「――――、」

まさかこの身に課せられた闘争の末路が――
このような決闘じみた対局によって締められる事になろうとは夢にも思わなかった。

(ランサーでもあるまいし…)

馬上の騎兵と剣闘士。まるで古代ローマのコロッセオの再現ではないか。
疾駆する者同士の最後の邂逅。それは在り得ぬほどに静かで――

(―――しかし、まあ…)

その対峙の只中において、騎兵は口元に笑みを灯す。
その笑いは今までと違い決して相手を見下したものではない。
Aランク――神話級破壊兵器の中でも最上級の位を冠された己が宝具を過信し酔っているのでもない。
それはむしろ感嘆と驚嘆の入り混じったものであり
彼女はそのまま魔導士を――いや、魔導士の持つ抱え上げられた「ソレ」をゆうに見上げる。

「また大層なモノをお持ちですね。」

見上げた「ソレ」は並の例えで現せる範疇のものではなかった。
取りあえず既存の認識を以って言うならば……それは巨大な剣であろう。
しかしならば先ほどと同じだ。身の丈に合わぬほどの光り輝く斬馬刀の威容は確かに凄かった。
だが宝具を展開したライダーが今更になって驚くほどのものではない。
だからこそ今、目の前にあるものはその巨剣を遥かに凌駕したものでなくてはならないわけで――

天に突き立つ黄金の柱を思わせる極大の「だんびら」は
それを剣と呼ぶにはあまりにも歪で馬鹿馬鹿しくて―――
遥か上空を見上げなければ、その全貌を視界に納める事も出来ないほどの
小さな塔と呼んでも差し支えの無い光り輝く黄金の巨大なオブジェがそこに在った。
見上げるライダーの、内に秘めた記憶がジクリと胸を焦がす。

「血迷ったのか?とは問いません。
 使いこなせるのでしょうね? ソレ――」

主神怒れし時、オリュンポスの御山の頂に激しく降り注ぐ極大の雷――ゴッド・ブレス
まさにそれに勝るとも劣らぬ雷の束を従え、周囲に暴れ狂わせる魔導士。
その一本一本が彼女の体内から抑え切れずに溢れ出る、魔力の残滓が巻き起こす余波に過ぎない。
そう、これこそ高町なのはのブラスターモードを制御の難易度において遥かに上回る彼女の切り札。

――― 真・ソニック ―――

その第一の要―――バルディッシュ最終形態・ライオットブレード。
もはや並の剣法の構えを取る事すら難儀である超々極大剣がその姿を現したのだ。

ライオット――暴動の名を関するそれは現状
個人の持てる最大規模の武装を遥かに凌駕したサイズを叩き出す。
恐らくギガノトの巨人ですら持ち得ぬであろう。それほどの下品極まりないサイズのだんびらだ。
それを成人男性よりも遥かに小柄で華奢な魔導士が、肩に担いで携える異様な佇まい。
あまりにもアンバランスな姿。さしものライダーも言葉を失わずにはいられない。

そして変化はもう一つ――
超・音速の二つ名を身に帯びる事を許された彼女。そのBJの真なる姿。
第二の要―――超軽量ソニックモードに更に改良を加えた特殊剛性BJ。

何ら防御力を持たない超軽量スーツ。
それに更に空力――エア・フォースを過剰に得るための、各種微細な形状変更が施され
幼少時のそれを思わせる黒い襞垂れのBJはかつての物とは明らかに別物。
もはや速度以外の概念を捨て去った違法改造スレスレの代物――
安全基準などクソ食らえなモノへと成り果てていた。

そう、高町なのはとの類似点がここ。
彼女はオーバードライブ――限界突破の基点となる核の兵装を一つではなく二つ。
デバイス本体とBJの双方に施していたのだ。

――ツイン・ドライブ
出力のみの、一つを起点とした運用ではどう足掻いても高町なのはの破壊力には届かない。
そのセオリーに悩み、苦しみ、まっこうから立ち向かったフェイト。
そんな彼女が己の持てる武器を総動員して辿り着いた境地がこれだった。
境地とは言っても蓋を開けてみれば簡単な話だ。
特化した一が無いのであれば二つを足して届かせる。
一つのパラメーターで、グラフをはみ出すほどの尖った性能を持たないならば
異なるパラメーターを融合させる。そして尖突した一つの武器にすればよい。
そんな極めて単純な発想からこの真ソニック構想は産声を上げた。

