおろかヒュ、ヒュー、と絶え絶えの吐息が漏れるのが精一杯の有様だ
「――私の首を……」
相手が、その口から微かに言葉を搾り出す
「私の、首を―――刎ね、る…?」
弱りきった女の、木にもたれたままの最後の抵抗
その声には紛う事ない恐怖の感情を映し出す
遠い昔の記憶――
己が首を刈り、晒し者のように持ち歩くあの若き英雄の姿を幻視する彼女
ギリシャ神話に小賢しく名を残す、生涯を祝福に彩られたあの英雄
その懲悪譚の一説において若造の添え物とされた彼女は
しまいには 「ゴルゴンの盾」 などという、最大級の屈辱を浴びせられながら――
誰にも振り返られぬ悲しき生涯を終える事になる
「させて、なるものか――!」
何せ最終的にはモノ扱いだ
あの若造の持つ宝具の一部としてのみ後世に名を残された、とある悪神の憤り――
今起こっている恐怖はその時のトラウマ、、そして恐怖はほどなく怒りと変わり
ここにきて女怪は初めて、その感情を吐き出すように声をあげる
「………無駄だ!」
「う、! ……ぬ、」
しかし気炎を上げて起こしたその身体は目の前の騎士にあっさりと組み伏せられ
ぐいぐいと、もはや均衡の崩れた鍔迫り合いにて一気に押しつぶされる
何とかそれに拮抗させようとするライダーだったが、腕の力だけではどだい無理な話だ
かち上げられ、伸び上がった騎兵の体勢では足の踏ん張りすら利かず、もはや潰されるのは時間の問題
強靭な腕力も、しなやかな両足も見る影も無い
自分の体ではないようだという比喩はこういうものかと実感せずにはいられない
間近に位置する互いの相貌
剣士の耳元に、女の苦しげな吐息がかかる
徐々に弱っていく生命――相手の身体から、残った力が少しずつ漏れていくのを感じる
命を絶つとはこういう事…
その生々しい背徳感を背負って生きる覚悟があるからこそ騎士は剣を取って、戦場に駆ける
故に将は最後まで、微塵も力を緩めない
もうすぐだ……もうあと数センチ押し込めば終わる
これを振りぬけば、刃は相手の喉に深々と食い込み
頚椎を断ち切り、全てを終わらせる事だろう
サーヴァントの顎下の間近に迫った高熱の刃が、じりじりと彼女の頬を、美しい顔を焼く
それはかつて美の女神と謳われたサーヴァントにとって屈辱を超えた仕打ちに違いない
「ぁ、―――は、、ぁ…ッッッ」
文字通り神すら組み伏せるシグナムの攻めに能面のようだったサーヴァントの口から
ようやっと―――搾り出すような苦悶の呻きが漏れた
それは正しく断末魔と呼ばれるもの
最後まで騎士の剣に抗い続けた強靭な命が終わりを迎える悲痛な叫び
力は緩めない
微塵の容赦もしない
最後のその瞬間まで将はその剣先を淀ませる事は無い
「…………」
「…………ッッッ、」
「………念のためにもう一度聞く
投降する気は無いのだな?」
「…………っし、―――」
笑止な―――、と吐き捨てようとするライダーだったが
喉に詰まった血泡が彼女に声をあげる事を許さない
「……あると、言った、ら―――
ここで、剣を引くと………言うのですか――? 貴方は、…」
それでもごぼ、と、無様に吐血しながら振り絞るように言葉を紡ぐライダーに対し
騎士は静かに――
「貴様次第だ」
それだけを――告げた
この剣のどこに助命の余地があるというのか――?
