獲物を狙って滑空する紅蓮の鷲が
地上を駆ける疾風の獣と再びの邂逅を見せる
その形相は共に猛り狂った肉食獣のそれだ
双方、決して浅くない傷を負っているというのにそんな素振りは微塵も見せない

いや――手負いの獣は恐ろしいという格言通りか
牙を剥き出しにして互いの喉笛を食い千切ろうと翻る肉体は見るものの心胆を凍えさせる事だろう
その場で二人の戦いを見守るフェイトもまたその一人
明らかに自分とは違う、近接での「犯し合い」に冷たい汗が止まらないが…

だが、そこで凍ってしまうような者に烈火の将が剣を預けるわけがない

槍兵が迎え撃つ剣士の脇から、新たに放たれる何かがあった
金色の細い短剣のようなそれが将に先行するかのように飛来し、ランサーの身に降り注ぐ

「―――ぬっ!?」

対して目にも止まらぬ真紅の槍捌き
前方で長物をニ、三閃するだけでそれを難なく払っては見せたものの、

「ちっ!?」

十全の体制を崩された所に滑空する将の剣を受け損ねてしまう
勢いを止められずに当たり負けして横に吹き飛ぶ

(――あれは?)

目を凝らすランサー
放物線を描き、ほどなく戻ってくる女剣士の周囲を守るように
いくつもの金色に光る線上のものが浮かんでいる
先ほど戦った時にはあんな武器はなかったはず、?

それは――雷の矢だった

将の周りに顕現し、並行して飛ぶ一糸乱れぬその矢こそ
フェイトテスタロッサハラオウンの放った指向性狙撃魔法――プラズマランサー

遠隔操作でありながらそれは、シグナムの周囲から1mと離れずに追随する
でありながら激しい軌道を描く騎士の体にかすりもしない
これぞ前衛を任された騎士を守る最強のオプションだ

「くそが…!」

流石にあんな狙撃を受けながら彼女と正面から切り結ぶのは自殺行為
ランダムに打ち出される矢を叩き落しながら、剣士の猛襲に合わせるように併走する男

「……あの女はどうした」

「さあな? その辺でカエルでも丸呑みしてるんじゃねえか?」

紫の髪の女はこちらが仕掛けた途端
男を一人残して森の闇に消えていった

「まあ気にするこっちゃねえやな」

「ぬかせ、、伏兵のつもりか?」

「俺を前にして他に気を取られる余裕があるのかねっとッ!!」

敗走? 男を殿にして逃げた? 
それとも何らかの企みがあるのか?

意外な方向に出鼻を挫かれた形になるフェイトとシグナム
ことに魔道士は最初、ライダーを牽制しつつシグナムの援護という役割だったのに
相手の片方が早々に立ち去ってしまったのだから当惑を隠せない

些か手持ち無沙汰気味で併走するライトニング隊であったが
何にせよ、これで必然的に、

「貴様一人で我らの相手をすると言うのか?」

「そういう事になるな――不足かい?」

そう、、二対一になってしまう
敵は自らこちらに圧倒的な優位をプレゼントしてくれた事になるのだ

「舐められたものだ…」

当然、そんなものを喜んで頂戴する将ではない
これは侮蔑だ
険しくなる相貌にはっきりと怒りの色を灯す

(シグナム……冷静に)

(分かっている)

嘲笑うでもない、誇るでもない
その将の憤怒も一身に受けて地を踏みしめている敵

一騎打ちを好むシグナムにはこれ以上の屈辱はないであろう
あの男と是が非でも雌雄を決したいのはこちらも同じなのだ

だが――それは私情
ここで個人の誇りを部隊の安全よりも優先させるわけにはいかない
敵が一人になったから自分も単騎で向かうなどという事をしていたのではキリがない
先にフェイトに私情を殺させる辛い選択を強いておいて
ここで自分が我が侭を通せるわけも無い

自分は今はこの魔道士の副官
そして管理局員として、隊の命を危険に晒すような選択などは出来ないのだ

ゼストの時とは違い、自分が罪を引っ被って済む問題ではない
ここで万が一にもフェイトの命を散らすような事があれば主にも申し訳が立たない
敵が一人になったなら好都合
こちらは変わらず目の前の犯罪者を無力化するだけだ!

