間奏 2 ―――
「凄いわね…」
フェイトとランサー
シグナムとライダー
四者が集う戦場――山道地帯を舞台としたこの戦いを今また、遥かな高みから観測する影がある
「でも一回戦に比べて地味、ですわねぇ…
初めに良い駒を投入し過ぎたんじゃありませんのぉ?」
「いえ……確かに火力では先の戦いに一歩劣りますが
繰り出す技の冴えは微塵も劣るものではありません
特にこの槍の戦士は素晴らしい」
彼女達は戦闘機人
この血みどろの宴を開催した狂気の天才――ジェイルスカリエッティの生み出した半人半機の娘たち
そしてここは揺り篭の中枢部にて、此度の催しの主催席
彼女らが今、宿敵・機動6課と駒となるサーヴァントの戦力分析をすべく
数あるモニターにかぶり付きながらの作業をおこなっているのだ
「上手い事ばらけてくれたおかげで総当りの様相を呈していますね
万遍の無いデータが取れる……あとは、隊長陣の全開出力さえ出せれば、」
「はいはい……流石はセッテちゃん、マジメでちゅねー♪
どーせ戦闘タイプでない私には影を追う事すら出来ないバトルですわよん」
むくれる四女
戦闘特化の妹ならば何とか観測できるこの戦いも
自分の反応速度では何をやってるのかさえ分からない
「ふふ、腐っている暇は無いわよクアットロ
私たちだってやる事は山積みなのだから…
……………ところでトーレとチンクの姿が見えないのだけれど?」
「トーレ姉さまは調整室ですわ
モニターだけ回してくれと頼まれてます
チンクちゃんはブリッジ……またあの神父にイジメられてるんでしょうねぇ」
両手を挙げておどけて見せるクアットロ
モニターで繰り広げられている戦い――
最悪の事態は、英霊二人が6課の連中に叩き潰される展開だ
それだけは避けねばならないが、生憎遊戯盤に記された駒以外はその舞台に立つ事は許されない
故に先ほどまでは予断を許さぬ状況だったのだが……どうやらピンチは脱したようである
ひとまずは自分らが心配する必要はないだろう
モニターをオートにしてくつろぐ四女を尻目に――
(…………トーレ姉さま)
七番目の機人ナンバーズ・セッテ
もっとも喜怒哀楽に乏しいと言われた彼女が
調整室――姉の消えた方向を見て、その表情に陰を落とすのであった
――――――
調整室――
彼らの潜伏する揺り篭 (今はレプリカであり本来の機能はほとんど無い) にて
ナンバーズの性能チェック、チューニング、オーバーホール等を施す部屋である
そこに今、一陣の風が巻き起こり――次いで遅れるように来た衝撃波が周囲を切り裂く!
キュギ、!という鼓膜を引き裂く音波は、あの英霊や6課最速のフェイトと同様
空気を断ち切り、音を置き去りにした事によって起こるソニックブームの残滓に他ならない
そしてその先――この現象を起こした張本人
ナンバーズ3・トーレが部屋の突き当たりにて静かに佇んでいた
IS・ライドインパルス――
彼女の身に宿る無二の牙
視認外から、視認出来ぬ速度にて、視認を許さぬままに
対象に必殺の刃を浴びせるという単純にして強力な武装兵器である
その後姿――両の足から異常加熱に対する冷却装置がフル稼働し
廃熱の煙が蒸気のように彼女の全身を包み込み、機械の身体を通常シフトへと戻す
奇襲に特化したこのISは一撃必殺を旨とし
理論上、回避も防御も不能の最強の技―――
―――である筈だった
「く、、そ……!」
ダン、と――彼女の壁を叩く音が部屋に響く
十二分なる絶技を繰り出したにも関わらず
彼女の表情はありありと苦悩に染まっており
周囲のモニターが映し出す機動6課とサーヴァントの戦いを今一度、彼女は沈んだ瞳で見据えている
「何が理論上最強だ……ふざけるな…」
鋼の身体に似つかわしくない、それは弱々しい呟きだった
「その理論が通用しなかったからこそ……我々は、、
私はあのような無様を演じる羽目になったのだろうが…」
吐き捨てるように紡いだ言葉は自責の念か
かつてJS事件において6課のフェイトテスタロッサハラオウンに完全敗北を喫し
