鬼をも食らうかの如き咆哮の元に打ち出された修羅の一撃が
紫紺の肉体を断ち切ろうと振り下ろされたのと――
もはや誇りも奢りも捨て去った捕食者が
無様に形振り構わず身を捩じらせて剣から逃れようと飛び退ったのは――
―――ほぼ同時
ゴゥオッ!!という、溶鉱炉から漏れ出る炎の如き轟音を伴って放たれたその一振りは、
「ッッッッく、ぅ――」
本当に紙一重の差だった
張り巡らされた銀鎖の蜘蛛の巣から落下していく影は一体、
その紫色の髪がどちらのものかなど言うまでもなく
しかして、ライダーの半身はどうやらまだ真っ二つになってはいない
彼女の身体の、胸元から右大腿にかけての火傷を伴った裂傷が
かの一撃の残滓の跡を如実にあらわすのみであったのだ
――― やはり騎士は油断ならない ―――
またも九死に一生を得た
敵がどのような表情をしているのか確認する術もない
今はただ、己が張った巣から叩き落されるという不覚を落下しながらに感じるのみ
これはセイバーと同種の、肉を切らせて骨を絶つ一撃だ
あの一瞬、決死の目の光を確かに相手は称えていた
止めを指す前に彼女の表情を見逃していれば――
間違いなく自分はあの剣に両断されていただろう
この戦法は、生身の人間には出来ない
やればただの捨て身の玉砕戦法である
だが、、サーヴァントならば―――
何せ埒外の回復力を誇る彼らなのだ
腹に穴が開いたくらいでは致命傷にはなり得ない
「―――、」
先ほど相手を貫いた短剣を持つ右手に付着した
あの騎士の血液をペロリと舌で舐めとり、ぺっと、その場に吐き捨てる
(やはりこちらが――)
ヒトのそれの甘美な味わいなど微塵もない
いわば 「共食い」 じみたイヤな感触に顔を曇らせ、
もはやどちらがサーヴァントなのかの確信に至るライダー
どういう組み合わせなのか――?
同等の戦闘力を持つマスターとサーヴァント
興味のつきない相手ではあるが……
危うく唐竹割りになるところだった身が木から落ち、、
否、自ら地に降り立ち、将の決死の特攻から見事、逃れるに至り
そんなどうでも良い疑問は既に頭の中から消え失せた
「ぐッ、、う………!」
呻きとも怒号とも取れる声を上げたのは未だ頭上に身を構えるシグナム
いちかばちかの賭けをその手に掴む事が出来なかった悔恨によるものか
手で胴体のヘソの辺りを押さえ――
それでも溢れて止まらぬ赤い液体が、賭けの代償が決して小さくなかった事を告げている
それでも全身を纏うオーラを出力全開にして纏わりつく鎖を振り剥がそうとする騎士
イノシシはイノシシでも、ここまで来ると立派な魔獣だ
クモの巣は獲物がもがけばもがくほどに絡まり、その動きを封じていくものだが
この敵はそれすらも食い破って紫の女怪の喉笛を噛み千切ろうとしている
大した暴れ馬だ――正直、若干引き気味のライダーである
こんな騎士とはそろそろ大手を振っておさらばして、
先ほどの美しく優雅に鳴いてくれそうな獲物に着手したいものである
「さようならです――猪
貴方とはあまり優雅に踊れそうもない」
檻に入れられた猛獣の如く頭上でこちらに牙を向け
今にも襲い掛からんとするシグナム
しかし当然――猛獣が逃げるのを黙って見ているハンターではない
女剣士の四肢に向かって彼女は次々と短剣を乱れ打つ!
