自在に大空を翔けていたその身体が
あらゆる障害をぶち砕く頑強な四肢が
急速に力を失い弛緩する。
今まで楽に振り払う事の出来た重力の楔に容易く捕まり、
大気圏内における法則本来の理に任せて落下する自分と――敵。
信じられない。
いや、その思考が事実を正しく認識する暇もない。
急速にその身体から逃げていく生命力。
自身の胸にはその突き立った結果……
相手の槍が雄々しく突き込まれている事実のみを残す。
――― 何故…? ―――
口にしようとした疑問の言葉は、その代わりに喉の奥から
汚泥のようにゴボッと漏れ出た大量の赤い液体によって遮られる。
確かに至高ではなかった。
体力が限界であった事や、ここで決めなくてはならないという焦り
タイムリミット、敵の底知れぬ強さも相まって
最後の一撃に十分な確実性、慎重性を求める事は出来なかっただろう。
しかし、最善ではあったはずだ
戦いとは即ちリスクとの戦い。もしもを警戒する事は必要だが、もしもに恐れていては手も足も出せない。
故に、鳴り響く警鐘を抑え付けての強行が必要とされる場面は間違いなくあるのだ。
あの時、男に反撃の余地など無かった。
地上から舞い上げられた身では地上で放っていたような閃光のような突きは放てない。
あの凄まじい投擲にしても、あの時の彼の体勢において
もし強引に技に踏み切られていたとしても潰すのは難しくなかっただろう。
―――あの場で男に切れるカードは間違いなく「無」かった。
それが至った彼女の答えにして、
「迂闊すぎるぜシグナム―――本当に、残念だ。」
男の放った最上級の……毒だった。
その毒とはまず先に「死翔」を敢えて見せた事にある。
それを最大にして唯一の切り札と相手に思わせた。
自身の最強の牙を呼び水としたランサーの心理戦。
当然、簡単に罠にかかるような剣士ではなかったが
最後の最後であらゆる焦燥、勝利寸前の油断に駆られた極限状態にて
それは微かだが確実に戦士の心に隙間を作った。
投擲を警戒し、また槍兵のデッドラインに決して踏み込まぬ距離にて
ランサーの獣じみた戦闘力を何とか押さえつけて来た将。
だが、せめて……せめてあと一撃分――
その注意深さが持続していればこの結果には至らなかったはずだ。
苦痛を、疲労を飲み込んで、男に止めを刺そうと真正面から向かい来るシグナムの顔を、
最後の最後で勝機を手から零してしまった女の顔を、焼き付けるように見据えるランサー。
後方斜めの彼の死角から入念な角度にて放たれた紫電一閃――
避けるも受けるも不可能な軌道の斬撃は宝具振るう英霊にとってはやはり…迂闊に過ぎたのだ。
あの太刀はもう何度も見てしまっている。
瀕死であっても目視でき、タイミングを計るのはさして難しくない。
それが軌道を全く変えずに…速度も、威力も、既に無く……ああ――――故に、、
かの魔槍こそ人の理より外れた神器(アーティファクト)――宝具と呼ばれる神造兵器に他ならない。
その槍の真髄を常識で推し量り――そして読み誤ったシグナムに魔槍の呪いが降りかかるのはむしろ必然と言えたのだ。
――― 刺し穿つ ―――
ゲ イ
空中で下段後ろ手に構えた槍に秘められた真の力は膨大な出力でも無限航路を描き出す飛距離でもない。
集まる禍々しい力が「概念」に変換された時――相手は絶死の瞬間に、初めてその理不尽を垣間見る。
将と魔道士が積み上げていった勝利のシナリオが、「宝具」という万世理不尽の力によって、
――― 死棘の槍!!! ―――
ボ ル ク
…………いとも簡単に、塗り替えられた…………
何と呆気ない幕切れか――
己が胸にたすん、と――
凶刃の突き立つ音を聞いたのはその全ての肯定が終了した後
背を向けた男の身体を回り込むように、流線上の細い糸が「槍」では在り得ぬ角度を以って
ナニよりも速くその獲物―――敵の心臓に到達。
ソレらの工程を彼女は全く知覚出来ぬまま……最上段に振り上げられた愛剣
紅蓮のデバイス・レヴァンティンを構えた腕が力なくダラリと下ろされる。
一瞬で戦力を……いや、生命の源を突き破られた彼女の瞳と
その命を無情にも簒奪した男の瞳が重なる。
――― 楽しかった……と ―――
敵の刃に討ち果たされる瞬間、そう思える戦士は幸せだ。
今わの際に何の悔いも無く死ぬ事、悔いを残さぬまで戦い果てる事は
己が禍根を人に、地に縛する事なく昇華する戦士の魂が求める理想郷。