頭上より降りかかるフェイトの矢を、槍を駒のように回転させて弾き落としながら蒼の獣は林道を疾走
その影を挟み込むように追走するライトニング隊
この期に及んで敵は撤退の兆しをまるで見せない
後方に槍を抱えて腰を落とし――自分らに対し断固迎撃の姿勢を取る

いくら何でも勝てるつもりなのか?
この状況、航空機動隊Sランクの二人に空を取られて、、

(遠慮する事はない
 速攻で制圧するぞ、テスタロッサ)

(……はい)

正々堂々、剣を交えたいという思いは抑えてもなお溢れ出る
フェイトとてそれを感じ取れないほどに騎士との付き合いは浅くない
断腸の思いで将の誇りを折った事への負い目をひしひしと感じてしまうが、

(アレと打ち合うには周りの事など気にかけていられん、、頼むぞ)

(分かっています……私は貴方の援護と同時に森へ消えたライダーを牽制)

私情を互いに割り切るのがプロだ
作戦行動において感情を制御出来ないほど彼女たちの経験は浅くない

それに素直に数の有利を信じるわけにもいかない現状
森に消えたライダーがいつ戦前復帰するかも分からないのだ
彼女を追っていた追跡のサーチはあっさりと振り切られてしまった
魔力スフィアなどで、あの敵を追える筈が無い
周囲にオートスフィアを張り巡らせ――どこから襲ってきてもいいように警戒の網を張る

これで安心、とは到底言えないが…ひとまずの備えは出来た

あとはやるべきことは一つ
あの強力な槍の戦士を早急に沈黙させる事!

様子見は終わりだ
紅と金色の閃光が今、堰を切ったように

蒼い男を挟み込むように切りかかった――!


――――――

「ぬううっ!!」

「らぁッッ!!」

ニ者の怒号が場に響く
その翼で空を真っ赤に切り裂きながら飛来する灼熱の鷹の一撃を
真っ向から打ち返す槍の英霊

一太刀ごとに大地を炎上させる凄まじい空襲を前に男は微塵の遅れも見せない

「そこっ!」

そしてシグナムに一寸遅れるように
影を重ねるように追随したフェイトの黄金の鎌が男を襲う

巨大なザンバーは連携には不向きゆえ、大剣から復帰させたバルディッシュ
フェイト愛用の多種機能デバイスが術者の思考に応じて縦横無尽に振るわれる

その両の刃を一身に受けるランサー
紅と金の魔力光にサンドイッチにされる蒼い肢体だが
大人しくパンの具になってやるほどこの男は大人しい食材ではない

「くっ…!」

シグナムとフェイトの膂力を同時に受けながら、地に食んだ両足はまるで大木
膝をつく気配もなく出力任せに潰そうとしてもビクともしない

二人を相手に鍔迫り合いを成り立たせ
刃先で剣を、柄部分で鎌を受け止める

双方の接地部分からギャリギャリ、と歪な音が漏れる

「むうっ!!」

すかさずランサー
右足を軸に一回転し
横合いに薙いで二つの刃を受け流し
いなし――コマのように二人を弾き飛ばした

バランスを崩すフェイトに先んじてすぐさま体勢を立て直し
踏み込み、叩きつける将の剛剣
額を真っ二つにする筈の刀身を刃先1ミリの域で後方に下がり、かわす

一瞬遅れて対面
アッパースイングで振り上げられるフェイトの高速の鎌から金の刃が現出

「ハーケン、セイバー!!」

凄まじい速度で後方より襲い来る金色のソーサーを最小限の軸移動で受け流す槍兵

威力も太刀筋も速度も、属性すらも違うフェイトとシグナムの
息のぴったり合った同時攻撃は局内でも指折りのコンビネーションだ
それを一人で往なし受ける者など、、
教導隊のトップレベルの怪物たちでもなければ不可能だというのに…