「う、、ぐ」
間接に、手足の付け根に、打ち込まれる鋭利な刃
甲冑の恩恵で貫通はしないものの少しずつ手傷を負わせている
無抵抗な騎士の肉体に降り注ぐ凶刃
それはまさに暴れまわる獲物に毒針を注入し、動きを封じる毒蜘蛛の手法そのものだ
そしてライダーに壮絶な視線を向ける血化粧に彩られた相手の
その首に巻きついた一本をぎりっと握り締める騎兵
「ぐ、ッ……」
気道の締まる感触に咽ぶシグナムを上目に
ライダーの全身が今、凄まじいほどの躍動を見せる
「―――――ふ、ぅぅ……」
ゆっくりと、息を吸い、吐く毎に
豹のように均整の取れた総身―――
足先、ふくらはぎ、太腿、腰、腹筋、背筋、胸筋、後背筋、肩、腕
その全身の筋肉が残らず蠕動する
不機能で不恰好なパンプアップとは一線を画す
それは内に凝縮されたダイヤのような筋肉が醸し出す本物の膂力の発動だ
人間には決してなし得ぬ、神にのみ許されたハイスペック身体能力を有する
女神メドゥーサの、その超膂力のままに―――
宙吊りになったシグナムを強引に引き回し
そのままモーニングスターでも扱うかのように振り回し始めたのだ
「な…? く………はッ、、」
ぐん、!と身体が根っこから持っていかれるような感触に驚愕する将
その視界が初めはゆっくりと――
徐々に、徐々に速度を増して流れて行き――
もがく肉体がGを感じ始める頃には、もはや凄まじい速度で振り回されていた
さながら陸上の砲丸投げの光景だ
振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し
振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し
振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振、―――
ゴガグシャァッ、!!!――
「が、ぁぁッッ!!!!!」
周囲の木々に衝突し
粉々に砕かれる大木とひしゃげる彼女の肢体が奏でる歪な音が辺りに響いていた
紫の髪を振り乱し
スラっと伸びた四肢を
細く引き締まった肉体をフル稼働させて
ヒトをモノの様に、力任せにぶん回す
それは紫紺の女を中心に起こる竜巻の如し
円運動に巻き込まれた哀れな大木が次々とぶち折れ、宙に舞う
ほとんど肉眼では見えぬほどの回転速度となったその先端――
白と薄赤に包まれた何かが見る見るうちに歪な赤に染まっていく
BJが斬戟、打撃、エネルギー、熱量、果ては異常環境からでさえ
所有者の身を守るハイテクノロジーの結晶なのは言うまでもない
だがそれが 「鎧」 である以上、必ず綻びはある
全ての状況、全ての衝撃から身を守れるのならば、それはもはや最強だ
残念ながらミッドチルダの科学力を以てしても、未だ人類はその域には達してはいない
例えば数トンの衝撃に耐えうる全身鎧を着こなしていても
高所から落下して、受身を取らずに首から落ちれば人は死ぬ
捻挫、骨折、内臓破裂――
甲冑に傷一つなくても、中の人間に伝わる運動エネルギーは決してゼロにはならず
そのショックは常に人体に影響を与える
ならば――今、シグナムを襲っている衝撃力も想像を絶するものであろう
「う、、……お、ぁ…!」
振り回される
振り回される
ひたすらに丸まって耐える騎士
食いしばった歯の間から赤い吐奢物が漏れ出し、両の眼から次第に光が失われていく
それでも活路を見出そうと決して閉じぬ瞳が相棒のデバイスに次なる指令を送ろうと唇をわななかせるが、――
「ふッッッ! 逝きなさいッッ!!!」
騎士を存分に叩き付け、モノのように振り回したライダーが
下半身のスタンスを目いっぱいに開き、その回転を強引に止める
地面が力場に耐えられず、ぎゅるりと歪に歪むほどの力
並の人間ならば己が生み出した運動エネルギーで全身が捻じ切られてしまうだろう
だがミチミチ、と軋みはすれど、彼女の肉体がひしゃげて砕ける事はなく
その腰を極限まで捻り込んで地を食む騎兵の両足
短い腰巻きから伸びた大腿を惜しげもなく露出させ
しなやかに捻り込まれた肢体は究極の機能美を思わせ
まるで猫科の動物の跳躍の瞬間を思わせる、それはヒト型の極みの美しさ
そして軸足が地面を抉り取るほどに溜めた力を一気に上半身に送り込み―――騎士を宙へと投擲したのだ!
「ぐ、、ああっ……!!」
放物線をまるで描かず、地上から30度の角度で
弾丸のように上空へと打ち出されるシグナムの肉体
空気を切り裂いて、木々を打ち倒しながら
自身がサーヴァントを追って来た道を帰るように森の外へ投げ出されていく
そして、、
豪快無比な遠投を決めた紫紺のサーヴァントもまた
その地点で自身の機能に酔い痴れているような事は無い
既に彼女は行動を開始
今まさに自身の手で打ち出された対象をそれに勝るとも劣らぬ速度で追撃
紫の美獣の過酷な肉体連続仕様に悲鳴を上げるかのように
彼女の全身の傷から、まるで高揚するかのように湯気が立ち込める
それは――赤い霧のように立ち上る、彼女自身の血液が霧散したモノだ
それが音速を以て駆け抜ける彼女の周囲に立ち上り、そして前方に、、
――― 円形の魔方陣を形成していく ―――
歪に避ける彼女の口元
それは彼女自身の鮮血によって描かれる真紅の魔方陣
先ほどは不発に終わったが……今度は遮る物など何も無い!