今更、泣き叫んで助けてくれと嘆願したところでこの刃が止まるとは到底思えない
というか自分でなければとっくの昔に死んでいる
殺意の剣を間断なく振り回しながらの降伏勧告――笑い話にもならない
まあもっとも――
「それは―――、」
出来ません……、と消え入るような声で
ライダーは騎士の申し出を切って捨てる
―――三下の悪役ではないのだ
四海にその名を轟かせた邪神
北欧の神話に最も強大な恐怖を振り撒いた者として名を残す
そして今は曲がりなりにもサーヴァントとして現出したその身、
命乞いなど誰がしてやるものか―――
その意地と誇りは騎士王や光の御子と比べても遜色ない
「英霊」 としてのものに他ならない
「そうか」
そしてその答えはシグナムにとっても予測済み
淡白な声でそれを受け取った将
残念だと思う余裕は彼女にはない
こいつらは途方も無く強い
完全に死に体であり、自身の全出力を小さな武器で受け止めているこの相手
100㎏200kgでは効かない負荷を今も相手に与えているにも関わらず
瀕死の状態で、このしぶとさ――この力強さはどうだ?
手心を加えられる状況でも無いし、彼女を仕留めた後はあのランサーを抑え付けなくてはならない
故に、、
(悪く思うな……)
騎士は今、、出力の解放弁を―――全て開けた
攻撃に――相手を斬り伏せ、燃やし尽くす豪火のデバイス
魔剣・レヴァンティンにカートリッジを叩き込み、最後の一振りをここに下す
その前に辛うじて立てていた防御など何の役にも立たない
最後の砦であった右手の鎖と左手を何なく吹き飛ばし――騎兵のサーヴァントの首を飛ばす
その手応え
その過程を
女剣士の両の瞳は余す事なく捕らえ、
そして断罪の刃は―――降り抜かれる
、、、、、、、、、、、、、、、、――――
事が終わったはずの騎士の瞬き一つせぬ両目は―――
その瞳の中に写るのは―――
ホースのように吹き出した大量の血と共に跳ね上がった
彼女の凄惨な、生首―――
常人ならば目を背けてすら嗚咽に咽ぶ光景を、騎士はただ静かな面持ちで受け入れる
今まで切り結んでいた生命力を持った肉体が
その瞬間に肉隗と化して、カクンとその場に崩れ落ち――地面に投げ出される
長く美しい髪を伴った「ソレ」が、無造作に地面に落ち――
ごろごろと転がって自分の足元に落ちる
その見開かれた瞳が、怨と、恨の念を以って――
物言わず、静かに、自分を見上げていた
、、、、、、、、、、、、、、、、――――
…………………
…………………
かつて飽きるほどに繰り返してきた工程だ――
その感触も、その光景も、むせぶような血の匂いも
自分には慣れ親しんだものに過ぎず――
故に騎士は、その一秒先には訪れているであろう未来の情景を
ここに幻視し――予め受け入れた
もはやそれ以外の未来、それ以外の結末など無いのだし…
昔は持ち得なかった命を奪う罪悪感に対し、気構えくらいはしておきたかった
……………だけど、、
その幻視は、今思うと少し妙だった
違和感があったのだ
いつも通りの光景で、いつものように凄惨で、
切り捨てた相手の、いつものように自分を怨嗟の篭った目で見上げる 「その瞳」 がそこにあって――
ああ、でもおかしいな………
自分はこの 「相手の瞳」 を今、初めて目にしたような気がする
たかが数合の打ち合いで勝負はあっさりと終わってしまったけれど――
勝負をする時はいつだって相手の視線から目を逸らさない
だから、前から相手の目なんてイヤになるほど見据えていた筈なのに――?