敵は今の所、二人を相手に五分の立ち回りを見せていた

「来やがれ――!!」

その爛々と光る魔獣の眼差しは何に渇望しているのか――

戦場を駆け巡るその姿に彼の心情を垣間見る術は無い

======

サーヴァント・ランサー 
生前の名をセタンタ
真名は英霊クーフーリン――「クランの猛犬」の異名を持つアイルランドの大英雄

現代の世界史において彼はアーサー王やアレクサンダーのような
世界にその名を響かせるような威名はない

だがそれは無理もない事で、生涯を戦に生きた彼を初めとする純一戦士は
国の覇者となって内外に名を示した者らに比べてどうしても知名度補正が弱くなってしまう
これはどうしようもない事だ

だが、軍神――戦鬼として生きた英霊は
その一地方においてまさに神の如き崇拝を集めている

日本においてもそうした英霊は多くいるが
(戦国最強と呼ばれた武将や、鞍馬の天狗に奥義を授かった悲運の将など)
祖国においてはあのアーサー王すら凌ぐ威名を誇るこの男もまた――
冬木の奇跡・聖杯戦争に召還されたサーヴァントの一人であった

聖杯戦争とはマスターと招聘されたサーヴァントの尽きせぬ欲望を叶える渇望の宴
だが、、彼らサーヴァントにとってはもう一つ――重要な意味を持つ

それは特に男のような武と誇りを抱いて世界に名を刻んだ英霊が抱く想い
場所、時代を超えて一度に集い、最強の御名の下に己が力と武名をかけて戦う事が出来るという
まさに夢のような願望が叶う舞台でもあった
奇跡とは本当にこういう事を言うのだろう

人類は進化し文明と文化を手に入れた今となっても
結局、腕力に対する憧れを捨てられない
古代のコロッセウムに始まり、格闘技や武道の見世物が
まるで色褪せずに残り続けている事からもそれは分かろうというものだ


―― 故に、この戦いは祭だった ――


確固たる意思と目的を持ち
果てに陰惨な殺し合いをするだけの蠱毒の檻の中にあって
心を震わせる光は確かにあった

これに参加できただけでも――
生涯を戦に生きた英霊にとっては冥利に尽きるというもだったのだ

======

「でえあっ!」

将の剣は豪炎だ
刀身はおろか、その周囲の空間ごと薙ぎ払うような一閃を幾度となく叩き付けて来る

「はああっっ!!」

魔道士の動きは雷迅だ
もはや体全体が一本の細い線にしか視認出来ず
縦横無尽に張り巡らされた網の目のように翻り、男に襲い来る

炎と雷が織り成す刃と魔法の弾幕は
間断なく張り巡らされ、文字通り猫の子一匹逃げ出せる隙間も無い

だが男は手に持つ一本の槍を以ってその弾幕を抉じ開け、掻い潜り
針の穴のような隙間に体を滑り込ませて相手の間合いを犯してくる

どれだけ寸断しようとただ一心に――
数万の敵を斬り、刺し、突き、裂いた一撃を将に突きつける

どれほど敵が遠き空に位置しようとただひたむきに――
死してなお砕き、抉り、拉ぎ、屠った一閃を魔道士に叩きつける

彼が窮地にいるのは間違いない
こんな絶望的な戦いに自ら従事するなど正気の沙汰ではない
どうかしてる……この相手の思考に何の意味を見出せというのか?

なのに、、なのに、、槍兵の顔には笑みが――
狂気とは別の歓喜に震える満面の笑みが浮かんで消えないのは何故なのだ!?

======

第五次聖杯戦争に招聘され
まだ見ぬ最強を相手に槍を震える喜びに胸躍っていたランサー

だがしかし彼を待っていた運命は過酷極まりないものだった

サーヴァントが始めに通らねばならない関門はマスターとの相性だという――
彼らは仕えるマスターを選べない 
だから初めにブタを引かされても、どんな下衆を引き当てられても従わねばならない

その点、男が召還された際……自分は僥倖だと苦笑交じりに笑ったものだ
こんなべっぴんで心通わせられるパートナーに巡りあえた事を――
口煩いのが玉に傷だが、とにかく自身にとって最高の主を頂く事が出来たのだから

======

「くうっ!?」

深く入った間合いにて、かち合う槍とサイス
フェイトの低く入った滑空にランサーが先回りして飛び掛る
眉間を皮切りに彼女の正中線に次々と穿たれるその槍、実に五閃!

