追う――追う――
ライダーのサーヴァントの誇りにかけて必ず捕まえて――
「く、――ッ、!?」
ブシュン、と鎖骨の辺りが裂けて血飛沫が飛ぶ
またも一方的に打ち込まれたアクスの柄に顔を歪ませて後ろによろめくライダー
だが、、その時
がつん、――と
自身のつま先に感触があった
当たったのか――?
(……いや―――浅い)
これだけの近接戦だ
振り回していればいつかは相手に当たる事もあるだろう
だが、その感触はクリーンヒットには程遠い
何とか当てはしただけだ
何せ体勢が体勢である
力の入った蹴りなど望むべくも無く、あの相手の装甲を打ち抜けるはずが無い
こちらは新たな深手を負わされ、対してこちらはつま先で掠らせた程度
お話にならない――こんなに悔しい事は無い
(おのれ――おのれ――おの、、、、)
「、、あぁ、、、は、……ッ」
(!?)
その時、、
おおよそ考えられる最も屈辱的な劣勢に歯噛みしていた騎兵の耳に
はっきりと――相手の魔道士の声が聞こえた
両者の戦いにはもはや「音」といった概念はなかった
既にそんなもの、彼女たちの動きに追いついて来れないのだ
だから、声も、爆音も、炸裂音も、その鼓膜を煩わす事の無い
即ち無音の戦いを繰り広げてきたのだが、
だというのに、、聞こえたのだ
彼女の悲鳴のような、搾り出す声が
「―――、?」
驚いて振り向くライダー
その対面
体をくの字に曲げて嗚咽を漏らす彼女の姿があった
――耐え難い苦痛に目を見開いたその表情は、、
こちらと目が合った瞬間、消え去り
魔道士は再び視認不可の稲妻となる
だが、、、だが……
(攻撃が効いたのですか――?
あんな当たり損ないで…?)
当てた方が狐に摘まれたような顔をする珍しい光景
ダメージを与えたのだという事は今の相手の表情が全て物語っている
まさか、、どういう事なのか?
そういえばあまりの高速戦闘ゆえ気にしている暇も無かったが
あの時、自身のつま先に感じた感触はどうだったのか?
敵の纏う障壁は神代の時代においてもお目にかかった事のないもので
こちらの攻撃を時には柔らかく包み、時には硬く弾き返してしまう
その独特の感触に幾度も臍を噛んだものだが――
あの時の当たり損ないは
豆腐でも蹴ったかのような、脆い手応えは、
確実に生身の人間のそれ――???
(纏って―――いない? 彼女は今、あの障壁を…?)
そう考えると現状
あの桁外れの速さはどう考えてもおかしい
何の対価も無しにあれが出来るのだったら彼女は
自分との闘いでとっくに使っていても良いのではないか?
それをしなかった理由――今の今まで使わなかった理由は……
予想の域を出ない、憶測に過ぎないものだが
あのスピードが……特殊装甲を脱いだ事によるものだとしたら、、?