この遊戯盤においても魔法使いに惨敗、
そして今、目下で行われている戦闘に対し
己が性能を当て嵌めてシミュレートして出た結果―――
(―――― 全然ダメじゃないか……)
改めて実感せずにはいられない彼らとの「差」に彼女は今、心底の絶望に苛まれているのだ
ライトニング1・フェイトとの交戦時、オーバードライブを出させた事で
敗れはしたがその力の差は紙一重だったと言い訳することも出来た
だが、、今、見た……
見てしまった……
フェイトテスタロッサの 「限界領域」 での戦闘を――
その判断力、決断力、柔軟な思考…
通常モードにして、あの時自分に見せたフルブーストの戦力に拮抗させるだけの「戦術」を
彼女はまだあれだけ隠し持っていたのだ
つまりはそういう事……何の事はない……
単に自分は彼女をそこまで追い詰められなかったというだけの事なのだ
出力不足だった、性能不足だったなどと、そんな単純なものではなかったのだ
あの時、AMF下に落とし込んでの戦いで自分達が負ける要素など微塵も無かった
こちらの勝ちはデータによって叩き出された完璧なものだった
なのに、、、負けた
相手はセオリーの上を行き
自分らのデータから算出した計算の遥か上を行き
そしてこの身を、難なく……打ち倒していった―――
(出来ない……)
自分には……いや、戦闘機人に 「ソレ」 は出来ない
あくまで決められた事のみを忠実に行い
数値上の結果しか叩き出す事の出来ない自分らには――その先を越す力が無い
モニターで、傷つきながらも騎兵のテリトリーを見事突破し
今、呪いの魔槍を相手に獅子奮迅の剣技を見せる――あれがフェイトテスタロッサハラオウン
プロジェクトF――あの博士自身が 「自分以上かもしれない」 と唯一認める存在
天才・プレシアテスタロッサが生涯をかけて作り出した最高傑作
AMFの無い、尋常な一騎打ちで……この自分は彼女相手に何分持つのか?
今ではノーマルモードの彼女を相手どってさえ、既についていける自信が無い
―― つまり自分は彼女にとって、ライバルにすらなり得ない存在だと言う事だ ――
――戦闘機人の誇り
――博士の作り上げた最高傑作たるこの身の証明
今にして思えば滑稽な話だが
以前は博士に作られし自分達が最強だと信じて疑っていなかった
魔道士など緒戦はただの人間
決して我らに勝てるはずがないと――
姉妹たちも自信に満ち溢れていた
管理局の戦力を前にしても負けないと本気で疑っていなかった
(――地に堕ちたな……)
そんな自信も誇りも、何もかも――
この絶望的なまでの戦力不足……
圧倒的無力感に苛まれ、腐って堕ちて、見る影も無い
(ドゥーエ……)
虚空に視線を泳がせて
遠く離れた戦地にて散った、既にこの世のどこにも居ない姉の名を呼ぶ
不甲斐無きこの身では、姉の無念を、共に抱いた悲願を成就する事は出来ないのか――?
彼女は、この世に生まれ出て初めて戦闘部隊の長たる責任と重圧に悩み……苦悩する
目の前に持ってきた拳が――血が滲むほどに握られていた
「トーレ姉さま」
その時、、
何時の間に部屋に入って来たのか
背中越しに7女・セッテの姿を認めるトーレ
不意にかけられた声に葛んだ視線を向ける
「セッテ、、私の調整中は部屋に入るなと言ったはずだ」
「ウーノ姉さまの決定を伝えに来ました
ランサーとライダー……あの二人を迎えに行くのは我々になりそうです」
「………出て行け」
覇気の無い姉の様子にそれでも言葉を続けるセッテ
「チンク姉さまの件もあります……戦闘になるかもしれません
その時に備え、最も充実した戦力で行くのが望ましいとの判断です」
「充実した戦力……?」
陰を含んだ三女の声に苛立ちの感情が芽生える
(分かっているのかこいつは…?
今更、内輪で決めた最強に何の意味があるのか?
このまま、のこのこ出たところで―――)
「奴らを相手にその充実した戦力とやらがどれほどの役に立つ…?
また二人して無様を晒して逃げ帰るか?