「お前はどうだ…? 楽しかったかい?」
本当に良い戦いで相手は極上の戦士だった。戦に生きる者としてこれ以上望む物もない。
槍兵にとってここまで気持ちの良い戦いが出来たのは久しぶりな気がする。
一瞬にして立場が逆転してしまったが――先ほどまで屠られるのは自分のはずだった。
男も一度はそれを覚悟した。
力を合わせ、身を切られ、苦しい中でそれでも決して膝を折らなかった二人の年若き女の戦士たち。
それだけでいい……それだけで英霊を倒せる資格は十分にある。
ヒュ、ヒュ、と苦しげな吐息を漏らす剣士。
何か言いたいのか、遺したいのか――
それとも死を正しく受け入れられないのか――
クランの猛犬の背中に土をつける事を一度は許した。
その強さ、勇猛さを、勇ましき女たちを称えながら、
英霊の座に戻ろうと彼は初め、本当にそう思っていたのだ。
「普通に良い女だったからな……お前は。
マジでお前になら殺されてもいいかなどと――」
男の呟きはもはや女に届いてはいない。
弱々しく呻く烈火の将が震える手を男に伸ばす。
「だが―――結局こいつを振るう以上、俺は英霊なんだよ。」
英霊は最強にして勝ち続けるからこそ英霊なのだ。
センチメンタルな感傷で負けを容れるなど許されない。
世界から最も強きけりと祝された絶対の存在は星の記憶がおいそれと負ける事を許さない。
彼女のもはや老婆ほどの力も残さない手が、その爪がランサーの首に届き、食い込む。
やはり潔き死など認めないという事か――
残された仲間のために、せめて目の前の相手だけでも道連れに――
既に事切れていてもおかしくないというのに、彼女は最後の最後まで見る者の心を震わせる真の戦士だった。
男はなすがまま、抵抗をしない。
力を失いつつある彼女の瞳孔から決して目を離さずに、
「悪いな。」
一言だけ呟いて、そして目を閉じる
瞬間、槍兵の最後の魔力が迸り――
槍を介してシグナムの体内で、数百の棘が………爆ぜた―――
――――――
――光が、疾った
頚動脈がパックリと開き
鮮血が飛び散る。
――光が、疾った
次は脾腹だ。
光閃が回避よりも早く身体を通り過ぎ、
「―――か、ふ…」
女神の身体を朱色に汚す。
右往左往させられる度に紫の髪が乱れ、血煙に無残に染まっていく。
まるで女囚が強制的に舞わされているかのような凄惨な光景を作り出しているのは
飛閃する黄金の夜叉だった。
何者にも阻まれぬ巨大なザンバーを、精密で一糸乱れぬ先のそれとはあまりに違う
荒ぶる雷の如く振り回す。
冷静さを失い、全く持って読み易いその剣筋は――
しかし今のライダーに到底、受けきれるものではなかった。
何せランサーの槍術を一時的にとはいえ圧倒した巨剣だ。
元より騎兵の持つ短剣で捌けるものではない。
予測してなお彼女の反応を超える雷光の切っ先に犯され、
深手を負っていくその体は、勝負ありと認識するに十分な有様だ。
「―――、ハ ―――、ハ」
しかして既にグロッキーのライダーに、普段の魔導士からは決して出る事のない
低くて全く情緒の感じられない声が飛ぶ。
「先の二撃は致命傷……立ち去るのなら見逃す。」
散々なます斬りにした相手にすげなく「帰れ」と撤退勧告を突きつけるその無造作さ。
心優しい執務官の面影はもはや無い。
――それは初めて高町なのはと出会った時の彼女の目に似た、感情を凍りつかせた者の瞳。
大切なもののために容赦なく狂刃を振り下ろすあの頃の彼女の双眸に酷似する。
「―――む、ぅ…」
敵に巻き付け拘束するはずの騎兵の鎖を魔導士は逆に渾身の力で引き回す。
すると強靭な騎兵が逆に振り回されてしまう。
前方にたたらを踏んだ彼女に容赦なく強烈な当身を叩き込むフェイト。
弾け飛ぶ騎兵。
だが自ら放った縛鎖に繋がれ、五間ほど間合いの空いた地点で留まり
その場でうずくまってしまう。
朱に染まったその全身からポタポタと血が滲んで落ちる。
「その殺気をランサーにぶつけてやれば大層喜んだものを…
まあ全ては後の祭りというやつですが――」
「…………黙れ。」
「何を……苛付いているのです? フェイト。
ようやく邪魔者は消えて二人きりになれたのだから
もう少し目の前の私に集中してくれても良いでしょう?」
「…………黙れ。」
ライダーは劣勢だ。それは間違いない。
だが未だに壮絶に嗤う魔貌には窮地を感じさせない何かがある。
むしろ――
「まさか助けに行くおつもりですか?