「――――、」
考えている暇は無い
躊躇っている間にも相手の鈍器が自分の身を狙っている
最低限の防御が間に合わなくなった時が自分の最後だ
重武装である戦斧の一撃をまともに受ければただでは済まない
「ならば―――」
スタイルには反するが
もし勘違いであったなら自滅するのはこちらだろうが
それでもやるしかない
「はあああっっ!!」
「シァッ!!」
幾度目の邂逅か……時間にすれば5分と立っていない
しかし300合はゆうに超えた激突の果てにフェイトのバトルアックスが
一瞬速く、ライダーの短剣越しに体を捉えるが――
―― それ以上の衝撃がフェイトの体を貫いた
「あッッッ、ううッッ!!!」
同時に交錯し、互いに後方に抜けた両者
だが、フェイトの飛ぶ軌道が明らかに変化する
蜂のようにシャープだったそれがグラグラと揺れるような乱れを見せたのだ
「そうですか……やはり――」
ライダーも打たれた右の腕を抑えている
だがそれはあの魔道士の変容の比ではない
騎兵の目が――戦慄に染まっていた両の眼が
再び得物を前にした光を灯し始める
フェイトの速さは彼女を僅かに上回っているが……それも紙一重
サーヴァントもまた驚速を誇る騎兵だ
そして「この過程」が正しいという確信を得た今ならば――
いくらでもやりようはある
(この身を相手にした時のセイバーはきっとこんな気持ちだったのでしょうね)
得意の早駆けで遅れを取った事で少々ナーバスになったのか
いらぬ事を思い出す騎兵
結局はこういう事なのだ
相手があの速度と引き換えに差し出してきたものは、
―― 打てば弾ける生身の身体 ――
種を明かせば簡単な事だ
要は装甲を捨ててスピードを増したというだけの事
故に今の彼女は普通の人間と何ら変わらぬ
決して当たり負けのしない相手
ならば最悪……相打ちでも十分に勝ちうるという答えに繋がる
あの忌々しい騎士王の戦法と同じだ
共に被弾覚悟の殴り合いを仕掛ければ、多少の速度の優越など何の意味も無い
打たれ弱い方が負ける――哀れなほど一方的に
「く、、うああっっ!!」
「我慢比べ……些か美しくありませんが――良いでしょう!」
先の当たり損ないでヒビの入った肋骨の痛みを
フェイトは鋼鉄の精神力で抑えて裂帛の気合で飛び荒ぶ
ここで失速したら、気づかれる!
この優勢が実は砂上の楼閣
背水の陣によって成り立つ最後の抵抗だという事に
――嗚呼、だが無念に過ぎる
その頑張りは無意味なものだ
敵は、もう気づいてしまった
怒りと覚悟の元に踏み込んだ領域ですら
この絶対空間を打破するには至らなかったのだ
三度、四度と交錯する二つの影
だが先ほどまでとは明らかに違うその結果
紫紺と金色がすれ違った後の光景はあまりにも凄惨で
まるでミツバチとスズメバチのぶつかり合いのようだった
金の光が紫の光に明らかに力負けし
交錯ごとにフラフラと乱れた挙動を見せる
ライダーがいつもの小さく、素早くを身上とした戦闘スタイルからは考えられない
体を開いた大きな構えで敵と相対する
何という無様……華麗に鋭く相手を刺す
蜂の如き闘いを旨とする彼女にはきっと耐え難いものだったに違いない
だが、これしかない
あの相手を決して逃がさず、確実に仕留めるにはこうするしか無いのだ
その全身で激突し、身体のどこかとどこかが接触さえすれば良い
こちらは致命傷を避けつつ、受け止め、当たり、激突を繰り返すだけで――
これで敵は勝手に削られ、自滅する
「う、、うう…」
<all right...?>
「はぁ、、、はぁ……ッ、、平、気…」
その一合一合がフェイトの体力を根こそぎ削っていく
ライダーの攻撃が明らかに変わった
針の穴を突くような鋭い一撃で相対してきた彼女が
今は肩から強引にこちらへとチャージしてくる
まるで騎士や、重装歩兵の突撃の如く
最後まで騙し果せる相手とは思わなかったが
さしたる痛手を与えないうちに気づかれてしまったのが――全ての敗因か、
残る可能性の全てを賭けて望んだソニックフォームでさえ