抜けた森の外でトドメの一撃を打ち放つべく、、
「貴方はいらない……塵も残さない―――」
その紫の肢体が音速を超えて駆け抜けるのであった
――――――
間奏 3 ―――
今、天秤は再びサーヴァントへと傾きつつあった
ライトニングのコンビネーションは上々
狙いも秀逸、ミスをしたわけでもない
だが――最善を打ってなお不運に見舞われるのが戦場である
そして慣わしに加えて、やはり相手があまりにも強力な敵である事を加味せねばならない
返す返すも普通ならば終わっていた勝負なのだ
だが「彼ら」を相手取った場合、敢えて言うならば勝負をかけるのが早すぎたのかも知れない
どのような不意を打とうと、致命の一撃を与えようと
それは逆に言えば未だ一撃――
この相手はそう簡単に一刀の元に斬り伏せることなど叶わない
そんな怪物達を向こうに回し、一撃、二撃のクリーンヒットで
優位に立とうと思ったのがミスであったのか…?
今ここにヒトを超えた彼ら――サーヴァントの反撃が始まる
姑息な戦術など真っ向から押し返し、踏みしだく
神話の時代に生きた闘士と怪物の力を――
伝説にまでなった、その所業を垣間見る事になるのだ
――――――
Lightning vs Lancer 3 ―――
それは一見、開始より変わらぬ攻防の風景を綴ったものに見えた
「ええいいっっ!!」
穏やかに紡げば歌姫のような美声を、彼女は喉の奥より張り上げて
華奢な肢体にまるで合わぬ強大な刃を振るい続けるフェイトテスタロッサハラオウン
初動よりまるで速度の落ちぬ剣戟は相も変わらず五月雨の如く暴れ狂い
場を雷神の坩堝へと落とし込んでいく
彼女自身の移動速度も相まって、もはや戦場のアンタッチャブル<接触不可>と化した魔道士が
目前の敵を屠ろうと惜しみない戦技を繰り出していく
そう、そこまでは同じ――最初と変わらない――
違うのは、、その相手が防戦一辺倒ながらも
初めは彼女の剣に押されて後退を余儀なくされていたのに対し
今、中央にその身を残し――場を拮抗させているという事実
「―――、」
「う、ううっっ!!?」
彼女の雷迅の太刀を紙一重でかわし、紅き閃光がそれを追いかけるように繰り出される
ガチュン、!と鈍い音が場に響き、途端、身体を大きく流されて体勢を崩すフェイト
二撃、三撃と繰り出したザンバーを完璧に受け流され、打ち返される
その反動で軋む左肩の激痛が彼女の表情を苦悶に歪ませる
指の先まで痺れる衝撃……ただでさえ、空振りが一番堪えるというのに、、
そこにランサーの打ち込みが加わり、もはやリカバーの効かぬ完全な崩しとなってフェイトを苛んでいく
それでも振り返しの刃を相手に叩きつけるフェイト
明らかに今までより一拍子遅れたその薙ぎ払いを悠々とスウェーバックでかわす男
戦況は一変した
威力と速度で押し込んでいたフェイトを
技術と速度で押し返すランサー
何度か上空に上がろうと考えたが、これほどのクロスレンジでは無理だ
空へ上がろうと脇を晒した瞬間、全身を穴だらけにされるは必定
槍兵とて彼女達の空へ上がる呼吸は烈火の将との戦いで織り込み済み
むざむざと上空へ上がらせる筈もない
ややもすればこのまま一気に崩されてしまう趨勢を感じつつある執務官であったが――
心胆に感じる寒いものを握り潰すかのように、彼女は己を奮い立たせて場に踏み止まる
――そう簡単に反撃を許してたまるか!
当代最強クラスの英霊に果敢に打ち込んでいく魔道士
そしてそれを超絶技巧によって往なす男
今度は左上方に大きく弾かれ、流されるフェイトの全身
(くうっ…!)
