薄れ行く意識の中で―――彼女は夢を見ていた
それは子供の頃、家族や友達と一緒に見た洋画の1シーン。
登場する主人公やメインキャラクター達のノンストップの活劇やドラマにドキドキハラハラする一方で
何の役目もドラマも与えられずに、ただ無造作に死んでいく脇役達がいた。
ホラーとか刑事ものとかSFアクションとか何でもいい。
とにかく視聴者にその存在すら覚えてすら貰えない
一言も発せず、死に抗う事も出来ずに無為に命を散らされる人達がいた。
彼らにも家族がいて人生があって、当たり前だけど死にたくなかったと思う。
そういう事を考えると、彼女はとても陰鬱な気分になってしまう。
そんな子供の頃の彼女は、活発な級友によくバカにされていたらしい。
こんなのは演出だと
空想上の物語の単なる役割に過ぎないと
実際問題、そんな風に鬱な気分になるのも一瞬。
5分も立たないうちに自分達は、怒涛のように繰り広げられるストーリーに釘付けになり
作中で死んでいった人達の事など心の片隅に追いやられ………やがて忘れてしまう。
彼らは謂わば何の価値も無い死に役。 物語の中で生きる事を許されなかった人達。
心の隅に微かなしこりを抱えたまま、彼女はモニターに映るエンドロールをただ眺める。
それは少女にとって―――今はまだ遠い世界のお話だった。
――――――
時を経て、彼女は世の中の役に立つために魔法使いになった。
時空管理局という巨大な組織の魔導士。
それが今の彼女のお仕事。
魔法使いといってもアニメや洋画に出てくるようなファンタジーじみた世界じゃない。
それは少女が子供の頃に思い描いていたそれとは全然違う、とってもシビアで難しいリアルそのものの世界。
そんな中、彼女は当然のように直に人の命というものに触れるような機会が増えていた。
身近な人が命を失ったり、自分自身が死に掛けた事も初めてじゃない。
いつだって任務はきつくて命がけで―――
だから……………彼女は常に「その」心構えは持っていた。
――― いつ死が訪れてもおかしくないという覚悟 ―――
この世界は多かれ少なかれ、そうした覚悟を持っていなくてはやっていられない。
ただし間違わないで欲しいのが「いつ死んでも構わない」というのではなく
いつ、そういう事態が起こっても対処できるよう心身ともに万全の備えをしておくという事だ。
それが彼女の属する局内でのエリート部隊―――戦技教導隊の教えの根本。
それはとても難しい事だ。
徹底して命を守るための術を叩き込まれながら、時にはその命を大胆に賭ける選択をしないといけないのだから。
だから彼女は………彼女達は鍛えた。 己が身を、心を。
人知を超えるほどの荒行に窶して鋼の如く毎日毎日。
――― サドンデス ―――
それでも終焉は唐突に、突然に訪れてしまう。
この世界は本当に厳しくて……恐い。
心構えも諦める事すらもさせてくれない。
自分が終わってしまった事すら認知できない突然の死。
何も出来ず何も掴めず、残った仲間に言葉一つ残せない。
本当にやるだけやって、足掻いて足掻いて最善を尽くして
全てを出し切った挙句に「そういう結果」になるのなら――
未練や悔しさはあっても最終的には受け入れられるのかも知れない……自分の選んだ道だから、と。
だけどそれは覚悟や拒絶すら決められない救いようの無い「終わり」
そんなモノを受け入れられる人間などこの世にいるはずが無い――――
しかし、これもまたこの世界では別段、珍しい事ではない。
いくらでもある。 そうした殉職の例は毎日のように彼女の耳に飛び込んでくる。
彼女自身、自身の体調管理を怠って命を無駄に失いかけた事がある。
だからそれからは二度とそんな無様な思いをしないよう――彼女は出来得る限りの事をやってきた。
何があろうと、どんな敵が来ようと堕ちない、堕とさせない。
そう言えるだけの力を目指して頑張ってきたつもりだった。
けど―――「終わり」は再び…………………
――――――――――彼女の前へと現れた
――――――
この世界は本当に無慈悲だ―――
どんなに頑張っても終わるときはあっさりと………
唐突に何の脈絡も無く人の人生を摘み取っていってしまう。
その時――――彼女の脳裏に映ったのは、子供の頃に見た映画の1シーン。
疼いたのは―――その時、抱えた小さなしこり。
人生という映画においては、当然の事ながらやっぱり自分が主人公だ。
だから人はその物語の中で当たり前のように自身に夢や希望やドラマを見てしまう。
そんな自分が――あの映画の脇役達のようにただ無為に死んでいく光景など認められる筈が無い。
だというのに「ソレ」にとっては―――彼女はただのエキストラだった。
強引に強制的に………無為に死んでいくだけの脇役にさせられた。
結論から言うと―――彼女は今、その男に殺された。
完膚なきまでに打ち抜かれ、その身を八つ裂きにされた。
凄まじいまでの轟音と、目も眩むような光景を網膜に残しながら
瞬間、目に映った真紅の瞳を思い出しながら―――
彼女は今、子供の頃の夢を見ている。
古代メソポタミア――――
人と神と悪魔。
あらゆる種族がその営みを共にする神代の時代。
シュメールと呼ばれたその時代。
ウルクの地にて―――伝説的な王がいた。
数多くの神話や叙事詩にその名を連ねる
恐れと羨望を等しくその身に受け、強大な支配者として君臨した魔人。
女神とヒトとの間に生まれた半神半人のウルクの王。
暴君にして賢王。 絶大なる力とカリスマを持ったこの男の手によって―――世界は一度、統一された。
其は人類史上最強の王
其は人類最古の英霊
其は――――
――― 英雄王ギルガメッシュ ―――
エースと呼ばれた彼女に尽きせぬ絶望と死を与えに来た―――
それが、目の前の男の名前だった。
最終更新:2010年03月16日 19:57