生還へ続く道に手が届く事はなかったのだ
一合、一合ごとに
まるで鐘の中に閉じ込められて除夜の鐘を聞くかのような衝撃が
肉体に矢継ぎ早に響き渡り、彼女を確実にコワしていく
それでもこの無謀な攻防を止めるわけにはいかない――
「くう、、うう……!!」
込み上げる胃液が口の中に充満し
鼓膜はガンガンと警鐘を鳴らす
これがサーヴァントと生身の人間の身体能力の差
装甲車とバイクが激突を繰り返しているようなものだ
一撃ごとに脳からはみ出そうになる意識を必死に繋ぎ止めて
勝ち目の無い激突を繰り返す
止まったら終わり――
止まれば、一撃の元に殺されてしまう
「、、ぁ」
だが、そんな鉄の意識と覚悟は
肉体の損傷という結果の前では何の意味も為さない
幾度目かの激突を経て限界は唐突に訪れる――
魔道士の身体がついに失速し
スケートの演舞のように空中でくるくる、と力なく回転し
地面に落着して、、止まる
ライダーも対面に着地した
こちらも激しく息を切らし、体中傷だらけ
露になった肌が、頬が赤く蒸気して精一杯の様相を呈してはいるが、
ヨロヨロと力尽き、地に膝をついてしまうフェイトの消耗とは比べようも無い
四肢を地に付き、気管支から搾り出すような呼吸音をひり出す魔道士
珠のような汗が全身から止め処なく溢れて地面を濡らす
呼吸困難に咽ぶその身には既に戦力と呼べるものなど何一つありはしない
そのフェイトの足首に―――魔の鎖が巻き付いた
――――――
「―――――捕まえた…」
騎兵の胸が激しく上下する
肩で大きく息をしているその身には何ら余力などなく
自身、捨て身の攻防だった事を如実に物語ってる
魔力の大半を消費して敵を鳥篭に囲ったこの絶対有利の状況で
相手の予想外の奮戦がいかに凄まじかったか――
このか弱い獲物でしか無い娘が、いかにこちらを苦境に陥れたか分かるというものだ
しかしながら、これで本当にチェックメイト…!
今ようやく相手を縛鎖に捕らえ
拘束する事に成功した事実に騎兵は安堵を禁じえない
鎖を力任せに引き付けて黒衣の魔道士をこちらへ手繰り寄せる
じゃらじゃらと鉄の擦れる鈍い音は破滅へのカウントダウンのよう、
何とか再び飛ぼうと足掻く彼女だったが、もうほとんど体力が残っていないのだろう
その姿は、足を紐で括られ柱に縛り付けられて
それでもなお羽ばたいて飛ぼうとする小鳥のように滑稽で嗜虐心をそそられる
焦がれた獲物を手の内に捕らえる満足感――苦労の甲斐があったというものだ
未だ抗おうと両手で地面を食み、爪を立てて留まろうとするが無駄な事
ずりずりと為す術も無く騎兵に引き寄せられていく
「………」
ギリ、と足に食込む敵の鎖
ライダーの膂力にされるがままに引き付けられていくその体
やがて逃れる事を諦めたのか
右足を引かれた不自然な体勢で床に尻餅をつきながらも
彼女は正面からこちらを見据えて、未だ戦意を失わぬ瞳でライダーを睨みつける
捕まればジ・エンドだ
完全パージした装甲を再構築するに必要な魔力を
この人食い空間では即座に得られない
だから今のほとんど生身に等しい状態で敵の攻撃を受ければ
彼女の体など、あの怪物は容易く引き裂き、折り曲げてしまうだろう
だというのに何と凛々しく誇り高い娘か
金の髪を、黒い法衣を血と泥で汚しながら
最後まで弱気になる事も許しを乞うて泣き叫ぶ事もない
騎兵を射抜く両の瞳に些かの陰りもない
もはやライダーとフェイトの間の距離は10歩半
一息で詰まる間合いしか残されてはいない
クロスレンジに入った瞬間、当然フェイトはライダーの懐に踏み込んで一閃逆転を狙うだろう
だがその最後の抵抗は当然、このサーヴァントも読んでいる
来る方向、速度の知れた打球を打ち返せぬほどこの相手は甘くは無い
肉体の消耗ももはや臨界………成功率は低い
背水の心構えで望んだ攻防だった
それでもこの呪界を超える事叶わず、敵を上回る事も出来なかった
ならば支払われる代償はこの命以外にはないのか――?