―――――言うのは簡単だ
だがそれの実現がどんなに、どれほどに難しいか――
この戦闘でシグナムが最後まで「それ」を温存させようとした理由がここにある。
コンビネーションもフォローもないまさに一撃必殺の太刀を目指したフェイトのそれは
まずは自身の制御限界ギリギリの速度を叩き出すBJに
その超速にて一撃を振るってギリギリ破綻しない程度の巨大な魔力刃を積載した
安全マージンなど一切ない見ているものをゾッとさせるような、無茶苦茶なバランスの元に成り立つものだ。

オーバードライブは自身のパラメーターのどれか一つに自己ブーストをかけてグラフを突き破る。
グラフを突き破るとは即ち、己が体内に溜めておける力の限界を超えるという事だ。
一つの炉心を過剰燃焼させて叩き出される爆発的な火力を制御する事の困難さ――
それを十分弱続けただけで、高町なのはほどの魔導士でさえ一週間は立てないほどのダメージを心身に負ってしまう。
そこに費やす集中力……それはまるでニトロを汲んだバケツを持って綱渡りをするかの如き消耗を術者に強いるのだ。
ましてや同時二箇所のブースト点火など正気の沙汰ではない。
単純に考えても難易度は二倍――ニトロバケツを両手に持っての綱渡りだ。
双方の天秤のバランスを少しでも違えば体内で燃え盛る力は即座に手から零れ落ちて破綻する。
少しのミスが、ブレが、彼女の体内で暴れ狂う二対の竜を暴走させ、自滅に追いやってしまう。

誰よりも高いリスクを背負い、誰よりも先に、誰よりも速く――
絶対に回避出来ぬ攻撃を、一撃必殺の攻撃を――

そんな考案段階で実現は不可能と周囲の人間に断ぜられた幻の真・ソニック構想。
その幻を現実のものとしてしまった瞬間から――

相手が誰であろうと問答無用で詰める無敵のモード。
雷速に等しい速度。全てを両断する必殺の太刀。その両方を彼女は手に入れた。
出力で劣る身でありながら、なのはと同等の力を身につけて――
そして今、宝具にも匹敵する力を具現化させてフェイトはここに立っている。

「………来い……ライダー。」

真なる至高の稲妻。君臨した彼女こそ英霊殺しの雷速の女帝。
神話の騎神を眼前に立たせてなお不足無い
迅雷のグラディエイターこそが彼女の真髄の姿であったのだ。


――――――

初めからこうしておけばよかった――
後悔は決して先に立つことは無い。そう実感させられずにはいられない言葉が脳裏を過ぎる。
戦力を小出しにしてこんな結果を招いてしまった……そんな己が愚を噛み締めて
言い知れぬ後悔と怒りと悲しみを灯した瞳が、その心情をこれ以上無いほどに表している。

「―――フェイト。」

どちらかが引き金を引けば即座に終了するであろう。
それは金と紫の見目麗しき女神たちの最後の邂逅だ。

「最後に一つ聞きたいのですが…」

「………」

稲妻の使役者と幻獣を従えし邪神。
天馬に跨る紫紺の女怪が紡ぐ最後の言葉。
それが終わった時こそが、この決闘の引き金を引く合図となるのであろう。
故に魔導士は黙って耳を傾ける。

「貴方は―――人間ではないのですか?」

フェイトは答えない。
だがその質問に眉がピクリと動く。

「実を言うと私も相当追い詰められていました。
 ペガサス――この最後の手札を切れたのは何を隠そう貴方のおかげなのですよ。」

「………」

互いの喉元に拳銃を突きつけた危険な睨み合い。
でありながら、ライダーはどこか楽しげになおも言葉を続ける。

「この身はヒトの血液で生を謳歌するバケモノ。吸血種と呼ばれる生物です。
 貴方も聞いた事くらいはあるでしょう?
 先ほど私が貴方の血をいただいた事を覚えていますか?」

