………………

射撃。砲撃。斬撃。

――魔導士と騎士の攻め手を悉く回避してきたサーヴァント達

だが今度は蟻の子も抜け出せぬ縦断爆撃だ…

叩き落とせる数でも間をすり抜けられる頻度でもない。
だから目の前に起こっている事実を論理的に説明出来る要素が無い。

奇跡――

そう、奇跡でも起こらねば――こんな馬鹿な事は有り得ない。

………………


「奇跡、ね―――」

苦虫を噛み潰したような顔をしている男。

今のは彼の目から見ても神代においてすら見劣りしない大魔術だった。
冗談抜きでキャスターのサーヴァントに匹敵する代物と言えただろう。
指摘の通り、本来ならば到底生還できるものではなかったはずだ。

だが――

何故か生き残ってしまう――

戦場でもよくあんな面で迎えられたっけと―――
上空にてこちらを信じられないモノを見るような顔で
呆然としている騎士と魔導士の顔を眺めて思い出す。

何故生きてると問われれば答えようがない。
生まれつき、生き汚い性分なのかも知れない。
戦いの中で死ぬは本望と言いながら――その身に宿った何かが男を生還させてしまっただけの事。

即ち、矢避けの加護――――

クーフーリンが先天的にその身に宿していた飛び道具に対する神性防御スキル。

投擲型の攻撃に対し、使い手を視界に捉えた状態であれば余程のレベルでないかぎり彼を貫く事は出来ない。

雲の上にいる魔道士が己が射撃で雲霞に穴を開けたが故に男は彼女の姿を認め
広範囲の全体攻撃に等しい射撃の雨あられを完全に殺しきれぬまでも、そのほとんどをやり過ごし
無傷の生還には程遠い有様ではあるが――ともかく未だにその場に踏み止まる槍の魔人であったのだ。

「…………あーあ――」

しかしてやり切れない男の表情。
それは絶頂寸前で冷や水を浴びせられた気分を満面に映し出す。
自信の認めた相手――シグナムの一太刀であれば間違いなく終わっていただろう。
だというのに意中の相手は既に打ち止めで、意外の相手から放たれたモノで生殺し――
こんな有様で、しかも己が意の外から拾った生存に素直に喜べるほど男は目出度くはない。

「すまんな。俺だけ生き残っちまってよ…」

そしてその後ろ手に倒れているモノを見据えてランサーはもう一度大きな溜息をついた。

それは四肢を雷槍で串刺しにされたライダーの――亡骸。
地面に伏した彼女にもはや精気はなく、生命の息吹を感じられない体を無様に地に横たえていた。

あの雷の豪雨に晒された両英雄。
だが加護を受けたこの身が逸らした矢まで一手に引き受けなければならなかった騎兵。
故に彼女に逃げ場はなく――
結果、普通なら避けられるものまでその身に受けてしまったのだろう。 不幸な話である。

「流れ弾に当たって死ぬ奴の気持ちなんぞ一生分からんが……
 まあ一応謝っとくわ。 ―――――――死んだか?」

槍の柄でごつごつとライダーの頭を小突く。
返事が無い。 ただのしかばねのようだ。

ピクリとも動かない相棒の容態を無造作に観察し――

「そうか………じゃあ―――しょうがねえな。」

申し訳程度の黙祷を捧げる槍のサーヴァント。
結論として最後の最後まで二人は、互いの足を引っ張り合っての最期を迎える事になった。
水と油は組み合わせてはいけない――良い教訓になったというものだ。

終幕のクライマックスを迎えた者と偶然で生き延びた者の対照的な姿がそこに在る
本来ならば自分もこうなっていた筈――
だが自身の変態体質は変えようも無い。難儀な話だった。
ほどなく男は何かを受け入れるように槍を肩で担ぎ、幾度目かの溜息を漏らした。
その直後―――