何とか身を捻り、体に穴を開けられるのを防いだフェイト
その横を五つのレーザー光線のようなモノが通り過ぎる

九死に一生、、ぶわっと全身の毛穴が開く感覚に襲われる魔道士
敵の得物が自分の体を擦った焦げ臭い匂いが鼻をつく

「油断するな! まだだっ!!!」

「は、…! うぐっ!?」

短い悲鳴をあげる魔道士
真紅の刃先の側面に位置するフェイトをBJで緩和してなお呼吸が止まるほどの衝撃が襲った
突きから移行した薙ぎ払いが魔道士の胴体に叩きつけられていたのだ

「うおおおおりゃあああああああっ!!!」

獅子奮迅の怒号と共に長物を振り切り、フェイトを弾き飛ばす
障壁がなければ――アバラなど粉々に粉砕されていた事だろう
腰から不時着し、地面を滑るように転がって何とか体勢を立て直す彼女
こほ、と嗚咽にむせび前方を見据えると――既にシグナムがフォローに入ってくれていた

槍兵の横っ腹めがけて剣を叩きつける将をニィ、と歪な笑みと共に男は迎え撃つ―――!

======

「――――バゼット……」

「間抜けなサーヴァントの到着か――
 遅かったな……もはやお前は私のモノだ」

黒衣の神父が光の灯さぬ双眸を向け
腕に宿った令呪を彼に見せて言った……

薄気味の悪い相手なのは理解していたのに
マスターの気の許した相手だと油断したのが悪かった

そのドブのような目をした男にマスター・バゼットフラガマクレミッツは倒され
令呪を剥ぎ取られ、、男は―――主を、護れないままその身を奪われる事となったのだ

その後の彼の聖杯戦争は語るも惨々、見るも無残の一言だった

心通わぬ新しき主の元で槍兵はついに全力で戦うことも適わず
主の仇を討つ事も、役目を果たす事も出来ず、、
光り輝く生涯の名を貶めただけの最悪の幕を引く結果に終わったのである

「ついて…ねえなぁ…
 バゼット……仇くらいは討ってやりたかったが――」

黄金の王の鎖に囚われ止めを刺される直前
眉をしかめて小言を飛ばす女マスターの顔が、浮かぶ――

生前、死す時までついには己の信条を全うして生きたこの英霊にとって
何も為せずに終わった此度の戦争の無念はいかばかりのものか
常に戦の先頭を駆け抜け、光り輝く生涯を送ってきたその身が何も残せずに―――

100の宝具をその身に受けて

彼の聖杯戦争は―――終焉を迎えた………

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「その」記憶が所々、断片的に脳に残っている違和感は当然、ある

鬱陶しい違和感は何故か霞がかっていて
深く考えようとすると思考が強制的に閉じそうになるので、
男は今は考えるのを止めた

――今は、良い
現在、自分の中にある衝動は目の前の敵と戦い、倒す事
それ以外の事はいらない

あの神父がマスターになってより初めての感覚が男を突き動かす

――体がウソのように軽い

あの忌々しい制約の一切合切が剥ぎ取られたこの体
こんなに奔放に闘えるのは生前以来か…
震える魂、力が止め処なく溢れてくる

確か一度目に見えた敵とは全力で戦えないのではなかったか?

どうでもいい!
そんな事はどうでもいい!

戦え、闘え、と!

前回の分まで闘えと!
その肉体を突き動かすのだ!!

「シャァァアアッッッ!!!」

「つうっ!?」

中央、シグナムとクロスレンジで目にも止まらぬ打ち合いを展開する

無形の位から放たれる正確無比な刺突に
あのシグナムが空にいながら付いていくのがやっとだ

ジリジリと押されていく女剣士をサポートするフェイト
男の追い足を寸断するフォトンランサーを彼の全身に打ち込むが、、未だ被弾無し!

凄い――本当に凄い…!