床を無様に引き摺られ、腰を、背中を、地面に擦られながら
執務官の両の瞳が強大な相手の相貌を見据えてデバイスの柄を握り締める
その最期の瞬間が迫り、―――
決して望みを捨てぬフェイトテスタロッサハラオウンの元に、
「テスタロッサ!!!!」
再び奇跡が起きた
いや、奇跡などという安直な見方はすまい
これは彼女の頑張りが招いた結果
決して諦めずに飛び続けた魔道士が掴んだ――地獄に垂れたクモの糸
怒声が飛んだ! ライダーの側面!
フェイトの斜め後方からの声!
「……!!!!!」
聞き間違いようのない
戦場に響き渡るその声が鼓膜に届いた瞬間、反射的に爆ぜるフェイトの体!
ライダーがそれに気を逸らした一瞬を彼女は逃がさない
跳躍し、ぐんと空中で丸まって鎖の伸び代の余裕をなくす
そしてその場で回転し――
遠心力で翻る重厚な戦斧を、足に巻きつく縛鎖に叩き付けたのだ!
甲高い音を立てて断ち切られる鉄の呪縛
「くっ!? フェイトっ!!」
捕らえた獲物の感触を失った女怪の鎖が場に散らされ
必死の思いで囲った鳥が再び手から逃げていく
ギ、と歯を食い縛り、その邪魔をした元凶
まだ無駄な抵抗を、と憤る騎兵の遙か側方にて――
――― 火山の噴火の如き火柱が天を突く ―――
アスファルトを容易く溶解させ
マグマと化した地にしかと両の足を沈ませて
再び、敵の前に姿を現す――炎熱の修羅!
「だいぶ休めた……あいつが頑張ってくれたおかげでな」
地の底から響くような声
激情は既に臨界を突破
肌を濡らす己が血液すら焦がし
蒸発させる凄まじい熱気を放ち
引き結んだ唇の内で食い縛った奥歯がビキ、とひび割れる
友がその身を賭して作ってくれた時間
言葉と裏腹に瀕死の状態は何ら変わらずとも――
ここで立たねばベルカの騎士の名折れであろう!
手に握られるは剣の騎士シグナムのデバイス
レヴァンティンのもう一つの姿
もはや斬り合いでは相手にならないその身が「此処」に辿り着くはむしろ必然
炎の中から蘇るその姿はまさに不死鳥
真紅の翼を翻したような魔力を伴う――それは一条の矢!
「―――、! くッ!!?」
ここに来て近接一辺倒だったあの「剣」士が
左手に構えるはクレリアの輝きを放つ―――弓!
ライダーの痩身を襲う戦慄はいかほどのものか
ただの弓などこの身には利かない
そんなもの一息に叩き落して終わりにしてくれる!
だが、ここは彼女のいわば胎内と同じ
そこに落とし込まれたものが何を持ち、どれほどに暴れているかくらい体感で分かる
あの手に握られるモノはそんな生易しいものではない
いわば邪神の心臓を穿って余りある勇者の弓
満を持して放つは烈火の将の切り札
一撃必殺――ボーゲンフォルムから繰り出される最終兵器!
「――――死に損ない、!!」
「私を死に損なわすには少し足りなかったな……化け物」
憤怒に瞳を輝かせる闇の化生のスクエアが騎士の心臓を
皮膚を、指先の神経までもを侵そうとするが、もはや無駄な事
滾りに滾ったこの血潮を凝固させられるものならさせてみよ!
「翔けよ、隼ッッッ……」
限界まで引き絞った弦に装填されたレヴァンティンの刀身が
灼熱の矢へと完全に変貌を遂げて吼え狂う
極限にまで凝縮された彼女の炎を内包したそれがボルケイノの如き激しい火の粉を周囲に撒き散らす
宝具級の一撃が――来る!
怒りも、憤りも、今はいい
これは受けてはいけない攻撃だ
ライダーがその身に秘めたあらゆる性能を回避と防御に回して身構えたのとほぼ同時――
「シュツルム、、、、ファルケンッッッッ!!!!」
巨大かつ豪放なカノンをぶっ放したかのような
爆雷砲の轟音と地響きを場に伴って――
プロミネンス火山の噴火を髣髴とさせる凄まじさを以って――
今、シグナム最強の直射型兵装が火を噴いたのだ!!
