(呑まれるなっ!)

敵が来るというのなら望むところ!
こちらもフルドライブには時間の縛りがある
故にここでの決戦は願っても無い!

ここで敵の気迫に呑まれて硬直したのでは話にならない
それこそSランク魔道士の誇りとプライドにかけて、真っ向から倒してのけるだけだ

「バルディッシュ! 
 敵のMAXスピードに合わせて誤差修正!
 マルチタスク二番解放………サンダーフォールッ!!」

<Yes sir...ThunderFall set up>

フェイトとて会話中、ただ呆けているほど間抜けではない

敵の行動に対する備えは十分
デバイスに溜めておいた広域自然干渉魔法を
男のの突進に合わせて抜き放つ

「轟け……サンダーフォールッッ!!!!」

直後、フェイトの周囲に特大の電磁波が巻き起こり
天空に発生した雨雲が雷を招来

招き合う二つの稲妻が呼応するかのように互いを呼び合い、その姿を求め―――飛来する


そして……轟・雷・飛・散・ッ!!!


場を劈く幾条の落雷が場に降り注ぎ
黒衣の魔道士の金髪が、暴れ狂う電気の中で生き物のように逆立つ
その姿はまさに雷雲を自在に操る戦の女神の如し

「っっっ!? な……!?」

だが、フェイトが戦女神ならば相手は神の喉笛を食い千切る魔犬だった

その姿に今度こそ彼女は背筋に寒気を感じずにはいられない

その神様が血迷ったとしか思えない稲妻群の爆撃の中
微塵も臆さず引かず――

奴はこちらへの最短距離を駆け抜けてくる

真紅の光をその身に宿す狂戦士
彼女の召還した雷は――
男を少しも退ける事はなかったのである

「おおおああぁぁぁああああああっっっ!!!」

全身を貫く雷は一つや二つでは効かぬはず!
なのに全く歩みを止めず、行軍に些かの陰りも無い
カウンターで決まったAAAランクの稲妻が足止めにすらならないというのか!?

あの男の纏う赤き光が肉体的な防御を高めている?

否、異界の魔道士よ!
あの光に物理的な加護など何一つ無い


あれは四枝の浅瀬―――アト・ゴウラ

決して引かず
決して逃がさぬ

この槍兵の不退転の意思の体現にして
敵を必ず殺し尽くす、赤枝の騎士の大禁戒だ!


「ザンバー最大出力! 疾風迅雷ッ! 迎え撃つッッ!!」

<Yes sir...>

数多の落雷の中心に位置する女神を食らおうと猛る猛犬
対してそんな魔獣に神罰を下そうと、彼女のその手に握られるトールハンマー
雷を纏った巨大な剣が再びこの世に顕現する

天に突き立つ神罰の雷をその手に構え
真っ直ぐ直進してくる槍の魔人を今度こそ打ち倒す!

奴がこちらの間合いに入ってくるまで――あと0.2秒

さっきまでこちらの剣を受けて防戦一方だった男とはまるで別人
これがこの男の本性だとでも言うのか…?

稲妻の渦を一本の槍で掻き分けて、掻き分けて、掻き分けて――!

こんなの、、人間業じゃない

人間じゃ――――ない…

<Just Shoot it...>

「っ!」 

一条の槍のみで落雷の渦を駆けて、泳いで
止まる事のなかった超人が今――彼女の間合いに一歩、足を踏み入れた!

「はぁぁあああああッ!!!」

そこに十分な体勢で
最速で、最強の一撃を見舞うフェイト

どう考えても外しようのない一撃

(直撃……入るっ!!)

コンマ一秒以下の刹那の攻防が
互いの目にはスローモーションに見えた事だろう

決着の一撃はゆっくりと、ゆっくりと
ランサーの右の胴体に吸い込まれていき――

――― ぎぃぃぃぃぃぃんッッ!、、という

閃光が空を切り裂く独特の音が空間に木霊する

コマ送りがコマ落としになったかのように
蒼い影と黒衣の影が瞬時に交錯を果たし――

巨大な刃を居合いの如き速度で抜き放ち
横薙ぎにて振り抜いたフェイトが
後ろ手にザンバーを放ったまま、立ち尽くす


「……………」

その全てをやり終えた表情に何を写すのか

勝利の喜び?
強敵への敬意?
恐るべき戦いを無事に乗り切った安堵?

