Riot Lady ―――

荒涼とした遮蔽物一つない舗装された大地。
金の髪をなびかせて彼女は立つ。

つま先で2,3、コツコツと地面を叩く仕草は入念に足場を確かめる彼女の癖の一つだ。
アスリートランナーと同様、誰よりも速く駆ける事こそ彼女のアイデンティティ。
ならばその大事なスタートダッシュに神経を使わぬ道理は無い。
前方、地平線が雄大に居を下ろすどこまでも続くかのような広大な大地を
彼女――フェイトテスタロッサハラオウンはもう一度見据えて立つ。

そこは彼女の他に人影もなく頬を撫でる風すら吹いてはいない。
おおよそ真っ更な不自然過ぎるほどに何もない人口アスファルト一面の大地だった。

不自然なのも無理はない。そのフィールドは人工的に形成されたものであったからだ。
ミッド時空管理局が意図的に用意した謂わば多目的フィールド。
魔導士のランク所得試験、その他何某かの運用実験などを行う際
彼らはこうした広大な敷地や大規模な時は廃惑星などを借り切って実験場にする。
何せ次元世界の治安を守る魔導士たちが演習やトライアルを行う場は多くて足りるという事は無い。
ここはそれらの中でも特に大規模にして頑丈に設計された場所。
何も無いと思われた更地の遥か上空には幾つものカメラが設置されていて
フィールドの様子を常時モニター室へと送っていた。

「………」

しかして今、管制塔の中は既にアリの巣状態。
そこらに設営された計器を行き来しながら目まぐるしく動き回るスタッフ達。
その中には後の機動6課専属メカニック・シャリオフェニーノの姿もあった。
現場のチーフを任されるようになってまだ日の浅い彼女が
後になのはやフェイトと親交を深める事になるのはもう少し先の話である。

そして彼らより一歩離れた所からモニターを――
そこに移される金髪の魔導士を見守る二つの影があった。

「いよいよか。」

「……はい。」

スタッフの邪魔にならない位置で、固唾を呑んでトライアルを見守る二人。
戦技教導隊エースオブエース・高町なのはと航空機動隊の騎士・シグナムその人である。
若手の中で最強・最優と謳われた武装隊員の現場見学。隅に引っ込んではいても、そのオーラは隠しようが無い。
はっきり言ってスタッフの緊張の半分は彼女達のせいである。

「ドキドキが収まらない……正直きついです。
 自分があそこに立った方がマシっていうくらい。」

「ブラスターの完成でお前に大きく水を空けられた。
 それからの奴の頑張りを考えるとな…
 肩に余計な力が入っていなければ良いが。」

「……フェイトちゃん。」

ニ、三、言葉を交わす二人を尻目に、浮き足立った部下にシャーリーが指示を飛ばす。
温厚な彼女が珍しく荒い語気で次々と彼らを配置に付かせる。
微細な誤差もないよう再三の注意を促しているその様子。
控え室には何と医療班が酸素ボンベ片手に待機しているではないか。
そんな緊迫に満ちた空気が、これから始まる実験が
そんじょそこらの性能テストの域に留まらないものだと告げていた。


―――Sランクオーバー魔導士のオーバードライブ・イグニションの機動試験


それは局においてもっとも危険にして、もっとも事故の多いとされる超難度トライアルの一つ。
雷光――フェイトテスタロッサハラオウンの危険に満ちた晴れの舞台であったのだ。

「成功すると思うか?」

「五分五分だと思います…………………期待を込めて。」

期待を込めて五分五分――
フェイトを誰よりも認め信頼している教導官をして、この言葉である。
それがどんなに困難な事か――
見守るなのはとシグナムの握る手にも、汗が滲んで乾く暇がない。

先立って高町なのはが限界突破域に足を踏み入れ
オーバードライブ・ブラスターモードの機動を成功させた事は記憶に新しい。
――蜂の巣を突付いたような大騒ぎになったものだ。
20歳足らずの女性局員がミッドチルダ式魔法最高峰の頂についにその手をかけてしまったのだから。

しかし今フェイトが構築しようとしているソレは
高町なのはがモノにしたそれともある種一線を画すもの――

オーバードライブを成功させるのに必要な物は膨大な出力と特化したセンスだ。
個体のステータスにおいて特異なまでに尖ったメーターを更に加速・増加させて
人為的にグラフを突き破らせる。
それが限界突破――選ばれた者しか辿り着けぬ巨峰の頂の全容の一つである。