相手の女の右目―――
その紫水晶の如き、妖艶な瞳の奥にある立体的なスクエア―――
ああ…………そうか
そういえば、この相手―――目隠しをしながら戦っていたのだった…
ゆったりと、彼女の思考が今になってそんな事実に思い至る
その両の目は眼前の女の、アイマスクのずれた、その中から覗く――
――― キュベレイの魔眼の光を ―――
瞬きも忘れて見据えていたのだった
――――――
Lightning vs Lancer 2 ―――
第二ラウンド、と――槍兵のサーヴァントは言った
だが初め、魔道士にそんなつもりは毛頭なく
彼女は他ならぬ最初の一撃で勝負を決めるつもりだったのだ
だが、外した……仕留めそこなった
ならば今ここで自分がすべき事は一つしかない
瞬の域で答えを出したフェイトテスタロッサハラオウンの行動は速かった
躊躇わずに敵の懐に飛び込み、先手必勝を期して攻め続ける
対して苦戦を余儀なくされるランサー
手傷を負った事を差し引いてなお
セオリーを全く無視した相手の埒外の剣技にはっきりと戸惑い、防戦に追い込まれている
あのシグナムを追い詰めた英霊を相手に優位を維持する快挙
雷迅はその降り注いだ一瞬にこそ最強の威力を秘めているのだ
だが、、
落雷に被爆し、滅びる事を待つのみの者が
驚異的な粘りで雷雲が通り過ぎるまで凌ぐ事が出来た場合――
陽光は雲を割って顔を出し、相手に生還の可能性を見出させてしまう
今、フェイトのラッシュに押し切られつつも渾身にて相手の斬撃を打ち返した槍兵
二人は改めて対峙し、互いの挙動に全神経を集中している
その瞬時のやり取りにて――相手の微かな変調に気づきつつあるサーヴァント
そうだ、、そもそも初撃からして妙だったのだ
あの時、自分は完全に意表を付かれて意識の外からの攻撃を許してしまった
咄嗟に防御行動をとったが確実に一拍子は遅れた――
故にあの場面、、相手が余程のヘボでもない限り、自分を討ち漏らす事などあり得ない
しかしてその一撃はヘボどころか宝具クラスのそれだった
生還の可能性など測るも馬鹿馬鹿しいものであり、運がよかったで片付ける規模でもない
なら―――何故自分は未だにここに立っている? 仕留められていた筈なのに、何故?
(――――その答えが、アレか…)
合点がいった
こうして改めて相手を見るとよく分かる
構え、重心、足の位置―――
初めの一撃から始まって彼女の打ち込みを受け続け……男は確信に至る
――― 肩を………壊しているのだ ―――
この相手は既に深刻な損傷を受けている
恐らくはライダーとの戦いで負った傷だろう
明らかに反応の遅れた出来損ないの防御で
宝具級の一撃に対し、何とか残せた理由がこれだ
左肩を無意識に庇った大剣振り下ろし――それが僅かに真芯を外してしまっていたのだ
何と運の悪い……
戦で負った傷とはいえ、それがなければこの勝負は既に終わっていただろうに――
(て、おい……ちょっと待て……)
という事は何か?
この目の前の女は今の今まで――ほとんど片手で自分を追い詰めているとそういう事か?
あの凄まじい乱舞をほとんど片手でやってのけたという事なのか?
「あり得ねえ……どう考えてもおかしいぞ…」
既に次の攻防が始まろうとしていたにも関わらず
片腕の女にボッコボコにされている事実に思わず顔をしかめるランサー
俺ってこんなに弱かったか、、?などと首を傾げる男を前にして、
(怯むな……! ダメージはあるはず……なら今、行くんだ!!)