相手は――徐々に摺り足でこちらの間合いを犯してくる
タイミングを計って一撃で仕留める心積もりか…!?
(……させないっ!!)
今はまだ槍の間合いよりこちらが勝っている
だから相手の踏み込みを寸での所で留めておけるが、これ以上接近されては危険だ
何としてでも押し返さなければ…!
決して激しい性格ではないが、この金髪の魔道士の負けん気の強さは健在だ
ザンバーフォームはシグナムと磨き上げた自分の自信の源となる技法
そんじょそこらの相手に遅れを取るわけにはいかない
初めから非常に強力な相手だという事は予想がついている
苦戦必至の認識を予め持っていた彼女故に、ここで敵の攻勢に浮き足立つ事はない
そしてここでフェイトが更なるバリエーションを見せる
「……! ちっ!?」
幾度目かの攻防でまたも大きくバランスを崩したフェイト
しかして踏み込んだランサーが忌々しげに舌を打つ
何と崩された体制に逆らわず、フェイトはそのまま宙空に跳躍
浮いた体が反転し、捻りを加え――ムーンサルトの要領で空にウルトラCの軌道を描く
そして黒衣のBJがその回転のままに、斜め下からの掬い上げるような巨剣の一撃を男に見舞ったのだ
予期せぬ角度からのまさかの切り返し
何と今度は空中で体を寝かせながら、あの剣を振るってきたのである
まるでゴルフのバンカーショットだ
間を詰めようとした男が再び後退するも、地面ごと抉る豪快なフルスィングに土砂ごと吹き飛ばされる
止まる事を知らぬ高速扇風機さながらの剣は
ここに来て縦横無尽のバズソーと化した
ふざけ過ぎである
もう突っ込む気も失せたという状況だ
空中で、逆立ちしながら、身の丈を超えるアレを振り回しやがったのだから、、この娘は
明らかに慣性と重力の法則を無視した動き――
あんな出鱈目に真っ正直に対処していたら
一瞬でその身を真っ二つにされてしまうだろう
「まだまだっ!」
果たして一時は押し返されるかと思われた形勢を、そうはさせじと打ち返すフェイト
きゅっと下唇を噛む仕草に彼女の確固たる戦意が覗いて見える
この強い騎士に対し、あくまで打ち合いを臨む気構えなのだ
そして――事実、打ち合えている
フェイトの剣は決して男に劣ってはいない
昂ぶって行く気勢に高速回転を重ねる思考
魔力回路は焼きつきそうだけど、このまま攻め続ければきっと――勝てる
「―――なあ、提案なんだが」
(!?)
そんな高揚に高揚を重ねる戦場に今
男が場違いな、緊張感のない声を発する
ねずみ花火のように縦横無尽に動き回りながらの会話である
通常ならば音の類が彼らの耳に追いついてくる事はないが――
同じ速度で動く者同士に限り、互いの音を交換し合う事が出来る
互いに空気の摩擦でその身から蒸気を発する二人
荒くなった息を整えようともせずに行われるハイスピードのコミュニケーション
「……聞こう」
フェイトが手を全く休めずに問い返す
敵が対話を持ちかけてきた以上、無下には出来ない
この局面で声をかけられるとは思えなかっただけに意外の念が強いが…
敵が果たして何を言うのか、注意深く間合いを計りながら耳を傾ける執務官
対して、、
「――――チェンジだ」
「……何?」
「さっきの騎士の姉ちゃんと変わってくれねえかな」
ガィィィン、!と互いの剣と槍が交錯し
此度初めての鍔迫り合いとなった両者
眼前――気だるげな面持ちの男が放った言葉が、、、これだった
――――――
「どういう意味だ……?」
対峙を果たすフェイトが訝しげな表情を眼前の男に向ける
「言葉通りの意味さ――これ以上は時間の無駄ってこった」
残るスタミナを度外視した勇猛果敢な攻めを見せる彼女
空中での凄まじい軌道をも使いこなし、未だランサーに付け入る隙を与えない
だというのに、、敵はあっけらかんとこんなふざけた事を言ってのけたのだ
「いきなり相手が変わっちまって済し崩し的に相手をして来たが……
俺としては引き続き、あの女――シグナムと続きがしてぇ
お前さんとはもういいわ……そっちもさして戦う理由もねえだろ?」
「ふざけた事を言う……理由も何もいきなり襲ってきたのはそっちじゃないか…?」
「あ? ああ、そういやそうなんだが……
ともかくチェンジだ――さっさとあいつを呼んで来な」
いきなりの申し出に戸惑うフェイトだったが
その視線は変わらず相手の表情を鋭く見据えている
戦闘中止の申し出ならともかく……指名制の盛り場では無いのだ
戦いの最中に別の人間を呼んで来いなどと、ふざけるにもほどがある
「私では役不足とでも言うのか……?」
「役不足というより――趣向が合わねえ
現代じゃ男と女でも気心の知れない者同士では付き合えんと聞くが…
まあ、そんな感じか?」
「貴方とそんな関係になるつもりはない…!」
鍔迫り合いを圧倒的な出力で制するフェイト
やはり槍と巨剣ではこちらに分がある
再び10メートルほど相手を吹き飛ばし、追うように攻め立てる
「そうむくれんな、、もっと分かり易く言うとだな―――
伽の時、技術では申し分なくとも心の通わん相手と交わうのは気が進まねえだろう?
