雑巾絞りのように極限まで捻り込んだ全身がその力を集約させて放つ一撃をことごとく必殺のものとする。
彼女の裂帛の気合と共に放たれるそれはまさしく死神の首狩り刃。
肘間接を支点に手首のスナップを効かせた右手から伸びる高速の蛇剣。
それは膂力と全身の力を愚直に乗せただけの剛剣とは一線を隔し、しなやかな鞭となって敵に襲い掛かる。
ゆうに半径50m弱を扇状に薙ぎ払い、左右、下、に展開し――
敵の傷ついた目の死角を容易く犯すのだ。

「―――、!」

だが―――その全てを紙一重、肌一枚の域で掻い潜っている男の姿もまた健在。

下唇を噛み締める女剣士。
霞を切らされ続けて早幾合、自慢の剛剣が相も変わらず空を切る。
野球で言えば果たして何三振したか?とカウントするのも詮無い事だ。
そんな冗談にかまけている暇など彼女にありはしないのだから。

互いに拮抗する力の持ち主であれば千日手になるのも珍しくは無いが――今はそれではまずい。
追い詰めているようでその実、長期戦になれば確実に……である以上、この剣で一刻も早く仕留めなければならない。
しかし気負いが先立ち、荒く入った横薙ぎの一閃を――

「そろそろ………行ってみるか、よっと!!」

守り一辺倒だった男が狙い打つ!
前に踏み込み、あろう事か自身の体を取り巻くように飛来する蛇腹剣の
その連結刃全てに突きを叩き込む槍兵。

「なに…ッ!?」

豪快でありながら精密極まりない連打。彼のそれはライフルの命中率とマシンガンの手数を併せ持つ。
防御不可能の鞭が支点の全てを打ち落とされ、弾かれ、力を失って宙にたわむ。
その最前尾を――ガツン!と、足で思い切り踏み付けるランサー。

「しゃあああ!」

将の右手より伸びた縦横自在だったレヴァンティンの刃の先端が地面に深々と差し込まれる。
それはあたかも天へと続くか細い渡橋。
その連結刃を踏み台に、男はこちらへと駆け上がってくる!?

「くっ! レヴァンテイン!」

まさかそう来るとは! もっとも受け辛いシュランゲフォルムを狙い打たれたショック、
信じられない返し手に呆然とする時間、そんなものを男は与えてはくれない。

<ja! Schwertform!>

敵に足蹴にされた愛剣がその屈辱を拭おうとソード型に戻る。
だが一瞬早く足場となったアームドデバイスを蹴って跳躍するランサー。
跳び上がった槍兵はシグナムの頭上高くに舞い上がり、真紅の魔槍を翻して襲い来る。

「貴様っ!」

空の雄が羽を持たぬものに見下ろされる屈辱。
そして空戦において頭を取られるという事は即、撃墜に繋がる。
油断など微塵も無かったというのに――攻勢から一転、死の予感を身に叩きつけられる烈火の将。

<させるかよぉ!!>

刹那、剣士のものとは違う甲高い声が響く。
そして襲い来る男に対し、彼女の背中の二対の羽がオートで作動。
頭上に爆炎の弾幕を張り巡らせた。

「うおっ!?」

まるで対空地雷か炸裂弾――ユニゾンデバイス・アギトの支援砲火ブレネン・クリューガー。
高い対魔力を誇るサーヴァントに対し決して有効打とは言えないが牽制には十分!
既に剣に戻したレヴァンティンを将は下段から斜め逆袈裟に振り上げる。

空中で交差する紅蓮と赤閃は剛と剛の鬩ぎ合い。
剣士の刃が相手の脇腹から胸を抜けていき、男の槍の先端がシグナムの視界の右隣を通り過ぎる。
ぞぶり、と肩と、首と、頬の肉を殺ぎ落としていく互いの刃。