なのはにとっての「特化」とは言うまでもなく持って生まれた砲撃の素質だ。
その歪なまでに尖った才能を磨きに磨いて10年。到達した一つの究極の形がブラスターモード。
しかし同じく10年の歳月をなのはと共に歩んできたフェイトには
それを為すのに決定的に足りないものがあった。
彼女は魔力はあっても出力が足りない―― 一度に出せる魔力量が乏しいのである。
加えて全てを高い次元で纏め上げた彼女の「バランスの良い」ステータスは
それ故に尖った部分がない―――特化した部分が見受けられないのである。

故になのはと同じ方法で同等の破壊力を得るオーバードライブの取得は困難を極め
汎用性に富むフェイトに一撃必殺モードの習得を諦めさせる声もちらほら出始めていた。
そんなモノを身に着けなくても彼女は既に立派な魔導士であり優秀な執務官だ。
何でも出来る彼女が敢えて特化した決戦モードを携える必要があるのか?
危険なレッドゾーンに身を置くのはかえってハイリスクではないのか?
局としても何のメリットもない――そんな声まで囁かれていた。

そんな折――逆風の中にあってフェイトは独力にてその道の答えを導き出す。

突出した出力任せの力業ではない、網の目のように絡み合った理論によって
構築されたロジックの末に行き着いた自己ブースト。
誰もが始めに考える、しかし誰もやらない。一寸でも計算が狂えばそれで破綻する。
ミッド式魔法を少しでも学んだものならば狂気の沙汰だと哂って諦める――彼女の理論はそんな類のモノだった。

「頑張れ……フェイトちゃん頑張れ…」

「………」

この場にいる誰もが皆、半ば諦めていた。初めから成功しないと思っていた。
失敗して力が暴走した時の甚大な被害。
貴重なSランク魔導士を傷物にしてしまうかも知れない恐れ。
優秀な執務官のまさかの無謀な挑戦への好奇心もあっただろう。
ともかくここに集った大半の人間が――そういった目を向けていた事は場を取り巻く空気で明らかだった。

そんな中、彼らとは異なる四つの瞳。
永遠の親友であり戦友である二人だけは彼女に信頼の目を向ける。
フェイトちゃんなら――テスタロッサならきっと――と。

「OKですフェイトさん! いつでもいけます!」

「うん……ありがとうシャーリー。」

「あ、あの…! 絶対に、無理だけはしないで下さいね!
 例え施設を半壊させる事になったとしても当然、貴方の身が最優先ですから!」

「うん……」

良いのだ。フェイトにしてみればその二人が信じてくれれば十分。
例え世界中から奇異の視線を向けられようと、友達の
かけがえの無い仲間達の後押しさえあれば――

トライアル開始前、最後の指示を受けるフェイト。
シャリオは既に泣きそうだ。

(何で――どうしてこの人……こんな穏やかな顔していられるの…!?)

今から暴走炉のメルトダウン並の危険な実験をするのだ。
だのにまるで陽気な木漏れ日の下で微笑んでいるかのような
物静かで少し気弱そうに見える魔導士のそんな微笑に――背筋がゾッとしてしまう。

やがてフォールド全体に重低音が鳴り響く。
全ての施設が幾十の結界に包まれて、フェイトの立つ大地が完全封鎖される。
虚なる無音と化した白一色の世界にて――ゆっくりと目を瞑る黒衣の魔導士。


イメージするは――稲妻


それは彼女に最も慣れ親しんだ力でありながら―――
その本質は人の身では到底、御し得ぬ神の暴力―――

雷撃の術者はその残り滓を拾い集めて
本来のそれの10%ほどを自分の力として行使しているに過ぎない。

だが、今―――

―――彼女は本物の稲妻になろうとしている


「来たッ! 避雷結界出力120%!」

モニター室でシャリオが叫ぶ。
と同時にフェイトがカッと目を見開いた!
瞬間、彼女は腕を両側に広げ、大の字のように雄大に構える。
まるで自身の身に舞い落ちる膨大な力を全て余さず受け止めるかのように。
閃光が、白光を帯びた落雷が彼女の周囲を取り巻く。
既に変形を終えたバルディッシュ――彼女の「両の」手に握られたソレに魔力が集束されていく。

球の様な汗が彼女の額を、全身を覆う。
鬼気迫る表情がモニター全線に写される。
しかしやがて全てのカメラ、衛星の目を焼き尽くすほどの光量が彼女を包み
掌を焼け焦がすほどの雷電を右の手と左の手に集めたフェイトがそれを上空に掲げ
同化させた―――瞬間!!