仲間の騎士の身を案じていると…? ――今更。」
むしろ精神的に劣勢に立っているのは攻めているはずの魔導士だ。
囁くような声で紡がれたその言葉を受けた瞬間
フェイトの喉から獣のような唸り声が漏れる。
その表情が苦渋に歪み、振るわれる巨大刃に怒りと、悲しみと、
悔恨による危うさを灯し出す。
体内から発する雷迅によって金髪が猫のように逆立っている。
もはや彼女の全身――細胞の一片までもが竜の逆鱗になってしまったかのようだった。
「ならば教えてあげましょう。あのランサーの持つ槍――
アレは必ず心臓を穿つ魔性の槍と言われています。
我らサーヴァントの中でも特に恐れられる殺しに特化した宝具……
それを受けて生きていられる者はいません。 既に貴方の仲間は――」
「…………ライダー。」
「何でしょう。」
「………次はこの刃を止められない。」
黒曜のデバイスを血が滲むほどに握り締めるフェイト。
その手は細かく震え、かけがえのないものを奪っていった敵に激しい怒りと憎しみを灯さずにはいられない。
「……投降しろ。これが最後だ。」
その憎しみに飲み込まれ、敵を惨殺してしまう事は執務官としてあってはならない事だ。
だのに彼女は目の前の相手に対して「それ」を向けそうになる自分を抑え切れない。
「あくまで投降を呼びかけますか。
驕りではないようですね―――あるいは懇願。」
「………」
「この期に及んで私には、貴方が泣きじゃくりながら必死に哀願しているようにしか見えません。
来るな…逃げてくれと――餓鬼のように石を投げつけてくるのと変わらない有様です。」
神話において狩りの対象とされ、逆に幾多の戦士を狩り返して来た――
そんな生涯を送ってきた女怪にはフェイトの食い入るような怒りの内にある苦渋
不殺の縛りにおける切実なる理性と本能との鬩ぎ合いなど理解の及ばぬ感情である。
「早い話が舐めているのです……この私を。
どれほど強かろうと、どれほど凄まじい技を駆使しようと
シマウマの後ろ蹴りを恐れる肉食獣はいませんよ。」
そんな躊躇いや葛藤を持ち続ける限り、神話の怪物を退かせる事など出来るはずが無い。
「なら、これで…」
そしてそのような事を言われるまでもなかった。
フェイトとて分かっているのだ――もうとっくに潮時なのだと。
その潮時を見誤ったからこそ……取り返しの付かない事態を招いてしまったのだと。
――― 次で終わらせよう ―――
その念――帰還したら自ら査問にかかり
執務官の職を追われる事になろうとも厳正な処罰を求めようと心に決めたフェイト。
彼女が騎兵に次の言葉を紡がせる前に、その姿をフ、と掻き消す。
相変わらずの閃光のような剣筋に「躊躇い」という枷が今、外された。
相手の度重なる挑発など何の盾にもならない。
最後の悪足掻きに過ぎぬ妄言ごと一閃――
彼女の振るうデバイスは皮肉にも雷纏った斬「馬」刀。
ライダー「騎兵」と名乗った彼女を斬り伏せるのに何の不足も無いだろう。
相手の瀕死の身体に終わりを宣告する無慈悲な刃を今、振り下ろし――
「…………、」
フェイトは彼女の――
ライダーの骨肉を――
バターのように切り裂いた――
「……………、」
…………………
…………………
「!!?」
―――――――――――筈だった
冷静にして冷徹に振り下ろされた雷の巨剣が
音もなく―――否、音を遅らせて袈裟に振り下ろされる。
一刀両断……恐らく即死だろう。
せめて痛みを与えずに、相手の命を刈り取った刃が地面に突き立ち
一拍遅れてザシュンと―――肉を断ち切る無残な音を辺りに残す。
その凄惨な感触までを頭に思い描き、覚悟を以って振り下ろした。
そんな終始、冷たい光を放っていた両の眼が――改めて驚愕に染まる!