直接相対している時はとても相手の技を見る余裕などなかったが
こうして横で見ると、凄まじさに鳥肌が立つ

自身の経験上、速度と精度は
本来反比例するもので両立させる事は難しい
速く動こうと思えば思うほど、正確さは欠けていくのは当然のことだ

だがこの相手は最小限の動きで最短を
最大速度を維持したまま走り、槍を振るう
彼が描くは間違いなくエコノミーラインと呼ばれる、理想の挙動
何ら無駄の生じぬその動作は対象の動きを二倍にも三倍にも速く見せると言う

これは――極意だ、、
決して出力だけでは到達し得ぬ達人の醸し出す技の極地
その姿は狂気じみた美しさすら醸し出す

(また加速したか…化け物め!)

将が、体の所々に刻まれた穿ち跡に舌打ちをする
空戦におけるクロスレンジでの撃ち合いは地上のそれとは一線を画すものだ

(引き続き中間から相手の足を止めます!)

(迂闊に飛び込むなよ! 一瞬で終わるぞ!)

(了解……! 貴方も無茶だけはしないように!)

速力、膂力は地上の戦いと同様に重要なウェイトを占めるが
地上のそれが細かい回転と技術に大きな比重を取られるのに対し――
空はすれ違いざまの一撃、重さと精度が勝負を決める

ことに全ての攻撃が助走をつけたフルスウィング
被弾が即、カウンターに繋がる恐ろしい殴り合いと化す空戦の接近戦は
いわば当たるか外すかの大雑把かつダイナミックな攻防になる事が通例だ

その中にあって彼ら航空機動隊は強力な剣と同時に鉄壁の鎧、盾をも装備していて
真芯で攻撃を受けない限り、360度どの角度へも衝撃を受け流すことが可能であった
そして高速で飛び回る彼らから地上にて直撃を取れる相手などそうそうはいない

故に、それがミッドチルダ式・空戦魔道士が無敵と称される所以
本来ならば地を這う敵などSランク武装隊の敵になるはずが無いのだ

だが、あの男は例外だ
その常識に全く当て嵌まる事は無い

奴ならば――難なくやってのけるだろう
あの槍を滑空するこちらにピンポイントで合わせてくるだけの技量を確実に持っている

それをされたら――絶命は免れない……
雷速で飛来するライトニング1を、業火のように滑空するライトニング2を
狙い打って一撃の下に串刺しにし、堕とす事が十分に可能なのだ

「………っ」

近接のエキスパート同士の打ち合いを前に後方支援を任されるフェイト
確かに要所要所で敵の攻撃を寸断し、シグナムを助けてはいるが――
やはり決定的な決め手には欠け、消極的な介入しか出来ない事に焦りを隠せない

単純な速度こそ騎士に勝るフェイトだが、近接における寸の見切りの業はやはり専門家に一歩劣る
圧倒的な武装で完封するザンバーならばともかく、サイスによるクロスファイトではあの二人の間に入れない

(焦るな……気を急いたら駄目だ…!
 ならば自分に出来る事を全力でやるだけだ!)

だが、入れないなら入れないなりのサポートの仕方を彼女は持っている
「全範囲攻防支援」とまで言われたフェイトのバックアップの汎用性は凄まじいの一言
その機動力と多彩さで、オフェンスからディフェンスまでほぼ一人で行えてしまうのだから
故にだからこそ彼女の前衛を努める者は後方を一切気にせずに敵と向き合う事が出来るのである

しかし、、、!

その絶妙なサポートを受けてなお――将の剣は未だ男を崩せない!

円圏―――男の周囲を縦横無尽に暴れ狂う一本の槍は
もはや点でも線でもなく、面を形成するフィールドそのものだった

あのか細い得物が彼の身に振りかかる剣を矢を鎌を、全て叩き落す!
槍を極めし者には鎧も盾もいらないとはこういう事か
その一振り一振りが既に堅牢な結界となって何人たりとも通さない

シグナムの剣を叩き落し
捌いて抜けた蒼い肢体が振り向き様に彼女の後頭部を薙ぎにかかる!

フェイトが相手に負けない速度で猛追し、その追い討ちを止める!

すかさず併走し、駆け抜ける蒼と金色
八の字を幾多にも描き交錯する刃と刃

(後方に回って下さい! 挟み撃ちに…!)