――――否、、

彼女は己が武器を振りぬいた姿勢のまま
未だ動こうとはせず、、


その表情は硬く――

目は極限まで見開かれていて――

「………そ、」

わななく口からようやっと、、震える声で――


「………そんな、、馬鹿な…」


それだけを言った

それは果たして誰に対して問うたものなのか――?
彼女の相手であった槍兵に当てたものか?

しかし彼の姿は、フェイトの後ろにも前にも、横にも見えず、


「だから言っただろ? 時間の無駄だって
 お前さんのそれな、ブレるんだよ―――」

その声は果たして彼女の抜き放った黄金の刃の先

「相手に当たらないよう祈りながら、おっかなびっくり振り回してるもんで
 俺を仕留められると思ったか……たわけ」


ザンバーの巨大な刀身の腹の部分に――
悠然と立つ蒼い死神から発せられた言葉であったのだ


――――――

先ほど、短い問答の中
その男の言葉に彼女は初め戸惑いの色を見せ
目を白黒させて、そしてほどなく厳しい表情で憤慨の感情を現した

当然であろう

彼女とて厳しい訓練を受け、数多の実戦で磨き抜かれた歴戦の執務官だ
その技量、戦技には一角の誇りを持っている
だから男のこんな言葉に素直に頷けるはずがない

――― 趣向が合わない、などと ―――

しかして男の言葉はついには彼女に正しく伝わる事はなかった
一から順に説明すれば、もしかしたら理解してくれたかも知れない

………馬鹿を言うなというのだ
戦場でそこまでしてやる義理がどこにある?

あの程度の警告が精一杯――
それ以上の事は期待されても困るというものだろう

しかし何より自分の言葉が彼女に単なる侮辱と取られるのが癪に障った…

こんな少年兵でも分かるような事を一から説明せねばならぬほど
目の前の女は果てしない勘違いをしているというのか?
あるいはその有り余る才能が、戦場における動かぬセオリーから目を逸らさせているのか?

何せ男とて彼女の戦力に、初めはただ驚き、舌を巻いたのだから
この相手と技を比べあう期待に胸を膨らませたのだから

しかし常に一番槍を勤めてきたこの勇者が防御一辺倒に追い込まれる屈辱
この魔道士の速攻の凄まじさに驚嘆し、逆襲の槍を振るう事に歓喜を覚え、、
その過程で防御を固め、敵の剣筋を見切ろうと彼女を観察していたら………これだ、、

まったく、ふざけるなというのだ……この相手は―――

早々に、根本的に自分には相応しくないと気づかされてしまった

そう、思えば初めの一撃から生じた違和感

自分があの一撃を避ける事が出来た疑問
最初は彼女が負った怪我によって攻撃を外したのかと思ったが――そうじゃなかった……


この相手には―――初めから殺意が無い…


この相手は―――初めからこちらの頭をぶち割る気など、なかったのだ…


もし怪我であの必殺の間合いを外したというのなら
直後に自分と対峙し、行われた剣戟もロクなものになっていなかっただろう
間違ってもあんな見事な、閃光のような攻撃を繰り出せるはずが無い