「くっ、ぬ―――ッッ!!!」
放たれた矢は音速の壁を軽々と突破して飛翔
サーヴァントを射抜くに十分な速度と威力を秘めたまま
至近距離で放たれたそれが爆炎と衝撃波を撒き散らしながら騎兵の身に迫り
あっという間に彼女の肉体の真芯に到達する業火の矢
死に物狂いの回避――形振り構ってなどいられない
体の半身に到達するそれを、体を捻ってなおかわしきれない
こんなモノを受ければひとたまりも無い
恐らく、その半身に掠っただけでも衝撃波だけでごっそりと「持って」いかれるっ!
「は、ッ!!!」
手に握られる杭剣を、その力の塊に叩きつける騎兵
少しでも矢の軌道をずらそうと、もしくは反動でこちらの身をずらそうと思い至っての行動は
瞬間、、ビキャ、!!!という鈍い音と共に――
至近距離から爆発に巻き込まれたニンゲンのようにその長髪を宙に舞わせて、
彼女は―――弾け飛んだ――
コマのように回転し――
否、回転させられて――
7m弱の高さまで直情に跳ね上がって空を舞い――
きりもみしながら、、地に堕ちた……!
――――――
剣の騎士だ何だと散々嘯いておきながら
この期に及んで出してきた彼女の切り札は剣でも何でもない――弓矢による一撃
それはまさに反則級の投擲だった
本職の弓兵と比べても威力の面では決して劣るまい
フレイムロード―――
火炎帯びたそれが初速から音速をゆうに超えて一直線に飛来した後に
まるで空間を裂いたような一条の紅い道を作り上げる
何人たりともその直進を止める事など叶わない
仮に止めようとして間に入ろうなどと考えるのなら―――あの有様だ
――― 新幹線の前に飛び込む方がいくらかマシだという目に会ってしまう ―――
地面に叩きつけられた彼女の体は、その場でなお止まらず
アスファルトにその身を擦られながら跳ね続ける
その華奢な体が慣性の法則により、ようやっと静止した時――
「か、―――ふ、ぅ、……」
口からの大量の吐血が地面を朱に染め上げた
炎に包まれた半身
だらりと下がった肩は間違いなく脱臼し
肘から歪に曲がったその腕は見るまでもなく骨折し
地面にだらしなく投げ出した無残な肢体に彼女本来の躍動感は感じられない
しかしながらそれでも、、、
「は、―――ぁ、……何とか……」
そう――根元から砕かれた利き腕を初め
一瞬で満身創痍に叩き込まれながらも
その多大なる犠牲と引き換えに将の投擲の直撃を防いだ騎兵の姿があった
「、、つ――」
空を見上げ、苦しそうに喘ぐライダー
こんな衝撃はセイバーの剣をその身に受けた時以来だ
全身が痺れて上手く動けず、感覚もほとんど無い
まさに電車に轢かれたかのような有様とはこういう事を言うのだろう
だが、、同時に彼女は確信を持てる
動かぬ首を無理やりずらして
今しがたこちらをこんな目に合わせてくれた騎士を見る
そう、本来ならば追撃の心配をせねばならぬ身
そして迎撃の体勢など到底整っていない身
明らかに危機的状況でありながら――やはり彼女には確信がある
そして、その確信は間違ってはいなかった
地に横たわりながら見た騎士の姿
案の定、追撃どころではない
再び地面に膝をついて力なくうな垂れる彼女