(くそ……! おのれっ!)

念話で叫ぶフェイト
二人を遁走させてしまうと自身の機動力では追いつけない
距離を離されてフェイトを孤立させてしまっては危険だ

「レヴァンテイン!」

<ja! Schlangeform!!>

剣士が己がデバイスに命じる
蛇腹の剣で敵を追い立てよ!と

槍兵相手に一度だけ見せたこのフォーム
本来、速力で劣る将が相手の高機動に相対する時に用いるのがこの剣だ
手元から伸びた鞭と化した鋼鉄が男を回り込むように展開し、その足を止める

「覚悟!」

あの一瞬で既に二十合――男の刺突に死に物狂いで拮抗させ
息も絶え絶えだったフェイトに入れ替わるように女剣士は男の側面に回り込み
肩から激突するように、ランサーに向かってチャージを敢行!

槍兵、言うまでも無く即座に反応!
直角に切り返し、方向転換してシグナムに迫る

槍と剣が時速1000キロ以上で激突し、衝撃に顔を歪める両者
肩と肩が、額同士がガチンとぶつかり合い
互いに渾身の力を込めて両者の突進を受け止めていた

「ぐっっっっ、、、!!!」

「おおおおぉぉおおッッ!!!」

ただぶつかり合っただけで世界を震わせる戦いとはこういうものか
衝突の余波で周囲の木々がぶち折れ
アスファルトが剥がれて真上に吹き飛ぶ

「はあああっ!」

そして双方の動きが止まった瞬間、すかさず対面からフェイトが飛来し
二人に負けじと槍兵の後方より斬り付ける

しかし脅速のサイスが振り下ろされる―――その前に!

何と魔道士の下段から突き上げるように
男はカウンター気味で下から刃を斬り上げて来たのだ!

「なっ!?」

相手はシグナムと鍔迫り合いの最中
刃先は向こうへ向いている筈…!
どうやってこちらに――!??

その時、男は振り返りもせずに
フェイトの踏み込みに合わせて槍を中央で回転させた
正面から見たらそれは時計の針を高速で回したように見えただろう

将の上段斬りによる刃が、急遽相手を失って地面に突き立つ
そしてそれを受け流した槍がテコの原理で風車のように回転し
後方のフェイトの股下からバズソーのように競り上がってきたのだ!

「は、ぁッ!!!」

秀逸の反応でサイスを軌道変更し
真紅の刃先へと思い切り叩き付けるフェイト
だが騎士の斬撃すら利用した男の斬り上げの威力は凄まじく
黒衣の肢体はそれを受けきれず上方へと浮き上がる

そこで勢いに逆らわず、そのまま後方へとバク宙し
魔道士は真っ二つにされるのを回避する
回転のこぎりのような刃先が寸前で、体の中心から顎を掠めて空を切っていた

だが回転する槍はなおも止まらず時計回りに一回転し
再び前方のシグナムの肩口を引き裂くべく唸って迫る

それは本当に一瞬の出来事
男に往なされ地を割ったレヴァンティンが復帰するよりも遥かに速い!
故に将はそのまま男へ踏み込み、槍を肩口の装甲で受ける
ミシ、と鎖骨の軋む感触に顔を曇らす将だが受けたのは刃先でなく柄の部分、、これくらいなら安い――

「ぐ、ふっっっっっ!!???」

――などと気を抜く暇などありはしない!

戦場において槍兵は決して止まらぬが信条
肩口へ意識の行ったシグナムが腹部に強烈な衝撃を感じ、吹き飛んだ
意識外からの男の正面からの前蹴りで飛ばされたのだ

吹き飛ぶシグナムの両足が地を食んだまま6mほど後退
凄まじい脚力! 吐き気に咽ぶ剣士だったが、、
だがそれで肉体が停止するほど彼女は虚弱ではない
離れ際に合わせるべく、再び蛇腹に変形したレヴァンティンを前方に放ち
敵を串刺しにしようと振り被って、――

(な、にっ!?)

もはや穿つ相手が正面にいない事に驚愕する

男は既に今の蹴りの反動で空に飛び上がり
シグナムを足場に跳躍しつつ空中に逃れたフェイトを猛襲していた

男のいた空間を薙ぎ払ったシグナムの蛇剣はコンマ5秒は遅い
残像すら斬らせて貰えない!