、、、、………………

――― だから… ―――

――― 天才と、狂人は、紙一重だっていうんだ… ―――


その言葉が、場に集った誰かの口から漏れたのは――
もはや当然の成り行きであったのかも知れない。


「感想は…?」

「………」

立ち会った人間に劇的な思いをさせる時間を彼女は与えない。
派手なエフェクトも耳を貫く轟音も、悲鳴を上げさせる暇も何も無い。
場に居合わせた教導官、それにベルカの将に対してもそれは同様。

ただ、一人の魔導士の疾走が音の域をまた一つ超えたレベルを以って
フィールドに刻み付けた「事実」
その事実に立ち会った人間は皆一様に声も出せない。
固まるという表現を真正しく体現するとすればこうだ。
微動だにせぬ立会人達の100を超える瞳がただ呆然と見据える――

――― 巨大な三条の地割れが ―――

机上の空論どころか狂気の発想とまで言われた「ソレ」の制御にフェイトが成功してしまった証であった。

「高町教導官。」

「鳥肌が……」

神の悪ふざけの如く地面を抉り取った三条の地割れ。
それは奇しくも地球における地図の発電所のマークに酷似していた。
その先端で四肢をつき、呼吸困難を起こしてうずくまっている執務官――
彼女の、地球生まれの友人にのみ分かる精一杯の洒落であった。

「!! き、救護班っ!! 早く!」

その姿を認めていち早くフリーズから解放されたシャリオ。
スタッフ数名を叩き起こし、酸素ボンベと共に彼女へと向かわせる。

「鳥肌が……立ちました…」

持参された担架に乗せられたフェイトがこちらを見て小さくガッツポーズを取る。
それを認めたとき――なのはの声が、喉でくぐもって少し震えた。
驚愕と感動の混じった溜息が喉から漏れ出る。目に貯めた涙が視界を滲ませるほどに溢れ出てしまう。

「はは……公衆の面前で、恥ずかしい…」

気恥ずかしそうに目尻を拭うなのは。
表面上は顔に出さないが、友にして宿敵の偉業達成に際し
シグナムもまた同じ気持ちなのだろう。

「つくづく、よく勝てたなぁ…」

なのはの胸中に浮かぶ郷愁。
それはフェイトと初めて出会ったあの悲しい事件の物語。
二人の時間が始めて動き出した、始まりとなった戦い――
それを思い出しながらなのはは呟くように語る。

「あいつには常時リミッターがかかっているからな。」

「リミッター………」

「世の中はよく出来ていると思うよ。
 突出したモノには生まれつき突き抜けないように枷がかかっているものだ。
 お前で言うフィジカルの弱さ。あいつにとっての非情になり切れぬ優しさ。
 特にあいつはな……常に不安に揺れているくらいが <丁度いい> んだ。」

「はは……言えてますね。」

「私はたまに思うよ。
 もしあいつが今と違う道を行き、その心が未だ闇の中で彷徨い続け…
 世界と敵対するモノとして育っていたら管理局にとってどれほどの脅威になったのだろうとな。」

「…………」

想像もしたくない未来だ。
狂気に堕ちてしまった母親の元から救い出されたが故に今のフェイトがいる。
だがもし異なる未来において救い出されなかったフェイトがいたならば――
そのもしもは現実のものになっていたかも知れない。

「その最悪の未来を回避させた一番の功労者はお前だ。
 お手柄だぞ。胸を張れ、高町なのは。」

「そ、そんな…」

騎士の茶化すような労いの言葉に顔を赤らめ恥ずかしそうに目を伏せる教導官。

「私は何もしていません。
 全部フェイトちゃんの強さです。」

「そうか……そうだな。」

二人の視線の先に写る心優しき雷光の魔道士。

時に「それ」が枷となり、脆き心が棘の頸木のように彼女の足を鈍らせる。
神が彼女に与えたもうたリミッターとは――言い得て妙なのかも知れない。

(シグナムさんの言葉じゃないけれど…)

――本当に世の中は程よいバランスによって成り立っている

この優しい雷光が全てのしがらみを捨てて
己がポテンシャルを解放する事は多分一生無いのだろう。
かけがえの無い親友を見つめ、思う高町なのは。
願わくばそのリミッターを彼女が外す機会など永遠に訪れないで欲しいと切に願いつつ――

場には3条に連なった巨大な地割れと――
たった今、「雷速」を以って振るわれた――

バルディッシュ最終・最強形態が地に雄々しく突き立っていたのだった。

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最終更新:2010年02月05日 17:24