結論から言うと怪我はこの女の技をさして鈍らせてはいなかった
その気になればあの時―――こちらの頭を割って勝負をつける事も可能だったのだ

つまり初めの初撃は寸でのところで相手自らがこちらの肩口に狙いを変えたものであり、、
敢えて急所を外して叩き落されたものに他ならない

逆襲を誓い、防衛一辺倒で敵の攻撃を見据えていた男の目が
それに気づくと共に急速に冷めていった

途中、攻防の最中でもこの娘は常に武器を狙っていた
こちらの急所に直撃しそうな軌道になると、刃を返し
剣の腹を向け、致命傷に至らぬようにしてきた

そら、さっきの最後の一発だってそうだ
正面から特攻する自分に対し、完璧な直撃の軌道を取れたというのに――

こちらを真っ二つに出来るその瞬間――淀むのだ、切っ先が……

こちらをギリギリ殺さぬ線を常に模索しながら
あの相手はこちらに相対して来るのだ

返す返すも凄い才能だと思う
凄まじい素質だと思う

雷撃を操り、得意で無い近接でこの槍の英霊をてんてこ舞いさせる
それがどれほどの技量を現すのかちょっと想像もつかない

そしてその有り余る才能の大半を、この娘は――
「相手を殺さずに制する」事に、注ぎ込んでいる

まったくちぐはぐ過ぎて何が何やらである

そんな相手が皮肉にも大剣を――
「一撃必殺」の具現たる刃を振り回してくる姿は
いかにもアンバランスで見ていて気持ち悪さすら感じる

彼女はミッドチルダ式魔道士
傷つけずに相手を制する事を誇りとするミッド式魔法の使い手であり
彼女にとって不殺は義務であり、己が信念にもとった行動でもある
その高度な技巧を、この魔道士は恥す事無く実戦しているに過ぎない


――― 趣向が合うわけがない ―――


男の生きた時代では 「不殺」 は正義ではなく、むしろ悪徳
全身全霊を以って相対し、互いの命を奪い合うのが彼らの戦だ

相手の命を奪った時、その愛すべき敵の人生の全てを我が背中に背負い込んで
そして殺した者の魂と共に歩む、神聖なる儀式だ

だから男は―――自分の息子さえその手にかけてなお後悔の念など微塵も無い

不殺とは、その真逆
戦った相手を受け入れる覚悟が無いという事であり
己を辱めると同時に敵をも侮辱する、戦士にあるまじき行為だ

考えるまでもない

相手の命を奪い、背負って生きていく事を前提に戦う者を前にして
なるべくこちらを傷つけないように留意して戦ってくる…
そんな相手と技の比べ合いが出来るわけがない
心躍る戦いが出来るはずが無いのだ

前述の通り、この魔道士とてそこまで甘いわけではない
攻撃は苛烈そのもの
その切っ先はまさに雷の化身と言っても良いものだった

きっとその攻撃で 「相手を死なせてしまうかも知れない」 覚悟はあるのだろう

だが 「死なせてしまうかも知れない」 のと 「殺す」 覚悟は似て非なるもの

出来る事ならちゃんと受身を取ってほしい―――
なるべく怪我をさせぬように―――

そんな魂胆が垣間見える剣に対し、何が楽しくて打ち合えるのか…
こちらに殺意を抱かない相手にどうして戦意を抱けるのか…

先ほどの女騎士はあれほど素晴らしい殺意をこちらへ向けてきたというのに、これでは――


男とて現代に招聘された英霊だ
現世における法――人の常識の移り変わりは重々に心得ている

自分が生きた世界とはあまりにも懸け離れた価値観によって、今の世が動いている事も
だから自身の信条が絶対と言い張るつもりは無い

人殺しが偉いとは言わない
もはや自分は化石―――
時代にそぐわぬ産物なのだから

だが……戦場においてくらいは、、、その信念を汚されたくは無い
何故ならそこだけは彼が唯一、彼として生きられる場所だから


戦場においてくらいは
その古めいた感情を吐露したところで
バチは当たらないだろうと、


現世に蘇った戦の化身は独り、思うなりや―――


――――――

殺し合いにおいて、殺せるものとそれに躊躇いがあるもの
どちらに分があるかなどもはや言うまでも無いだろう

降り抜いた刃の上に立つ男の目が語っている
恐さがねえ――そんなんじゃハエも殺せねえよ――、と

互いに気の乗らない戦いで愉しめる要素など皆無
早々に終わらせて、あの女騎士と続きをするだけ――
もはや口に出して聞かせるまでも無い
彼の冷めた表情が雄弁にそれを語っていた