先の戦闘から引き続き、微塵の失速も見せずに今一度相手に飛び込むフェイト
スタートダッシュからザンバーを叩き落すまで、ほとんどコマ落としの速度である
こんなものをまともに捌ける者など星系を渡り歩いたとて何人いるか…
再び繰り返される雷神ラッシュ
烈火の将相手には不退で圧倒してきたランサーがじりじりと後退し
相手の剣をやっとの思いで受け続ける
こちらに匹敵する速度で威力は向こうが格段に上
少しでも身体を浮かされればまた空中で良い様に弄ばれる
これではたまらない、、ジリ貧もいいところだ
「くそがッ! このアマ……マジでどういう構造してやがる!?」
「押し切るんだバルディッシュ! 何としてもここでっ!」
<Yes sir...>
もはや一方的と言っても良い展開
だが、この魔道士の心胆にそんな優位性など微塵も無い
とにかくこの槍兵を早急に無力化したい彼女
肩の負傷を別にしても不安要素は――――多分にある…
あのシグナムをも圧倒する相手
「それ」に気づかれる前に何としても押し切らなければならない
奇襲とはその一撃で相手の喉笛を噛み千切ぎるからこそ奇襲として完遂する
もしそれを十全の力で受け止められてしまえば速攻をかけたこちらが逆に手痛いカウンターを貰うことになる
故に決戦兵器バルディッシュザンバーの一見、圧倒的に見えるその攻防は
実はフェイトの背水の気迫を映し出したものに他ならなかったのだ
――――――
巨大な刃が縦横無尽に跳ね上がり、黒衣が目にも止まらぬ速度で翻る
視界に辛うじて残す金の髪が残影となって場を描く
猛攻は続く
実際の時間にすれば未だ一刻
されどその濃密に圧縮された攻防は千の挙動をゆうに超え
雷迅の鉄槌が次々に繰り出され、今もなお防御を固める槍兵に叩きつけられていた
一撃一撃ごとに火花が飛び散り、バチバチと放電した音が場に劈く
受身に回る槍兵の硬い門ごとこじ開けようとする、それは天空を支配する雷神の猛りそのものだ
「はぁぁあああッッッ!!!」
「――――、シィ!」
二人の裂昂の気合が苛烈な戦闘を彩ろうとするが
残念ながらその声は両者の動きにまるで付いていっていない
広々とした開けた林道が、この槍兵と魔道士にとってはキツキツの箱庭だ
アスファルトの道路では飽き足らず、ガードレールを、断壁を足場に縦横無尽に駆け抜ける青と金色の閃光
ことに対峙は一瞬
距離が離れたと思った矢先、またも瞬時に踏み込んでくる魔道士
その金の魔力光はまるで流星の尾のようだ
常人には目で追う事も不可能な速度でランサーの懐を侵し、一気呵成に打ち込む姿は鬼気迫るものがあった
「たぁぁッ!! はッッ!! はあああっっっ!!!」
「―――、………、」
その蒼い肢体が一撃一撃ごとにズレる
この男の戦績をして相手とまともに打ち合えない事態などほとんど記憶に無い
槍兵を叩き伏せるべく更に更に加速していく雷迅フェイト
(後方に向かったシグナムはどうなったんだろう……)
あのシグナムがあそこから取りこぼす事は考えにくい
なのはと並んで詰めの苛烈さに定評のある騎士だ
きっと心配は無い、、向こうはもう既に決着がついているかも知れない
だがもし万が一………取り逃がしていたとしたら――
後方にそびえ立つ森林―――
先ほどまで自分が味わっていた蟻地獄のような戦いを思い出し、、フェイトは顔を曇らせる
あの森は巨大なクモの巣
あの恐ろしい女性はそこを縦横無尽に這い回る毒蜘蛛だ
もし逃がせば―――烈火の将とて危ない……
故に、、
(この人はここで……倒す!)
亀のように丸まって防戦に回るランサーを一気に突き崩すべく
雷の女神の猛攻が更に冴え渡るのだった
ヴぁおん、ぎゃり、
バチバチ―――ゴゥ、
形容し難い打撃音と風切り音に、炸裂音、轟音、放電音が重なり
もはや打楽器による何重奏かも分からないオーケストラが場に響く
鼓膜がおかしくなるような轟音を辺りに撒き散らしてクロスレンジで打ち合うフェイトとランサー
いや―――打ち合うという表現は正確ではない
未だランサーはほとんど自分から手を出せず、フェイトに攻めさせるがままになっている
「――――、」
沈黙を守り続ける疾風の戦士
その胸中はいかばかりのものか
一見、速度と威力を兼ね備えたフェイトのザンバーフォームに手が出ないようにも見えるが…?
(狙いは……武器だ、、武器を壊すか飛ばせれば私の勝ちだ!)