打ち込んだフェイトのザンバーは彼女の予想を違え
地面を穿つ硬い感触も、人間を経つイヤな音も、肉を裂く禍々しい手応えも手に伝える事はなかった。
絶好のタイミングでライダーの真上から降り注いだそれが全てを刈り取ったはずなのに……
傷ついた騎兵に受けきる術は無い。
次の瞬間、迅雷の太刀が間違いなく対象を切り裂く光景が眼前に広がるはずだったのだ。
しかしその場にて顕現したのは惨劇の光景ではなく――神々しいまでの……
――― 光 ―――
「な……何…?」
<Warning...A crisis approaches you...!>
煌々と照らし出される後光
眼球を焼くほどの光雨を象った何かに対し彼女のデバイスが最大級の警告を伝えてくる。
必殺の巨剣は何かによって苦もなく遮られていた。
その手応えは要塞や戦艦の外壁とも魔導士の魔力シールドとも違う。
堅牢とも柔軟ともつかぬ不確かな手応えでありながら――この圧倒的な気配は一体何だ!?
現状を知覚できない魔導士の眼前。
ライダーの足元に流れ落ちる大量の血痕が真紅の魔法陣を形成し
そこから発する強烈な光がサーヴァントを守るように包み込む。
「少しは学びなさい……フェイト。
サーヴァントを前にして絶対などという言葉はない。
言ったはずですよ? 貴方は私を舐めていると――」
既に後光に遮られて直視する事も出来なくなった彼女の影が
優しく哀れむようにフェイトに話しかける。
ああ、そういえば―――
それはずっと不思議に思っていたのだ。
自己紹介を終えた時に名乗った彼女の「名前」
――― ライダー ―――
そして光の余波が力ある波動の奔流となって打ち込んだフェイトに逆に降りかかる。
「っっあッ!??」
止めの一撃を放った魔導士の肢体が磁石に弾かれたように勢いよく宙を舞いながら――
――― 「騎」兵 ―――
事ここに至って……フェイトは初めてその名の持つ本当の意味に至る。
――――――
全身に凄まじい水流を叩きつけられたような衝撃だった。
こちらが斬った。こちらが攻撃した。
抵抗の余地の無い相手を切り伏せようとした。
だのに正体不明の強烈な反発に会い、宙を舞ったのはフェイトの方。
為す術もなく台風に晒された布切れのように盛大に吹き飛ばされるその体。
半きりもみ状態で宙を彷徨う体は、まるで闘牛のぶちかましを食らって刎ね飛ばされたかのようだ。
空中で身体を反転させて体制を立て直せたのは彼女ならではだったが、
その食い縛った口元の端からドロリと――濃密な鉄の味が滲む。
残り少ない体力を更に奪う一撃――もはや宙空に制止しているのすら厳しいのか
ゆっくりと地面に降り立ち、デバイスを杖代わりにして立つ魔導士。
「それは……?」
何だ…?と怒りも焦りも一瞬忘れて眼前に相見えるモノに唖然とした声を向ける。
「やっと貴方にこのコを紹介できる。」
あのランサーさえいなければ、もっと早くお披露目出来た――ソレ
負った傷、大量の出血などどこ吹く風だ。
そこに篭められた万感の念は決して小さなものではないだろう。
顕現したのは彼女のそんな絶対の自信に見合った神秘の結晶――
大空に雄々しくはためく二条の翼があった――
くもり一つない純白の肢体だった――
大地を踏みしめる揺ぎ無い蹄を称えた四肢だった――
それは―――
「………ペ、、」
地球にいた頃――古い神話によく出てくる伝説の一つを彼女は見聞きした事がある。
決して長い時間を地球で過ごしたわけではない。
そんな彼女ですらが耳に入れざるを得ないほどにそれはあまりにも、あまりにも有名な――