フ……私としてはお前と一緒にドッグ入りする腐れ縁もそろそろ飽きて来たのだが」
辛辣な言葉がセッテにぶつけられる
フェイトに斬り伏せられてより
互いに寄り添っての修理を受ける事が続くこの二人
戦士である彼女達には決して良い思い出ではないだろう
「…………気を悪くされたのなら謝罪します、姉さま
全ては私のサポートが至らなかったがゆえ」
「…………いや、いい、、忘れろ」
「……」
「……」
背を向けたまま振り返ってくれないトーレの背中を見据える7女
姉のこんな姿を見るのは初めてだった
こんな時に何を言えば良いのか――色々考えようとして、、
自分にはそんな機能は付いてない事
結局は当たり前の事しか言えない自分に気づく
「戦力的に厳しいのは私も承知しています
ですからなおの事、キチンとしたデータ取りをして
それを反映させねばなりません……今までそうして来たように」
「ああ、そうだな……それは前回、イヤというほどやったな」
そして――――負けた
惨めに、圧倒的に、地に這い蹲ったのだ
ならば今回、この最悪のスタートを切った自分達が
前回と同じ事をしていて、それで事態が開けるのか…?
このまま前の二の轍を踏むだけではないのか…?
どうすれば―――どうすれば良いのだ――?
「トーレ姉さま…」
無表情の中に精一杯の気遣いを含んだ瞳がトーレに向けられる
「すまん……馬鹿な事を言っているのは自覚している、、許せ」
「いえ」
(呆れたものだ……この私が妹に愚痴を言って心配されるなどと)
それは消沈した心に微かに残った姉の「尊厳」
崩れる自我をギリギリのところで残す彼女に残った唯一の支え――
「戻るぞ」
「はい」
結局、ほんの数瞬見せた弱い心
それが嘘のように――トーレはいつも通りの表情を取り戻し、セッテを伴って部屋を出る
その心は、使命と責任と、無力と焦燥の狭間で未だ揺れてはいるが
妹の前で、自分の背中に付き従ってくる者の前でこれ以上、弱みを見せる訳にはいかない
(強く……ならねば)
内に悲壮な決意を抱く三女
秘めた想いは強さへの渇望と、失った誇りを取り戻す事
機「人」として、目覚めた感情は、彼女をどこへ連れていくのか
その答えはまだ―――誰にも分からない
――――――
Flame vs Rider 3 ―――
――― まるで石にでもなったように ―――
「……………あ」
間の抜けた声と共に――将の動きが止まっていた
ライダーのアイマスクによって常に隠されていた瞳
ずれた布から覗いた片目が騎士の視線と合った瞬間――
全てが――凝固した
魂を抜かれたようにその場に硬直し
剣を相手の喉下に突き付けたまま立ち尽くすシグナム
「、、、、」
思考すらまともに働かぬ状態
一体何が起こったのかすら彼女は理解していないだろう
そしてその時――シグナムの首に
スルリと伸びた相手の爪が食い込んでいた
「なっ!? が、ぐっ!???」
正気(?)に戻った、、
いや、苦痛に無理やり呼び戻されたといった方が正しいか
その握力のままに喉をワシつかみにされたショックが
全ての機能を停止した女剣士の身体に再び意思を灯す
「あ、、がっ…、、」
しかしてその口から漏れるのは己が意思によって紡がれた言葉とは程遠い、苦悶の呻き
(何が……一体、何が、起こった……?)
――どうして相手の首はまだ繋がっている?
――どうして自分が組み伏せられている?
――何故、騎士甲冑が何の機能も果たさず相手の魔手の侵入を許したのだ?
その疑問を口にする暇も無い
ギリギリ、と食い込む爪は容易く彼女の喉を潰し
気道を絞り上げ、みるみるうちにシグナムの顔が蒼く染まっていく
「あ、あ"ああッがぁ……!」
「――――、」
視界がぼやけ、目の前の女の表情すら霞んでいく
その歪んだ視界に映った紫の女怪がペッと、口から血の塊を吐きながら
目に当てていた布を静かに戻した事など――今のシグナムにはどうでも良い事だ
首を締め上げ、騎士の身体をそのまま宙に持ち上げるライダー
その長い髪が心情を表すように、一本一本が生きた蛇のようにザワザワと蠢く
(何、だ……!? どうしてしまったのだ私は…ッ!??)