「ランサぁぁぁーーーッッ!!!」

自身の立っていた地を極太の山吹色の光がなぎ払う。
その光景――恐らくこの現世で最後に見るものであろう――が
今度こそ自分の番が来たなと思い至る刹那の瞬に、その瞳に映し出される。
直後――

「が、ぐっ――――!!」

男の肉体が爆発に爆ぜた。
その蒼い肢体がずれるように横に飛ばされて――
この戦い、初めて苦悶で顔を曇らせる槍兵。

狂獣のような叫びを上げて彼に襲い掛かったのはシグナム。
男の空前絶後の生還を呆然と見ていた彼女であったが、流石に百戦錬磨。
崩れた精神の建て直しも早かった。
残っていた予備タンクさえも開け放ち――この戦いの決着の一撃を誰よりも早く撃ち放っていたのだ。

「ぐううう、おおおおおお――ッ!」

まるで踏ん張りの利かぬ両足は既に地面を食む役割を何ら為さず
剣士の一撃を頼りの槍で何とか受けるも、今までと違いその衝撃をほとんど吸収できない。
ベキベキベキ、と身体の奥底から響く音は粉砕された肋骨か、ヒビの入った背骨か。
軋む手足が、焼かれる肉体が、神人形のように浮かされ――男の体は力なく空に投げ出される。


――――――

ハッと我に返るフェイト。
相棒の搾り出すような魂の叫びに半ば強制的に心身を揺り動かされ、眼下に捕らえた光景。
それはついに将の火竜の尾がランサーを捕らえた場面であった。

「は……ぁ…ッ」

求めていた手応えにようやっと辿り着いたシグナム。
だがガクガクと揺れる視界に、四肢は既にほとんど用を成さない。
更に喉の奥から込み上げてくる赤の混じった液体は命の危機を報せる警鐘に他ならない。

「シグナム……!!!」

フェイトも雲を突き抜け、上空から駆け下りてくる。
嗚咽交じりの血反吐をその場で飲み込み、鬼神の形相で敵を睨む騎士。

「一人倒したぞ……あと一押しだ!!」

「はい!!!」

そうだ。フルバーストで決められなかった現実を疑うのは後でよい。
何しろ一人は――ライダーは倒したのだ。
そして埒外の生還を果たしたとはいえもはや男の方も風前の灯。
こちらが苦しい時は向こうも苦しい。
ここで膝を折っては今までの苦労が全て水泡と帰す!

Last assault 8分経過 ―――


もはや戦闘が出来る状態ではないにも関わらず
その身ごと叩きつけるようにランサーを打ち上げた烈火の将。
ここで決めると誓った――ならば決めなくてはならない!
確固たる決意が女剣士に最後の動力を開けさせたのだ。

ならば、それに続かなくてどうする!?
大魔法の行使でフェイトももはや出涸らし状態。
にも関わらず、黒衣の魔導士が将に続いて飛来する。

紫電一閃もプラズマザンバーも、ファランクスシフトでさえ受け切った男。
だが今、騎士の何でもない一薙ぎをまともに浴びて容易く宙を飛ぶ。
その肢体はもはや押せば倒れる状態だ。 
倒す……倒せる! この男をここで倒し切るッ!!!

「き、効いたぁ……」

男はそれでも最期まで歯向かおうと中空で敵に槍を向ける。
だがもはや身体が言う事を効かない。 
その結果は分かりきっていた。
雷の蹂躙を無事に潜り抜けたところで、この足では――加えてライダーが倒された以上、もはや勝算は皆無。

えげつない魔術が魔力を直に削り取り、刃と雷撃は彼の肉体を犯し続ける。
これより始まるのは一方的な蹂躙――勝利の二文字は既に槍兵の手から零れ落ちたのであろうか。

「ねじ込みます!!」

「応!」

Last assault 残り一分 ―――

活動限界である10分を使い切ろうとしている――
それを過ぎればフェイトはともかくシグナムは完全に魔力切れ。
もはや指一本、動かす事は叶わなくなるだろう。

だというのに――いや、だからこそ!
言葉通りの全ての戦力をここに集結し、男に叩きつける!
返す返すも敵に力は感じない。
あと一分もあれば―――おつりがくるッ!