まあ、俺はそっちではあまり好き嫌いはないんだが…」
「なっ……」
カァ、っと目元まで真っ赤になるフェイトである
「わけの分からない事を言うなっ!!!!」
「そうか? 分かりやすく言ったつもりなんだがなぁ」
「黙れっ!!!」
「うおっとっ!」
加速した刃が胸元を掠り、血相を変えるランサー
ジジジ、と焦げ臭い匂いを発する胸の傷跡を指でなぞり――ペロリと舐める
「凄え切れ味だなオイ――」
「下らない挑発をする人には見えなかったけれど……私の買いかぶりのようだ、、
こちらの機先を制するための言葉だとしたら、無駄な事だよ…」
「見た目に寄らず気が強いな
でも、お前さんも――うすうすは感じてるんじゃねえのか?
……そろそろ潮時だってな」
「負け惜しみにしか聞こえない……
貴方の槍はまだ一度も私に触れてさえいないというのに…」
「触れてからじゃ遅いだろ――じゃ、言うが
まともに間合いに入ったら、俺とお前……勝負になると思うか?」
「………な、何、、?」
「お前さん――――斬り合いが専門じゃねえだろう?」
「っっ!!!」
再び敵に踏み込もうとしていたフェイトの足が今、完全に止まる
冷や水を浴びせられたような衝撃が彼女の全身を襲い、硬直したように立ち尽くす
先ほどの左肩の怪我を言い当てられた時とは比べ物にならないほどの寒気――
極寒の地で丸裸にされたような感覚に、フェイトは動揺を抑えるので精一杯だった
そう、、先も言ったように彼女は剣士ではない
フェイトはあくまでミッドチルダ式 「魔道士」 なのだ
本来、騎士とまともに打ち合える位置にいる人間ではない
これが数ある不安要素のもう一つの要因であった
このフルドライブ――バルディッシュザンバーこそ
剣の姿を借りただけの、フェイトの巨大な魔力の塊
ほとんど物的重さの無いそれは膂力を必要とせず、痛めた腕でも変わらず発動出来る魔法行使の賜物で
ブリッツアクションと呼ばれる手足の稼動速度を速める移動魔法によって更に加速させて打ち出す
れっきとした「近距離魔法攻撃」なのだ
それがたまたま「剣」という形を取っているが故に 「剣技」 に見えているだけに過ぎず――
彼女のそれは本来、剣術と呼べる代物ではない
元より男のセオリーに当て嵌まる筈が無いのだ
だからこそランサーは 「剣術」 を使うシグナムには100%対応出来たが
最初、フェイトの魔法攻撃にまるで対応できずに窮地に陥った
これがフェイトの導き出した勝算――
コテコテの騎士を相手にした時に行う、本当の意味での「奇襲」だったのである
本来、ミッド式魔法では不得手とされる近接魔法にて
彼女が騎士の間合いを徹底的に研究し、その利点を追求し
欠点をスポイルして出来上がった規格外の武装戦術こそがプラズマザンバーなのだ
それは「剣術」ではなく、謂わば「対剣術用近接兵器」
騎士のような接近戦特化の相手を完封するために編み出したのが巨大なザンバーフォルム
そして研鑽を積み、練り上げた彼女のその決戦魔法こそ
この槍のサーヴァントをして苦戦たらしめるほどに凄まじいものであったのだ
それは恐らく、自分の距離を殺さずに剣や槍に相対した時どうするかを
数万時間を越えるシミュレートの元に構築した珠玉の戦術なのだろう
「どうして……分かった…?」
「んなもん見てりゃ分かる
こちとら生涯を斬り合いで終えた身だぜ」
防御に身を任せ、じっくりと観察した結果――男は理解した
巨大な剣を構え、自分を苦しめた相手が
その実……近接が苦手なのだという事を
この超・攻撃的なフォルムと凶悪な武装が、相手の近距離を徹底的に潰すための代物だという事を
自身の全くお目にかかった事の無い剣技
巨大な得物を矢継ぎ早に繰り出す技法
だが、問題はそこではなく―――
この相手には肝心の剣術における王道――セオリーを守ろうという色が全く無い
「斬り合い」をしようという感情が、その剣から感じ取れないのだ
「お嬢ちゃんの持ってるその大得物な……使い方を間違えてるぜ?