攻勢に出たら主導権を相手に戻さないのは基本中の基本
絶え間無く攻める魔道士に迷いや躊躇は一切ない
そして堅固なる相手に今の今まで粘られてはいるが、相手に武器を失わせればノーリスクで近距離のバインドを使用できる
それで取り押さえてしまえばこの戦闘は終了―――制圧完了だ
これで問題は無い筈
勝利への図式を明確に頭に描いた執務官
打ち込まれるザンバーの巨大な刃渡りを凌ぎ、往なす男
自分と同じスピードで動き回れる相手と久しぶりに出会ったフェイトであるが
ならば速度が同じなら単純な話―――デカくて、長くて、重い武器を持つ方が有利な事は自明の理
振り下ろされる金色の大剣に比べ、目の前に相対する槍は見た目いかにも頼り無く
軽量で、巨大武装に相対するには細過ぎる
この圧倒的重量、質量、破壊力の差を生かさぬ手は無い
二十、三十発と打ち込めば、いずれ必ず相手の武器は朽ちるか
相手の両手が衝撃に耐えられずに武器を手放すのが必定
それが道理――それがセオリー
この世にひしゃげ、壊れぬ武器などないのだ
対して瞬時に数十合を超える攻防の中――
槍の合間から覗く男の両眼が、そんなフェイトをじっと見据えていた
幾多の剣と槍の鬩ぎ合いに隠れたその向こう
男の切れ長の瞳が射抜くようにこちらを凝視しており、、
攻めるフェイトの心胆を寒からしめる
「はぁっ!!」
「うおっと…!」
水平雷斬!
そんな相手の視線ごと薙ぎ払うような一撃
男は再び潜ってかわす
間髪いれずに下段を払うザンバー
今度は跳躍してやり過ごす
ならば次は斬り上げだ!
刃を返し、下から襲い来る巨大な稲妻の塊を男は身を捻ってかわす
(もう少し……もう少しっ!)
まるでサルを棒で追い掛け回す人の図だ
凄まじい身のこなしで、自分の攻撃を紙一重でやり過ごす相手を
それでも卓越した反射速度で徐々に、徐々に追いつき、追い詰めていく魔道士
剣戟はなおも続く
驚くべきはフェイトの巨剣の扱い方だ
この槍兵の見てきた超重武器の闘法のセオリーを虚仮にし倒す彼女の剣戟
右方に凪いだ巨剣が間髪入れずに左方へ戻ってくる
あり得ない、、あの返しは無い、、
身体ごと振る大剣でこの挙動はあり得ない、、
まるでサーベルを振り回しているかのような軽やかな打ち込み
だのに、その重さは巨剣のそれそのものだった
―――ランサーには知る由もない
面食らうのも当然なのだ
彼女―――フェイトテスタロッサハラオンはそもそも剣士などではなく、、
――― 魔道士 ―――
これに気づかず、己がセオリーで推し量ろうとする限り――
いかにランサーといえど敗北は免れない
防戦一方だった男の表情が、ここではっきりと変わる
その緋色の目は今何を映し出すのか
いつだって獰猛に煌き、殺気を灯った目で敵を射抜くその双眸
男の魔獣の瞳はただ静かに金髪の魔道士の奮戦を映し出し
対して、フェイトも真っ向からそれに相対する
ギリギリと空間を鬩ぎ合う両者の気勢と刃は留まるところを知らず――
だが時を置かずして天秤がフェイトの方へと傾くのは時間の問題に思われた
ランサー未だ攻めず
そして攻めぬ者に勝ちは無い
神話に名を馳せた真紅の槍が今――雷光に飲み込まれようとする最中、、、
「お前さん―――左肩、イカれてるだろ」
「……!」
唐突に男が切ったカードにぎょっとする執務官だった
一瞬だが、息を飲み責め手を止めてしまうフェイト
内心の焦りの一端を突かれた事による、それは明らかな動揺
(やはり、、気づかれてたのか…)
不安要素の一
己がコンディションの推移
相手と斬り合う近接の間合いにて四肢の一端に傷を負っているという事実
出来れば相手に知られたくなかった、、
知られれば当然、敵はそこを突いてくる
魔力補助による肉体運用で成り立たせているミッド式魔法による戦術
たとえ左肩の筋肉がほとんど利かない状態だったとしても誤魔化せる技術を彼女は持っているが、、
今なお脊椎を競り上がってくるような激痛に耐え忍びながらの攻防
このレベルの相手を前にして、それがコンマ一秒の遅れに繋がった場合
攻守は簡単に逆転してしまう
故に知られる前に決めておきたかった
敵に攻め手を与えぬままに完封すれば負傷など関係ない
だからこそ、本来の自分の距離を捨てての全力チャージであったのだが、、
「………は、ぁッッ!!!」
思案に埋もれる事、一秒弱
敵の思わぬ指摘によって膠着しかけた戦場を再び強引に動かすフェイト
巨剣を構えて突っ込む彼女の攻め手は変わらない
未だ敵に攻略の糸口を許したわけではないのだ
ならば今、戦法を変える謂れは無い
負傷箇所を言い当てられたとて、それが戦力を引っくり返す要因にはもはやならない
相手だって苦しいはず、、苦しいからあんな事を言ってこちらの動揺を誘ったのだ
落城まであと僅かなのは間違いない――ここで突撃を止める馬鹿な司令官はいない!