そして対面のフェイトに向かって飛翔するランサー
蒼き閃光となってフェイトに肉薄する槍のサーヴァント
その黒衣に包まれた魔道士の体にロックオンされる真紅の魔槍

「貰ったぜぇぇぇえぁぁッ!!!!!」

そのまま上空に向けて突きの弾幕を繰り出したのだ!!

「こ、、のぉ…ッッ!!!!!」

フル出力によるシールドを前面に展開し紅き五月雨を弾き返そうとするフェイト
だが金色の盾に突き立つ刺突は容赦なく容赦なく
彼女の魔力壁を削り、掘り進み――!

「あっ!? くううう!!!」

為す術もなくバリアブレイク――!
魔道士が大きく後方に弾け飛ぶ!

空中でならば敵の追随を受け止められると思い至った執務官だったが
その常識を超える男の絶技――

一つ二つの突きならば受け止められただろうが
水滴が岩をも穿つように50の乱撃を同時に貰っては
いかなバリアとて崩壊するに余りある


両側に弾かれたライトニング勢を中央で見据えて悠々と着地する蒼き槍兵

「シィィィ―――」

二者を両脇に見据え、静かに息吹を一閃
美しい軌道で槍をバトンのように回し
ゆっくりと後方の腰元に回し―――その場に佇んでいた

「………!!」

「そ、、そんな…っ」

男を中心にして立ち尽くす魔道士と騎士が――絶句!


――― 強すぎる ―――

甘く見てなどいない
敵の力量は重々承知の上で相対している
只者ではないと思っていたがしかし………これほどとは

こちらとて管理局でその名を馳せた本局内でも指折りのコンビ
駿足と剛力の両翼を担う機動6課ライトニングの隊長と副隊長だ
それをたった一人でこうまで虚仮にする存在などあって良いものなのか?

(あ、あの守りの堅さは異常です…シグナム
 何か特殊な術を使用しているんでしょうか?)

(いや、、困った事にあれは種も仕掛けも無い
 全て奴の素の技量によるものだ)

(そんな……馬鹿な……)

甘く見ないと言っておきながらやはり二対一だという驕りと油断があるのか?

………それは無い、断じて無い
管理局局員が作戦行動中、それも最も危険な任務である制圧作戦の最中に
敵を甘く見るなどという最悪の愚行をおかすはずがない

だが―― ならばこうまで差があるものなのか!?
二人係で負けるほどに――!?

―――、、、、、、

…………………

いや………

おかしい……


確かに彼は強い――
果てしなく強い―――

これほどの戦技の使い手は見たことが無い

だが、それでも
自惚れでなく自信を持って言える事―――

こちらだって決して、絶対に

―――弱くなど無いのだ

時空管理局のSランクオーバーの称号を与えられた自分たち
奢る事無く精進した力と技
局から与えられた最上級の装備

それらに賭けて―――これほどの差は断じてあり得ない

現に一対一で戦った時、確かに圧倒されはしたが
勝負として十分に成り立っていたのだ

ならばこれは…………恐らく、、

「…………」

「どうしたよ? もう息が上がったのかい?」

構えを微塵も崩さずに男はこちらを挑発する
指摘通り、こちらの方が息が上がっているというのに
向こうは掠り傷一つ負っていない

「久しぶりに良い感じだ――もう少し頑張ってもらうぜ
 俺をガッカリさせるなよ」

「心配するな
 すぐにこいつを叩き込んでやる」

返答を返す将の声が据わっていた
物静かで礼節を重んじる烈火の将シグナムは
その名の通り、戦場では苛烈に燃え盛る猛将へと変貌する

爛々と輝くその瞳はもはや抑えの利かぬ溶鉱炉
ニィ、、と笑いを返す槍兵もまたその熱さを愉しんでいる故か
見据えてゴクリと唾を飲むフェイトに再び念話が入る

(どうする? 敵はああ言っているが…
 このまま二人揃って奴の武功に花を添えるか?)