「っ!!!」

男の言葉にした意味を、彼の表情から読み取る魔道士

こちらの攻撃が相手を殺傷せぬ当て身であるという事実をあの寸での切っ先で読まれた
瞬時に峰打ちに移行する、その僅かな隙を突いて
男はこちらの全霊の一撃を見事、往なしていたのだ

だが、だからといってそれが何なのか…!
相手が殺す事に誇りを感じようがどうでもいい
自分は、ミッド式は、殺さぬように制するのが誇り

その信念の元――自分達は局から強大な武装を託されて、それを運用する資格を得るのだ

例えその不利を突かれて負けたとて、、それに殉ずる覚悟はとうに出来ている!

背中越しに槍兵を睨み据える執務官――
刃の上で魔道士を見下ろすサーヴァント――

互いの信念の違いをここにぶつけ合う二人の戦士

しかして詰まったこの間合いは完全なる負の間合い
多くを差し挟む事は出来ない

間違いなく次の一手で、この勝負は――終わる!


時を置かず動き出すのは魔道士
巨大な刃を跳ね上げて男を振り落とそうとする

だが、遅い……遅すぎる!

槍兵がその身を置くは敵の頭上にして、刃の内側
そして相手の全力攻撃を完璧に透かしての間合いの侵入

これを指して人、曰く―――チェックメイトと

ザンバーが魔道士の手によって動く前に男は既に行動を開始

巨大な刀身の上をスライディングしながら滑り降り
一直線にフェイトの眼前に迫る

「ごめん――バルディッシュ…!」

滑空しながらフェイトの眉間に狙いを定めた槍の穂先が彼女に到達する
その前に、魔道士は躊躇わずに大剣の柄を離し――
柄先を思いっきり蹴り上げる

「―――、」

刀身が裏返り、バランスを崩す槍兵

つくづく秀逸の反応
少しでも躊躇えば回避は間に合わず、額に穴が開いていただろうに…
しかもあれほど心の拠り所にしていた唯一の武装を手放すのは相当の勇気が必要だが、それをあっさりとやるとは

距離を離した魔道士
男に向かい手をかざし、詠唱を始める
武器を手放したとて彼女の持ち手はまだまだ尽きない

(サンダースマッシャー……くっ、、ダメか!)

だがこの槍兵が一日千秋にて捕まえた獲物を逃がす筈がない
ましてや蹴り飛ばされて引っくり返った巨剣の下敷きになる間抜けが名乗れるほど
「最速の英霊」という称号は安くは無い

覆い被さろうとする金色の刃を駆け上がり、飛び越えて
修羅の槍は寸を数えぬ域にてフェイトに肉迫

上空から、丸腰になった彼女の喉元に向かって閃光のような一撃を見舞う!

「動くな――苦しまずに逝かせてやる」

向こうがこちらを殺さぬように戦った、、そんな事は関係ない
生半可な覚悟で戦場に足を踏み入れたツケ

―― 殺せる時に殺さない奴は必ず後悔する ――

戦場に生きた伝説の具現として
男はそんな戦の理を実戦するだけの事だ

頭上から叩き落されるレッドクランチに対し
もはや術の無いと思われた魔道士――

だがフェイトの両篭手がバチバチと黄金の魔力を形成し
電撃という形で具現化したのがこれまた瞬を数えぬ域

間に合わぬと砲撃をカットした彼女が
同時展開で詠唱を終えていた魔法は近接魔法プラズマアーム!