そんな攻め続けるフェイト
――――彼女自身は、、まだ気づかない
その熱気を帯びた肌は、ほどなく掴む事になる勝利の凱歌ゆえのものか―――
全身を駆け巡るアドレナリンが加速に次ぐ加速を以って彼女の体内を駆け巡り
だから今のフェイトに恐れや焦燥、躊躇の心は無い
だが、それは妙ではないか…?
この執務官は冷静沈着にして、常に冷徹な思考と判断の元に戦局を動かすタイプの魔道士だ
ならばいかに攻め手に偏ろうと、ここまで向こう見ずな攻めを敢行し
興奮に身を窶した戦い方をするだろうか――?
それは、、その心配は――果たして杞憂ではなかった
彼女の奮起は、いつしか心に抱いた焦りを隠すもの
攻め手が止まってしまうのを、脳内麻薬によって人為的に戦意を高揚させ
己が身を奮起させての苛烈な攻めであり、
いつしかその全身に立っている鳥肌を決して自分から見ぬように
歯を食い縛って攻め抜く、悲壮な姿に他ならなかったのである―――
――――――
そう、、
もうすぐ崩せる――
あと少しで落城――
そうやって、自身を奮い立たせ
自分は一体、何回この相手に打ち込んだのだろう?
――― 一撃必殺のつもりで磨いたこの刃を、何回打ち込んだのだろう…? ―――
振り回し続けたプラズマザンバー
「短期決戦」時に使用するフルドライブの刃は計算にしてあと数分は持つが
これが減退の陰りを見せ、雷雲が引き、陽光に照らし消され始めた時――自分の敗北は動かぬものとなる
そして先ほどから全身に感じる寒気は収まるどころかどんどんと増していき
今や猛烈に感じる不吉な予感と共に膨れ上がっている
これだけ――これだけ攻めていて、一方的に打ち据えている筈なのに
一向に崩れない、削れている気がまるでしない相手
巨大な天にも届く壁に向かって打ち込んでいるかのような絶望感は徐々に膨れ上がっていく
あるいはフェイトは初めから気づいていたのかも知れない……
他ならぬ、近接では自分より格上の騎士であるシグナムに稽古をつけて貰っていたが故の感覚
相手が自分よりも幾段も上手であるという感覚に―――
「おい」
「……!!」
この人は――この相手は――
「殺し合いはビビった方の負けだぜ?」
自分の近接技量で果たして打ち倒せる相手なのだろうか?という事に―――
巨大な刃を全霊で叩きつけるフェイトの顔に浮かんだ焦りは、もはや隠しようも無い
数分間、フルブーストで打ち続けた剣戟
魔力回路はレッドゾーン寸前にまで吹け上がり、これ以上の行使に歯止めをかけてくる
だというのに、そこまで踏み込んで攻めたというのに…
その両の手に響く手応えが次第に、次第に、強くなっていくのはどういうわけか…?