(………)

(テスタロッサ)

それは急かすようでいて
どこかこちらに問いかけるような口調だった

プライドの高い騎士だ
一騎打ちを断念してなおこのザマ
もっと怒気に染まっていてもいいはずだが
自分は連携による攻めを返されて焦っているのにそんな感情は見て取れない

(もしかしたら……)

そう、感じていた疑問が氷解していくのを感じる

(そうか……そういう事だったんだ…)

(何か気づいたのか?)

(はい……この劣勢
 むしろ私たちに問題があったんです
 シグナム……彼の今の戦術は、、」


―― 数の優位を逆手にとっている ――


フ、と口元に笑いを浮かべる将

言い放ったフェイトの言葉に微塵も驚愕する気配が無い
どうやら騎士は一足先に気づいていたらしい
こういうところは未だに厳しいというか、意地悪だ…

管理局局員が戦闘行動に従事する際
当然だが一騎駆け………一騎打ちを提唱する概念は無い

よっぽどの事がなければその作戦をとることも無い
単騎で動けば生存率は極端に低くなる
だから基本は常にチームで、多数を以って少数に当たるのが原則だ

10年を誇るフェイトのキャリアだが、意外にも単機突撃の経験は少ない
希少なキャリア組である執務官を敵陣のど真ん中に突っ込ませて殉職させてしまうなど
人手不足の管理局にとっては痛手以外の何物でもないからだ
味方の被害を最小限に留め、敵を「捕縛する」という行動方針の元に動く彼らにとってそれは当然の指針だった

――そしてそこに隙を見出すのが「無双」の戦技

コンビ、多人数であるが故に生じる隙
人は他人と協力する時、個で動いている時の半分の力しか出せないという
訓練や事前の取り決めでそれを60、70%にしていく事は可能だが――それでも全力には程遠い

それは偏に他者と自分の思考のズレ、タイムラグ
意思疎通の困難さに起因するものである

一瞬の目配せ
一方が崩された時に生ずるもう一方の焦燥
フォローしようとする時、理想のラインから外れた余分な動き
それらの要素 (ノイズといっても良い) が個々を100%の挙動から遠ざける

その隙を―――突いていたのだ………この紅き魔槍は

並の戦士では攻防の折、敵の攻撃に神経を割き
敵を打破することに夢中でとてもそこまで思考が回らない

だが彼は反応する事も困難なその微かな隙に割り込み、分断し
二人の動きを逆手にとって打ち据えた

フォローに回ろうとしたその隙を
窮地に陥った味方を前に崩れたその隙を
ことごとく突いて回って、相手の出鼻を潰す

これが戦場で常に多対一の戦いを駆け抜けてきた無双の騎士の絶技
これぞ最速のサーヴァントが可能にする神域の槍

かつてセイバーに 「凌ぐ事、生き残る事にかけては最強」 と言わしめた男の極みがここにある

(なら、要はどうすれば良い……?)

(……)

将の問いかけ
口調こそ静かだが、フェイトには分かる

その奥で渦巻いている炎が……

誇り高きベルカの騎士が散々に武をねじ込まれ、敵の技巧の添え物にされたのだ
騎士にとって戦場で武の花を咲かせるのは最高の栄誉
それを目の前でいつまでもさせたまま、大人しく槍の武伝を飾ってやるほどお人よしではないのだ……この女剣士は

(ライトニング1……指示を)

(了解、簡単な事……このまま、、、思いっきり行きます)

隊長としてこの誇り高き騎士に不甲斐ない思いをさせてしまった事にまずは謝罪を――
次いで、取った不覚を注ぐべく今、再び中央の蒼き魔人へと構えを取る両者

「そうだ、行くぞ」

「はい……バルディッシュ」

<Yes Sir>

ジリ、と摺り足で間合いを詰めるシグナムに
宙で旋回しながら射撃の矢を召還するフェイト

ふん、と鼻を鳴らし男も再びその槍の穂先を起こす

更なる緊張を見せる戦場に―――

「GOッッ!!!」

フェイトの号令の元、
今こそライトニング隊の本気を魅せる時!

二人のSランクオーバーが槍兵に向かって駆け抜ける!


――――――

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最終更新:2009年11月11日 11:54