放電するその篭手の左腕――
壊れた方の腕を、迫り来る槍に叩き付けたのだ

「―――、ほう…!」

上段受けの要領
叩き落された槍を急所からそらすフェイト

篭手が衝撃でぐしゃりと歪み
ミサイルのような一閃が彼女の肩口と首筋を通り過ぎて肉をこそげ取って行く
この槍の刺突を前に全く臆さずに前に出て受けた――それ故に成り立った素手での受身

攻撃だけではない――この女は、、防衛においても一級品の技術を持っている

惜しい……本当に惜しい

根本的な部分で趣向が違う故、楽しめなかったが
この相手があの騎士並に自分に殺気を持って向かって来たのだとしたら――

――― どれだけ心踊る戦いが出来たのだろうか…? ―――


密かに感嘆の賛美を送るランサーの槍を掴みあげ
下から廻し込む様に上方にかち上げる

同時にバリア展開―――ブレイク!
周囲に雷電伴う魔力を発散させて相手の視界を晦まし、

(顔は――ダメだ……避けられる…!)

この男の反射神経――顔面にクリーンヒットなど許しはしまい

ならば視界の下方
低く潜り込んで、そして右方から鉤突きで相手の左ボディを狙う

サーヴァントの思考と挙動にまるで遅れず付いてくる
この女こそ本当に人間なのか――?

並の人間の視力では、その残像を追う事すら難しい
近接での組み打ち、取り合い、崩し合い

繰り出すプラズマアームがその蒼い痩身に吸い込まれて行き、
フェイトは残った右拳を―――渾身の力にて降り抜いた

「……ッ!!!」

「―――、!!」


…………、―――――


「………こ、ふッッッ、、」


密着する蒼身と黒衣の姿

瞬間挙動40にも及ぶ予備動作と
絞りつくした戦術思考の果てに――

魔道士の降り抜いた拳の先にランサーの肢体は既に無く
更に内側、、顔と顔が密着するほどの位置に男はいた

そして彼女の左手で抑えていた刃の部分とは逆の方
真紅の長物の柄の突起がフェイトの体中央――鳩尾を深々と抉っていたのである

「、…………は、、ッ」

その細い顎が上がり、半開きになった口から弱々しい嗚咽が漏れる
くの字に折れ曲がる彼女の肉体が、ランサーに寄りかかるように弱々しく弛緩していく

槍の刃渡り部分は確かに押さえた
だが、テコの原理で柄の部分を下から跳ね上げたランサー
寸劇じみたインファイトの末に、体勢を低くして潜ってきた彼女の体を更に下方からカチ上げたのだ

ズル、と力なく崩れ落ちる魔道士の肉体
横隔膜を貫かれた身体は一次的に酸素の供給を停止し
人体に深刻な呼吸不全を引き起こす

もはやこれで本来ならば行動不能
善戦空しく魔道士は、槍兵の前に為す術も無く倒れ付すのみ――

だが、、

(まだだな――)

槍兵は戦闘態勢を微塵も解かず「それ」を待ってやる

「……う、、うッくっっ!!」

そして男に呼応するかのように
すぐに彼女は意識を無理やり振起し
眼前の男をキッと睨み据えたのだ

打ち込んだ槍の感触ですぐに分かった――

既にライダーとの戦いでボロボロになってはいたが
それでも分厚い障壁に遮られてダメージの大半が遮られていた
そのBJが未だ健在である事に

何せあの炎の騎士に散々見せ付けられた防御力
今更、目測を違える槍兵ではない

刃の部分では無いにせよ本気で突き上げたのだ
何らかの護りの加護がなければこんな華奢な身体、簡単に突き破って粉砕していただろうから

そして身体を張ってランサーの攻め手の大半を受け止めたフェイト
柄と穂の部分を押さえつけ、もはや相手の凶器は抑えたも同然

手四つでランサーと向かい合う形となった魔道士

「せええいっ!!!」

「―――俺の槍に手をかけるとは……」

憤然と言い放つランサー
生涯において敵にこれほどの接近を許したことなど無い
ましてや手に持つ槍をこうして他人に掴まれようとは――夢にも思わなかった

「は、、あああぁぁああっ!!」

そしてそのまま相手の武器を掴んだまま男に飛び掛るフェイト

最大出力で上から覆い被さり、そのまま地面に押し倒す
そして詠唱終了したバインドを被せて終わりだ!