それは言うに及ばず、己が剣が相手に与えているはずの衝撃が徐々に打ち返されているという事であり
機先を制していた自分の斬撃が一撃一撃、丁寧に確実に、受け往なされ始めている証拠だった
(な……何て、人だ……)
人知を超えた強固な受け―――こんなのは、、こんな事がありえるのか?
なのは達、高出力のフィールドによって生成された防御ではない
バリアもフィールドも使わずにあんな細い槍一本で、フルドライブの刃を弾き返すというのか?
「―――らぁっ!!」
ここでカッと目を見開いたランサー
沈黙していた魔獣が目を覚ましたかの如く
完全防御姿勢のままに初めて自分から間合いを詰める
未だ間合いはフェイトに分がある
男を寄せ付けぬ巨大武装の深い懐を維持したまま
自身に決して打ち込ませない魔道士の剣の幕
だが、それを前にして爆ぜる男の感情は凄まじく
まるで結界寸前の防波堤を必死に塞き止める感覚に似ていた
しかしながら、あるいはそれは男の感情ではなく―――
(無理もねえ――そろそろ限界みたいだからな
俺じゃなくて、こいつが――もう我慢出来ねえってよ)
―――彼の持つ呪いの魔槍のものだったのかも知れない
何せケンカを売られていたのはランサーではなくこの槍の方なのだ
あの女は、この真紅の槍を容易く叩き折るつもりでいたらしいのだから
その認識不測―――許し難い無礼を改めさせてやらねばなるまい
それは致命的な
今の時点ではどうしようもない認識不足であった
このフェイトにも、先に紫電一閃を防がれたシグナムにも―――知る術などなかったのだから
二人が 「こんな細い槍で…」 と断じたそれ
容易く破壊できると思ってやまなかったそれ
武器を壊せば投降させられると踏んだフェイトを嘲笑い
巨大な剣を受け止め、往なし、ビクともしないこの槍こそ――
ノーブルファンタズム――尊き幻想
――― 宝具と呼ばれる神造兵器 ―――
この世の理から外れた神秘の具現――
アーティファクトと呼ばれるものに他ならなかったのだ
幻想は幻想によってのみ塗りつぶされる
神器たる宝具は物理的な衝撃では破壊できない
単純な膂力で傷一つつける事は不可能
何故ならそれは文字通りの 「具現化した幻想」 であり
この世から剥離された 「現象」 そのものであるからだ
もし「幻想」を叩き折りたいのならば自身の繰り出す一撃に
かの物を、その伝説ごと葬り去るほどの 「概念」 を込めなくてはならない
より強大な幻想で塗り潰さねばその幻想を消す事は叶わないのである
そんな事も知らずに、単にデカイから速いからと――
こちらを圧倒できる気でいた木偶の坊に
そろそろ借りを返す時じゃないのか? なあ、クランの猛犬――
槍がしきりに男に語りかけ、その獣性に火をくべようとする
「……………」
沈黙を守り続ける槍の魔人
相手の攻め手に対して今まで防御に徹するという男らしからぬ手際
迂闊に手を出せば自分とて打ち負けるとでも判断したのか
この最速のサーヴァントが今の今まで先手を譲り続けたのだ
止まっていては槍兵の名が泣く――
まさにその通りだ
その屈辱にもそろそろ耐え難くなって来ただろう?
正直、こちらはストレスで死にそうだ…
加えてあちらはおケガを召していて
しかも、――――なぁ?
「……………」
何を躊躇う、クーフーリン?
ああ、そろそろ――そろそろ、「いい」だろう?
亀のように縮こまってるのはもう沢山だ
お前は最速のサーヴァント
アイルランドの光の御子
そして我は呪いの魔槍――ゲイ・ボルグ!
さあ、固まってるのも飽き飽きした!
珍しい剣を見せて貰った事だし散々やってくれた礼もある…
―――― 本物を見せてやれ ――――
守勢にてフェイトのザンバーの猛撃を受けるランサーに語りかける声
それは男にしか届かず、フェイトの耳に入る事はない
(…………!!)