容赦も油断も無く確実に仕留めるべく相対した筈なのに…
不可解――あまりにも不可解ッ!
「か、、、ふ、!? …」
この騎兵の握力は人間の頚椎など容易くヘシ折ってしまうほどのものだ
故に時を置かずして、あと一握りでシグナムのそっ首はマッチ棒の如く、気道ごと捻じ曲げられてしまうだろう
互いの命を天秤にかけるデッドレースは一瞬で逆転した
今、敵に命を握られているのは言うまでもなく先ほどまで攻めていた女騎士だ
シグナムが口の端から泡を吹き、零れ、ライダーの手を濡らす
騎兵の喉元に宛がった刃が力なく垂れ下がる
そして、、
<Ein Meister!!!!>
「……ぁ、、ぐ……レ、ヴァ…ッ!」
この時、己が剣を手放すか否かが――命の分かれ目であったのだ
並の騎士ならば麻痺した全身から全ての意思が剥奪され
自身の武器をも手放してその命脈を尽きさせていただろう
だが彼女にとってデバイスは己が身体の一部も同然――
守護騎士プログラムの一部である烈火の将・シグナムの相棒、炎の魔剣レヴァンティン――
彼が、たとえ彼女の意思が虚空へと旅立ったとしても、易々とその手から離れる筈が無い!
<Eine Explosion!!!>
「が、ああああああああああああああっ!!!!」
業炎を伴ったその全身は彼女が炎の魔剣士と呼ばれる所以だ
傍から見れば人体発火としか思えないような魔力行使は騎士甲冑――
パンツァーガイストの自己パージによるアーマーブレイク
その内外に巻き起こる爆発によって――喉に食い込んだ毒爪ごと、騎兵を無理やりに引き剥がしたのだった
突如、相手から吹き上がった炎に神話の怪物が飲み込まれる
反動で火だるまになりながら後方へ飛ばされるライダー
その食い込んだ指がバリバリとシグナムの首の皮膚を毟り裂く
動脈を裂かれなかったのは僥倖の一言だ
互いに弾け飛び、もんどりうって倒れる両者
「かはっ!!、、けほ……」
その場で膝をつき、蒼白を通り越して白くなった顔のまま咳き込む騎士
全身が凝固し、壊死したようなこの不可解な感覚――
ほとんどがむしゃらに魔力を全身に、血液を流し込むように送った今
それは徐々に消えつつあるが…
(……や、奴は…!?)
だが今はそんな事に気を取られているわけにはいかない
完全に仕留めなければならないこの場面で敵に反撃を許すとは何という不覚!
更なる追撃が来るか、それとも――?
チアノーゼに苛まれる視界で周囲を見渡し、必死に相手を探すシグナム
今まさに捻じ切られる寸前まで締められた彼女の首には指の跡がくっきりと刻まれ
青ざめた顔、気道を圧迫され朦朧とする意識は未だ完全覚醒には至らないが、
そんな剣士が苦しげな表情のままに睨み付けた前方、、
討ち伏せられる寸前だったライダーが今、ヨロヨロと立ち上がるところだった
(そこか……倒す…!)
幸運にも相手もまた死に体
泥酔者のようにふらつくその肢体を木に持たれかからせ
ようやっとの思いで身体を支えているに過ぎなかった
ならばまだ逃がしたわけではない!