「………ペガ、サス?」
地球の神話に名を記された天翔ける神馬であったのだ。
――――――
―― 天馬伝承 ――
神代における一つの物語。
海神によって身ごもっていた、既に邪神と化していたメドゥーサがとある英雄に討たれた際
その返り血より生まれたのがこの神馬だと言われている。
数々の勇者と共に天空を駆けた恐らくはギリシャ神話上もっとも有名な幻想種。
伝承によって称えられたその力は最強の種族とされる竜種とも比肩し
あの騎士王アーサーをも超える神性と護りの加護を身に秘めている。
「これが私の切り札です。
我が名の本当の意味――もはやお分かりですね? フェイト。」
「………く、、」
そう、痛いほど理解した。ライダーとは即ち騎兵――
騎兵とは己が手足となる騎馬を持ちし者。
その身に打ち込んだだけでこちらの全身が潰されるほどの衝撃を放つ
護法の守りに覆われた神話に記されし天馬。
これが、これこそが彼女のラストカード。あの姿こそ彼女のパーフェクト・フォルム。
あれほどの強敵が今まで本気ですらなく――今、ようやくその全てを解放したのだ!
切り傷から流れ出ていた大量の血痕はかの伝説の神獣を召還する呼び水として有効利用されたのか
既にライダーの体に付着してはいない。
なるほど、嬉々としてその肌を切らせていたわけだ。
こちらに仮初の優勢を味あわせておいて、その実、着々と切り札の準備をしていたのだから。
女神メドゥーサの血潮を糧として生まれた「幻想種」は場を捻じ曲げるほどの圧力と
矮小なヒトの身などと比べ物にならないほどの存在感を場に醸し出す。
向かい合っているだけで膝をついてしまいかねない。そんな神意の力を前にして跪かない者などいないだろう。
フェイトを弾き飛ばした光波など天馬にとっては攻撃・反撃ですらないのだ。
天に唾する者がそれを自ら被ってしまうように己が剣の衝撃を叩き返されたに過ぎない。
ならばもしこの神獣が敵意を持って彼女を「攻撃」したのなら―――
持つわけがない。薄手のBJしか纏わぬフェイトがそんなモノに耐えられるはずがない。
恐らくは一撃で、魔導士の体は電車に跳ねられたかのように木っ端微塵に砕かれてしまうだろう。
「…………関係ない。」
「―――ほう。」
しかしながら――そんな事実を前にして彼女は一瞬の怯みを見せただけ。
受けたダメージ、潰された内臓、そして未知なる神秘を前にして
それがどうしたとばかりにフェイトは一歩、前へ出る。
「舐めているのは貴方だ…
いつまで私を震えおののく獲物だと思っている?」
神意に平伏したり神性におののく必要性など微塵も感じてはいない。
圧倒的な怪異を前にしているにも関わらずその表情はどこか自然で――吹っ切れた感すらある
「次で貴方を確実に斃す。」
そして彼女は向ける。己が手に持つ巨大な剣を――
その刀身が、柄が、蠕動し躍動し、破滅の振動を開始する。
カードの見せ合いにもはや意味は無いとその双眸が如実に語る。
決して人の手には負えぬ神馬を前にして、彼女は負けを容れる気など毛頭ない。
そもそも――
「バルディッシュ・セットアップ」
――――知った事では無いのだ。
地球の伝説の偉大さ強大さなどミッド生まれの彼女には。
余人でさえ感じ取れる幻想種の気配。火を見るよりも明らかな絶対の死。
絶望の具現である宝具の威圧感が――
「…………………オーバードライブ」
ただ、フェイトに容易く最後の枷を外す決心をさせたというだけの話であったのだ。
最終更新:2010年02月05日 16:49