その残った体力の全てを注ぎ込んだ――あれが本当に最後の切り札だったのだろう
死にかけの体で放ったラストシュートだったわけだ
フェイトももはや力を残してはいない
鎖から逃れたまま宙に投げ出されたその身を地に横たえて
真っ青な相貌に虚ろな瞳――この結果を正しく理解しているかどうかも怪しいものだ
勝った
相手の全ての抵抗を今、間違いなく受け切り、凌いだ
紛れもなく今、この身が確実に勝利を手にした瞬間だった
この空間は閉じ込めた相手の精気を吸い上げ自身のものへと変換する
多大な損傷を受けてしまったが相手にとってはまさに報われない事実
他ならぬあの二人の魔力、精気によってこの程度の傷などすぐに回復してしまうのだ
―― やはり神殿の中でその主に逆らう事など愚の骨頂 ――
勝ち目など初めから1%もありはしなかった
ありがたい事に双方、並の人間と比べ物にならない魔力量の持ち主だった
それがこちらの更なる力となってしまうのだから皮肉なもの
もはや二人には止めを刺す必要もないだろう
このまま捨て置いても神殿の中で全ての魔力を吸精されて朽ち果てるのみ
ああ、だけど――
そんな味気ない結果は認めない
せっかくここまでお膳立てをして
ここまで苦労して、手こずったのだから
結末は自分の手で引きたいものだ
もうすぐこの身も再び動力を得るだろう
その手も、足も、元通りに動くようになるだろう
その時までどうか朽ちずに―――待っていて欲しいもの、――――
「――― 、、、なっ!!!」
その時、、、、
ライダーの肉体に更なる衝撃が走る
先と比べようもない凄まじい地鳴りが周囲を震わせる
既に決着の付いた勝負だった
これ以上何か起こるなど有り得ないことだった
心底の驚愕に身を震わせて――ライダーがその異変に目を見開く
(な、何が起こったのです!?)
言うまでもない
何が起こったのか、何が起こっているかなど分かっている
この胎内はいわば自分の体内にリンクしているようなもの
だから内で起こった出来事は全て把握出来る
ああ、故にこんな事はありえない!?
体を無理やり寝返らせて、衝撃の発生地点――
凄まじい轟音のした方を見やり、、
「ぐ、う………こ、のッ―――」
彼女は尽きせぬ怒りに任せて地に爪を突き立てる
「これが狙いだ……初めからな」
うな垂れた女剣士が苛烈な笑みと共に灯す言葉の通り
将は初めから騎兵の身を穿つだけの目的で最終奥義を放ったのではない
勿論、これで敵を倒せれば越した事は無いが
フェイトと五分の機動力を持つ相手に
騎士である自分が大砲を命中させるのが困難である事は承知の上だった
故に――紅の翼は、、その真の標的は――
―― この鮮血に染まった世界そのもの ――
血の赤で囲われた結界
自分らを閉じ込め、喰らわんとするクローズド・サークル
野卑で貪欲な胎内に今、風穴を空けるために!
穿たれた炎熱の隼が求めるはその出口――!
今、炎の矢は世界の内と外の境界に接触し――
抜くか弾くかの鬩ぎ合いの元に火花を散らしていたのだった!
結界・バリア破壊効果を持つシグナムの矢は
かつて闇の書の闇と呼ばれた最悪の怪物との戦いで
相手の複合防壁の第三層を見事ぶち破った
烈火の隼に抜けない壁は無い!