「………」

どちらが優勢なのか。どちらが精神的優位に立っているのか。
――――分からない
悠然と構え、微笑みすら称えて言葉を紡ぐライダーか。
全ての雑念を遮断して集中の極みにいるフェイトか。

「ヒトの体液が内包する魔力を取り込んで私達は己が力とするのです。
 体液の交換は神聖的な意味を含めて少なくとも384種もの魔的要素を内因している。
 お分かりですか? 私が血をいただくという事の意味が――」

種族によっては血では無いモノを吸奪して己が糧とするものもいるだろう。
逆にヒトの体液を自身に内包させて契りの証とする場合も多々ある。
いずれにせよ、それは人外の者どものおぞましくも神秘に溢れた学問だ。

「………」

「ですが誰でも、ナニでも良いというわけでは無いのです。
 家畜の肉の味に鮮度・品質の差異があるように――
 血液もまた対象によって効能には大いなる差が生じる。」

吸血鬼は処女の生き血を特に好むという話がある。
性別、年齢、その他に至る何かの要因。それが血に品質の差を与えている事は明らかだ。

「森での戦いで貴方に止めを刺す瞬間……
 私の手を止めさせたのはその匂いでした。」

強烈な打撃を食らい失神したフェイト。
確実に絶命させられる筈だったあの時
凶刃にその身を貫かれる前に復帰出来た不可解な幸運――
その理由はフェイトの血の匂いが自身の手を止めたが故の事だと目の前の女怪は綴る。

「総身に痺れが走った―――こんな事は久しく無い…
 この大地に育まれた命の匂いを全く内包せぬ奇妙さも相まって
 戦いの最中も気になって仕方がなかった。」

その凝縮された濃厚な味わい。感じさせる香りはただ、ただ異質だった。
そしてそれに伴う魔力は予想の通り――
微量を口に含んだのみだというのにその魔力還元量は
尽きかけていた騎兵の魔力炉に最後の宝具を発動させるだけの力を補充させて余りあるものであったのだ。

「極上の美酒。極上の美女――ああ失礼。これは男性の場合ですね。
 ともかくそんな類のモノに出会った衝撃を受けましたよ。」

「………」

「フェイト――正直に言います。
 私が手ずから見初めた生贄は本当に久しぶりなのです。
 今この瞬間にも私は貴方を貪りたくてしょうがない。」

「………」

それはある意味、告白のようなものなのだろうか?
化生の向ける情熱的な愛情表現はとても扇情的で
しかし人間にとっては死とおぞましさを連想させるもの以外の何物でもない。

「貴方は何者です? フェイト。サーヴァントでないのは向き合っていれば分かる。
 ならば人間? 否、現世どころか神代においてもそんな血を身に宿すニンゲンに出会った事は無い。
 そもそもこの私をここまで追い詰める人間などいてたまるものですか。
 その戦闘力、宝具に匹敵する力さえ身に秘めている貴方は――」

「………人間だ」

短く一言でフェイトは彼女の問いを斬って捨てる。

「――そうですか。」

詮無い態度に身を竦める騎兵。
しかしその低く唸るような言葉の裏に隠された真実――
「F」の残滓のみが身に背負う事を許された憂いを、サーヴァントは知る由もない。

「ライダー……私もお前に聞きたいことがある。」

「何です?」

「貴方」ではなく「お前」と――
明らかに口調の変わっている魔導士。
その双眸にはありありと彼女自身、滅多に見せぬ敵意が渦巻いている。

「お前はこれまで……そうやって人を食い殺した事があるのか?」

「はい。」

「何人、くらい…」

「数え切れぬほど。」

あまりにも、あまりにもあっさりと返される事実。
それを受けて執務官の瞳がカミソリのように研ぎ澄まされていく。
嗚呼……両者の間に渦巻く敵意。殺気が加速度的に上がっていく。
停戦も和解ももはやありはしない――
刻々と引き金を引く時限が迫ってくる。  もう、止められない―――