そんな必死の形相で組み伏せようとする魔道士を
心臓を握り潰さんほどの殺気を以って迎えるランサー

「だが残念だったな―――女に押し倒されるほどヤワじゃねえんだよッッ!」

フェイトの組み伏せを渾身の力で受け止める槍兵

まるで根を張った巨木だ――!
全出力をかけて押し潰そうとしているのにびくともしない…!

そして、男の手ずからぐるんと回転させた槍によって、

「……あ、、!?」

フェイトは短い悲鳴をあげる

息を飲んだ時にはもう遅い
近距離の組み打ちは、体勢を崩されれば一瞬でその勝敗は決する

彼女の左手が槍の動く方へと捻られ、巻き込まれて露になる
それを槍兵は脇に抱え、彼女の関節をがっちりと極めてしまっていた

「きゃあッ! 、、ぅあああああッ!??」

フェイトの左肩に凄まじい激痛が走り、視界がパチパチとシャットアウトする

断裂寸前の肩を更に捻られたのだ
抵抗を試みる思考が強制停止し、、力が――入らない

(き、、、距離、を……)

シャットダウン寸前の思考は魔法防御をすらままならなくし
バリアバーストで距離を取ろうと勤しむ思考とは裏腹に
彼女の体表面を覆うフィールドすら消え去っていく

左腕をかんぬきの様にギリギリと締め上げられ、苦痛に顔を歪める執務官

もはや魔道士としての防衛機構は全て剥がされ
全くの無防備となった彼女をそのまま―――

その場で思いっきり振り回すランサー!

「あ、、うああああああッッッッ、、」

まるで力の入らない状態でフェイトの体が浮き上がり
男の膂力に任せて振り回される

回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す―――
回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す―――

回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す――!


遠心力で気が遠くなる魔道士の意識

景色が高速で流れていき、、
竜巻に巻き込まれた人間の見る景色とはこんな感じなのだろうと――
感想を述べる余裕などあるわけがない

「甘かねえんだ……戦場は―――」

そして、その回転は速度を増して、増してっ!

もはや小規模の竜巻すらその場に発生させるに至るほどに凄まじいものとなり
そのまま為す術も無く―――背面に放り出された黒衣の肢体

事此処に至ってダメージの蓄積も馬鹿にならず
完全に意識を失いつつあるフェイトに、

<Sir...Mind surely>

飛来する物体が重低音で必死に呼びかける
それは彼女の手を離れ、待機モードとなったバルディッシュの精一杯の声

「………バ、ル、、」

<Endure a shock...I generate a barrier>

飛んだ意識の中に無理矢理入り込んでくる相棒の機械音
その声のままに、彼女の周囲に強制的に張られる急場凌ぎのフィールドが――

今、、フェイトを絶命から救った

「っっっは、うぅッッ、、、!??」

宙に投げ出され
無防備となったその背中目掛けて
男は自ら槍を中心に駒のように回転――!