淀む足元に魔力をぶち込み、一歩を踏み出そうとする騎士
だが、、まだ謎の壊死が体内に残っていたのか
それは普段の彼女からは想像もつかぬほどに鈍重で――
例えるならば野良猫を捕まえようと踏み出した子供の如く
その背中にトドメの一打を加えようと踏み出した騎士の身体は
意思に反して思うように進まない
「ぬ、うっっ、!?」
ヒトが夢の中で必死に駆け出すも、思うように前に進まないあの感覚に似ている
その剣が再び騎兵を捕らえる事は―――もはや無く
彼女の甲冑の擦れる音に反応したが早いか
ライダーは一度だけこちらに振り向き、、
怨嗟の表情を、その眉間の皺に映し出し――
「ま、待てっ!!」
シグナムの叫びを嘲笑うかの如く
弾けるようにその場を飛び荒び、一瞬で木の上に移動
再び彼女に剣を振り上げる暇すら与えずに――その場から身を翻していたのだった
――――――
地面より遥か上空
大木の枝をムササビのように渡って駆ける一筋の影
なびく長髪が風に舞い、そのシルエットだけを暗闇に残す
だが、、
「―――、」
その姿には強く逞しい野生動物のような躍動感は感じられず
ほどなくしてそれは失速――幾度かの跳躍の後に枝の上に立ち止まり
力なく大木にしなだれかかる……
(まったく――、)
そんな場合では無いはずなのに口元に皮肉な笑みが浮かんでしまい――
「うぅ……は、――」
肉体が送信する激痛に喘ぐサーヴァント・ライダー
首からも、腕からも、大量の出血が見てとれ
全身に刻まれた裂傷、打ち身、火傷は数知れず
それはまさに九死に一生を経て生還した姿に他ならない
つくづく剣使い<セイバー>には辛酸を舐めさせられる――
そんな一人愚痴る余裕など今の彼女には無い
醜く足掻き、逃げ惑う自身の姿に屈辱を感じないでもないが、、
それよりもまず彼女は今の状況に新鮮ささえ感じていた
あの時―――自分を突き動かしていたのは生への執着
死ねない、死にたくないという想い
生前においてもっとも稀薄で、己のうちに無い感情であった
しかし「理由」というものは、なるほど…
瀕死の体に最後の力を、ほんの少しの後押しを与えてくれるものだと実感する
「――――感謝しますよ……桜」
そう、それは 「彼女を残して自分が倒れるわけにはいかない」 という想い
人外の化生たる自分をギリギリ英霊側に引いてくれる存在
自分の真のマスターである、あの薄幸の少女の姿を想い描き――感謝の意を述べる騎兵であった
(しかし妙ですね―――、)
そう……今、彼女の内には現状では説明のつかない疑問を何点か残していた
まず先ほど咄嗟に行った 「魔眼」 の使用
ブレイカー・ゴルゴーン <自己封印の完全解放> には到底至らぬ
不完全な石化の呪法によって、相手を完全に行動不能にしてのけた事だ
あのタイミング、あれでは到底止められないと覚悟を決めた上での苦し紛れの行動だったのだが……
にも関わらず予定以上の性能を発揮し、相手を完全に凝固させていた
まさに奇跡としか言いようがない
(――――何をバカな…)
愚考にもほどがある――「自分のようなモノ」に奇跡は起こらない
堕ちた化生であるその身に神が微笑んでくれるはずもない
ならば――何か特別な要素が働いたのだろうか?
未熟なマスターの元ではどうせ、この身の力の大半は使用できまいと諦めていたのだが…
戦いの中で色々と試してみるのもいいかも知れないと、、
そう思い至った直後――
「―――来ましたか」
轟、!と――南方の木々を蹴散らして追ってくるあの騎士の姿を認めるライダー
自分を窮地に陥れたあの炎の剣の使い手が地を蹴り、こちらへ向かってきたのだ
目隠しで隠された瞳の上――彼女の眉間に再び深い皺が刻まれる
ぎりっと口内で犬歯が軋み合う音が響く
たかが一介の剣士にみっともない悲鳴を上げさせられ、もう少しでこの首を晒すところだった
その怒り、屈辱はいかばかりのものか――
しかし、今は流石に戦闘は無理だ
サーヴァントの回復力を以ってしても補えないほどの損傷は
辛うじて動ける程度の余裕しか彼女に与えてはくれない
距離を取って凌ぐしかない…
未だ窮地を脱す事の出来ないライダー
紅蓮の追跡者に屈辱的な敗走を強いられるままにその背を向けて
再び前方の木に跳躍――その肢体を闇に溶け込ませるのだった
――――――
「逃がさんぞ……レヴァンティン! 奴の足跡を見逃すな!」
<Ja!>
視界の悪い森の中、針葉樹の狭間を抜けていく烈火の将シグナム
全速で駆ける重装の甲冑が
鬱陶しい木々を薙ぎ倒していくのもお構い無しに凄まじい追走を見せる
―――奴は手負いの獣
深手を負い、動きに支障が出ている今こそ仕留める好機
何としてもここで倒さねばならない
仮に完全に姿をくらまされては後々、どのような災いの種になるとも知れないのだ
高速で移動しながらの追跡は不得手な彼女
魔道士のような上空からの広域エリアサーチでも使えれば楽なのだが
生憎、古代ベルカの古い騎士である彼女にそんなハイテクは期待できない