「人を家畜扱いしているけれど
 お前こそ醜悪な悪鬼だ………」

「それは物の例えなのですが―――
 ともあれ、ようやくそれらしい目を向けてくれましたね。何よりです。」

向けられるは怒りと嫌悪と少しの恐れ。
迎え撃つは傲慢と不遜と少しの安堵。
そう、安堵だ。ようやくこの相手は自分に怒りと恐れを超えた殺意を向けてきてくれたという。

実際、彼女はこれまで自分をいまいち恐がってくれなかった。
そればかりかこちらを人間みたいに扱い、殺さないように剣を振るってくる。
そんな相手に対しランサーほどでは無いが居心地の悪さを感じている部分もあったのだ。
些か自信を失いかけていたといってもいい。
正直「怪物」としてはこれはどうかと考えさせられていた。
人に恐怖され、伝説となり語り告がれたが故に自分は在る。
それがこの英霊メドゥーサの存在理由なのだから――

だが紆余曲折、その舞台装置も背景もどうやら完璧に整ったらしい。
これが、この緊張感が魔物と人との正しい戦の在り方であろう。

「お前は最悪の相手だった……あらゆる意味で。」

「――最高の褒め言葉です。」

「もう終わらせる……時間が無いんだ…」

「はい――いつでも。」

ようやく英霊としての宝具を使う事が出来る。
本来は寡黙な騎兵も今、その心身は高揚せざるを得ない。
邪神ではなく天空にその名を轟かせた美貌の女神――メドゥーサの疾駆するその姿。
それを我が誇りと共に披露する事が出来るのだ。

雄大にどこまでも雄大に翼を広げる天馬がまるで覆い被さるようにフェイトの眼前に聳え立つ。
対して極限まで腰を落とすフェイトの視線。彼女の瞳は―――ライダーに向いていない。
いや、倒すべき敵という意味ではこれ以上無いくらいの敵意と共に捉えてはいる。
だがもはや捕らえて裁く犯罪者――人の法に照らし合わせる類のモノではない。
そう理解したが故に、彼女にとってライダーはもはや障害物以上の価値を見出せない。

そう、今フェイトには――その先にこそ見なければならないものがある。
彼女はまだ…………希望を捨ててはいなかった。
あの敵はこういった。「心臓を穿つ槍」と。
ならば、ならば、まだ可能性は―――あるのだ…!

様々な思いと急く意識の全てを手に持つライオットブレイドに篭めて――

――― 相思う 相殺せしと ―――

互いの表情がこれ以上ないほどに無極と化し
互いの戦意がこれ以上ないほどに同調を果たした時、

「往けッ! ペガサスッ!!」

四肢の蹄が大地を抉り!大地が轟音のように揺れ動き!
山をも抜くかの如き嘶きと共に先に動いたのが――神々しいほどの純白の翼!

互いに疾走する者同士――その激突は力比べの余地を残さない!

かつて聖剣と星光は凄まじい激突を見せた。
しかしてそれは10数秒の拮抗を許し、周囲に破壊の波を撒き散らす。
対してこの勝負は間違いなく――瞬きの間で終わるであろう。
交錯した後、無間の域において足りぬ方が骨身を砕かれる。
臓腑の一片も残さずに塵と化す。

両者の戦意が弾けて飛んだ瞬間、騎兵が、天馬が
背負う翼を一面に広げる。その逞しい四肢を総動員させて――
ゼロから一気に時速400kmにまで加速した!

ブオア、!と周囲に突風を――否、暴風をはためかせて正面から襲い来る神秘の具現。
その威容は言うなれば押し寄せる津波。崩れ迫る雪崩。そんな天の裁可に等しきものだ。
もはや相手はかよわき獲物ではない。そう認めたからこそ、サーヴァントは英霊として
雷を従えし勇者を全力で迎え撃つのだ!

その手に握られる金の手綱を今、しかと握り締め――


――― 騎英の疾走 !!!! ―――
      ベルレ フォーンッッ!!!

その真名を高々と謳い上げるッッ!

かつてメドゥーサより生まれし天馬。
彼がもっとも長い時間、その背に跨る事を許したとある英雄の名こそ――
騎兵の宝具の起動真言そのものだ!

瞬間――フェイトの眼前に――


――― 流星が現れた! ―――


「疾風……迅雷…」


迎え撃つ雷光もまた音もなく――
否、音をゆうに置き去りにして――
幾条ものプラズマを従えて唸る。


ここに―――



二つの疾駆が―――次元を切り裂いた。

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最終更新:2010年02月06日 08:40