大剣はそうやって使うもんじゃねえんだよ」
大剣の怖さは一撃で相手を切り捨てる事にある
裏を返せばその巨大重量故に、一撃を外した後のフォローが全く効かず
懐に入られれば自身の死を意味するのは先に記した通り
まさに伸るか反るかのハイリスクハイリターンの武装だと言えよう
故に―――大剣使いの覚悟は凄まじい
その一撃は武装の重さ以上に、使い手の命の重さが乗り
不退転の覚悟と魂の篭った防御・回避不能の無双の一撃を生み出すのだ
つまり 「一発で決めなければ自分が死ぬ」 という背水の剣――それこそが大剣の極意
だがこの相手の武装は、初めから………リスクを捨てている
だからこそ物理的な重さこそ大したものだが――芯には響かない
「だからお前さんの攻撃はこの槍を折るどころか、軋ませる事すら出来なかった
嬢ちゃんの剣にはな――――覚悟が足りねえんだ
ぶち壊せるはずがないんだよ……こいつをな」
究極の一撃というものは結局、幾千・幾万年と練り上げられたセオリー通りの型の中から生まれる
形だけ真似たところで――その武器の真の力は得られない
「極めてもいねえ武器を持ち出して俺とやろうってのがな……
本当に――舐められたもんだぜ? なあ、そこんトコ、どう思うよ姉ちゃん」
「………終わりですか?」
「あん?」
男の言葉にしばし沈黙していたフェイトが
無遠慮に指摘してきた自身の欠点を悠々と聞き、その答えを静かに紡ぐ
「凄い慧眼だとは思うけれど……だから何なのか?、としか言えない
私の欠点を言い当てて勝ち誇っているつもりなら
残念ながらそんな事は百も承知で私はここに立っている」
「勝ち誇ってるわけじゃねえんだが――剣士でも無い奴に斬り合いは望むべくもないだろうよ?
さっきの女騎士はありゃ生粋の剣士だ
適材適所って言葉通り、相応しい相手同士で殺し合うのが筋ってもんじゃねえのかい?」
「理由にならない……確かに私は剣術が専門では無いけれど
それで貴方を圧倒してた事は事実だ」
(まあ、実際凄えけどな……嬢ちゃんの技は
未だにどういう原理でああなるのか分からねえ…)
ボリボリと後頭部を掻きながら冷めた目を相手に向けるランサー
おっとりした顔の娘だが、案外に強情で困る
どう言えば納得するものか――と悩む男にまたも語りかけてくる相棒だったが、、
「………お前は黙ってろ」
「何?」
「いや何でもねえ……こっちの話」
たまの独り言が目立つ男である
何やら槍とぼそぼそ会話をしているようで怪しげな事この上無い
「じゃあはっきり言うわ――お前さんとやっても面白くねえんだよ
二対ニで丁度良くバラけたんだから
嬢ちゃんは引き続きライダーとでもやっててくれや」
「……っ!!」
これが侮辱で無いなら一体、何なのか…
バルディッシュの柄を握る両手が、ぎりっと軋む
激情に身を焦がすタイプではないにせよ
バトルマニアと称される彼女がこんな事を言われて悔しくないわけがない
「……断る」
ここに相手をキッと睨みつけ
フェイトは相手の軽口を断固として切り捨てた
「ほう――どうしてだ? 何か俺に恨みでもあるのかい?」
「ライダーはシグナムによって今頃、倒されている
だから私が相手をする事もない
そして貴方がシグナムと闘う事ももう無い……」
巨剣を肩に担ぎ上げて、男に相対する金髪の魔道士
その肩口から一気にザンバーを振り下ろし――豪壮に今一度、正眼の構えを取るフェイト
「何故なら……貴方は私に倒されるからだ」
その佇まいは凛々しく美しく、表情には一切の淀みの無い意思が灯る
この魔道士のどこに、敵に侮られる要素がある?