中空にたゆたう赤き天井と業火を纏う矢が激突し
ギリギリギャリ、と凌ぎを削って相争う
世界が終焉を迎えたかのように悲鳴をあげていた
三者の耳の鼓膜を破るほどの歪な狂音を場に響かせていた
「無駄な事を―――私の結界を中から敗れると思っているのですか!」
だが、抜けぬ壁の無い矢を相手が提唱するのなら
こちらは決して出られぬ魔境の強固さを以って相対する
自らの構築した神殿に絶対の自信を持つライダー
確かに凄まじい投擲だった
致死寸前まで痛めつけ、更に魔眼で縛ってなおこの威力
もし十全の状態で放たれていたなら正直、危なかったかも知れない
回避も間に合わず、この結界も破られていたかも知れない
だが、既に瀕死の状態で放った一撃にそこまでのものが望めるはずがない
巨大な生物に丸呑みされた餌が
消化されながらその胃を胎内から突き破る事など不可能なように
外からならともかく、内側からこれを破って脱出するなど出来るわけが無いのだ
「――― そんじゃついでにコレも追加だ ―――」
「――、!!!???」
ライダーがやはり勝利は揺るがないと
改めて確信を固めたその瞬間、
シグナムとフェイトの更に後方の森の奥にて―――
「ゲイ―――ボルグ」
先のシグナムに勝るとも劣らぬ真紅の魔力が――
赤い血の結界よりも更に紅く立ち昇った
――――――
呼吸過多気味に肩を蠕動させて喘ぐフェイトが
過度の損傷で膝をついたまま動けないシグナムが
その声に反応し―――青ざめる
自らの後方から上がったその声は今、もっとも聞きたくない者のそれ
眼前の恐ろしい敵と比べて遜色ないあの槍の魔人のものだった
振り向き、絶望に絶望を重ねた状況に歯噛みし
それでも軋む体を無理やりに立たせて身構える
その前に――――
事は全てを終えていた
この戦いにて三度試された呪いの魔槍の真名解放
此度はあっさりと成功する
歓喜に震える槍がようやくかと猛り狂い
それは呆気なく男の手を離れ
その牙を剥き出しにして飛び荒ぶ
「「!!!??」」
あまりにも不意を付かれたその状況
誰も一歩も動く事さえままならない
地面を削りながら低空飛行で
驚くフェイトとシグナムを纏めて貫く、、
、、事なく彼女達の間を瞬の域で通り過ぎ
「な、、ランサー! 貴方、―――!?」
唖然とするライダーの横をも通り過ぎ
気流に乗ったかのようにライナー気味に上昇し
先の将の矢を追うかのように同じ軌道をなぞって飛び抜ける
放たれれば必ず敵の心臓を貫き奪ってきた槍が
ついにはフェイトの、シグナムの、そしてライダーの心臓をも眼中無しと通り過ぎ
此度定めた標的は、
――― この世界の心の臓 ―――
シグナムの矢と凌ぎを削り、その威力を真っ向から受け止め
弾き返さんとしていた世界の境界に――新たなる楔が叩き込まれる!!
終焉を思わせる地響きと轟音は更に苛烈さを増し
二対の閃光が怪物の胃袋を内部から突き破らんと暴れ狂い
その魔力を撒き散らし、地面に降り注いでクレーターを作る!
「シ、シグナム…! 捕まってッ!」
その余波に巻き込まれては無事には済まない
力の入らない足腰を無理やりに立たせ
動けぬ将を抱き、フェイトが残った魔力を振り絞って破滅の大地を駆け抜ける
次々と降り注ぐ魔力の残滓が地に突き立ち
赤と、紅と、炎と、アカと、アカと、ホノオが乱れて狂う
「ランサーッッ!! この、何というッ――!!!!」
その滅び行く世界の中心で邪神の怨嗟の声が木霊する
神殿は彼女の住処であり、先に記した通り彼女自身の胎内でもある
故にそれを犯される苦しみは想像を絶するものだ
身を内から破られる不快感に身を捩じらせながら――
彼女は槍兵に憎しみの声をあげる
ビチリ、!と――空に亀裂が走る
それは鮮血神殿の
ブラッドフォート・アンドロメダの断末魔の叫び
勇者を飲み込んできた人食い結界の最後の刻が来ようとしている
上空でドリルか削岩機のように暴れ狂う矢と槍
二つの強引な力による突貫をあくまで拒み続ける境界
さりとて亀裂の入った空間にその頭部を捻じ込もうと猛り狂う暴力にいつまでも耐えられるはずもなく――
ガッシャーーーーーン、!!!という巨大な音が世界に響く―――
ガラスが割れたような音諸共に………空が割れる
砕けた空間が中空に飛散して空に溶ける
やがて血の赤に支配されていた空が蒼天を取り戻した時
その蒼い空を切り裂くように――
槍と矢は、なお勢いを止めずに我先へとランデブーを敢行
雲を突き抜け、どこまでも上空へと飛び去ったのだった
まるで三つの命が無事、生還を果たしたのを祝福するかのように―――
――――――
最終更新:2009年11月11日 11:27