両の眼に第三の目であるデバイスを以って相手の足跡、大量の出血により残していった血痕
そして微かに聞こえる移動音や風の流れを頼りに相手を追い詰めるしかないのだ
森は再び追うものと追われるものが織り成す、殺すか殺されるかの狩場と化した
そして今は追われる者に身を窶す事となったライダー
剣士の圧力を背に感じながら軽く舌打ちを漏らす
(しかしまあ、何という不恰好な追跡でしょうね…)
ふざけたものである
森の中、得物を追い詰めるハンターが
あのように自身の存在を全く隠そうともしないとは…
どうやら、このテの戦いは、あの騎士はド素人もいい所のようだ
近接の組討では遅れを取ったが、距離を離してしまえばどうという事のない相手か
鈍足―――
今の自分の速度は、ダメージにより相当落ちているにも関わらず
あれならば追いつかれる心配はない
同じ騎士でもアレにはセイバーのような追い足はない
何にせよ、自分に対しここまでの無礼を働いたのだ
死を迎えるより他にあの剣士に未来は無い
己が身に刻まれた数々の蹂躙の跡――息も絶え絶えであったが、痛みと共にその憎悪は増していくばかり
今すぐ取って返して、あの全身を絞り潰してやりたい、、
だがまだだ……まだ己が体内に反撃の体勢が整っていない
(せいぜい追いかけて来なさい――ウスノロ)
すぐに十重二十重の縛鎖にて絡め取り――その首に楔をぶち込んでやろう
速度の緩急を付けながら木々に自身の血を、、手掛かりを適度に残しながら
その背が、なびく長髪が、炎纏いし女騎士を誘って嘲笑う
(誘っているな……)
打って変わって再び、場面は追うシグナム
彼女とて馬鹿ではない
逃走を重ねる相手が、ただ恐れおののき逃げ惑っているか
それとも反逆の牙と爪を噛み鳴らしながらの奔走なのかくらい重々に承知している
同じ所を緩急をつけて周回している自覚もある
この深い森の中、方向感覚が狂い勝ちになりそうになるが
恐らく今自分がいる位置は、スタート地点から大して変わっていないだろう
このままプレッシャーをかけ続ければいつか必ず、
アレはこの喉笛を噛み千切りに飛び掛ってくる
緊張に汗ばむ手の平が、相棒のデバイスの柄を強く、強く握り締める
恐らく勝負は一瞬
相手が攻勢に転じた一瞬で、どちらが地に伏すかが決まるであろう
この森に入ってより肌にまとわりつく粘ついた気配は――
紛う事無く、これが奴の得意とする戦場だと雄弁に語っている
奇しくも戦友フェイトテスタロッサハラオウンの杞憂していた通りの展開に傾きつつある戦況
長引けば長引くほどに――アドバンテージは失われていく
深く、深く、森へと身を躍らせる将
その度に周囲の闇が、樹林が、ゲ、ゲゲッと醜悪な笑いを浮かべているような錯覚へと陥っていく
そこはさながら魔境の入り口
入れば二度と出られない、化け物の巣窟に違いない
ああ、そうか……と――この時、ようやくシグナムは自分の勘違いに気づいた
どれほどに人外だろうと、どれほど埒外の能力を持っていようとヒト型である以上
ソレを人間の延長上で計っていたという事実
せいぜいが「人間離れ」程度の認識しか持っていなかった自分たち
だがこの気配――単体でこれほどの恐怖を、威圧を場に振り撒く個体
こいつらは本当に「ヒト」じゃないのだと、、ようやく正しい認識に至るのだった
「やってみろ……化け物が」
その敵が、怪物が自分を食い殺そうと狙っている
上等だ……その闇から牙をもたげて顔を出した瞬間
今度こそ――その素っ首を叩き落としてくれる
「―――ええ」
闇の向こうで――妖艶な、弛緩するような甘い殺気を放ちながら
背中で獲物を誘い、己が陣地へ引きずり込んでいく大蛇の女怪
「私は――バケモノです」
槍の男の壮絶な笑みとはまた種類の違う絡みつくような威圧感を放ち
騎士の戦意に呼応するかのように一人――
口元の大きく裂けた歪な笑みを浮かべるのであった
――――――
上空に翻る紫髪の美獣の追跡を始めて早一刻――
一向に詰まらぬ差に歯噛みしつつ
決して上からの集中力を切らさないシグナム
(テスタロッサがあそこまでやられるのも道理……
機動力では到底敵わんか…)
あれほどの手傷を負わせてなお木々の間を駆ける相手の身のこなし
その移動力に舌を巻かずにはいられない
「私が怖いか!? 打ち合え卑怯者ッ!」
視界に入っては消える影に向かって張り上げた声すら相手の耳に追いついているのか疑わしい
飛行能力も無しに、あの速度を維持しているのだとしたら――これはいよいよ自分では手に追えない
本来ならば、あのような逃げ腰の相手を追走する必要はない
静かに構え、向かって来た相手を切り伏せれば事足りる
だが、今は追わなくてはならない
与えたダメージを回復されるのもやっかいだし
他の仲間がいて、それと合流される可能性もある
しかしながら―――まともにやっていたのでは追いつけない
(……捕らえられんな、これは……どうする?)