ことに騎士の鉄壁の甲冑――パンツァガイストがまるで発砲スチロールのようにこそぎ取られ
そのまま交差し、切り抜けていくシグナムとランサー。
炎を被って堕ちて行く男を振り返って見据えながら自身の流血する肩口を押さえてシグナムは再び悔しげに唇を噛む。

「ハァ、ハァ…」

<危ねえッ! 何やってんだよシグナム! 
 さっきから全然当たらねえじゃねえか!>

「そうだな。」

<そうだなって……何か策があるのかよ!?>

「そんなものは無い。」

体内で妖精の焦燥に駆られた声が響く。
だがどんなにがなり立てられようがこの騎士が敵と相対する姿勢は変わらない。
より強く、より速く――
相棒のフェイトと違い、この愚直な騎士にやれる事などこれしか無いのだ。

<ああもう! らしいっちゃらしいけどさぁ!!>

呆れ混じりの悋気を放つ少女。
相手とは火力だけでも、並べるのも馬鹿馬鹿しいほどの差があるのだ。
こちらの一撃がまともに入ればそれだけで終わる。
否、まともに入らなくとも繰り出される剣の熱気で相手の肌を焼き、肺を焦がすのだ。
楽勝のはずだった。未だに敵が立っている事自体が有り得ない。

だのに―――決められない。
未だ敵はそこにいて、クリーンヒットを許さぬままに地を駆け続ける。
しつこいとかそういう次元の問題ではない。

(もういい加減にしてくれ…!)

アギトの心胆を一言で表すとすればこうだろう。
短時間で決められると踏んでいただけに
その驚異的な粘りに対して湧き上がる苛立ちも相当だった。
―――あるいは、感じ始めているのか
横から見たのでは分からかった、向かい合って初めて理解できるものの存在に。

「………あの槍投げはどうしたランサー?
 今更、戦力を温存する状況でもないだろう。」

そして、らしくもない挑発を飛ばす剣士。
知らず堅牢極まりない男の守りを何とかしてこじ開けたいという思いが篭る。
それには凄まじく危険だが、相手を切り札の使用に踏み込ませるのも一つの手であったのだが――

「奥の手ってのはそうやってブンブン振り回すもんじゃねえんだよ。
 ありがたみが薄れるだろうが。」

「出せないようになってから後悔しても遅いが…
 ならばそのまま懐に仕舞っておけ。」

吐く言葉にも勢いが無い。
互いに精彩を欠いた攻防は悪く言えば泥仕合のような決め手を欠いた戦況となっている。

「易い挑発に乗る相手でもないか。」

<何が……足りないってんだ…>

この男を倒すには一体何が?
力か、技か、速さか?

「私にも分からん。」

<しっかりしてくれよ……不安だよ…>

そう、アギトもようやく気づき始めた。
戦いが始まってより薄々と感じていたこの相手の本質。

(あるいは物理的な何かでは到底説明できない何か…)

力学や常識さえも超越した神的な――
一個体との戦闘というよりも一つの超常現象と相対しているような――
そんな気分にさせられてしまう。

(ふ……オカルトか。私も青いな。)

これほどの相手に見える事など一生を数えてもそうはない。
共に全てを武に捧げた者同士、勝敗を超えて通じ合う何かは確かにあった。
求めてやまぬ理想の敵との邂逅は千年を捜し求めた恋人との出会いも同じ。
ついついその語らいに特別な意味を持たせたくなってしまうのも騎士の性か。

「何にせよ、そろそろか…」

そんな自分に心の中で苦笑しつつ、己が体内時計に問いかけるシグナム。
ここに至って自分の剣は不甲斐無くも相手を捕らえられずにいる。
出来ればこの剣で決着をつけたかったが―――
それが叶わぬとあらば次の段階に移行するしかないだろう。