歴戦の強者ですら息を飲む貫禄と戦意
槍兵を相手に一歩も引かぬ気迫が、今のフェイトにはあった
「……聞き分けのないお嬢ちゃんだ」
「話を聞く用意ならばある
降伏し、この凶行の意図と経緯を話す気があるのなら、管理局はいつでも話を聞く」
「――――死ぬぜ?」
「残念ながら勝つのは私だ」
「そうか――ならばもう何も言うまい」
相手の正眼に対し、後ろ手に構えた槍を頭上で一閃
前方に一閃、、周囲に華麗に回転させ
ズシン、と――重心を低くして構える槍のサーヴァント
「実はな――さっきまでのは方便……半分は褒め言葉だったんだわ」
その真紅の切っ先は真っ直ぐに、フェイトの正中線を向いている
先ほどまでとは明らかに違う――それは槍兵の攻撃主体の構え
「剣士でも無い者に斬り合いを望むべくもないが、アンタの技量は並の剣士を遥かに上回る
覚悟なき者に必殺は宿らないが、アンタは別の意味で確固たる信念を持っているようだ
今、俺の言った事はその確認の意味も含めての事―――気を悪くしたなら謝罪するぜ」
槍兵は魔道士の巨剣に再び立ち、最後に一言――
「だがお前さんのような者には逆立ちしても望むべくもないものがある
こればかりはどうしようもあるまい……
もし生きてたら、この言葉の意味――よく考えるこった」
こんな言葉を残し、フェイトとランサーの短い問答は終わりを告げ――
直後、先ほどまでの激戦が嘘だったかのように、、
二人の戦いはほどなく決着を見るのだった―――
――――――
勝敗の天秤は一時はこちらへ傾き
向こうへと寄っていき、またこちらへ戻る
そんな危ういバランスの元に今までは拮抗していた
だが――今、その拮抗を強引に崩す力が働く
「―――――行くぜ」
ランサーがその場で無造作に槍を振るい――己が足元に四つの傷をつけていく
カツ、カツ、と乱暴に槍で穿った箇所が赤い歪な光を放ち
男の周囲を赤く染める
(……!)
それが何かの儀式か詠唱かは分からないが
ともあれ男の施す何らかの攻撃方法には違いない
いつでも、何が来ても斬って落とす……その気勢と共に身構えるフェイト
そしてそんな彼女に向かって――
赤い魔方陣から一歩踏み出した槍兵は
そのまま、ズカズカと無造作に!
フェイトの方へと歩み寄ってきたのだ!
「な……」
何をする気か――?
敵の意図が分からず、対応出来ないフェイトに対し、
歩み出し! 歩み出し!
それが助走のように次第に速度を強め!
そのまま弾丸のように地を蹴り
己自らを槍と化して彼女に向かって突進を開始したのだ!
あれほどの猛攻
あれほどの剣戟を見舞われながら
その渦中へと無策で、、ほぼノーガードで突っ込んでくる男
(くっ……!)
息を呑むフェイト
何をするかと思えば、ただの無謀な特攻!?
正気の沙汰とは思えない…!
しかし男の野獣のような相貌が危険な光を灯して煌く
その殺気は相対するだけで心臓を握り潰しかねないほどのものだ
それが超速でこちらへと突撃してきたのだから
相手の目には巨大な魔獣か、千の軍隊が、こちら目掛けて突撃してきたように写るだろう
「おおおおおぉぉぉおおおおおおあああッッッッ!!!!!」
そして戦場を切り裂く裂帛の咆哮を挙げて駆けるクランの猛犬
人外の身体能力に加え、教導隊の熟練の技をも揺るがしかねない絶技を併せ持った相手が
ついにここに勝負をかけてきたのである
最終更新:2009年10月14日 18:06