遠心力を利用した凄まじい蹴りを叩き込んだのだ

ゴチャッ、!!という歪な音を己の体内で聞いたフェイト

脊椎から全身に痺れが走り――
球体のように流れた景色が
今度は凄まじい速度で後方に流れていくのを見る羽目になった

その衝撃、、咄嗟に張ったフィールドがなければ――人間の脊椎など粉々だっただろう

まるでサッカーのゴールキックのように上空高く吹き飛ぶ魔道士の肉体

―――飛んだのではなく完全に飛ばされた
死に体で、重力の法則に逆らって空を切り裂くその身体
もはやそこに反撃の余力が残っているはずがない

―――そしてそれを追う様に英霊が駆ける

手に持つ槍が紅い魔力を帯びて唸りを挙げて
頭上の相手を刺し穿つ喜びに打ち震える

やっと――やっと出番だ……待ちくたびれた、、

ヒトの心臓を穿つ事をこよなく愛する呪いの魔槍が
今宵、最初の獲物に向かって標準をつけた

「嬢ちゃんが真の騎士だったならば俺が負けていただろうよ……
 せめてこの言葉を手向けに―――逝け」

駆ける男の相貌にいつもの狂気の笑みは無い
ただ淡々と作業をこなす人形のように――

この後味の悪い戦いの幕を切って落とすのであった


――――――

間奏 4 ―――

それはまるで示し合わせたように起こった

片や林道の中心地
片や森林の奥深く

同時に発生した竜巻はまるで左右対称のシンメトリーの如く猛威を振るい
蒼き風と紫紺の風はそれぞれアスファルトを、森の木々を吹き飛ばし、

上空に乱気流を巻き上げて――風一つ無い山道に嵐を巻き起こす

そして二つの竜巻に巻き上げられ、吹き飛ばされ
投げつけられたモノが――凄まじい勢いで互いに接近する

――― ソレらは人間であった
――― そして信じられない事にこの現象を起こした者も少なくとも人間のカタチをしていた

弾道ミサイルのように打ち出された二人の人間
烈火の将シグナムと雷光の魔道士フェイト

深刻なダメージを負ってなすがままにされた両者が
サーヴァントの膂力に抗う事も出来ずに勢いよく宙を舞い、
期せずして同方向に、衝突の軌道を描いて打ち出されていたのだ

「、、、、」

「………ぐ、!」

脊椎を強打された魔道士も、出血の激しい将も
この時点で半分以上意識を失っていた――

だが、それでも最低限の状況を把握できたのは
皮肉にも二人がこうして宙を舞い
高速で風を切って飛ぶ事に慣れていたからであろう

床に打ち上げられた魚が水を求め
河へと戻り蘇生するように――
慣れ親しんだ感覚に辛うじて正気を取り戻す両者

僥倖と言えよう……職業病も悪いことばかりではない

だがこの軌道はほとんど正面衝突コース
完全に前後不覚の状態で、この勢いでクラッシュすれば
双方のBJがそのまま相手の肉体を砕き、二人の体は粉々に砕け散っていた事だろう

「テスタ、ロッサッ……!」

「、、、うう……シ、グ、、」

薄れる意識を無理やりにでも叩き起こし
迫り来る双方の姿を見据えるライトニング

後方には凄まじい速度で迫る蒼と紫の閃光

先ほどのこちらのコンビネーションの意趣返しか――
一糸乱れぬ詰めはもはや生半可な防御、回避の及ぶところではない

――絶体絶命

前方の味方との衝突を免れるのは難しく無いが
それに気を取られ、向かい来るあの紫と青の影にどう対する?

この薄れ行く意識ですら感じ取れる、相手の刺すような凄まじい殺気
今までのそれが刀身を鞘に収めての斬り合いだとでも言わんばかりの
抜き身の刃を構えた敵が接近してくる

迫り来る青は右から地を駆ける
その勢いはまるで一条の槍
右半身に構えた呪いの魔力の塊をこちらへと向けて――

襲い来る紫は左から森林を飛び出してくる
その妖艶さはこの世のものではない妖
前方に強大な魔力を放つ真紅の魔法陣を従えて――

前門の魔犬
後門の大蛇

進退窮まる絶死の状況にて――

「飛べッ! 上だ! テスタロッサ!」

「く、ぅ……シグナム!?」

迫る烈火の将が絶叫し、両の腕を構える

身体の自由が利かぬまま
それでも言われるがままに身を預けるフェイト

打ち出された二つの弾丸と化した両者が接触、破砕する直前――
フェイトは余った力の全てを逆噴射に当てて減速し、パートナーに両足を向ける
シグナムは殺し切れないエネルギーを全て――フェイトの向けられた足に叩き付ける
隊長である彼女を上方に打ち上げ、逃がすために!

「ん、うッ、、、!!?」

シグナムによって乱暴に投げ上げられた体が一瞬で天高く舞い上がる
バレーのレシーブに似た体勢であったが、そんなお優しい扱いではない
まるでカタパルトに打ち出されたような錯覚に陥り
視界が一気に雲を捉え、遥か上空へとその身を写すフェイト

「…………あ、、」

そして期せずして彼女の下方
今にも接触する三つの影を捉えるに至り、、

「あ、……ああ…!」

今の状況、将の今の行動の意味を残酷にも認識してしまい――
フェイトの表情は絶望に青ざめるのだった

(仕留めろ……いいなッ!)