<で、でもフェイトの準備がまだ……>

アギトが上空――二つの光が消えていった空を心配そうに見上げて言う。

「大丈夫だ。あいつを信じろ。」

それは短くも絶対の信頼を称えた言葉。


Last assault ジャスト七分 ―――

「やっぱ空の相手に叩き込むのは難しいやな……」

手に持つ槍をどう相手に突き刺すか――炎の騎士と相対する槍兵にとってはそれが全て。
英雄は巨大な竜や巨人と相対した時、絶望的な戦況に陥っても最後まで戦う。
決して諦めずに、いつか目の前の壁が壊れる事を信じて――

はたしてそんな奴らの相手をさせられる竜の方は実際のところ、大層不可解で恐ろしかったであろう。
相手は戦力はおろか存在そのものが自分の100分の1にも満たないちっぽけな人間なのだ。
虫けらを相手にした人間の思考と同様、自身が負けるなどという結果は予想すらしていないだろう。
その相手が叩いても吹き飛ばしても逃げず、潰れず、立ち向かってくる。
そんな光景を目の当たりにして――得体の知れぬ神的なモノを相手にした時の恐怖で恐慌状態に陥るのはむしろ自然な事だ。
しかしてそれは今まさにアギトがこの男に向けた感情と同種のもの。
その、ある種の往生際の悪さこそが英霊の本質。
空戦の騎士を空に見上げて英霊クーフーリンを立たせている原動力に他ならない。

「しかし相手だってカカシじゃねえ。
 どこぞの騎士王サマみたいにデンと構えててくれてりゃ案外、簡単に叩き込めるんだがな。」

いかに必殺の牙を持とうと敵に二本の腕と足がある以上、簡単にそれを突き立てられる道理は無い。
意外にもセイバーのように剣技と防御力に絶対の自信を持っている者の方が
あっさりと発動を許してくれたりする。故に戦というものは分からない。

上空を見上げて苦笑する。
あの暴竜に騎士王のようなお行儀の良さを期待するだけ無駄だろう。
空の相手の間合いを犯して1~2秒――決して容易い条件ではない。
さっきの跳躍が男の唯一にして最高の機会だったが、それでもタイミングが合わなかった以上――

「いかんな……これはいよいよ持って――」

今こそ覚悟を決める時かと重い身体を引き摺りながら一歩踏み出す。

その、背中に―――


「――――ぐほおおおおっ!?」


――――何かが、降ってきた。


ズシーーン!!という鈍い低音が辺りに響く。
そして程なく100mを超える超高度から投下されたナニかの下敷きとなるランサー。
カピバラのくしゃみのような悲鳴は衝撃音に掻き消され、突きたての餅のようにひしゃげた体が地面にめり込む。

「が………こ、この――」

その場に亀裂を―――
人二人分の亀裂を生じさせた槍兵と、そのナニか。

既に重症の身体に更に叩き込まれたモズ落とし。
うつ伏せに倒れ付す男の頬に、さらりと掛かる紫色の御髪が――
男の口から壮絶な怨嗟の声を漏らさせずにはいられない。

「オ……オ・マ・エ・な・あッッッ!!!」

そのナニか――残り少ないHPを根こそぎ奪っていった、先ほど空に消えていった光の片方。
人の背中をクッション代わりにしている女を跳ね除けて男は叫ぶ。

「何やってんだこのボケェ!!!
 そこまでして俺の邪魔して楽しいか!? ええッ!?」

槍のサーヴァントは肩を怒らせて立ち上がる。
珍しくマジ切れだ。ギリギリと砕けんばかりに食い縛る歯の音が男の憤怒を如実に表している。

「おい! 何とか言えこの野郎!」

「―――――」

それもそうだろう。
彼にとっては良い戦いの最中に茶々を入れられるのは情事の最中に踏み込まれるのと変わらない。
よってこの邪魔ばかりしてくる一日だけパートナーの騎兵を口汚く罵る言葉が
後から後から溢れて止まらない彼を誰が攻められようか?