焦燥を露にするシグナム
今、みるみると距離を離されつつあるこの現状
もはや自分の足ではあの獣を追い詰めることは出来ないと早々に結論を下す
ならばどうするか?
このままジリ貧の追いかけっこを続けるか?
森の外に残してきたフェイトの状況も気になる
これでは先ほどの分断された時と何ら変わりがない
そう思い立った時――
「!? ぬっ!!」
木々の合間から自分に向かって飛来する銀色の何かを認め、反射的に剣を振るう騎士
ぎぃんッ!と甲高い音を立てて衝突する鋼と鋼
ソレは払う剣の柄辺りを捉えて弾かれ、彼女の頬を掠めて後方へと消える
「そこか…!」
逃げる相手が今、初めて逆襲の牙を剥いてこちらへと向けてきたのだ
ついに勝負を決する時かと気色ばむシグナム
武器の飛んできた方向へとその視線を見据え、突き進む
だが、、
<Der Rücken!!!>
「なにッ!??」
相棒のデバイスが発した警告反応――「あらぬ方向」からのそれに驚愕する剣士
ソレは今度は全くの逆方向から来た
敵の第二弾はシグナムが 「敵はそちら」 と認め進んだ方角の逆からのもの
「つ、ぅッッ!?」
反応が遅れ、背中に被弾する騎士
鋭い杭のような短剣が脊椎付近に衝撃を与え
前につんのめって木にぶつかるシグナム
「く……」
「のろい―――どうやらただの猪だったようですね……貴方は」
上空――深い緑に囲まれた虚空の向こうから女の声が響く
そして三撃、四撃と、凄まじい速度で次々と打ち込まれる杭剣が
追い足の止まったシグナムに向かって襲い掛かる
その方角、実に360度―――!
あらゆる方向から打ち出される攻撃に不意を付かれた将は
体勢の整わぬままに続けて何発か被弾してしまう
「む、うっ……!」
「この程度も避けられませんか――
先ほどの相手……フェイトならば何なくかわせた攻撃だというのに」
「……何をいい気になっている
そのような攻撃、大して効かぬぞ!
いい加減、降りてきたらどうだ! 腰抜けがッ!」
「安い挑発です
ランサーの単細胞でもあるまいし――」
フェイトに対しても行った森の大樹を利用したトリックショット
木々の枝や幹を利用し、あるいは狭間に回りこませるように短剣を投擲し
鎖の押し引きによって角度を調節する
分厚い甲冑を着込んだ相手に深手を負わせる威力はないが
しかしこの深い森の中、相手に距離感や方向感覚を失わせるには十分であり
敵の焦燥を誘い、コントロールする効力は計り知れない
「つっ!?」
幾度目かの投擲がシグナムのこめかみを通り過ぎる
ヘッドショットすれすれの軌道――今のはまともに貰えばやばかった
常時、アーマーを最大値にしてはいくら魔力があっても足りないし
ランサーとの戦いで損傷に損傷を重ねた騎士甲冑にこれ以上の負荷をかけられない
何より、こんなところで足止めを食っている場合ではないのだ…
もどかしい戦況に心配の募る友の状況
ゆっくり遊んでいられる状況ではない事は言うまでもない
故に、、
(………賭けるか)
その目に決意の炎を灯し――いちかばちかの勝負に出る女剣士
襲い来る剣をかわすためか
それとも上空を取られるのを嫌ったのか
先ほどまでは追跡の易さから地上ルートを選んでいた剣士が
(彼女の機動力では、なのはやフェイトのように空戦で複雑な地形を進むには適さない)
炎熱の羽を広げ、宙に向けて垂直に舞い上がったのだ
このままでは埒が明かない
いっそ遥かな上空――森を抜けて大空の下まで出てしまおうという腹なのか?