「サンダーレイジ!」

詰め将棋のように着実に。山火事のように疾く。
終局へと向かう戦場において紅蓮と雷光が踊り狂う。
男の足元に打ち込まれるフェイトの雷撃が槍兵を再び打ち上げる。

「はああああッッ!!!!」

目を見開き、ランサーに突っ込むフェイトの顔はまるで野生の獣のよう。
見る影も無いほどにボロボロの敵。
対する自分らも普段の面影などまるでないボロ雑巾。

「――――よう……やってくれるじゃ、ねえか。」

「!!」

一瞬、フェイトの瞳に、その肉体に制止の声がかかる。
闘争本能の赴くままに振り上げたザンバーが心内に残した理性に遮られる。

管理局局員としての責務。
何よりも……どうあっても人を殺傷したくないという優しさ。
それらが敵に止めを刺す行為を躊躇わせてしまう。

(これだけ痛めつければ……もう…)

「テスタロッサッ!!!!」

その降って沸いた甘さを寸断する騎士の声。
下唇を血が滲むほどに噛み締める魔導士。
先ほどの戦意とは違う、苦渋に満ちた表情を露にし――

(無理だ……手心を加えてどうにかなる相手じゃない…)

ここで力を緩めればまだ、逆はある。
自身の心臓を握り潰すほどの決意でフェイトは葛藤を噛み砕き――

「あ、ッ……ああああああっっ!!!!!」

巨大なザンバーを無慈悲に打ち上げた。

あれほど強かった槍兵がいとも簡単に――
砕けたアスファルトと共に天高く舞い上がる。

「へ、――――それで、いいんだよ…」

男の呟きは彼女自身の咆哮によって掻き消され、その耳に届く事は無かった。
ただ一念――許して欲しいと…
優しき瞳に謝意を込めて魔導士は槍の戦士を見送った。

「ランサー…………もらうぞッッッッ!」

そこへシグナムが突進をかける!
浮かせてしまえばサーヴァントといえど空戦魔導士相手に為す術は無い。
そのセオリー―――ライトニングは完全にモノにしていた。

ほぼ力を残さぬ相手に空中での三連撃。
執拗という言葉では余りあるほどの完璧な詰めによって
今ここに――槍の魔人に最期の刻を突き付ける!


Last assault ??? ―――


――――――





「あーあ……」


最後の最後で、………………これだ。






――――――






……………え?



その呟きは

戦闘時とは思えぬほどに

間の抜けた響きを以って――



彼女の口から紡がれた。






――――――

、、、、、、、、、、、、、

それは遠方で一部始終を見ていた魔導士の眼前で――起こった。

相棒の騎士が敵に止めを刺そうと飛び掛る。
上空に浮いた槍の男に最期の一撃を浴びせようと剣を振り上げる。

相手は既に半死半生。
力を残さぬ相手を、更に浮かせ
烈火の将最大の斬撃・紫電一閃にて締めくくる。

唇を引き結んでそれを見つめるフェイト。
抱いた感情は――やはり、命を奪いたくは無い…だった。

完全に勝負のついた現状。
出来る事なら死なせたくはないという感情は心優しい彼女をして決して消せるものではない。
その甘さが此度の戦いで何度も自身らを窮地に陥れれてしまった。
その負い目から敢えてシグナムの剣を止めなかった。
甘い自分を自重する形で、己が感情を押し込めた――