「……? おい?」

しかしながらそれに対し、相手から反応が返ってこない事に
荒くなった鼻息は変わらずも怪訝な顔を見せる男。
紫の髪に隠された女の顔はよく見えず、その細長い肢体はうずくまったまま。
顔を隠すように手を当てているライダーは―――男の叱咤にまるで答えない。

「……お前、鼻血でてんぞ?」

「―――、!」

ピクっと反応する騎兵の肩――
居心地が悪そうに顔を伏せるその姿は神話の化生というより羞恥に身を竦ませる女の仕草そのものだ。

「…………曲がってませんか?」

「何がだよ。」

「…………鼻。」

「ああん?」

チラリと覗かせる顔――
否、その鼻っ柱が赤く腫れ上がっているのが見える。

「知るか馬鹿。鏡見ろ鏡。」

「生憎、鏡は使わない主義なので。」

「知ってるよ。石化しちまうんだろう?」

うずくまったままなかなか起き上がらない騎兵。
痛みよりもむしろ精神的ショックを受けているようだ。

「――窮鼠猫を噛むと言いますが
 顔に似合わず過激な真似を……油断しました。」

頭上で一体何があったのか。
当人達以外に知る由は無いし――そんな場合でもない!

「ちっ! 馬鹿がっ!!」

相手がこんなおいしい機会を見逃してくれる筈が無いからだ!

「おおおおおおおおおおおおっっ!!」

臓腑の奥からひり出すような咆哮を上げる火竜!
たゆたう四枚の羽が全長10mにも達し、場に彼女の偽り無しの最大出力を現出させる!
これ以上の勝負所はもう無い。
レヴァンティンもアギトも軋む身体を推して魔力を増幅させ続け
融合した三者のコアがレッドゾーンにまで吹け上がる!
その魔力を極限まで燃やし尽くした騎士が全身から山吹色の炎を発し
今、直上にて吼え盛る火飛沫が空一面に広がっていた。

「や、べッ!」

「――――、!!」

直視可能なほどの騎士の全開魔力の顕現。
その凄まじさ、輝きの度合いは下手をすればセイバーの全開魔力放出にも匹敵する!

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

――しかして命中率無視の
――というより的を絞る意味合いを見出せなほどの

――― 大爆撃が始まった ―――


――――――

範囲攻撃魔法に匹敵するユニゾンシグナムのラッシュが地表を覆い尽くす。
明らかに今までのものとは違う、ある種の決意を含んだ攻撃は
それまで何とか紙一重で直撃を避けてきたサーヴァントにダメ押しの一打を浴びせる。

己が肉体のそこかしこでぞぶり、という異様な感触を認めたランサーとライダー。
ことに盛大な舌打ち漏らしたのは槍兵だった。

「くそ………派手な女だぜ。」

「まったくお里が知れますね。」

「お前が言うなよ。」

未だ爆炎と轟音冷めやらぬ大地にて何十回目かの空爆を身に受けた英霊達。
濛々と立ち篭める硝煙と焦げた臭いの充満する大地に投げ出されるのも何回目か。

軽口を叩く両サーヴァントの有様はもはや瀕死の重症と呼んでも良い状態だ。
ことにランサの、強靭にして最大の武器である両の脚が――――半分以上、炭化してしまっている。
これでは動けない。機動力を失った歩兵などもはや何の役にも立たない。

――――勝負あった

(負けた、か――)

その表情はある種、介錯を身に受ける武士の一分を思い起こさせる。
往生際の悪さには自信がある彼だったがこの足では正直どうしようもない。
残念だがこの戦は――

しかしそこには微塵の恐怖も悔恨も憤怒も見受けられない。
炎の騎士の止めの一撃を待つより他に無い体でありながら
利かぬ足でなおも地に伏せるを良しとしない槍の戦士。
どうやって立っているのかも分からぬ様だが
それでも両足を大地に突き立て、変わらぬ笑みにて頭上を見上げる。