だが、魔道士には今、この槍兵の肢体が確かに……
ぐん、と巨大に膨れ上がっていくのを感じずにはいられない
それは彼の纏う爆発的な闘気が醸し出した幻影のようなものなのだろう
百戦錬磨の執務官だからこそ、その変化を見て取れる
戦友の烈火の将を初め、自身を大きく見せるほどの闘気の持ち主に会うのは初めてではない
ただ、それが今まで――
今までの彼女のキャリアにおいて出会った、どんな相手よりも―――大きく強大なものであるという事実が、、
今もなお攻め続けるフェイトの口の中を、生唾も飲み込めないほどカラカラに干上がらせる
この時、自身の意識を襲う嫌な感覚を彼女は認識せざるを得なかった
執務官として培った 「戦局を読む力」 が見せた皮肉
戦況が、形勢が、、スイッチを入れたようにカチリと――
音を立てて変わった様な不吉な感覚に苛まれていたのだった
「くっ………はぁっ!!」
ブォン、と、風を切る音が斬撃の「後」に響く
まともに受ければ地面ごと引っこ抜きかねない巨剣
そんな大剣の横一文字のフルスイングが英霊を襲う
だが、、受けに徹し、我慢を重ね
満を持して一歩を踏み出した槍の魔人
その気勢も、内に溜め込んだ闘気も先ほどまでとは比べ物にならず
まるでその痩身から溢れて漏れ出んばかりである
いつ爆発するかも分からぬ時限爆弾を前にした時のような感覚を
必死に振り払うようにザンバーを振るうフェイト
だが男はその豪快な一撃を苦もなく屈んで流し
通り過ぎていく剣の腹を――――今、槍で追い突いたのだ
「う、くっっ!?」
途端、今まで揺るぎようが無かったフェイトの体勢がグラリと上体から流れる
虚空を称えた瞳で、他愛の無い仕草で槍を振るったランサー
その痩身に時を置かずして再び返し刃が降り注ぎ、――
降り注ぎ、――
(……ぅ、、、)
唇を噛むフェイト
返し刃は―――来ない!?
斬り廻しのタイムラグがほとんど無い彼女の剣技を破る方法の一つがこれだ
返しが速いとはいえ、その一打一打がフルスイングである事に変わりは無い
だからその身体全体で、全力で降り切った、もっとも力の流れる瞬間に
「新たな力」 を加えられたらどうなるか?
そこには彼女の御し切れない膂力が発生し――コントロール出来ない力が生ずる
それは相手の力を利用する「合気」とか「柔法」と呼ばれる技術であり
力で崩せぬ敵を、相手の力を利用して、そこに自分の力を加えて崩す達人業
「極めし者」であるこの男が、本来素手の技法である合気を武器でやった事に今更驚くでもないが
むしろ信じられないのは挙動補助の魔法を駆使したフェイトの打ち込みに数分違わず合わせて来たという事だ
初速からマックススピードを計測し、予測も対応も困難な彼女の近接攻撃を
蝿でも叩くかのように……刃が通り過ぎた後を追うようにその槍で突いたのだ、、この男は!
(見切られてるのか……こんなにも見事に…!)
この短時間で己が戦技を早くも見切り始めた敵
やはりシグナムをあそこまで痛めつけたこの相手は恐ろしい手練だった
(何とか……しないと…!)
感情を乗せぬ表情でこちらを見つめるその男
何を思い、考えているのかすらこちらに読ませてはくれない
戦局は徐々に押し戻されようとしている
ここで――ここで押し返さねば……負ける!
苦楽を共にしたパートナーであるバルディッシュの柄を汗ばむ手でぎゅっと握り締め、、
フェイトは静かに、肺に酸素を送り込む
男の言葉を借りたくは無いが、ここは謂わば第二ラウンド中盤戦
気合で負けたら、気持ちで負けたら一気に持っていかれる
佇む二人が織り成す最速の戦いはいよいよ佳境を迎え――
じりじりとひりつく空気に戦意を称えて
雷光と魔犬は死界領域へと足を踏み入れるのであった
――――――
最終更新:2009年10月14日 17:47