離陸する勢いには躊躇いもなく、それを邪魔するには敵は離れすぎている
秒を待たずして烈火の将の身体はライダーの頭上、森の上空へとその身を躍らす――
――――筈だった
「!!!!」
大きく見開かれる騎士の瞳
その時、彼女の視界に映ったのは森の隙間から見えた大空ではなく、、
短冊のように張り巡らされた無数の―――――鎖
上空に張り巡らせされた無数の金属の縛鎖がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていて
勢いを殺さずに突っ込んだシグナムの身に、確実に巻きついていたのだ
「案の定かかりましたか――我が縛鎖に
羽のある者が最終的に取る行動とはいえ、こうも呆気なく…」
先の消極的な攻めも含めて、同じ所をぐるぐる回っていたのは
全ては森の上空に拘束の鎖を張り巡らせる伏線
女怪の武装が今、シグナムの動きを完璧に封じていたのだった
先の相手――金髪の魔術師は常にこれを警戒して容易く突っ込んでは来なかった
賢い獲物だった
最後までその羽を無造作に広げず、縛鎖にかからず
辛抱に辛抱を重ねてついには自分の罠をすべて抜けたのだ
それに比べ―――この相手は馬力は桁違いだが動きも直線的だし何よりアタマが悪い
単純すぎて、、まるで楽しめない
ソレはこの銀鎖の大結界の真ん中――
巣の中央に構える蜘蛛のように腕と足を鉄に絡ませて、そこにいた
「貴方のような相手は――御しやすい」
そして一言――獲物にくれてやる死の一刺しを前に……失望のため息をつく
絡まった獲物が自分の愚かさ気づき、こちらへ向く頃にはもう遅い
鎖の上を滑るように移動した紫色の捕食者が抵抗の術を持たない女騎士の腹部に―――
たすん、―――と
深々と短剣を突き立てていたのだった
――――――
「か、……、、」
喉から搾り出すような苦悶の声が彼女の口から漏れ出るのを耳に収め、溜飲の下がる思いの騎兵
腹部から噴き出す鮮血が自身の右手にぬるりとした感触を残す
穿たれた杭剣の感触は確かに分厚い甲冑を抜け、柔らかい肉に届いていた
このまま、このまま、
一気に右の手ごと突き込んで――内臓を抉り出してやろう
そう思い立ち、右手に力を込め、
「――――、!?」
そこで相手の絶望の表情を観察しようと彼女は騎士の双眸を見て、
ライダーはその身に、氷を突き入れられたかのような感覚に支配された
「な――」
ソレは――絶望と恐怖など微塵も感じていなかった
ソレは――凄絶な炎を称えた瞳で、この身を見下ろしていた
ソレは――既に剣を上段に構えていた
「――――、ッッッ!!!」
確実に仕留めたと思い至った思考の間隙を切り裂く戦慄
勝利の余韻がそのまま敗北へと繋がる予兆
嗚呼、、間抜けはどちらだったのか…
向こうは初めから――これを狙っていたのだ
この騎士は上空へと出られる可能性など初めから見据えておらず
逢えて、敵の罠へ突撃する事を選んだ
仕掛けたのは短期決戦
逢えて縛鎖に身を預け――
ハンターがのこのこと顔を出した瞬間――
仕掛けた罠を食い破り、、
「お、あぁぁァァッッッ!!!!」
「んッッッ、くッ!!!?」
敵を一撃の下に仕留める心積もりだったのだ!
最終更新:2009年10月14日 17:57