「―――――あん?」

しかし―――掠れる視線の先に………炎の騎士の姿はなかった。

代わりに目に映るのは―――ざわめく曇天。

雲の上でパチパチと放たれるプラズマ。
先ほどの爆炎攻撃の破滅の予感を遥かに凌ぐ―――

「―――ランサー。」

「何だよ。」

「泣きっ面に蜂、という言葉を知っていますか?」

「知るわきゃねえだろ馬鹿。」


―――――――――――空一面に広がる雷雲であった。


――――――

「ぅ……」

―――上空

黒衣の魔導士がよろけながらズキズキと痛む額を押さえている。

<all right? Sir...>

「平気……ありがとう。」

火花のチカチカと飛ぶ、今だ涙の滲んだ両眼にて
直下、雲に遮られて見えない大地を見下ろすフェイト。

マルチウェポンで多種多様な技能を誇る魔導士であったが
あの絶対の窮地にて出せる技は―――あれしかなかった。
相手の牙が首筋に刺さる瞬間、繰り出したのは人類戦史上もっとも原始的で凶悪な技。

――― ZUTUKI (頭突き) ―――

ミッド空戦の極みとされるSランク魔導士の渾身のプラズマパチキ(………残念ながらそんな技は無い)によって
恐るべき捕食者の魔手を引き剥がす事に成功したのだった。
貴重な脳細胞を100万個くらい犠牲にしたが、あのまま吸血されるより遥かにましだろう。
改めて女怪のおぞまじき所業に身震いするフェイトだったが――

Last assault 残り3分と20秒、弱 ―――

すぐにその時に備えて雲下――激戦に身を焦がすパートナーの
目視では確認出来ぬ挙動に全神経を集中させながら、魔導士は……待つ。

ゆっくりと、天に己が意思を示すように右手を頭上に掲げながら―――

もしあの騎士が槍兵を抑え損なっていたら、もしあの騎兵が何らかの方法で戻って来たら、
防御体制を解いた自分は確実に狙い撃ちにされるだろう。

(大丈夫……問題ない。)

故に何の躊躇いもなく着手できたのは偏に信頼の為せる業。
シグナムならばきっと上手くやってくれる―――
10年の歳月が彼女にそう信じさせたからに他ならない。

奇しくも共にシンクロした互いの想い。
果たして「それ」は確かにフェイトの総身に届く。

「!!!」

雲の上と下、姿は確認出来ない状況。
でありながら互いの息吹・魔力の迸りだけを頼りに行うノールックコンビネーションの要―――
「爆炎の狼煙」を確かに確認!
故に絶対の確信と自信を以ってフェイトは詠唱を開始する!


――― アルカス・クルタス・エイギアス ―――


歌うように紡がれる言霊。
それに導かれるように彼女の周囲に次々と現れるフォトンスフィア。
決め手に欠けると嘆いた筈のフォトンランサーの射出口が再び彼女の周囲に現出――


――― 疾風なりし天神。今…導きのもと撃ちかかれ ―――


ただしその数が、規模が、馬鹿馬鹿しいほどに―――今までとは違う…!

吼えるプラズマが、現出するスフィアが「所狭し」と彼女の周りを埋め尽くす!

それはかつてのフェイトの最大最強の広範囲殲滅掃射魔法――
かけがえの無い育ての親である母の使い魔から受け継がれた力。
10の年月をかけてその威力も規模も桁違いに磨き上げられた雷神の怒りの豪雨。


――― バルエル・ザルエル・ブラウゼル ―――


これぞ防御も回避も為し得ぬ切り札。
あの強力な相手を問答無用で倒し得る絶対決戦魔法。
圧倒的な装甲の以外では防ぎようの無い、その破滅の名は―――


――― フォトンランサー・ファランクスシフト! ―――


「打ち砕け………ファイアッッ!!!!」

静かながら迅雷の闘志を秘めた叫びを受け取った彼女の眷属たち。
主の命を受けた稲妻たちが次々とその意思を持って直下の雲を突き破り――放射されたのだ!