その念話で紡がれた言葉に二の句が繋げない執務官

シグナムを、、友達を、、決死の空間に置き去りにして――
自分だけが安全圏に逃がされたのだと今、彼女ははっきりと理解する

―――自分は副官だ
―――もしもの事があったなら、お前の盾になり守るのが私の役目


それはこの将が自分に対して常に言っていた言葉
その言葉に本気の怒りを見せる自分に対し、


―――勘違いするなよ? 私情は無い
―――部隊のために頭を残す……それだけの事だ
―――幸い、私の身体は普通の人間よりは死に難いしな


脳裏に次々と過ぎる烈火の将の言葉
これもまた私情によるものではないだろう

将は――この現状で、敵を一掃する可能性をより秘めた選択に
その身を投げ出したに過ぎない

「駄目………やめて…」

あの紫紺の化生を、真紅の槍を前にした時には決して見せなかった悲痛な表情を
下方の光景を前に見せる魔道士

自分達は銃弾飛び、命散らされる戦場にその身を置いている
いつだってこういう時が来る覚悟はしていたつもりだ
だけど、、、そんな、突然すぎる……!

「駄目です! シグナムっっ!!」

涙の混じった叫びを上げるフェイト

別れは何時だって突然なものだというが
あるいはまるで覚悟が至っていなかったのか…?

その「突然」に対して、認識が甘すぎたとでも言うのか?
身体の震えが――止まらない!?

先の槍兵に痛いくらいに諭された言葉の数々を噛み締める余裕も無い
もし自分が躊躇わずあの槍の男を叩き切っていたならば
こんな事にはならなかったと考える暇すらも―――

フェイトの眼下
中央に位置する女剣士が剣と鞘を分離させて二刀に構え
左右から接近する青と紫の光に相対す

そして自分に与えられた役割は――「撃つ」と言う事

何としても身体を張って自分がこの二人を止めるから―――私ごと撃て、と
将はそう言ったのだ

どれほどベルカの騎士甲冑が堅牢でも
あの化け物二対の攻撃を同時に食らってはただでは済まない
いかに守護騎士とはいえ、絶命は免れない

だというのに、そこまで分かっているというのに
悲しいかな、長年の訓練の成果か――

高速で己が果たす役割を、その工程を身体が勝手に構築していってしまう

騎士の■を無駄にしないために…
自分を守って■■彼女の遺志を尊重するために…

自身のデバイスに編み込んだ最大の砲撃魔法――
トライデントスマッシャーを下方に構え
次に眼前に広がる絶望的な光景を幻視して、、

フェイトは呼吸困難に陥る肉体を寸でのところで支える


――― ■ぬ……シグナムが… ―――


決死の覚悟で二対の凶刃の前に身を晒す烈火の将

瞳孔の開いた魔道士の瞳が、揺れる感情をこれ以上無いくらいに映し出す

もはや今更、騎士の隣に駆け込んでも手遅れだ
仮に間に合ったとしても敵の攻撃で二人纏めて倒されるだけの事

では枕を並べて共に死ぬか?
馬鹿な、、それこそ最悪の選択…
全滅するよりもどちらか片方が生き残る方を選ぶのが
戦士としても局魔道士としても正しい選択だ

ぶるぶると震える手でスナイプの照準を付ける魔道士
時間にして一秒を数えぬ一瞬の邂逅

そして――――

時は彼女の悲痛な想いにまるで答えてくれず、待ってもくれない

フェイトの眼下で三つの影が交錯し――


「ーーーーーーッッッ!!!!」

声にならない絶叫を上げるフェイト

金属と魔力の衝突する甲高い音が――

考えもしなかった突然の別れの予感と
勇猛なるの将を悼む鎮魂の鐘のように、、


場に響き渡ったのであった


――――――

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最終更新:2009年10月14日 18:13