でも、やっぱり……何とか一命を取り留めてくれればなどと思いつつ――
そんな事は有り得ない……
シグナムの剣がそんな生易しいものではないと重々に理解もしていた。

揺れる心の狭間にて――だからこそ……彼女は目を、逸らした。
敵が切り伏せられるその結果から―――視線を背けた。


――― 故に当然、その間に起こった出来事を説明する事が彼女には出来ない ―――


「……………」

閉じた瞳は凄惨な結果から逃れたい心の表れでもあり
相手に対する黙祷の意を含んだものでもあった。
しかして――

「……………え?」

その呟きは戦闘時とは思えぬほどに
間の抜けた響きを以って――彼女の口から紡がれた。


「………あ」

短い、二秒か、三秒――
閉じていた目を再び開けた彼女――

その光景を眼球が捉え――
情報を脳に送り込んでいる現状でなお――

フェイトテスタロッサハラオウンは目の前で起こった光景を暫く認識できなかった。


槍が―――

――― シグナムの胸に突き立っている、という事実を ―――


――――――

「………」

氷のように固まった魔道士の表情の唇だけが、みるみるうちにカラカラに乾いていく。

絶対に有り得ない事でありながら
それは不思議と全てが予定調和の如く自然な光景に思われ
呆気ないほどに当たり前の事に感じられて―――

――― やがて静止した体内時計がゆっくりと動き出す ―――


唇がわななき、下腹部が締め付けられ、全身から血の気が引いていく。

震える両手がデバイスを取り落としそうになる。

やがて半狂乱の叫びをその口が紡ぐ前に彼女は
空中で絡み合った剣士と槍兵に向かって、飛び向かおうとした。

「うぐっ!!?」

だが、そんなフェイトの体を何かが拘束する。

首と胴に巻き付いた金属のそれが
相棒に駆け寄ろうとするフェイトの身体を留まらせ、その場に組み伏せる。


「―――敵にトドメを刺さずに放置する。人の事は言えませんね貴方は。」


その声は聞き違いようの無いおぞましさを孕んだ声だったけれど
そんな事はどうでもいい。

その言葉は初戦の森で自分が口にした皮肉の意趣返しなのだろうけど
そんな事はどうでもいい。

全身をハチの巣にされて倒されたはずの敵が再び立ち上がり、自分の事を捕らえていたのだけれど
そんな事はどうでもいい。

「教わりませんでしたか? 蛇はしつこいんですよ。
 もっとも――盾がなければ流石に持たなかった。」

何かがあれば隣の男を盾にして逃げおおそうと狙っていたのだろう。
女怪はあの時、ランサーを盾にして死角に身を窶し、殲滅から滅びを免れていた。

槍兵ですら気づかぬ身のこなしで男に影のようにへばり付き
矢避けの「盾」の恩恵で飛来する雷撃のほとんどをやり過ごしたのだ。

そして今の今まで短時間ながらも体内活動を休止させ
負傷した箇所の治癒を――最期の締めを行うに足る余力を回復させながら
雌伏して待ったのだ。獲物と再び、二人きりになるその瞬間を。

「向こうは向こうなりに色々と伏線を張っていたようですが
 駄犬が最後の最後に役に立ってくれましたね。理想的な展開です、ランサー。 
 ―――あとは地獄で……意中の相手と続きをするといい。」

言葉と共に一瞥したその先で
蒼と炎熱の騎士が揚力、浮力を失い、絡み合いながらカクンと――
重力に引かれて崖下へと堕ちて行く。

「あ………ああ…!!!」

自身に巻き付いた縛鎖が喉に、胴に食い込む事さえ頭にはない。

莫迦みたいに前に伸ばした手は当然、相棒の腕を掴む事などかなわない。
ようやっと心内から吐露された絶望が確固たるカタチを以って彼女の心身、表情に作用し――

「シ……シグナムッ!! シグナムーーーッッ!!!」

彼女に絶叫を上げさせる頃には既に
左胸を貫かれた騎士と男は奈落へと飲み込まれ――彼女の視界から消えていた

「あ………あああああああっ!!
 いやあああああああっっ!!!!」


涙に咽ぶ声が、やがて慟哭となって――

相棒を飲み込んだ渓谷に木霊するのであった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年02月07日 12:57