――――――

「………」

<シグナム……シグナム!>

「…………すまんな。
 …………もう、しばらく……」

時間をくれ、と言おうとして―――彼女はその場で激しく咳き込んだ。

騎士は戦場から一間ほど離れた宙域にいた。
オロオロと心配する妖精の言葉は当然届いていたが
その意を汲んでやれぬほどに―――

<無理しすぎだよ……>

焦燥に焦燥を重ねた容態は深刻に余りあるものだった。
こんな姿は敵の目の届かぬここでしか外には出せない。
こけた頬。落ち窪んだ目尻。
主のあまりの自加虐的な肉体行使に、何で自分のロードはどいつもこいつもこうなんだと閉口せざるを得ないアギトである。

自身の魔力の許す限りの猛襲撃をその地に降らし、相手の動きを止めた所で離脱。
確かに作戦通りで、己がすべき役目を果たした烈火の将に落ち度はないとしても、だ。
落ちかかるブレーカーを必死に支えてやっと立っている様相を見せられては
悲壮な抗議の一つも入れてやりたくなるのがデバイスの心境というものだろう。

「………始まったな。」

エンプティすれすれの燃料を残し、あとは全てを叩き付けた。
崩れ落ちそうになる身体を必死に支えながら遥かに離れた大地に見るは―――天変地異の具現。
フェイトのフォトンランサーのバリエーションにおける最強にして究極の姿。
40発以上のフォトンスフィアより毎秒7発という間隔で繰り出される一点集中高速連射撃。
その合計、ゆうに1000発を軽く超える雷の矢を場に叩きつける、文字通りの魔導士の切り札である。

もはや虫一匹の生存を許さぬ雷神の怒りの鉄槌。
雲霞の向こう。遥か上空から無限の如く降り注ぐ雷の豪雨が大地を焼き――
無数の剣山のように突き刺さって、プラズマ流を場に発散させて消えていく。

<す………凄え…>

アギトが改めて絶句する。
恐らくは時空管理局の魔導士の中においても威力、範囲共に最大クラスの大魔法。
これを幼少の時に体得した彼女の才覚にも驚きだが――
Sランク魔道士となったフェイトテスタロッサハラオウンが放つそれは幼い頃のものとは比べ物にならない。

そこに降り注いだ現象を「天変地異」と評するのは簡単だった。
空を劈き、大地を蹂躙し、生命の息吹を無慈悲な断罪の如く
ゴミクズのように吹き飛ばしている様はまさにそうとしか呼べないモノだ。
炎による蹂躙から雷の殲滅へと至ったこの樹峰は
もはや焼け野原と呼ぶのもおこがましい、1000年は復元不能な荒野となってしまうだろう。

まさにライトニングの全戦力を投入したフルバーストがこのフィールドに――
敵のサーヴァントに降り注ぎ―――全てを終わらせた……


――――――

終わった……
問答無用で終わった。

無事なはずが無い。
ゴキブリの眷属か何かでなければこれで生きている筈が無い。

一投が人を打ち倒すに十分な威力を持つフォトンランサーをゆうに1000発以上――

長きに渡った戦いを終わりへと導く……
導くに十分な過剰ともいえる火力をそこに集中させたのだ。
勝ち負けの問題ではない。 相手がその跡形を残しているかを心配させる――
見るものはそんな現状の壮絶さと凄惨さを憂うのみであっただろう。

………………


「言うに事欠いてゴキブリだ……?」

そこに佇むシルエット―――

未だ冷め遣らぬプラズマが空気に充満し――
視界すら正常に働かないこの空間で――
槍を片手に佇む男の影が呆と浮かび上がるまでは――

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最終更新:2010年02月07日 12:21